朦朧とする意識のなかで、誰かがそう呟くのが聞こえた気がした。
幻想郷。
人間、妖怪、妖精、神に至るまで様々な種族が入り交じって暮らす、素敵で、残酷な楽園。
これは常識に囚われてはいけない幻の世界『幻想郷』で起きた、とあるちっぽけな男の物語である……。
――――――
季節は秋。だいぶ上にいる時間が短くなった太陽が、肌寒い風を運んでくるようになった幻想郷の大地を照らしている。
その幻想郷の一角にたたずむ一件の洋館がある。
紅魔館。
周囲の紅葉よりもさらに深い紅色のレンガで作られた吸血鬼の根城。
秋の太陽に照らされ、更に赤みを増す血館ではこの日、門番の紅・美鈴が庭に積もった落ち葉の処理に当たっていた。
普段昼寝ばかりしている彼女にしたら珍しい事であるのだが、メイド長である咲夜の、引いてはこの館の主人であるレミリア・スカーレットの命令とあればやるしかあるまい。例えそれがどれほど不本意なことであろうとも。
「はあ……それにしても、集めても集めても切りがないですね…。全く、なんでこんな雪のように落ちてくるんでしょう。」
内容自体は至って簡単。ただ庭中の落ち葉をかき集めて、火を放ち、燃やして処理する。たったそれだけの仕事だ。たったそれだけなのだが、問題はその量だった。ただでさえ広大な敷地面積を誇る紅魔館の、ただでさえ広い庭中に降り注ぐ落ち葉の量は果てしなく、かき集めてもかき集めても一向に終わる気配がない。
先程から黙々とかき集めた落ち葉は、既に庭の至る所でいくつもの巨大な山となっている。実際中庭には木が何本か植えられてはいるが、ここまで大量に落ち葉が積もる程に植えられているのかと言えばそれは違う。
ではたまに吹く強めの秋の風がこの量の落ち葉を一度に運んできたのかと言えば、それも違う。
では何故、こんな大量の落ち葉が紅魔館の中庭に溜まっているのか。実は理由は凄く簡単な事だ。
落ち葉が積もる季節になってからこれまで、誰も中庭に積もる落ち葉を掃除しようとしなかった。ただその一言に尽きる。
詰まるところ、もう既にとんでも無いことになった中庭の清掃と言う1番面倒くさくて誰もやりたく無いであろう仕事を、普段から1番暇そうである門番の美鈴が押し付けられた、と言う事なのだ。
「まんまと面倒事の後始末を押し付けられた感じですねぇ…。まあ、ああだこうだ考えてても仕方ないですし、さっさと処理してしまいましょうか。」
根気よくやらなければ、いつまで経っても終わらないだろう。流石にこんな面倒くさい事をいつまでもダラダラと続けていくのはゴメンだ。
時より思い出したように吹く冷たい秋の風に縮み込みながらも美鈴は普段居眠りをしているとは思えないほどの集中力を発揮し、中庭に存在する落ち葉と言う落ち葉を片っ端からかき集めていった。
そしてその甲斐あってか約1時間後には中庭の落ち葉と言う落ち葉を全て集め尽くす事に成功していた。膨大な量の落ち葉は最終的に1箇所に集められ、最早建物の2階に届くのではないかと思うほどに大きな山となっている。
ここまで来れば後は楽だ。懐から取り出したマッチを擦り、数本風に吹かれて無駄にしながらもなんとか松明に火を付け、その松明を落ち葉の山に向かって投げ入れる。乾いた落ち葉は松明の炎で一瞬にして燃え上がり、瞬く間に大きな火の山と化した。
「おお、暖かい。これで仕事は完了ですね。いや~、焼き芋焼きたいなぁ…。」
そんなどうでもいい事を考えながら、美鈴は門に腰かけて燃え上がる火の山を見つめる。後はこの炎が、中の落ち葉を全て灰にしてくれるのを待つだけだ。だからそれまで一眠りしよう。
落ち葉を灰に変えていく炎が不自然にその火力を上げている事に気が付かぬまま、美鈴はそのまま眼を閉じるのだった。
―――――――
所変わってこちらは紅魔館の一室。館の主であるレミリア・スカーレットの部屋だ。
美鈴が落ち葉に火を放って数分後。まだ幼さを感じる吸血鬼の少女は、部屋の中央にある赤い椅子に腰かけていつも通りに紅茶を飲んでいる所だった。
普段通り、静かな部屋で過ごす優雅なティータイムだ。
…そう、優雅なティータイムになるはずであったのだ。
「…外がやけに騒がしいわね。」
あまりにも外が騒がしすぎた。よく聞き取ることは出来ないが、何かの悲鳴や指示を飛ばす声も聞こえる。それに混じって何かゴォォォォォと言う大きな音が聞こえる。
今日は何か騒がしくなるような催しは無かったはずだ。強いて言えば、美鈴に中庭の落ち葉の処理を命じたくらいだ。…まさかあの門番、また居眠りでもして咲夜に襲われでもしたか?
