全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
ヨアンヌの部屋の扉を脚で押し開けると、彼女の混沌とした性格とは裏腹に整理された内装が視界に飛び込んでくる。彼女なりに身嗜みには気を遣っていたのか、机の上に置かれた高級そうな櫛や鏡などの小道具が目についた。
――そういえばさっき触れ合っていた時、いつもより髪の毛がさらさらしていたかもしれない。すぐに血を被ったから分からなくなったが、こういう一面を見せられると絶妙な気持ちになる。
ベッドに寝かせる前に身体中に付着した血と肉片を拭き取り、シーツの上にタオルを敷く。見える限りの汚れを拭っても鉄の香りが漂っていたが、意識のない人間を風呂に入れる元気は残っていなかった。
俺はヨアンヌを寝かせた後、その隣の空間に収まるようにして身体を倒す。横になった途端抗えない眠気に襲われて、俺は素直に目を閉じた。
軽く目を閉じたつもりが、次の瞬間には太陽の光が射し込んでいた。睡眠というよりは気絶に近い意識の喪失である。
猛烈な疲れに再三の眠気を感じながら、二度寝の欲望に誘われて寝返りを打つ。すると、横にスライドするようにしてヨアンヌの微睡む顔が視界に入ってきた。
相も変わらず好意に満ちた眼差し。より混沌に満ちたような螺旋状の瞳が俺の双眸を覗き込んでいる。俺の驚いた表情を見て、その口元には微笑とも羞恥ともつかないものが浮かび始めた。
「……ん。おはよ、オクリー」
「ヨアンヌ様……目覚めたのですか」
「一時間くらい前にな」
目覚めてから一時間もの間、俺の寝顔を見つめ続けていたのだろう。あれだけの行為をしたというのに、惚けたように頬が染まっていた。
「初めましてというか、久しぶりというか。……身体は大丈夫なのか?」
「ええ、まぁ……ヨアンヌ様は大丈夫なのですか?」
「アタシ? アタシは変わってないよ。主観的にはな」
変わったような、変わっていないような。口調は相変わらずなのに、内包された雰囲気がどこか親しみやすくなったような――或いはより現世からかけ離れていくような――異常と正常が共存するかの如きヨアンヌの雰囲気に、俺は何と反応して良いか困ってしまう。
俺はヨアンヌを記憶転移によって洗脳し、仲間としてこちら側に引き込んだ。しかし、俺が起こした洗脳はポークやアーロスのように分かりやすい能力の結果で現れるわけではない。彼女の精神が
無理矢理他我を植え付けて同調させやすくするものだから――どちらかというと精神汚染の類か。俺に対する好意と正教への帰属意識が植え付けられ、彼女の行動を把握しやすくなっただけだ。
「……少し話しましょうか」
「その前に風呂に入りたい。身体中体液でベタベタだからな」
「私もです」
「決まりだな。オマエと風呂なんていつぶりだ?」
ヨアンヌは俺の命令を全て聞いてくれる都合の良い存在になったわけではない。むしろ、混沌とした俺の精神と混ざり合ってしまったために、妙な狡猾さと慎重さと迂闊さと更なる覚悟を手にしてしまった恐れがある。
俺は俺自身の精神状態を完全に把握しているわけではない。それが何より怖いのだ。ある程度理解できていたヨアンヌの精神を悪化させた可能性が捨て切れない。もちろん良い方向の変化も期待しているのだが、性格上どうしても心配が前に出てきてしまう。
何が変わっていて、何が変わっていないのか。
会話しながら確かめていくしかないな。
俺達は血みどろの身体を清めるべく大浴場に足を踏み入れる。余程臭いが酷かったのか、すれ違った者――主にポーク――には物凄い顔をされた。
酷い顔をされたついでに聞いてみたところ、ポークが俺の部屋に足を踏み入れてから丸一日が経っていたらしい。結果的に一日中血塗れの身体を洗わなかったのだから、そりゃ悪臭もするだろう。
脱衣場で服を全て脱ぎ去り、鏡の前に立つ。
