全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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八四話 共に分かち難く……

 

 マリエッタと共にヨアンヌの魔の手から逃れてきたオクリーは、ドルドン神父との別れに心の中を描き毟られるような感情を抱いていた。

 

(頭のおかしい殺人鬼が死んだだけだ! なのに、どうして涙が溢れて止まらないんだ……!?)

 

 オクリーとドルドン神父の出会いは最悪だった。記憶喪失だった彼を迎え入れて間もなく、ドルドン神父はオクリーの夕食に睡眠薬を混入させて薬の耐性がないかを確認していた。彼が眠りについた後は舐め回すかのようなマッサージを無断で敢行し、その後性欲に任せてオクリーを襲った。

 少年一九人を強姦して殺害した上、その遺体を透明にして罪から逃れようとした男が因果応報で死んだだけ。成り行きで協力関係となり、葛藤する内心や今後の身の振り方について僅かな相談に乗ってもらっただけだ。ヤツが感情移入するほどの人間でないことは明らかだろう。

 

 彼と短期間一緒に過ごしてきたが、気を抜けた瞬間はほとんどない。信頼できる人間でもないし、ずっと敵同士だった。

 『原作』をプレイしていた時からそうだ。最初から最期まで身勝手な悪党で、他者を蹴り落としてでも保身に走るような奴だった。悪事を暴こうとした主人公を貶めるべく罠に嵌め、その最中も自分は性欲に任せた凶行を続けて、ずっとずっと人間の屑を絵に描いたような行為ばかりしていて……。

 

 それなのに、ドルドンと最期に目を合わせた時、自分の双眸から感情の濁流がとめどなく溢れ出てきた。そんなのおかしいだろう。あの男との別れで動揺している自分自身が理解できなかった。

 

 現在、オクリーはマリエッタの腰にしがみつきながら馬に乗っている。背中側で嗚咽を漏らすオクリーを気にかけながら、茶髪の少女は背後からヨアンヌが追ってこないかを逐一確認していた。

 

「オクリーさん、どうして泣いているんですか? あの女はもう追ってこないですよ」

「ち、違うんだ。ドルドン神父が……あいつが俺を庇ってから、何故か涙が止まらないんだ。マリエッタは何も思わないのか……?」

「……動揺しなかったかと言えば嘘になります。彼ほどの実力者が手も足も出ずに敗北するなんて思いませんでしたから」

「そういうことじゃ……いや、何でもない」

 

 オクリーはマリエッタの淡白な反応に反論の言葉が零れそうになった。だが、彼女の反応が普通なのだと思って呑み込んだ。

 マリエッタからすれば、ドルドン神父は完璧な神父の皮を被った殺人鬼である。市民の平和を守るべく戦っている兵士からすれば、彼の蛮行は許しがたい行為だったに違いない。

 

 実際マリエッタは、ドルドン神父がゴタゴタの中で消えてくれて正直助かったと考えていた。あの男は生きているだけで周囲に強烈な影響を残してしまう。それが悪であれ正義であれ、カリスマとはそういうものだ。

 オクリーとの恋路を邪魔する妙な男でもあったので、生きて罪を償って欲しくはあったが――彼の世評は『全市民が模範とすべき高潔な人徳者』。ケネス正教並びにサテルの街の住民に動揺が走ることが容易に考えられたため、やはり彼の正体が広まらないうちに死んでくれて良かったと言わざるを得ない。

 

 恐らくドルドン神父は死の真相を有耶無耶にされ、神父の名に恥じぬ聖人君子であったと後世に語り継がれていくだろう。だからこそ死んでよかったとも言える。

 

「死んで当然の男でした。気に病むことなんてありません」

「…………」

 

 涙を拭いながら、そうなのかな、と零すオクリー。そんな彼の様子を見て、マリエッタは重症だと思った。ドルドン神父その人に凌辱されかけた上、その命すら狙われていた被害者が浮かべる表情ではない。混乱しているのだろう。マリエッタは速度を緩めないまま、臍部に回された青年の手に触れた。

 

「あたし、今のオクリーさんの状態に思い当たる節があります。犯罪者と被害者が長い間行動を共にすると、両者の間に妙な心理的な繋がりが生まれると言われていて……あなたはきっと、それに惑わされているだけなんです。今はあたしが居ますから……深呼吸して落ち着いてください」

 

 マリエッタはヨアンヌが追ってきていないことに安心した後、馬の速度を緩めて彼を宥めにかかった。そして、そっと首元を撫でたその時――少女の双眸が氷のような冷たさを帯びた。

