全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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七話 一応エロゲー世界なのにエッチなイベントが起きません(涙)

 

 少しでも身動きを取れば、俺を繋ぎ止める鎖が鈍い金属音を立てる。冷たい空気の中に燃えるような暑さを感じて、俺の顎先から珠汗が滴り落ちた。

 

(考えろ――二つ目の質問は『俺達は本当に両想いの関係にあるのか』どうかだ。『はい』か『いいえ』で答えろ、みたいな制限がつく前に答えないと……!)

 

「あぁ。微妙な返事で誤魔化されるのは嫌だから、制限を設けましょう」

「え……」

「先の質問には必ず『はい』か『いいえ』で答えなさい」

 

 微かな衝撃。鎖の色が黒々と変色し、拘束がよりキツくなる。

 やられた。二つ目の質問の逃げ道が完全に塞がれてしまった。

 

 フアンキロは恐らく一つ目の質問――俺がアーロス寺院教団の敵ではないのかという問い――の白黒をつけたかったのだろう。あやふやに濁した答え、もしくは敵でもなければ味方でもないという答えを潰したかったのだと考えられる。

 

 また、三つ目の質問は言い方がいやらしい。『あなたは本当は(・・・)魔法を使えるんじゃありませんか?』という質問だ。これが『あなたは魔法を使えますか?』だった場合、意味は大きく違ってくる。

 

 例えば、フアンキロの魔法は厳しい条件を乗り越えなければ『使えない』。魔法能力を有していたとしても、条件を満たしていなければ魔法を使えないのだから、いいえと答えて後者の質問を通過できる可能性が生まれてしまう。

 しかし、前者の言い方をすることによって、条件付きの魔法使いを炙り出すことができる。フアンキロの魔法は、単語ひとつで大きく姿を変える能力と言えるだろう。

 

「ひ、一つ目と三つ目の質問に答えさせて頂きます。答えは両者とも否定……私はアーロス寺院教団の味方であり、魔法能力などは一切有しておりません」

 

 フアンキロの眉間に皺が寄る。鎖は嘘を感知せず、処刑を行わない。二本の鎖が弾け飛ぶのを見て、彼女は驚いたように頭を掻いた。フアンキロなりの当てが外れたらしく、バツが悪そうだ。

 しかし、俺にとっての命運は第二の質問にて分かたれることになる。

 

 俺は考える。両想いとは、二人の人間が互いに恋愛感情を抱いている状態のこと。俺は俺自身がヨアンヌのことを好きではないと知っている。答えは『いいえ』だ。

 しかし、素直にNOと答えれば狂愛による死は免れない。原作主人公に当て嵌めると、彼女に好意を持たれた時点で結末は四肢切断かちんちんバナナと決まっているのだ。

 

 虚偽の返答による即死と、ヨアンヌの偏愛による死。死ぬタイミングが早いか遅いかの違いでしかない。

 死に方を選べるなら、より楽な死に様を選ぼうというのが人間だろう。男性器を滅多斬りにされるのと呪いによる即死なら、断然後者が良い。いや、良いわけないんだけど……それしかない。

 

 モブなりに覚悟は出来ている。鎖の裁定に従って俺は死ぬのだ。

 ぎょろりとした翡翠の双眸に睨めつけられたまま、俺は二つ目の質問に答えた。

 

「二つ目の質問に関して……我々は両想いです。彼女を愛しています」

 

 ふぅん、と片眉を持ち上げるフアンキロ。

 最後の鎖が異空間に呑み込まれ、俺は全ての鎖から解放された。

 

(え……? 鎖が消えて――は? 即死効果の発動は? どうして俺は死なないんだ?)