――喉仏の下から下腹部までを縦に一閃する、赤黒い縫合痕のような醜い傷痕。俺はその縦線を指でなぞった。
触れると痛みがある。その痛みは、先日の行為が夢でないことを示していた。
幹部の治癒魔法は他人に扱うとその効果が薄くなる。しばらく前に行った人体実験の傷はあちこちに刻まれていたが、時間が経過して随分見えにくくなった。しかし、腹を切り開いたこの傷は一生消えないのだろうと薄ら思う。
この傷の向こうにはヨアンヌの内臓が敷き詰められている。そして、彼女の小さな胴の内側にも俺の内臓が収まっている。そう考えると、全身の血が踊り狂うようだった。
(……なるほど、今の俺は興奮してしまっている。いつの間にかヨアンヌの性癖も転移したようだな。これは想像以上に不可逆な侵略だ)
この興奮は、誤魔化しようがないほど性的興奮のそれだった。彼女の中で生きている俺の消化器官の音を聞きたい。俺の中に息
以前の俺なら、こんな邪道な性癖など持ち合わせていなかった。あくまで普通のそれだったはずだ。……そう言い切れる自信はないが。
(俺の汚染以上にヨアンヌが作り替えられているなら、随分と話しやすくなりそうなものだが……)
最悪な展開は、性癖を初めとする俺の中の常識が倒錯してしまうこと。現在進行形で進む精神汚染に呑まれること。
元々の関係性が『
『狂人と狂人』――の関係性については考えないことにする。
(……もしかすると、
今の俺の精神状態は誰にも分からない。虚偽の発言を見抜くフアンキロの能力は無力化できたも同然だ。窮地に立たされている今の俺にもやれることはある。どれだけ追い詰められようと、現実に絶望することはないのだ。
鏡の前で物思いにふけっていた俺は、突然誰かに手を取られたことに驚いて身を翻す。ヨアンヌが俺を大浴場へと誘ってくれているようだった。
「オクリー、入ろ?」
「そうですね」
温い湯でヨアンヌの髪を梳くと、赤い帯を溶かしたような水が床に流れていく。不潔による感染症が少し怖かったが、何の後ろ盾もなく内臓を交換しているので今更だ。
お互いの身体を洗う中で、俺は彼女の胴部に視線を吸い寄せられる。彼女の身体は嫌な意味で見慣れてしまった。何ならもっと深い部分まで覗いてしまっている。彼女の裸を見てもときめかないどころか、その内側の部分を想像してしまって興奮と嘔気の混じった複雑な気持ちにさせられた。
興奮はヨアンヌ、嘔気は俺。
身体を隅々まで洗いっこして、湯船に浸かる。洗い切れなかった血の塊が湯船の中に揺蕩う。俺達の間には妙な沈黙が流れていた。
いつまで経ってもヨアンヌが口を開かないので、俺は単刀直入に切り込むことにする。
「……私の目的は当然理解していると思いますが、改めて聞きます。……私と共にアーロス寺院教団を滅ぼしてくれますか?」
緊張の一瞬。湯船に張った水が揺らめく気配がする。
少し間を置いて、ヨアンヌが俺の目の前にやってきた。渦巻く翡翠の双眸は真剣味を帯び、俺の問いに明確な返答を返してくれる。
「あぁ。長い道のりになるだろうが、よろしく頼む」
嘘偽りない言葉――だと思った。そう思うしかなかった。
実質的にはケネス正教陣営に一人の幹部が加わったことになり――七対七の均衡が保たれる形となるわけだ。表立った裏切り行為が働けない分、時が来るまでは以前のように潜伏するしかないだろうが。
ただ、この不気味さは何だろう。仲間と言えば聞こえはいいが、彼女の存在はチャンスでもありリスクでもある。その未知に対する恐れの表れなのか、それとも物分りの良すぎる彼女に不安を抱いているのか……。
とにかく俺は前に進むしかない。ヨアンヌは俺の身体に描かれた傷痕を指でなぞると、顎に手を当てながら話を進める。
「オマエのやりたいことは分かる。大目標がそれだとして、一先ずセレスティアの洗脳を解くことが小目標なんだろう?」
「そうなります」
「どんな方法を取るつもりだ? まさか
「……今の私にアレを耐え切れるだけの体力はありません」
