全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
「皆集まってきたのか」
命からがらメタシム中心部にやってきたオクリーは、続々と集結し始めた幹部達を見て額の汗を拭う。
正教幹部五名に加え、ヨアンヌ、アーロスが集まっている。治癒魔法を持たないオクリーは火薬庫に足を踏み入れたような錯覚がして落ち着かない。
ポーメットと共にいるクレスが手を上げ、オクリー達に挨拶する。ノウンは「やっとる場合か」とクレスに向かって顰めっ面を返す。
彼らがコミュニケーションを取っている間、別方向から転がり込んでくるようにポークが現れた。それを追うようにセレスティアとマリエッタもやってきた。これにはオクリー達もぎょっとする。
幹部撃破の小目標達成でメタシム上空に打ち上がった花火は三発。白(フアンキロ)、黄(シャディク)、赤(アプラホーネ)の順番に花火が上がり、緑(ポーク)の花火は打ち上がっていない。
それ故に、ポークの生存は予想できていたことではあったが、まさかアーロスとの合流を許す展開になるとは思ってもみなかった。どうやら戦況がかなり紛れているようだ。
これで、正教幹部七名と、ヨアンヌ、アーロス、ポークの合計一〇名の魔法使いが一堂に会することとなった。
「おい二人共、ポークの様子が変だぞ」
ヨアンヌが視力の良い目でポークの表情を捉える。目に映るポークの表情は絶望と困惑に染まっており、彼女を追ってきたセレスティアとマリエッタも動揺しているようだった。
離れた位置で戦うサレンとアーロスの間に棘を飛ばしたポークは、アーロスに向かって何かを叫んでいた。
「ポークの野郎、アーロスに向かって噛み付いてんぞ」
「何を言うておるのじゃ? 仲間割れか?」
「いや、そんなはずは……とにかく近くに行ってみよう」
ポークの異様な行動を見て、空からジアターの召喚獣『
全員臨戦態勢に入りながらポークを囲んでいる。だが、当の本人は無我夢中で仮面の男に唾を飛ばしていた。
「アーロス様っ! ボクを助けた時のことを覚えていますか!?」
アーロスはサレンの魔法の影響範囲外に逃れ、胸元についた煤を払う。ゆっくりとポークへ振り向き、『覚えていますよ』と低く響く声で返答した。
『テラス族に仇なす者共に復讐したいとあなたは言い、私はその手助けをしたいと手を差し伸べたと記憶しています』
「っ……! ぜ、全部、強い魔法使いを輩出するためのマッチポンプだったんですか……!? ボクの一族を滅ぼす原因になったあの噂を流したのは、アーロス様だったのですか!?」
『…………』
アーロスは帽子を被り直して落ち着いた様子だ。しかし、その平静な様子がポークの疑念を呼ぶ。何故慌てて全力で否定してくれない? どうして溜め息なんて吐いて観念した様子でこちらを見る? 違います、と一言で切り伏せてくれよ。たとえ嘘だったとしても、その言葉を望んでいるんだ。
そんなポークの願いも虚しく、アーロスはあっけらかんと言い放つ。
『正確には、そのように指示をしたのが私だったという話ですね』
「え――」
あまりにも軽々と言い放ったアーロスにポークは言葉を失う。身体を硬直させてしまったポークを見たマリエッタは、己の頬が小刻みに痙攣しているのが分かった。その震えの理由は同情か哀れみか、それとも怒りなのか、本人にすら掴めなかった。
衝撃的な告白を受けて、ポークは戦場の真っ只中でがくりと膝を折る。意味のある言葉を絞り出そうと何度か口を開閉して、一言だけを零す。どうして、と。
『どうして、ですか。理由は一つ、我が理想のためにあなたの力が必要だったからですよ、ポーク』
アーロスはサレンの視線を切って屋根から飛び降り、ポークの傍で片膝をつく。
サレンは標的が一箇所に集まっているのを良いことに猛毒の炎を噴射しまくった。だが、翻された漆黒の
『あなたの故郷のことは残念に思います。ですが、あなたは教団に入ってから夢を追いかける喜びを知ったはずです。その気持ちは偽物ではありません。本物に間違いないのです。あなたは私と共に計画を進めることに生き甲斐すら感じていました。理想郷が完成すれば、あなたの一族も、アイルも、必ず
「言っていることが支離滅裂だなアーロス!」
