全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
遂にアプラホーネ=ランドリィの牙城を突き崩したオクリー達は、しんと静まり返った地下室で誰ともなく膝をついた。滝のような汗を拭い、互いの無事を確かめるように視線を交わす。
「終わったのか……」
ノウンが薔薇の剣を床に突き立て、肩で息をしている。彼女はこの戦いの勝利の立役者であった。もしノウンが幹部候補達に殺されていたら、複製体・アプラホーネに間違いなく負けていた。
「なあ……最期、あいつ、子供って……」
ヨアンヌとノウンを気にかけながら、オクリーがアプラホーネの最期の一言に言及する。彼女は最期の瞬間に幻を見て救われて逝ったのだろうか。確かに、一瞬、何かが彼女の腕の中で光ったように見えたが……。
誰もその言葉に返答しなかった。ただひたすらに後味が悪い。どうしても子を成したいという願いを抱いているくせに、他人の命は蔑ろにする。教団の躍進を支えた技術――孕み袋と培養槽の開発者が、最期の一時に救われて散っていった。同情と嫌悪感が撹拌されて、心の中がぐちゃぐちゃだった。
もう一人のオクリーを殺したという事実も、後になって尾を引いていた。勝利したというのに、とにかくすっきりしない。ヨアンヌからすれば複製体はただの偽物――ガワを被った別人であったが、オクリーにとってはその堕落が痛いくらい共感できた。
(もう少し話したかった。アプラホーネとも、複製体とも)
オクリーは唇を結ぶ。その様子を見た誰かが、彼の肩をぽんと叩いた。
励ましてくれているのか。オクリーはそう思って僅かに頬を緩めたが、肩に置かれた手が妙に大きくごつごつしていて、しかも撫で方が絶妙にねっとりしていて気持ち悪いことに気づく。
「だ、誰だ!?」
「ワシだよ」
「うわぁ!?」
振り向くと、ドルドン神父であった。
オクリーの悲鳴に跳ね上がったヨアンヌとノウンは臨戦態勢になる。
「嗚呼……聖人ポイントが溜まっていくのを股で感じるわい……」
筋骨隆々の老爺はにやにやと口元を歪めていた。
「久しぶりだなオクリー君」
「お、おう。しばらく見ないうちに見違えたな」
二人はおよそ一ヶ月ぶりの再会だ。しかし久々に会った気がしない。顔を合わせていない時も、互いのことを片時も忘れなかったからだろう。
再会までの時間で、オクリーは左腕を喪い、ドルドン神父は神性を得た。纏う雰囲気も一変した。それでも変わらぬ芯の部分がすぐに分かって、二人共すぐにぎこちなさが消えた。
「今そこでアプラホーネが死んだが、最後の最後に幸せな夢を見せてやったのはワシだよ。恨んでくれて構わない……」
ドルドン神父は光芒の中で希望の未来を見せた。最期くらいは良い夢を見させてやろうと思ったのだ。
誰もドルドンの行為を咎めなかった。どちらかというと、理解が追いつかず何を言っているのか飲み込めない、という方が正しかったが。
「ヨアンヌ、数日ぶりだな。貴様も顔つきが変わったな」
「オマエよく生きてたな」
「フン。ワシはそう簡単に死なんよ」
「だろうな」
「ノウン様もお久しぶりで御座います。逸脱の儀式以来ですな」
「良くない噂だけは聞いておるぞ、ドルドン神父」
「じゅるる……照れますな」
ドルドン神父はヨアンヌやノウンに軽く会釈しながら、最奥の研究室の外に出ていく。三人は慌てて彼を追った。
神父は『管理部屋』で立ち止まり、血を浴びた長衣を翻す。
「ヨアンヌ、まずはおめでとう。あの苦しい状況から、よくぞ此処まで辿り着いた。ワシはその勇気に敬意を表する」
「え? あ、うん……えと、オマエのお陰でここまで来れた。ありがとう」
