全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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一二九話 危ないシーソーゲーム

 

 人類史上初となる人型強化外骨格同士の戦闘、先に仕掛けたのはドルドンであった。

 ドルドンは自分(フアンキロ)の魔法の範囲を知っているから近づいてこないはず――そんなフアンキロの思考の意表を突き、『呪い』の効果範囲に肉薄した。

 

「!?」

 

 フアンキロは仰々しく燃え盛る熱線を反射的に振り回す。操縦桿と魔法操作の両立は難しい。より直接的に敵を追い払えるスーツの操作をフアンキロは選択した。

 ドルドンは左腕のシールドで熱線を逸らすが、超高温に当てられた部分が赤く爛れ始める。ドルドンは右手に持った剣を放り投げ、フアンキロの装備を狙った。高速で回転しながらフアンキロへ迫った剣は、バーナーの根元に繋がった管を断ち切った。

 

「ちいっ」

 

 放り投げた剣は洞窟の岩壁に突き刺さり、管の切断面から半透明の液体が溢れ出す。

 燃料供給の仕組みを失った漆黒のスーツは特殊バーナーの柄を放り投げる。もうスティーラの真似事はできない。

 

「スーツの操作が覚束無いね、フアンキロ君! 先の踏み込みで『魔法』を使っておれば、こんなことにはならなかっただろうにな?」

「…………」

「それとも、魔法の発動条件が厳しくて撃ち込めないのかな……?」

 

 フアンキロは舌打ちする。

 この男、やはり切れ者だ。『呪い』について、どこまでかは分からないが知っている口である。魔法の射程も理解していると踏んだ方が良いだろう。

 

 まあいい。バーナーを失ったのは痛いが、ようやく実感できた。自分は『呪い』を中心に戦闘を組み立てるべきなのだ。スーツが纏う武器を餌に、『呪い』をブチ当ててしまえば良い。そうすれば、敵はたちまち動けなくなり、操縦桿(ジョイスティック)からも手が離れる。スーツを無効化できるのだ。

 思考回路を変え、スーツはあくまで移動手段と割り切ってしまおう。当初はそういう考えだったが、いざ事が始まると気が動転して優先順位を見誤っていた。

 

(やってやる……このジジイを殺して、アーロス様の手助けに行かなきゃ!!)

 

 次なるフアンキロの行動に対して、ドルドンはスーツの腹部に隠した火炎放射器を見せつけた。腹部の装甲が観音開きになり、仰々しい銃口がフアンキロの足を止める。コクピットが腰部であるから、ドルドン神父の丁度真上に当たる位置から武器が飛び出した形である。

 ドルドンのスーツの頭部からの照明がフアンキロを鋭く照らす。フアンキロは全身の肌を超高熱の炎に焼かれる幻を見た。

 

 しかし、敵は武器を見せつけるだけで、炎を放射しない。フアンキロの動きを硬直させるだけ。数秒後には火炎放射器を格納し、のらりくらりと立ち回る。また距離が近づくと、銃口を見せつけ威嚇する。そんなもどかしい状況がしばらく続いて、完全に手玉に取られていることに遅まきながら気づく。

 

(こ、このジジイッ! 気持ち悪い立ち回りしやがって!!)

 

 ドルドンはフアンキロの魔法の射程を見極めるためにそうしているだけだ。火炎放射器を気にせず突っ込んでくるようになる距離が、丁度魔法の射程と同一であるはずと当たりをつけたのだ。

 フアンキロは脚部のブーストユニットを蒸かして距離を詰めようとするが、ドルドンのめいいっぱい伸ばした脚部の爪先に阻まれる。フアンキロ本人とドルドンまでの距離はおよそ五メートル。なるほど、これで大体の射程は掴めた。五メートルまでは大丈夫のようだ。

 

「貴様の魔法、射程は五メートル以下といったところか」

「!」

「思ったよりしょぼい魔法よのう」

 

 火炎放射器の役目は終わった。ドルドンは爪先でギリギリ押さえつけていたフアンキロのスーツを蹴りつけ、宙返りしながら火炎放射器のスイッチを押した。

 斜め上空からの襲撃。燃料の限り業火が噴射され、漆黒のスーツが炎に包まれる。粘性の液体のように形を変える炎。一〇秒近くも炎が放射されたことにより、フアンキロを守る合金鎧が軽く融解し、コクピット席の装甲が僅かに剥がれ落ちた。