サレンの業火が地を這い、爆裂する。アーロスの黒い絹のような闇の魔法が、愕然とするポークを包み込んだ。
アーロスの都合の良すぎる最低の発言に対して、オクリーは「アーロスの言動と状況が噛み合わないと、こんなにも不気味で人間味に欠けた印象を受けるのか」と思う。
アーロスは優しいフリが上手い。だが、本当の意味で仲間思いではないから、どこかにズレや違和感が生じてしまう。今はその違和感が表出する極致的な状況と言えた。オクリーは誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。
「いよいよ偽りの仮面が剥がれ落ちたな」
彼が仮面をつける理由は、素顔を隠して神秘性を確保するためではなく、人間らしい表情ができないことを隠すためなのだ。声色と身振り手振りだけを演技すれば、非常に人間らしく映る。故に仮面を外したがらないのだろう。
攻撃を防ぐアーロスと、小さく縮こまって耳を塞ぐポーク。彼女に向けて元同僚のヨアンヌが叫んだ。
「ポーク、目ぇ覚ませよ!! その人はオマエに甘い言葉を投げかけて、都合よく駒として使ってきただけなんだ!! 大事になんかされてないっ!!」
「うっ、うるさいっ!」
「アプラホーネが妊娠できない身体になった理由だって、優秀な人材を確保するために、その男がアプラホーネに呪いを掛けて手駒にしたに違いないんだ!!」
ヨアンヌの叫びにきっと目を剥き、ポークは半狂乱になる。
「黙れ!! 違う!! この人はボクの救世主だ!!」
「違うもんかっ!! ソイツの本性をよく見ろよ! 幻想を捨てて現実を見ろポークッ!!」
「いやだいやだっ!! ボクはこの方と共に行く!! そ、それに、理想郷を実現すれば、全部戻ってくるんだ! ボクは騙されてなんかいないっ!!」
「……滅茶苦茶だな」
ポーメットが冷たく吐き捨てた。
パニックのあまり自暴自棄になっている。今まで騙され続け、体良く利用されていたと信じたくないのだろう。
「まだ分からないのか! オマエは――」
「やめんかヨアンヌ、もう何を言おうと無駄なことじゃ。どのみち、戦う以外に選択肢などない」
ノウンの発言を遠方で聞いていたマリエッタは歯噛みする。間違ったことをしたとはいえ、騙されていたポーク。もっとやりようがあるはずだと考えてしまうのは傲慢なのだろうか。
『万事休す、ですか』
アーロスは余裕たっぷりに言う。その含みある言い方に正教幹部達は厳戒態勢を取る。
仮面の男の首が、こきりと音を立てて真横を向く。その視線の先にはヨアンヌがいた。
『ねえ、ヨアンヌ。
その瞬間、この場にいた人間全員に凄まじい悪寒が走る。氷水に浸した手で背筋を撫でられるような感覚がしたかと思えば、顎下から鎖骨にかけてを真綿で締められるかのような圧迫感が襲ってきた。
今までに感じたことのない魔法の予兆。その矛先を向けられたヨアンヌは、あまりの威圧感に一言も発することができなくなってしまう。
不穏な空気を察したオクリーが『聖盾』を構えてヨアンヌの前に割って入る。
「ヨアンヌ気をつけろ。あいつ何かしてくるぞ」
華奢な肩をぐいっと引っ張り、少女を背中の後ろに隠す。
すると突然、ヨアンヌが己の身体を抱き締めて小刻みに震え始めた。
「さ、寒い……」
「……!?」
言いながら、ヨアンヌは滝のような汗を流している。腰の辺りを抱いていた両腕は次第に上っていき、頭皮を掻き毟り始めた。
ヨアンヌの奇行に一同が戸惑う中、セレスティアだけが原因に気づく。
「全員アーロスを狙って攻撃しなさいッ!!」
セレスティアの怒号。ヨアンヌとオクリー以外の全員がアーロスに向かって容赦なく魔法を叩き込む。理由を掴めた者はいなかったが、信頼する仲間の指示とあって身体が反射的に動いていた。
土煙と爆炎が舞い上がり、その場にいた全員の視界を覆う。熱風吹き荒れる中、セレスティアの絞り出すような声が響く。
「遅かった……!!」
奥歯を噛み締める微かな音。その場にいた全員が、彼女の後悔の理由をすぐに思い知ることになる。
――アプラホーネの身体から妊娠の能を奪った“呪い”。
ポークの出身であるテラス族に虐殺を巻き起こした“噂”。
心が弱ったセレスティアを襲った“洗脳術”。
