全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
マリエッタの壊れてしまった心にドルドン神父の光が浸透していく。罅割れた精神の隙間を満たすように繋ぎ止めて、少女は正気を取り戻した。
少女の心象風景は焼け野原と泥の海。立ち上る赤黒い煙と火炎が空を赤く染め、陽炎で歪む世界の中で少女が泣き叫んでいる。泥の海からは黒い手足が何本も生えており、触手のように揺らめいている。
消えないトラウマを模した風景。陽炎の向こう側に、壊れる前のメタシムのような美しい街並みが幻として見えた。
髪の毛を掻き毟り、金切り声を上げて泣き続けるマリエッタに、直径三〇センチメートルほどの光の球が近づいていく。その光球は影を帯びて形を変え、神父の形を作り出した。
彼の姿を見たマリエッタは泣き叫ぶことをやめて、その場にへたりこんだ。疲弊し切った顔だった。
『聞こえるか、マリエッタよ』
「……ドルドン神父」
『こんなところにずっと留まっていては辛いだろう。オクリー君の元へ戻ろうじゃないか』
「熱いから」
『?』
「みんなを冷やしてあげなきゃいいけないんです」
マリエッタが弱々しい氷の魔法を放つ。だが、世界を包む炎の海は全く勢いを弱めない。
「みんな、ごめんね。熱かったよね。苦しかったよね……。あの時、この力があれば、こんなことには……」
マリエッタの瞳から大粒の涙がぽろぽろ溢れ落ちる。少女の背負った運命の苛烈さに、流石のドルドン神父も言葉が出ない。
これが少女の核だ。そして、魔法の力の悲しき源でもある。
「どうしてあたしの心を修復したんですか。あのままずっと何も考えられない身体になってた方が良かった。もう何も見たくないし感じたくもないんです」
同情しかけていたドルドンだったが、この言葉には“待った”が出た。彼女は自分自身が責任ある魔法使いであることを忘れているのではないか。今はそのような逃げが許される状況ではないのだ。
しかし、こうして半ば強制的に立ち向かって行かざるを得ないから、人々は心を壊していく。
『今のマリエッタはエヌブラン様の名と権威を借りてこの場に居る。逃げることは許されない』
「それはそう、ですけど……」
『今は死者より生者を気にかけるべきだろう。もちろん、それは死者を蔑ろにしろと言ってるわけじゃない。今の状況では生者を尊びなさいというだけだ』
「…………」
『君が故郷の者達をどれだけ大事に思っているかは分かる。だが、このままではセレスティア様すら失ってしまうのだぞ。君の中途半端のせいで、死者の尊厳すら犯されるのだぞ。護るためには戦うべきなのだ』
「言われなくても、そんなことっ! くそっ」
膝を抱えてしゃがんでいるマリエッタの隣に腰を下ろす聖人ドルドン。真横に座られるとよく分かる。この男、後光を放っているため非常に眩しい。マリエッタは目を細めながら嫌悪感を露わにする。
「……何の光ですかそれ」
『人の心を救済し続けたことにより
「舐めてんですか? あなたが聖人だなんて、ちゃんちゃらおかしいですよ」
『時代は清濁併せ呑む聖人を欲しておる。君は知らんだろうが、遥か東の大地では、子殺しを働いた神が己の行いを悔い改め、やがて安産・子守りを司る守護神となった伝説などが存在する。たぶん、ワシはそれに似たパターンを現世で再現してしまった。数百年後、伝聞や童歌で語られるかもしれないな』
「頭おかしくなったみたいですね。あ、元々か。前と変わってないみたいで安心しました」
マリエッタは大きく溜め息を吐く。少年狙いの連続強姦殺人鬼が、何の冗談で後光など放つようになったのだ。夢だと思いたいが、完全に崩壊した心を正気に戻してもらったので、感情では否定できても理性はこの男の神性を認めていた。