「体力があったらするつもりだったのかよ」
ばしゃ、と音を立てて水を掻くヨアンヌ。その通りだ。体力と純粋な俺の内臓があれば同じようにするつもりだった。だが、今後数週間は体力的に身体を切り開く行為などは避けるべきだろう。
「私の内臓を用いて
「というと?」
「ヨアンヌ様の中に収まった私の内臓をセレスティアに移植し、次なる精神汚染を引き起こすのです」
「それはまた……何と言うか、凄いな」
ヨアンヌが若干引き気味に顔を顰める。
彼女が求めたから応えただけなのにドン引きされるとは、心が痛い。
「ですが、この計画も未知数です」
日本において内臓の二次移植なんて事例は存在しない。つまり、二次移植の際に記憶転移が起こるかは完全に未知なのだ。
元々の所有者である俺の意識が移るのか、それとも現在の所有者であるヨアンヌの意識が移るのか、そもそも記憶転移が起こらないのか――その結果は誰にも分からない。
セレスティアを説得して内臓を入れ替えさせる口実なんてものは腐るほどあるが、二人が幹部を務めている以上避けられないリスクもあった。
現在の状況で具体的に言うなら、そのリスクが発生するのは、俺の内臓を有したヨアンヌが肉体を喪失する大怪我を負ってしまった時だ。ヨアンヌは俺の薬指から復活できるものの、俺の胴体に収まっている内臓は彼女の内側を埋めるため
普通の人間は内臓を失えばすぐに死ぬ。しかもこの場合、元々あった俺の内臓は消え失せているので胴体が空っぽになってしまう。死は免れない。
……悪魔のような発想だが、孕み袋の技術を応用して俺の内臓の緊急スペアを培養しておくという方法があるが――とにかく無理して試したくはない作戦だ。
だが、今更リスクを取らない選択肢を取ろうというのも不思議な話である。これまでも一発勝負かつ命綱なしの綱渡りで凌いできた。どうせこれからも危険な綱渡りを敢行する必要があるのだから、手段を選んでいる暇はない。
俺はセレスティアの身体にヨアンヌ内の臓器を移植しようと決意した。邪教幹部に信頼されている俺のアイデアとなれば、ポークやフアンキロは納得してくれるだろう。
「他の手段としては、ケネス正教幹部のクレスを頼って洗脳を解かせる方法などがありますね」
「へ〜」
「ですが、初めはセレスティアに元私の臓器を移す作戦に出ようと思います」
俺の意見にヨアンヌは納得してくれたようだった。俺の思考状態がある程度コピーされたせいか、話が通じやすくなったように感じる。
「セレスティアの洗脳を解いた後はどうするんだ?」
「セレスティアはアーロス寺院教団について深く知り過ぎました。正教側に戻った後、その知識を活かして上手く立ち回ってもらいましょう。我々は更なる内部工作をしてアーロス寺院教団を破滅に追い込みます」
「具体的には?」
「ポーク様かフアンキロ様を殺害し、空いた幹部の座に私が滑り込む。純粋な寺院教団派幹部の頭数を減らすのです」
「……これまた大きく出たな。上手く行けばアタシとオクリーが正教側に回ることになるから……九対五の有利状況が作り出せるわけか」
ヨアンヌが驚いたように頷く。口では簡単に言えるが、そもそもセレスティアの洗脳を解くためにどれだけの時間がかかるのか分からない。記憶転移が起こらなければクレスを通じた遠回りな方法を取らざるを得ないし、外道の方法である『臓器培養』に手を出して邪教徒顔負けの方法で世直しをする羽目になるかもしれない。
中期目標である『幹部昇格』に関しても、俺が幹部の座に着くまでに世界情勢は大きく変わっていることだろう。アーロスの計画が実行されるまで時間はあるが、一日だって休んでいる暇はない。
「ともあれ、我々の第一目標はセレスティアの洗脳解消です。すぐに計画を進めていきましょう」
かくして、ヨアンヌ覚醒後の談話は粛々と進む。
……しかし、何故だろう。
ヨアンヌの狂気に満ちた瞳を見つめる度、俺は彼女のことを信用できなくなっていた。