全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
孕み袋達が燃え尽きるのを見届けたオクリーとヨアンヌは、疲れ切った表情で肩を寄せ合っていた。互いの身体を支え合っていないと、消えてなくなりそうだった。
「お二人さん、アプラホーネの研究室に続く道を見つけたぜ。……準備はできてるな?」
ホセが行き先を指し示す。ノウンがあちこちにトンネルを通して道を探していたらしく、運良くその一つが研究室へ続く道に繋がっていた。
オクリーは震える両脚を拳で叩いて立ち上がる。嫌というほど、この殺し合いの醜さを痛感して、考えさせられて、精神的に疲弊していた。
「アプラホーネを止めようぞ」
ノウンの一声に、オクリーは己の頬を叩いて入魂する。
ドルドンならこう言うだろう。誰かの幸は、別の誰かの不幸。故に万人を救う手立てなど無いに等しく、考えるだけ無駄であると。
なればこそ、人々は自分の信じる道をゆく。そして、このワシは好き勝手に人々に手を貸す。己の手で未来を勝ち取らせるために……と。
「あぁ。殺しに行こう……」
オクリーはスーツに搭乗する。幾ばくかクリアになった思考回路で、アプラホーネを殺すための道筋を立てていく。
彼女の魔法は地下空間において最強とも言える能力だ。ノウンも地下空間では桁違いの戦闘力を発揮するが、破壊力という面では一歩劣る。うっかり触れられた瞬間、全身の細胞を塩に変えられて即死――なんてことも考えられる。そのため、二人は肉片を各人に持たせてリスクを分散することにした。
五人が歩き出した通路には、塩化ナトリウムの山や邪教徒の死体があちこちに転がっていた。
どういう理由かは分からないが、内乱が起こってアプラホーネに鎮圧されたのだろうか。それとも、アプラホーネが乱心し、部下を虐殺したのだろうか。
実際のところは不明だが、それらはオクリー達に不穏な未来を想起させた。
「あの女、抵抗する部下を合成獣にしたのやもしれん」
そんなノウンの発言を受けて、オクリーはアプラホーネの過去を皆に共有しようと考えた。
「アプラホーネが人体実験に拘る理由を皆に共有してなかったな。あいつは生まれつきの不妊体質で、それを打開するために『孕み袋』を作り出した。奴の悲願は不妊の治療。資金や素材を提供するアーロスへの見返りとして、
オクリーはその言葉以上にアプラホーネの過去を知っていたが、他の四人には深堀してまで伝えなかった。それ以上に踏み込んでしまうと、四人の中に同情心が芽生えてしまうのではないかと考えたからだ。
たとえ芽生えなかったとしても、無駄な可能性は排除したい。人の生のにおいや温かさを発生させたくない。因縁の相手の悪の側面だけを見ることで、そいつらを殺した時の罪悪感を極力排したいから。
後ろめたさはない。今のオクリーは完全なる正義の使徒だからだ。
ふと、スーツの基幹システムたる『人間ポンプ』機能に思考が及ぶ。
操縦者の心臓の拍動がスーツの動力源になるのなら、逆も然り。心臓の弱い者への埋込み型の外部心臓として働かせることができるだろうし、体外式補助人工心臓として重症患者への救急医療という用途も考えられる。
どうして、こんな殺し合いの道具に成り果てているんだろう。方向性さえ間違えなければ、培養槽も
アプラホーネが狂わなければ、世界の技術レベルを何歩も前進させることができただろう。それとも、狂気に堕ちたからこそ、こんな非人道的な兵器を作り出すことができたのだろうか。残念で仕方ない。
「見えてきたぞ」
ヨアンヌが指差す先には固く閉ざされた扉がある。彼女が蹴ったり殴ったりしても、びくともしない。仕方ないと身を乗り出したノウンが扉の隙間に種子を埋め込み、一気に発芽させる。爆発的に体積を増やした植物の圧力で扉がひしゃげて、人間の通行が可能になった。
尖兵ヨアンヌが扉の向こうに転がり込んで、敵の出方を待つ。不意打ちを受けたような様子もないので、残りの四人も研究室内へ突入した。
四人のやや前方で、驚愕の表情のまま固まったヨアンヌがいる。追いついた四人が彼女の視線を辿ると、アプラホーネともう一人の人間が立っていた。
