全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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八〇話 あなたを追いかけて

 

 『幻夜聖祭』まで残り二ヶ月と少し。聖都サスフェクトまでは残り五日の旅路だ。ただし、五日という距離は何の問題もなく最短工程で旅が進んだ時の話で、実際にはもう少し時間がかかる場合が多い。

 そしてトラブルは起こった。連日の体調不良と睡眠不足によって俺の体力が尽きたのである。聖徒サスフェクトへ向かう最中の森の中で行進速度を落とした俺とドルトン神父は、獣道の傍にあった丸太小屋でしばらく休むことにした。

 

「ふむ。都合の良いところに小屋があるものだな」

 

 丸太小屋の半径数メートル周辺は木を伐採されており、切株が立ち並ぶ。恐らく俺達のような人間が短期間に渡って仮家として利用していたのだろう。それより遠い場所では雑草や若い木などが生え放題なものの、ドルドン神父が短剣で伐採して回るとあっという間に開けた空間が出来上がった。

 丸太小屋の中は軽く埃が溜まっていて、扉を押し開けただけで空気中に埃の層が飛散する始末。小一時間滞在するだけなら問題にならないだろうが、長く居座れば身体に悪影響を及ぼすだろう。

 

「どれ、ワシが片付けてやろう。オクリー君は休んでいなさい」

「ああ……助かる」

 

 ドルドン神父は窓を全て開け放ち、纏っていた服の一部を切って埃を拭い始めた。壁に寄りかかってぼうっとしていると、「準備できたから」などと言って床に寝かせられる。ひんやりして気持ちいい。剥き出しの木の匂いと湿った土の香りがした。

 

「食料を取ってくる」

「…………」

 

 ドルドン神父が丸太小屋を後にすると、これまで二人で一緒に行動していた分、しんと静まり返った空間の寂しさが胸の中に残った。あんな男でも俺の心の一部分を占めているらしい。十中八九、精神的に弱っているせいだろうが、マリエッタやドルドンのような知り合いが傍にいてくれないと気持ちが死んでしまいそうだった。

 俺は横になりながら、己の立場とこれからの立ち回りについて考えることにした。偶然にも体調不良に陥ったわけだが、これは天からの贈り物だ。もっと己のことについて思案せよという天啓かもしれない、そう受け取ることにした。

 

 ――未だに判断しかねている。聖都サスフェクトに向かっている俺は何がしたい? ゲルイド神聖国の首都を滅ぼすつもりは当然ない。この指に込められているヨアンヌと再会したいけれど、しかしアーロス寺院教団の味方をする気は更々ない。あくまで俺が気にしているのはヨアンヌと街のことだけだ。

 とにかく、この指が悪さをし過ぎている。俺の指針と真逆の方向へ牽制し続けてくるのだから。

 

(堂々巡りで何も決まらない……)

 

 聖都サスフェクトで邪教幹部を呼び出してしまえば、どれだけの被害が出るか分からない。それを分かっているのに、俺は聖都サスフェクトへ行こうとしている。真実を知ってからは聖都へ向かうことに拒絶感を持っているはずなのに、何故かそう思ってしまう。

 

 ……いや。まさか、拒絶感を持たないように暗示を掛けられている……?

 

 俺は電撃の如く走った考察に上体を跳ね起こした。

 そう考える方が都合は良い。だって、記憶喪失になった人間に、無計画に作戦の中枢であろう幹部三人分の肉片を託すわけがないのだから。俺に対する何らかの保険というか、余計な行動を取った時のための軌道修正手段が用意されてても何ら不思議ではない。

 

 教祖アーロスはそういった精神干渉系の魔法を使えるかもしれないとドルドンが言っていたし、俺が邪教徒の幹部候補と呼ばれるほど暗躍していたのなら尚更だ。今の俺自身の気持ちを信用しない方がいい。信じていいのは客観視できる事実だけだ。

 

