全員覚悟ガンギマリなエロゲーの邪教徒モブに転生してしまった件 作:へぶん99
「ねぇ、オクリーさん」
「何だ?」
「朝までおっぱい舐めたのに、その後本当に何もないんですね」
「うん、ないな」
「――最低」
「そんなことより、スティーラの攻略方法をみんなに伝えないと」
「そ、そんなこと……」
魂を抜かれたように呆然とするマリエッタと、肌艶の良くなったオクリー。茶髪の少女は自分の容姿に多少の――多少と言いつつ相当の――自信を持っている。それなのに、オクリーに「そんなこと」程度の扱いを受けて意気消沈していた。
何事もなかったかのように部屋から出ていくオクリーを呆然と見送ったマリエッタは、己の双眸から滂沱として涙が溢れ出していることに気づいた。
「あたしが間違ってたのかな?」
暴力でもって性行為に及ばせようとしたマリエッタが一番間違っている。四時間乳首を吸った挙句真顔で放置プレイを決めるオクリーも中々だが。
マリエッタは脱ぎ捨てられて散乱した己の衣類を拾い上げ、抱き締めた。何とも言えない空虚感と寂しさが、隙間風と共に彼女の背中を撫でた。
「……結局、まだヤれてないよ……」
マリエッタは諦めていなかった。空虚感を感じながら自分の行為を振り返り、オクリーに対する複雑な気持ちには整理がついた。だが、四時間も愛撫されては収まらぬものもある。
「分かりましたよ、オクリーさん。勝負です。おっぱい好きなんでしょ? 次こそは本物の赤ちゃんにしてあげますから」
一周回った混乱はオクリーへの偏見や激怒を綺麗さっぱり拭い去り――少女の中に残ったのは、想い人に対するぎらついた劣情だけとなった。
こうしてマリエッタ・ヴァリエールは邪教徒に対する冷静さを取り戻し、元々の戦士としての素養を取り戻した。
冷静さを保てないのは、いち個人オクリーのことだけになったのである。
一時間後。用意された宿営地に到着したサレン一行は、何か異物を見るような目でオクリーとマリエッタを捉えていた。
「実験に進展があったのか?」
「あと数日はかかる。今日呼び出したのはそっちの理由じゃない……昨晩はお楽しみだったかな?」
「いや、全然。ジアターの召喚獣で監視してたんだろ?」
「うむ。全て見させてもらっていたよ」
えっ、というマリエッタのか細い声がサレン達に向く。ポーメットは昨晩見たものが信じられなくて目を逸らした。
そういえば、あの痴態は全て見られていたんだった。夢中になっていて気づかなかった。今更重要すぎることを思い出したマリエッタは、耳元までかあっと赤くなる。
しかし、空腹の獣が霜降り肉を前にして正気を保てようかというものだ。そもそも人間って獣だし。マリエッタは羞恥心を感じながらも開き直った。
対するオクリーは四六時中監視されていることに慣れていたので、別段気にした様子もない。ポークやヨアンヌのせいで監視を警戒する癖がついていたからだろう。
「趣味が悪いな。だけど、それなら話が早くて助かるよ」
「聞かせておくれ、オクリー。貴様が思いついたというスティーラ・ベルモンドの攻略方法を……」
多くの者がオクリーに釘付けになる中、猫背の巨女ジアターがマリエッタに近づいてフォローを入れていた。
「み、皆さんにはわたしの方からフォローを入れておきましたので……そのぅ、評価が落ちるようなことはないと思いますよ。だ、だって、四時間も乳首を舐め続ける方がおかしいんですから……」
「ジアター様、フォローになってません……」
「ひ、ひぃん……ごめんなさいぃ……」
「…………」
マリエッタの性欲を昨晩の作戦に組み込み、最終決定を下したのは最高指導者サレンだ。心証はどうあれ、評価の暴落は避けられただろう。
さて、邪教幹部序列四位スティーラは、ケネス正教にとっても悩みの種であった。
個々の能力によって得手不得手は異なるが、こと対スティーラにおいては特に苦手としている正教幹部も多かった。
例えば、植物による物理的攻撃に特化したノウンは、スティーラの物理攻撃反射の防御結界に対して打つ手がない。甘い香りによる初見殺しの催眠も、結局は鼻腔から侵入する幻惑物質の『攻撃』だ。反射され無効化は免れない。
物理攻撃を主たる排除手段にしていては、彼女を倒せないのだ。この時点でノウンは対スティーラで無能同然である。
また、中途半端な魔法でも攻略は不可能だ。セレスティアの風の魔法、クレスの雷の魔法なんかは応用の利く魔法だが、やはりスティーラの防壁をこじ開けるには至らない。