――アプラホーネの隣に居たのは、もう一人のオクリー・マーキュリーであった。
外見も息遣いも本物のオクリーそっくりであり、鏡写し――或いは生き別れの双子のようにも思える。意味が分からないといった風に首を振るヨアンヌの横で、ただ一人現状を理解していたオクリーが忌々しげに呟いた。
「――てめえは、どれだけこの世界に禍根を遺したいんだ……?」
それは、移動要塞化計画を発案した直後のこと。オクリーとヨアンヌの肉体組織を繋ぎ合わせたり細胞を撹拌したりして、オクリーの組織にどれだけの拒絶反応が出るか実験したことがあった。
その実験はアプラホーネの部下の協力により実行された。つまり、彼女がオクリーの細胞サンプルを保有していたとしても何ら不思議ではない。オクリーの細胞を培養槽に漬け込んで、個性のない人造人間に繋ぎ合わせてコピー体を作り出したのだろう。
「アプラホーネ……同情にも値しない屑に成り下がったな」
「吾輩だって彼を出したくはなかったんだよ」
「減らず口をッ」
オクリーが吠える。
「最後の足掻きのつもりなんだろうが、こんなもので動揺したりしないぞ。外見が同じだとしても、中身が伴っていなければただの別人だ」
「それはどうかな?」
「あ……?」
「
アプラホーネがにやにやと口元を歪めながら、オクリーの複製体へ細身な肉体を押し当てる。オーバーサイズな服の上からでも分かる胸の膨らみが複製体の身体に当たって、形を変えていた。
「やめろ……」
ヨアンヌが今にも泣き出しそうな声で呟く。アプラホーネは複製体の手を取って、自らの肉感的な身体を揉みしだかせた。そのまま複製体の頬を両手で挟み込んで、唇を啄んだ。舌を貪り、唾液を交換する。
「や、やめろって言ってんだろぉぉおおっっ!!」
飛び掛ろうとしたヨアンヌの身体が白い棘に貫かれる。研究室の壁・床・天井から塩化ナトリウムの柱が生えてきて、少女の身体を磨り潰した。
アプラホーネが複製体から顔を離す。二人の唇の間には銀の橋が掛かっており、それがオクリーとヨアンヌの心を更にざわめかせた。
「んふ……
ヨアンヌの残骸が塩の壁に弾き飛ばされて帰ってくる。すぐさま復活するが、精神的ダメージが大きい。もう一人のオクリーの存在に混乱しているようだ。
狼狽する二人を見て、ノウンは「我らが介入しなければ敵にペースを握られたままだ」とホセやメルチェに視線を送る。兵士組は頷いて、床や壁面に細心の注意を払いながら左右に散り始めた。
オクリーの脳裏に過ぎったのは最悪の想定――前世の知識を洗いざらいアプラホーネに吐いてしまったことである。
魂までオクリー自身をコピーしたのなら、前世の知識も保持したままのはず。漏洩しているのなら最低最悪――全ての優勢がひっくり返りかねない。
「おい……もう一人の俺。お前、吐いちまったのか?」
「……!?」
オクリーの言葉を聞いてその可能性に思い至ったヨアンヌはぎょっとする。
問いに対して複製体は何も答えなかった。澱んだ瞳を伏せたまま、アプラホーネの身体をまさぐっていた。
「ちっ……絆されたか」
オクリーは一年前の精神状態を思い出す。人体実験を繰り返していたのはダスケル襲撃の前だ。ギリギリのところでフアンキロの追及を退けた直後……だったか。
あの時は心が焦っていた。自分に何ができるだろうかと模索していた。その後、ダスケル襲撃で余計な行動をやりまくって、セレスティア洗脳という結果を招いた。
まだヨアンヌとの内臓交換を経ておらず、覚悟が決まりきっていない頃だ。どん底の精神状態というわけではないが、良いわけでもない。女の温もりがあれば容易く縋りついてしまうだろう。そこを付け狙われたか。
「この戦争のターニングポイントには、必ずオクリー君の存在があった。複製体を用意することで何らかの起爆剤にならないかと期待していたのだが……彼は想定以上の効果を齎してくれたよ」
「…………」
「改造銃に、人間ポンプに、
――まずい。最悪の事態だ。怒りという名の熱がさっと引いていき、研究室に揺蕩う冷たい風が顔面を叩いた。
全部喋ってしまったのか。アプラホーネが未来に開発する技術や『原作』知識を、全て……?