それに、この男は話が上手い。すっかり彼のペースに乗せられて、会話すらしたくなかったはずなのに言葉を引き出されてしまっている。心のざわめきもいくらか紛れてしまった。やはり、幾人もの懺悔を聞き届けてきた神父は心を救う術をいくらでも心得ているようだ。マリエッタは観念して、ぽつりぽつりと本心を零し始めた。
「ちょっとだけ弱音吐いてもいいですか?」
『うむ』
「……みんなが死んだこと、考えれば考えるほど辛くて苦しくて。あたしだけ生き残っちゃったんだって思うと、頭がおかしくなりそうで……さっき改めてその事実を突きつけられた気がして、何かがブチッて切れちゃったんです。ドルドン神父、どうやってこの気持ちに折り合いをつけたらいいんでしょう?」
疲れた微笑を浮かべて涙を拭うマリエッタ。深い傷を負い、戦いをやめたいという気持ちもあるが、殺意も怒りも忘れてはいない。心がついていかず、身体が動かないだけだ。この矛盾こそ彼女が抱える心の闇でもある。
ドルドン神父は大きな体躯を若干丸めて、マリエッタと目線を合わせる。何度かうんうんと唸って悩む素振りを見せた後、「折り合いはつけられないかもしれない」と呟いた。
『君は大きすぎるトラウマを抱えておる。今すぐ解決策とか心の安寧を得るのは難しいだろう。……ひとつ言えることは、人との交流や時間が君の心の傷を癒してくれる、かもしれないということだな』
「……そうだといいんですけど」
『或いは……君の思うがままに、やりたいことのために世界を変えようと藻掻いてみるのも手だろうな。その結果、自然と現実への折り合いがついていく』
「?」
『ケースその一、とりあえずポークをぶっ殺す。ムシャクシャした気持ちを全部ぶつける。ポークはやれボクとキミは同じだ〜とかほざいてたが、関係ない。気持ちの整理のためにぶっ殺す。これがその一だ』
「えぇ……」
もっと聖人君子らしい金言が飛び出すのかと思いきや、全然そんなことはなく人間らしい答えが返ってきた。
『ケースその二、このまま待ち続ける。セレスティア様が何とかするかもしれないし、しないかもしれない。君はあっさり死ぬかもしれないし、生き残るかもしれない。全て天運に任せて自分の意思を放棄する。これがその二だ』
「…………」
現状維持のケースその二。聞きながら、それはちょっと違うなとぼんやり思う。
自分はこんなに傷ついても、何か行動を起こしたいらしい。
善悪の概念を超越した超人ドルドンの言葉に飲み込まれていく。
『そして例示する最後のケース……ポークと対話する。言葉の通じぬ獣と切り捨てるか、悲しき人間の末路と慈悲をくれてやるか、言葉を尽くして君が決める。結果的に君が傷ついたり、改めて殺害を決意するとしても、やってみる価値はあるんじゃないかな』
「対話、なんて……。できるはずない」
『同じ言語を話すのだから意思疎通はできるだろう』
口では否定していても、ケース三が最も腑に落ちた。最終的にはきっと“殺す”という結果に落ち着くだろうが、似たような悲劇を経験した者同士なら、もしかすると別の未来が見えてくるかもしれない。その可能性を覗いてみるのも、ただの願望かもしれないが、きっと悪くない。
「君はどうしたい? 君は、人を殺すことも、守ることも、何でもできる。君の心は何を求めている? 教えてくれ恋敵よ。君は残りの人生をどのように消費していくのだ?』
「あたし自身が、やりたいこと……」
神父の言葉がマリエッタの心に溶けていく。とてつもない悪事を働いた屑のくせに、柔らかさと温かさを有した言の葉であった。
――ポーク・テッドロータス。
殺したい。憎い。許せない。その名前を聞くだけで涙が溢れそうになるくらい激情を抱いている。
そんな相手なのに――もっと彼女のことを知りたいと感じている自分がいた。