 しかし、炎に耐性があるらしく、致命的な損傷には至らない。ドルドンは火炎放射器を引きちぎってフアンキロへ放り投げ、余計な重さを切り離した。

 

「きっ、きさま……」

 

 コクピット内まで焦がされたフアンキロは喉や肺までを焼かれた。頬を拭うと、顔面の皮膚が爛れ落ちていた。数秒後には完全治癒するのだが、ヨアンヌの回復速度に比べると遅い。

 元々空いていたコクピット周りの装甲の穴が拡大するように融けたため、フアンキロの回復途中の顔がドルドンから見えた。

 

(ワシのスーツの装備でフアンキロを殺し切ることはできんな。結局、この爆弾をぶちかますしかないのか)

 

 ドルドンは懐に認めた爆弾に意識を移す。放り投げた火炎放射器の銃口から火が漏れている。暗くて手元が見えにくい。いざと言う時はスーツから降りて、導火線の炎をそこから貰ってくることになるだろう。

 

 おもむろに、ドルドンは並列繋ぎにされたチューブの片一方を(いき)り立つ男根に突き刺した。

 

「ツイン・ブーステッド・システム、オン……」

「……!?」

 

 ドルドン、禁断のチューブ二本挿し。反則技の並列繋ぎ。一本目は頚部に、二本目は脈打つ陰部に。オクリー青年のことを妄想して加速する拍動がスーツの速度を爆発的に高めていく。

 血流の巡りを加速させたなら、当然スーツの出力も上がる。スーツの手足が本物の手足の如き反射を見せ、繊細な動きすら可能にした。

 

「素晴らしい……」ドルドンは白と黒に染まる視界の中で呟く。負担が掛かりすぎているが、この反応の良さならばフアンキロの漆黒のスーツに対して性能勝負に持ち込めるかもしれない。

 

「な、なにがツイン・ブーステッド・システムだっ!! そんな機能ありゃしないんだよッ!!」

 

 フアンキロが脚部のブーストユニットを蒸かしながら突貫してくる。ドルドンも呼応して螺旋型のブーストユニットを駆動。側転、宙返り、ロンダート。半径五メートルをきっちり保ちながら曲芸じみた動きでフアンキロの突撃を回避する。

 

 ドルドンはフアンキロの漆黒のスーツの性能に更なる知見を見出す。

 最高速度に達するまで、自分のスーツよりも少しだけ遅い。脚部に装着されたブーストユニットの質は同じであるから、重さの分だけ初速に差が生まれているようだ。

 気づきを得たはいいが、頭がくらくらする。全盛期でない老いた身に“ツイン・ブーステッド・システム”は身悶えそうなほどに苦しい。ブーストの重ねがけで頭痛が止まらない。ただでさえスーツに血流を持っていかれて貧血だというのに、機敏に動き回っているために身体のあちこちに血液が偏重する。

 

 いや、俊敏に動き回らなければいけないのだ。射程が判明したとはいえ、その内側に入り込めば死が確定する。敵を翻弄し続けなければいずれにせよ死んでしまう。

 それに、攻め手の数で言えばドルドンが不利。ドルドンが勝利するには、フアンキロのスーツを攻略した上で本体を消し飛ばさねばならない。長期の対決となればドルドンが負けるだろう。

 

 藍錆のスーツが宙を駆ける。めいいっぱい伸ばした脚部ユニットが浴びせ蹴りを叩き込む。フアンキロは突然の襲撃に対応できず、スーツの損傷が加速する。苛立って『呪い』を発動しようとするが、当然空振りする。真の射程はたった二メートル――スーツ同士の戦いになった時、その射程はあまりにも頼りなかった。

 

 勝負は神父がやや優勢。操作の慣れも早い。拷問官は弄ばれるばかりで決定打を放てない。

 たった一度でいいのだ。ほんの一度だけ『呪い』で捕まえてしまえば良い。そんな願いが通じたか、三次元的な動きを繰り返すドルドンの動きに影が差す。

 

 急速な虚血状態に陥ったドルドンは、数瞬だけ無防備を曝した。手が操縦桿(ジョイスティック)から刹那の刻だけ離れ、スーツの動きが停止する。

 その隙を逃すフアンキロではない。今まで一方的にやられっぱなしだったフアンキロの漆黒の機体が、遂にドルドン神父のスーツを捉えにかかる。操縦桿を素早く弾き、蹴りの動作に入った。