 

「あなたには沢山聞きたいことがありますからね。落ち着いてもらわないと困るんですよ。まず、ヨアンヌ・サガミクスのことを話してもらいます。次に、その左手のこと、あなたの正体のこと、記憶のことを吐いてもらいます。もちろん全部聞かせてくれますよね、オクリーさん」

 

 ギリギリと締め上げるようにしてオクリーの首を掴むマリエッタ。咄嗟に身体を捻って少女の拘束から逃れるが、勢い余って馬から転げ落ちてしまう。少女は馬の手綱を引いてブレーキをかけ、馬上から飛び降りてナイフを抜き放つ。

 背中を強打して項垂れるオクリーの上に馬乗りになったマリエッタは、逆手持ちにしたナイフを使って左手の黒手袋を切り裂いた。

 

「……これは一体……」

 

 オクリーの左手は、人差し指、中指、薬指が根元から欠損していた。ヨアンヌ・サガミクスの起点(・・)となる指は一本で済んだはずだ。であれば、これらのうち二本は他の邪教幹部のモノだった可能性がある。

 左手に手袋を填めてまで隠蔽したかった情報は、これのことなのか。マリエッタの心がみるみるうちに冷めていく。やはり、自分は騙されていたのだ。

 

「左手の傷だけを頑なに見せようとしなかったのは、あたしを騙すためだったんですね」

「ゴホッ……! それは、違……!」

 

 オクリーは咳き込みながら否定する。しかし、情報を整理しても引っかかることがあった。もっと邪教徒の情報を引き出してから殺すべきだという冷静な判断に加えて、彼に向けられた複雑な私情が消えないせいで、オクリーの喉仏を潰し切ることはできなかった。

 

(オクリーさんの正体が邪教徒だったとしたら……色々な矛盾が生まれてしまう。一年前のダスケルであたしを助けてくれたのは『気まぐれ』と言えなくもない。けど、ポーメット様を助けたっていう事実はどう捉えても矛盾が生じる。だって、ポーメット様のような選ばれし者は、邪教徒にとって是が非でも殺したい人間なはずだから……)

 

 ポーメットは、オクリーに助けられた時の状況を以下のように振り返っている。寺院教団幹部のポーク・テッドロータスとシャディク・レーンに襲われていた時、謎の青年が崩れかかった塔を倒して隙を作ってくれたのだ、と。

 そのお陰でポーメットはポークを一時的な戦闘不能に陥らせることができた。敵陣営は元々深追いをしないと決めていたのだろうが、ポークが攻撃を受けたことによって片割れのシャディクは撤退を選択。ポーメットは命からがら二人の邪教幹部をやり過ごすことに成功したわけだ。

 

 では、あの時のオクリーは何故ポーメットを援護したのだろう。数的優位を維持して、ポークやシャディクを援護していればポーメットを仕留めることができたかもしれないのに。

 

 それとも、ポーメットを仕留めたという実績が欲しかったオクリーが功を急いだ故に発生したヒューマンエラーなのか?

 いや、それは考えにくい。大事な局面でそのような大失敗を犯すような人間なら、ケネス正教に名前が伝わってくるほどの大物にならなかったはずだ。

 

 何なら、手を出さないという究極の選択をすることだってできただろう。

 二対一の数的優位を維持し、余計なことをする方がかえって邪魔になるだろうと、ポークとシャディクによるポーメット討伐を見守るだけに留めておく。懸命な人間なら、そちらを選んだって不思議じゃない。

 

 でも、しなかった。オクリーは正教幹部を救済した。その一点で、オクリーの姿にモヤがかかって見えてしまう。マリエッタの中の『オクリー』像は何重にもブレていた。

 正教軍部でも話題に上がる、アーロス寺院教団次期幹部候補にしてダスケル崩壊の作戦立案を担った悪魔的頭脳の持ち主と、マリエッタやポーメットを助けてくれた風来坊のオクリー。どちらの彼が本物なのか分からない。今確かめておかなければならなかった。

 

「……オクリーさん、あなたの目的は何なんです?」

「目的……?」

「あなたの正体が邪教徒だというのは理解しています。でも、その前提が確かなら、あたしやポーメット様を助けた意味がどうしても分からない……」

 

 ポーメット援護、ヨアンヌとの関係、その正体、左手の黒手袋、彼自身の記憶喪失疑惑――ありとあらゆる要素が煩雑に絡み合っている。余計な主張をしてくるのは記憶喪失の一件だ。

