全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
邪教徒に捕らえられた女は洗脳された後、あけすけに言えば孕み袋にされてしまう。一般モブに女が少ないのはそのせいで、ヨアンヌやポークなどの特殊例を除いて多くの女性はそちら行きである。
そして、孕み袋たちの維持管理業務が中々重労働で、どれくらい過酷かというと、当番が回ってくると一般邪教徒でさえやりたくないと首を振るくらいだ。
最近やっと管理作業担当から外れることになったが、アレはアーロス寺院教団の暗部と言って差し支えないだろう。ディストピア的に言えば人間生産工場同然である。
アーロスによって死からの復活が約束されているとはいえ、割と雑に使い捨てされる男連中もそれはそれでキツいが……どちらの方が辛いかは分からない。
しかし、アーロス寺院教団に来て分かった。境遇の差などあってないようなものなのだ。皆やりがいを感じていて幸せそうだから。
アーロスのために働けることが幸せだと刷り込まれ、心の底から喜びを感じているのである。老若男女関係なく、九割以上の人間がイキイキと使い潰されていく。何なら死後もゾンビにされて良いように扱われる始末。
幹部に気に入られて忘れかけていたが、アーロス寺院教団は外道の集団だ。考えうる限り最悪のやり方で自分達の国を創ろうとしているアーロスは、ゲルイド神聖国にいるケネス正教徒を生贄に捧げて神格化の材料にするつもりであるから――
彼らの躍進を止めなければ、ゲルイド神聖国が抱える数百万人の正教徒は皆既日食の日に神隠しに遭うというわけだ。
ゲームの世界が現実となった以上、彼らの蛮行を止めたいと思うのが人情だろう。もはや覚えてすらいないが、この世界の俺の肉親を殺害したのも他ならぬアーロス達だ。
この事実がある限り、どうしてもアーロス寺院教団の味方をしたいとは思えなかった。
……思えなかったはずなのに――
ダスケルが崩壊してからというもの、俺の心と身体に矛盾が現れ始めた。
まず、ヨアンヌのこと。
当初の目的としては、親密になりすぎると四肢をもがれてしまうので、そこそこの好感度を稼いでコネを作りつつ――恋愛シミュレータ的に言うなら、親密度を『友達』評価で止めておいて――幹部昇格への足掛かりにする予定だった。
必要以上に近付くことは徹底的に避けるべきで、現状を鑑みても、これ以上仲を進展させるべきではないのは明らかだ。
しかし、いつの間にか俺の心がヨアンヌを欲し始めていた。今まで自覚しないように努めてきたが、誤魔化しが効かないほど彼女のことを意識するようになっていた。
彼女と話す度に俺の心に得体の知れない感情が滲み出し、心臓が胸の中を痛いくらい跳ね回る。彼女の横顔を見るだけで胸が苦しくなる。その異常が日に日に強く現れるようになっていた。
次に、方針のこと。
生き残りたいという切実な願いはずっと変わらないが、邪教徒に対する嫌悪感や敵対心が若干弱くなっていた。時たま「このまま邪教徒が勝利しても悪くない未来が待っているのでは?」と思うことがあったり、邪教徒の快進撃を後押しして幹部か幹部に次ぐポジションに収まった方が幸せな人生を送れるのではないかと考えてしまったり――数ヶ月前の闘争心や敵愾心が目に見えて萎えているのだ。
あの日に決めた覚悟が生半可だったとは思わない。
どう考えても
(アーロスの魔法でも受けたのか? でも、アイツの魔法を掛けられた覚えはない……)
しばし思案するが、明確な答えが出ることはなかった。
やるべきことと、やりたいことが一致していないような気持ち悪さ。どうしようもなく身体が動かないというか、何というか。
このまま身体を動かさないのはまずいと考えた俺は、セレスティアの洗脳を解くための薬を作るべく薬草を取りに出かけた。
メタシム外部の森は薬草の宝庫だ。残念なことに洗脳を解く薬は原作中に存在しないが、味方の混乱状態を解消する薬や日常パートで使用可能な媚薬などは素材さえ集めれば製作可能である。
俺の狙いは当然『洗脳解消薬』の開発だが、ついでに媚薬を調合しておくのも悪くないと考えていた。苦痛に対する耐性があっても、快楽に対する耐性は中々備わらないもの。最終的な自己防衛手段として、媚薬の催淫効果を利用できるのではないかと考えた次第である。
――とまあ、希望を持って新薬の開発に勤しもうとしたわけだが、そう簡単に洗脳解消薬なんてモノを開発できるはずかなかった。
媚薬や混乱解消薬などは粗方調合できたが、媚薬に関しては小瓶数個を残してヨアンヌに奪われてしまう始末。何の薬を調合しているか言わなければ良かった。
