全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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四八話 修行の名を借りて

 

 皿の中身を平らげた後は、自然と食堂エリアが閑散とし始める。俺はホイップがどこかに捌ける前に彼女を呼び止めた。

 俺が北東支部にやってきた理由は、正教の街に送り込まれるスパイとしての技能を積むためである。そしてセレスティアの洗脳を解くために正教幹部クレスと接触し、両陣営の均衡を取り戻せばひとまずの目標は達成されるわけだ。

 

「ホイップ、向こうで話さないか?」

「いいよ〜」

 

 誰もいない洞窟の一角にホイップを誘い込む。向こうで人肉を頬張っているスティーラが俺達の方を見てきたが、追いかけてはこなかった。

 さて、これからホイップにスパイ技能についての師事を頼みたいわけだが――この女は了承してくれるだろうか。周囲に人影がないことを確認した俺は、多少の躊躇いを感じながら切り出した。

 

「……ホイップ、頼みがある。俺に北東支部の技術を教え込んでくれないか?」

「んん? 藪から棒にどういうこと?」

 

 猫のような口の形になりながら首を捻るホイップ。

 

「……俺は教団の幹部候補と噂される立場にいる。でも、今の俺のままじゃ弱すぎるんだ。スパイとしての技能もなければ、純粋な戦闘力も平均程度……この現状を変えるために力を借りたいんだ」

「え〜、ダスケルの街に潜入できるんだからスパイの技術を教える必要とか無くない? セレスティアと三回戦って生き残るなんて私でもできないし、なんかそのお願いはビミョーに納得できないって感じ」

「……潜入に関しては火で顔を焼いて包帯を巻いただけだ。それに、混乱期の街に潜入するなんてわけないだろ。セレスティアとの戦いだってヨアンヌ様に助けてもらってばかりだった。思い返せば運で乗り切ってきたことしかない」

 

 ホイップ達は俺のことを過大評価している。咄嗟の機転が上手く行っただけで、俺には基本的技能が備わっていないのだ。

 特に戦闘力。環境を利用した瞬間的な誤魔化しは利くかもしれないが、例えばホイップのような非幹部の実力者と一対一の真っ向勝負になってしまえば勝ち目がない。それがまずいのだ。俺の計画を遂行するにあたって、最低限の戦闘力と技能を身につけなければ頓挫は免れない。

 

「今後を見据えての頼みなんだ。確固たる基礎が欲しい……アーロス様もそうお考えになって俺をこちらに寄越してきたはずだ。その思惑を汲んでくれないか」

 

 アーロスの名前を出されては当然引くに引けなくなる。北東支部の掟曰く、至高の七人の命令は絶対。ホイップは教祖の名前を挙げられたのをキッカケに顔色を変え、俺の願いを了承してくれた。

 

「北東支部に来させられたってことは、相応の成果を持ち帰らないとダメだもんね。いいよいいよ、スパイ技術から戦闘技能まで何でもかんでも詰め込んであげる」

 

 約束を取り付けられたことに内心ガッツポーズしつつ、俺は早速の指導を要求した。だが、長旅で疲れが溜まっているだろうと真っ当な理由で断られる。

 その後軽い雑談を交わしてから、俺はホイップ=ファニータスクと別れた。用意された部屋に帰って早々と眠りにつくのも悪くはなかったが、その前にやりたいことがあった。セレスティアが北東支部に来た理由を探りたかったのだ。無論、俺に不利な答えが返ってくるはずもないので、結局の目的は洗脳中のセレスティアと仲良くなることになるか。

 

 俺は薄暗い北東支部の中を歩き回り、セレスティアの姿を探す。彼女は居住エリアのトイレ付近に居た。トイレと言っても用意された壺にする簡素なタイプのものだし、水も貴重なため風呂は存在しない。濡らした布で身体の汚れを拭う程度のことしかできないので、綺麗好きの人間にはキツすぎる環境である。

 ただ、セレスティアは身体の表皮に風を走らせることで垢や汚れを吹き飛ばすことが可能だ。恐らく綺麗好きであろうセレスティアだったが、トイレの不潔さなどは気にしていない様子だった。

 

