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宇宙世紀0094年の8月、アクシズショックの混乱がまだ収まらない頃、私のもとにある人物が訪れた。その人物は、アナハイム・エレクトロニクスのエージェントであると名乗った。筋骨隆々の体格を黒のスーツで包み、短く整えた髪とサングラスを着用した彼の顔つきは、正直言って、かなり威圧的だった。主任によると、彼はおそらくAE社の中枢に近い人物であるとのことだった。主任は様々なことに詳しいから、その言葉は信じて疑わなかった。
しかし、なぜAE社がテスト会社の一エンジニアを訪ねてくるのか、その理由は全くつかめなかった。
彼を応接室に案内したところ、長い黒い筒から巻物のようなものを取り出し、それを机の上に広げた。古の技師を思わせるその動作だが、彼が何かを操作すると紙の上に図面が浮かび上がった。データを事前に提供してもらえれば、私の端末でその図面を表示することも可能だったのだが、彼は高度に秘匿されたデータを持っていたので、クローズドなデバイスを使用していたようだった。特別製というものだろうが、その薄さに対して操作感にストレスはなく、正直、私自身も欲しくなった。
「これはあなたが設計したもので間違いありませんか?」
彼が初めて私に言葉を向けた。図面をじっくり見ると、その線や記号はどこか懐かしさを感じさせた。それはMS用の主推進エンジンの設計図で、たしかに私が設計したものであった。ただし、ツィマット社で設計したとはいえ、これはプロとしてではなく、学生時代のインターンシップの際に手がけたものだった。
図面の名前も私がつけた「冥王星エンジン」のままであった。ツィマット社には惑星シリーズのエンジンが存在することを考えると、このような名前をつけるのは若気の至りだったかもしれない。しかし、インターン生に対してそれが許容されるほどの寛大さがあったことが、私が卒業後もツィマットに入社する決断を下す一因となった。
私がその事実を伝えると、彼は2枚目の紙を取り出し、1枚目の紙の上に重ねた。同様に図面が表示される。詳細には目を通さないと確認できないが、先程のエンジンを改良したもののように見えた。名前も「冥王星エンジン」のままであった。
「要件はシンプルです。ツィマット社にこのエンジンのテストを依頼します。依頼はAE社からの正式なものになります。」
これまでの内容でいくつかの詳細な説明が必要であった。順序を追って、一つずつ説明しようと思う。
まず、私がなぜMS用エンジンの設計を手掛けるに至ったかを説明しよう。
その時、私はジオンの工科大学に在籍しており、卒業要件として特定のプロジェクトに参加することが求められていた。
「内惑星系におけるエネルギー・資源循環構想」という名のついた計画は、基本的に産学連携の一環であり、人材の交流を促進する政策であった。
学生たちはプロジェクトの目的に基づきテーマを選び、それをインターン先の企業へ持ち込んだ。そして、プロのエンジニアの監督のもと、その実現に向けたアプローチと課題を洗い出すのである。
ただし、その目的は人類の活動領域を地球圏から拡大するという、非常に壮大なものであった。
そのため、「経済的な惑星間航行のためのミノフスキードライブ」から「食料問題の解決のための可食性人類」に至るまで、どんな大胆な提案も受け入れられていた。まさに学生らしいプロジェクトだった。
政策の発案者はデギン公王であり、後にはキシリア司令が引き継ぎ責任者となった。
キシリア司令が就任してからは、この計画は『ヘルメスの薔薇』と呼ばれるようになった。
私はツィマット社でのインターンシップを獲得し、当時のトレンドに乗った超高出力のMS用エンジンを提案した。
正直、その提案がプロジェクトの目的にどう結びついたかは記憶にない。おそらく、かなり適当に結びつけたのであろう。
私自身、大胆な提案をしたと思っていたが、監督してくれたエンジニアから見ればそれほど冒険的ではないと評価された。
実は、私の前にいた学生は光子魚雷を提案してきたという。それに比べれば私の提案はさほど衝撃的ではなかったようだ。
この話を聞けば、1年戦争直前のジオンにそのような余裕があったのかと疑問に思うかもしれない。しかし、学生を育成する余力がなければ、そもそも全世界相手に戦争を始めるわけがなかった。
さて、問題は、なぜAE社のエージェントが私の学生時代の産物を大事に抱えてきたのかということだ。戦後、「ヘルメスの薔薇」は連邦軍に危険視されていた。私のような当事者からすると、これは滑稽な話であるが、連邦の中にはジオンによる人類支配計画を疑っている者もいた。