真正面からスティーラと戦って勝機があるのは、サレン・デュピティ、ポーメット・ヨースターくらいだ。サレンの異教徒特化の魔法は言わずもがな、ポーメットの全力の魔法であれば防御結界を突破できないこともないだろう。
――それか、フアンキロの『呪い』による
無論、フアンキロの協力を取り付けるなんて夢物語はオクリーも想定していない。誰がスティーラに勝てるかというのは、作戦の二次的要素でしかないのだ。
作戦の肝は、スティーラの異常な食人欲求を刺激することと、セレスティアの奪還、そしてヨアンヌの存在にあった。
「まず前提として、セレスティアを『幻夜聖祭』で取り戻すこと。人数不利を埋めないことにはこの作戦は始まらない。そして、ヨアンヌに協力してもらうことも必須だな」
「!?」
オクリーの発言に衝撃が走る。教団に深く取り入るためにヨアンヌと恋仲になっていたのは知っていたが、まさか仇敵を使って仇敵を討とうというのか。ノウンは語調を荒らげながら突っ込んだ。
「まっ、待たんかオクリー! ヨアンヌは正教の敵ぞ!? なにゆえ彼奴を頼らんとするのじゃ!」
「そ、そうだ。いくら恋仲とはいえ、あの女が貴様の言うことを素直に聞くとは到底……」
「……それはそうなんだが、複雑な事情があってね。ヨアンヌは正教の味方でもアーロスの味方でもない。半分くらいは俺の味方……第三勢力なんだ」
「何……?」
「俺とは別の方法で邪教を滅ぼし、ついでに正教も滅ぼして世界を真っ平らにしようっていう勢力なんだよ……」
ジアターが倒れそうになり、隣のノウンに何とか支えられる。
恋仲になった後、深い交わりを経たことで、ヨアンヌはオクリーの願望と精神を取り込んだ歪な怪物となった。そんな彼女の立ち位置を利用しなければ成し得ない作戦なのだ。
「今のヨアンヌは、世界を手に入れるためなら俺の言うことを何でも聞いてくれるだろう。時が来たら、あの子にも作戦を伝えようと思う」
「オクリー、貴様は何なんだ? また物事を複雑にするつもりか?」
「正直申し訳ないとは思うよ。でも、教団内で自由に動けるヨアンヌが根回しをしてくれなければ、到底不可能な作戦なんだ。理解してほしい」
「…………」
「じゃあ、言うぞ。作戦は――」
☆
「――実験は成功だ!」
その歓喜が訪れたのは、マリエッタの一件から一週間が経過した昼過ぎのことであった。
対邪教徒部隊隊長ルツインの口から歓喜の声が上がる。それを起点にして、歓声と拍手喝采が実験場内に伝染していった。
実験は成功していたのだ。入念なチェックが終わり、例の男の嫌疑は晴れた。邪教崇拝から解放され、ゲルイド神聖国民として帰還を果たしたのだ。兵士達の喜びもひとしおである。
一般邪教徒の解放が終われば、セレスティア救出作戦も具体性を帯びてくる。
邪教への帰属意識が芽生えたセレスティアを怒り狂わせ、隙を突いてクレスが彼女の頭部に直接触れる。そこで脳へ電流を流し、以前の実験と同じように正気を取り戻させる――それが大まかな流れとなった。
ひとつ懸念があるとするなら、セレスティアの洗脳解消後に頭を吹っ飛ばした時、洗脳が解けるかもしれないということか。
頭部を治癒した時、アーロスの洗脳とクレスの『洗脳返し』のどっちが優先されるかはまだ不明だが、明確な救済の道があるだけマシである。
サレンやクレスが自ら『洗脳返し』の効果を実感したことで、オクリーへの評価は完全に確定した。サレンは控えさせていた兵へ目線を送り、ルツインやクレスとも頷き合う。
もし正教の敵であるなら、セレスティアの洗脳を解く手立てを教えるなんて愚行は絶対に犯さない。彼が正教の敵である可能性はなくなった。
既に薄ら気づいてたことではあるが、もう何の憂いもなくオクリーを信じることができるのだ。ぶっ飛んだことを言って困惑させてくる時はあるが。
そんな喜びの輪の中で、オクリーは中心から外れた場所にいた。
未だに懐疑的な態度を取る者は多い。ただ、事情を知って彼の心に寄り添おうとしてくれる正教兵士も僅かばかりだが存在した。
潜入捜査をしていた元諜報員なんかは、オクリーの気持ちが何となく分かるのだろう。そういう者達は拳を向けてきて、ささやかな祝福を共有してくれた。