(そう考えると、あの時偶然手助けをしてくれた金髪坊主は俺の監視役の邪教徒か……? レクスはドルドンの知り合いでもなかったし、多分そうだ。軌道修正の手段が多岐にわたって散りばめられている……)

 

 予想以上の囲われ方ではないか。精神干渉系の暗示魔法に、監視及び手助けのための邪教徒。ここまで念入りに用意されているとは思っていなかった。

 情報を整理しろ。邪教徒の用意したレールを外れる手段は必ず存在する。俺という人間に(・・・・・・・)固執し過ぎている(・・・・・・・・)という一点で、どれだけでも計画を破綻させる手立てはあるはずなのだ。

 

 あと少し……何かが足りない。俺がケネス正教に味方したいというこの気持ちは間違っていないはず。でも今のままじゃ、正教サイドにこの身を差し出したところで無駄死にとなってしまう。

 俺の用意できる見返りは、正教幹部に爆弾の始末を思い留まらせるだけの価値を持たない。だからこそ、あと一歩。俺の持つ手札をもう一枚揃えなきゃダメなんだ。

 

(……俺の記憶が戻ってこれば、手札が揃う気がする)

 

 喪った記憶が全て復活すれば、情報が増えて手札も増えるだろう。しかし、都合よく記憶が戻ってくるはずもなく……。

 

「帰ってきたぞ」

「……あぁ、おかえり」

「暖を取るための薪を切ってくるわい。この辺には薪に使えそうな木が多いのでな」

「そうか」

 

 ドルドン神父が戻ってきたかと思えば、既に締められた獣を玄関前に置いて、どこからか持ってきた斧を手に再び外に出ていった。

 何となしに、枯木に向かって斧を振るうドルドン神父の後ろ姿を眺める。斧を振り被る度に引き絞られる臀部。年齢の割には悍ましいほど鍛え抜かれた身体だ。巨大な肉体と筋肉は時に威圧感を与えるもの。俺がドルドン神父と直接戦闘になった時、あの巨体に組み敷かれて為す術なく敗北してしまうだろう。

 

 なし崩し的に仲間のような扱いになっているが、やはりあの体格と経験は脅威だな。ドルドン神父の身体が躍動し、筋肉の上に乗った脂肪が揺れているのを見て、俺は言いようのない微妙な気持ちになった。

 ……俺は何を見ているんだ? やめよう。こうしてドルドンを見ているところを奴に勘違いされるのも癪だ。今は寝ることが俺の仕事なんだ。

 

 そうしてドルドン神父から視線を外そうとした時、俺の中に既視感のある違和感が湧き上がってきた。それは盗賊団と戦闘していた時、恐怖と渇きの中で記憶を取り戻したあの時の感覚と非常に良く似ていた。

 思考の渦中に煌めく何かが奔る。それを掘り起こす。逃さないようにしかと掴んだ。斧が叩きつけられる音が響き渡る度に、記憶の断片が心の奥底から引っ張り出されていく。ドルドン神父に対する恐怖と嫌悪感と信頼感が、かつてのヨアンヌに感じていたそれ(・・)と一致し、シンクロした過去の光景が克明な形を帯びて引っこ抜かれたのである。

 

 敵とも仲間とも言えない微妙な立ち位置のドルドン神父が、かつてのヨアンヌと重なる。俺の心を支えていたマリエッタという少女は、かつて縋りついていたアルフィーという少年の存在とそっくりだ。突如として教会にやってきた正教幹部のポーメットは、ヨアンヌやフアンキロの対処に戸惑っていた時に現れたスティーラの姿と重なった。

 正教邪教の両陣営に狙われているというのは今も昔も変わっていなくて、日を重ねるごとに地獄へ近づいているかのような不安はずっと拭えなくて――

 