「ヘルメスの薔薇」はしばらくの間、一般公開されていたが、現在では機密指定されており、一部の資料がアングラ市場で出回っているに過ぎない。
連邦軍が真剣に学生たちの空想を解析していると考えると、当時の私たちの努力が報われるような気がする。
次に、「冥王星エンジン」の実用性について考えてみよう。もし、これが優秀なMS用エンジンであったならば、早くも連邦軍で採用されていただろう。インターン時に挑んだ主な課題は高剛性部材の開発であったが、当時のジオンでは知る由もないガンダリウム合金がすでに要件を満たしている。現在では、実用化に向けた課題は全くない。
しかし、問題はこのエンジンが「冥王星」と名付けられていることである。冥王星は太陽系で最も遠い天体で、若さゆえの無謀さで名付けたものであるが、それは惑星シリーズエンジンの究極形を示唆している。だが、冥王星は準惑星であり、これがMS用の主推進器として不適格であることを暗示している。
「エンジンの出力は大きいほど良いのでは?」と疑問を抱く者もいるだろう。その疑問に応えるために、MSの性質と推進器について説明することにしよう。
MSの評価には機動性と運動性が重要である。ここで言う機動性とは、宇宙機がA点からB点へとどれだけスムーズに移動できるか、運動性とは宇宙機がどれだけ速やかに方向転換を行えるか、を意味する。一般的には、機動性が運動性を含むとされることもあるが、今回はこれらを別々に考えることとする。
機動性に優れた宇宙機と言えば、典型的な宇宙戦闘機が思い浮かぶだろう。これらは、急な方向転換よりも、発進地点から目標地点へと効率良く直線的に移動することを重視する。一方、運動性が重視されるのは作業用ポッドであり、作業を遂行するためには多方向への姿勢変更が求められる。
MSはこの二つの性質、すなわち機動性と運動性の間に位置している。そして、これら二つはトレードオフの関係にある。基本的には、一方に注力すれば、他方が損なわれることとなる。これは、安定と不安定の関係とも言えるだろう。安定した宇宙機は確実に加速でき、逆に不安定な宇宙機はその不安定さを利用して素早く方向転換が可能である。
四肢を持つ人型のMSは、基本的に不安定性を有している。MSを安定して戦場に移動させつつ、戦場ではその不安定性を利用して素早く姿勢を変えるために、MSに搭載される推進器には二つの系統が存在しているのである。
用語は組織により異なるが、ツィマットでは、これらの系統を主推進系と制御系と称している。用語に固執するのではなく、概念として理解してほしい。
主推進系は、MSに機動性を提供する推進装置で、主に戦場への加速に用いられる。応答性はあまり重視されず、むしろ燃費や出力が重要視される。これらは大型であり、主に機体背面に搭載される。「冥王星エンジン」はこの系統に属する。
一方、制御系はMSの運動性を確保するための推進装置群で、これが宇宙戦闘におけるMSの白兵戦を可能にする。こちらは応答性が重視され、脚部など機体の末端にも設置できるように小型でなければならない。出力は主推進系よりも低い。
さらに、一部の企業では、もう一つの系統が存在している。これは機体の余白を埋めるように搭載された非常に小型の推進器群で、アポジモーターとも称される。見た目からして、何のために存在するのか疑問に思うかもしれないが、これらは白兵戦時に機体の運動性能をさらに向上させる役割を果たす。ツィマットでは制御系に含めて区別していないが、これらの推進器は容量が非常に小さく、作動時間が短い。
1年戦争の分析によれば、MSが戦場に到着してから一回の戦闘を行う時間は極めて短い。それゆえ、その短い間だけ機能する推進器としてこれらを搭載したのである。
MSに関する誤った噂の一つに「5分で燃料が尽きる」という話があるが、これは上記の系統の作動時間を示しているものだ。もちろん、MSが5分で行動不能になるわけではない。
また、これらの推進器は同一の機体であっても製造時期により違いが見られることが多い。ディスインフォの目的でダミーが搭載されることもある。
話を元に戻そう。MSの推進器には、主推進系と制御系という二つの大きな系統が存在する。そして制御系には、主推進系による加速が引き起こす振動を制御し、機体を安定させるという重要な役割があるのである。
既述の通り、MSはその形状から不安定である。宇宙空間で不安定な機体が加速すると、予期せぬスピンが発生する可能性がある。これを防ぐために制御系が機体を安定させているのだ。
制御系は脚部などの末端に搭載されることが多い。関節を動かして推進方向を変え、迅速な機体制御を行う。これらの機能を合わせて、AMBACと呼ぶのである。
