全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
午前中を幹部ハウスの部屋掃除で暇潰ししたポークは、ゲルイド神聖国中に仕掛けたゾンビに異常がないことを確かめて溜め息を吐いた。
基本的には異常がなければポークに出動命令はかからない。拠点運営担当のフアンキロと違って、戦闘要員としての出動がメインのポーク。平時はやや手持ち無沙汰になるのが彼女の立ち位置だった。
かつての古城拠点に舞い戻って教徒達に指示を飛ばすのも悪くなかったが、ポーク的には日常の延長線上の忙しさを求めているわけではない。日常が永遠に続くということは、それ即ち教祖アーロスの計画が前進しないということ。
何かしらの動きが起こってほしいのだ。正教側が攻撃を仕掛けてきた、という報せでも良い。とにかく国盗りの野望が実現に近づくような両陣営の変化が欲しかった。
(ボクはヨアンヌ達と違って、戦いが大好きなわけじゃない。一刻も早く大嫌いなケネス正教を押し退けて、ボク達が幸せに暮らせる国を創れたら……って思ってるだけだ)
ポークは灰色の瞳を細め、うなじの辺りで纏めたショートカットを指先で弄る。かつて虐げられてきた痛ましい過去が脳裏にチラついて、彼女は力なく首を振った。
ポークの出身は、ゲルイド神聖国から遥か遠い場所にある小さな島国――その少数民族たる『テラス族』である。彼女が幼児の時、島国に疫病が流行った。大量の死人が生まれ、海に囲まれて逃げ場のない島国は地獄絵図になった。そんな中、国で妙な噂が広がり始めた。
――テラス族の血は疫病の特効薬になるらしい、と。もちろん根も葉もない風説だった。しかし、増え続ける罹患者を前に藁にもすがる思いだった民衆の一部は、その噂を鵜呑みにしてテラス族の集落を襲撃した。
……見渡す限りの死体。血。内臓。水溜まりのように散らばった体液を夢中で啜る者達。誰もが正気を失っていた。
集落は崩壊。いつ生まれたのかも分からない与太話のせいで、ポークを含めたテラス族は世界中に散り散りになった。多くの者が意味もなく殺され、身体中の血を抜かれて死んでいった。疫病の特効薬になるはずもないというのに。
彼女の両親は島国の惨劇から辛うじて逃げ延び、広い世界を彷徨い続けた。最終的に辿り着いた場所がゲルイド神聖国だった。
子供時代のポークは、ゲルイド神聖国のとある街の隅で暮らすことになった。街人との交流はほとんどない。彼らは島国で受けた悲劇の二の舞を恐れ、その顔を隠すために常日頃から深いフードを被って過ごした。
ある日、ポークの家にケネス正教の審問官が押し入った。隣人との関わりを極力避けて素顔を隠し続けていたため、気味悪がった街人の通報を受けてしまったのだ。
彼らは異端審問を受けることになった。異端審問と言ってもアーロス寺院教団などの邪教徒を炙り出すための形式的なものであったから、さほど大事にならずに終わるはずだった。
異端審問中、ケネス正教のある男が口にする。「テラス族の血は万能薬になるらしい」と。それを聞いたポーク達は凍り付いた。男は話を続ける。島国で流行っていた疫病は鳴りを潜めたが、未だにテラス族の血を欲しがる者がいるらしい。しかもテラス族の血はそのスジに非常に高く売れるのだと。
「フ――ッ……」
アーロスに助けられたのは、両親を殺された後だった。
ポークの心に刻まれた傷痕は一生消えない。人間は醜かった。ポークは口元を押さえて吐き気に耐え忍ぶ。
両親を殺した男達はこの世にいない。男達を半殺しにしたアーロスがポークにとどめを譲ったのである。しかもアーロスはテラス族の血を奪っていった者達すら皆殺しにしてくれた。程なくして、ポークはアーロスに一生の忠誠を誓った。
復讐は仕切り直しのために必要である。とある聖人によると復讐は何も生まないらしいが、そんな戯言は身悶える程の復讐心に囚われたことがない温室育ちだから言えるのだ。名誉とプライドを取り戻し、相手の未来を奪い去る。こんなに心を救われることがあるだろうか。
両親の仇を取ってくれたこと、そしてテラス族に仇なす者達を皆殺しにしてくれた恩義は何にも変え難い。
今なおテラス族の血を狙う愚か者は存在するが、アーロス寺院教団には彼女の血を狙う者など一人もいない。その理由は教徒達がテラス族そのものを知らないからなのだが――ポークは顔を隠さなくても良い今の暮らしが気に入っていた。
「ん、アーロス様」
聖地メタシムの地下。特定施設の建設予定場所に立っていたアーロスを発見して、ポークは軽やかな足取りで彼の元に向かっていく。仮面の男は作業の手を止めて、優しげな声で語りかけた。
