全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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三九話 本日の御品書き:臓器交換洗脳バトル、鮮魚の腹開き

 人間の臓器は繊細である。言わずと知れたことだが、前準備もなく他人の身体にホイホイ移植できるものではない。

 そもそも他人に提供可能な臓器はそう多くなく、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球という一〇にも満たない臓器しか対象にないのである。

 

 通常であれば、血液型、抗体の反応、身体の健康状態……様々な検査と工程を踏んだ上で移植手術が行われる。

 それが行われる際は、細心の注意を払った上で科学技術の全てが注ぎ込まれるのだが――

 

 この世界に生きるヨアンヌに、そういった知識が備わっているはずもなかった。ヨアンヌには自分の血液型を知る機会なんて無いし、抗体と言われても頭の上にハテナマークが浮かぶだろう。

 それ故に、本来大手術となるはずの臓器移植は、清潔感や科学技術とは無縁の我武者羅な猟奇的行為に成り下がった。

 

 彼女にはメス捌きのように人を切り開く技術があったものの、縫合などの治す技術を身につけているわけではない。治癒魔法を乱雑に重ね掛けすること以外は、壊すことに特化してナイフを使い続けた。

 ヨアンヌは人体の繊細さを気にすることなく、大雑把かつ迅速に身体を捌いて切り分けていく。そして肉体交換の快感と注ぎ込まれる別人格の虜になっていった。

 

(ずっとずっとオマエの心が分からなかった。正直なところ、何を考えているか見えてこなかった。でも、オマエの一部を感じる度に分かることが増えていく……)

 

 想い人の中に手を突っ込み、自分のモノと入れ替えて掻き混ぜる。腹中に手を入れられて念入りに触られる度に、オクリーはその表情を歪めて苦しげに唸っていた。

 どうしようもなく疼く嗜虐の心。自分より背の高い男が、粘膜をなぞられただけで情けなく喘いでいる。その事実がどうしようもなくヨアンヌの行為を加速させた。

 

「おいおいオクリー、さっきまでの威勢はどうした? もうへばってるじゃないか」

 

 オクリーの目尻に浮かぶ涙を舐め取るヨアンヌ。既に二人の身体はどちらのモノとも分からぬ深紅の液体に塗れており、せっかく新築した個室も全てが赤に染まっていた。人体解体の匠による見るも無惨な劇的リフォームである。

 

 オクリーは息を荒らげながら苦痛に耐え忍んでいた。流石の彼も身体の中を掻き回されるのは堪えるようである。しかし、オクリーはすぐに余裕の表情を取り繕ってヨアンヌを煽った。

 

「ヨアンヌ様こそ、滝のような汗を掻いているではありませんか」

 

 オクリーはヨアンヌに馬乗りにされながら虚勢を張る。その指摘は図星であり、ヨアンヌは次々に流し込まれるオクリーの人格に自我を揺らがされていた。

 

 さて、ここでオクリーの状態を説明するために、とある魚の開き方について言及しよう。

 魚の開き方の基本に、腹開きというものがある。包丁を魚の頭に近い腹側から入れていき、魚の片身が背中側で繋がった状態になるよう背骨に沿って真っ直ぐに腹側を開く方法である。

 

 内臓交換洗脳バトルを行うという特殊な目的上、とある魚の開き方に似た開き方が最適解であったわけだ。

 

 スティーラ曰く――魚料理は美味しく、そして正教徒を腹開きにして踊り食いするのもまた美味であるとか。

 

 それはさておき、治癒魔法をかけられて止血されているとはいえ、腹開き(・・・)の状態で口を利けるオクリーは相当の逸物である。

 ヨアンヌも同じような状態だが、彼女には一欠片の肉片から瞬時に肉体を全回復させる爆発的な治癒魔法が備わっているのだ。

 

 ヨアンヌはノーリスクの腹開きが可能だが、オクリーは血を流せば流すだけ死の危険が迫り来ることになる。リスクの面で決定的な隔たりがあるわけだ。

 また、致命傷を治癒魔法で即座に治療することもできないため、現在進行形でオクリーは死に向かっていると言って良いだろう。

 

 オクリーとしては早めに臓器交換に着手してほしかったのだが、ヨアンヌがいちいち余韻に浸るため中々作業が進まない。

 だが、ヨアンヌが作業を進めないのは間接的にオクリーのせいでもあった。オクリーが触れられる度に可愛らしい反応ばかり見せるから、煽るような言動を見せるから、本気でヨアンヌと向き合ってこなかったから――彼女は滅多に味わえない猟奇的行為(コミュニケーション)を噛み締めるしかないのである。

 

(あぁ、楽しいなオクリー……お互いに本気だから分かることがある。オマエは生きるために必死だったんだな)

 

 流れ込むオクリーの自我を通じて、ヨアンヌは初めてオクリーと対話らしい対話をしていると思った。

 オクリーとヨアンヌの会話は、表面をなぞるような上辺だけの会話が多かったと記憶している。特にオクリー。彼がヨアンヌに話しかけることは非常に少なく、ヨアンヌに話しかけられるという受け身の展開が多かった。

