マスターと身体を入れ替える薬できた 作:たい焼き
「…できた」
イータは試験管に入っているピンク色の液体を見てニヤリと笑う。ずっと試してみたかったことがやっと叶う。上半身を伸ばすとバキバキと骨の鳴る音がする。同じ姿勢で長時間過ごしていたからだろうか、肩が痛いし、頭もぼんやりとする。
「…一度寝てからにマスターに試そう」
あくびをしながらベットに倒れ込むと、数秒もせずにスヤスヤと寝息を立て始めた
「イータ? ごはんしっかり食べないと…ってあれ、寝てるの?」
様子を見に来たイプシロン。イータは放っておくと食事や睡眠や排泄など全て後回しにするので、彼女がお世話することが多い。今回もいつもみたいに熱心に研究をしていて食事を摂っていなかったので、様子を見に来たがベットで寝ていた。
ひとまず睡眠を取っていたことに安心しつつ部屋の中を見る。床は足の踏み場がないほど、書籍と道具で埋まっている。床だけではなく机の上にも同じように散らばっており、紙の束しか見えない。溜息をつきながら僅かに残っている足の踏み場を利用し近づく。こんなことは、本を頭の上に乗せながら背筋を伸ばして歩くことに比べたら楽勝だった。
「…んんぅ」
「あら起きたの?」
「…イプシロン」
「おはよイータ。お疲れ様」
「ん」
「ご飯あるわよ。食べなさい」
「えぇ…めんどくさい」
「食べないとアルファ様が怒るわよ」
「…それはもっとめんどい。食べる」
のそのそと起き上がってスープを食べる。時々口からこぼしており、イータの服に付着するが、彼女は気にせず食事を続ける。目元に隈があり、服もしわだらけだ。
またお世話しないといけないわねと思いながらイータに話しかける
「今度は何の研究をしていたの?」
「マスターと身体を入れ替える薬」
「へぇ、すごいもの作ったわね…え、ちょっと待ちなさい! 今何て言ったの!?」
「…うるさい、揺らさないで、吐く」
「それは困るわ! じゃなくて、なんて言ったの!」
「うぇぇ…」
「あ、ごめんなさい」
「ほんと」
「…」
迷いなく自分が悪いと言われると、本当に自分が悪いけどイラついてしまう。
その心を抑えながら話を続ける
「あ、主様と身体を入れ替える薬?」
「ん」
「どうしてそんな薬を?」
「マスターを知るため」
「?」
「マスターは私達の知らないこと、沢山知っている」
「そうね。主様だもの!」
「私はもっとマスターのことを知りたい」
「えぇ。私ももっと主様を知りたいわ!」
「だから私がマスターになれば良い」
「…え?」
「マスターの姿になれば、何か分かるかもしれない」
「……」
「ついでに、自分の身体の中にマスターを入れて反応を見たい。私の身体、マスターどんな風に使うか。興味ある」
「……」
「イプシロン?」
「イータ」
「?」
「この薬のこと、誰にも言ってないわよね?」
「ん。私だけ」
「ならこれは他の人達に言ってはダメよ。アルファ様でもダメ」
「どうして」
「それは…」
イータがイプシロンの目をジッと見ると、彼女の目は血走っていた。
結構怖い
今まで見た中で一番迫力がある…いやお風呂場とか水着とか…ベータに殺意を向けていた時と比べると…
同じくらい?
まぁいいか
イプシロンはガンギマリの目でイータの両肩に手を置き話を続ける
「主様のためよ。主様も何度も身体を入れ替えるのは大変でしょう?」
「実験の結果、多い方が良い。サンプル少ない、母数少ない、誤った見解になる」
「最初から沢山とっても、知りたいことと結びつくかは別の話でしょう? それならまずは少人数で実験して反応を見ていった方が効率的だわ。何度もリトライすることで真実にたどり着くのではないからしら?」
「イプシロン」
「なぁにぃイータぁ~?」
「眼と顔が怖い。あとすごい早口。なんで」
「見間違いよ」
「でも」
「そうよ。ね?」
「…ん」
「そうと決まれば、さっそく…あ、まって。準備しないと!」
「準備?」
「えぇ! とても大切な準備よ!詳しい打ち合わせは今度にしましょう!イータはもう少し寝なさい。私は帰るわ。あぁ、何しようかな~ ふんふん~♪」
イプシロンは鼻歌交じりにスキップしながら出て行った
部屋の残されたイータ
「…まぁいいか。寝よう」
とてもご機嫌なイプシロンのことを無視してベットで眠った。
このときは考えもしなかった
この薬であんなことが起きるとは…
爆睡を決めているイータにも
鼻歌でスキップするイプシロンにも
書類と睨めっこしているアルファにも
新ネタが浮かばず頭を掻きむしっているベータにも
マーケティングに勤しんでいるガンマにも
狩りで全身血まみれになっているデルタにも
風通しの良い玄関前で昼寝をしているゼータにも
弟とどこに遊びに行こうか考えているクレアにも
凡人の剣を極めている中ある男を思い出しているアレクシアにも
自身の力が全く通用せず思い悩んでいるアイリスにも
茨の道を進む決意をし今も厳しい訓練を受けているローズにも
大切な家族を亡くし復讐の為に薄暗い部屋で研究しているシェリーにも
もう一度剣を交えたいと訓練中に水分を補給するアンネローゼにも
彼と一緒にハンバーガーを食べたいと思いながら袋一杯に購入するベアトリクスにも
かつての仲間と決別し自分の街の娼婦達のケアを考えているユキメにも
拘束から解放され男と一緒に旅をするアウロラにも
ニコニコワクワクしながらモブっぽいシチュエーションを考える愉快なシドにも
夜空を背景にポケットに両手を突っ込んで首や背中の角度を調整するシャドウにも
誰もあんなことになるとは
思わなかったのである!
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