肩身が狭そうなオクリーを密かに支える形で、彼らは喜びを分かち合った。胸の奥深くから溢れそうになる感情を抑えながら、オクリーも少し遅れて祝杯を上げた。
実験場に祝福ムードが広がる。今宵ばかりはガス抜き――およそ一ヶ月後に控えた『幻夜聖祭』前の最後の休息である。
常に緊張の糸を張り詰めさせていた正教幹部も、ハメを外して喜んだ。特にセレスティアの親友であったクレスは、涙を流しそうな勢いで叫んで踊って大喜び。遂には机に乗り上げて歌を熱唱し始めた。
「また始まったよ〜」
「クレス様、酔うといつもこれですよね」
「セレスティア様の美声が聞きてぇなぁ……」
「うおお! もっとやれぇ!!」
兵士に煽てられて歌声に熱が入るクレス。呂律が回っていないせいで「うぉんうぉん」という音にしか聞こえなかった。
オクリーにとっては全く理解不能な歌だったが、どうやらゲルイド国民の間ではポピュラーな曲らしい。
もしかしたら原作内に出てきた歌だったりするのだろうか、なんて思いながら、オクリーはそのどんちゃん騒ぎを窓辺で眺めていた。
(『幻夜聖祭』でセレスティアを取り戻し、民を守り、『聖遺物』の強奪を阻止する。そして次なる一手でスティーラを打ち倒せば、ケネス正教の勝利は随分と近くなる)
……ここまで、果てしない道のりだった。どれほどの荊棘を踏み越えてきたのだろう。その証拠に、オクリーの身体はもうボロボロだった。
(……最近、五感が鈍い。今に始まったことじゃないが、スティーラと戦った後にはもうガタが来そうだ。今まであんなに生にしがみついてきたくせに、終わりの足音は呆気なくやってくるもんだな……)
用意された肉料理はどこか味気ないように思えた。祝杯の麦酒も、味が薄いと感じてしまう。
他の者は浴びるようにして酒を呑んでいるから、もしかしたらそういう品種なんじゃないか、彼らは酔うのが目的だから薄味なんか気にしていないのか、という希望を抱いていたが……視界の端でサレンとポーメットが「美味い」「中々の酒ですね」「浴びるように呑んでいるバカ共は味は分かっているのだろうか」なんて談笑しているものだから、逃げ道は塞がれてしまっている。
(孕み袋出身者の寿命は短い。そんな俺を救おうとしているらしいヨアンヌだが、あの子の計画完遂にはあと数年かかるだろう。……果たして間に合うかな?)
彼女を煽るようにして虚空に吐息を吹きかける。
セレスティアを取り戻し、スティーラを抹殺したなら、自分の役目は終わりだ。秘匿されていたフアンキロの情報も渡せた。残る人生は正教の勝利を祈って過ごすだけだ。
「…………」
夢物語だった目標が現実になろうとしている。
いや、なるのだ。
それなのに、どうしても引っかかることがある。
ぞわり。嫌な悪寒がオクリーの背筋を襲う。
アーロス・ホークアイ、ヨアンヌ・サガミクス。あの二人の底が見えていない。
本当に、セレスティアを取り戻し、スティーラを消滅させて、勝ちが確定するのか? そもそも、スティーラに勝てるかどうかも分からない。奴らが一筋縄でいかないことなんて知っているはずだろう。
(いや、迷うな。俺がやれることは、変わらずひとつ。考えることだ。頭を働かせて、理論を組み立てるんだ。不測の事態に備えた代替案も考えておかないといけない。……俺が盤面を支配するんだ)
オクリーの強みは情報源の豊富さと双陣営への人脈の広さだが、戦闘力がゴミ同然のため瞬間的な応用力には欠ける。まだ不安要素は多い。
オクリーからヨアンヌへと一方的に情報の一部が垂れ流されるのは気掛かりだし、アーロスに関しては「切り捨てる」「排除する」と決めたら何がなんでも突き通してくる。まだアーロスに裏切りはバレていないが、もしこの情報が漏れた時は――
「…………」
頭の中を覗かれ、ありとあらゆる情報を抜き出され、ケネス正教は戦争に敗北するだろう。オクリーは生唾を嚥下した。
彼に捕まるくらいなら、情報を守るために自害した方がマシだ。洗脳されたセレスティアのように、躊躇いや失意を起こしている場合ではない。
手に持った盃に満たされた酒が波紋を起こす。
自分の顔が映っている。体調が戻ってきて、肉を削ぎ落とされたように痩けた頬も大分ふっくらしてきた。相変わらず目は死んでいるが、以前よりはマシ。希望を感じている瞳だ。
料理に舌鼓を打つ兵士達を見る。クレスとその部下が話していた。
「クレス様。最近嫁のお腹が膨らんできてですね、そろそろ産まれるらしいんですわ」