 

 愛情のキャッチボールは難しい。ボールを投げる側ばかりになってしまうと「相手は自分のことを好きじゃなくなったのかも」と心配してしまう。たまには相手に投げ返してほしいと思ってしまうものなのだ。

 その例に漏れず、ヨアンヌは表情変化に乏しいオクリーの様子に不安を抱いていた。

 

(最近のオマエはアタシの言葉に頷くだけで、愛を囁いてくれたわけじゃなかった。アタシから話しかけるばかりで、オマエから話しかけてくれることはほとんどなかった。……でも、本当は狂いそうなほどアタシのことを好きでいてくれたんだな……)

 

 自分からキスをしてくれたのは、どさくさに紛れての一度しかない。フアンキロの目の前で交わされたファーストキスだ。しかし、それ以外はヨアンヌから求めるばかり。こんなに可愛い彼女がいるのに求めてくれないなんてどういうことだ。他に女でもいるのだろうか――

 などと思っていたのだが、どうやらオクリーは普通の恋愛はそこそこに、ヨアンヌの異常な愛にとことん付き合ってくれるようだ。それこそオクリーなりの愛。死の危険を冒してでも示したい愛の形なのだとヨアンヌは納得していた。

 

 そして、オクリーに対するヨアンヌの愛もまた深く――

 心の有り様がケネス正教然としているオクリーを幹部会で吊し上げようとせず、あくまで愛の行為と対話によって解決に導こうとしているのだから、オクリーにとってそれは類稀なる幸運であった。

 

(オマエの記憶が流れ込んでくると無性に嬉しくなる。オマエの喜び、怒り、苦しみ、悲しみ、全部欲しいよ。さあ、もっともっと教えてくれ――)

 

 水から上げたばかりの鮮魚の如く動き回る心臓は既に交換済み。比較的交換が簡単な小さな部位から手にかけていく。肺や大腸などのとびきり大きな部位は後々のお楽しみだ。

 選別して、おもむろに切って、融合させる。気になった箇所から次々に交換して、心の中に疼く欲望を満たしていく。正気とは思えぬ性欲の発散方法。その狂気はオクリーの精神を呑み込み、発狂寸前まで追い込んだ。

 

 交換の工程が進むと、ヨアンヌの狂気に強烈な抑制が掛かる。オクリーの精神とヨアンヌの精神が撹拌され、彼の身体が体験した記憶と元の記憶が混濁していく。

 

「う……これもオマエの記憶か……」

 

 メタシム崩壊で発狂した時の激情が流れ込んでくる。

 流石のヨアンヌと言えどもあの時のオクリーの支離滅裂な思考回路の奔流を受け止めるのは辛かったらしく、ナイフを扱う手を止めて思考回路の鎮静に当たった。

 

 記憶転移で読み取れる記憶は朧気なものだ。記憶の随所に砂嵐がかかり、決定的なことは読み取れない。ただひとつ分かるのは、メタシム崩壊で喪った人物はオクリーにとって心の拠り所となっていた人物だったこと。

 

(この人間は『アルフィー』のこと? 何が本当で何が嘘なのか、今のアタシじゃしっちゃかめっちゃかになって判断できそうにない……)

 

 迷い続けるオクリーの心。彼の味わった苦痛がそっくり(・・・・)そのまま(・・・・)ヨアンヌの剥き出しの心に叩き込まれるのだ。記憶障害の進行と相まって、どれだけ足掻こうと人格汚染は着実に進む。

 

 オクリーの洗脳に対抗するため、ヨアンヌはかけがえのない記憶を掘り起こした。

 オクリーと紡いだ思い出が脳髄を焦がす。

 

 彼と初めて出会ったあの日。絶対的存在である正教幹部(セレスティア)に食らいつき、クロスボウで援護してくれた。裸だった自分を見かねて、ローブを掛けてくれた。

 彼はヨアンヌのことを年頃の少女だと考え、気遣ってくれたのだ。アーロスのために心身を捧げて働いてきたヨアンヌにとって、女性扱いされることは初めての経験だった。

 そして何よりも、最低限の礼節は弁えつつ、どこかフランクな彼の態度は初めて味わうものだった。彼にローブを掛けられてから、オクリーという名前の響きを片時も忘れられなくなった。

 

 そして、オクリーは信徒の証であるペンダントに肉片を入れてくれた。教祖アーロスと同じくらい大切に思っています――そんな言外の告白をされたのだ。

 初めての恋が実った瞬間である。セレスティアとの二度目の戦闘が終わってから恋心を確信したヨアンヌは、想いを確かめ合うべく確認程度の告白を敢行した。結果は『両想い』。ヨアンヌの薬指がプレゼントされ、晴れて二人は恋人となった。

 

 それからは順調にステップを踏んで、キスをするところまで関係が進展した。

 一緒のベッドで一夜を明かしたり、お風呂に入って背中を洗ってもらったり、他愛ない世間話をしたり、くすぐりあったり、意味もなく笑い合ったり――

 

 彼と重ねた時は、かけがえのない思い出だ。

 初めての恋。初めての恋人。

 ああ、どうしようもなく、恋に狂っている。

 でも、それがヨアンヌにとっての幸せだった。

 

(オマエを好きになった瞬間から、何があろうとオマエの味方でいようと思った! どんな失敗を起こしても赦そうと思った! あの時のアタシの決意は――今も感じているこの気持ちは嘘じゃない!!)