思考を共有しているが故に狼狽するヨアンヌとオクリー。そんな彼らに向けて、複製体のオクリーは肩を竦める。
「俺が授けたのは、アプラホーネが未来に開発するはずだった技術だけだ。
「何だって……?」
「……すまん、本物の俺。自分が間違ってるって分かっていても、こうするしかなかった……。でも、一線は超えたが、最悪じゃないだろ?」
「っ……」
オクリー・マーキュリーの複製体が背中の鞘からロングソードを抜き放つ。左右に散ったホセとメルチェが僅かに後退する。本物のオクリーも気圧された。
己の分身だからこそ分かることがある。この複製体は、ヨアンヌとの内臓交換で敗北を喫した世界の自分なのだと。
オクリー自身、ヨアンヌとの交わりの中で負けそうになった。勝利するよりも敗北する方が容易かった。
甘ったるい退廃的な怠惰の中に堕ちてみようか――などと一瞬でも興味を持った瞬間に敗北が確定する絶望的な戦い。それに勝利した自分自身こそ異常なのだ。
だから、目の前に立っている偽物こそ普通のオクリーなのだろう。
どちらが普通の人間かと聞かれたら、百人中百人が複製体のオクリーを指す。眉目秀麗な女の胸に掻き抱かれ、頭を撫でられることで牙を抜かれたって、普通の人間は文句を言えないのだ。
だって、男と女が交わろうとすることは、人間の本能として遺伝子に刻みつけられているから。寧ろ、その本能を狂気じみた理性で押さえつけたオクリーこそ異常者なのである。
「負け犬が……」
オクリーは呟く。ヨアンヌが
ホセもメルチェもノウンも口出しはできない。人造人間としてつくられた人間の気持ちなんて知りようがないし、その立場から正教に鞍替えしてきたオクリーの異常さをよく知っているから。
普通は――堕ちる。絶望の中で与えられる人肌の温もりに抗えるわけがない。誰かの操り人形になって生きる方が楽だ。運命に抗うなんて苦しくて辛すぎる。味方が居ない状況なら尚更――
「お前の気持ちは分かるよ。だが、俺は後ろめたさを背負って生きていくのが嫌だった……。その後の人生が、過去の過ちを悔いるだけの抜け殻になってしまうだろう? 今のお前みたいにさ……」
理想の世界を実現できなくたっていい。理想の世界を目指して足掻いた経験が糧になる。挑戦しなかったことそのものが枷になる。できる限りを尽くせなかった経験は人間を腐らせるのだ。
「俺は歯を食い縛って耐え忍んだ。お前はあと一歩の我慢が効かなかった敗北者だ」
この場で唯一、複製体の弱さを指摘できる異常な人間がいた。
それを指摘された複製体は自嘲気味に笑う。もうどんな言葉も届かないのだろう。彼の淀んだ瞳は後悔に満ちているが、そこで止まっている。未来へ踏み出す気力が感じられない。
ここで死ぬ気なのだ。いつか来る破滅を受け入れてしまっている。
「オクリー……お前は何も分かってない。お前が俺の立場なら、同じ結末だったろうさ……」
「違う……。俺は俺だ。お前じゃない」
オクリーがスーツを一歩前へ動かす。それに応じて、四人の仲間が敵へと躙り寄る。
対するアプラホーネと複製体は、肌を重ねた男女特有の湿気た雰囲気を醸し出しながら、仰々しい構えで前に出た。
「面白ェ……どっちのコンビネーションが優れてるか確かめてやるよ!!」
ヨアンヌの声と共に、七人の雄が地下研究室で激突する。
最初に仕掛けたのはオクリーとアプラホーネであった。
アプラホーネが地下室のあちこちに巨大な塩の柱を現出させる。少しでも触れてしまえば鋼鉄の装甲を削り取るであろう探知不可能な攻撃を、オクリーはスーツの挙動にフェイントを交えることで紙一重に回避した。
接近を嫌ったアプラホーネが、部屋の天井を丸ごと塩化させる。そのまま大規模崩落で叩き潰そうとした所を、ノウンの植物がつっかえ棒のように邪魔した。
「させるか……!!」