「……ポークのことをもっと知りたい。殺したいくらい憎いけど、もっと話したい。あいつの魔法の節々から、とてつもない怨念を感じるんです。多分あいつは、
『ポークは南方国家で理由なき虐殺を受けたテラス族だからね。ポークの魔法の根源は悲劇の中にあると言っていい』
「認めたくないですけど、あいつが言った通り、あたし達は根本的には似た者同士なのかもしれない。だから話してみます。……その結果、殺すことになったとしても」
『ふぅん……』
ドルドン神父は髭を人差し指と親指で摘みながら鼻で笑う。しかし小馬鹿にされたような気はしない。激動の世界を七五年を亘って生き抜いてきた人間の逞しさや、人間としての
『奇蹟的に、君の思うがままの行動が最善の未来へと繋がる。このワシが保証しよう。君はまだ若い。君のやりたいようにやりなさい。世界がそう言っているのだ』
「…………」
『……さて』
ドルドン神父の口端が不気味に吊り上がる。
『ところでマリエッタ……テラス族が虐殺を受けたきっかけを知っているかね?』
「サレン様から聞きました。テラス族の血肉が当時流行していた病の特効薬になるとかいう根も葉もない噂のせいで、虐殺が始まったんですよね? 急にどうしてそんなことを……」
『誰が噂を流したと思う?』
「え?」
ひやり。マリエッタの首筋に冷たい風が触れた。
『人に金を握らせ、際限なき悪意を伝播させた黒幕がいた。
「な、何が……言いたいんですか」
唐突な展開に、マリエッタの舌根が乾く。ちろりと唇を舐めて、不穏な薄ら笑いを浮かべるドルドン神父を睨む。
『言うまでもないか。アーロスその人だ。ヤツは魔法覚醒時にどのようなメカニズムで魔法の性能が決定されるか……その原理を突き止めるために、テラス族を実験台にした。突如として地獄に突き落とされたテラス族の生き残りは、
魔法の現出タイプには、本人の心象風景やトラウマに起因するタイプ――スティーラ・ベルモンドやポーク・テッドロータスやマリエッタ・ヴァリエール――と、本人の能力により発現するタイプ――ノウン・ティルティやジアター・コーモッド――と、それらの中間のタイプ――ヨアンヌ・サガミクスやフアンキロ・レガシィ――が存在する。
アーロスが目をつけたのは、類い稀な爆発力を兼ね備えた心因性タイプであった。
「――な、んで。……何で今、それを言うんですか」
『人のため仲間のための正義の行いだと綺麗事を
「こ、答えろ……。
『ん? ポークは元々そうだったんじゃよ? ワシは情報を教えたに過ぎん。判断材料が増えて良かったな、マリエッタ』
ドルドン神父の姿が霞み、輪郭が陽炎の中へ溶けていく。
「ま、待てっ!! 言いっ放しで消えるのか!? あたしにどうさせたいんだよっ!!?」
『ワシの発言だけで迷う殺意だったのかね? その想いをぶつけて言葉を尽くして、ポークを殺すか否か判断すればよろしい』
「ぐッ……! ドルドン神父、きさまあぁ!!」
『ハハハ…… それとも、可哀想な過去でバトルするのはうんざりかね? 悲惨な過去を盾に、詭弁、言い訳、口八丁……どいつもこいつも自分が可愛くて仕方ないから、個人の黒歴史を世界で最も尊い行動原理と疑わず押し切ろうとする。どんな理由があろうと、戦うことでしか生を証明できないというのにな』
――君が未来を選べ。
そして、戦え。
ドルドン神父はそんな言葉を残して少女の世界から消えた。
老爺は少女を突き放したわけではない。与えてやった言葉や判断材料を拠り所に、ありったけの勇気と覚悟を振り絞って決断しろと暗に言ったのだ。
マリエッタという少女への救済は、彼女自身の行動によってのみ成就する。セレスティアでもオクリーでもドルドンでもなく、彼女自身が最終的には掴み取るべき未来。それが最も彼女のためになる。