アーロスの悪意や魔法の引き出しはそれだけに留まらない。
アーロスは悪意の化身“邪神”の使徒でもある。この世界に散らばった悪意には大なり小なり彼が関わっている。それが彼の魔法の――いや、邪神の性質とも言えた。
故に、アーロスはこの場における最低最悪の事態を引き起こすことも容易かった。
――次の瞬間、誰もが我が目を疑った。
土煙の中から姿を表したヨアンヌが、足元に転がっていた仮面を拾い上げて額の上に乗せる。そしてオクリーに見せつけるように顔の右半分を覆い隠し、彼女らしくない敬語口調で話し始めたのである。
『
セレスティアが風で土煙と黒煙を払うと、元の場所にアーロスは立っていなかった。帯を引くように残された黒い靄が尻尾のように伸びて、ヨアンヌの身体へと繋がっていた。
やがて線状に伸びていた黒い靄はヨアンヌの身体に吸収されていき、それを見た全員が何事かを察する。
ヨアンヌがアーロスを取り込んだ。
――否、アーロスがヨアンヌに憑依したのだ、と。
残酷で悪辣すぎる切り札に言葉を失うオクリー。握り締めた盾を手放してしまいそうになったが、ぎりぎりのところで持ち堪える。しかし、洗脳されたセレスティアの一件が脳裏を過ぎり、まともな精神状態ではいられなかった。
「じょ、冗談よせよ。今はそんな嘘に付き合ってる暇ないんだって……」
『フフフ……。まあ、受け取り方は自由です。私がヨアンヌの身体を奪ってみせた事実は変わりませんからね』
ヨアンヌは黒い靄の濃い部分から引っ張り出した漆黒の外套を羽織り、らしくない顔で微笑む。アーロスの素顔は見たことがないのに、
『ポーク、これから大聖堂へ向かいます。着いてきなさい』
「は、はいっ!」
オクリーは事態の重さを受け止めきれない。何が起こっているのか理解が追いつかない。
だが、サレン・デピュティの手のひらが仮面を被ったヨアンヌに向けられているのを見て、咄嗟に身体が動いた。
「……オクリー、何をしている?」
――オクリーの身体は憑依されたヨアンヌを守るように動いていた。
『聖盾』を構えてサレンとヨアンヌの間に身体を入れ、魔法を受け止める姿勢を整えている。
それを見た正教幹部達の行動は二分化された。
サレンに続くように魔法発動を仄めかす者と――
オクリーとヨアンヌを守るように魔法を駆使しようと立ち塞がる者――
その二極化である。
サレンと同じく魔法攻撃を示唆したのは三名。
サレン、クレス、ジアター。
オクリー達を守るように立ち位置を変えたのは三名。
ポーメット、ノウン、セレスティア。
マリエッタはその場に立ち尽くすばかりで一歩たりとて動けなかった。
サレンの鋭い視線がセレスティア達へ向けられる。
「おい、貴様ら……自分が何をしているのか理解しているのか? アーロスがヨアンヌに乗り移ろうと関係ない。構わず貫き葬ってしまえば良い、何故それが分からん?」
「サレン様、お待ちください! 状況を整理し再考すべきです! 今のヨアンヌを倒したとて本体ごと貫けるかどうかは分かりません! 彼女は優秀な協力者です、ここで失うにはあまりにも痛い!」
「この分断と膠着状態こそ敵の狙いだと私は考える。一刻も早くヨアンヌごと滅ぼすべきだ」
「こんな形で争うべきじゃねえぜ、セレスティアちゃん達よぉ」
「それはこちらのセリフだクレス。まだ議論の余地はあるはずだ」
「その議論の時間がないというのがサレン様の意思だぜ、ポーメットちゃん」
『たとえ間違っていたとしても、今のヨアンヌさんを生かし続けるとまずい状況になりそうな気がします……!』
ポーメット達はサレン、クレス、ジアターの論弁に押されて語調を弱め始める。サレンが火を噴きながらヨアンヌの殺害を熱弁すると、その論に圧された三人の瞳の色は弱々しく薄まっていった。
セレスティア達の顔色は悪かった。本当は退きたくなどない。ヨアンヌを殺したくなどない。だが、サレン達の言う通り、ここでアーロスの思惑通りに事が運ぶ方が嫌な予感がした。
やがて、セレスティア、ノウン、ポーメットがヨアンヌへと振り返る。
唯一ヨアンヌを守る側に回ったオクリーは、それでも聖盾を下ろさない。オクリーは先頭を歩いてくるサレンに怒る。
「ふ、ふざけんなっ!!