「……素直になったな、ええ? 歳を取るとそんな態度できなくなっちゃうんだよぉ?」
「な、何だよキメェな……」
「オクリー君もだ。その貧弱な身体でよくぞ踏ん張っている」
「俺? そりゃどうも……」
「そこでワシからのプレゼントだ。オクリー君、左手を出しなさい」
無軌道なドルドン神父の言葉に翻弄されるまま、オクリーは左腕を差し出す。聖盾が括り付けられた傷だらけの腕。肘から先は『幻夜聖祭』の日にアーロスの手によって破壊され、喪われている。
それを哀れに思った神父は、己の左腕を切断し、オクリーの左腕の切断面に押し当てた。白い煙のような蒸気が噴出したかと思えば、オクリーの左腕とドルドンの組織が完璧に接着した。
「えっ!?」
「何じゃと!?」
「ど、ドルドン、お前まさか……」
「…………」
――治癒魔法の駆使。ヨアンヌのものでもノウンのものでもない。三人は瞠目しながら、オクリーの左腕と老爺を交互に見る。ヨアンヌもノウンも「やってない」と首を振った。
その様子を見て寂しげに微笑んだドルドンは、「上手く使いなさい」と言って己の傷口を塞いだ。
彼は人間の領域から逸脱し、オクリーの知る神父とは掛け離れた存在になってしまったのか。そんな確信がオクリーの胸に僅かな寂寥感を齎す。
「一体何が起きてる」
「さぁ? ワシはただ、思うがまま行動してきただけ。君と一緒さ」
ドルドン神父はオクリーに与えた左肘から先を見つめる。
問題なく接着し、拒絶反応も出ていないらしい。ヨアンヌは複雑な面持ちである。少女の柳眉が歪んでいるのを見て、神父は己が女性用下着を身につけているのを思い出した。更に邪な念が働いて、少女を揶揄いたい気持ちが湧いてきた。
「オクリー君、利き手はどちらかね?」
「え? 右だけど……」
「だったら……これからは左手でしろ」
「やめろ……」
どこかで聞いたことがあるやり取りを再現されて、ヨアンヌは顔を真っ赤にしてドルドンを威嚇した。瞬発的に反応できなかったが、オクリーには初めてヨアンヌの薬指を身につけた時、似たようなことを言われた覚えがあった。
「で、ドルドンは何しにここに来た?」
「君達の様子と、アプラホーネが遺した負の遺産を見に来た。奴ら、寿命幾ばくもない
ドルドンの視線の先には、幾千幾万もの培養槽と、その容器に満たされた液体に浮かぶ少年少女がいた。
容器に入っている個体は、肉体の加速度的な成長の最中にある者や、自我形成の最中の者までいる。戸籍も親もない人間が幾万人も眠っているという、とてつもない問題が目の前に聳え立っていた。
メタシム地下の孕み袋達はオクリーらの手で燃やし尽くした。
だが、既に生まれてしまった人造人間については保護対象である。彼らは殺してはならない。それはゲルイド神聖国ならびにサレンの名で決定された事項だ。正教徒として破ることはできない。
そんな人造人間の事情を知ってか知らずか、神父は培養槽の硝子に触れて中を覗き込んでいる。
「この爆弾をほっぽり出して死んだ馬鹿の後始末をする身になってほしいものだ」
彼らを保護したとて、三〇年も生きられない。莫大なコストと人道的問題が常に付きまとう。細胞分裂が高速化しているため、免疫力が低く疾病になりやすい。
培養槽の外で収監され『出荷』を待つ人造人間も付け加えると、尋常ではない数を抱えることになる。未だに戦争の決着はついていないが、後のことを考えるだけで気が滅入った。
「ノウン様、まずは地下施設の掌握が先決かと思います。速やかに兵士を引き入れる準備をなさって下さい」
「そうじゃな……。根を使って外の人間に伝えよう」
ノウンは一本の根を地上に向けて延伸し始める。