 濁流の如き記憶のうねりが脳髄を叩く。詰みの状況に追いやられてどうすればいいのかと頭を悩ませていたかつての俺、死を孕んだ脅威に囲まれて全てを放り出してしまいたくなる弱い俺、そんな中でも希望の未来を諦め切れない往生際の悪い俺、前世への拘りを捨てて本当の覚悟を決め、世界を変えようとしていた俺――

 

 全て、思い出した。

 前世の記憶、孕み袋から誕生したという出生の秘密、ヨアンヌとの出会い、メタシムやダスケルの悲劇、セレスティアの闇堕ち、北東支部での日々……全部全部思い出した。

 

「な――んて、ことだ……」

 

 僅かに記憶の断絶が起こっている。ヨアンヌと交換した臓器を取り戻した直後からだ。そこで心を破壊され、記憶喪失に陥ってしまっていたのだろう。普通の身体に二度目の内臓交換は負担が大きすぎたか。

 しかし、こうして戻ってこられたのなら問題はない。不自然に抜け落ちた記憶もないようだし、以前の俺に完璧に戻っている。

 

 記憶を取り戻せた最後のきっかけはドルドン神父の尻という最低最悪な理由だったが、あやふやなまま聖都サスフェクトへ向かうよりは何倍もマシだった。

 

 俺はわなわなと震えながら、未だに鳴り響く警笛のような頭痛を髪の毛ごと握り潰す。正気を取り戻すタイミングとしては本当に最後のチャンスだったと言っていい。情報不足のまま判断を下していたら、アーロスの計画を完璧に潰すことは叶わなかったはずだ。

 ――聖都襲撃作戦及び『聖遺物』強奪作戦の根幹に、洗脳された正教幹部セレスティアが存在することに気づけないでいたら。その時は本当に一巻の終わりだった。

 

「――セレスティア……そうか、ここに居たんだったな……」

 

 行方不明になったという正教幹部序列七位、セレスティア・ホットハウンド。神殿に眠る『聖遺物』を奪取できるのは彼女しかいないのだ。逆に言えば、セレスティアの洗脳さえ解いてしまえば、この作戦はリカバリーすることも不可能なほどの大失敗に終わるだろう。

 

 ケネス正教を救うには、俺が陣営に身売りするしかない。セレスティアの存在を匂わせながら左手の指を見せつけ、交渉に持ち込むのだ。一年前にポーメットを助けていたことが今になって生きてきた。

 彼女は俺の正体に気づいていると考えていいだろうが……俺が邪教徒だとすると、一年前にポーメットを救った行為と辻褄が合わない。話があると言って彼女に接触すれば、ポーメットも話くらいは聞いてくれるだろう。

 

 俺の決意は固まった。昨日親身になって聞いてくれたドルドン神父のお陰でもある。本当は感謝なんかしたくないクソ野郎だが、今の彼が頼れるのも事実。俺は窓から身を乗り出して、ドルドン神父に向かって諸手を振り上げた。

 ドルドン神父は汗を拭いながら軽い調子で手を振り返してくる。心地よい運動と俺の行為に当てられ、やや頬が緩んでいた。

 

「ドルドン神父、話がある!! 今すぐこっちに――」

 

 斧を傍らに置いて耳を澄ませてくるドルドン神父。俺の言葉が途切れてしまったのは、老爺の背後に誰かが立っていたから。

 その少女は、セミロングにした艶やかな茶髪と、燃えるような灼熱の瞳をしていて、その右手には長剣が握られていた。

 

「――マリエッタ……?」

 

 呟いた直後、マリエッタがドルドン神父に剣を振り下ろす。咄嗟に身を翻して斬撃を回避したドルドンは、枯木の間を転がりながら斧を引ったくる。齢七五とは思えぬ身のこなしに驚きながらも、俺は外に出てドルドン神父に駆け寄った。

 

「ドルドン、大丈夫か!?」

「無傷じゃ。危なかったわい」

 