「よう、セレスティア」

「オクリー。顔がやつれていますよ、長旅の疲れですか?」

「それもあるけど、とにかく人肉料理が堪えたな。ありゃキツい。二度と食べたくないぜ。……セレスティアはどんな感想だった?」

「……正直受け付けませんでしたが、用意していただいた料理なので全て食べるようにしています」

「マジか」

 

 セレスティアは胸に手を当てながら、少しだけ頬を膨らませて悪心を堪えるような格好になる。フアンキロやポークなら絶対拒絶しただろうに、この子は変なところで真面目だ。別に俺のような役職なし邪教徒じゃないんだし、多少は突っ張っても許されそうなものである。

 セレスティアはオフモードのためか、結った髪の毛を肩口に垂らしていた。その髪を指先で巻き上げるようにして、彼女は何度か己の髪を撫でていた。

 

「北東支部はどうだ? お前から見て他支部と違う点はあるか?」

「……地理条件と支部の運営方針によって、他と比べて全く独立した拠点になっていますね。アーロス様には『オクリー君と一緒に北東支部を見て来なさい』と言われていたのですが、何となく理由が掴めてきました」

「と言うと?」

「未だに聖地メタシムは発展途上です。あの街を完璧なモノにするため、視野を広く持って欲しいとお考えなのでしょう」

 

 セレスティアがこちらに来た理由を探ろうと思ったのだが、勝手に喋ってくれたので手間が省けた。アーロスの頼みで北東支部を視察していたわけだ。以前孕み袋の施設を見学していたのも、聖地メタシムを形成するにあたっての研修に近いものだったんだろう。

 セレスティアは正教の街を熟知しており、各地の特性を知り尽くしている。彼女のような人間が聖地メタシムの計画に携わるとなれば、邪教徒側としても大助かりだろうな。

 

「オクリーはこれから頑張れそうですか?」

「う〜ん……何とも言えないな。料理さえ何とかなれば頑張れそうなんだけどな」

 

 冗談めかして肩を竦めると、セレスティアはくすくすと笑った。

 

「あなたらしくもない。弱音は似合いませんよ」

 

 一瞬、俺の瞳に映るセレスティアが二重にブレる。その冗談交じりの叱咤が、俺の記憶に眠っていたあるシーン(・・・・・)をフラッシュバックさせた。

 その言葉は、現実から逃げ出しそうになっていた主人公(アルフィー)に手を差し伸べ、彼の魂を奮い立たせた一言と奇跡的に一致していたのだ。

 

 グランドフィナーレから一つ選択肢を分岐したメリーバッドエンドのルート。己の死が確定した悲壮感溢れる世界の中で、茫然自失としていたアルフィーの前に現れたセレスティアは、その言葉を投げ掛けてアルフィー(プレイヤー)に愛の鞭を振るったのだ。

 残酷な激励を受けて奮い立ったアルフィーは、世界の崩壊を止めるための戦いに挑み、激闘の末に死亡することになる。その世界線の死亡キャラは、サレン、クレス、アルフィー、セレスティア――そしてアーロス寺院教団の全て。死の間際、アルフィーは世界を救った喜びとセレスティアの温もりを感じながらその生涯を終えた。

 

 強烈な印象を残す結末は数あれど、これほどセレスティアという人間を象徴するルートは二つと存在しないだろう。

 セレスティアはいつだって画面の前のプレイヤーの背中を押してくれたのだ。絶対に折れない心と気高い精神を持ち合わせ、最後までその勇姿を見せてくれた彼女は――

 

「? どうかされましたか?」

 

 ――今、ケネス正教の修道服を脱ぎ捨て色相の反転した衣装を身に纏っている。光の塊のような彼女の亡霊に縋り付きそうになっていたが、俺の現実逃避は現実との苦い直面によって靄と消えた。

 

「……いや、見惚れてた。セレスティアが綺麗なもんでな……」

「えっ!? ……ご、ご冗談を……」

 

 セレスティアは目を白黒させながら、肩口を擽る自分の銀色の髪の毛の先を引っ張る。その様子は正教に属していた頃と変わりないのに、現実との乖離が言いようもなく悲しく思えた。

 

(必ず救ってみせるから待っててくれよ、セレスティア……)

 