手持ち無沙汰になったオクリーが周囲を警戒していると、ヨアンヌが死んでしまったホセとメルチェの亡骸を運んできた。メルチェは塩の柱と床に挟まれて圧死、ホセは腹に致命傷を負った直後に脳漿をぶち撒けて死んだ。原型を留めないほど傷ついた二人の遺体を見下ろして、ヨアンヌは「ゾンビにされる前に燃やしてあげよう」と小さな声で呟いた。
ホセは妻の妊娠が発覚したばかりだった。子の誕生を見届けられず死んでしまったホセや、残されてしまった家族のことを考えると、胸が張り裂けそうになるほど辛い。
地上の部隊と連絡を取り終えたらしいノウンが戻ってきて、床に横たわった二つの遺体を見て皆が何をしようとしているのか察した。彼女は火種を取り出しながら言う。
「ホセにメルチェ、優秀な兵士じゃった。この二人だけではない……今日だけでゴッラムとサンフレームも喪った。皆、気さくで仲間思いで、誰よりも勇敢だった……」
布の切れ端に灯された火が二人の亡骸に落ちる。瞬く間に火は燃え広がり、二人の身体が紅蓮の炎に包まれた。
「わらわ達は不死身同然の肉体を持つが、無敵ではない。わらわ達こそ、彼らのような普通の者達に護られているのじゃ」
一行はホセとメルチェの亡骸が燃え尽きるのを見届ける。
オクリーからしても、ホセ達の死はかなり堪えた。敵対していた彼らと心を交わし、仲間と認められたことが嬉しかった。そんなホセ達の魂がこの世から消えてしまったという事実は、脱力感と深い悲しみを伴ってオクリーの胸を打つ。
幻夜聖祭の前夜祭――『伏蟲隊』やホイップ=ファニータスクと戦った時の面々は、マリエッタを残して全員逝ってしまったことになる。背中合わせで地獄を戦い抜き、暗闇に飛び込んでいった仲間が、今日一日で一気に死んでしまったのだ。
「…………」
ホセの妻に何と報告すれば良いのだろう。メルチェやゴッラムの家族にどんな顔をすれば良いのだろう。戦いで生き残るほど、悲しみが増えていく気がする。
それは自分だけに限らず、ノウン含めた魔法使いもそうだ。サレンやポーメット、エヌブラン達は、仲間の屍をどれだけ踏み越えてきたのだろう。簡単に死ねない分、仲間の死を経験する機会も多分にあったはずだ。
戦場にならなかった『管理部屋』の横道を歩いていくと、培養槽から出された直後の人造人間の『溜まり場』を発見する。
彼らは薄暗い部屋で寝転んだり座ったりしており、部屋にやってきたオクリー達の動きを純粋無垢な瞳で追った。それを見たオクリーの脳裏を過ぎったのは、幼稚園の保育室で自由気ままに遊ぶ園児達である。それ程までに、彼らの立ち居振る舞いから違和感を覚えた。
石を使って壁に落書きする者、爪を齧っている者、身振り手振りで意思疎通する者――まるで一次性長前の子供だ。力の使い方、身体の動かし方さえ覚束無いのか、転倒する者の動きが目立つ。
しかし、彼らの見た目は少年から成人のそれであり、精神年齢と肉体年齢が噛み合っていない印象を受ける。
彼らは洗脳教育の前段階の者達なのだろう――そう思っていたが、どうやら違うようだ。他の部屋の者は多少なり言葉を話せたし、幼いものの理性が垣間見られた。
この部屋の者は人の言葉を喋らない。少なくともゲルイド神聖国に使われる言語は口にしていない。喃語を口ずさんでいる。
つまり、この部屋にいる人間は――
知性を備えていない個体が揃えられ、ポークの操り人形になるために命を捧げることが確定している。教団の兵力を増やすためだけの命なのだ。
別の部屋を見ていたノウンが絶望的な声で「脳のない人間がいた」と零す。どうやらゾンビ用につくられた個体群であることは間違いないようだ。
「どうすんだよ、これ……」
オクリーが眉間に皺を寄せながら漏らす。
きっと誰も答えを知らない。どうすればいいかなんて、誰も分からない。