攻撃の手が止まったところを、対幹部三〇ミリ砲で薙ぎ払う。ヨアンヌが拳大の瓦礫を握り込んで、複製体に向けて音速の投擲を放つ。メルチェの強弓がアプラホーネの眉間へ一直線に飛んでいく。
対するアプラホーネと複製体は、一言も発することなく、視線を交わすこともなく、息のあったコンビネーションで全ての攻撃を弾き飛ばした。
アプラホーネは視認困難な速度の瓦礫と弾丸を白い壁で受け止めた。複製体に至っては、メルチェの強弓を素手で掴み取っていた。二人へ飛んでいった攻撃は全て無力化または塩化されてしまった。
「んなアホな!?」
ホセがぼやく。メルチェが次の弓矢を放つタイミングに合わせて、ホセも改造銃を連続で撃ち込んだ。すると、弾丸も弓矢も床から立ち上がってきた白い壁に塞がれた。
その瞬間、アプラホーネと複製体の視界が塞がったと踏んだオクリー・ヨアンヌ両名が敵の懐に飛び込んだ。スーツが振るう対幹部用片刃剣と、ヨアンヌの超怪力によるアッパーカットが敵に襲い掛かる。
白い壁を打ち砕いて、二人の手に命中の手応えが走った。塩化ナトリウムの壁が破壊された拍子に、白い粉が辺りに飛散する。
「……!?」
二人が煙の向こうに見たものは、信じ難い光景だった。
アプラホーネの細い手が、対幹部用片刃剣の
理解の後、均衡が崩壊する。対幹部用片刃剣が一瞬で白化してボロボロと崩れ去っていき、ヨアンヌの右腕がへし折られた。
「ちいっ!!」
オクリーのスーツが剣の柄を手放し、装甲の下に隠した火炎放射器で敵を焼き払う。またもや白い壁が出現し、攻撃を堰き止められた。
複製体はヨアンヌの喉笛を斬り、たたらを踏ませた後にショルダータックルをかまして一旦後退させる。怯みながらも立ち上がろうとするヨアンヌへ複製体は改造銃を撃ち込み、肉体を爆散させた。複製体はオクリーやホセ達にも銃口を向け、その動きを牽制した。
ごちゃついた戦況の中、複製体が身を屈めて壁の隙間からホセを銃で狙撃する。ギリギリ反応したホセが盾でいなすものの、身を縮ませたホセの斜め上空に爆弾が投げられていた。
「っっ!!?」
咄嗟に反応したノウンが植物を使役し、破裂寸前の爆弾を呑み込む。爆裂と同時に植物片があちこちに飛散し、花粉と思しき粉末が地下室に満ちた。二人のオクリーはその花粉が『アルファ・プラント』のモノと直感する。咄嗟に魔法ストレージから取り出した植物がアルファだったのだろう。
幻覚を伴う夢遊状態に陥る可能性は低いと仮定する。アルファの花の香りを吸気すれば深い昏睡状態に陥り幻覚を見てしまうが、今飛散している花粉と花の香りの成分は別物であるとした。既に幻を見ているのだとしたら、どうしようもないからだ。
浮遊し空気の層となった花粉を見た複製体が、研究室の机の上に転がっていたランプのようなものを攫った。
装甲の隙間を介して、複製体とオリジナルの視線が邂逅する。二人が考えることは同じ――粉塵爆発である。
小さな火を宿したランプが地面に叩きつけられると同時、花粉に火が燃え移り爆発的に炎上する。満遍なく漂っていた花粉が連続的に発火し、超高熱が空間を支配した。
スーツの内側にいたオクリーは死を覚悟する。
紅蓮の炎が装甲の僅かな隙間から侵入してくるのが分かる。
スローモーションになった世界の中、懐に隠していたヨアンヌの肉片が震えた。服を突き破って脊椎を現出させた少女は、脂肪と筋肉を纏いながら青年を抱き締めた。
復活途中の肉体に巻き込む形で――ヨアンヌの肉体にオクリーを
中途半端に肉体を治した上、ヨアンヌの身体をオクリーの形で
数秒間の猛火の後、研究室に静寂が訪れる。
複製体はアプラホーネと身体を寄せ合い、白い壁の中で粉塵爆発をやり過ごした。ヨアンヌとオクリーは身体をひとつにすることで、何とか無傷で耐え忍んだ。ノウン達も植物の障壁を使い無事でいたようだ。
赤熱したスーツの装甲を蹴り飛ばして、ヨアンヌが外に出る。もうスーツは使い物にならない。