『ごきげんようポーク、どうかしましたか?』
「こんな暗い場所で作業してたら怪我しますよ」
『視界不良には慣れてます。私仮面してますので』
「フフッ、確かに」
ポークにとって、アーロスは第二の両親のようなものだ。彼の低い声を耳にするだけで活力が漲ってくる。
『ポーク、少しお話できる暇はありますか?』
「暇ですよ。何かあったんですか?」
『少しだけ気になることが……』
アーロスはポークに手招きする。紙に描かれていたのは建設予定である人間生産工場と薬品研究施設の見取り図。フアンキロが考案した物なのだろう、構図上では矛盾も問題もなさそうに見えるが……。
「工場と研究施設に何かご不満が?」
『あぁいえ、こちらは全く関係なくてですね』
半笑いで羊皮紙を取り下げるアーロス。彼は奔放に話し始めた。
『ポーク』
「はい?」
『あなた、オクリー君のことが気になっているんですか?』
「はい!?」
初っ端から爆弾を投げられて、ポークは慌てふためいた。仮面の男はバツ印模様を彼女の方に向けながら肩を竦める。
『最近頻繁に彼の部屋を掃除しているじゃありませんか。どう考えても気になってます。私に隠し事なんて無駄だと心得なさい』
「いやっ! そういうんじゃないですし……」
『おや、違うのですか?』
「……彼がいると退屈しないだけですよ。ほんの少しだけ。でも、気になっ……てはないと思います」
『ほおぉ。誤魔化し方が下手。彼、天性の人たらしですね。流石は我らのイレギュラーです』
「何なんですか、もう……」
アーロスはポークの見えない所で指を一本ずつ折っていく。ヨアンヌ、スティーラ、ポークの分の三本。ついでに自分自身の指一本分を折る。
アーロス寺院教団が誇る七人の幹部のうち、過半数の四人が彼に夢中になっているとは。仮面の男は得体の知れない感情に喜びを隠し切れなかった。組織の躍進にはこういったイレギュラーが不可欠だ。
従順で無個性な人間に仕上がっているはずの生産個体から、何故オクリーのように特異な人間が生まれたかは分からないが……彼の存在が組織に利益を齎している間は静観しておくべきなのだろう。
『私は色恋沙汰を止める気はありませんよ? 組織内恋愛歓迎です』
「そういうのじゃないですっ」
『フゥン』
「と言うか、彼にはヨアンヌがいますし……」
『ヨアンヌがいなければ良いんですか?』
「もう! うるさいです! ボクを虐めたいんですか!?」
『ははっ』
昔は私もこれくらいモテモテでしたねぇと内心呟いた後、アーロスは真面目な話題に立ち返った。
『……さて。メタシム、ダスケルの戦いから既に数ヶ月が経過しましたね。正教は我々に攻撃を仕掛けてきませんが、セレスティア奪還や教団撃滅に向けて着々と準備を整えているはずです』
「ボク達アーロス寺院教団は、ケネス正教よりやや有利な立ち位置にありますからね。迂闊な手を打ってしまえば、彼らは更に追い込まれる……慎重になるのも仕方ないですよ」
この宗教戦争において重要なのは、教団の抱える教徒の数よりもむしろ幹部の数になるだろう。有象無象がどれだけ群れようと、人智を超えた魔法を扱える者には敵わないのだから。
現在の戦況は、セレスティアを洗脳により強奪したために八対六の状況。アーロス寺院教団が二人分の人数有利を持っている状態である。
『正教に動きはありませんか? 微々たるものでも、何でも』
「それが、もう全く。各地に潜ませたスパイ、
セレスティアが奪い去られた正教の街では、軽い混乱が起きていた。街の人気者であった修道女の姿が数ヶ月に渡って見られないとあって、何も知らない民衆は不安を拭えないようだ。ダスケルの戦いで死んでしまったのではないか、という噂まで流れる始末。
正教トップとしても、神に選ばれし至高の七人であるセレスティアが洗脳されたなど公表できるはずもない。公式発表的には、彼女の不在は魔獣討伐の遠征のためだとされている。
アーロスの想像通り、ケネス正教は凹んだ戦力を元に戻そうと時間を浪費しているようだ。アーロス寺院教団より従えている民衆が多いため、民の鎮静にも時間を使わされている印象か。
戦況を決定づけるべく、アーロスは脳内に朧気に浮かんでいた作戦を切り出した。
『近いうち、ケネス正教の聖都サスフェクトに幹部爆弾の種を送り込みましょう。それも複数人』
アーロス寺院教団の聖地がメタシムだとすると、ケネス正教の聖地は聖都サスフェクトである。そこに幹部の肉片を仕込んだ教徒を送り込もうというのか。ポークは日常の崩壊を予感して生唾を嚥下した。
