全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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一三話 『覚悟』が足りていないのはお前だけ

 

 スティーブがクロスボウに装着された矢を射出した。鏃には猛毒が塗られている。身体を思いっ切り屈めて矢を回避して、スライディングの要領でスティーブの胴に抱き着く。

 

「うっ!?」

 

 勢いに押されて地面に押し倒されるスティーブ。俺は腰に刺したナイフを抜き放ち、彼の喉元に押し付けた。

 決着は一瞬。スティーブは観念したかのように全身から力を抜く。

 

 ナイフを振り抜こうとスティーブの首元を押さえると、不気味な感触が俺の手に触れた。

 

 ――弾力のないゴム。生気の宿っていない冷たい肌。

 スティーブの身体の異様な冷たさに気付いた俺は、脳天に重い重い一撃を食らったかのような衝撃を受けた。

 

 ナイフが切り込んだ首の表面から、一滴たりとも出血していないではないか。

 

(……死んでる? スティーブは既にポークに操られているのか?)

 

 あっと声を出しそうになる。濁流のような記憶が中枢に流れ込んできて、俺の身体は動きを止めた。

 ポークの監視発言。棘の毒に侵された死体を自動で操ることができるという能力。二度触れて冷たかったスティーブの身体――俺はあそこで彼女の監視方法を察するべきだったんだ。後頭部に手刀を当てて彼が気絶しなかったのも、彼が既にゾンビ化しているのなら説明できる。スティーブは既に意識と言えるものを喪っているのだから。

 

 ――ポークの操る死体は自動運転型と呼ばれ、感覚を共有した上で様々な命令を聞くことが出来る――

 その文面を思い出して、俺はスティーブの目に釘付けになった。

 

 見られている。感覚を共有されている。リアルタイムで。

 

 どうしてこんな事態に陥った。俺は絞り出す言葉に詰まった。思考が空回りして、汗が引いたはずの全身が再び熱くなる。

 

 こんなの、どうすれば。墓穴を掘った。目の前の救いを求めすぎて、しかも欲を出そうとして更なる深みへと嵌っていた。自分の身ひとつ守れないくせに他人を守ろうとして、俺は何がしたかったんだ?

 

 ――もう、詰みではないか。

 

「……なぁスティーブ、聞いていいか」

「……何か?」

「俺、頭がおかしくなっちまったのかな」

「はぁ?」

 

 スティーブを今まさに殺そうかという寸前、突然襲いかかってきた衝動に任せて額を地面に叩きつけた。一度では足りない。二度、三度。渾身の力で以て上半身を躍動させる。

 

「お、おい! 何やってるんだオクリー!? 頭がおかしくなったのか!?」

 

 頭蓋が砕け散る音が脳内に響く。

 破片が突き刺さっていく。視界に火花が弾け、籠った声があちこちに反響している。

 

 世界を救うって何だ?

 自分の命すら碌に守れない人間が、英雄になれるはずないじゃないか。

 

(……? 誰かの声が聞こえる……?)

 

 状況を整理してみようぜ。一度深呼吸して落ち着けよ。そんな誰かの声が脳内に溶け込んでくる。ふと冷静な思考に戻ると、全身に鳥肌が立った。

 

(あぁ……俺は何てことを――)

 

 数々のやらかし(・・・・)。いや、そんな可愛い言葉では済まされぬ愚行の数々。後悔すればキリはないが、追い詰められた人間特有のどうしようもない行動が脳裏を過ぎる。

 

(はは、何やってんだよ俺。セーブ地点からもう一回ロードして……あぁ違う……どうやってやり直すんだっけ? ……え? ち、違う。おかしいぞ俺……何言ってんだ俺……)

 

 ま、待て。やばい。落ち着け。明らかに心が弱っている。俺と共感してくれる教徒のスティーブが現れて、ついでに主人公という救いが見えて、いよいよ救われるって思って、でも全然上手く行きそうにないことを無意識下で理解していて、そのスティーブが既に死んでいて、同時に完全な詰み状況に気がついて――

 何故俺は真っ直ぐに目的地を目指した? ポークに監視されていると言われたのに、何故安全を第一に考えなかった? 今日のやらかしだけを思い返しても墓穴を掘りまくっている。ぐるぐると後悔が駆け巡り、地面に投げ出した四肢が痙攣し始める。

 

 起き上がったスティーブが何かを言っていたが、何も聞こえない。耳がイカれやがった。

 

(あ……あ、や、やばい。身体がおかしい。寒気が止まらない。変だ。胸が苦しい。目が見えない。耳が聞こえない。呼吸ができない。クソ、これ、ダメな奴だ――)

 

 原作が――などと言って度々現実逃避のように譫言を繰り返してきたが、いよいよ分かりやすく詰みの状況にぶち当たったのを理解してしまったためか、身体のあちこちがおかしい。噎せ返る死臭を身体中に浴び、現代日本で味わうことのなかったレベルの莫大なストレスに曝されて、今まさに発狂一歩手前と言ったところ。精神と身体の感覚が一致しない。精神が分裂していく。

 

(あ、あ、あ)

 

 主人公。原作。俺はその言葉を何回発した?

