全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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六九話 こちらも地獄絵図

 

 サテルの街に到着した途端、またケネス正教徒の優しさに触れた。マリエッタと名乗る女の子に声を掛けられ、あれよあれよという間にしばらく泊まれそうな教会が見つかったのだ。しかも三食のご飯付き。もう魔獣の死肉を漁らなくても良いのだと考えると嬉しさで溜め息が出た。

 

 しかし、今日は色々なことがあった。金髪坊主の旅人に服とお金を貰ったり、マリエッタのツテを頼って助けてもらったり。ケネス正教の兵士なのだから、当然聖都サスフェクトへの一番良い行き方なども教えてくれるだろう。

 中でも驚きなのは、マリエッタが一年前の俺と知り合いだったこと。最初の方は俺のことを『オクリー』などと呼んできて、絶対に人違いだと思って無視していたのだが……何度拒絶しても彼女が首を横に振らないので確かめてみたところ、どうやらガチだったらしい。昔の俺の手がかりがようやく掴めたのは喜ばしかったものの、正直なところ困惑が深まるばかりである。

 

 状況を整理しよう。

 約一年前、マリエッタの故郷であるメタシム地方が邪教徒の手によって滅ぼされた。程なくして近隣の街ダスケルも襲撃され、多くの民衆が死傷した。また、ダスケルの戦いの中でマリエッタは(オクリー)に助けられた。その後、俺は「やることがある」と言ってマリエッタと別れ、行方不明になった……と。

 

(何が起こったのかさっぱり分からん……)

 

 それ以上の感想が出なかった。状況から鑑みると、昔の俺はケネス正教の兵士だったのだろうか。いずれにしても、彼女の口ぶりからすると邪教徒に対抗するために街の中に戻っていったような感じであった。

 何千人、下手をすれば何万人もの死傷者を出した戦いだったらしく、その戦闘に巻き込まれて記憶を失ってしまうのも納得できる話ではある。じゃあこの食人衝動はどこから来たんだという話だが、それは一旦置いておく。

 

 俺はマケナさんに貰った軟膏薬や少しの手荷物を机の上に広げた後、ドルドン神父が用意してくれた部屋のベッドに腰掛けた。丁度そのタイミングでドルドン神父が部屋の扉をノックしてきたので、返事をして彼を受け入れる。

 白髪に白髭。年輪を刻むように深々と刻まれた皺。かつては筋骨隆々の身体だったのだろうと思わせるがっしりした身体は全く曲がっておらず、その肉体の健康さを窺わせる。老齢による貫禄に溢れたこの神父こそ、俺をしばらくの間泊めてくれるというドルドン神父その人だ。

 

「その部屋は気に入ってくれそうかね?」

「最高の部屋ですよ。最近野宿ばかりしていたので本当に嬉しいです」

「ホッホッホ、それならワシも安心じゃ……」

 

 じゅるり。粘性の液体を啜り上げる音が部屋に響く。先程から涎を啜る音が良く聞こえてくるが、口元が弱いのだろうか。だが、彼の歯は奥歯に至るまでが全て生え揃っており、口から涎を塞き止める機能が失われているとは思えなかった。つまりドルドン神父の無意識の癖なのだろう。

 涎の音は少し気になったが、それを指摘して変な空気にするわけにもいかないので、努めて無視することにした。

 

 ドルドン神父は「街の外から来たんじゃろう。好きな時に着替えなさい」と言って着替えを持ってきてくれた。服の上から当ててみると、これまたサイズがピッタリのものだった。神父の体格からすると大きめの服が出てきてもおかしくはなかったのだが、以前にも俺のような人間を泊めたことがあるのかもしれない。金髪坊主の旅人といいドルドン神父といい、一目見て分かるなんて随分と服の目利きが良いんだな。

 何となしに「新品ですか」と聞いてみると、彼は半笑いで否定した。

 

「それはお古じゃよ。少し前にも、君のように若い男の子が教会に泊まっていてね……。その子が使っていた物になるのう」

「へえぇ……その人は今何をされてるんでしょうか?」

 

 じゅるり。葛湯のような唾液が口端から一瞬だけ覗く。

 

「分からない。ある日突然いなくなってしまったのじゃ」

 

 悲しむように、懐かしむように、遠くの方を見つめながら彼は言う。言語化しづらい予感が脊髄に突き刺さる。俺の中にいる三人分の人格の内の二つ――低い声の男と、俺と大切な何かを分かち合った少女――が酷く警笛を鳴らしていた。

