全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
満月の夜、スティーラ・ベルモンドは窓辺に座りながら爪を噛んでいた。
かり、かり、かり。齧歯類が穀物の種を食むような音が部屋の中を支配する。
視線の先には、仲睦まじい様子で寄り添った男女――オクリー・マーキュリーとヨアンヌ・サガミクスがベンチに座っていた。
「ヨアンヌ様、あまり近付かれると動きにくいです」
「ん〜?」
「……ん〜じゃないんですよ」
かり、かり、かり。
オクリーはヨアンヌに触れられる度、胸の中央を苦しそうに握り潰していた。目を離せば二人の距離がゼロになってしまいそうな雰囲気の中、スティーラはオクリーの不審な動きを見逃さなかった。
――ぶちり。
(……ヨアンヌ、オクリーの身体に何をした? ……彼の様子が変……絶対に
スティーラは小指を噛み千切った後、小さな鼻を動かして常人には嗅ぎ取れない微細な匂いを窓越しに感じ取っていく。
集中すればありありと浮かんでくる、隠し切れない香り。剥き出しになったセレスティアの内臓の匂いに隠れて気付けなかった。全く、とんでもないことをしてくれたものだ。
(……ダスケルの一件が終わって、数日間オクリーは目覚めなかった。……その間彼の身柄は拷問部屋の中……目を離した隙にいつでも臓器交換は可能だったはず……)
ヨアンヌの中に感じるオクリーの匂い。
オクリーの中に感じるヨアンヌの匂い。
――
恐らくは重要な臓器の交換――もっと言うなら心臓の交換。指の交換などでは感じることのない濃い香り。オクリーは気付いていないかもしれないが、確実にそうなっている。彼が度々胸に違和感を感じているのはそのせいだ。
(……薬指では飽き足らず、心臓の交換まで。……呆れた女ね……)
内心こき下ろすが、スティーラは嫉妬で狂いそうになっていた。
オクリー・マーキュリーは熟していないのだ。彼はまだ青い。だが、もう少しで真っ赤に実る。それまではじっくり観察しているつもりだったのに――
青い果実を肉体交換という形で穢したヨアンヌに対して、どうしようもない苛立ちが降り積もっていく。
「……ふぅ」
スティーラのスカイブルーの瞳が憤怒の焔を帯びる。
彼を『収穫』するには些か早すぎる。ヨアンヌはそれを分かっていないのだ。彼を食べてもいいのはもう少し後。何度でも収穫できるように治癒魔法を身につけてからではないか。アーロス寺院教団幹部になるまでに彼の身体に干渉し、その構成を作り替えることは彼女の美学からして絶対に許せなかった。
(……いけない、我慢だ。……まだ、もっと、熟して真っ赤になるのを待たないといけないのに……ヨアンヌが邪魔すぎる……)
静観。我慢。快楽の解放のための準備。
本当は手を出したいけれど、食べることでしか満たされないこの愛は今のオクリーには重すぎる。一度しか食べられないというのも素敵だけど、自分は欲張りだから何度でも食べたくなってしまう。
ただ、彼が幹部となった暁には何度あの首筋に噛み付いてもいいのだから、身が震えるほどに善い。
スティーラの全力の愛を受けても、彼の生命が揺らがないくらいに熟した時が収穫の時。そう思ってオクリーを見守り続けていたのに、愉しみを邪魔する者が現れた。いや、既にそこに居たのだから、寄生虫と評した方が正しいかもしれない。
(……ヨアンヌのクソが、精神異常者め。……オクリーもだ、あの女の何がいい?)
ヨアンヌとかいう序列下位の幹部に目をつけられて、
(……スティーラの方が良い女だというのは火を見るより明らか。……所詮男は胸の大きさなのかしら?)
スティーラは黒を基調としたゴシックロリータの衣装を見下ろす。少女の胸元は非常に慎ましく、天地がひっくり返ってもヨアンヌの爆弾に勝てるようなサイズではなかった。
生まれて初めて自分の胸のサイズを気にする羽目になって、スティーラは形容し難い敗北感と苛立ちに苛まれる。こうして余計な思考に気を取られることも、彼女の煩わしさをますます助長した。
(……ヨアンヌに振り回され続ければ、きっとオクリーは壊れてしまう。……そうなる前にヨアンヌを止めなければ、スティーラの愉しみも奪われてしまう……オクリーをヨアンヌから引き剥がさないとダメね)
スティーラはオクリーに多大な期待を寄せていた。
移動要塞計画の次はどんなアイデアを出してくれるのだろうか。もっと凄い計画を思いついて、正教を苦しめてくれるのではないか。悪辣で極悪非道の覇道を貫けるのは、ああいう本物の人間しかいない。
(……早く
スティーラはオクリーに好意を寄せている。
ありのままの彼を食したいと思っていた。
心が弱っているところにつけ込むなんて、淑女のすることではない。相手の肉体や精神を作り替えるなんて以ての外。
最も美味である瞬間に収穫してこそ淑女である。
自分の身体の不調を訝しむように胸を押さえたオクリーが、ヨアンヌの誘いを躱して遠くに離れていく。それを見計らって、スティーラはヨアンヌに接触した。
「……ヨアンヌ、話がある」
「何だ? アタシはアイツに逃げられてご機嫌ナナメなんだが」
発言とは裏腹に余裕たっぷりのヨアンヌ。ワイシャツの上から胸に手を当て、まるで我が子を宿した身体を愛でるかのように撫で付けていた。