宇宙空間におけるMSにとって最も危険な状況は、予期せぬスピンが発生することである。スピンが発生すると、回復には膨大な時間が必要となり、少なくとも兵器としての機能は失われる。さらに、遠心力により発生する巨大な力がパイロットや機体に破壊的な影響を及ぼす可能性がある。スピンが発生した際にパイロットにかかる瞬間的な負荷は40Gを超える。稀にスピンから生還した例はあるものの、その結果、二度とMSに乗れない体になっているケースが多い。また、機体は脆弱な関節部から破壊され、敵の攻撃を受けるよりも深刻なダメージを受ける。
従って、主推進系の推力は、制御系が機体を安定させられる範囲内に制限する必要がある。ここに「冥王星エンジン」の最大の問題点がある。それは、主推進系エンジンとしての出力が非常識に大きく、通常の制御系では機体を安定させることが困難であるという点である。もし同等の推力を得るならば、より大型の宇宙戦闘機や宇宙艦艇用のエンジンで十分であり、MS用に無駄に凝る必要はない。この状況は、技術革新が進んだ94年現在でも変わっていないのである。
すなわち、AE社からの「冥王星エンジン」テストの依頼は、その意図を全く理解することができなかった。さらに、テスト要項で想定されている機体のサイズは通常の20-22m級のMSであり、稀に見られる40m級の巨大なMSではなかった。MSが巨大であれば、制御系には少なからず余裕がある。
我々がテストを依頼された理由について最後に述べておこう。それは単純なもので、現在のツィマット社がエンジンテスト分野においてのみ活動しているからである。
かつてジオンの有力な重工系企業であった我々の現状は、推進器製造部門が没収され、エンジンテスト部門のみが残されたという悲惨なものであった。
しかし、我々は並々ならぬ苦労を経て、連邦のエンジン結合テストを一手に引き受けるまでになった。誰もが面倒だと感じて敬遠するテスト工程を積極的にとった結果、我々だけが主推進系のエンジンテストに関するノウハウを保持し続けているのである。
エージェントとの会合からすこし期間が空き、我が社に「冥王星エンジン」の実物が到着した。その後、試験飛行に向けた試験用MSの整備が着実に進行している。
私は、アナハイムエレクトロニクスから派遣されたテストパイロットの到着をロビーで待つことになった。テストパイロットは到着した直後、試験用MSを見たいとの要望を申し出たため、MS専用ハンガーを見渡せる通路へと案内した。外部から招き入れたテストパイロットは多くの要求を出すことが多く、この程度の要望は容易に受け入れられた。
「これが噂の謎のMSなのか」
とテストパイロットが問いかけてきた。
私は以下のように答えた。
「まあ、所謂、我が社の『ザクもどき』というわけです」
一年戦争終結後、突如としてアングラにてザクの詳細な製造図面やデータが流出した結果、ザクは民間において広く普及することとなった。宇宙系重工企業は次々とザクの再設計機を生み出し、その外見の類似性からこれらは「ザクもどき」と呼ばれるようになった。
我が社の試験用MSを「ザクもどき」と関連付けることに抵抗感を示すエンジニアも存在するが、一般的にはそのような表現が理解しやすいとされる。ジオニックとの競争における我が社のプライドは、戦後に相手と共に失われたのである。
この試験用MSについて、ツィマットエンジニアの観点から説明したいと思う。
ただし、その前に、まずはザクについて解説しておくべきである。ザクは非常に高い完成度を持つMSである。その開発期間はムンゾ大学における高運動性宇宙戦闘機の研究を基にした場合、10年以上に及んでいる。初の量産型MSでありながら、その時点ですでに完成されたバランスを備えていた。
特に、機体制御システムの完成度は際立っている。背部に搭載された主推進器1基と脚部の制御系推進器2基によって、非常に安定した性能を発揮することができた。機動性の低下を無視するならば、背部の主推進器を廃止し、脚部の2基の制御系推進器だけでも動作可能であるという高い経済性も特徴としていた。
しかし、この完成度の高さが一つの悲劇を引き起こした。それは、核融合炉の出力が決定的に不足していたという事実である。
ザクの核融合炉からのエネルギー配分を見てみると、以下のようになっている。
第一位は推進系へのエネルギー供給である。推進器は核融合炉から得たエネルギーを利用して推進剤を加速し、それを排出することで機体に推進力を与える。機体全体を加速させることを考慮すれば、このエネルギー配分が最も大きいことは理解しやすいだろう。
