東方怨炎録   作:黒フードの狼

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熱かった。

とにかく熱くて、苦しくて、痛かった。

それから逃げる様に歩き続けた結果、気がつけば見知らぬ空の下にいた。


1話、灰から生まれた男

中庭の半分以上を焼いたあの火災から約一週間が経過しようとしていた。

 

 

半分以上が焼失してしまったあの中庭は妖精メイド達の血の滲むような努力によって既に修復工事を終えており、すっかり火災発生前の状態を取り戻している。紅魔館は、いつ戻りの日常を取り戻し始めていた。

 

 

…ただ1つを除いては。

 

 

「あれから一週間。いまだに眼を覚ます気配がありませんね…」

 

 

「生きている事は確定している…とは言え、こうも眼を覚まさないと逆に不安になってくるわね」

 

 

紅魔館の一室。空き部屋を改修して作られた簡易病室に、レミリアと咲夜は来ていた。

その眼前では一週間前、炎の中から出現した青年が身体中に包帯を巻いた状態で、まるで死んだように眠っているのだった。

 

 

――――――

 

一週間前。

 

 

突如として出現した青年を、妖精メイド達が黙って見つめていた。誰もぴくりとま動かないし、誰も一言も発さない。その様子を、なにもせずにただ見守っているだけだった。

 

 

なにもしないのではない。なにも出来なかったのだ。

 

 

無理もないだろう。自分たちはつい先程まで、突如として火力を増した炎の消化作業に追われていたはずだったのだ。それがどうだ。急に炎自体が生物のような鳴き声を発したかと思った次の瞬間に青年が出現し、かと思えば次の瞬間にはあれほど何をしても消えなかった炎が唐突に消えたのだ。事態が急展開過ぎてついていけない。頭が軽いパニックを起こし、思考が停止しているのだ。

 

 

「し、死んだ…の、ですか…?」

 

 

ようやく美鈴が口を開いた。だがそれでも、その声は微かに震えている。他のメイド達に比べれば軽傷だが、やはりまだ状況が飲み込めていない様だ。普段の堂々と昼寝している姿からは想像もつかない様な、酷く青い顔をしている。

 

 

そんな美鈴を他所に、今度はレミリアが自ら倒れた青年へと近づいて行った。

そのまま自分の倍はあるであろう大柄な体を覗き込む。やはり男はぴくりとも動かない。気を失っていると言うこともあるが、何より肉体の損傷が激しい。パッと見ただけでも全身血塗れで傷だらけであり、左の腕は肘から先が曲がってはいけない方向に曲がってしまっている。力なく地面に横たわる姿は、レミリアに子供が散々振り回して放り投げた人形を想像させた。

 

 

「—!?…安心しなさい美鈴。まだ息はあるわ」

 

 

驚くべき事に、こんなボロ雑巾のような状態であっても青年は生きていた。だが勿論、手放しで喜べる様な状態でもない。何とか霊力を感じ取る事はできたが、逆にレミリアがここまで近づかなければ感じ取れなかった程に弱い。何より体の傷が深刻だ。一刻を争う事に変わりはないだろう。

 

 

「とりあえず…分からない事をはっきりさせなくてはね。咲夜!この男を中に!パチェの回復魔法で治療して貰いなさい!」

 

 

「か…畏まりました!」

 

 

妖精メイドと同じ様に青年を眺めていた咲夜がすぐさま青年を抱え、紅魔館の中に運んで行く。そしてそれと同時に、固まっていたメイド達も徐々に動きを取り戻した。咲夜を手伝う者、慌てて他に怪我人がいないか確認する者、パチュリーを呼びに行く者、持ち場に戻る者など様々だ。

 

 

皆それぞれが自らの持ち場に戻っていき、やがて半壊した庭にはただ1人。門番である美鈴だけが取り残されたのであった。

 

 

「(…えっ、ちょっ、これ私はどうすればいいんですか!?)」

 

 

門番の仕事に戻れば良いじゃないかと思う人もいるだろう。だが残念な事に、それはできない。美鈴の持ち場である紅魔館の門は、先ほどの火災に巻き込まれてすっかり灰になってしまっていた。

 

 

番をする門の無い門番が1人、頭を抱えて狼狽えていたのであった。

 

 

――――――

 

「とりあえず、わかった事だけ話していくわ」

 

 

空き部屋を急改装して作られた簡易病室。そこに集まった紅魔館メンバーを前に、簡易的なカルテを持ったパチュリーが報告を始める。パチュリーとメンバーの間にあるベッドには先ほどの青年が身体中に包帯を巻いた状態で寝かされており、ベッドの下には治癒魔法用の魔法陣が展開されている。

 

 

「一応できる限りの治癒魔法は施しておいたから、命に別条はないと思うわ。私は本職の医者じゃ無いから詳しい事は分からないけど、ひとまず一命は取り留めたってところかしら」

 

「そう…とりあえずは一安心ね」

 

 

パチュリーの報告を聞いて、レミリアがほっと息をつく。ひとまず峠は越える事ができた。今は安定している。しかし、問題はまだある。パチュリーはため息を吐きながらカルテをめくった。

 

 

「次に、私から言いたい事は…彼、本当に人間?」

 

 

「見た目は確かに人間の物よ。霊力も感じる。……炎の中から出てきた、って事を除けばね」

 

 

それじゃあ、その炎の中から出てきたって話は一旦置いておきましょう。さらにややこしくなる。そう言ってパチュリーが再び話を始めた。

 

 

「はっきり言えば、大怪我なんて生ぬるかったくらいよ。もっと言えば、今生きているのが奇跡中の奇跡、とも言えるほどね。…守矢の巫女でも、ここまでの奇跡は起こせないんじゃ無いかしら?」

