全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
村人と交流を重ねていると、子供と触れ合う機会があった。彼らは未知のものや見知らぬ人間に敏感なのか、外を出歩く俺をあっという間に取り囲んで質問攻めにしてきた。
「お兄ちゃんどこから来たの?」
「……森の中」
「森の中? お兄ちゃんエルフなの?」
「エルフって何だ?」
「え? 知らないの?」
「分からない」
「変なの!」
終始こんな感じで会話が噛み合わない。ただ子供というのは察する能力に優れているもので、記憶を失った俺にも優しく接してくれた。
包帯でぐるぐる巻きにされているにも関わらず遊ぼうと言ってきた時にはどうしようかと思ったのだが、既に怪我をしてから一週間が経過している。包帯を解いてみれば、元に戻った健康な身体――異様な縫合痕のような痣は治っていない――が姿を覗かせていた。マケナさんも軽い運動程度ならと許可してくれた。
子供と一緒に遊ぶ際、彼らは棒切れを振り回して剣士の真似事をしてくる。同じく棒切れでもって受けて立った時、子供の遊びとはいえ剣戟に妙な高揚感と納得感を感じていた。魔獣と戦った時の
俺の驕りでなければ、記憶を失う前は剣士だったのだろうか。それならまぁ身体中に刻まれた傷痕にも納得できる。正中線を一刀両断する一本線及び左手の指達の理由は検討もつかないが。
「そろそろお祈りの時間だ!」
「行こ行こ〜!」
時刻が正午を回ろうかという時間になった途端、子供達は木の棒を放り出して例のモニュメントの方へと走り出す。マケナさんなどの大人に混じって膝を折った子供達は、先程までの喧騒とは打って変わって口を結んで沈黙した。
俺も猿真似でそれっぽく振る舞う。しなきゃいけない雰囲気、そういう同調圧力である。俺を知るマケナさんや少数の村人は、「余所者だから形だけでもいいよ」という感じだ。
「このモニュメントが神様の姿なんですか?」
「そう伝えられているけど、詳しいことは分からないねぇ。初めて力を得た七人の幹部様がこの像を造られたと聞いているわ」
夢の中で神と遭遇し、魔法の力を得た古の時代の正教幹部たち。なるほど、彼らが見た神の姿を象ったモニュメントが現代まで継承されているわけか。異質なモニュメントの見た目を説明するなら……幾何学模様が集合体を形成して、人の形を成しているといった感じだろうか。顔にあたる部分ははっきりとした陰影がついておらず、モザイクのようにボヤけている。女性とも男性とも取れる身体のつくりは、性別を超越した唯一神に相応しい威光を備えているように見えた。
「天上におわします唯一絶対の神よ、か弱き我らに救いを与えたまえ」
マケナさんがそのように口走ると、先の沈黙に加えて呼吸すら憚られてしまうほどの静寂が周辺に流れる。全員が本当に息を止めているんじゃないかと思うくらい静かな時間だった。
祈りの作法はある程度真似できても、ケネス正教徒たる心構えは全くできていなかったので、息を押し殺して祈祷が終わるのを辛抱して待つ。数分ほどが経過すると村人が散り始めたので、俺はきつい姿勢を解いて地面に尻もちをついた。
唯一神か。俺は実物を見たわけじゃないが、ケネス正教の幹部七人に魔法の力を与えたというのだから、こうして長きに渡って崇められるのも分かる。
魔獣、災害、近年で言えば邪教徒の苛烈な攻撃から国を守れているのは七人の幹部のお陰だからな。彼らの評価が上がれば、当然唯一神様への信仰心もうなぎ登りに上がっていくわけだ。
そうしてモニュメントを見上げながら、ふと俺は思う。この世界には唯一神以外の神様はいないのか、と。聞いた話、邪教徒にも魔法の力を操る七人の幹部がいるらしいではないか。この世界に唯一神以外の神がいないのなら、邪教徒は誰から力を得たのだろう。どんな質問をぶつけても答えてくれたマケナさんに聞いてみようとするが、今回の質問ばかりは即答されないだろうなと感じた。
「マケナさん、邪教徒のトップはアーロスという
「あぁ、教祖はソイツだね」
「彼に魔法の力を与えたのは誰なんですか?」
「……確か奴らの発表だと、アーロス様が力を与えてくださったとかふざけたこと吐かしてたねぇ。実際は邪神か何かが奴らに力を与えたんじゃないかい」