 

「死ねクソジジイッ!!」

 

 蹠を突きつけるような、重量の乗った前蹴り。

 がつん。鈍い衝突音が洞窟内に鳴り響く。ドルドンのスーツは弾かれたように吹き飛ばされ、右腕をへし折られた。同時、千切れた管からドルドンの血が滂沱として溢れ出す。神父は絶叫しながら陰部の管を抜き、コクピット内の『血脈回路切替ボタン』を押下。右腕部の血脈回路が遮断されて別の回路へ繋がり、失血死という最悪の結末を逃れることができた。

 

「とうとう尻尾つかまえたわよ、ジジイ」

 

 ツイン・ブーステッド・システムが死んだ。初速の速さ比べは意味を無くし、真正面からのぶつかり合いで勝てる道がほぼ消えた。

 ドルドンは隻腕。対するフアンキロは両腕に武具を持っていた。ドルドンが先にそうしたように、左に盾を、右に剣を構えていた。

 

 ドルドンが喪った血量は半端ではない。その量、〇・五リットル――成人男性の致死量の半分にも上った。

 視界が霞む。漆黒のスーツが闇に溶ける。左から来る。見えているのに反応できない。思考が覚束無い。回避のために何をすれば良いのか分からない――

 

 次の瞬間、ドルドンはコクピット席直上で金属のひしゃげる音を聞いた。コンマ一秒気を失った瞬間に、相手の剣がスーツの胸部を破壊したらしい。

 もはやこれまでか。ドルドンは左腕を駆使してフアンキロのスーツを拘束し、悪足掻きとばかりにコクピット席周辺を羽交い締めにした。その隙にスーツを廻っていた血液を体内に戻し、脱出ボタンを押す。首からチューブを抜き放つと同時、懐に認めた爆弾の導火線に火を灯した。

 

「内臓ブチまけろ、ジジイ!」

「お前がな!」

 

 フアンキロがドルドンのコクピット席の装甲を引き剥がした瞬間、ドルドンの巨体が空を跳ぶ。漆黒のスーツの胸部に乗り上げて、敵の両腕が届かぬ場所で導火線に火を灯す。

 だが、フアンキロは冷静だった。スーツの体勢を崩してドルドンを振り落としにかかり、同時に魔法を使用。装甲の隙間に爆弾を放り入れようとしたドルドンが滑り落ち、フアンキロのスーツの右手に収まった。

 

 殺った。フアンキロは勝利を確信して魔法を放つ。

 

「これで――……っ!?」

 

 しかし、闇から鎖が現出しない。ドルドンの行動が止まらない。

 何故だ。ドルドン神父の本名には調べがついている。まさか偽名? 有り得ない。ならば、スーツの力に任せて握り潰すまで――

 

 そんな逡巡が仇となった。ちりちりと音を立てて導火線が燃えていき、尽きる。閃光が瞬き、漆黒のスーツの右半身が吹き飛んだ。

 

「な、何で――」

 

 コクピット内の豆電球が焼失し、視界が闇に包まれる。操縦桿が僅かに光っているものの、ほとんど見えない。動揺している間に次々に爆弾が破裂していき、フアンキロのスーツが瓦解していく。

 遂に操縦桿をどれだけ操作してもスーツが動かなくなって、フアンキロは脱出を考え始める。ドルドン神父に『呪い』が効かなかったという不可思議な事実に気が動転して、短絡的な行動を取ることしかできない。

 

「ドルドンっ……きさま、本名を偽ったのか……!?」

 

 次なる爆弾がコクピット内に投げ入れられた。

 

「ひっ!」

 

 敵の行動に右往左往するばかり。フアンキロはどうすることもできずに真正面から爆風を食らった。

 燃料に引火して漆黒のスーツが爆発炎上する。フアンキロは絶叫しながらスーツから這いずり出すが、下半身が熱くて堪らない。見下ろすと、腰から下がない。生まれて初めての重傷にフアンキロは泣き叫び、痛みもないのにもがき苦しんだ。

 

 そんなフアンキロを見下ろすように、顔面蒼白のドルドン神父が現れる。燃え盛るスーツの傍らで二人の視線が交差する。

 

「ドルドン……!! ど、どうしてワタシの魔法が発動しない!? 偽名か!? それとも顔を変えたのか!? 教えろドルドンッ!!」

「……ン? あぁ、そうか。君の魔法、顔と名前を知っていることが発動条件に含まれるのか」

 