 『おいオクリー、そいつヤバいぞ』。内なる声達を信じて良いものかずっと迷っていたのに、珍しく俺達の意見が一致する。彼の涎を啜る仕草と不穏な『若い男の子』の話題が相互作用を及ぼして、俺の中のドルドン神父に対する評価が若干揺らいでしまった。

 

 どうか気のせいであって欲しい。突然押しかけた俺を保護してくれた恩人を疑った自分こそが厚顔無恥の無礼者だったのだと思わせてほしい。

 圧倒的な社会的地位、疑いようもない善行の数々、教会の管理者たる信頼感――どう考えても彼は善人だ。変な思い込みをしている俺が馬鹿なのであって、彼は何も悪くない。

 最近色んなことがあり過ぎておかしくなっているのか? そういえば、俺って食人衝動を持つ異常者だったわ。じゃあどっちがヤバいかは明白だな。

 

「……そんなことがあったんですね」

 

 当たり障りのないセリフを口にすると、彼はふと正気に戻ったように咳払いした。

 

「悲しい事件じゃよ。噂では邪教徒に拉致されたとも言われておるが、真相は分からないまま……」

 

 首を振るドルドン神父。彼はパッと表情を明るくさせると、手を叩いて話題を変えた。

 

「……ウホン! 悲しい話題はここまで! オクリー君、お風呂にでも入って身を清めて来なさい。リフレッシュじゃ、リフレッシュ」

 

 俺はここ数日風呂に入っていない。もしかしたら臭かったのかも。ドルドン神父は「街の北側に温浴所があるから」と言って俺に着替えを持たせ、さっさと教会から追い出してきた。

 

「タダで君を泊めてあげるわけじゃない。明日からしっかり仕事をしてもらうから、そのつもりでヨロシク」

 

 ドルドン神父はそう言って教会の中に引っ込んでいく。この街に唯一ある教会の管理者なのだから、俺の世話ばかりしていられないだろう。俺が仕事をしなければならないのは当然の話だ。

 さっき貰った着替えやタオルを持って街の北側へ赴く。温浴所はこの街に複数箇所点在しているらしいが、北側の温浴所は駐屯所が近いためほとんど兵士専用の施設になっているとか何とか。

 そのため、施設に到着すると人気の無さにまず驚かされた。兵士達は今頃何をしているのだろう。夜の任務? 食事? 事務? そこら辺の事情は分からないが、俺の身体には無惨な傷痕が刻まれているので人がいないのは好都合だと思った。

 

 傷痕だけじゃない。左手の異様な指を隠すために装着している手袋も、本当なら外したくないのだ。拉致された息子の面影を重ねていたマケナさんだけは俺の左手や傷痕を見ても何も言わなかったが、残念ながらこの街の人々に傷を見せて同じ反応を期待できるかと言われれば難しい。辺境に位置し外部からの交流も少ないあの村と、中小規模ながら様々な人の入り乱れるサテルの街では色々と勝手が違うのだから。

 

 それに、俺はそう遠くないうちに街を離れるつもりでいる。恩人のマリエッタやドルドン神父に対して食人欲求が働く前に関係を断ち切るためだ。

 聖都サスフェクトに到着した時に困らないように小銭を稼いでおく必要があるため、サテルの街を発つ前に何らかの形で働くことになるだろう。

 

 人のいない脱衣所に入り、小ぢんまりとした浴場に足を踏み入れる。大きめのタオルで身体の全面を隠すような格好だ。浴場内は人気が少ない上に湯気が立ち込めており視界が悪かったが、万が一の可能性がある。周囲を見渡して誰もいないことを再三確認した後、俺はしばらくぶりに身体の汚れを落として風呂に入った。

 

「ふぅ……」

 

 謎の安心感。湯船に浸かっていると眠ってしまいそうだ。……いっそこのまま寝てしまった方が気持ち良さそうに思える。周りに人がいないため、本当に寝落ちしたら溺死コースまっしぐらだな。

 

 うとうとしながら湯船の縁にもたれかかっていると、湯気の向こう側で扉の開く音がした。ぼんやりしたシルエットが浮かび上がってくると同時、向こうさんも俺の気配に気づいたのか一瞬足を止めた。

 

