全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
今回の交わりは予想外に長引いた。収納を考えると腹部の正面から見て奥側に位置する臓器から手にかけていくことになるのだが、オクリーは一つ目の臓器を移植した時点で幻覚の夢遊状態に襲われた。二人分の人生と矜恃、意地や意志や人格が掻き混ぜられ、激痛と焦燥の中で精神が灼き切れていく。
狂人の中でも常人寄りの精神をしているオクリーには耐えられなかった。対するヨアンヌは根っからの狂人。どんな窮地すら快感に置換できる能力を有していたため、二人の心の状態は明暗がはっきり別れることになった。
ヨアンヌは想い人の精神が流れ込んできて恍惚に身を震わせる程度だったが、オクリーの場合はそう単純に受け流せない。元の精神からの変化を望まない彼は、精神を芯まで焦がされて意識を断絶させてしまった。
「オクリー……オクリー!? おいっ、しっかりしろ!」
血みどろのままオクリーを掻き抱くヨアンヌ。しかし手を止めてはならない。胴に空けられた空洞に肉を詰め込まなければ出血多量で死に至る。正しい血管に繋いで治癒魔法をしなければならないのもあって、ヨアンヌには迷っている暇などなかった。
オクリーの精神に掛かる負担を一切無視するしかない。ヨアンヌは一つひとつの肉塊に別れを告げながら、彼の身体を元に戻した。しかし、オクリーの心は元に戻らなかった。
血の海で目を閉じた彼は、いつまで経っても目を覚まさない。血を流しすぎたか。そう思ったヨアンヌは胸に手を当ててみたが、彼の心臓は激しく荒ぶっている。身体の傷も一応閉じてはいるし、血管や神経の継ぎ違いなどは生じていないはず。では何故目覚めないのだ。ヨアンヌはチラついていた恐れが現実になったことを憂いた。
二度目の記憶転移に耐えられず、精神が崩壊したのだ。限界を超えられたのはあの一度だけ。ヨアンヌと紡いだ記憶すら失われ、次に目覚めた時には何も覚えていないのだろう。
「そ、そうだ。アーロス様を呼ばなきゃ――」
ヨアンヌはアーロスに助けを求めた。あの影の力をもってすれば、オクリーの記憶を取り戻すことくらいはできるだろう。とにかく一刻も早くオクリーの精神を保護しなければならない。
少女は個室ですやすやと眠るセレスティアを叩き起すと、地獄絵図になったキッチンに引っ張ってきた。目ぼけ眼を擦っていた銀髪の修道女は、噎せ返るような鉄の臭いに喉の詰まるような声を絞り出す。すっかり目覚めた様子のセレスティアの背中を押して、ヨアンヌはドン引きする彼女にお守りを頼んだ。
「わ、わたくしに何をしろと……?」
「諸事情で気絶中なんだ。お守りを頼む」
「気絶って……どう見ても死――」
「死んでない! とにかく頼んだぞ!」
血の匂いに釣られてスティーラがやってこないのを願いつつ、ヨアンヌは聖地メタシムに向かって飛び立つ準備を始める。オクリーの薬指を切断し、再生に巻き込まれないようにまな板の上に置いておく。視界の端でセレスティアが頬を引き攣らせていたが、気にせず支度を進める。大切なオクリーのローブを脱ぎ捨て、いつものワイシャツとミニスカート姿になった。
「セレスティア! 聖地メタシムの方角は!?」
「えっ? 南南西ですが……」
「助かる!」
ヨアンヌは薄着のままで屋外に飛び出した。華奢な少女に明かり一つない大自然が牙を剥く。少女は暴れ狂う髪型を気に留めず、ひったくってきたコンパスを食い入るように睨みつけた。
雪よりも白い肌に暴風が叩きつけられ、牡丹雪が薄く蓄積して溶けていく。コンパスの表面にあっという間に雪が積もり、針の姿を隠す。細い指でそれを拭って、
「そこか」
南南西に当たりをつけたヨアンヌは、暗闇から飛び出してくる雪に顔を打たれながら、洞窟入口に転がっていた大木を根元から引き抜いた。右手で軽々と木の幹を持ったヨアンヌは、左手で当たりをつけた南南西の方角を指し示す。呼吸を止め、精神を集中させる。側方に向けられた胴体が更に大きく捻られ、深く深く沈み込んだ。
そして、集約していた
「う、ああっ!!」
国土を跨ぐ大移動。射程数十キロメートルの投擲能力が牙を剥いた。
