全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
一方その頃、ドルドン神父はインシロンから強奪した強心薬の効果を実感しながら、武器庫の奥に眠る人型強化外骨格に向かっていた。
道中、どこかに向かおうとしているシャディクとばったり遭遇する。真正面から歩いてきたお互いを、二人は連続して同じ方向に避け合ってしまい、驚愕の表情で顔を見合わせた。
ドルドン神父はこういった『連続回避本能』に出くわしたのは久方振りである。大抵は相手の行動を読んで余裕の回避をするか、巨体に驚いた相手が回避してくれるかの二択だからだ。
一方、未来視ができるはずのシャディクも非常に動揺していた。一〇秒前から『神父を回避する未来』になるように行動していたはずなのに、要らぬところで時間を取られてしまった。
ポークから『敵が来た』という報せを受けてから、
互いに気まずい雰囲気になり、軽く睨み合った後に会釈もなしに通り過ぎていく。だが、シャディクはドルドン神父から話しかけられる未来を視て足を止めた。
「シャディクさん。そういえば、あなたに話があるんでした」
「……何かね」
シャディクにとって、人との会話はつまらない。未来視の能力『拾読』で何を話したいか分かってしまうし、相手の言葉を妨げて言いたい放題してしまうと会話が続かない。大抵は適当な相槌を打つか、相手が話したい結論に最短距離で向かうような返答をする。
ただ、今回の会話相手は少し勝手が違った。未来が視えていても、心躍る会話になることが確定していた。
「私ですよ、ドルドンです。五〇年ほど前、ケネス正教幹部が四人まで減ったことは覚えていますかな?」
「うむ。勇退、急死、病死で三人減ったな。それを好機と見た西のイグオール帝国が攻め入ってきて、国境線で小競り合いになったのう」
「あの時、エデルテの街にしれっと特殊部隊が潜入してきたでしょう。……何て名前の特殊部隊だったかな。とにかく、あの時奴らを排除するべく肩を並べて戦っていた、大剣使いの若造です」
「……! お主、あの時の倅か! ああ、ああ! タッパがデカいもんで面影があるわい!」
「じゅる。あの時は碌なお礼もできず申し訳ないことをしました。何分、立て込んでいたもので」
創光暦一二六三年、秋。ゲルイド神聖国南東部の街で兵士として働いていたドルドン神父は、若かりし頃の剣聖シャディクと共闘したことがあった。彼らは帝国の特殊部隊を撃滅し、終戦へ大きく貢献したため、聖都へ招かれ勲章を授かった。
ただ、大々的に活躍を認められたのは剣聖シャディクであった。ドルドン神父は『その他大勢』の兵士として扱われ、成り上がりの足掛かりを作れなかった。一方、シャディクは鬼神の如き活躍を讃えられ、正教軍の剣術指南役として抜擢されることになった。
何の因果か、あの時明暗を分けた二人が、国の暗部で再会を遂げたわけである。
「……シャディクさん、あなた戦争が終わった後は剣術指南の道場をやっていたはずですが、どうして陰険教団の幹部なんぞ務めておるのです?」
ドルドン神父が口元に厭らしい笑みを浮かべながら質問する。正教内である程度の立場を得ていたドルドンが、シャディク・レーンの零落と癇癪の噂を耳にしていないはずがない。単純に、本人の口から真実を聞きたかったのだ。
「道場なんぞ、とうの昔に破綻したわい。お主と同じように、情動が抑え切れなくてのう」
「奇遇ですね。しかし、私のそれとは随分と違っている。正教幹部ポーメット・ヨースターに酷く執着なさっているようだが、理由を聞いてもよろしいか?」
「君は『ママ』の偉大さが分かるかね?」
「えっ……?」
「ポーメット・ヨースターはね……僕の本当のママになってくれるかもしれない女性なんだ。いや、なる……」
「…………」
ドルドン神父は目の前の老剣士の二重人格の如き豹変ぶりに絶句する。道場の破綻と母性云々が全く繋がらなくて、果てしなく混乱する。
「大変失礼なお願いなのですが……後学のために『金玉』を触ってもよろしいですか?」