 

 目を閉じ、息を止め、奥歯を噛み締め、人生の終わりを覚悟していたというのに。いつまで経ってもその瞬間が訪れない。

 激しい動揺。なぜ虚偽の申告に対する死が下されない? フアンキロの魔法の発動条件は整っているはず。条件に関して不備があったとは思えない。

 

 視界が狭窄している。手の汗が沸き立つような焦りと惑乱を感じる中、鉄扉がめきめきと音を立てながらひしゃげて折れた。あっという間に鉄扉が破壊され、くしゃくしゃに丸め込まれて鉄塊へと姿を変える。その惨状の向こう側で、ヨアンヌが呆然と立ち尽くしていた。

 

「あぁ……あぁ……! アタシも大好きだぞ、オクリー!」

 

 自らの身体を抱き締めながら、よろよろとした足取りで接近してくるヨアンヌ。震えるような幸福に曝されて、彼女の感情は増幅していった。みるみるうちに頬が紅潮し、それとは裏腹に瞳の中の温度が下がっていく。

 

 俺は違和感に打ちのめされる。生き残れたのだから万々歳なはずなのに……どうにも引っかかる。嫌な予感がした。

 その予感を確かめる間もなく、縛られた俺の目の前にヨアンヌが現れる。恍惚とした表情のヨアンヌと目が合う。脇目を振らぬ真っ直ぐな目線。彼女の心から流れ出てくる一筋の熱い思いが、俺の身体の周りを取り囲み始める。原作曰く、この少女は愛情を知らずに育ってきた。それ故に彼女の愛は歪んでいる。彼女が表現する愛情は、鉛のように重く、鈍く、目を逸らせぬ歪さを有していた。

 

「ちょ、ちょっと。ここで始めないでよ?」

 

 フアンキロの制止をものともせず、ヨアンヌはフアンキロが持ち込んだ拷問道具――木の枝を剪定するための刈込鋏――を後ろ手で引ったくる。

 

(おっ、おい、嘘だろ。テンションが上がりすぎてこの女――)

 

 あの鋏は原作主人公の一物を菊の花の如く斬り裂いた道具そのものだ。四肢切断の際にも顔を出した名脇役とも言える。俺は血溜まりの中に蹲る自分の姿を幻視した。

 

「オクリー……オマエは――オマエという奴は――どれだけ(・・・・)アタシの(・・・・)ことが(・・・)好きなんだよ(・・・・・・)っ!!」

 

 ヨアンヌは感極まったように刈込鋏を振り上げ、俺の脚の隙間に叩きつけた。ストンという乾いた音がして、刈込鋏が脚の間で直立する。鼻先を擦った刃先が今の一撃の鋭さを示していた。

 あまりの恐ろしさに全身の震えが止まらなくなった俺は、無様にも椅子の上で尿を垂れ流してしまう。面白いくらい膝が震える。表情を取り繕うことが出来なくなって、過呼吸で涙目になってしまう。逆に今の状況が笑えてくるのは何故だろうか。

 

「あぁ、その顔……可愛いよオクリー……」

 

 小さな口を開いたヨアンヌは、半狂乱になった俺の首筋をスプリットタンでなぞるようにして舐め上げた。無邪気な笑みと螺旋状の瞳が肉薄し、名残惜しむように首を何度も舐められる。

 声すら上げられなかった。仮にも美少女の舌が肌を這いずっているというのに、俺は彼女から逃れようと上半身を捻り続ける。興奮すらしなかった。彼女は壊れている。思うがまま、感じるがままに俺の四肢を切断しようとしているのだ。もはや動物と思った方がいいのかもしれない。

 

「……この拘束。丁度いいか」

 

 ヨアンヌは両脚の間に屹立した刈込鋏を抜く。その噛み合わせと切れ味を示すように、刈込鋏はジョキジョキと大きな音を立てて宙を二度三度切り裂いた。

 

「ちょっ――と、待っ――!?」

 

 ガタガタと椅子を揺らしてヨアンヌから逃れようとするが、両手両足が縛られている現状では逃れられるはずもない。こんな時に限って、彼女の薬指が入れられたペンダントのことが思い浮かんだ。運良くこの部屋から脱出できたとしても、『マーカー』がある限り逃れられないではないか――

