全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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六七話 金髪坊主は良い坊主

 

 マケナさんの村から充分に離れた後、俺はがっくりと項垂れながら頭を掻き毟った。視界が激しく歪み、拭っても拭っても情けないほどの激情が滂沱として溢れ出してくる。

 

「俺は何者なんだ……!? 化け物なのか!?」

 

 戦いの最中ぼんやりと考えていた。

 魔獣を相手取って大立ち回りできたのは、過去の俺が戦闘経験豊富な剣士や兵士だったから? いや違う。その思い込みは現実から目を逸らしているだけで、本当はもっと違う存在だったんじゃないか。俺は薄々気づいていた。

 この食人欲求、左手に縫い付けられた三人分の指。そして聖都サスフェクトへ向かわなければならないという使命感。ケネス正教のこと、邪教徒のこと、世界のことが段々分かってきて、最悪のシナリオが脳裏に蟠っている。

 

 ――俺はケネス正教に仇なすために産まれた邪悪な存在なのではないか。そんな予感を遠ざければ遠ざけようとするほど、氷水のような悪寒が俺の心臓から纏わりついて離れなかった。

 

 俺はどうすればいい? 聖都サスフェクトへ向かえという『彼』の声を聞いてはいけない気がする。しかし『彼』の声は底抜けに優しく、俺を騙しているようには思えない。

 だが、その声に呑み込まれそうになった俺の背中に矛盾が伸し掛る。果たして『ケネス正教の聖都で』『指を切り落とさせようとする』理由は何だろうか。わざわざ場所を選ばせて自傷行為をさせるなんて異様だ。癒着した他人の指を切り落とすという行為は、自傷以上の意味を持っているはず。

 

 そして、『彼』の声に隠れてその存在を主張してくる少女の声――「アタシ以外何も信じるな」と訴えてくるあの切なげな声が事態を更に混乱させていた。これは確信なのだが、俺はあの声をどこかで聞いたことがある。今のところ信ずるに値するのは二人の声だ。お互いが相反することを言っているので如何ともし難いわけだが。

 

「はっ、はっ……くそ……」

 

 錯乱して発狂しそうになりながら自我を保ち続ける。ギリギリのところで踏みとどまって、何とか落ち着いてきて、何度目か分からぬ「これからどうしよう」の気持ちに苛まれるわけだが……結局俺は聖都サスフェクトを目指すしかなかった。

 

 マケナさんに教えてもらった通り、俺は聖都サスフェクトの方向へ歩を進める。全身の傷はマケナさんの軟膏で応急手当を施して事なきを得ており、既に全快も同然だ。道すがら何体かの魔獣に出会ったが、俺にとっては食糧同然だったので嬉々として討伐させてもらった。

 魔獣の死体の山から肉を拝借してこれば良かったと思いながら歩みを進めること数日。俺は聖都サスフェクトの道中にある街サテルに到着した。

 

 やっと着いたかと呟きながら水溜まりを跨ごうとした時、足元の水面に己の格好が反射して映った。ふとそちら側を見下ろしてみると、自分の不審者具合に乾いた笑いが出た。血と泥に塗れたボロボロの衣服を纏い、剣を片手に虚ろな瞳で徘徊する男。まるで化け物か何かだ。

 ……いや、実際に化け物みたいなものか。俺は親しくなった人ほど胃の中に収めたくなるカニバリズムを備えているのだから。あのまま村で過ごしていたら、きっとマケナさんを始めとする村人全員を襲って食べていただろう。それに値する衝動があったから俺は村を離れたのだ。

 

 俺は社会に適応できない。一つのコミュニティに長居しすぎると逃れられない破滅を呼ぶ。今到着したこの街にゆっくり滞在するつもりはない。ただ、街にはマケナさんのように善意で家に泊めてくれたりご飯を振舞ってくれるような人はいないだろう。寝床の確保と食糧の確保だけは人と関わらないと達成困難なタスクだった。

 今の俺は無一文。金の稼ぎ方も分からない。教会に行けば誰かが施しを与えてくれるのだろうか。いずれにしても俺に残された選択肢は教会へ向かう他ないような気がする。

 

 薄汚い格好のまま外門を通過しようとすると、当然のごとく衛兵に止められた。臭い、汚いなどと散々な言われようだが、抜きっぱなしの剣を持っているのが一番まずかったらしい。有無を言わさず取り囲まれた俺は、剣を奪われて街の外に放り出された。

 

「これでも温情な判断なんだからな、感謝することだ」

 

 嘲笑と共に弾き飛ばされて苛立ちが煮え滾ったが、実際温情な判断だろうなとは思う。ケネス正教は現在進行形でアーロス寺院教団と宗教戦争をしているのだ、俺のように怪しすぎる人間を街に入れたいわけがない。牢屋にぶち込まれないだけありがたかった。