この世のどんな法律も規則も、彼らの行く末を教えてはくれない。
この戦争のことを考えれば考えるほど、悲愴感で目眩がした。悲しいこと辛いことがあまりにも多すぎた。
「下手に刺激するのもよくない、ここから離れようぞ」
人造人間達の部屋から離れた彼らは、それぞれの次なる行動のために準備を始めた。
ノウンは地上部隊の受け入れ準備と地下施設内に残った残党狩り。
オクリーとヨアンヌは地上に戻って、残った幹部――ポーク、シャディク、アーロス――の殲滅に向かう予定だ。
アプラホーネの残していった研究物を一通り確認し終えたオクリーは、何の予定もないドルドン神父を手招きした。
彼だけは次の予定がない。しかし捨て置くにはあまりにも惜しい駒である。理外からやってきた彼を活かさない道理がない。オクリーが密やかに考えていたプランを試す機会が急にやってきたとも言えた。
アーロスが使徒になったのも、ドルドンが聖人になったのも、全てこの世界の『システム』が関わっている。その『システム』を逆利用するプランを共有するべく、ドルドン神父と額を付き合わせた。
「ドルドン、お前にしか頼めないことがある」
「何かね」
「アーロスの企みを完全に阻止するための秘策がある。正直、お前と再会しなかったら喋ることもないだろうと思ってたプランなんだが……どうだ、お前ならやってくれるだろ?」
「何なりと申してみよ。今のワシに出来ぬことなどない」
「そう言うと思ってたよ。――おいみんな、一旦集まってくれ!」
オクリーはヨアンヌとノウンを呼びつける。腰を下ろして円陣を組ませ、座談会の様相である。
「――みんな、『天の心鏡』の真の性質に気づいているか?」
オクリーの一言から『秘策』の説明会が始まった。
その
「『天の心鏡』は願望の増幅器だ。創光暦〇年――未曾有の大災害の最中、救いを求めた正教徒が七人の魔法使いを権現させた。これが創光暦の紀元であり、『天の心鏡』のルーツであり、聖遺物が信仰を集める由縁でもある」
『天の心鏡』は起源不明の神器である。誰のものなのか、どこで作られたのか、大災害中のどの時期にこの世界に形を帯びて現れたのか、その一切が不明。『黎明の七人』の誰かが夢の中から取り出してきて具現化させた、などという考察さえ成されるほどである。
『天の心鏡』はその不気味さ、荘厳さ、歴史から、他の聖遺物とは一線を画する威光を放つ。
「この世界にアーロス寺院教団が誕生した理由はみんな知ってると思うが……三〇年ほど前のゲルイド神聖国は政治の腐敗で格差が拡大していた。当時の国民の絶望と悲観が『天の心鏡』に反映され――アーロス寺院教団が生まれたと言われている」
「『天の心鏡』は民の心をうつしだす鏡……それが共通認識じゃ」
「ああそうだ。けど俺は、物事がそう単純じゃないことに気づいた。――アーロス寺院教団は、『邪神』によって民の願望が過剰に歪められた結果生まれたものだったんだ」
オクリーはこう続ける。
アーロス寺院教団の誕生直前、大竜巻の発生によって国が大混乱に陥った。ドルドンの言葉を信じるなら、『邪神』は糸を操って現世に干渉することができるというではないか。
つまり、民の願いが『邪神』の干渉を受けて、少なからず『邪神』の意図する形に歪められてしまったのだ。
それを聞いたノウンが零す。
「……幽世からの干渉、か」
ノウンの言う幽世とは、『唯一神』や『邪神』が存在する観測不可の世界のことである。無数の腕を持つ邪神らしき異形の何かが鎮座する、深淵の闇に包まれた世界は、幽世の一つである。
