全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
四一話 余韻とは程遠い爪痕
ヨアンヌは俺の両腕に抱かれて、眠るように気を失っていた。
脳の処理が追いつかなくなり、気を失うしかなかったのかもしれない。恐らく俺の自我とヨアンヌの自我が撹拌され、新たな別人格を形成している最中なのだろう。
その結果どんな人間が生まれるかは分からないが、彼女が感じてきた過去が消えるわけではない。結局彼女の目が覚めるまでは何も分からないか。
「……終わった……のか……」
考えうる限りの最悪な展開は、俺が敗北してヨアンヌやアーロス寺院教団に染まり切ることだった。そうなれば今までの苦労は報われず、俺の覚悟が表に出ることもなく破滅エンドを迎えていただろう。
俺の心が汚染され切った状態なら、その結末は主観的には最高の幸せに他ならなかっただろうが――俺は這い寄る混沌から逃げ切った。甘い誘惑に見向きすらしなかったのだ。だからこうして自我を温存することができた。
俺は腕の中で身体を丸めるヨアンヌを見下ろす。
ヨアンヌの目の縁に溜まっていた涙を人差し指で拭ってやると、先程大泣きしていたせいか赤く腫れた目尻が明らかになる。痛々しい腫れ跡は、彼女の白く透明な肌と対照的に映った。
一言も話さないヨアンヌの姿を確認して、俺は掴み取った勝利の余韻をひしひしと噛み締めた。
――勝った。生き残った。
多大な犠牲を払って、俺はヨアンヌに勝利したのだ。
大量の血液と肉、胴体中の内臓の全て、自我の一部、慢性的な精神汚染と体調不良の付与――たった一人の幹部の精神を打ち砕くために、これだけのものが必要だった。正攻法ではなく最短距離で攻略したにも関わらず、である。
この勝利には奇跡的なまでの運と前提条件が必要だった。ヨアンヌのように力を持つ者が偶然俺のことを狂おしいほどに愛してくれていて、尚且つ俺の望む土俵で勝負をしてくれて――勝つか負けるか五分五分の運否天賦に持ち込めたからこその結果だ。
突き詰めれば、俺が強いから勝てたわけではなく、ヨアンヌが惚れた弱みで負けただけ。その気持ちの強さを含めて運任せだったのだが――とにかく俺は勝った。もう猟奇的行為に走らなくても良いのだと思うと、少しの名残惜しさと安心感に包まれた。
絶望的な脱力感と疲労に襲われて、俺はヨアンヌにしなだれかかるようにして上体を倒れ込ませる。呼吸が浅くなって、必死に酸素を吸い込んでいるのに視界が明滅し始めた。
喜びと共に辛苦を噛み締める。このくらいの苦痛なら安いものだ。元々の内臓がどこに消えようと構わなかった。俺は元々長生きできない身体なのだ。健康なんてクソ喰らえ。多少の自我もくれてやる。
持たざる者の全てを賭けた逆襲、一世一代の大勝負――負ければ全てを打ち砕かれるという覚悟でヨアンヌとの対決に臨み、勝利した。後悔はなかった。
(しかし、精神汚染が想像以上に凄まじいな……)
ヨアンヌは俺の自我に呑まれてしまったが、俺と彼女の残滓のせめぎ合いは死ぬまで続くことになる。これからも俺自身が正気でいようとする限り、ヨアンヌの狂気と対峙し続けなければいけないのだ。
それ込みの覚悟だった。不可逆な疵を受け入れてでもヨアンヌという味方が欲しかった。不死同然の怪物で、かつ俺のことをどうしようもなく愛してくれている邪教幹部。このチャンスを逃すくらいだったら、それこそ死んだ方がマシだったかもしれない。
俺は身体を起こし、もたれかかったヨアンヌの華奢な肩を掴む。完全に気を失っているヨアンヌは、少し動かされただけで首を左右に揺らしている状態だ。
部屋の中の生暖かい空気が身体の内側に触れ、妙な悪寒に襲われる。
(うっ……まずい。まだ胸部を開きっぱなしなのに、回復手段が……)