オクリーはヨアンヌの体液を大量に呑み込んでしまったため、スーツの中で酸欠状態に陥っている。復帰には数十秒を要するだろう。
白い柱に隠れていた複製体が攻勢を仕掛ける。あろうことか、複製体はロングソードを鞘へ収め、ヨアンヌにステゴロを挑んだ。
「な、舐めやがって……ッ!!」
アプラホーネはホセやメルチェのバックラインに飛び込んで、両腕を振るっている。
そちらに注意を向けている余裕はない。偽物だとしてもオクリーはオクリーだ。対魔法使い級の警戒をしなければならない。ヨアンヌは両腕を顔面の前に出して身を屈めた。
複製体はサイドステップを踏みながら機を窺っている。ヨアンヌが爪先だけを少し前に出すと、軽快なステップを踏んで間合いを取り直す。
何となく不気味に感じて、ヨアンヌは軽くジャブを放った。複製体は腰を逸らし、ヨアンヌの腕が伸びきる距離を見極めて拳を回避する。
複製体は不敵に笑っている。少し寂しそうだった。その表情に心を掻き乱されて、ヨアンヌは大振りなストレートを放った。
「ヨアンヌの攻撃は相変わらず分かりやすいな」
涼しげな囁きだった。昔を懐かしむような、それでいて彼女の変化に驚いたような優しい声が響く。
――ヨアンヌ渾身のストレートは空を切る。
複製体の完璧なダッキング。残像を残しながらヨアンヌの視界から姿を消し――伸び切った肘を掴み取った。
複製体は少女の腕を抱え込み、見事な背負い投げを披露する。
ヨアンヌは弧を描きながら宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。肺の中の空気を全て吐き出してしまい、一瞬だけ無防備に陥る。
その隙を見逃す複製体ではなく、地面に寝転んだヨアンヌの顔面に改造銃を撃ち込んだ。
顔面が崩壊したヨアンヌの治癒を待つことなく、複製体はヨアンヌの身体を研究室内の水槽の中に放り込む。
強酸性の液体がヨアンヌの身体を溶かし尽くし、彼女の身体はものの数秒で消え去った。
一方、アプラホーネは即死の両腕を振るいながらホセ達へ襲い掛かっていた。その両腕を囮に、前後左右から塩化物の柱や棘も飛んでくる。
ノウンが植物を使って遠距離攻撃をいなしていたが、次第に手数が追いつかなくなった。ノウンの魔法は植物へ命令を下して操る魔法のため、アプラホーネの高速かつ直観的な物質操作の魔法に対応し切れなかったのだ。
蔦で固めた防御を突破したアプラホーネは、ノウンの腕にそっと触れた。ざあっと音がしてノウンの輪郭が崩れ去り、白い粉の山と化す。
接近を恐れて強弓を撃ち込んでいたメルチェも、ノウンのサポートがなければ無力だった。天井から唐突に生えてきた白い柱に押し倒され、放射状の血痕を遺して地面に押し付けられる。ホセも盾や剣で応戦していたが、土手っ腹に塩の棘を食らって地面に倒れ伏した。
「ホセ! メルチェ!」
返事はない。ホセの懐から復活していたノウンが必死に呼び掛けるが、介抱しようとしたところにアプラホーネの追撃が襲い来る。
回避と同時にホセの頭部に円錐状の柱が伸びてきて、頭蓋を砕いた。脳味噌が飛散する。
「ホセぇっっ!! く、くそぉ!!」
ノウンが叫ぶ。その叫び声を聞いて、スーツ内で意識を失っていたオクリーが覚醒する。操縦席から転げ落ちるようにして戦線復帰してきた。
ヨアンヌは飛散した肉片から新たな肉体を生やしてきて、青年の肩を支える。少女はぴくりとも動かないホセとメルチェを見てから叫んだ。
「――テメェ、いい加減にしろよ……! その技術力がありゃあ、教団に従わなくても何だって出来たはずだろ!?」
「何でもできるだって……? ハハ、そんなわけが無いだろう! 吾輩だって、最初は自分の可能性を信じていたさ! こんなことせずとも夢は叶えられると思っていたさ!」
アプラホーネは髪を振り乱しながら、床面に散らばった書類を蹴り上げた。
「だが、結果はどうだ……! どれだけ足掻いても、吾輩が子供をつくれる身体になることはなかった……!!」