第二位は機体関節部の「流体パルスシステム」へのエネルギー供給である。システムの詳細についてはここでは触れないが、関節を動かすためにはエネルギーが必要であり、モーターによる関節の駆動には電力が必要ということを理解していれば十分である。
その他の電力供給、例えばセンサーやコンピュータへの供給は、核融合炉の出力に比べると微量であり、それらはその他の用途として分類することができる。
つまり、ザクが必要とするエネルギーは主に推進と機体制御の2つに分類され、採用された核融合炉はこれらのために必要な電力を供給する性能しか持っていなかった。
そして、連邦がMSへのビーム兵器携行を実現したことにより、第一位と第二位の間にビーム兵器へのエネルギー供給の需要が割り込んだことは、ザクにとって予想外の出来事であった。
M・Y型核融合炉によって発生したミノフスキー粒子に高いエネルギーを与え、メガ粒子として放出するためには、推進系ほどではないがそれなりのエネルギーが必要であった。ザクの設計段階ではビーム兵器の運用を考慮に入れておらず、このようなエネルギーを追加で生成するには核融合炉の大型化が避けられなかった。この大型化によってザクのバランスは崩れ、宇宙機としての性能が著しく低下するという問題を抱えることとなった。
連邦がビーム兵器を小型化することに成功したのは革新的な進歩であった。しかしながら、ザクの設計が始まる以前からメガ粒子を使用したビーム兵器の存在があったことを考えると、設計段階でビーム兵器の携行を考慮しなかったことは完全な失策と言える。
もしザクが当初から大型核融合炉の搭載を前提として設計していたならば、連邦は敗北していた可能性があると、戦後の連邦政府は分析していた。
ともあれ、総じて言えば、ザクを上回る完成度を持ったMSは94年の現在に至っても開発されていない。これはエンジニアたちの共通の見解である。
もちろん、ザクよりも高性能な機体は数多く存在し、特に1年戦争以降の正規軍が配備するMSとしては、ザク以上の性能は最低基準となっている。しかし、性能をレーダーチャートで評価すると、ザクを超える性能の項目以外はザクを下回ることが多いのだ。
連邦の救世主とされるガンダムでさえ、コストを考慮に入れると、突出しすぎて全体の評価はザクよりも低くなってしまう。
そして、軽率な設計を行うと、ザクよりも劣った機体が簡単にできてしまうという呪いが、エンジニアたちの前に立ちはだかるのである。
完成度の高いザクであるが、予想外の連邦のMS開発の速さによって、その陳腐さが指摘されることとなった。ザクは本格的な対MS戦闘を考慮した設計ではなかった。
この点については、ジオンが連邦を蔑視したためという分析も存在するが、ジオン自体は将来的には対MS戦闘が発生することを予測していた。ただし、連邦がMSを開発するのには数年かかると見積もられていた。
ザクの経験から考えると、MSの開発には多数の機体の空中分解と、テストパイロットの尊い犠牲が伴うはずだった。
しかし、連邦の伝説的なNT(ニュータイプ)が全てを変えてしまった。彼は、ビル一棟分の計算機を使わないと予知できない、機体スピンの兆候を直感的に察知することができた。四肢と機体各部に関節を持つMSの運動計算は100次元を超えており、少なくとも経験則から導けるような簡単な複雑さではなかった。
ガンダムに搭載された教育型コンピュータは、このNTの神秘的な感覚を学習し、連邦はMSの安定制御に関する方針を早期に確立した。問題は、それがザクのように精密な理論に基づいて構築されたものではなく、勘の良いパイロットの経験に基づいて形成されたものであった。
連邦はこの問題に気づいており、戦後のMS制御技術は教育型コンピュータの改良発展型と、ジオニックから接収したザクの制御理論を基にした型の二つの方向性を持って進められた。
さらに、連邦は自らジオンの精緻な制御理論を導き出す必要性を認識し、ザクの開発過程を完全に再現する計画が始まった。この計画は相当な予算と時間を投じられ、ハイザックをはじめとする一連のジオン系機体の再開発に結実したとされている。
ここまでがザクについての説明である。続いて、私たちの社の試験用MSが、ザクと共に正式採用の座を競い合った経緯について説明する。
ザクの正式採用はムンゾ大学とジオニックとの共同研究から内々に決まっていたが、当時の公国には公平な受注の概念が一応存在しており、重工系2番手のツィマット社にもザクから逆算した要求項目を提示し、競争を促した。
通常ならば、明らかな引き立て役であり、本気で競争をすることはしないはずである。しかし、当時のツィマットの経営陣は予想外の熱意を示し、技術陣を奮い立たせた。それでも、開発期間を考慮すると現実的にジオニックに勝つ見込みはなかったため、技術陣はツィマットらしい手法を選択した。