 ドルドン神父はふらつきながら顎髭を整える。

 

「ワシのファミリーネームはな、とうの昔に『上』に捧げたよ。この身体は世のため人のために使われるべきなのだからな。故に、最近使っていた名前は仮初のものだ」

「世のため人のためですって……? あんた、青少年を強姦殺人しまくった屑野郎じゃないの!!」

「……フッ」

「笑ってんじゃないわよ……! お、教えろ……本当の名前を教えなさい……!」

「ドルドン・マーキュリー……いや、ドルドン・サガミクスといったところかな」

「ああ!?」

 

 打ちのめされていたフアンキロは徐々に傷を癒し、下半身素っ裸のまま再起する。ドルドン神父も股間にチューブを繋いでいた関係で陰茎だけが露出していた。

 

「動くなフアンキロ。爆弾で吹っ飛ばされたいのかな」

「身体の欠片ひとつでも残ってたらワタシ達は死なないのよ。そんなもん脅しにすらならないわ」

 

 フアンキロの強気な態度に圧されるドルドン。その実、彼は爆弾を切らしていた。

 すかさずドルドンは発言を一八〇度転換させる。

 

「そうか。なら言おう、ワシは爆弾を持っておらん」

「えっ?」

「見なさい。一糸まとわぬこの身体を」

 

 ドルドンが漆黒の長衣を脱ぐ。砕け散ったスーツの残骸で燻る炎が、そのくっきりとした筋肉の凹凸を浮かび上がらせる。皮膚の下に綿でも詰め込んでいるんじゃないかと思えるくらいに隆起した筋肉。獣のような雄臭さに悍ましさを感じたフアンキロが再度『呪い』を発動しようとするが、空振りする。

 その肉体を否が応でも見つめるしかないフアンキロは、次の瞬間驚愕の事実を目撃した。

 

 ――素っ裸になったドルドン神父の肉体に似つかわしくない、レースをあしらった派手な布が縛り付けられている。

 ヨアンヌ・サガミクスの黒い下着を纏っていた。細いクロッチで金玉が左右に分割され、隠し切れない変態の乳首が露出している。ヨアンヌよりも豊満な乳房であるから、より双丘が強調される形になる。背中側ではホックが悲鳴を上げていた。

 

「な、何なのよ、あんたは……」

「ワシは人間だ……」

「違う……」

「この矛盾と欺瞞と傲慢に満ちた生命体が人間以外であるはずがない。ワシはこの世の誰よりも人間なのだ。天邪鬼で、鬼畜で、飽き性で、悪辣で、慈悲深い……。男であり、女でもある。恋敵に成り代わりたいと(こいねが)い、それが叶わぬ切なさを噛み締め、それすら狂おしい愛おしいと受け止める。ワシは矛盾を抱えて生きる使徒なのだ」

 

 ドルドン神父は両腕を大きく広げてフアンキロにアピールしている。

 気圧された女が引き腰になりながらも拳を握り固め、目の前の変態を殺そうと力を込めるが、乱れない動作で神父が防御姿勢を取った。

 

「ワシを殺すかね?」

「当たり前じゃない。あんたと違って、敵を殺すのに爆弾なんか必要ないんだから」

「まぁ待ちたまえ。爆弾を使い切りスーツを無くした我々は、この洞窟からの脱出手段を持たない。言わば運命共同体というわけだ」

「あ? 突然何を……」

「見よ」

 

 ドルドンは顎でしゃくって、水晶洞窟からカタパルトへ続く穴を見上げる。一ミリの取っ掛りもない絶壁が数十メートルに渡って反り立っている。スーツの馬鹿げた出力が無ければ傷すらつかない結晶の壁を指して、ドルドンは渾身の力で拳を叩きつけた。

 ドルドンの示す通り、壁には凹み一つ付けられなかった。フアンキロが眉を顰める。恐る恐るといった風に――しかし拳を振りかぶると途端に力強い動きで――壁をぶん殴って、フアンキロは己の腕が逆方向に折れ曲がったことに目を見開いた。

 

 次に、フアンキロは地盤を砕かんばかりの脚力で跳躍する。しかし、穴には遥かに届かない。彼女が跳躍した六メートル程度の高度は、目標の三分の一程度だった。

 幾度か挑戦するフアンキロを尻目に、ドルドン神父が低い声で告げる。

 