「いいよ」
しかし、金玉を触ってやれば全て解決。神父は睾丸に触れた部分の臭いを嗅ぎながら合点した。
「なるほど。シャディクさんは真なる母性を求めて世界を敵に回したのですな」
「分かってるじゃないか。……君、人の心を読む奇蹟じみた能力を持っているな? たまにいるんだよね、そういう奴」
ドルドン神父が覗き込んだ心象風景は、永遠に続く斑模様の空と巨大な人影。地面はない。真っ黒な無限の奈落が続いている。薔薇色の空の下、その人影は真っ白な後光を放つ。視点の主であるドルドンへ両手を広げ、まるで今から抱き締めてくれるのではないかという格好である。
その人影は相当に大きかった。シャディクの心を占める割合という意味でも、目の当たりにした大きさという意味でも。恐らくはシャディクが想う母親や母性のイメージなのだろう。それにしては、人影の表情が全く明らかでない上に、人肌の温かみを毛ほども感じられないため、どこか不気味に感じてしまう。そういうポージングを取っているだけの
人影はシャディクの母。眩い後光は執着対象たるポーメット。それらを融合させることで真なる母を生み出そうとしているのだろう。
心の奥底に潜り込むと、シャディクの記憶が微かに見えた。
ドルドン神父が見たシャディクの過去は、母親が男に囲まれよがり狂っている姿を扉の隙間から盗み見ている場面から始まった。
父親の蒸発と貧乏が重なり、シャディクの母親は男を取っかえ引っかえしていた。性行為の何たるかを理解していなかった当時のシャディクでも、男女が裸で絡み合うことの重大さを薄ら理解していた。
シャディクはそんな母の『親』としての顔と、男に見せる『女』の顔のギャップに酷く苦しめられ、次第に吐き気と嫌悪感を催すようになっていき、心の奥底で真の母性を求めるようになった。
日中は外に出て剣を振り回して現実逃避に明け暮れ、夜は毛布を被って耳を塞ぎ母親の嬌声を聞かないよう過ごす日々が続く。
ある日、母の顔に赤い斑点が浮き出ているのに気づく。薔薇のような発疹である。
数ヶ月前、これと似た模様を皮膚に纏った男と母親が寝ていたのを何となく思い出す。
シャディクは知る由もないが、 梅毒の症状であった。無知なシャディクでも、不幸の予兆ではないかという予感が胸を打った。
梅毒と不衛生な環境が祟って、シャディクの母親はそれから数ヶ月もしないうちに狂って死んだ。最期の母親の姿は、もはや人間とは思えぬ変わり果てた姿であった。
母親の死を見届けたシャディクは、心の何かが壊れる音を聞いた。正気を取り戻した時、彼の足元には骸が転がっていた。母親を共に看取った男の死体である。皮肉にも、彼の剣聖としての才能が覚醒した瞬間であった。
それから兵士となったシャディクは、定期的に開催される武闘大会で優勝を重ね、先の会話のように帝国の特殊部隊を壊滅させる等して武勇を上げ、瞬く間にその名を轟かせた。
兵士として現場に身を置くよりも、その剣の才で後継を育ててほしい――当時の『魔法使い』から直々に頼み込まれたシャディクは、正教上層部の手助けもあって聖都サスフェクトに剣術道場を持てることになった。
心の奥底に渇きを認めつつも、ある程度満たされた日々。そんな長きに渡った日常に突然、転機が訪れる。
現代からおよそ二五年ほど前の春の日、シャディクは道場にやってきたポーメットの父親――ルーベック・ヨースターに目を奪われ、異常なまでに執着するようになった。
その理由は理不尽極まりない。薔薇疹を纏っていた男と容姿が瓜二つだった――それだけである。母親に死を運んできた男と似ているルーベックのことを気にしていくうちに、シャディクはルーベックが両親に愛されて育ったことをひしひしと感じ取った。
才能に溢れていたルーベックを表では一番弟子として扱ったが、両親の愛――いや、母の愛を受けて育ってきた彼のことは、どうしても好きになれなかった。
ある日、ルーベックが妻システィの妊娠を知った。尊敬する師にいの一番に伝えたくて、ルーベックの頬が綻ぶ。