 もしかすると正気の部分が残っているのかも――とも考えたが、ハイライトのない淀んだ瞳を見てしまえば、そんな都合の良い現実は有り得ないと分かってしまう。

 俺の現実はここにある。どうしようもないくらい仄暗くて、希望の光なんて見えやしない地獄みたいな現実だ。それを変えるために俺は生きている。

 

 セレスティアと別れ、薄暗い洞窟の中で迎えた翌朝。当然のように同部屋にされたヨアンヌの寝顔を横目に、俺は大きく背伸びして居住エリア内を移動した。

 朝日が昇っても陽光が届かず、洞窟内なせいで気温の変化にも乏しいため、早速体内時計が狂い始めているような気がする。

 

 今日はホイップによる個別指導が行われる日だ。先日約束された通り集合場所に向かうと、洞窟裏口の前エリアに彼女がいた。軽い調子で早朝の挨拶を交わした後、ホイップについて行く形で極寒の屋外に出る。

 

「ごめんね〜、朝弱くて雪を感じないと目が覚めなくてさ。この後ちゃんと特訓はするから待ってて〜」

「構わない」

 

 乾燥した綿菓子のような雪で洗顔するホイップ。こいつマジかよと思いながら真似してみると、恐ろしいくらいすっきり目が覚めた。

 

「特訓を行うに当たって、やっぱりオクリーちゃんのことを知っておかないとメニューを組めないからさ。きみとはもっとお話したいんだよね」

「お話と言われても、何をすればいいのか」

「う〜ん……まあ適当に話そっかな」

 

 ホイップは両手で掬った雪を咀嚼し始める。

 

「スティーラちゃんのことはどう思う?」

「スティーラ様? ……まあ俺が言うのも何だが、美しい人だと思う」

 

 予想外の質問に戸惑ってしまう。スティーラは見た目だけなら良い。邪教徒側の人間なら誰でも当てはまると言われたらそれまでだが……。

 

「そ〜かそ〜か」

 

 ニヤリと唇を歪めたホイップは、キチキチと金属音の笑い声を上げながら人差し指を立てた。

 

「よし決めた。今決めた。第一関門というか、ミッションです。スティーラちゃんの部屋から、あの子の私物を一つ持ってきてご覧なさい」

「はい?」

「制限時間は今日の正午まで! たとえきみが潜入の素人だったとしても、これくらいのミッションはこなしてもらわないとね?」

 

 突然与えられた試練に困惑しながらも、俺はスティーラの部屋の私物を持ってくることになった。

 顔を変えて混乱の中潜入できたダスケルの時とは違い、そもそも気配を悟られた時点でアウトの厳しい条件だ。透明になれるわけでもなく、薄っぺらくなって隙間に入り込めるわけでもない。

 

 観念した俺はしばらく考えた後、普通に(・・・)スティーラの部屋を訪ねた。部屋の扉をノックすると、人形のような美少女がドアの隙間から顔を覗かせてきた。

 

「おはようございます、スティーラ様」

「……こんな早朝から何」

 

 黒髪ドリルを指先で弄るスティーラ。いつものゴスロリではなく、首元の抜け感がある寝巻きであった。パジャマ姿を見られて不機嫌そうにしていたので引き返そうとしたが、俺はスティーラの私物を盗み出すことを任務として課されている。強気に出ることにした。

 

「少しお話したいことがありまして。中に入ってもよろしいでしょうか?」

「…………少し待って、準備する」

 

 何度か視線を泳がせた後、真顔の彼女が扉を閉める。

 その後、いつものゴスロリ衣装を着たスティーラに入室を許可された。俺のミッションはあくまでスティーラの部屋から私物を持ってくること。別に忍び込めとは言われていないのでオーケーだろう。

 

「…………どうぞ」

 

 ……そもそもこのミッション自体にホイップの他意があるような気はするが、まあいい。実際、人喰いの個室に入るのは度胸が要るからな。場数を踏むことは重要ではある。

 

(……スティーラにも気に入られたら、俺どうなっちまうんだ? 原作だと文字通り食べられてたけど――)

 

 そんなことを考えながら、「失礼します」の「つ」を言いかけた瞬間、俺はスティーラの部屋の中に引きずり込まれた。

 

 

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