火の海で叫び続ける少女の意識が上へ引っ張られていく。
☆
セレスティアが陵辱される寸前、悍ましいほどの殺気と冷気がポークの首筋に触れる。メタシムの住人達を一瞬で凍りつかせ、ポークの表皮を氷結させるほどの冷気の波が街の一角を呑み込んだ。
呼吸することすら忘れて、ポークが冷気から離れるように横っ跳びする。棘がセレスティアへ襲い掛かり息の根を止めようとしたが、芯から凍りついたために棘が全く動かなくなった。
「マリエッタ!」
ポークは絶対零度の空気を肺に取り込んでしまったため激しく吐血している。セレスティアは顔面付近に空気の層を作っていたため無事で済んだが、彼女に群がっていたゾンビごと氷漬けにされていた。
メタシムの住人達を巻き込む形で魔法を放ったマリエッタを見て、セレスティアは本来のマリエッタの帰還を予感する。サレン・デピュティを想起させるほどの怒気と魔力が冷気と共に流れてきて、セレスティアは生唾を飲み込んだ。
「ポーク……おまえと話がしたい」
しかし、少女の口から飛び出した言葉は、ポークやセレスティアの予想を裏切るものだった。
「
マリエッタが親指を立て地面に向かって突き立てると、宙空から氷の檻が降ってきて、三人を半円のドーム状に外界から隔絶した。内側に分厚い氷の壁が形成され、檻に空いた空隙を隙間なく埋めていく。
地面に這い蹲るセレスティアと足首を氷漬けにされたポークを内側に引き込んで、マリエッタは強制的に座談会を開催する。
「聞きたいことがあるんだよ、ポーク・テッドロータス」
「…………」
いつでも処刑できる。そんな致死級の距離感で会話を始めるマリエッタ。ポークは滝のような汗を流しながら棘を練り上げているが、棘の
汗が吹き出すと同時に白い珠となって凍結する。何せ、マリエッタは目と鼻の先にいる。産毛に霜がおりていた。業腹と困惑の極地に辿り着き、マリエッタは真顔でポークの顔面に接近する。
「おまえ、南方国家でテラス族が虐殺を受けた根源の“噂”について、どこまで知ってる?」
ポークは声帯が凍りついて全く声を出せない。それに気づいたマリエッタが喉仏の冷却を少しだけ弱めた。
「何言ってるか、全く分からないんだけど?」
「テラス族の血が流行病の特効薬になるって噂を流した犯人を知らないのか?」
「何だと……?」
「本当に分からないのか。アーロスだよ! あのクソ仮面野郎が噂を流したんだよ!! あたしもおまえも、トラウマがあるから強い魔法を発現できた!! アーロスはその法則に気づいて、強力な魔法使いの輩出のために、人為的に地獄を作り出したんだ!! その結果生まれたのがおまえと、おまえの死体を操る魔法だ!!」
マリエッタが凄みながら指を突きつける。ポークの顔面が青く冷めているのは、冷気だけによるものではない。
セレスティアは前任者から魔法を受け継いだため、魔法の現出が当人の心象風景やトラウマに起因することを全く知らなかった。マリエッタの話を衝撃的な面持ちで聞いている。
「ば、馬鹿げたことを!」
「あの男ならそれくらいやってもおかしくない!! この国の基板を暴力だけでひっくり返そうと考えるイカれ野郎だぞ!?」
胸倉を掴み上げると、脊椎の辺りでポークの身体がぽきりと折れて上半身が中に浮いた。切断面は芯まで凍りついているため治癒魔法を許さない。
「聞いた話によると、今の邪教幹部共はアーロスに救われた傀儡ばっかりって言うじゃないか! フアンキロも、ヨアンヌも、おまえも、スティーラも、シャディクも、アプラホーネも、
「――――」
「――その様子だと、おまえ知らないんだな……。くそっ……くそっくそっくそ!! ふざけんなああ!!」
マリエッタはポークに向けて拳を振りかぶる。
ポークは、死んだ、と直感する。しかしその拳はポークの頬をすり抜けて氷壁に叩きつけられた。