暴風が吹き荒れた。雪と風に揉まれ、視覚と聴覚がままならない。投擲の反動を受けた右腕は骨を破壊されながら捻れ飛び、肘から先を寸断されてしまう。その腕を支えていた胴体も服の内側から爆裂し、地面に押さえ込まれるようにしてミンチになった。
もちろん、肉体全てが消し飛んだわけではないのでいつでも復活は可能である。布切れのようになった服を身体のあちこちに引っ掛けながら、ヨアンヌは治癒魔法で全快させた身体を持ち上げる。
雲を穿って飛翔していった大木を睨みつけると、少女は顎下の肉の窪みに親指を挿入した。そのまま引っこ抜くようにして頭部と頚部を切断する。ぐちゅ、と泥を踏み潰すような音がして、ヨアンヌの身長が頭一つ伸びた。
覚悟という名の精神力で繋がった胴体を操って、右手に頭部を持ち、左手で照準を合わせる。肉体全てが崩壊しても構わない。そんな激情を伴いながら、再び全力の投擲。射出地点にあった肉体が完璧に崩壊する。先程投げられた大木よりも遥かに速い速度で打ち上げられた。
ヨアンヌの投擲の射程は数十キロに及ぶが、北東支部から聖地メタシムまでは更に距離がある。何度も投擲しなければならないと方角のズレが生まれてしまうし、何より現在進行形で破壊されるオクリーの精神を思えば最速の方法を選ぶのが筋というものだった。
ヨアンヌの投擲した生首が、先立って投げられた大木に追いつく。吹雪を貫き、宙を舞い、暗雲すら穿ち、雲の上の世界に達したのだ。頃合を計って頭部から肉体を復活させたヨアンヌは、音速を超えるスピードで空を駆ける大木の上に着地した。
足元を見下ろせば分厚い雲が、見上げれば満天の星が存在する不思議体験。そんな景色を興味なさげに一瞥した少女は、放物線の最高高度で
上空一〇〇〇〇メートル。どんな鳥もドラゴンも達することのできない世界を、筋雲を引いて突き進む。アーロスさえ到達できない高みから世界を見下ろす少女は、足元の雲が薄くなったために豪雪地帯を抜けたことを確認した。
「これをやるのは初めてだな。上手く行けばいいんだが」
推進力を失った大木から己の生首を切り離す。言うなれば二弾ロケットだ。射程数十キロを超越し、射程数百キロへと至る反則技。全身で風を切りながら、再び投擲の姿勢を整える。最も星が近くなった時、少女の身体が大きくブレた。
――射出。
高速で空を飛ぶ大木から射出された肉の弾は、反動で元の胴体と足場の木を粉々に吹き飛ばした。音速を超える速度の足場から、同速度の生首が乗算されたのだ。何百万人もの生活圏を一瞬で飛び越え、大地が形作った地形の幾つもを跨ぎ、少女の頭部は炎を帯びながら聖地メタシムに近しい山に着弾した。
「ぶは――っ! 一分くらいで到着できるもんなのか! オクリーには悪いが、縛りはない方がやりやすいな」
これが、オクリーの内臓を入れていた状態では出来なかった肉体の『転送』。全力投球すれば彼の組織は無事では済まなかっただろう。
ヨアンヌは特異な魔法を持たない。しかして、人類が持ち合わせる『投擲能力』を異常なほど磨き抜いてきた。この投擲能力の桁外れさは、両陣営の幹部が考えている以上に凄まじい破壊力を秘めている。
莫大なクレーターを作りながら帰還したヨアンヌに対して、メタシムの外壁上からアーロスが仮面を覗かせた。ヨアンヌは半壊した頭部を再生させた後、首から下を生やしながら大きく手を振った。
『ヨアンヌ。こんな深夜に何事ですか』
敵襲かと思ったのか巨大な影の手を権現させていたアーロスだったが、来訪者がヨアンヌと分かって敵意を引っ込める。アーロスは外壁からヨアンヌの元に舞い降りて、裸の彼女に躊躇うことなくローブを着せた。少女は肩口に外套を手繰り寄せると、少しだけ安心したように息を吐いた。
『認識阻害にも限度はあります。あまり目立つような真似はしないで頂きたいのですが……』
「アーロス様、オクリーを助けてくれ! 今ピンチなんだよ!」
『……オクリー君を?』
アーロスは期待の若手の名前を聞いてピクリと反応する。話を聞いていくと、どうやらそのオクリーがピンチらしいではないか。アーロスは文句の一つも言わずに北東支部へ乗り込むことを決めた。