「うげっ、誰かいる……」

「……その声、マリエッタか?」

「え? もしかしてオクリーさん!?」

「……ここ、混浴なのか」

 

 よりによって知り合いに出くわすなんて。傍に放り出していたタオルを取って、身体の傷を隠すように巻き付ける。左手は湯船の中に沈め、異様な形を見られないように隠蔽した。

 茶髪の素朴な少女は白い湯気を潜って互いの顔が見える位置までやってくると、身体を洗いながら照れたようにはにかんだ。

 

「さ、さっきぶりですね……あはは……」

「仕事は終わったのか?」

「ひと段落ついたので休憩中ですね。いつも男子とはズレた時間にお風呂に入りに来るんですけど、今日はオクリーさんがいたので驚きです」

 

 タオルで身体の正面を隠しながら、セミロングの髪を縛り上げるマリエッタ。そのまま足先をピンと伸ばすようにして湯船に侵入してきて、彼女は俺の隣にゆっくりと腰を下ろした。揺らぐ水面に映る彼女の肢体から目を背けながら会話を続ける。

 

(……ま、まずい。こんな近くに来られると飢餓感が――)

 

 恥じらいながらも距離を詰めてくるマリエッタ。水を弾くような彼女の肌が急接近してきて、どうしようもなく腹が減ってくる。いや、空腹感に加えて意識が朦朧としてきた。心地良さと切なさが同居して、己の中の激情が『今マリエッタを食べればもっと気持ち良くなれるぞ』と囁いてくる。疲れ切った身体に与えられる爆発的な性欲に似た情動。理性を塗り潰すかのような、どうしても抗えぬ本能に似た誘惑だった。

 

「えへへ、そうなんですよ。それで……――あの、オクリーさん聞いてました?」

「……あ、うん。聞いてるよ……」

 

 人間に必要とされる性欲の大部分が、過激な食人欲求に成り代わっているのか? 冷静な思考ができなくなっている。この衝動に身を任せた方が賢いのではないかとさえ思えてしまう。

 

(だ、ダメだ……我慢ができない――)

 

 瑞々しい少女の柔肉を噛み千切るべく、彼女が目を逸らした隙にうなじの辺りに狙いを定める。出会った当初より随分仲良くなってしまった。白い肌。無防備な背中。剥がれかけたタオルの隙間から覗く双丘。全てが美味しそうで堪らなかった。

 湯船が真っ赤に染まる光景を幻視しながら、俺は顎を大きく開いてマリエッタの柔肌を食い破ろうと肉薄する。その寸前、俺の脳裏に電撃が走った。

 

『……待ちなさい。……もっと熟して真っ赤になるのを待って“収穫”する。……それが一番美味しい食べ方よ』

 

 三人目の(・・・・)少女の声(・・・・)。聖都サスフェクトへと導く男の声でもなく、俺と心を溶かし合った少女の声でもなく、恐らく俺に絶望的な食人衝動を与えた張本人であろう少女からの声だった。

 その声曰く、マリエッタを『収穫』するには些か早すぎる、とのこと。快楽の解放のための準備、それを怠るようでは█████に相応しくない男になってしまう、と――

 

(……何だ、これ。頭がおかしくなる……)

 

 俺は強烈な納得感と不快感を感じながら、吐き気を堪えつつ背もたれに寄りかかった。

 

「オクリーさん、何か気持ち悪そうですけど大丈夫ですか?」

「あんまり大丈夫じゃないかも……」

「のぼせちゃったんじゃないですか? 上がりましょうよ」

「うん……」

 

 俺は湯船から上がり、マリエッタの裸に背を向けながら着替えを終えた。彼女は俺の裸をチラチラと横目で見てきたが、身体中にびっしりと傷痕が刻まれているのを目撃して目を見開く。左手と身体の真正面の傷は見られなかったが、彼女には「昔何かあったみたいで……」と濁すことで一応の誤魔化しはついた。

 

「それじゃオクリーさん、また明日! これから毎朝様子を見に行くのでよろしくお願いします!」

 

 ただ、俺の身体の傷を見てもマリエッタは一切怯まなかった。彼女もマケナさんと同じように、俺の傷を受け入れてくれるのだろうか。

 

 マリエッタと別れて教会に戻ってくると、顔を上気させたドルドン神父が出迎えてくれた。

 

「おかえりオクリー君。じゅる。夕食を食べた後はゆっくり休むといいよ」

 

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