アーロス寺院教団の全容はヴェールに包まれていた。その歴史は四半世紀で完結するほど浅いはずなのだが、現在ゲルイド神聖国そのものであるケネス正教と対抗できる力を蓄えられている。創設から数十年程度の宗教団体が『魔法使い』を輩出して国軍同然の正教軍と対抗できているのは異様だ。というか、どう考えてもおかしい。裏があるに決まっている。
歴史はそのまま神秘性の説得力になる。長い年月を経てなお信仰され続けることに意味があるからだ。アーロス寺院教団にはそれがない。新興宗教に神秘性が欠けているように見えるのは、恐らく歴史という説得力が足りないからだ。長い歴史と信仰心によって生まれた神秘性の一例が『魔法使い』の輩出――マケナさんや村人から歴史を教わる中でそう納得していたのだが、アーロス寺院教団のことを考えると頭がぐちゃぐちゃになる。まさに『異質』。未だに知らないことが多いこの世界でも存在感を放つその名前は、俺の頭の中にずっしり重々しく根を張っていた。
「アーロス寺院教団……人間のクズ共だよ」
語気を荒らげるマケナさん。息子を奪われた彼女からすれば当然の反応だ。ただ、やはり邪教徒について解消できない疑問があるらしく、この話題になると彼女はいつも饒舌になる。
「そもそもの話、邪教徒はどこから人員を調達してるのかって話だよ、ケネス正教はゲルイド神聖国の母体……言わば国家と対立できる勢力なわけだから、相当の人員がいるはずさ」
「それはそうですが、邪教徒は子供の拉致を繰り返しているのでしょう? 興味本位で邪教に入信する者もいると聞きます。人員供給は案外足りているのでは?」
「その程度じゃ、正教兵との衝突で失った人員を補給できるはずがない。人が育つ時間に対して消費時間が早すぎるんだよ。噂じゃ洗脳教育をしてるって話だけど、そんなの比にならないくらい悍ましいことをしてるに違いないね」
「それってどういう――痛っ」
唐突に頭痛が襲い来る。こめかみの辺りに電流が走った。瞼の裏に何らかの記憶がフラッシュバックする。緑色の液体に満たされた器の中に入れられ、身体中に管を繋がれている記憶。その幻覚を見た瞬間、俺は正気を失いそうになって喉仏を押さえてしまう。
(いっ、今のは……?)
数秒間意識を失った後にはっと顔を上げると、やけに村の入り口が騒がしいことに気づく。そちらに目をやると、救援を求めて最寄りの街まで足を運んだ村人が帰ってきたようだった。
俺達の近くで昼寝していた少年はそれを目の当たりにすると、「帰ってきたぞ〜!」と叫びながら村中を駆け回る。報せを聞いて続々と村人が集まってくるが、帰還した男の晴れない顔色を見るなり、俺達は救援要請が上手くいかなかったことを悟った。
「……すまん、みんな。詳しい話をしてみたんだが……小隊を派遣するのに最短でも今から四日はかかるらしい」
顔面を蒼白にしながら報告を続ける男。街の駐屯所に駆け込んだはいいものの、話半分に流されてしまったらしい。正教軍が動く基準は、実際に魔獣の大群が確認されたかどうか、または魔獣による実害が出たかどうかで判断されている。
この村の付近で魔獣の群団自体は確認されていないため、正教軍は動きにくい。実害に関しては俺が被っているが、記憶喪失しているため素性不明の余所者だ。そんな俺の存在がノイズになったのか、正教は依頼の優先順位を落としてきたらしい。それを聞いて俺は愕然と肩を落としてしまった。
また俺が足を引っ張ってしまったのか。誰も口にしないが、俺へのヘイトが確実に高まっている。俺がこの村にやって来た途端に魔獣被害に遭ったのだから無理もないか。ただ、一週間近く過ごしてきて顔見知りも増えてきた中この雰囲気に曝されるのは、心にナイフを突き立てられているようだった。
「くそっ! 正教上層部はオレ達みたいな辺境の村は後回しにしてもいいってことかよ!」
「今日まで魔獣の大群に襲われなかったことは奇跡に近い。それをあと四日も待たないといけないなんて無理だ……」
「幹部様が助けに来てくだされば魔獣の不安も拭えるのだが……」
「けっ、幹部は政治だの邪教徒狩りだので忙しいんだろ。
悪態をついた男の言う通り、正教軍も様々な仕事でてんてこ舞いである。兵士頼りの現状、この村が持ち合わせる即時的な解決策は皆無だった。
そして、脳裏を過ぎった俺の考えを補強するように、別の村人が口を挟んでくる。彼もまた息を荒らげており、顔から血の気を感じさせなかった。