「違う! 誰であろうと私は『殺せ』と命じるさ!! そもそも、
「俺はヨアンヌもこの世界も両方救うために頑張ってきたんだ!! 世界を救うためにヨアンヌを見捨てるなんてことはできないっ!!」
「交渉決裂だなオクリー! 皆の者、これよりオクリーはケネス正教の敵と見做す!! 容赦なく叩っ切れ!!」
サレンは怒りの表情を崩さなかったが、その後ろのクレスやノウン達は目を伏せて悲壮な表情であった。
アーロスの悪辣な一手により絶望的な状況となった聖地メタシム。
あと一歩でアーロスとポークを倒せたはずなのに、オクリーにとっては最悪の状況になってしまった。
四面楚歌に陥ったオクリーは、悲しそうな顔をしながら向かってくる七人の正教幹部と相対する。
彼の背後には、全く信用ならない憑依ヨアンヌとポークがいる。俺と協力して正教幹部達を撃退してくれ――と頼める相手ではなかった。だが、ここで退くわけには行かない。ヨアンヌを守るためにどう立ち回れば良いか思考を高速回転させた。
「ヨアンヌを守る! 絶対に殺させない!」
『そう言うと思っていたからヨアンヌに憑依したのです。あなたは今の私を殺せない。あなたとヨアンヌは深く結びつきすぎた……』
「黙れッ! ヨアンヌの声で好き勝手しゃべくってんじゃねえ!」
まさに絶体絶命。個人の感情を抜きにすれば、間違いなくヨアンヌを殺す方が早く決着が着くはずだ。
けれど――
オクリーの脳裏に、彼女と出会ってからの、たった一年の短くて濃い記憶が流れていく。
ヨアンヌと初めて話した日。ちょっとした出来心でローブを掛けてしまったせいで、話の通じない化け物に目をつけられたと後悔した。いつ四肢をねじ切られ監禁されるかびくびくしながら、フアンキロやポークとの情報戦に神経をすり減らす毎日。彼女の猛烈なアプローチに心が絆されたり、少し笑ってしまうこともあった。
ある日を境に、心臓が鋭く痛むようになった。彼女は狂おしいほどの愛情のあまり、オクリーの心臓を自分のモノと取り替えてしまった。彼女と分かり合うために、彼女を攻略するために、オクリーは精神の汚染によるヨアンヌの洗脳を企てた。結果的にそれは歪な形で成功し、失敗した。
臓器を交換し、魂を溶かし合って、敵とも味方とも言えぬ関係になった後も、心の支えだった。ずっと離れ離れで、時には憎しみ合うこともあったが、常に心の中心に彼女がいた。
策略の果てに『幻夜聖祭』で再び衝突した。
互いの内心を吐露し、真正面から激突した。
怒り、貶し合い、蔑め合った。
そして、戦いの終焉に究極の秘密を共有し、心の底から強い絆で結ばれた。
――愛している。
君に感じた怒りも憎しみも引っ括めて、全てを愛している。
だから、絶対にもう離さない。手放してなどなるものか。
大切な人を守るのだ。
人々の平和も大事だが、オクリーにはそれ以上に大切なものができてしまった。理性ではどちらも選ぶことはできない。身体が反射的にヨアンヌの方へ動いてしまった。今更引っ込めることはできない。
(ヨアンヌは幻夜聖祭で、イチからやり直そうと勇気を振り絞って一歩踏み出したんだ!! 大切な人の決意を、こんな形で踏み躙ってたまるかよ!! 殺させない!! 絶対にヨアンヌを守り抜いて、アーロスから取り戻す!!)