 どうやら森の中で自給自足しながら聖都サスフェクトを目指すしかないようだ。しかし、聖都に入る時も同じように門番に弾かれるだろうから、結局服装がボロ布なうちはどこに行っても同じ問題に突き当たるだろう。

 

 今更マケナさんの村に戻るわけにも行かないため途方に暮れていたところ、後方から金髪坊主の旅人が歩いてきた。歩く方向からして、どうやらサテルの街に入りたいようだ。

 身なりはほどほどに整っていて、ごく普通の街人といった感じ。彼のような格好であれば、外門の衛兵達と世間話をするだけで通過できるだろう。逆に普通を地で行くような彼をいちいち弾いていたら問題になる。

 

 彼とは対照的に門前払いされた俺は、己のみすぼらしい格好に縮こまるような恥じらいを覚えて道を開けた。金髪坊主の彼はやや血走った瞳をぎょろりと動かすと、不審者の俺よりも不審な動作で俺に声をかけてきた。

 

「うっす」

「え? ……あ、どうも」

 

 首をかくかくさせて何度も会釈をするようにして近づいてきた彼は、「うっす」と何度か繰り返しながら軽い調子で「いい天気っすねぇ」などと尋ねてきた。俺は硬直して金髪坊主と同じような言葉を呟くしかなかった。

 こいつ、どう考えてもヤバい奴だ。汚い服を身に纏い、上半身を包帯ぐるぐる巻きにされた俺に対して快活に話しかけてくるなんて……落ち着きのない様子が不気味というか、危険な薬によって精神錯乱状態にあるのではないかとすら思えてしまった。

 

「あ〜まぁ天気のことなんてどうでもいいっすわ。その感じを見るに、せんぱ――ゲフン、旅人サン、結構困ってるんじゃないっすか。サテルの街に入れないからこんな場所でうろちょろしてたっすよね?」

「えぇ、そうですけど……」

「自分良いモノ持ってるっすよ。……じゃーん! 偶然にも要らなくなった服っす!」

「!」

 

 金髪坊主は背負ったバッグから男物の衣服を取り出す。指先で摘んで広げてみせてくれたが、俺の身体とサイズぴったりに見える。

 

「これ旅人サンにあげるっすよ。ヨア……自分敬虔な教徒なんで、困ってる人を助けて徳を積みたいんすよねぇ」

 

 鼻の下を擦りながら微笑みを浮かべる金髪坊主。その口ぶりからすると彼はケネス正教徒なのだろう、マケナさん含めてケネス正教徒は善意に満ちた親切な人が多いんだなと感心してしまう。俺は彼のことを気味悪いとか不審者だとか内心こき下ろしたことを酷く後悔した。人を見た目で判断してはならないのだ。そうして心の中で懺悔しながら金髪坊主からの施しを受け取った。

 

「あ、ちなみに路銀も少しばかり入れてるっすよ。役立ててくださいっす〜」

「そ、そんな……良いんですか!?」

「ははっ、良いも何もないっすよ! 困った時は助け合い、それが人間ってもんじゃないっすか!」

 

 記憶喪失から目覚めてからと言うもの、聖人に出会うのは何度目だろうか。聖人・金髪坊主。俺は彼の心意気に感謝しながら地面に膝を着いた。何度も感謝の言葉を口にした。謝辞が薄っぺらくなるくらい復唱した。彼はけらけらと心底楽しそうに手を振りながら「いやぁ! お礼なんて! お礼なんて全然いいっすよぉ!」と口元を歪ませた。

 

「あ、あの! せめてお名前だけでも……!」

「いやいや、自分名乗るほどの者じゃないっすから。マジで。……そんじゃ自分は行くんで、お達者で! 聖都サスフェクトへの道が良き旅になることを願ってるっすよ〜」

 

 最後のセリフに謎の違和感を感じたが、俺は金髪坊主の彼が見えなくなるまで頭を下げ続けた。

 

「格好がマシになれば衛兵も俺を通してくれるはずだ。……一応別の出入口から入ってみるか」

 

 俺は着替えを済ませた後、先程の兵士達に顔を覚えられていないとも限らないので、別の出入口からサテルの街への侵入を試みる。先刻とは打って変わってごく普通の対応をしてくれた衛兵は、手元の紙と俺の顔を何度か見比べた後、問題なしとして俺を通してくれた。

 なるほど、まずは怪しい格好の人間を弾いた後、指名手配犯などの反社会的な人物の人相に引っかかる者を弾くシステムなのか。

 

 すれ違いざまに紙に記された内容を盗み見ると、俺の頭の中に妙にすんなり(・・・・・・)入ってくる人相書と文字列があった。このゲルイド神聖国に混沌を齎すアーロス寺院教団――つまり邪教徒幹部や彼らの部下の情報が記されているようだ。

