全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件   作:へぶん99

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八九話 ピエロあるよ

 

「ノウン様、よくぞご無事で!」

「この国の防衛を担う重役だぞ? わらわがそう簡単に死んでたまるか」

「びっくりさせないでくださいよ……本当に……」

 

 マリエッタは小柄な三白眼の魔法使いノウンの元へ走っていき、続けてポーメットの様子を見た。双方とも怪我は完治しており、先程までの戦いの痕跡が刻まれていたのは実験場の森くらいだった。

 一度消滅しかけたノウンを心配するマリエッタの傍らで、金髪碧眼の女騎士が睨みを効かせながら近づいてくる。目と鼻の先で静止したポーメットは俺を静かに見下ろしていた。

 

「…………」

 

 ポーメットの背丈は俺よりも僅かに高い。身長一七五センチの恵まれた体格に加え、浮世離れした端正な顔で威圧されると、全身がすくみ上がるような気持ちになる。

 

「……この間はどうも」

「お前には聞かねばならんことが山積みだ。先日、お前が証言した場所から死体が見つかっている。恐らくはドルドン神父によって殺害された者だ」

 

 ポーメットの言いたいことはよく分かる。矛盾と混乱でその場を乗り切ったサテルの街での円卓会議――あの時煙に巻いた発言と同じことが起きた。そこにノウンの発言が加わり、俺の正体が邪教徒であると確定的になったわけだ。

 彼女にしてみれば疑問を晴らす良い機会である。

 

「ノウン、連れていくぞ」

「うむ」

 

 これから俺はサテルの街か聖都サスフェクトに連れていかれ、尋問されるのだろう。

 一瞬だけマリエッタと目が合う。彼女の絶妙な表情が瞼の裏に焼きつけられた。

 そして、植物の蔓に頚部を巻き取られ、きりきりと締め上げられる。ピンポイントな圧迫によって血流を堰き止められ、徐々に五感が消え失せていく。

 

 視界の奥でマリエッタが何かを言っていたが、ノウンに無視されていた。マリエッタの身体を背後から抱きかかえるようにして、ポーメットが邪魔をさせないようにしている。

 きりきりきり。急速的な酸素不足に陥り、苦しみもなく意識が遠ざかっていく。空気の抜けるような音が頭の中に響き渡ると同時、俺は意識を失った。

 

 次の瞬間、全身麻酔のような意識の断絶から覚醒して、俺ははっと目を覚ました。

 

「……!?」

「おはようさん、オクリー」

 

 軽々しい女の子の声。年齢に似合わぬ老婆口調の少女、ノウン・ティルティが目の前にいた。

 いつの間に運ばれた? ここはどこだ。口で説明を求める前に身体が動いて、分厚く重苦しい何かに動きを制限される。

 

 ちゃら、という金属の音がして、そちらへ向いてみると、俺の手首足首に拘束器具が繋がれていた。身動きひとつ取れない。

 どこかで見たことのある光景だ。思わず吹き出しそうになる。

 

「何を笑っておる」

「いや……どこに行ってもこう(・・)なんだなって思ってさ」

「?」

 

 拷問部屋だの尋問室だの色々な言い方はあるが、とにかく薄暗くてジメジメした場所には良い思い出がない。

 フアンキロの『呪い』で即死するかどうかの綱渡りをさせられたり、ヨアンヌの刈込鋏で一物をちょん切られかけたり、みんなで肉体バラバラ人体実験をしたり――そして今日はまさかの正教幹部による尋問と来た。

 

 正教軍には邪教徒狩りの部隊が存在する。そこを介さず俺の尋問を行うようで、相当なVIP待遇というのが分かった。

 

 ノウンの格好はローブ一枚から変わっていて、ちゃんと服を着込んでいた。戦いで弾け飛んでいたライムグリーンのおさげ(・・・)や、ぐしゃぐしゃになった厚い前髪もきちんと目が隠れるように直されている。