「二人で協力しない限り、この洞窟からの脱出は不可能だよ。協力してくれるな?」

「嫌だ……」

「まだ殺し合いを続けるというのなら我々の人生はお終いだ。それでいいのか? 君はアーロスの力になれぬまま無様に死んでいいのか?」

「…………」

「ワシに手がある。一人では無理だが、二人なら脱出できる。地上でやることがあるのはお互い同じだろう。手を貸してくれんか?」

「……何で、あんたなんかと」

 

 フアンキロは絶体絶命な状況以上に、生理的に無理すぎる老爺の見た目に慄いてドルドンの誘いに乗らない。布面積が小さすぎる上に、下に至ってははみ出しているのだから最悪すぎる。

 ドルドンは溜め息を吐く。まるで誘いに乗らないフアンキロがおかしくて、自分はまともなことを言っているのにと呆れるように。己の格好は一切顧みないのが彼だ。

 

「君は何のために生きている? 詳しくは知らんが、少なくとも今は、アーロス・ホークアイと運命を共にしたいとか、彼の夢を手助けしたいとか、そういう思いがあるんじゃないか?」

 

 女性用の下着を纏った男が言う。

 

「ここで二人共倒れになるのはつまらないぞ。一緒に見苦しくもがいてみないか?」

 

 そして、再び手を差し伸べる。

 フアンキロは顎を引いて本気で気持ち悪がっていたが、彼の言うことも一理あると考えを改めた。ただし、ドルドンの手を取ることはなかった。

 

「チッ……分かったわよ、組んでやるわよ。脱出方法を説明しなさい」

「スーツの残骸でてこ(・・)の原理を使うんだ」

 

 ドルドン神父はスーツから出た金属片を小山のように積み上げ、それを支点に細長い金属板を設置した。簡易的なシーソーを作った彼は、片側に乗ってジャンプして見せた。ドルドンが乗った方とは逆の端部が上方に跳ね上がり、残像を残しながらしなっている。

 

「まさか、そんな子供の遊びで上まで飛んでいくつもりじゃないでしょうね」

「ワシが着地するから、君が反対側でジャンプしろ。君は高所から落ちても死なんからな」

「嘘でしょ……」

 

 フアンキロは恐る恐るといった風に、ドルドンの対面に位置取った。

 

「行くぞ!」

 

 みしみしと音を立て、金属板が撓んでいる。

 ドルドンが下着姿のまま駆けてきて、勢いをつけてフアンキロを跳ね上げてやろうと更に加速した。

 

「ねえ、やっぱりちょっと待っ――」

 

 ドルドン神父は決して待たない。洞窟内を疾走した老爺は水晶を踏切台代わりにして高く跳んだ。

 

「ぐえっ!」

 

 脇腹を不意に突かれたような素っ頓狂な声を漏らして、フアンキロが斜め上に吹き飛ばされる。

 作用の瞬間に身を縮こめてしまったため、フアンキロは見事に側壁にぶつかって墜落した。顔面を強打したため、最高地点に鼻血の跡がこびりついた。目的の穴までは遥かに届いていない。

 

「フアンキロ……。もうちょっと頑張ってくれんか」

「タイミングってもんがあるでしょ! 変態が全力疾走してきて一発で息合わせられる奴はそういないわよ」

「オクリー君ならなぁ……」

「……あいつなら一発で合わせられるっての?」

「うむ」

 

 オクリーの名を口にすると、彼女は白髪ボブを弄りながら眉間に皺を寄せる。ドルドンの希望的観測を多分に含んだ妄言に苛立ったのは、フアンキロが誰よりもオクリーを意識しているからだ。それがふざけた仮定の話だとしても、あの青年に人生と陣営を滅茶苦茶にされた身からすると、神経を逆撫でされるように腹立たしい。

 オクリーに負けた女だ。二度と負けてやるものか、何ならアーロスの野望成就の過程で息の根を止めてやりたいと渇望するほどに彼女の思いは強い。

 

 フアンキロは折れた鼻を強引に元に戻して、再度シーソーの端部に居座った。

 

「ドルドン、もう一回やりなさい。さっさと地上に戻るわよ」

「言われなくても」

 

 ドルドンは陸上選手の如き俊敏性を以て手作りシーソーに接近し、数秒間の飛翔の後に全体重をかけて金属板を踏み抜いた。

 