 フアンキロに視線で助けを求めるが、間に合いそうもない。

 

「少し痛いだろうけど、我慢してくれよな」

 

 俺の肩口に、開かれた刈込鋏が当てられる。そして彼女が取っ手を狭めようとしたその瞬間――脳裏に逆転の一手が浮上した。天地をひっくり返せるかもしれない妙案。迷っている暇はなかった。俺はその案を実行しにかかる。

 

「ヨアンヌ、様ぁっ!」

「ん?」

 

 爪先だけを動かして地面を蹴り、ヨアンヌに向かって近付く。彼女が呆けた声を上げたその時――

 

「むぐ――っ!?」

 

 俺はヨアンヌの唇を塞いだ。

 

 キスの味とか、そういうのは分からなかった。ただ夢中だった。

 数秒間の接触の後、ヨアンヌとの距離が離れる。

 

「あ……ぅ、え? 今、何したの……?」

 

 キスされるとは思っていなかったらしいヨアンヌは、刈込鋏を取り落として激しく狼狽した。耳まで真っ赤にしながら唇に指を添えて、余韻を確かめるような反応をして。

 

「ま、まさかアタシ、き、き、キス――を――……っ」

 

 涙目になったヨアンヌは、尋問室から一目散に逃げ帰っていった。

 

(たっ――助かった……ありがとう俺のファーストキス……)

 

 あの時、俺は原作の個別ルートのことを思い出していた。ヨアンヌがどういう価値観を持っているのかは分からないが、加虐行為は躊躇わないくせに、キスや性行為は一人前に恥ずかしがるのだ。もしかしたら突然のキスで動揺してくれるんじゃ……と思っていたのだが、効果は覿面だったようだな。

 

「ふふっ……はは、はははっ! オクリー・マーキュリー! 君って面白いのね!」

 

 視界の端でフアンキロが笑っている。何とでも言え、命が助かる以上のことなんてない。

 

本当は両想いじゃ(・・・・・・・・)ないのに(・・・・)あの子とキスするなんてさ」

 

(……あ?)

 

 今、何て……?

 

 数秒間、フアンキロの言うことが本当に分からなくて、俺はゆっくりと首を捻った。

 

「だからぁ……君は二つ目の質問で嘘をついたでしょ? 好きでもない女によくもまぁキスできたなって言ってるのよ。君ってば結構演技派なのねぇ」

 

 ……は?

 

 まさかこの女――俺を泳がせて――

 

「……な、ぜ……私を殺さなかったのですか……?」

 

 震える声で問う。フアンキロは当然のように言い放った。

 

「君は魔法が使えなくて、ワタシ達教団の味方。殺さない理由はそれだけで十分じゃないかしら? それに、使える部下を殺してしまうのは無能のやることだもの。生死の判断は一つ目と三つ目の質問だけで十分だったのよ」

 

 フアンキロは俺の嘘を見抜いた上で、任意の即死効果を発動しなかったのだ。完全に手のひらの上で転がされていたことになる。

 

「それにしても君……ワタシの手を借りずにヨアンヌを撃退するなんて相当ね。次の幹部候補たり得る器だわ」

 

 フアンキロは俺の椅子の拘束を解くと、拷問器具の詰められた箱を持ってその場を後にした。

 こんなセリフを残して――

 

「このことはヨアンヌに黙っておいてあげる。けど、その代わりにワタシのお願いを聞くこと。お願いを聞いてくれなかったらぁ、ワタシぃ……ヨアンヌに嘘のことを言っちゃうかもぉ……なんてね」

 

 数日後、俺はモブ教徒から「幹部がスパイを始末した」という噂話を聞いた。しかし、二度の任務失敗という責任から逃げられたわけではない。

 まだ原作が始まる時間軸に至っていないことを思い出し、俺は絶望的な未来に溜め息を吐いた。

 

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