 彼女は三白眼気味の目の形がコンプレックスだ。それを直すだけの時間があったというなら、結構な時間が経っていると見ていいだろう。

 身嗜みを整えるのは幹部として優先順位の低い行為であるから、各方面への報告や手回しを終えた後――少なくとも半日レベルで時間が経過していると思う。

 

「何を聞きたい。知っている範囲のことなら全て答えるぞ」

 

 今の俺は正体を偽る必要も嘘をつく必要もない。彼女達の信頼を獲得するために、あらゆる情報を吐けばいいのだ。

 ただ、追い詰められたから正教側に寝返った、という誤解だけは生みたくない。元々そうだったという事実を強調する必要があるだろう。

 

 真っ直ぐな視線でノウンを見つめていると、部屋の扉を開いて入ってくる騎士がいた。流れるような金髪のポニーテールが目を引く美女、ポーメットである。

 彼女は俺の斜め前方までやってくると、腕を組んで壁に凭れ掛かった。ノウンとポーメットは目を合わせて頷き合う。

 

「お前をこの場に招いたのは、ワタシやノウンの疑問を解消するためだ。お前はどちらの味方なのか……白黒つけさせてもらうぞ」

「マリエッタはどうした」

「あの子はオクリーと関わると冷静さを欠く。外してもらっている」

「…………」

「そんな顔をするな。ポーメットはマリエッタの持つ情報を全て聞いた上でこの場に臨んでおる」

 

 マリエッタがこの場に同席しないのは向かい風だが、ポーメットがいてくれるだけで随分と気が楽だ。

 

「まずは何から聞こうかのう」

「サテルの街での不可解な言動から説明してもらおう。あの時何が起こっていた?」

 

 あの時、俺は記憶喪失状態にあった。サテルの街に到着する前、スティーブの母親であるマケナに出会った時から。そして、記憶喪失に陥った経緯を説明するには、俺とヨアンヌの関係から遡って話さなければならない。

 もっと言えば、覚悟を決めたメタシムの惨劇やヨアンヌとの出会いから話すべきなのだ。前世のことには触れないで、ありのままの俺を語ろう。あの時感じていた苦悩や葛藤を、俺の心根が正教サイドにあるという説得力として扱うのだ。

 

 俺は物語の始まりから、全ての事情を打ち明けることにした。

 その全てを。

 

 ノウンとポーメットの表情が目に入る。彼女達は半信半疑で俺の話に聞き入っていた。

 前世のことまでは流石に言えないものの、ひとつひとつの真実を詳らかにしていく。

 

 まずは出身からだ。俺の出身はアーロス寺院教団の『工場』で稼働する培養器。母親は孕み袋。その素材は、志願した信者か拉致されてきた一般人で、父親は不明。兄弟は沢山。薬液は母乳の代わりで、肉体年齢を加速度的に操作された。

 そして、最初からアーロス寺院教団のことが大嫌いだったと告げた時――ノウンのこめかみに青筋が立った。ざわざわという音を立てながら地下室が揺れ、湿った石壁の隙間から何らかの植物が芽吹く。敵意と怒りが魔法として表出したのである。

 

 きさま、嘘をつくのか。メタシムやダスケルのことを忘れてはおらぬぞ。そんな彼女の気迫に物怖じせず、俺は淡々と続けた。

 セレスティアとの邂逅。それをきっかけにした、ヨアンヌとの奇妙な恋仲の進展。苦悩と葛藤、メタシムでの絶望……。

 

 そして、最終的に辿り着いたのは内部からの破壊工作を画策することだった。その行動を信じさせるため、俺はセレスティアがアーロスの魔法によって洗脳されていることを筆頭にして、フアンキロの能力詳細などの機密情報を意図的に喋った。

 ケネス正教の知らない七人目の幹部フアンキロとセレスティアの情報を知らされれば、流石の彼女達も内部工作の話を信じざるを得ない。次第に彼女達の顔色は変わっていった。

 

 ダスケルの街の破壊に全力を尽くしていたのに、ポーメットやマリエッタを救った理由も一応は説明がついた。

 一見すれば中途半端に思えたこの行為にも、一貫した意味があったのである。そう説明された二人の正教幹部は、疑い半分衝撃半分の様子だった。

 