「なるほど。当時の民は確かに国の改革を望んだが、それにしてはアーロス達の力が過激な上に強力すぎたと。当時の情勢が民の不安と焦燥を過剰に煽り、より過激な願いへと昇華させてしまったのか。……とすると、『天の心鏡』は純粋に民の願いを叶える聖遺物とは言い難いな」
「『カイル文書』にも似たようなことが書いてあったぞ」
ヨアンヌが呟く。
カイル文書には次のように記されていた。
サレン・デピュティの先祖カイル・デピュティ曰く――
――『邪神』が怨嗟のため、厄災に姿を変えて我らを攻撃している。
――世界を照らす太陽に成り代わって、再び世界を闇で覆わんとする邪神……やつは虎視眈々と復活の時を待っている。
――人の心の闇にまぎれて……ずっと……。
――この本を読んだ者に伝えたい。悪意にまけてはならない……。
「カイル文書中の『悪意』というのは、アーロス寺院教団を生むに至った民衆の心の動きのことじゃな。ただ、当時の人々が悪意に負けてしまったとは言い切れぬ。邪神の干渉を受けて、悪意や混乱を過剰にされてしまったわけじゃしのう」
「そうだ。この戦いは俺達だけの戦いじゃない。『天の心鏡』を通じた神々の代理戦争でもあるってことだ」
オクリーの主導により、四人は更に議論を深めていく。
アーロス寺院教団の誕生に至るまでには、人々の生活が限界寸前まで追い込まれ、大竜巻で街が消失するという災いの連続があった。そんな時に史上初の流星群が観測され、民衆の心は完全に絶望に堕ちてしまった。
ドルドン神父は特によく知っている。邪神と思しき大いなるものは、観測不可の世界で無数の糸を操って現世に災いを齎し続けている。糸の先に繋がった使徒は、魔獣、竜、大地震、大竜巻、天文現象、そして少数の人間達――
国の腐敗に『使徒』が関わっていたかは不明だが、いずれにしても、大竜巻と流星群の発生は間違いなく『邪神』によるものだ。邪神は人々の絶望を更に強めて、民衆の心を黒く塗り潰そうとした。
恐らくは唯一神が授けた物であろう『天の心鏡』に対して、邪神は人の心を通じて干渉を続けている。その結末に待ち受けるものこそ、アーロスの思い描く『理想郷』。アーロスが神としての力を手に入れ、或いは邪神と融合し、邪神が影響力を取り戻した闇の世界である。
邪神の目指すところは明快だ。人々の心から忘れ去られた現状を打破し、心の中心に居座る絶望の神へと返り咲く。その最中で唯一神(太陽神)を退けようとしているのだ。
「神々、ねえ。そんなモンいるってまだ信じられねえぜ。アーロス様がそういう存在なんだって前までは思ってたし……今も薄らそう思ってるけど」
ヨアンヌが呟く。ノウンの下眼瞼がひくりと痙攣する。
ケネス正教の神のみを唯一の柱と捉える
「なあみんな……神サマってのは、いつ生まれたんだ? アタシ達の心が神サマを生んだのか? それとも、神サマは元々
人々の心の動きを捉える宗教学がある程度発展した世界の出身であるオクリーからすると、卵が先か鶏が先か、という質問に似ていた。
宗教学的な推論でいえば、説明不可能な事象や遠い世界を『神』として評することはままある。その状態から、民族の混合や社会の混乱によって神の数が削られて――或いはそれぞれの民族が自分達の神を他の神より強く見せるため――最終的に一人の神が君臨するという結末も、往々にして有り得ることだという。
しかし、この世界は科学で説明できない魔法が実在する異世界だ。この理論がどこまで適用できるか分からない。
『カイル文書』によれば――遥か昔、柱たちは壮絶な戦いの中にあり、殺戮や裏切り、同士討ちの果てに勝利を掴み取った『唯一神』が天上を治めた――敗れた柱たちは霧散し、人々の心から忘れられ、次第に名前も姿も消失していき、『失われし神々』とよばれた――と記されている。