腹部はともかく、俺は未だに胸部を塞いでもらっていない。そちらの傷もしっかり治癒魔法で治してもらわないと、死闘を潜り抜けてきたにも関わらず無駄死にすることになる。
「お、おい。起きろ……起きてくれヨアンヌ……」
出血自体は緩慢になっていたが、既に俺は
「……力が――」
縋るような行為も虚しく、力尽きた俺はベッドからずり落ちてしまった。大きな音を立てて血の海に叩き付けられ、視界の四隅に火花が散る。
(ど――どうにか部屋の外に助けを――)
全身を
必死の思いでドアノブに手を伸ばそうとして、匍匐姿勢では届かないことに絶望する。
そんな中、部屋の外から踏み鳴らすような足音が接近してくるのに気付いた。次の瞬間――怒りに任せて叩き鳴らすようなノックが二度三度響き渡る。木の扉が軋み、ぶち破られるかと思えるようなノックだった。
続けて、扉を隔てて怒りの声が向けられる。激怒するポークの声だった。
『こんな夜中にギシギシギシギシ――少しは我慢するつもりだったけどさぁ、一時間もやり続けるのは流石に盛り上がり過ぎだろ!!』
俺はほっとしながら彼女の訪問を喜んだ。誤解を解く気にもならない。というか、扉を開けば一瞬で誤解は解けるだろう。
『なぁ、いい加減にしてくれよ!! 今から小一時間説教してもいいかな!? 良いよね!? 行為中にも関わらず入りまぁす!!』
部屋の中の様子をつゆ知らず、ポークは一方的に捲し立てると扉を勢いよく押し開いた。ばしゃ、と波打つような音。ドアノブに加えられただろう力とは裏腹に、部屋の中に溜まった血液の水圧によって扉は非常にゆっくりと開かれた。
「――え」
異常を察したポークの声。緩慢に開かれたドアが甲高い悲鳴を上げる。廊下から射し込む照明に照らされて、赤黒く激変した個室の内装が明らかになった。
ポークの足元をすり抜けるようにして廊下へ流れ出す血の河。血と脂に塗れた壁。ランプの光を遮断する乾いた血痕。赤い海に沈んだかのようなベッド。その異様な光景は、ポークの怒気を瞬く間に引っ込ませた。
「……な、何これ」
異界に足を踏み入れたかのように顔を真っ青にするポーク。彼女は足元に転がる瀕死の俺を見て異常を感じ取ったのか、寝巻きと肌の隙間から毒の
彼女の視線は戦闘モードさながら。俺を一瞥した後、ポークはベッドの上で眠りにつくヨアンヌを睨みつける。彼女の胸が呼吸によって上下しているのに気付いて、ポークはようやく棘を引っ込めた。
「……そういえば、二人のコミュニケーションはボクの思っているものと全く違うんだったね……」
額の汗を拭ったポークは、俺に質問をすることなく治癒魔法で傷の手当をしてくれるようだった。彼女は俺の胸に手を当てると、不承不承といった雰囲気で俺の傷を回復してくれる。
教団の利益を齎すような行動の末の名誉の負傷ならまだしも、欲望に任せた行為によって刻まれた傷だ。ポークも良い気はしないだろう。その目は非常に冷たかった。
だが、この勘違いは俺にとって追い風だ。ヨアンヌや俺がどれだけ血を流そうと、二人の性癖を追求した結果のコミュニケーションですという言い訳が通るのだから。
ただ、正直に「臓器を交換して記憶転移を意図的に引き起こし、互いの自我を侵食して洗脳を引き起こす真剣勝負をしていました」と言ってもポークは信じてくれないだろう。高い確率でこう返される。お前は頭がおかしくなったのか、と。実際、言葉にしてみると悍ましいことをしていたなと他人事のように思う。
治療されている間は手持ち無沙汰だったので、強烈な痛みを孕んだ頭部を動かさないようにしつつ、ポークの格好を見ることにした――というか、彼女が目の前にいるので見るしかなかった。