そう考えながら、ぼんやりと視線を窓の外に移す。…心なしか、外が少し赤い様な…。
「失礼致します!お嬢様!」
そこまで考えた所で部屋のドアが勢いよく開かれ、メイド長である咲夜が息を切らしながら入ってきた。顔には焦りと疲労の色が浮かんでおり、これから報告されることが嫌でも重要な事であることは理解できた。
「門番から救援依頼です!落ち葉を燃やした炎が、何故か中庭に燃え広がっているそうです!庭の約半分が既に灰になってしまっております!」
「…はぁ!?えっ、ちょっと、なんですって!?」
メイド長の口から告げられたあまりにも荒唐無稽過ぎる報告に、思わずレミリアは椅子から立ち上がった。そうしている間にも、外から聞こえるあの音が大きくなってきている。なるほど、あれは燃え盛る炎の音だったのか。
何故、落ち葉を焼いた炎で庭が灰になるのか。いや、考えるのは後だ。とにかく中庭が半燃焼状態だとの報告が嘘でなければ、この館にも炎が燃え移る可能性がある。
「館中の人員を大量導入して消火に当たりなさい!間違えても館には焦げ1つ残さないように!」
「畏まりました!」
咲夜に指示を飛ばし、レミリア自身も様子を見るために日傘を片手に玄関へと走り出したのだった。
―――――――
先程とはうって変わり、庭は騒然としていた。
綺麗だった中庭は半分ほどが跡形もなく白い灰に変わっており、その中央では巨大な火柱が上がり、美鈴と沢山の妖精メイド達が手に水がたっぷり入ったバケツや消火器を持って炎を消火しようとしていた。
皆必死の形相で半狂乱になりながら手にしたバケツの水を炎に浴びせかける。しかしいくら水をかけても炎は一向に弱まる気配がない。
むしろ水をかけられた事でさらに火力が増しているようにも見える。まるで焚き火に乾いた薪を入れた時のように…。
「この炎は一体…。」
その光景を目の当たりにして、レミリアは早々に言葉を失い立ち尽くす事しかできなかった。
その炎は、とにかく赤かった。
例えるならば、『血』だ。
まるで人間の体内にあるドス黒い血の様に、世界を赤く染め上げる夕日よりも赤黒い色をした、絶対に普通ではない炎が立ち昇っている。
これは一体なんなのだろうか。誰かの能力?では一体誰の?もしくは考えすぎているだけで、ただの行きすぎた自然現象に過ぎない?自然に火力を増した炎が、自慢の庭のほぼ全てを跡形もなく灰に変える事が出来るだろうか?そもそも普通の炎は、あんな気味の悪い赤をしていないはずだ。
そこまで考えて、レミリアは考えるのを止めた。ぼんやりしている暇はない。急いで消火しなければ、火が館に燃え移る可能性がある。もしあの炎が館までまるまる灰に変えてしまったら?それだけはなんとしてでも避けねばならない。
レミリアがまさに消火活動に加わろうとした、その瞬間だった。
炎が鳴いた。
これまたなんとも不思議な話であるが、まるで生き物の鳴き声、人間の悲鳴、生物の咆哮のような、よく分からない不思議な鳴き声を炎が上げたのだ。
響き渡る咆哮から感じるのは、まるで怒りの感情だった。何かに対する途方もないほどの怒り、悲しみ、嘆き、後悔。そしてそのさらに奥に感じる、言い表せない様な怨み、復讐心…。まるでドロドロとした黒い感情を吐き出す様な号哭にも似た咆哮を、その炎は発していた。
突然の出来事に消火活動をしていた全員の手が止まり、全員の視線が炎に向けられる。
そしてそれを待っていたかのように、炎は変化をはじめた。
炎の中に周囲の灰が集まり、何かを形作っていく。まるで灰が小規模の竜巻のように一ヶ所に渦巻き、やがて一人の人間の男の姿を形作る。
そして灰が男を形作った瞬間、それまでものすごい火力で燃えていた炎は嘘のようにゆっくりと消えていった。
後に残されたのは中庭を焼き尽くした白い灰と、その灰から形作られた謎の青年のみ。その体は血まみれで、身体中傷だらけだ。よく見れば、おびただしい程の古い傷がついている。
「…あ…あがっ…あぁが…」
苦しそうに血を吐き出し、しかしその眼で周囲を一瞥した男が呻き声に似た声を発する。そして呻き声を口にしたとたん、男は意識を手放し、そのまま地面に倒れこんだのだった。
プロローグ終了です。
語彙力無いし主人公の登場意味分からないしで本当にすいません!
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