 

 ――オクリーの心を完全にアーロス寺院教団に染め上げる。それがヨアンヌの渇望だった。

 彼が敵対者なのは理解できている。だが、彼と敵対したまま終わることを受け入れられなかった。何故なら、ヨアンヌ・サガミクスはオクリー・マーキュリーを大好きだから。愛しているから。

 

 同じ組織で、同じ目標に向いて、幸せな世界を創りたい。

 この気持ちは間違いじゃないはずだ。

 

「アタシは手強いぞ、オクリー……!」

「っ……」

 

 対するオクリーは、ヨアンヌの狂気が純度一〇〇パーセントで与えられているためか、絶叫を噛み殺して精神攻撃に耐え忍んでいる様子だった。

 失血と激痛と汚染の合わせ技によって、形勢的に言えば一般人の彼の方が厳しい立ち位置にある。どれだけ贔屓目に見ても、強靭な精神力を持ち合わせたヨアンヌに叶うはずがなかった。

 

 不毛な我慢比べは、心臓、膵臓、腎臓、脾臓、小腸、その他多少の骨や肉が交換されようと止まらない。どちらかが決定的に折れるまで、壊れるまで、人格を喪失するまで止まらない。

 それでもオクリーはこの勝負に勝ちを見出していた。その確信は、オクリーという人間の人格が削られていくごとに強くなっていく。彼はヨアンヌを内部から責め立てながら、今度は言葉による攻勢に打って出た。

 

「私はヨアンヌ様のことが大嫌いです。今この瞬間もあなたを殺したいと考えている」

「……ふっ。その発言は、少しだけ堪えるな……」

 

 オクリーの言葉に、ヨアンヌの乙女心が揺さぶられる。

 しかし、その発言に嘘が入り込んでいるとヨアンヌは分かっていた。

 

(……オクリー。オマエはアタシのことを恐れつつも、心のどこかで本当に好きになってくれていた。記憶を見れば分かるんだよ……この嘘つきめ……)

 

 矛盾したオクリーの心さえも理解し始めていたヨアンヌは、血みどろの手でオクリーの頬を撫でる。

 

「何を言われようと構わない。アタシはケネス正教に引っ張られているオマエの心を取り戻す。オクリー・マーキュリー……オマエはアタシ達と一緒に理想の世界を創るんだよ」

「私はアーロス寺院教団の全てを破壊するつもりです。ヨアンヌ様も、フアンキロ様も、ポーク様も、スティーラ様も、アーロス様も、他の教徒も、全員一人残らず殺してやりますから」

「……わからず屋」

「何とでも言ってください」

「アタシはオマエのことが本当に好きなんだ」

「情に訴えかけようと無駄なことです」

 

 ヨアンヌはオクリーの唇をそっと塞ぎながら、現状のままでは一生平行線なことを悟った。

 刹那の悲哀。短くない時間を共に過ごしていても分かり合えていなかったことによる一抹の寂しさ。ヨアンヌの頬に、血と混じって紅く染まった涙が溢れ落ちる。

 

 唇をそっと離した二人は、至近距離で見つめ合う。

 

「分かり合える道は二つに一つ」

「オマエがアタシを洗脳するか」

「あなたが私を洗脳するか」

 

 涙を拭ったヨアンヌが、覚悟を決める。

 二人が()むのは、心身を削った対話の上での決着。

 

 力の差を考えるならば、この場を設けずともオクリーの精神を支配することなど容易かった。

 ヨアンヌがあくまで対等な決着を受け入れたのは、想い人と死力を尽くした対話をしたかったからに過ぎない。

 

「アタシはオマエが好きだから――」

「私はあなたが嫌いだから――」

「全力でオマエを受け入れる」

「全力であなたを拒絶する」

 

 肺を交換する。莫大な量の血が吹き出し、オクリーが白目を剥いて吐血する。しかして、ヨアンヌは前傾姿勢になったオクリーをふわりと抱擁した。

 彼女の優しさに触れて、痙攣しながら覚醒するオクリー。赤黒い前髪を指でそっと掻き上げたヨアンヌは、「まだまだ出来るだろう? アタシが惚れた男がこの程度で死ぬわけが無いからな」と囁いた。

 それに対して、オクリーは力のない笑みを浮かべた。全くしょうがない女だと、呆れたように。

 

 死による決着は望まない。ヨアンヌはあくまで対話による決着を望んでいる。

 

 大腸を交換する。オクリーの身体が限界を迎えそうになったが、彼は絶叫しながら現世に戻ってくる。

 

 お互いに本気だから、譲れない。

 お互いに本気だから、負けられない。

 

 正義のため。

 大好きな人のため。

 

 ――絶対に、負けられない。

 

 夜が更け、壮大な対話は佳境を迎えていた――

 

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