その仕草を見てスティーラは心臓交換の件を確信する。語調を荒らげそうになるのを堪えながら、スティーラはオクリーの座っていた場所に腰掛けた。
「……ヨアンヌ、オクリーの心臓を元に戻しなさい」
単刀直入に切り込む。ヨアンヌは「バレてたか」と言うように不気味な笑みを浮かべるが、スティーラの話に耳を傾ける気がないのは明らかだった。
スティーラは眩い光を放つ満月を見上げながら、ヨアンヌを対話の場に引きずり出すために言葉を紡いだ。
「……ヨアンヌは以前の実験で肉体交換の味を占めたのだろうけど、いたずらな臓器交換は彼の身体と心に負担をかける。……頻繁に心臓を押さえるオクリーに気付かないとは言わせない」
ヨアンヌは微笑んだまま。苦しんでいる彼もまた可愛らしいではないか、と言うような達観した笑みだった。
「……短期的な実験は成功したけれど、長期間に渡る肉体交換はまだ未知数……今すぐ返してあげなさい」
一番美味な部位である心臓は、本人の身体の中で育ててもらうべきだ。
そんな本心を隠して、スティーラは尤もらしい言葉を並べ立てる。スティーラがやろうとしていることも相当狂っているのだが、この場においては体裁を取り繕っているスティーラの方に分があった。
オクリーは幹部候補と言われる教徒だが、所詮は幹部候補に過ぎない一般教徒だ。肉片さえ残していれば復活できる幹部と違って、彼の肉体組織は大変貴重な一点物である。喪失すれば二度と生え変わらないし、心臓を破壊されれば治癒を待つことなく死に至る。
もしヨアンヌの身体と一緒にオクリーの心臓が破壊されれば、オクリーの心臓は二度と返ってこない。ヨアンヌは自らの生存のためにオクリーから心臓を取り返し、血液ポンプたる心臓を喪ったオクリーは全身に血を送ることができずに絶命するだろう。
ヨアンヌの中に彼の心臓があるのも許せなかったが、戦闘回数の多くなる幹部の中に彼の心臓が収まっているリスクが何より気がかりだった。
スティーラは淡々と理由を口にするが、暴走気味のヨアンヌには全く響いていない様子。何故そこまで強情なのかとスティーラは内心憤慨するが、人の性癖とはそう簡単に変えられないものである。
そして、彼女達は知る由もないが、オクリーの身体にはヨアンヌの記憶転移が起こっていた。
記憶転移とは、臓器移植に伴って臓器提供者の記憶の一部が移る現象である。つまり、
ヨアンヌに対する心境の変化を覚えたり、邪教徒殲滅の覚悟が若干揺らぎ始めているのも、心臓交換による副作用と言えた。
もちろんこれはヨアンヌすら予想していなかったことだったが――根っからの邪教徒であるヨアンヌの記憶がオクリーの無意識下で育ち始めた結果、彼の複雑多岐な精神状態は更なる分裂を起こしていた。
絶望を超えた覚悟を決め、この国に災いを齎す邪教徒共を駆逐しようとする人格。
ヨアンヌを拒絶する人格。
ヨアンヌに心惹かれ始めている人格。
正教徒の味方でありたい人格。
無意識下で模範的邪教徒になろうとしてしまう人格。
――傍から見れば、いや、どう足掻いても二重人格のようだった彼の内情は、この心臓交換をきっかけにして更なる歪さを見せ始めていた。
既にオクリーの精神は指摘して治るような単純構造から乖離しており、正気と狂気の境界線があやふやになっている。
彼の中心を貫いているのは、メタシム崩壊の日に決めた凄絶な覚悟だけ。その余韻だけが彼を突き動かしていたが、ヨアンヌの邪な記憶と融合してしまったために、いつ彼の中の正気が電池切れを起こすか分からない状態である。
「オクリーを食べようとしてる女が偉そうによく言うよ」
「……我々の使命はアーロス様に尽くすこと。……有能な教徒を必要以上に弄くり回すのは控えなさい、ヨアンヌ」
恋路に迷い込むのは勝手だが、アーロス寺院教団教徒としての使命を忘れてはならない。
スティーラにとって、オクリーの身体を食せるのは使命達成のついでに与えられるボーナスである。彼女の中心に据えられているのは、あくまで教祖アーロスの悲願を達成することだ。
しかし、ヨアンヌに関しては恋に狂い過ぎているのでは、と思わざるを得ない一面があった。彼女はオクリーに入れ込みすぎている。
スティーラの言葉に丸め込まれたヨアンヌは、物凄く嫌そうな表情をしながら手を振った。
「分かった分かった、心臓はそのうち元通りに戻しておく」
「……具体的な日時を設定して。……いつまでにやる?」
「あ〜、じゃあ――――、…………?」
――先に事例として挙げた現象の『記憶転移』。
スティーラと話していたこのタイミングで、ヨアンヌの心に変化が現れた。
(ん……? 何だ――温かいモノが胸の中に流れ込んでくる――?)
ヨアンヌは己の中に疼き出した新たな感情を優しく受け止め、抱き締め、ありのままを心の中に溶かしていく。純朴な少女の笑みを浮かべたヨアンヌは、邪教徒としての使命と矛盾するはずの衝動に妙な愛おしさを覚えていた。
(何だ、この気持ちは。
オクリーの
「…………」
「……ちょっと。……答えを聞きたいのだけど」
「やっぱ辞めだ。アタシはずっとこのままが良い」
「……はぁ?」
「アタシ寝るわ。そんじゃな」
「……ちょっと待っ――」
スティーラはヨアンヌを引き止めようとしたが、彼女の横顔を見た途端言葉が出なくなった。
「……なんなの、もう。……いきなりあんな顔されたら、どうすればいいか分からない……」
スティーラは訳が分からないという風に首を振った。