大切な人を守りたいという気持ちが、オクリーの胸中に不穏な風を起こす。
どこか懐かしいその感覚は、暴食と恐怖の権化スティーラ・ベルモンドの残滓であった。
彼女の魂は言う。
――『……オクリーは後悔している。……スティーラが死んだことに対して、ずっと引っかかりを感じてる……』
――『……だったら、二度と同じことを繰り返しちゃダメ。……オクリーはオクリーが後悔しない最善の結末を迎えなくちゃいけないの』
――『……ヨアンヌを助けてあげて。……あの子を犠牲にして世界を救うなんて妥協を、決して考えないで。……世界を犠牲にしてヨアンヌを救うなんて妥協を、決して許さないで。……スティーラを愛してくれたあなたが、スティーラに救済を与えてくれたあなたが、失意と敗北の末に野垂れ死ぬなんて許さない』
――『……絶望に挫けないで。……悪意にまけないで』
――『……スティーラの結末を無駄だったと思わせないで』
――『……大好きだよ』
スティーラの残滓が悔恨と共にオクリーの心に溶けていく。
死という結末はスティーラにとっての最善だった。だが、オクリーは彼女に生きていてほしかった。あの時あの瞬間、オクリーの持つ手札では彼女を死なせることしか選べなかった。
ずっと後悔していた。本当はスティーラをどうにか生存させて、その先で善い未来を掴み取ることができたんじゃないかと後ろ髪を引かれ続けていた。
彼女の魂が言っている。絶対に負けるなと。ヨアンヌを救えと。
あぁ、あぁ、その通りだ。ここで諦めたら、死んだスティーラに顔向けできない。自分は幻夜聖祭でスティーラを選ぶこともできたのに、ヨアンヌを選んだ男なのだ。ヨアンヌを失ったけれど世界は平和になりました――なんて結末にしてたまるものか。
ヨアンヌを救う。
そして、アーロスを倒し、仲間を誰も殺させない。
死の覚悟を纏いながら戦うことと、誰も死なせたくない気持ちが同居するのは矛盾ではない。
もう、何かを犠牲に進むのは沢山だ。だから
全部取りこぼさずに最善の選択を取り続けて、最高の結末を掴み取る。
かつて幻夜聖祭やメタシムでできなかったことも、今ならできる。できるはずなんだ。
「俺はもう選択を間違えたりしない」
正教幹部達はサレンを先頭にヨアンヌへ近づいていく。サレンが右手を構えると、手首を中心とした半径三〇センチほどの空間が熱を帯び陽炎で歪み始める。それを見た残りの幹部達は、その身体から魔法の予兆を表出し始めた。
そのまま魔法を解放し、オクリーごと貫くことも不可能ではなかった。だが、サレンにもほんの僅かに躊躇いがあり、オクリーを犠牲にすることに疑問を感じていた。対邪教において、知識面で凄まじい貢献をしてきたオクリーまで失う必要はあるのか、と。
『……フフ、あなたはやはり素晴らしいですよオクリー君。時間稼ぎありがとうございます』
「黙れアーロスッ!」
『これで起死回生の準備が整いました』
「あ……?」
オクリーの肉体を盾にしながら、憑依ヨアンヌが不意にカウントダウンを始めた。
『――3』
突然の宣言に、サレン達は判断を急かされる。
本当にやっていいのか。いや、やるべきだ。
そうだ、やる。殺す。ここでヨアンヌとオクリーとポークを殺して、教団を根絶やしにしてやる。そのための必要な犠牲なのだ。
『――2』
仮面を半分ほど被ったヨアンヌは右手を天に掲げ、指を一つ折る。
意気込むサレンの手から炎が生まれ、噴射される。急かされて半端な威力となった炎をオクリーの聖盾が逸らし、更に時間が進む。
『――1』
クレス達の反応は遅れていた。オクリーが弾き飛ばした炎がヨアンヌ達の姿を覆い隠したからだ。
何より、そのカウントダウンはただの悪足掻きとしか思えなかった。それ故に様子見という選択を彼らは取りたかった。
『ゼロ』