「何で世界はあたしにばっかり都合が悪いんだよっ!! このクソったれがああ!!」
握り締めた拳から滴る血。血の上に白い線状の氷が走って、黒く濁った。
犬歯を剥き出しにして吠えるマリエッタに対してセレスティアが喝を入れる。
“戦え。生きるためには、大切な人を護るためには、戦うしかない”。氷結で動けないセレスティアはポークの殺害を唆す。
セレスティアは戦うことが近かれ遠かれ救済になることを痛いほど知っている。弱ければ喰らい尽くされ、戦いを放棄すれば護れたはずの者も手のひらから零れ落ちていってしまう。
力を持った人間は戦わなければならない。この世界に生まれてしまった以上、戦いから逃れることは許されないのだ。
マリエッタの言動はセレスティアからすれば甘すぎた。宿敵を倒す絶好の機会。数多の兵士が命を賭して作った好機をマリエッタはみすみす逃そうとしている。本来あってはならぬことだ。
だが、そんなセレスティアの焦燥とは裏腹に、事態はドルドン神父が予言した通り、思わぬ方向へ遷移していくことになる。
「アーロス様が……ボクの故郷を消し去った犯人なのか……?」
「そう言ってるだろうがっ!! 全部計画のために仕組まれたことだった!! 絶体絶命の大ピンチに英雄や神様が都合よく現れるなんてこと、神話や御伽噺でもない限り有り得ないんだよッ!!」
ポークの心に冷たい雫が落ち込む。
彼女はヨアンヌやフアンキロの昔話は聞いたことがあった。死にかけていたところをアーロスに救ってもらったという話だ。
当時は、流石アーロス様だと何の疑いもなく賞賛した。救済を求める者達の魂の叫びが聞こえるから、いち早く我々の元に駆けつけてくださったのだと信じて疑わなかった。
――違うのか?
そんなはずはない。
だが、アプラホーネから聞いていたことがある。
魔法現出のメカニズムについて、だ。
魔法の種類は多岐に渡るが、魔法使いの過去や性格に起因して発現するタイプの魔法があるらしい。そのタイプの魔法は非常に癖が強く、悪辣なほどに強力なモノから、驚くほど無力なモノまで千差万別である。
まことしやかに囁かれる噂では、過去に負った心の傷が深いほどに、魔法の性能は深く広く変化するらしい。
アプラホーネの冗談交じりの軽口が脳裏から離れない。
そのメカニズムとマリエッタの発言は矛盾しない。何なら、今までのアーロスの都合の良すぎる救済神話にも納得が行く。
アーロス・ホークアイは強力な魔法使いを求めていたから、劇的なドラマや出自を持つ者達を掻き集めたのか。若しくは、マリエッタが言ったように、意図的に地獄を作り出して魔法使いの種を作り出そうとしたか。
「う、ウソだ。ボクの心を惑わすための虚実だ。でっちあげだ、嘘に決まってる、有り得ない」
口では否定しながら、背筋がぞわぞわして嘔気が波打つように広がった。些細な引っ掛かりが無視できない違和感となって全身を暴れている。底なしの絶叫の衝動が肌を突き破って出てきそうだ。
(あ、あの方の野望は、ゲルイド神聖国を乗っ取って理想の国をつくること。その夢のためなら、どんなことでもやってのける……)
それこそ、味方を騙すことだって――
(ボクを騙していた? ち、違う! そんなこと考えるな! この思考回路こそ、あの方に対する無礼だ!! アーロス様はボクの英雄なんだ! 救世主なんだ! マリエッタの言うことは全部でっち上げだ!!)
ポークの思考回路が高速回転する。
復讐心だけを原動力にテラス族狩りと戦っていたある日、アーロスが現れた。テラス族狩りを撲滅するための戦いに手を貸してくれた。ポークのテラス族狩り
生きることすら諦めそうになっていたその時、理想郷という言葉が深々と突き刺さった。彼は復讐以外の生きる意味を与えてくれたのだ。
それが、全部嘘だった?