その記述にはゆとりが含まれており、神々が元々存在して、人々がそれに気づいた――とも読み取れたし、人の心の動きによって神々が生まれたり消えたりする――とも解釈できた。
いずれにしても、個人個人で多種多様な世界の見え方がある故に、『神』の誕生が先か、『人の心が神を生み出す現象』が先か、答えを出すことはできない。
多神教や自然崇拝的な文化を持つ日本出身で、この世界の法則をどこかプログラム的に捉えるオクリーの考え方――
壮絶な生まれ故に無頼であり、神に薄らと不信感を抱き、世界の姿を荒廃した混沌の闇の中にぽつんと浮かぶ孤島のようなものだと捉えるヨアンヌの考え方――
神に畏怖と親愛の念を抱き、この世界は人間程度には慮ることのできない大いなる存在の手のひらの上に存在しているとぼんやり想うノウンの考え方――
世界は人間の激情のうねりによって作られており、激動の間隙を縫うように神が姿を表すという独特の世界観を持つドルドンの考え方――
それぞれの思想に照らし合わせたところで、それぞれの答えが出るだけである。
そんな中、先んじて言葉を絞り出したのはドルドンである。この場の誰よりも、教義に照らした生き方や薀蓄を迷える人々に語ってきた神父だ。口がよく回った。
「ワシは両者が矛盾しないで両立していると考える。神々は元々そこにいたし、人間が生み出したものでもある、とな。……してオクリー君、この話はひょっとすると先程の話にも繋がってくるのではないかい?」
「鋭いな。……『カイル文書』中に“人々の心の中から忘れ去られていった結果、邪神と唯一神以外の神は
話を引き戻したオクリーは人差し指を立てる。紆余曲折あって、会話はオクリーのプランの芯に行き着いた。
「『邪神』は遥か古代に比べると、現世と人の心への影響力を無くしている。昔は厄災や
不思議な言葉であった。何せ、ノウンやドルドンからすれば、邪神の存在は自然と忘れてしまったのではなく、『認識阻害』を掛けられて
「俺達が思っていた『認識阻害』は因果関係が逆だったんだ。邪神の手によって忘れさせられていたんじゃなく、人々が自然と忘れていった結果、『認識阻害』のような状態が生まれるに至った」
オクリーはそれを
人々が神を自然に忘れていくことこそが『認識阻害』であると言った。
「『認識阻害』は邪神含めた神々の存在をほとんどの人間が忘却したからこそ生まれた。俺達は唯一神と邪神以外の神を
突飛で飛躍した理論に思えたが、どこか凄味を含んでいる。三人は生唾を嚥下した。
「『カイル文書』によると、『邪神』は唯一神に成り代わろうとしている。間接的にしか現世に関与できない邪神が必要としたのは、アーロスのような、心を闇で満たした
アーロスが『天の心鏡』に拘る理由はそこにあった。単なる国家転覆なら、武力による実効支配で事足りる。しかし、人々の心の中心に返り咲く『神』になるためには、『天の心鏡』を頼る他ない。人々の信仰を集め、人の身から神になるために、『天の心鏡』を強奪しようとした。『国盗り』は『天の心鏡』による願望の成就の副産物だった。
ドルドン神父はアーロスを通じて邪神の御心の欠片を感じたことがある。
遠くなっていく光の世界。アレは、人々の心と現世から忘れ去られていき、取り返しのつかなくなっていく光景を端的に表していたのだ。
それを思えば、他の『失われし神々』は、光の世界が見えなくなった何処か遠いところに行ってしまったに違いない。
「邪神は、人々の信仰を集めて力を得ていく過程を
人々の心にアーロスが棲みつくようになった後、彼の存在を邪神に置換する。そうすれば、忘却による『認識阻害』の影響は相当薄まるはずだ。並行して、人々の心には『邪神』の存在が強く刻みつけられる。