 ドルドン神父は茶髪の少女から目を離さず声をかけてくる。草の破片を払いながら立ち上がった神父は、くつくつと笑いながらマリエッタを睨みつけた。

 

「突然斬りかかってくるとはご挨拶だなマリエッタ。何か用かね?」

「…………」

 

 少女は一言も喋らない。ドルドン神父を睨み殺そうかという目つきで見据えていた。

 

「オクリーさん、大丈夫ですよ。あたしと一緒に帰りましょう」

「ワシを無視するか。彼は今人生の岐路に立たされておる、君のような人生経験の浅い小娘は引っ込んでいなさい」

「黙りなさい。あなたには大量殺人の疑いが掛けられています。……オクリーさん、安心してくださいね! 今ここで犯罪者を捕まえてあげますから!」

「じゅるり。オクリー君があの時君を選ばなかったのを忘れたか? 彼のことを思うのなら、その選択を尊重してやりなさい」

 

 口論がヒートアップし、マリエッタの語気が怒りを帯びる。対するドルドンは落ち着き払っていて、彼なりのピンチにも関わらず襟を正す余裕すら見せた。

 

「ドルドン神父、忘れましたか? あたし結構強いですよ」

「そうだな。君はワシよりも強い。しかし今のワシには守るべき者がいる。聞いたことはないかね、護るべき者を持った時人は強くなると」

「減らず口を!」

 

 ドルドン神父は左手の人差し指と親指が欠損している。純粋な力比べになっても、片手の指が揃っていなければ不利を被ることになるはず。彼の自信は経験から来るものか、それともハッタリなのか。

 ただ、今この場で戦闘が起きることは避けなければならない。二人が戦っても何の利益もない。俺はマリエッタとドルドン神父の間に割って入り、殺気立つマリエッタの剣を下ろさせようと説得を始めた。

 

「マリエッタ、落ち着いてくれ。……ここは俺に免じて剣を収めてくれないか」

「……無理です」

「話し合いをしたいんだよ」

 

 マリエッタは引かない。こんな時に限って頭痛が鳴り止まない。膝をついてこめかみの辺りを押さえていると、左手の薬指が激しく震え始めた。

 

「……!?」

 

 ――それは、予感。

 あの少女がやって来るという確信だった。

 

「ま、ずい――」

 

 ここで彼女が姿を現してしまえば、俺の計画の全てがおじゃんになってしまう。記憶を取り戻せたというのに、みすみすケネス正教の勝ちの目を見逃さなければならなくなってしまう。

 心の中で彼女に向かって叫ぶ。頼むからやめてくれ、と。だが、少女はそんな俺の気持ちなんて一切合切無視してやってくる。少女の目標たる世界の崩壊(アポカリプス)及び『小さな世界』へと至るためには、この聖都サスフェクト襲撃作戦が成功しないと都合が悪いのだろう。

 

「あ、あ――」

 

 ――ヨアンヌ・サガミクスの薬指が反応し、一方的な再生が始まった。

 ドルドン神父とマリエッタの目の前で、骨と血管からなるヨアンヌの左腕が空中に伸びていく。病的に白い肌で表面がコーティングされ、女性らしい曲線を描く裸の胴体が形作られる。くびれた腹部、大きな双丘、眩しいばかりに研ぎ澄まされた白い身体が太陽の元に曝される。最後に少し伸びた髪の毛が生え揃い、この世の人間とは思えぬ美少女が生まれ落ちた。

 

 強制的に切り離された薬指から一糸纏わぬ姿で『転送』を完了したヨアンヌは、周囲の人間を気に留めることもなく、ゆっくりとした動作で伸び上がる。螺旋状の瞳で俺を捉えながら、細い両腕を首の後ろに回してきた。

 

「――おかえり、オクリー」

 

 少女は俺の耳元で甘く囁いた後、マリエッタやドルドン神父の目の前で、再会を喜ぶかのように深い深いキスを落としてきた。

 

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