違う!
ウソっぱちだ。バカな話だよ……。
もし仮に本当だったら、あまりにも間抜けじゃないか。
アーロスの神託に従い聖遺物『天の心鏡』で理想郷をつくろうとしている自分は、彼の手のひらで転がされている哀れな生き物ではないか。
ポークは震える身体を両腕で抱き締める。マリエッタの氷の魔法による温度低下のせいではない。現実が信じられなくなって、不安のあまり震えていた。
でも。それでも。
ここまで来たからには、やり
ポークは喉から小さな声を振り絞る。
「た、たとえそうだったとしても……ここまで来て、もう止まれないんだよっ!! やり遂げるしかないんだっ!! あの神具で、『天の心鏡』で世界を変えるしかないんだ!!」
自分に言い聞かせるように吐き出した言葉。
その言霊を、他の誰でもないマリエッタが打ち砕いた。
「世界を変えるのは『天の心鏡』じゃない! あたし達人間だろうが!!」
少女の力強い声がポークの心を撃ち抜く。
アーロスは『天の心鏡』で世界を変えようとしているのに対して、サレンはあくまで人の治世によってゆっくりと世界を変えようとしている。
どちらに血が通っているか。理想の世界に相応しいか。世界を混沌に陥れる反動で理想郷を願わせつくろうとするアーロスと、背伸びと失敗を繰り返しながら少しずつ理想をつくろうと目指すサレン。
アーロスに従属し覚悟を決めていたはずのポークの心に亀裂を入れたのは、
愕然とした。自分と同じはずの
ポークは心の拠り所であるアーロスに答えを求める。
「訊かないと」
「あ?」
「アーロス様に直接訊かないと。故郷が滅びる原因になった、あの噂を流した犯人について……」
あまりにもか細いポークの声。毒気を抜かれたマリエッタの魔法が一瞬だけ緩む。ポークの表皮を覆う氷の拘束力が弱まる。
その隙を見逃さず、ポークは人差し指と親指の間に張った棘の弦に乗せて、棘に包まれた肉片を射出した。あっと声を上げたマリエッタがポークの身体の大部分を消し飛ばすが、時すでに遅し。肉片に『転送』したポークがメタシム中心部に向けて逃走していた。
「ぐっ……!! 逃がしたっ!!」
「だから貴女の対応は甘いと――追いますよっ!!」
マリエッタとセレスティアが少し遅れて立ち上がり、高速で逃げるポークを追い始める。
ポークは足場に棘の弦を張って跳躍しているため、生半可なスピードでは追いつけない。マリエッタとセレスティアが体勢を立て直していたのもあって、差は中々縮まらなかった。
ポークが進む遥か先には、不死鳥の業火を燃やして戦うサレン・デピュティと、深遠なる闇を操り応戦するアーロス・ホークアイがいる。
ポークを追うマリエッタとセレスティア。数十分に及ぶ追跡戦が展開されるが、先頭を行く女を捉えることは出来ない。ポークの迷いなき動きに圧倒され、全く追いつけなかった。
彼女達がメタシム中心部に集うのとほぼ同時刻、アーロスとサレンを囲うように英傑たちが集い始めた。
アプラホーネ=ランドリィと複製体オクリーを撃破した、オクリー、ヨアンヌ、ノウンの三人。
たった一人でシャディク・レーンを撃破し、少しだけ目元を腫らした女騎士ポーメット。
シャディク攻略戦の最中にポーメットと別れたが、再合流を果たしこの場に居合わせたクレス。
メタシム外周のゾンビを撃滅し、兵士達の動線を作ったあとメタシム中心部にやってきたジアターの召喚獣『
そして、ポークを追ってやってきたマリエッタとセレスティア。
ボロボロになったサレンとアーロスが魔法使いの集結を察して、戦いの手を止める。
これで、正教幹部七名、邪教幹部三名がメタシムの中心部に揃い踏みした。