 オクリーと再会した時、マリエッタのことはおろかケネス正教のことすら知らなかった。アーロス寺院教団のことも全く知らなかった。それはまだいいが、記憶喪失中の彼の行動にはいくつもの疑問があった。疑いの余地がないほど無防備すぎた。

 

 おかしな話である。マリエッタやポーメットと好意的な繋がりがある邪教徒なんて相当使い勝手の良い存在だろうに、本当に記憶喪失に陥っているとしか思えぬ行動が多々見受けられた。

 本当に、イライラする。敵だと分かっているはずなのに、妙な事実のせいで考えが一向に纏まらない。互いに見つめ合ったまま、時がいたずらに流れていく。

 

「俺は……」

 

 対するオクリーはマリエッタの問いかけを受けて逡巡していた。

 彼女の正義の心は本物だ。この子にだけは全てを吐露しても構わないのかもしれない。何せ、今のオクリーには誰の肉片も癒着していない。つまりヨアンヌのマーカー探知機能は死んでいる状態だ。心の有り様は相変わらず筒抜けだが、居場所が掴まれないだけマシだろう。

 

 完全に敵のスティーラにも感情の機微が漏れかけているものの、ヨアンヌほど具体性を帯びてはいない。今のところは精々、オクリーが激情に駆られた時に共鳴するように身体の奥底が疼くだけだ。

 彼女達とオクリーの繋がりの本質は似ているようで異なっている。オクリーに全てを捧げる覚悟のあるヨアンヌがより強固な結びつきを有しているのはある意味当然の話であった。

 

 今まではアーロスやその他幹部の評価を上げるために様々な悪事を働いてきた。

 しかし、こんなチャンスが飛び込んできたのなら話は別だ。マリエッタという存在を通じて、『ケネス正教』側の人間に味方を作ることができるかもしれない。至上の命題であった、本当の『仲間』を作れるのは今しかないのではないか。

 

 オクリーは言葉を選びながら、慎重に歩みを進めようとする。

 

「本当は――」

 

 そんな時、マリエッタがオクリーの口を塞いで身を屈め始めた。緊張で硬直していた全身の筋肉が弛緩して、無理矢理静かにさせられる。

 

「――しっ。静かに」

「……!?」

「何か来ます」

 

 突如として、周囲の森がざわめき始める。

 何かって、どういうことだ。オクリーは事情が呑み込めずに混乱する。しばらくじっとしていると、彼の耳に枝葉の擦れ合う音の大合唱が聞こえてきた。

 

「まさか……」

 

 ――同時刻。オクリーを捜索するアーロス寺院教団のアレックス隊は、妙な空気の変化に緊張を高めていた。

 

「小隊長」

「分かってるっす」

 

 ヨアンヌ・サガミクスに命じられてオクリーの身柄を確保すべく森の探索に当たっていたアレックスと彼の小隊は、深い森の中に入ってしまったようだった。

 

 アレックス以外の邪教徒は北東支部から派遣されてきた精鋭の潜入員・戦闘員だ。

 記憶喪失になったオクリーを闇から監視し続け、アレックスの指示の元ヨアンヌに情報を伝え続けていた。ゲルイド神聖国の地理には精通しており、作戦の舞台であるサテルから聖都サスフェクト周辺までの地図は頭の中に叩き込んでいたはずなのに――

 

 この深い森はどう考えても地図にない場所だ。

 枝垂桜(しだれざくら)のように重々しく枝葉を弛ませた大樹、この地理条件では出るはずのない濃い霧、いつの間にか地面に生えている湿った苔、渦を巻いたシダ、服の隙間から侵入してくる水滴混じりの風……アレックスを含めた小隊の七人は、自分達が何らかの罠に嵌められたものと即座に理解した。

 

「自分達、いつの間にか敵の手中にいるみたいっすね……」

 

 オクリーがマリエッタと共に馬に乗って逃走するまではその行方を追えていたはずなのに、ある瞬間からぱったりと足跡が消え去っていたのも彼らの思考を後押しした。

 

「――周辺を警戒!! 恐らく正教幹部の誰かが近くにいるっすよ!!」

「おうッ!!」

 

 ――ケネス正教幹部序列六位、ノウン・ティルティ。植物を自在に成長させ操る魔法の使い手である襲撃者の名前や戦法を、彼らはまだ知る由もない。


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