 

(や、やめろ……)

 

 一人だけ何の『覚悟』も出来ていない奴がこの世界に生きているような。

 お客様気分、傍観者気分の奴がいるよな。

 

(やめ、やめて……やめてくれ!)

 

 一貫性のない中途半端な言動。

 願望混じりの考え。

 いまいち不完全な保身。

 

 俺だけ実感(・・)覚悟(・・)も足りてないんだよ。

 だからこうなった。

 

(実感? 覚悟? 何だよそれ。ここは『原作』を模した世界なんだ。キャラクター達が物語の筋書き通りに行動してくれるんだ!! 俺みたいなモブは関係ねぇ!! 原作に出てきてないんだから!!)

 

 分裂しかかった人格が悲鳴を上げている。傍観者でありたい俺、偉ぶって原作知識を語りたい俺、日本で生きてきたから寿命以外で死ぬなんて有り得ないと高を括ってる俺、理解の及ばないところは『あ〜こいつらイカれたキャラクターだから』と笑って済ませようとしている俺、原作のストーリーが〜とうだうだ言い続ける俺……。全員嫌いだ。こいつら全員追い出したいと思っているのに、突然こんな世界に放り出されたら捨て切れるわけがないじゃないか。中途半端な俺は人間性を捨て切れない。

 

(ああ、分かってる……分かってるよ……捨てなきゃ……捨てなきゃダメなのは分かってるよ……でも無理なんだ……)

 

 原作だ設定だと蘊蓄知識を並べて傍観者ぶって――本当の身体は日本のどこかで眠っているんだという幻想を捨てきれない俺。日本の穏やかな暮らしを忘れられず、いつまでも夢に見る俺。温かいご飯、安心できる寝床、確保されたプライベート、清潔な環境、充実した娯楽……それらを帰ったら(・・・・)やろう(・・・)とでも考えてしまっている俺。

 

 忘れてないか? 俺はこの世界の登場人物なんだぜ。

 そして、ここは現実。筋書き通りには進まない。

 

(違う。原作は主人公の選択肢によって無数のルートに分かれていって――)

 

 おいおい、無数のルートは製作者側が用意した物だろう? この世界に筋書きを決める神様はいない。俺達が全て決めていくんだ。だから皆死に物狂いで頑張ってるんだよ。どうにか生きて、どうにか勝って、その結果思い描く未来を叶えていくんだ。

 

 この世界にモブはいない。地位や名誉のある人間に比べれば影響力は小さいかもしれないが、多少は世界を動かすことができる。現に俺はヨアンヌやフアンキロ、ポーク達と接触して、少なからず影響を及ぼしているではないか。

 

 ゲームなら『モブ』が筋書きに干渉することなんて無かっただろうが、ここは現実なんだよ。どうしようもなく、みんな生きている。

 ここは原作テキストの外だ。誰もが予想通りに動いてくれるとは限らない。

 

(嫌だ……出来ない!! こんな世界で生きたくない!!)

 

 心臓が跳ね回っている。涙で視界が歪んでいる。全身に震えが走り、痙攣した喉奥から吐瀉物が撒き散らされる。ぼやけた視界の中、スティーブが俺の額に調合したポーションを無理矢理塗り付けてくる。

 

(主人公を救わなきゃ……主人公……)

 

 何故お前は主人公を救おうとしている?

 お前自身の命はどうなるんだ? それとも何か……自分は絶対生き残れるって保証でもあるのか? セーブポイントなんてモンは無い。死ねば終わり。だからみんな頑張ってる。当たり前だろう。

 

 このイカれた現実では、原作主人公なんてただの他人なんだよ。

 自分の命を最優先に考えろ。

 

(……でも……救えば何とかなるはずだ……)

 

 おいおい、主人公の生い立ちを忘れたのか? 彼は正教の兵士になるまでは極々一般的な人間だ。悲惨な目にあったからこそ狂気的な精神力を以て正教の英雄へと変貌したわけで、下手に手を出すのは悪手。そんなことも分からないのか? それとも虐殺を目の前にして良心が生まれたか? 誰かを助けて――それも英雄候補の子供を助けて――心理的に救われた気になりたかったんじゃないのか?

 

(そんなわけ……)

 

 そもそも救って何とかなるのか? 具体的な案は? 仮にお前の思う通りの『ルート』しかない世界だとしても、どのルートへ向かうんだ? 何故俺達の未来が正史ルートだけだと考えている?