「ヨアンヌのやつ、ダース単位で奪っていきやがって……」
何に使うかは想像に難くない。あの媚薬の効力を身を以て知る日もそう遠くないか――
(まただ。心がそっち方向に持っていかれてる。何でだ? アイツは何をしでかすか分からないイカレ野郎なんだぞ……)
ヨアンヌに襲われる妄想。俺は首を振ってそのイメージを振り払った。
しかし、
やはり精神干渉系の能力を受けているとしか思えない。
主観を歪める認知系の能力は厄介極まりないな。
(俺の覚悟を塗り潰すような……ぬるま湯みたいな
セレスティアの洗脳を解いて、能力的に厄介極まりないポークを殺害して、やっと正教有利に傾く程度にはまずい戦況。このまま邪教徒を勝たせてしまいたいという感情と、正教に寄り添って平和な世界を取り戻したい感情がごちゃ混ぜになっている。
今の俺は使い物にならない。どうにか押さえつけているが、人格が分裂しているとしか思えない思考回路をしている。支離滅裂、中途半端、優柔不断……最も避けなければならない三要素を満たしているからだ。
元の人格だったモノが悲鳴を上げ、助けを求めている。
最悪なことに、その悲鳴は植え付けられた人格に濾過されて、ヨアンヌやアーロスに対する救難信号として発信されようとしていた。
(まただ……胸が痛い……)
新たに建設された四畳半ほどの個室で薬を調合していたところ、心臓の辺りがキュッと締め付けられるように傷んだ。そして、俺の声帯は無意識にヨアンヌの名前を紡ぐ。
プライベート空間という安息の地を得られたのは何事にも替えられない喜びではあるが、ヨアンヌが頻繁に遊びに来るので大掛かりな隠し事は不可能だ。
何より恐ろしいのが、ヨアンヌの名前を呼ぶと即座に扉がノックされること。そのまま扉を開くと、決まって満面の笑みを浮かべたヨアンヌが現れるのだ。
今回も、数秒と待たずに扉が叩かれる。
そこには無言のヨアンヌが立っていた。
「入るぞ、オクリー」
「……はい」
拒否権は無いし、拒否する気も起きない。全身が汗まみれになっている。激しい運動をした直後のように心臓が収縮を繰り返し、肋骨の檻を内側からぶち破ろうと暴れ回っていた。
俺は感情の濁流によって動くことさえままならなくなる。明らかに外部から精神操作をされているのは分かっているのに、滂沱として流れ込んでくる激情が思考能力を著しく低下させていた。
ヨアンヌに肩を押されるようにして、部屋の中に押し込まれる。ベッドに押し倒される中、俺はヨアンヌの手に見慣れた小瓶が握られているのに気付いた。媚薬入れだ。
「すみませんヨアンヌ様……本日は体調が悪く、そういう気分ではなくて……」
「何だ、せっかく準備してきたのに。まあいい、看病してやるよ」
期待して潤んだ瞳が、失望の色を帯びる。ヨアンヌはローブのポケットに小瓶をしまうと、勝手知ったる動作で俺のベッドにダイブした。
「ん。隣、おいで」
ヨアンヌが腕の横に作ったスペースをポンポンと叩き、ベッドに誘ってくる。これまでのヨアンヌであれば、俺の体調など気にすることなく媚薬を一気に煽って衝動の限りを尽くしたのだろうが……何か心境の変化があったのだろうか。
嫌悪感と恐怖と期待感と情欲が混じりあったまま、俺は彼女の隣に寝転がる。ヨアンヌは満足そうに頬を綻ばせると、慈愛に満ちた表情で俺の背中に手を回してきた。これまで力に任せた抱擁が多かったのに対して、今回の抱擁はどこか優しかった。
(ダメだ。ヨアンヌが近くにいると何も考えられなくなる……)
目眩と安堵感のブレンドを呑まされながら目を閉じようとしたところ、ヨアンヌが突如胸を押さえて苦しみ出す。
「うっ……く、胸が……」
「……ヨアンヌ様? ――うッ!?」
彼女が呻くと同時、心臓が鋭く痛む。自己矛盾による嘔気を堪えながら、俺は彼女を労わるように手を伸ばす。ヨアンヌは俺の手を取ると、自らの頬に擦り合わせながら「大丈夫だ」と首を振った。
「少し落ち着いた……うん。オマエの断片が流れ込んできて、胸の中がぐちゃぐちゃになりそうだけど……」
彼女の言葉の意図するところは分からなかったが、彼女の胸痛は止まったようだ。それと同時に俺の心臓の痛みも止まっていた。
改めて包まれるように抱き締められ、俺の顔は彼女の豊満な双丘に埋められた。途方もない矛盾の感情が湧き上がり、腸が抉られるかのような不快感と恍惚が襲い来る。
「……本日は私を襲うためにこの部屋に来たのでは? 看病に時間を割くなど本意ではなかったはずです」
「あ〜、まあアレだ。心変わりがあったんだよ」
「はあ……」
「それにしてもオマエ、面白い記憶を持ってるんだな」
「え?」
記憶?