影の魔法で空間上に聖都サスフェクトの立体地図を描いたアーロスは、チェスの駒のような影の塊を各地に置いていく。聖都サスフェクトはゲルイド神聖国において最大規模の街であるため、メタシムのように幹部を中心部に送り込むだけでは破壊し切れないだろう。
故にアーロスの考えは単純。サスフェクト各地で幹部全員が最大限の力を発揮できるよう破壊行為を働いてもらうこと。そして聖都の中心部に眠る『聖遺物』の奪取が最終目標である。不死鳥の炎に護られた神殿に眠る『聖遺物』は、たとえアーロスと言えども手出しできない。
しかし、教団はセレスティアを手駒にしている。それが今回の作戦の肝だった。
『配置はこのように、最大効率を狙います』
射程距離自体なら最長のヨアンヌは、敵の攻撃の遥か範囲外からの岩石投擲。街の外で待機してもらう。東にポーク、西にシャディク、北にスティーラ、南に序列二位、そして中央部にセレスティアとアーロスを召喚する。各自で暴れ散らかしてもらっている隙に中心部の『聖遺物』を拝借する。これがアーロスの計画だった。
『肉片の担い手は複数に分けますが、中心部の転送元はオクリー君に担当してもらいましょう』
「し、しかし……いくら聖都内部に入り込めたとしても、不死鳥の神殿内に立ち入るのは不可能ですよ。あの炎に触れれば、アーロス寺院教団に属する者は間違いなく死んでしまうのですから。神殿内に侵入可能なのは正教の上層部だけですし――あっ」
ポークはあることに気づいて声を上げた。
――サレン・デピュティという序列一位の女性がいる。彼女の能力は邪教徒を討滅する不死鳥の炎を操ることとされているが、実際のところは
不死鳥の炎は司祭の間で受け継がれ、争いの歴史の中で研ぎ澄まされて現在の形になった。この国をケネス正教の宗教国家に変えられたのは、歴代司祭の影響と言っても過言ではない。それほどまでに異教徒に特攻な炎は強力無比だった。
さて、ここに『オクリー・マーキュリー』と『セレスティア・ホットハウンド』という二人の人間がいる。
彼ら二人の
その答え自体は簡単で、それぞれの宗教の洗礼を受けることで入信、という決まりになっている。
それ故に、オクリーの判定は『アーロス寺院教団教徒』だ。彼の心は断然ケネス正教に寄っているのだが、孕み袋から生まれ落ちると同時に洗礼を受けさせられているため、不死鳥の炎の判定は『異教徒』――つまり『死』となる。
では、セレスティアの判定がどうなっているのかと言うと――その答えは『正教徒』だ。彼女はアーロスによる洗脳を受け、思考回路も邪教徒そのものになっている。本来なら教祖アーロスの元に下る者は問答無用で洗礼を受けさせられるのだが、セレスティアだけはサレンの能力や神殿の炎に対抗するため、
純粋な戦力差を覆すためだけではなく、無類の強さを誇るサレン・デピュティや不死鳥の神殿への対抗策としてセレスティアを引き込んだのである。
不死鳥の炎は正教徒に打ち込んだ時、ただの炎と同程度の威力しか発揮できない。つまりセレスティアがサレンと戦う時、彼女は
神殿を覆う炎に関しては、正教徒に対してなら何ら害を及ぼさない。異教徒のみを弾き返し、灰へと還す。神殿の防壁を貫通するためにセレスティアは必要不可欠な手段だった。
「神殿周辺にセレスティアを転送させて、神殿内の『聖遺物』を強奪する……ということですか?」
『そうなりますね。聖遺物があれば私の計画は一歩完成に近づきます。是非手に入れたいところです』
サスフェクトに並べた六つの駒が暴れ回り、周囲の建物を薙ぎ払っていく。影が侵食し、燃え盛る神殿を呑み込んでいく。
ポークは彼の魔法が世界を覆い尽くす光景を幻視した。メタシム、ダスケルよりも遥かに大規模な作戦が始まろうとしている。胸の高まりが収まらなかった。
『ところでポーク、北東支部にいるオクリー君の様子は分かりますか?』
「ゾンビを通じて実況できますよ」
ポークは雪の中に埋まった死体を動かして、北東支部の雪原を仰ぎ見る。早速オクリーを発見したポークは、彼が剣を握っていることに気がついた。
「訓練中のようですね」
『北東支部流の叩き上げですか』
「相変わらずビシバシやってるな〜。……え? ホイップといい勝負してる……」
『あのホイップ=ファニータスクと?』
ヨアンヌによる修行は九日目に達し、合格点を貰ったオクリーはいよいよホイップとの組手に取り掛かっていた。
ポークは彼の成長速度に目を見張る。アーロスもまた彼の可能性に光を見出していた。