しかし、その吉報を知ったシャディクの貌は修羅の形相と化した。
母親をオンナに変えてしまった、最も嫌いな人間――と瓜二つな男――が、幸せな家庭を築き、その妻は賢母になろうとしている。シャディクは発狂し、弟子を全員殺害した。ルーベックは真っ先に標的になり、首と胴を切り離されて死んだ。
システィも殺してやろうと考え家に押し入ろうとしたが、カーテンの隙間から見えた聖母のような表情、臍の下を撫でる優しい手つきに心を打たれてしまい、躊躇いが生じた。
次第に「僕もあの手に撫でられたかった」という恋慕にも似た情を抱いてしまい、結局殺害を断念。その後、逃亡生活の中でアーロスと出会い、邪教徒の身となった。
そして、ヨースター家の娘ポーメット・ヨースターが、母システィの才貌と父ルーベックの剣才を受け継ぎ、正教幹部になったことを知ったのが数年前。シャディクの執着対象はポーメットへ替わり、年月を経て歪み切った感情を受け入れて欲しいと思うようになった。
これがシャディクの過去。子供時代の渇望を、老齢の現在に至るまで引き摺っている。哀れな人種である。過去に囚われているから、未来に繋げる行為ができないのだ。……人のことを言えた立場ではないが。
「この教団では何をされているのです?」
「アーロス様の野望の手伝いをしている。そのついでに、子供時代の忘れ物を探し続けている」
「はあ。忘れ物ですか」
「くだらないものだよ。でも、僕にとっては大事なんだ」
「固執しても良いではないですか。死ぬまでにやり残しがあったら浮かばれない」
「…………」
「私なんて、悔いの無い人生のために少年を二〇人近く殺しましたよ。しかも今は、過去の罪を棚上げして善行っぽいことをやって、我が人生最上のヒロインのために好き勝手やらせてもらってますし」
「……今の君は、昔の君よりもずっと楽しそうだね。昔の君は何と言うか……余裕がなかった」
「…………」
「……っと、急いでいるんだった。僕はもう行くよ」
「ありがとうございます、シャディクさん。またどこかで」
一分にも満たぬ会話の中で、老兵二人の人生が交錯する。
その刹那――ドルドン神父の脳内に電流が走った。閃きや気づきとは違う感覚。内側から湧いてきた、というような不思議な感覚で――
他人の睾丸に触れて、心象風景或いは過去を読み取る奇蹟を有していたドルドン神父は、次なる奇蹟の覚醒を予感した。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいシャディクさん。……今、あなたの未来が見えました。シャディクさん、
――それは、僅かばかりの未来視。
人の
「……それは、僕の
一〇秒後の未来を視るシャディクが訝しげに声を潜めた。
ドルドンに発現した奇蹟は、シャディクの魔法能力と性質が違っている。ドルドンは確定した未来だけが見える。シャディクの場合は、行動によって変化する未来が見える。
シャディクはドルドンの発言を単なる口から出まかせか、奇蹟による予言なのかを推測し始める。神父の様子から察するに、奇蹟から持ってきた自信ありげな発言のようだ。
「数時間後、あなたは己の人生に満足して逝く。悲願が達成され、何の後悔も未練も残さず、己の足で黄泉の国へ向かうのです」
「…………有り得ない。アーロス様の計画が成就するまで、僕は僕の人生に決して満足なんてしない」
「それが、
シャディクは激しく困惑する。巨漢神父の言うことは有り得ないはずなのに、どうにも
(……僕の願望が成就するだと? それは、ポーメットが僕のママになるってことだ。僕がママに抱き締めてもらえるってことだ。この、何十年も溜め込んだ思いを、ママの胸の中で吐き出せるってことだ。……有り得ない。『天の心鏡』による現実改変でしか起こりえない奇跡だ……)
ドルドン神父の予言が正しいのなら、聖地メタシムには既に正教幹部共が侵入していて、ポーメットと戦闘になるということだ。そこでシャディクの執念を溶かしてしまうような『何か』が起きて、戦死という結末を迎えるということなのだろう。