ヨアンヌの口が紡いだ瞬間、サレン・デュピティの頭部が弾け飛んだ。
遥か彼方から遅れて銃声が反響する。クレスとセレスティアが反射的に電磁波・疾風の防御壁を貼ると、二撃目が防御壁に逸らされる形で遠方に着弾。そして、憑依ヨアンヌがポークの首根っこを鷲掴みにした瞬間、広範囲に煙幕弾がばら撒かれる。瞬く間にアーロスの黒い靄と煙幕が拡散し、彼らの姿はすっかり見えなくなった。
「何が起こってるのじゃ!?」
「セレスティア、視界を晴らせッ!」
黒い靄と煙幕は地を這うように拡散する。視界不良の中、オクリーは硬い何かに鳩尾を殴られ、その勢いで身体ごと持ち上げられた。殴られたというよりは、高速で動く物体がオクリーの身体を運搬し始めたような感覚であった。
「ぐっ――やめろ! 待てっ!」
憑依ヨアンヌと離れ離れになってしまう。そんな絶望で視界が塗り潰されそうになった時、オクリーの身体を攫った犯人が耳元で呟いた。
「大丈夫っすよ先輩、ヨアンヌ様と一緒に連れて行ってあげるっすからね」
「……!? その声はまさかアレックス!? 生きてたのか!?」
「酷いなぁ。自分がそう簡単に死ぬとでも思ってたっすか?」
アレックスは半壊したスーツに乗っていた。顔の右半分が焼け爛れており、眼球が零れ落ちて頬骨の辺りに水風船の如く垂れていた。
アレックスは精鋭兵ホセ、メルチェ、サンフレームの攻撃を受けて大火傷を負っていた。唇は青白く肌は土気色。半死半生なのは誰が見ても明らかだったが、アレックスはからから笑いながら平気な様子でオクリーを運搬している。
「アーロス様、ここは我々にお任せください!!」
「俺達が時間を稼ぎます! 俺達の夢を――頼みます!!」
『――任されました』
襲撃の協力者である数名の邪教徒とすれ違う。アーロスは一言だけ残すと、颯爽とその場を後にした。
視界を塞ぐ煙幕は元の位置で半径一〇〇メートルほどの円形ドームを築いていた。アレックスに連れ去られたオクリーの姿は完璧に隠されて、ものの数秒で正教幹部達から遠く離れていた。
このスピード感で逃走されては、クレスやセレスティアも見つけられない。憑依ヨアンヌ、ポーク、オクリー、アレックスはあっという間に数キロメートルの距離を離脱し、物陰へ身を潜めた。
状況がやや落ち着いたところで、肩で息をするポークがオクリーに右手のひらを向ける。殺意に満ちた瞳から察するに、オクリーを殺す気満々であった。憑依ヨアンヌが手を添えて止めさせなければオクリーは死んでいた。
「どうして止めるんですか。オクリーは敵ですよ」
『彼は
「…………」
ポークはオクリーに疑念の視線を送る。
そんなオクリーはポークの哀れな生い立ちと、今まで体良く騙されていた事実を煽った。
「ポーク、お前には自分の芯がない。騙されてるのを知った後も、態度を全く変えずにアーロス様アーロス様と煽ててやがる。いい加減、自分の意思で物事を決めたらどうなんだ、ああ!?」
「ぐっ――貴様っ!!」
ポークはつかつかと歩み寄り、オクリーの胸ぐらを掴み上げる。一切動じない青年は彼女の様子をせせら笑った。
「そうやって胸ぐら掴んだところで殺せねえんだ。一度アーロス様に止められちまってるからな!」
「だ、黙れええっっ!!」
ポークの顔が真っ赤に茹で上がる。衝動的に掴んだオクリーの左手の小指と薬指をへし折った。オクリーは激痛で舌を噛みそうになったが、読み通りそれ以上の危害は加えてこなかった。やはり、彼女は最後までアーロスの犬であることを貫くようだ。
「言い争いも終わったところで……これで即席四人パーティの完成っすね」
アレックスが相変わらずの軽薄な調子で呟くと、その場にいた四人は互いを見つめてしんと静まり返った。
オクリーという異物が混ざっている以上、彼ら四人は真の仲間とは言えなかった。