「もうそんなに経ったのか。めでてぇなぁ、あんなにヤンチャしてたホセも一児のパパかよぉ」
「何かこう、身が震えるっていうか。もう既に泣きそうですよぉ」
「はえーよホセ! 家族のためにもこの戦いを早く終わらせような」
「はい!」
クレスは盃を天上に掲げる。
「おう、みんなもホセの子供が産まれたら見に行くかぁ?」
「行きます行きます!」
「賑やかになりそうでいいっすねぇ!」
「あ。男の子? 女の子?」
「男の子らしいです」
「ホセに似て残念系イケメンになるだろうな」
「それはないでしょぉ!」
ホセという兵士の妻が新たな生命を身篭ったらしい。
気配を殺しているオクリーを気遣って、クレスが話を振った。
「……オクリー! お前も祝ってくれるよな?」
「いや、俺は……」
「お前は立役者だ! 遠慮すんなよ」
「……俺はケネス正教徒をこの手で殺してきたんだぞ。女子供関係なく、何人も何人も……」
クレスがオクリーに声をかけた時点で談笑の声がゆっくりと減っていっていたのだが、その一言が最後のひと押しとなって、場が完全に静まり返った。
兵士達の不躾な目線がオクリーの全身に突き刺さる。彼からしてみれば、初めて味わう種類の恐怖だった。
「お、俺は、新たな生命の誕生を祝えるような人間じゃない。他を当たってくれ……」
「オクリー」
赤髪の大男は唇の裏を噛むオクリーの背中を叩く。単に力任せな殴打ではなく、優しい接触だった。
「オレ達だって同じだ」
「同じ……?」
「そうだ。戦争の名のもとに邪教徒の殺戮を正当化している。根本は同じなのさ」
視界の端にクレスの顔が映る。微笑の裏に、苦虫を噛み潰したような色が見えた。
「っ」
ぽん、と肩を叩かれる。ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはサレンだった。彼女もまた、オクリーの境遇と曇った心に寄り添おうとしていた。
「ここにいる者達は、戦争なんて起こっていなければ、思い思いの人生を過ごしていた。貴様もそうだろう。孕み袋から産まれ短命に悩まされることもなく、我々国民の怨嗟に曝されることもなく、普通に暮らしていけた。……己の行いを気に病みすぎるな。貴様も被害者の一人なのだから」
サレンの言葉はオクリーの心を包み込んだだけでなく、彼を排除しようとしていた兵士達の気持ちすら諭していった。
オクリーはただ産まれてきただけ。戦争のある世に生を受け、両親もなく、短命の中、仲間ひとりいない状況で、必死に世界を正そうと行動してきただけなのだ。それを思えば、どうして彼を責められようか。兵士達はオクリーに反感を抱いていた己を恥じた。
「オクリー。貴様の歳はいくつだ」
「え? ……恐らく誕生してから一〇年程度しか経ってないな。肉体年齢で言っても二〇歳くらいだろう」
「……若いな……」
「はは……気にしたこともなかった」
「…………」
絶妙な沈黙。若人たるサレンが、歳下のオクリーの年齢に驚くというこの状況。誰も得をしない、幸せにならない問答であった。
しばしの閉口の後、サレンは口を開く。
「私は二八歳だ。物心つく頃にアーロス寺院教団との戦争が始まった。……それから二〇年以上、我々は戦い続けている。ここにいる者の多くは、平和な世を知らん世代だ」
サレンは小さなパーティ会場に集まった者達をぐるりと見渡す。
兵士達は若い。彼女よりも歳上だと察することができるのは、対邪教徒部隊隊長のルツイン等の少数のベテラン兵士くらいだった。
彼らの顔色はまだオクリーを許し切れていないといった様子である。
サレンはその雰囲気を察知して口を開く。
「――皆、不幸な世代は我々で終わりにしよう。全ての不幸は我々が背負って
「…………」
「――皆も分かっているだろう!? この男の存在は渡りに船、戦争を終わらせる二度と来ないチャンスだ……! オクリーを仲間として認めてやらないでどうする、この哀れな男を信頼しないで……どうやって戦争に勝つと言うのだ……!」
サレンの声に熱が入る。
しんと静まり返る室内で、サレンの荒い息遣いだけが響いていた。
兵士達は顔を見合せている。表情にはバラつきがあった。
同情したいがどうにもできぬという苦心の顔。無視を決め込もうと瞳を閉じた顔。迷いのあまり歪んだ顔……。
オクリーは考える。あとひと押しで皆に認められるはずだ。
何が必要だ? どんな言葉が必要だ?