 

 

明らかな多量出血。研究用に補完しておいた輸血液が彼の血液型と合致していなければ、この時点で死んでいたでしょうね。全身に数え切れないほどの切り傷と火傷、臓器まで届いているほどの刺し傷が数箇所。木片や鉄屑、人の骨や歯までもが刺さっていた場所もあったわ。肋骨が三本骨折、二本にヒビ。右肩脱臼。全身数箇所を複雑骨折。臓器数個が内臓破裂…。

 

 

細かいのも合わせるとキリが無いけど、まだ続ける?そう言い始めたパチュリーを、レミリアは止めるしかなかった。結局のところパチュリーが何を言いたいのかと言えば、『普通の人間であれば間違いなく死んでるであろう大怪我を負って生きているこいつはなんなんだ』と言うところだろう。

 

 

見た目も、身体の構造も、その全ては人間のそれと変わらない。ただ、『普通の人間』としてみれば妙な点が多すぎる。

先ほど中庭の半分を灰にした『血の様な炎』との関係も謎のままだし、その中から現れたと言う謎も解決していない。考えれば考えるほど、この青年に関する謎が次々に出てくるのだ。

 

 

「…どういたしましょう、お嬢様」

 

 

「…釈然としない事が多すぎるけど、だからと言ってここまま外に放り出して置くわけにも行かないでしょ?パチェ。彼はどのくらいで眼を覚ましそうなの?」

 

 

「死んでいてもおかしくないほどの大怪我よ?見立てでは全治1年と半年以上、数日で目が覚めれば早い方だと思うけど?」

 

 

「まあ、妥当なところね。引き続き、パチェはこの男の治療をお願い。咲夜はこの男が目覚めたら報告して。美鈴は…早急に庭を直しなさい」

 

 

この大怪我だ。そのくらいはかかっても仕方ないだろう。色々と疑問は残るが、残りはこの青年が目覚めてからだ。部屋に集まっていたメンバーに指示を出し、レミリアは部屋を後にするのだった。

 

 

————

そして現在。あれから一週間が経過したが、青年が眼を覚ます気配は一向にない。

 

 

毎日青年の容態を確認に来るのが咲夜の日課になっているが、いつもボロボロの遺体のような青年の姿を眺めるだけで終わる日が続いてしまっている。パチュリーの話では生きてはいるとのことだが、相変わらず眼を覚ます気配が無いため、本当に生きているのかを疑いたくなるほどだった。

 

 

「…それでお嬢様、確認したいこととはなんでしょうか?」

 

 

普段青年の容体の確認を行なっているのは咲夜だが、今日は珍しくレミリアが同行していた。病室に着く前に聞いた限りでは「ちょっと確認したい事がある」と言っていたのだが、病室についてからと言うもの、レミリアはその事について一切口を開いていない。自分の主人に文句を言う訳ではないが、もう少し詳しく詳細を教えてくれても良いのではないか。

 

 

咲夜がふとそんな事を考えた、その時だった。

 

 

「……ねぇパチェ。…彼、もしかしてもう治り欠けている?」

 

 

「あら、やっぱりレミィも気がついたらかしら?」

 

 

唐突にとんでもない事を言い出した2人に、思わず咲夜が凄い勢いで振り向いた。今、この2人はなんと言ったか?『傷が治りかけている』だと?

 

 

再び青年に視線を移す。全身に包帯を巻いた、見るからに痛々しい姿の体がそこにある。相変わらずボロボロで、相変わらず生きているのか分からない程の怪我で、相変わらず一向に眼を覚さない青年の姿がそこにある。それが、治りかけているだと?

 

 

「お嬢様、パチュリー様、それは一体どう言う意味ですか?」

 

 

「そのままの意味よ咲夜。この男、傷が治りかけているの。それも、普通の人間と変わらない状態でね。傷の治りの速さを確認しておこうと思っていたけど、まさかここまで早いとはね。…まさに異常よ」

 

 

レミリアの言葉は咲夜をさらに混乱させた。そんな馬鹿なはずがない。だってこの青年をパチュリーが治療したのは、たった一週間前だ。それも、パチュリー本人が『死んでもおかしくない』『全回するまで一年と半年以上はかかるだろう』と見積もっていた程の大怪我を負った状態でだ。それがたった一週間で治りかけの状態まで身体が再生するのだろうか?

 

 

「混乱するのは分かるけど、レミィの言う通りよ咲夜。…数箇所複雑骨折した骨は、ヒビは残っているけどほぼくっついている。破裂していた臓器もほぼ再生。刺し傷、切り傷、火傷もかなり減っているわ。…はっきり言って、ただの人間としてみれば異常すぎる程の再生力ね」

 

 

ただの人間としてみれば異常…ではこの男は人間ではないのか?しかしレミリアはただの人間だと言う。異常な点はいくつかあるが、それ以外はただの人間。吸血鬼や妖怪に当てはめようとすれば、あまりにも中途半端すぎる。だが一般的な人間に当てはめて見れば、それはあまりにも異常すぎる。

 

 

ただの人間ではない『ただの人間』。そんな矛盾と言う言葉がこれ以上ない程に当てはまる存在。少なくとも目の前にいる青年が、咲夜にとってはそう見え始めていた。

 

 

そして咲夜がそこまで考え始めた、まさにその時だった。

 

 

「……ん、うん?……くっ、あがっ…」

 

 

なんと、先程まで死んだように眠っていた男が突然目を覚ましたのだ。

 

 

 




1話終了です。

なんかわけわからない感じですいません。

2話もお楽しみに!
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