影を使った瞬間移動を駆使して移動すること五分、アーロスが北東支部に到着した。突如現れたアーロスに驚いたセレスティアだったが、教祖の力を借りなければ彼を救うことは困難だと判断していた。心臓は動いていたが、ほとんど呼吸をしていないのだ。狂人の精神に呑み込まれてしまったオクリー自身が生きることを手放しているようにも見えた。
「アーロス様。オクリーはもう……」
『お待ちなさい。何とかしてみましょう』
アーロスはセレスティアを洗脳した時と同じように、袖口の闇から権現させた闇の力をオクリーの頭部に当てた。あっという間にオクリーの身体が黒い球体に覆われる。魔法を通じて彼の精神状態を読み取ったところ、アーロスは信じられないほど彼の魂が穢されていることに気付いた。
不可逆な破壊が起こっている。強烈な外的要因に長時間晒され続け、かつ深層心理に幾度も介入されている痕跡があったのだ。常人であれば発狂して生きることを止めても何ら不思議でない荒廃状態だった。
『……ヨアンヌ、彼の精神は壊れかけています。一体何があったのですか?』
「それがアタシもよく分かってないんだ」
『まぁ……大体予想はつきますがね。分かりました』
若さ故の衝動、か。ポークから報告されていた通り、ヨアンヌとオクリーは倒錯的な行為に惑溺していたのだろう。自傷癖と共依存の延長線上の行為――具体的にどのような行為だったのかはまたの機会に解き明かすとして、どうしたものか。
アーロスは少しだけ考え込む。現在、オクリーの精神は『黒い狂気』によって侵食されている。その結果、オクリーの精神の許容範囲を超過し、彼の記憶が失われてしまったのだ。彼の中の狂気を取り除くことは容易いが、最悪なことにオクリーの自我がその狂気を離そうとしない。オクリーの自我とそれ以外の境界線が分からない以上、下手に手を出せば記憶どころか自我を失い廃人まっしぐらである。
彼自身の精神力による復活に賭けるしかない。散々人の心を書き換えてきたアーロスでも分からぬことがあった。都合の良いように変えることは容易くても、破壊された記憶を元に戻すことは難しいのだ。
アーロスは彼の心に手を加えなかった。心の中を覗き見ることもしなかった。アーロスにとって、オクリーは可愛い息子や孫のような存在だ。敵でもない彼の記憶を一方的に盗み見るなんてフェアじゃない。セレスティアのような敵であれば別だが。
ただ一つだけ、彼の精神に細工を施すことにする。彼の記憶障害は僥倖かもしれない。これまでの記憶を保持したまま聖都に潜入させるよりも、記憶を失わせたままの無垢な青年として神殿に接近させる方が、下手なリスクを負わないで済むのではないか。そんな悪魔的考えが脳裏を過ぎったのだ。
アーロスはオクリーの精神に強烈な暗示をかけた。ただ一言、『聖都の中心部――不死鳥の神殿を目指せ』と。それと同時に、涙を呑んでオクリーを切り捨てる心の準備をした。
――不死鳥の神殿への接近が上手くいなかった時のために、移動要塞の替え玉も用意しておかないとダメか。さぁ、忙しくなるぞ。アーロスは閉口しながら脳内の計画を整えていく。
オクリーはしばらく目覚めそうにない。一週間か、一ヶ月か、それ以上か。とにかく、それまでに急ピッチで準備を進めなければならない。セレスティアとヨアンヌに向き直ったアーロスは、オクリーに執着するヨアンヌに告げた。
『できる限りのことはしました。後は彼自身の精神力に賭けるしかありませんね』
「そ、そんな……オクリーがこのまま目覚めなかったら、アタシ……」
真っ青な顔のオクリーに縋りつくヨアンヌ。そんな彼女を見て、アーロスは複雑な気持ちになった。この執着心が長所ではあるが、執心すぎるのも考えものである。オクリーに非情な決断を下した時、彼女はどんな顔をするのだろう。その悲しみすら乗り越えて更に強くなってくれるだろうか。アーロスは胸の中に疼きを覚えながら、『聖遺物』奪取作戦に向けて準備するようセレスティアに声をかけた。
オクリーを失っても、セレスティアを失うことだけは避けなければならない。人材を失うのは何よりも回避すべきだが、オクリーとセレスティアでは命の重みが違う。彼女さえ無事なら、何度でも不死鳥の神殿に侵入可能なのだから。
――同時刻、とある寝室にて。悪夢から醒めたスティーラは、甘美な想い人の香りが北東支部内に充満していることに気付いた。