必死に考えて考えて――彼が絞り出したのは、本心からの言葉だった。
「――これから産まれる子供達には、こんな業を背負わせちゃいけない……」
ケネス正教の幹部には認められている。だが、彼らの部下には認められていない。であれば、ありのままの心境を打ち明けてコミュニケーションを取るしかない……そう思った。
オクリー達はこれからも邪教徒を殺し続けるだろうし、外道じみた手段を使ってアーロスを倒しにかかるだろう。既に手は汚れ切っている。そんな綺麗事では語れない世界だからこそ、その口から零れた真っ直ぐな言葉は皆の心を打った。
人を殺した。何とか生き延びてきた。だからこそ言えることがある。
幼い子供達に、この地獄を味わってほしくない。サレンの言う通り、全ての不幸を背負ってでも平和な世にしたいという気持ちは痛いくらいに分かった。
これは願いだ。綺麗事だ。甘い言葉だ。
それだけに、オクリーの言葉は擦り切れた兵士達の心に響いていた。
あぁ、自分は何を言っているのだ。バカなことを。絶対に許してくれるわけがない。邪教徒に加担していた過去は消えやしない。そんな深い悔恨が心を抉り、目の奥へと達する。視界がぼんやりと歪み、涙が溢れそうになった。
ホセは沈黙していた。
オクリーに疑念を抱いていたホセの答えは――
「……そうだな。子供を守るのは大人の役目だ……」
あまりにも多くの感情を含んだ許容だった。
「よくよく考えてみれば……サレン様の言う通りですわな。教団の中で孤独に戦い続けて、よくぞ挫けずに情報を持ってきてくれたもんだ……」
「……ホセさん……」
「今まで素っ気ない態度を取って悪かったな。……セレスティア様を救える手立てが見つかったのは、おめぇのお陰なのによ……」
「…………」
「ま、そういうわけで、子供が産まれたらウチに来いよ。『幻夜聖祭』が終わる頃だ。おれの家族に会ってくれるな?」
「……あ、あぁ、もちろん!」
ホセの言葉をきっかけに、蟠りが解消される。
ホセが盃を掲げ、胸の前に差し出してくる。少し遅れてオクリーもそれに合わせると、部屋の中にワッという祝福の声が湧き上がった。
クレスが話題を振ったことから始まり、続くサレンの演説で兵士達の心を解きほぐし、代表者ホセが赦しを与える。
オクリーを快く思わない者は沢山いたが、少なくともこの場にいた者全員が彼に同情し、ゆっくりと消化するようにしてオクリーという存在を許容したのだ。
真の意味でケネス正教の仲間入りを果たしたオクリーは、いつも貼り付けていたぎこちない笑みを、本来のはにかむような笑顔に変えていった。
「……雪解けだな」
「サレンちゃんよぉ、気にかけてやってくれてありがとな」
「クレス、君もだろう」
「お互い様ってことよ。いい演説だったぜ」
「国のトップとして当然のことだ。そもそもオクリーを仲間に引き入れて戦う以上、オクリーと兵士達との精神的繋がりや士気のコントロールは極めて重要となる。よって私がやるべき行動は最初から決まっていて――」
「素直じゃねぇやつ……」
サレンはクリーム色のロングヘアを耳にかけるようにして、早口で捲し立てて照れ隠しをした。そんなサレンの肩を叩いたクレスは酒を煽り、真っ赤な顔を更に上気させた。
――人は言葉で分かり合える。
暴力は最終手段だ。
では、その最後の手を使わなければならないアーロス寺院教団は、ケネス正教との間にどんな過去を持っているのだろう。
オクリーは彼らの過去をきちんと知ろうと思った。