「ぐえ!」

 

 二人は幾度となくトライアンドエラーを繰り返し、その度にフアンキロの滑稽な声が反響した。

 

「まるで鶏だな」

 

 頑張れなどという声掛けは一切ない。墜落するフアンキロを嘲笑すらしているドルドン神父。その際の一言が彼女に古城拠点(・・・・)での一幕を想起させ、堪忍袋の緒が切れた拷問官は地面に四肢を投げ出した。

 

「あ〜〜〜〜!! もう!! やめよ、やめ! くっだらない! 何が協力よ、アホくさ!」

 

 即席シーソーから退いたフアンキロは手足をばたつかせており、ひっくり返った蟲のよう。ドルドンはそんな情けない様子を見て助走をやめた。

 

「諦めるのか?」

 

 フアンキロは、そうよ、と反射的に言いかけて、思い留まる。

 

「一旦は休憩!」

「ふぅん」

「あんたも疲れてるでしょ! 汗だくじゃない、少し息を整えたら?」

「そうしよう」

 

 ドルドンは度重なる疾走により滝のような汗を流している。神父はブラのホックに手をかけようとして、筋肉が膨張して腕の邪魔になってしまい留め具に手が掛からないことに気づく。

 

「……おっぱいが苦しいのじゃ」

「えっ……」

「ブラを外してくれないか」

「自業自得じゃない」

 

 と言いつつ、フアンキロは人差し指の爪でドルドンのブラジャーを外してやった。「ありがとう」「どういたしまして」フアンキロの脳裏には、いつだったか、ヨアンヌに同じことをしてやった記憶が流れていた。

 成長期のヨアンヌは下着を新調してもすぐにきつくなって、その度に呼びつけられて留め具を外してやった覚えがある。

 

 そんな在りし日の日常も遥か遠い。あの青年が全て奪い去ってしまった。拷問官の双眸に寂寥の光が映る。

 

「フアンキロ、もういい。つけてくれ」

「え?」

「ほら、早く」

「……まあ、いいけど……」

 

 老爺は背中から持ってきた肉を胸に寄せ始める。この男は一体何がしたいのだろう……。そう思いながら、留め具を引っ張ろうとすると、ばちんとワイヤーの途切れる音がした。

 はらりと下着がはだけそうになって、ドルドンは両手で胸を押さえる。その様子が猛烈に可笑しくて、フアンキロは腹を抱え声を上げて笑った。

 

「ぶッ――な、何よそれ! キモすぎるわよ! んふふ、あはははははッ! は〜おっかし……」

 

 真顔のドルドン神父が少しだけ頬を緩ませたように見えた。

 

「何でワタシはこんなクズに励まされてるんだか……」

「……涙が出ているぞ、フアンキロ」

「久々に笑ったわよ。でも、最悪の気分」

 

 呼吸を整えるフアンキロの隣に腰掛けるドルドン。彼女の呼吸が落ち着くまで待った神父は、ぽつりぽつりと身の上話を始めた。

 フアンキロはスーツを喪い、短い射程を補完するだけの機動力を無くしているため、邪教戦力として数えるには物足りなくなった。そのため、ドルドンの目的は既に一部達成されていた。また、彼女とは一応の協力関係になっているため、身の上話をして距離を縮めようとした。

 

「ワシは昔、世界を“善”で包み込めないか本気で考えたことがある」

「あん?」

「君も考えたことはないか? 世の中の腐った人間が全員消えてくれたら、この世界は善人のみで構成されるわけだから……良い人が損することはなくなるし、戦争とか紛争での理不尽な死も無くなる。そんな夢物語をどうにか本気で実現できないか、かつては頭を悩ませたものだよ」

「はん……ウソくさ。というか、嘘でしょ。あんたみたいなのがそんなこと考えるわけない」

「ワシは神父だぞ? 本気に決まっているだろう。兵士に擬態していた殺人鬼を成敗したことがあるし、汚職神官をぶち殺したこともある」

「同族嫌悪じゃない……」

「自分を棚に上げているのは自覚している。それはそれとして、曲がりなりに善の世を実現したいと考えていた身からすると、そういう悪人やペテン師が嫌いだったのだ」

「悪人、ねぇ」

「だが、色々と考えた結果、全て無駄なことだと分かった。ワシ一人がどう足掻いたところで現実は何も変わらん。故に好き勝手放題やることにした」

 