 

『ヨアンヌ・サガミクス』

『ポーク・テッドロータス』

『スティーラ・ベルモンド』

『シャディク・レーン』

『アーロス・ホークアイ』

『メリー・ヘンダーランド、ロッドルイス・バーヘイゲン、インシロン・プランティア、……』

 

『……備考:オクリー・マーキュリーなる邪教徒の情報を求む。彼に関する情報を掴んだ際は、速やかに正教上層部及び幹部への報告をすること』

 

 ケネス正教の兵士達は日夜邪教徒と戦っている。俺は彼ら兵士に畏敬の念を抱かずには居られなかった。

 

 

 サテルの街に滞在していたマリエッタは、ポーメット・ヨースターの臨時業務に帯同する形で日中を過ごしていた。

 女騎士ポーメットに発生した臨時業務とは、各地で発生する魔獣被害や邪教徒被害の報告を取り纏めて指揮を執ること、またはポーメット自身が現地に赴いて任務を遂行することだ。

 ここ数週間でゲルイド神聖国南西部における被害が頻発していたため、ポーメットは南西部の街サテルを臨時拠点とし、簡易的な依頼は部下に指示して任せつつ、難しい任務や遠方の任務は自らの手で依頼をこなしていこうと考えていた。

 

 最高指導者であるサレン・デュピティの許可を得たポーメットは、有望株のマリエッタ・ヴァリエールを連れて南西部の街サテルに訪れていた。

 

「ポーメット様、そろそろお休みになられた方が……」

「ワタシは世界に七人しかいない正義の魔法使いだ。救いを求める者がいる限り、休んでなどいられないのさ……」

 

 一週間もの間、睡眠どころか休息すら取らずに邪教徒狩り及び魔獣討伐を敢行していたポーメット。国土を飛び回っての移動に加えて、任務の対象となる村や街、商団や旅人を守りながらの戦闘――若しくは事後調査――は非常に堪えた。全力全開で地形ごと敵を削り取るような戦いでは被害が増大してしまうため、力をセーブしながら戦っていたのだから、精神的なストレスも無視できなかった。

 

 サテルの街に滞在して八日目の朝。報告のために一時帰還したポーメットを見て、マリエッタはその衰弱した様子に口を出さずにいられなかった。げっそりと痩せ細り、目の下に重厚な隈を形作っていて――それはまるで死相だった。

 普段の凛とした美貌はどこかに消えて、彼女の背後に死神が取り憑いてるかのよう。一目見ただけで分かる。異常な回復機能を持つ肉体でなければとうに過労死しているはずだ。

 

 精神的な疲れは幹部の回復機能の外側にあるため、彼女の心労は計り知れない。マリエッタは彼女の出撃を引き止めることに迷わなかった。

 マリエッタはポーメットを力づくで引き止め、押し問答を繰り広げた後、ギリギリのところで駐屯所の仮眠室に押し込めることに成功した。ポーメットはマリエッタにされるがままベッドに押し倒された後、大人しくポニーテールのリボンを解かせた。

 

「……マリエッタ。中々どうして、筋肉がついてきたんじゃないか」

「あたしが成長したんじゃなくて、ポーメット様が過労で衰弱してるから押し勝てたんですよ。いつものポーメット様が本気を出したら……あたしなんて吹っ飛ばされちゃいますから」

「そうなのか……」

「とにかく寝てください。判断が鈍ってるはずですから」

「……三時間だけ寝る。助けを求める人がいる以上、おちおち寝ていられないからな……」

 

 その言葉を最後に、ポーメットは気絶するかの如く眠りについた。マリエッタは安堵の溜め息を吐きながら、泥のように眠るポーメットの髪の毛をさらりと撫でる。

 

「……やっと寝てくれた。ほんと、死んだら元も子もないんですからね」

 

 ――死んだら元も子もない。自分で言ってから、マリエッタは愛しい幼馴染の顔を思い浮かべてしまった。思わず苦虫を噛み潰したような表情になる。

 彼のことは今でも大好きだ。しかし、もう二度と帰ってこない。

 

 苦しい記憶を思い出してしまったマリエッタは、ふと感じた不快感から逃れるように窓の外を見上げる。

 

「あたしも疲れてるのかな。……一旦散歩でもしてリフレッシュしますか〜」

 

 マリエッタはポーメットの身体に毛布を掛けた後、駐屯所から抜け出して心地よい快晴の中を歩き出した。

 

 ――同時刻。オクリー・マーキュリーがサテルの街に到着した。

 

 奇しくも二人の足が向かう方向は一致しており――

 

 運命の歯車は、サテルの街の中心部――ケネス正教の教会へと集約する。

 

 

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