「二人は記憶転移を知っているか?」

「知らぬ。ポーメットは聞いたことがあるかの?」

「ワタシも知らん。今の話と何か関係が?」

「ある。ヨアンヌとの関係の説明に必要なんだ」

 

 だが、ヨアンヌとの愛の交流についてはハッキリと「気持ち悪い」と言われてしまった。心底おぞましいものを目の当たりにしたような、蔑んだ表情で。

 そりゃそうだ。元々惹かれ合っていた二人がそれぞれの思想に染め上げるため、内臓交換などという蛮行で勝負をしたのだから。そこはまぁ……仕方ない。俺とヨアンヌの間で完結していれば良いことだ。

 

 また、サテルの街やドルドン神父の一件について説明するのにも苦労した。

 ヨアンヌに持っていかれていた内臓を取り戻した後遺症で記憶喪失に陥り、その上偶然殺人鬼に目をつけられ、かつ監視役のアレックスを上手く利用した結果ああ(・・)なった――という流れを噛み砕くのに数十分もの時間を費やしてしまった。

 

「運良く記憶を取り戻せたのは、マリエッタが丸太小屋に到着する直前のこと……それからは知っての通りだ」

 

 俺はいくつかの指が欠損した左手をひらひらと動かす。人差し指、中指、薬指の存在しない手だ。本来であれば、アーロス、セレスティア、ヨアンヌの指が癒着していた箇所である。

 こうして全ての経緯を話し終えた俺は、改めてポーメットの瞳を見つめた。

 

「どうだ、俺の話した情報とお前らの知る情報に矛盾はあったか? なかっただろ?」

 

 二人は顔を見合わせる。まだ俺を信頼しても良いと言えるほどの決定的な内密情報が足りないのだろうか。しかし、フアンキロの存在と魔法の内容、洗脳されたセレスティアの行方については既に話してしまった。

 拠点の位置情報について話す必要はないだろう。話したところで、アーロスの認知阻害の魔法によってそのことを(・・・・・)考えられなくなる(・・・・・・・・)だけだからだ。

 

 ふと思いついた俺は、二人に質問してみることにした。

 

「……ポーメット、ノウン。お前ら、メタシムの街を認識することはできるか?」

「あぁ、できるとも」

「元は正教の土地ぞ」

「なら場所は?」

「場所は――…………」

「……………………」

 

 メタシムの街を含めた邪教徒の拠点には認識阻害の魔法がかけられている。恐らく異教徒の認知に関連する魔法なのだろう。対象に関連する事柄を深堀りしようとすれば、意識が強制的に断絶させられてしまうのだ。

 一般人だけに限らず、彼女達のような幹部ですら魔法の効力が働く。それが認識阻害の魔法だ。

 

「ポーメット、ノウン。話せてないぞ」

「……はっ。ふむ、また失敗か。この魔法の厄介なところは、何回挑んでも次は成功すると思い込んでしまうことじゃのう」

「認識阻害の突破方法を教えてやろうか?」

「そ、それは願ってもないことじゃが――」

「まだ俺のことを信じてくれないんだろう。なら、信じさせるまで尽くすのみだ」

 

 二人が驚く傍ら、俺は認識阻害の突破方法を教示することにした。

 

 突破方法はいくつか存在する。その中でも最も簡単なのは、邪教徒を利用した方法である。

 

 以前、セレスティアは認識阻害の魔法を破って聖地メタシムへ潜入してきた。その方法は単純で、メタシムに退却したヨアンヌ達を尾行しただけである。

 つまり、魔法の影響外にある邪教徒をつけるという単純目標のみに焦点を当てることで、間接的に認識阻害を無効化するのだ。結局セレスティアは囚われの身となってしまったが、あの時の発想自体は悪くなかった。

 

 思い返せば、俺とセレスティアが初対面を果たした時だって、彼女は邪教徒のスパイを尾行して拠点の位置を突き止めようとしていた。不可視状態になれる彼女からすれば、最も単純な方法だったのだろう。