 フアンキロはドルドンの言葉に己の過去を重ね合わせる。史上最悪の子供時代である。家庭崩壊と、子供グループ内での虐めが複雑に絡み合い、彼女の幼少期は暗黒と化した。

 かつてのフアンキロには嘘を見抜く能力がなかった。唯一の友人と思っていた人間が虐めの主犯格で、凄惨たる犯行はその者の指示で起こされたことと知るのは、フアンキロが井戸に突き落とされる直前のことだった。

 

 井戸に落とされ絶望していたフアンキロは、苔でぬるぬると滑る側壁に脱出を阻まれ溺死を待つ身だった。

 そんな時(・・・・)アーロスに救われた(・・・・・・・・・)

 

 この国を良い形に変えたい、苦しみのない理想郷にしたいというアーロスの言葉に強く感銘を受け、一も二もなく教団に入った。

 仮面の男の思想に同調した。彼の優雅な言動に心惹かれた。救世主だった。神様だった。

 

 男は言う。私は嘘つきは嫌いです、と。集団で弱いものいじめをする奴は許せない、と。

 ああ、その通りだ。首を振って頷く。一番欲しい言葉を(・・・・・・・・)貴方はくれる(・・・・・・)。どうして分かってしまうのだろう。貴方の言葉一つひとつが身に染み渡っていく。過去の傷を癒すような優しい言葉が、闇に落ちた世界に温もりを与えてくれる。その低い声が奏でる言葉は全てが真実で救済だった。

 

 ある日、フアンキロの前に縛り付けられた女が用意された。

 仮面の男は穏やかな口調で言う。

 

 ――フアンキロ、この者は私の野望を邪魔する者です。

 情報を吐かせなさい。殺してはいけませんよ。

 情報を引き出すコツは、人の恐怖と不安感をどれだけ煽れるかです。

 そう、例えば……。

 貴女がされて嫌なことを、やってあげるとかね。

 

 貴女は過去にどんなことをされてきましたか?

 どんなことが嫌でしたか?

 

 爪を剥がされた?

 ふむ、子供は残酷ですね……。

 まあ、拷問の初歩的なことですからね。

 一緒に覚えましょう。

 

 他にはどんなことを?

 犬の糞を口に押し込まれた?

 鼻の穴に蚯蚓を詰め込まれた?

 瞼の下に砂を注ぎ込まれた?

 

 ああ、可哀想に。

 でも大丈夫。貴女を脅かす存在はここにはいない。

 いえ……。

 貴女が脅かす側の存在なのです。

 

 これは治療の一環でもあるのですよ。

 過去にされたことを他人にやる。

 そうすると、心がぱあっと晴れるんです。

 人間の本能的なものなのでしょうかね。

 一度やってみてはいかがですか。

 お手本を見せましょう。

 

 ほらね……。大したことないでしょう?

 痛がってる人を見ると、何だか滑稽ですよね。

 指を切り落とされた程度で大の大人が泣いてますよ。

 おや、吐いちゃいました。

 大袈裟ですよね。ははは。

 

 貴女は似たようなことをされても、涙ひとつ零さなかった。

 フアンキロ、貴女は強いひとです。

 さあ、貴女も道具を手に取って……。

 

「…………」

 

 手に取ったのは苦悶の梨。

 一度でも一線を超えると、後は転がり落ちるようだった。

 拷問官としての実績を積み重ね、運も手伝って幹部となった。

 身についた魔法は、人の嘘を極度に恐れる性格を反映したかのような――『審判の呪い』。しかし、相手の心を探る魔法の性質は拷問にうってつけだった。

 

 左耳のピアスの先端には、苦悶の梨を模した装飾がついている。

 フアンキロはそっとそれを撫でると、必ずこの穴から這い上がってやると決意した。井戸の底で絶望していたあの時のように、外へ出てみせる、と。

 

「ワタシも悪人が嫌いよ」

「ククク。アーロスの行為に疑問を抱かないのかね? ヤツは善人ではないぞ」

「知ってる。あの人がやってることの全てが正しい訳じゃないのも、ワタシを駒として利用しているだけってのも、何となく気づいてる。でも良いの。ただの駒としてでも、あの人の役に立ちたいって気持ちは本物だもの」

「…………」

 

 自分を嘲笑おうとしたドルドンに対して素っ気ない反応を返すフアンキロ。フアンキロは、自分が世間からどう見られているのか、アーロスがどういう扱いを受けているのか熟知している。尋問の最中に教団の罵倒を吐かれることが日常だったからだ。