邪神が人々の心の中に棲む『神』に復活するための戦争。
アーロスがゲルイド神聖国に復讐を果たし、理想の世界を叶えるための戦争。
オクリーの理論には芯が通っていた。アーロスの秘められた計画を知ったヨアンヌは、髪の毛を掻き乱しながら教祖の行いを思い出していた。
「あ、ああぁ……分かった、分かったぞ! アーロス様に感じてた薄ら寒さの正体が! ――あの人は、劇的な救済を人為的に作り出して、演出して、みんなの信仰心を得てたんだ!! アタシの時も、フアンキロの時も、ポークの時も、スティーラの時も――みんなみんな、全部、そうしてきたから……だから……!!」
ヨアンヌは死の寸前に助けられた。
フアンキロも同様。
ポークはテラス族への迫害から救ってもらった。
スティーラも死の冬を乗り越えた末に拾われた。
そうだ、アプラホーネだってそんなことを言っていた。シャディクも、前の幹部共も、幹部候補生だって、その多くは命を救われたり生き方を示してもらったりして、多大な影響を受けて狂信に至っている。
有り得ないのだ。いくらカリスマがあるといっても、おかしかった。邪神が糸を操り、自然現象或いは邪心を生み出し、そこにアーロスが現れて問題を解決又は心を救済することで、聖人像を意図的に作り出したのだ。
本物ではなかった。だから張りぼてだったんだ。仮面だったんだ。
気づけない者は強烈に惹かれる。でも、真実を知っている者からすると、あまりにも嘘臭すぎた。
――策略と嘘で塗り固めた偽善のカリスマ。それがアーロス・ホークアイの本当の姿。真に忌避すべき悍ましい存在は、その性質を悟られることなく、善人の顔をしているものなのだ。
「――ここからが本題だ」
オクリーは淡々と続ける。アーロス達の真の目的を暴いた上で、更なる深淵へと向かっていく。
「アーロスが人工的につくられた聖人なら、ドルドンは多分本物の聖人だ。こいつは色んな人々に数々の理不尽を振り撒いた上で、その心を分け隔てなく救ってきた。沢山の人の心に作用した結果、別次元の存在になりかけているんだ」
「そんな馬鹿な」
「お前がさっき言ったんだろう。『心の動きが神を生み出す』と。『神は元々そこにいて、人がそれを見つけ出す』と。お前は世界に見つかっちまったんだよ」
「…………」
ドルドン神父が、人々の心に棲み始めている。
アーロスの誤算はオクリーの存在だけではない。オクリーに影響されたドルドン神父こそ本命だった。
故に、オクリーは命ずることができる。
アーロスと邪神の計画を打ち砕く術を、ドルドン神父へ――
「――ドルドン、
お前が持つ本物の
そうすれば、アーロスや邪神の影響力は薄まり、お前という新たな『カミ』がこの世界や人の心に根付いていく。
ここで奴の復活の芽を完璧に摘んでおけば、奴は本当の意味で忘却され『失われし神々』になるだろう」
ドルドン神父は困惑する。
しかし、改めて言葉にして突きつけられると、何処か安心している自分がいた。
「お前にしか頼めない。
幽世と現世の狭間に位置し、ほんの僅かだけ神性を纏う幽明の存在である、お前にしか」
ああ、そうだ。自分にしかできない。
こんな有り得ない役目、自分にしか。
「アーロスは偽物だ。お前が幽明の求道者になれ」
彼の本分は、人を誑かし、唆し、騙し、陥れ、そして救うこと。
誰にも興味がなかったから、人々に的確に救いの言葉を与えてやれた。後ろめたいことがあったから、ひたすらに善行に走った。神の名を利用するために、誰よりも教義について考えた。
それがドルドンの矛盾に満ちた神性。新たな時代が求める英雄の姿。
正教徒であり、元邪神の使徒であり、新たな『カミ』の前兆であるドルドン神父は、最後の使命のために動き出した。