 しかし、セレスティアは失踪する以前、メタシムに潜入する方法を仲間に伝えていなかったらしく、行方不明になった経緯は宙ぶらりんであったとか。

 

「そうか……セレスティアは先走りすぎたのだな……我々に一言伝えてくれればこんなことには……」

 

 彼女の失踪の真相を知って、ポーメットは悔しそうだ。あの時既に俺と幾度となく接触していたセレスティアは、ダスケル崩壊を止められなかった責任感故に一人で突っ走ってしまった。それが彼女の洗脳という最悪の顛末に繋がったのだ。

 

「最悪、俺を尾行すれば各拠点に行ける。その時はまぁ……案内してやるよ」

 

 最後に、聖都サスフェクト襲撃作戦について告げた。

 

 アーロスの野望たる『国盗り』のためには、原始の聖遺物『(あま)心鏡(しんきょう)』の存在が必要不可欠である。

 願いの増幅器たる『天の心鏡』は不死鳥の神殿に眠っており、サレンの炎に護られることで対異教徒の重要な防衛線となっていた。

 

 神殿を防衛する浄化の炎は邪教徒にとって猛毒。そこでアーロスが目をつけたのが、セレスティアだ。

 洗脳した彼女を不死鳥の神殿に侵入させることで、浄化の炎を無効化しながら聖遺物を強奪できる。それが聖都サスフェクト襲撃作戦の概要だ。

 

 裏を返せば、セレスティアは必ず聖都サスフェクトにやってくる。不死鳥の神殿で彼女を待ち構え、セレスティアの洗脳を解除することができれば――アーロスの野望を打ち砕けるのだ。

 

「………………」

 

 ――と、ここまで言ってもなお、彼女達の表情が和らぐことはなかった。

 やはり、敵対者としてほぼ完璧な立ち回りをしていたせいだろうか。突然発言と立場を翻したのもあって、信頼を獲得できていないようだ。

 

「こ、これ以上の情報は出せないぞ……」

 

 この結末も予想していたとはいえ、いざ現実になると焦りが生まれてくる。

 これ以上どうすればいいのだ。ポーメット、ダスケルでお前を助けた時のことを思い出してくれ。全身に力を込めながら祈るが、他人の心を掌握し支配するのは魔法使いの特権だ。俺は祈ることしかできない。

 

「ポーメット、わらわにはもはや判断がつかぬわ。おぬしに任せる……」

「……ワタシは――」

 

 俺はポーメットを見上げる。縋った。いや、縋って同情を誘ったところで、彼女の決断は揺るがないだろう。

 全ての過去が、今この瞬間に跳ね返ってくるだけ。それでもなお、祈った。

 

「――ワタシは、この男の発言は到底信頼できない」

 

 ――地面が、崩れ去る。

 俺の耳に届いたのは、そう錯覚させられるような、どん底の発言だった。

 

「だが、これまでに起こしてきた行動は別だ」

「え……?」

「ダスケルの街でワタシやマリエッタを救った事実は揺るがん。今すぐに奴の善悪を判断することはできないが――オクリーの発言と収集した情報を照らし合わせ、今後の処遇を決定することとしたい」

 

 谷底に光が射し込む。俺の想いが、届いた。叶ったのだ。

 血反吐を吐きながら実行してきた計画が、遂に。

 

「ノウン、良いな?」

「おぬしが言うなら支持しよう。この決断が間違いだったとて、今ならこやつを殺せば丸く収まる程度じゃ」

「では、マリエッタとサレン様に伝えよう。緊急の幹部会を開く」

「了解じゃ」

 

 ノウンは地下室から地上へと駆けていき、その姿を消す。

 涙さえ滲み出そうな絶頂の中、俺は掠れた声でポーメットに感謝の念を告げた。

 

「ポーメット……ありがとう……」

「……ワタシは……お前の演技に騙されているのかな。本当に、不思議な男だよ」

 

 金髪碧眼の聖騎士は、苦虫を噛み潰したような表情でそう言い残すと、部屋から退出した。

 

 






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