「こっちも悪いニュースだ。村の周辺で魔獣の痕跡が大量に見つかっちまった。……今夜にでも襲撃されるぞ」
第二の報せを聞いた村人は、どん底に叩き落とされるような面持ちになった。がっくりと項垂れて動かなくなる者から、絶望のあまり祈ることしかできなくなった者まで、反応は様々である。逃走の準備を始めようとしていた村人もいたが、故郷の村を捨てて生きていける当てがないと分かったのか、やがて皆が唯一神のモニュメントの前に集まって祈りを捧げ始めた。
「あぁ、神様……」
「どうかお救い下さい……」
彼らケネス正教が神に祈るのは、『黎明の七人』と同じように力を授かれる可能性が捨て切れないからなのかもしれない。
だが、奇跡というのは都合良く起こらないから奇跡なのだ。現状、神による助けは起こらないと思っていい。
――俺がやるしかない。
日が傾き、闇に溶け始める村の片隅。俺は納屋に眠っていた剣を手に取った。松明を片手に掲げ、マケナさんの家から軟膏と包帯を拝借する。村人は皆、それぞれの家に引きこもった。これなら好き勝手暴れられる。俺は何回か剣を素振りし、やはり武器の扱いにどこか手慣れていると感じて自信をつけた。
丁度、肉が食べたくなってきた頃だ。
俺が魔獣を殺してやる。
☆
ヨアンヌはオクリーと薬指を交換している故に、想い人の現在位置を詳細に知ることができる。そして、心身共に密接に繋がった二人の関係によって、ヨアンヌは彼が感じている感情の片鱗すら読み取ることが可能だった。
だが、彼女がオクリーの心を感じ取れるということは、彼に起こっている食人衝動すら感じられてしまうということで――
「ねえええええ」
少しだけ髪が伸び、より妖艶さの増した美少女――ヨアンヌ・サガミクスは枕に突っ伏しながら悶えていた。
数ヶ月前、記憶も意識も失ってしまったオクリーをアレックスら少数の教徒に運ばせ、目覚めの機運が見られたところで作戦開始地点に彼を解き放ったのだが……目覚めた直後からオクリーの様子はおかしかった。
そう、どこかの誰かさんの嗜好が若干乗り移ってしまっていた。
「もう、最悪。オクリーはアタシ色に染まっていてくれたらそれでいいのに……バカスティーラに譲歩なんかするんじゃなかった〜……アタシだけのオクリーが……あのバカのキモい性癖に汚されてるよぉぉ……」
じたばた、じたばた。毛細血管が浮いて見えるほど白くすらりと伸びた脚をぱたぱたと動かした少女は、想い人の残滓である左手の薬指をしゃぶる勢いで頬擦りする。
「ごめん、ごめんなオクリー。人の肉なんて食べたくないだろ。分かってるんだ。でも今は助けられない……どうか惑わされないでくれ……」
オクリーの作戦開始地点を辺境の村周辺にしたのは様々な理由がある。最も大きなものが、ケネス正教の支配下にある村や街を巡り、ゲルイド神聖国がどれだけ不完全な国家であるかを体験してもらいたかったという理由だ。
村は魔獣被害に遭っても放置され、一部の教会は腐敗して機能をしていない――次期幹部のオクリー君にはそんな現状を巡る特別ツアーをしてもらいましょう、と教祖自ら考案したため、オクリーの旅は森の中から開始されたわけである。
ヨアンヌもこの案には賛成だった。
オクリーの心はケネス正教に傾いている。そんな彼も、不完全なケネス正教の姿を見ればどうして良いか分からなくなるはず。つまり、ヨアンヌの『小さな世界に至る計画』に傾倒してくれるのではないかと考えた次第だ。
最終的に、ゲルイド神聖国の聖都サスフェクトを自らの手で破壊させる。記憶が復活するかしないかは天運に掛かっているが、聖都襲撃が成功すれば彼の心は今度こそずたずたに引き裂かれ、最愛の人であるヨアンヌに依存するしかなくなるはずだ。
彼の悪運を信じるなら、恐らく最悪にして最高のタイミングで記憶が蘇る。全てが予定通りに進むのなら、計画は完成される。
そう確信してオクリーの様子を感じ続けていたヨアンヌだったのだが、彼が人間の肉に
「くそっ、クソが。スティーラ・ベルモンドぉ……オマエみたいなサイコパスがオクリーに手ぇ出してんじゃねぇよ……オクリーもオクリーだ。何で影響されてんだよぉ……」
北東支部で計画の成り行きを見守っているスティーラに岩石を投擲してやりたい気持ちを抑えつつ、ヨアンヌは枕を涙で濡らし続けた。
オクリーと離れ離れになって数ヶ月。彼女の精神状態はやや不安定である。