この女は何を言っている?
「……ボヤけてて見えにくかったが……あは、あはは。オマエのことがどんどん分かってきたぞ。こんなに嬉しいことはない。好きな人の心が読めるなんて、アタシは世界一の幸せ者だ」
ヨアンヌの桜色の唇が額に当てられる。
柔らかさと温かさが額に触れた瞬間、全身に電流のような感覚が迸った。
瞼の裏に直接映像が流れ込んでくる。俺のモノではない、ヨアンヌの記憶の断片と思しき映像。強制的に追体験させられる。
誰かの記憶の映像は、崩壊しかかった教会の中で向かい合う仮面の男と正教の神父を映すところから始まった。
炎の魔法を扱おうと手を翳す神父だったが、アーロスの生み出した『影』の壁によって魔法を弾き飛ばされる。遠距離攻撃が通じないことを悟った神父はアーロスに近接戦闘を仕掛けようとするが、彼の両手が届く間合いは極めて危険であり――
ハイリスクハイリターンの賭けに敗北した神父は、アーロスに下半身を吹き飛ばされた。そのまま頭部を直接鷲掴みにされて、神父の寿命が凄まじい勢いで吸い取られていく。
炎を撒き散らして暴れる神父。全ての攻撃を防御したアーロスは、ものの数十秒で神父を老衰死させた。アーロスは神父の死を確認すると、死体を放り投げて襟を正す。記憶の主に気付いていた彼は、影を引っ込めた後、靴を鳴らしながら近付いてくる。
『……お嬢さん。あなたは逃げないのですか?』
記憶の主の目の前で膝を着き、視線の高さを合わせるアーロス。
砂嵐が掛かったような映像の中、記憶の主は大きく頷いた。
『私が怖くないと?』
もう一度、視界が縦に揺れる。
『面白いお嬢さんですね。……私の名前はアーロス・ホークアイ。あなたは?』
仮面の男が記憶の主に手を差し伸べてくる。
記憶の主が言葉を発するが、何故か聞こえない。
ただ、『良い名前ですね』とだけ言われて、頭を優しく撫でられた。
『ケネス正教の支配するゲルイド神聖国は苦しみで溢れています。――どうですか。私と共に、苦しみのない理想の国を作ってみませんか』
アーロスの呼び掛けに頷いた記憶の主は、彼の手のひらに蠢いていた影に触れる。そこで夢が覚め、ヨアンヌの薄い色をした双丘が視界いっぱいに映った。
(い、今の記憶は……?)
恐らく記憶の主はヨアンヌだ。だが、あんな場面を原作プレイ中に見た記憶はない。数行のテキストで済まされていたか、ある程度も考察しないと分からない場面だったか。
とにかく、今のフラッシュバックは偶然じゃない。先刻のヨアンヌの発言を思い出せ。「オマエ、面白い記憶を持ってるんだな」――そうだ、彼女は俺の記憶を覗き見たのだ。俺が彼女の記憶を覗いてしまったように。
俺は全身の筋肉を弛緩させられるような絶望に襲われた。
日本の記憶。原作ゲームの記憶。これらの記憶を覗かれたら俺は終わりだ。ひいては正教サイドの勝ち目が消え失せる。
何故。どうしてこんなことに。後頭部を撫でられながら、視界が大きく歪む。もうめちゃくちゃだ。何もかもが。あの時死んだ方がマシだったのかもしれない。覚悟なんて決めずに、野垂れ死にした方が幸せだったんだ。
頭上でヨアンヌが息を吸う音が聞こえる。
記憶を暴かれてしまう。脱力感が全身を支配する。
だが、ヨアンヌの語った俺の記憶は――
「……
俺の中の認識と、著しく矛盾を引き起こすものだった。