紙吹雪となって降り注ぐ実験レポートの数々。先の粉塵爆発の影響で多くが引火しており、一部が煤となって千切れ飛び、黒化し始めていた。読み取れる文字列は尽くを『失敗』の結末で〆ている。
「無力……。人間にできることなど限られている……。だが、『
――レポート曰く、アプラホーネは孕み袋をつくった。
人の機能の全てを妊娠・出産のエネルギーに充てることで、大量の部下を抱えたいアーロスの願いを叶えつつ、子宮の確保に成功した。
だが、腹を切り開き、子宮を無理矢理
――レポート曰く、アプラホーネは培養槽――そしてそれに付随する肉体の成長・自我形成を早める特殊な薬液――をつくった。己の分身を作り出すためだけに。
しかし、どれだけ己の分身を作ってみたところで、受精に至らなかった。注ぎ入れる種は様々なものを用意したが、全ての子宮が受精しなかった。作られた人形と子宮は孕み袋の餌とした。実験は失敗。
積み重なる失敗の
人生が狂ったきっかけが書き殴られている。愛する男と家庭を築きたいと願った七年前から現在に至るまでの推移。恨み言。哀情。後悔。捨てきれない希望。想い人との間に子を身篭ることのできなかった己の身体への憎しみ。悔しさ。人間不信。
懐妊のために生活を変え、神に祈願した。性行為はもう辛いだけのものになっていた。己の不妊を再確認させられる行為になってしまった。時勢的に、不妊の原因は女にあるとされた。
結果的には正しかったのだ。愛していた男が浮気相手を孕ませたと聞いた時、心の大事な部分が完全に崩壊してしまった。
結婚記念日に男の姿はない。子供ができたから、と颯爽と鞍替えしていった。未練がましく填めていた薬指のリングは色褪せている。男の冷酷さが羨ましかった。
赤子を欲する自分自身が好きなのであって、本当は子供が好きでないのかもしれない。そんな風に何かを誤魔化してみたこともあった。けれど、血の繋がりを持つ我が子を産み育てたいということを、本能で求めていた。
複数の男と肌を重ねた。元夫の種こそ不妊の原因なのだと信じたくて、数多の種を子宮に注ぎ入れた。何もかもを忘れたくて乱れ狂い、それに疲れた後は、帝国に入り研究に明け暮れた。
アーロスにスカウトされたのは、研究が行き詰まって直ぐのことだ。まるで見計らったかのように、誘われた。素材も資金も全て手に入り、自由な研究ができた。しかし、後一歩が届かない……。
乱れ飛ぶ
「……ヨアンヌ君が本当に羨ましい。君は問題なく妊娠できる身体だ。……自分だって、あの人との赤ちゃんが欲しかった。妊娠さえできる身体なら、こんなことは……」
「自分の夢のためならどれだけ人をぶっ殺しても良いみたいだな!! お前の理論は!!」
オクリーが果敢に吠える。アプラホーネはある意味自分の『母』だ。そして、
複製体は
「黙れ! 吾輩がどんな思いで――」
「もう喋るな! 敵が何を言おうと、どうでもいいだろ? お前の味方は『真実』とか『神』とか『復讐』とか――そういう無敵論法で塗り固められた『正しさ』なんだから」
研究室に火の粉が降っている。アプラホーネは更に言い返そうとしたが、きっぱりと諦めた。
「……あぁ、そうだ。そうだな。吾輩も、君も、アーロス君も、サレン・デピュティも、誰も彼も……価値観という名の無敵論法を活かして『正しさ』を押し通そうとする身勝手な生き物だ」
摩擦は敵意を生み、やがて殺意と化す。正しさの押し付け合いは憎しみのきっかけとなり、殺し合いを生む。
「非道い話だよねえ。行き着く先はいつも殺し合いだ……」
アプラホーネと
彼らは互いに
比翼の鳥は二羽いる。より歪な姿をしているのはアプラホーネ達だ。
二羽の鳥に戦況を動かす力はない。均衡を続けるだけだ。
この戦況を見通し激変させる力を持っているのは、神父の導きにより死の運命を潜り抜けてきたイレギュラー――ノウン・ティルティのみである。