納得はできないが、理解はできる。そうなる未来があるのなら、悪くない。
シャディクはドルドン神父を睨みつける。自分自身でも信じられないという表情だ。未来視という奇蹟の発現に混乱しているのは、彼もまた同じということか。
「……こんな話をアーロス様から聞いたことがある。ケネス正教は、彼らの唯一神である『光』或いは『太陽』の神から力を譲り受け、七人の魔法使いを生むに至った。アーロス様は『邪神』とやらの使徒となり、同様に力を得た。――ドルドン、君の身にもそれと同じことが起きているのかもしれない」
シャディクは言う。ドルドン神父は神々の闘争について記された『カイル文書』を思い出した。
しかし、『魔法使い』のような強大な存在が生まれる時、そこには人々の死に対する恐怖や生への渇望が渦巻いている。ドルドン神父の
「……私の身体に何が起こっているというのです?」
「君は本物の
「え……?」
「神の使徒になる必要はなく、誰かから力を譲り受ける必要もない。君自身の生き様、カリスマ、生命力、運命力が、超絶的な因果のうねりを引き起こし、君自身で完結した
ドルドン神父は、大衆の前で絞首刑に処されて死亡する。その『死』の劇的さを以て、ドルドンという人間が完成する。
数多の人間の死と怨念が渦巻くこの戦争で、運命がドルドンの身に集約し始めていた。大災厄による死の恐怖で唯一神の力を引き出した古の時代のように――首吊り自殺から復活し狂乱を獲得したアーロス寺院教団のように――この戦争で積み上げた死体と激情の熱量が、世界に『何か』を起こしたがっている。その幕引きを飾るドルドン神父が、『何か』の代表者となった。
死へ向かう老爺の傍には、オクリー・マーキュリーがいる。ヨアンヌ・サガミクスがいる。二人は腕を組んで寄り添っている。奇蹟の成長は、二人の死の運命を連れていったドルドンへの褒美なのだ。
困ったような表情のアレックス・イーグリーや、ドン引きしたような表情のポーメット・ヨースターがいる。共にオクリーへセクハラした恋敵マリエッタ・ヴァリエールや、共にドルドン・ゲームを楽しんだアーロス・ホークアイがいる。神父のやらかしで胃痛を誘発させられたサレン・デュピティや、かつて仲間だったシャディク・レーンや、神父に同胞を殺されたことを知らないポーク・テッドロータスがいる。
敵、味方、関係ない。ドルドン神父の周りには、全ての人間がいた。
この戦争のターニングポイントとなる人間が集まっていた。
しかして、ドルドンは
誰の味方でもないようで、全ての人間の敵のようでもあって――
数々の矛盾の向こう側へ到達し、人々を導く異形の聖人になった。
彼は運命に選ばれた。それは必然だった。
「ドルドン。君、そのうち死ぬ気だろう。それで、死ぬ前に演説ぶちかまして逝く気だろう。そういうのは結構
「?」
「『死』なんてのは最強の劇薬だ。死が絡むだけで、何事も大層なものに思える。死刑に処される前の罪人の言葉が、妙に心に響くことがある。世間を揺るがした大量殺人鬼に変なカリスマ性を感じるのもそのせいだ」
「それは……そうですね」
「君にはケネス正教の神父という肩書きはもうない。けれど、神父じみたことをするのに、本来神父という肩書きはいらない。神の名を借りる時点で矛盾が生じる。自ら進んでする者に神性は宿るものだ。君自身が人々の願望を集約する『宗教』になろうとしているのかもしれないね」
シャディクがあまりにも馬鹿げた話をする。ドルドンは苦笑した。自分はそんな大それた
「……結構、話せるのですね」
「昔は家に帰りたくなくて、教会に行って神父と話していた。その影響かもしれないね」
「……そこまでは視えませんでした」
「奇蹟も絶対ではない、取り零しがあるということなんだろう……。この世界では、死だけが絶対だ。――では、そろそろ行くよ」
「さようなら、シャディクさん。そして、
「彼岸でまた会おう。それまでは、お互いに、現世で狂乱に尽きるとしよう」