彼女の寝巻きは臍部が露出するスポーティなタイプのもので、腹部では引き締まった鼠径部と毒の棘が見え隠れしていた。毒の棘を完全に収納しないのは、状況を理解したとはいえ気が立っているため棘を出していないと安心できないからだろう。まるで心霊現象を目の当たりにした人間のようである。可哀想な人だ。
「何をしていたかは聞かないよ。……その傷を見れば大体分かっちゃうし」
「すみません、
「そういうことは言わなくていいっ」
ポークは喚きながらも、立ち上がろうとする俺に手を貸してくれた。彼女の手を取って何とか直立すると、俺の部屋がいかに汚れているかが分かった。この部屋はもう使えそうにない。
「はぁぁ、一応ヨアンヌも回復してやるか」
「ご迷惑をお掛けします」
「本当だよ。これからは拷問室を使ってね?」
「そうします」
壁に手を付きながら廊下に出る。下半身に身につけた衣服は赤を超えて真っ黒で、目につく何もかもが非現実的だった。
廊下に座り込んで呼吸を整えていると、ゴツゴツという特徴的な足音が俺の隣で鳴り止んだ。横目で音の源を探ると、そこには厚底のローファーがぴたりと揃えられていた。
視線を上に上げていく。フリル付きの黒いニーハイソックス。膝下スカート。そして股下を見上げる形になったためか、その少女はスカートの裾を押さえるようにして咳払いしてきた。
「……変態、おやめなさい」
「そういうつもりでは」
血の匂いに釣られてやって来たのは、人体を食材として評価する狂人スティーラである。彼女は真顔のまま頬を膨らませ、スカートの中を覗き込もうとした不届き者に対してぷんすか怒ったような態度を取った。
しかし彼女のゴスロリ衣装はスカートの中の防御が完璧なので、下から見上げようと下着が見えることはない。まあ、防御されているとはいえスカートの中を見られたら良い気はしないだろう。俺は素直に頭を下げた。
「……美味しそうな匂いがすると思ったら、凄いことになっていた」
「ええ、まぁ……」
スティーラの抑揚のない言葉に対して、俺は返答を濁す。傷を回復できたのはいいが、今こいつがヨアンヌに近付くのは嫌な感じがする。彼女は鋭い視線を俺の胴体に縫い付けると、表情を変えないまま口元に手を当てた。
「……驚き。……
「…………」
「……接ぎ木に興味はない。……純粋な環境で育てられた脳だけが楽しみになった」
スティーラは俺の部屋から足元に溢れ出した血液を掬い取ると、赤い舌でちろりと舐めて口の中に転がす。彼女は一瞬顔を顰めた後、小さく咳払いして踵を返した。
「……不思議な味。……一体どんな交わり方をしたのか、今度聞かせてもらおうかしら」
そう言い残すと、彼女は闇に消えていった。
血の香りと味に敏感なスティーラ。彼女は俺の身体を一瞥し、鋭い嗅覚で感じ取っただけで先刻の内臓交換の全てを理解してしまった。しかも、血を舐めただけで行為の凡そを把握してしまう感受性の高さ。ポークは部屋の中を恐る恐る見回っているだけなのに……スティーラは鋭すぎる。
ヨアンヌが倒れた今、スティーラ、フアンキロ、ポーク、セレスティアの四人が要警戒対象だな。
「ポーク様」
「もういいよ、行った行った」
「失礼致します」
部屋を汚しっぱなしの俺に投げやりな態度を取るポーク。いくら俺の個室とはいえ、教団所有の建物を汚されて良い気がしないのだろう。寝巻きの隙間から生やした棘に掃除道具を持たせ、あちこちに付着した血液を拭き取る作業に夢中だった。
そのポークがさっさと退出するように急かしてきたので、俺は逆らわずにその場を後にする。目覚めたヨアンヌと一番最初に対面したかったので、彼女を連れていくのを忘れない。
「あ、ヨアンヌの部屋は分かるよね?」
「はい。おやすみなさいませ、ポーク様」
「はいはい」
鉛のように重い脚を引きずって、ヨアンヌの部屋に向かう。ヨアンヌの体重は非常に軽いはずだったが、今の俺にとっては耐え難い重しのように思えた。