 

「あんた、知ってる? ウチの幹部連中がアーロス様にスカウトされた時、そいつら偶然(・・)絶望のどん底にいたんだって。……どうやったかは分からないけど、弱者に一生モノの恩義を売りつけて、絶対に逆らわない都合のいい駒を作りたかったんでしょうね」

「おいおい、そこまで知っていて何故従う?」

「あの方の救済が打算的だったとしても、アーロス様はワタシ達の恨みを晴らすべく戦って下さっている。その事実がある限り、信者の従属は変わらないわ」

「認知の歪みだな」

 

 アーロスは敗者(ルサンチマン)どもの代表者であり、彼らを裏切った世間に罰を与える正義の善人なのだ。

 世界がフアンキロ達を取り零していった。世界がその報いを受けているだけ。そう嘯く拷問官に一定の理解を示しつつ、男はそもそも論を持ち出した。

 

「論理を並べ立てたところで、我々が哀れな屑であることには何ら変わりない。いつまで他人から見た自分を気にしている? もっと自由でいいじゃないか。別に人を殺すのに理由とか必要ないじゃろ。殺したいから殺すだけ、やりたいからやるだけ。……というか、口論の引き出しは多いようだが、そんな暇あるなら戦闘技能を磨かんかい!」

「ぐ……」

 

 二人はシーソーゲームを再開する。

 何度も血と汗を流し、地に落ちた。

 その度に二人の腐れ縁は強くなっていった。

 

 そして経過すること三〇分。

 フアンキロの左手がようやく穴の縁を掴んだ。

 

「ッ……やったッ!!」

 

 その声はどちらのものか。左手を起点に洞窟から這い上がろうと藻掻くフアンキロは、渾身の力で以て己の身体を引き上げる。

 

 同時刻、正教邪教の戦力が正面から衝突し、大量の死者が出た。

 これまでの戦いの比にならぬ戦死者の数は、聖地メタシムをほんの少しだけ幽世の領域へと近づけた。そして、人々の想いが力となり、共通思念のようになって『救済』を求め始めた。

 

 その願いの力の代表者となったのは、他ならぬドルドン神父である。

 最も戦場に近い場所にいる聖人(セイント)もどきが、本物の聖人になろうとしている。運命に選ばれ、『魔法』の前兆であった『奇蹟』が、本物の魔法へと昇華されていく。

 

 『太陽』の神から力を譲り受けた黎明の七人。

 『邪神』の使徒となったアーロス。

 ドルドンは人間が元来有する混沌と矛盾の伝道者となった。

 

 フアンキロが義理堅くロープを取ってきて、落ち着き払って様子のおかしいドルドンを引き上げる。

 数十メートルに渡って縄を引き込み重労働をこなしたフアンキロは、ふと手元が明るくなっているのに気づく。

 いや、手元だけではない。先程まで立っていた水晶洞窟の方までが煌めいている。

 

「な、何の光!?」

 

 その光はドルドン神父のうしろ(・・・)から現出していた。

 ドルドンは信じられないといった風に己の身体を見下ろしている。

 

「あ、あんた……『魔法使い』になったの……?」

 

 徐々に神々しい光が萎んでいく。フアンキロの眼は更なる異常を捉えた。男の背後の闇が増幅し、混沌とした明滅を生んでいる。

 この神威(オーラ)。サレン・デピュティやアーロス・ホークアイから感じる異質さと同等のものだ。フアンキロは直感する。神父の運命力と救済の数々が天運を引き寄せたのだ。

 否、彼は自ら掴み取った。幽世に手を突っ込んで、奪い取ってきた。狂人の妄想と思い込みが現実のものとなったのだ。今、ひょっとすると、自分は神話の始まりを目の当たりにしているのかもしれない。

 

「しかしだねフアンキロ君。……こんなことが起こったって、きっと、意味なんてないんだよ」

「違うわ。無意味にも意味はあるもの」

「そうなのかな。まあ、やることは今までと変わらないがね」

 

 これは遠くない未来の話。

 ――アーロス寺院教団の滅亡と共に、世界各地でとある宗教(・・・・・)が興り始める。その者達は夢の世界でとある老人を見て、異口同音に神聖四文字(ドルドン)を唱えた。

 これは、その神威のはじまりの一幕だった。

 

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