 主人公を救ったとて、そこから先は分からないだろう。お前は主人公を助ければ正史ルートが待っていると信じているが、主人公闇堕ちルートや全滅ルート――記憶にすら残っていない『ゲームオーバー』の世界線に向かう可能性だってあるんだぜ。

 

 そんなあやふやな流れに身を任せていいのか? ダメに決まってるよな。でもお前は何も考えてこなかった。原作の外(・・・・)の流れになるのが嫌で、行動を起こせなかった。流れに身を任せ続けた。

 宗教戦争から逃れたいなら死ぬ気で国外亡命するとか、正教側に寝返るための準備をしてみるとか、そういうことすら考えなかった。

 

(……………………)

 

 多少は仕方ない部分もあるが、最近の失敗は目に余る。いい加減目を覚ましたらどうだ?

 

(俺は……夢を見ていたい。現実に生きたくないんだ。コンテンツとして楽しめる『幽明の求道者』が好きで……)

 

 もう終わりにしよう。

 現実を生きるんだ。

 

(……俺は頑張れないよ。この世界は……俺には辛すぎる)

 

 お前はこの期に及んで及び腰か。

 

(人が死んでる)

 

 あぁ、数え切れない程死んでいる。

 

(虫けらみたいに死んでる)

 

 ゴミ同然にな。お前もこれから死ぬだろう。

 

(嘘だ。俺が死ぬわけない。きっと誰かが助けに来てくれる。あ、ほら、ヨアンヌ。あいつは俺のことが好きだ。どうにか助けに来てくれるって、ヒーローみたいに)

 

 ヨアンヌは確かにお前のことを好いているだろうが、教祖の使命よりお前を優先するとは思えない。教祖よりお前を優先するなら、この作戦中だってお前にベッタリなはずだろう?

 あの子の愛は重いかもしれないが、案外その程度だ。知ってるだろ、幹部連中は皆アーロス様第一だって。

 

(……死にたい)

 

 なら死んでみるか?

 夢は醒めないけどな。

 

(……俺はどうすればいいんだ?)

 

 考えるんだよ。現実世界を攻略しろ。

 もう他人任せではいられない。原作主人公がどうとか言ってる場合じゃない。救いを求めてばかりの弱い人間なら弱い人間のままだ。強い人間は自ら救いを掴み取る。それこそ、物語の主人公のように。

 

(この状況から逆転できるのか?)

 

 できるのか、じゃない。

 やるんだよ。やるしかない。

 

 ここはそういう世界なんだ。

 

 ……だからさ。

 覚悟、決められるか?

 

(……選択肢なんて無い。そう言ったのはお前じゃないか……)

 

 主人公に役割を押し付けるな。英雄の役割を誰かが肩代わりしてくれるなんて考えるな。

 

 逃げるな。諦めるな。

 俺がやるんだ。お前がやるんだ。

 最善は己の手で掴み取れ。

 

(……流されるだけの人生の方が楽だと思うけどなぁ……)

 

 その言葉を最後に、分裂した人格は諦めの境地に至る。

 束の間の分裂の後、融合。

 俺の全身には悲壮な覚悟が満ち足りた。

 

 …………。

 ……。

 

 

「――――! ――リー! オクリー!」

 

 目を覚ますと、俺は両手両足を縛られて街の広場に転がされていた。

 

「突然発狂するから驚いたよ。君らしくもない」

「…………」

 

 額からは大量の血が流れており、傷の存在を自覚した瞬間鋭く痛み始めた。

 

「縄を解いてくれないか、スティーブ」

「断る。ポーク様が来るまでじっとしていてくれ」

 

 やはりスティーブとポークには精神的な繋がりがあるのだろう。

 瞬きひとつしないスティーブは火の海となったメタシムの街を一望していた。

 

 俺とスティーブの仲は決定的に分かたれた。彼の態度は一段と冷たくなっている。まあ、元々友情なんてものは無かったんだろうけど。

 そもそもこいつ、死体だしな。ポークの操り人形だ。それでも、折れそうになった俺の心を支えてくれたのは間違いない。俺はスティーブに感謝の言葉を伝えた。

 

「調合薬のおかげで大分楽になった。ありがとう、スティーブ」

「…………」

「俺、夢を見たんだ。死ぬほどきっつい夢だったけど……そのお陰で人生の目標が定まった」

「?」

 

 俺の宣言はポークにも届いているだろうか。

 

 俺は決めたのだ。

 主人公にはもう頼らない。覚悟を以て現実に挑む。

 

 ……悲壮な覚悟だ。それに、ただ決意しただけ。少し前と状況は変化していない。それどころか悪化している。

 俺の身体はポークに引き渡され、恐らくフアンキロを通じた拷問なり何なりを受けることになるだろう。生き残る確率より死ぬ確率の方が高いはずだ。それでも、逃げ惑いながら死ぬより、立ち向かって死んでいく方が、随分と気が楽だった。

 

 メタシムの街が燃える。

 程なくして火は消し止められ、邪教徒に支配されていく。

 

 しばらくするとポークが俺の隣に着地してきて、肩をポンポンと叩いてきた。

 

「話がある。拠点に帰ってゆっくり話し合おうじゃないか」

 

 ポークは目を細めながら唇を歪ませる。

 彼女が指を鳴らすと同時にスティーブは崩れ落ち、二度と動かなくなった。

 

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