当時の私たちの社の強みは高効率な推進器であった。新兵器であるMSでも、推進器を中心に据えた。ツィマットが開発段階で分析したザクの欠点は、抜群の安定性から来る機動性の不足だけだった。ザクに勝つためには、ツィマットが提案するMSに、ザクよりも宇宙戦闘機寄りの特性を持たせるしかなかった。
設計段階で、ツィマットの技術陣は国防軍に対して次のように説明した。「仮に生産コストがザクと同等であれば、ツィマット製MSはザクよりも高い機動力を持つため、前線に展開できる数が1.5倍になります。もし運動性で劣る場合でも、数の優位性でザク以上の成果を出します」もちろん、これはMSとして必要とされる運動性を持つことが前提である。そうでなければ、宇宙戦闘機を開発するべきである。
このコンセプトに基づき、試作機の製造が許可され、EMS-04 ヅダが誕生した。その目的は、MS-05 ザクとの試作競争だった。
結果はザクが勝利したものの、試作されたヅダは必要な性能を満たしていた。戦略好きの総帥を狙い撃ちにした機体コンセプトが功を奏し、ヅダの少数量産と配備が決定した。ジオニックと軍の蜜月を考慮すれば、これは大いなる勝利と言えるだろう。
しかし、その後、ヅダは試作機が空中分解するという事故を起こし、配備が中止となった。原因はツィマットが誇るエンジンが全力運転中に許容以上の振動を引き起こしたとされている。以降、ヅダは欠陥機の汚名を着せられ、ジオン軍に存在する謎のMSとなった。
以上が我が社の試験用MSヅダの経歴である。その後のツィマット社では、ヅダの配備中止の余波が収まらない間に、指導部から次期重MSの開発と生産が指示されていた。ジオンは既に、企業が自由に活動できる国ではなかった。
次期重MSは、ヅダのコンセプトを基盤にしつつ、武装や推進剤の搭載量を増やし、機動性を重視した大型機体となった。また、ヅダで発生した問題への対策は必須とされ、冗長性のために推進器のクラスター化が進められた。その結果、スラスターの化け物のようなMSが誕生した。これがいわゆるMS-09 ドムである。
ドムは採用時に高機動型ザクとの競争に立たされ、ツィマットがリベンジを遂げたというパイロット間の噂がある。しかしこれは総帥部が流したプロパガンダである。
ツィマットがヅダで起こした失敗は公然の秘密であり、ツィマット製MSが正式採用されることに反感を持つパイロットが少なくなかった。総帥部は国内で大量に育成しているパイロットたちの士気を下げないため、ツィマットが実力で正式MSの座を勝ち取ったという風説を広める必要があった。
実際のところ、エース向けの高機動型ザクは、稼働時間を犠牲にして運動性を高めた設計であり、ドムとは全く異なるものであった。この二つが比較されることはなかった。
パイロット間でのドムの評判は、後に続くジオニックの新型MS、ゲルググの期待値が高過ぎたために芳しくなかった。しかしながら、大量の燃料を積んで長距離を移動できるドムは、パイロットを指揮する側から絶大な信頼を受けており、ゲルググの配備以降もドムの要望は寄せられ続けた。
話がドムに逸れてしまったが、ヅダが94年にツィマット社に存在する理由については、さらなる説明が必要である。しかし、話が長くなったので、ここでは省略する。
テストパイロットがMSハンガーの前でヅダを見つめていた。エンジニアから見れば、テストパイロットは操縦の資格を持ちつつも、どれだけエンジニアの側に立ってくれるかが重要であった。
ありがたいことに、テストパイロットは通常よりもMSに対する愛着が強い場合が多い。ヅダの経歴は少し調べれば判明する。アナハイムから派遣されたテストパイロットもおそらくはヅダの経歴を把握しているだろう。
「結局、この機体はどうなんだろうな?」
とテストパイロットに聞かれた。その言葉からは、ヅダの悪評について問い詰められているように感じられた。
「ヅダがザクに敗れ、欠陥機と称されたのはもう15年以上前のことです。」
吐き出すように答え、一呼吸置いてつづけた。
「81年以降の連邦製エンジンはすべてヅダに搭載してテストを行っています。この機体はいわば、戦後の連邦MSの育ての親です」
ヅダは18m級のMSとしては大型の主推進器を搭載可能であり、その取り外しも容易であったため、エンジンのテストに適していた。これは、親バカ的な感情を抜きにしても事実である。
そして、ヅダは常に我々の期待に応えてくれた。その結果、ジオンの未確認MSであったわずか数年間より、試験用MSとしては倍以上のキャリアを積むことができた。
これまでにテストしたエンジンの中には、1年戦争時にヅダが搭載していた惑星シリーズエンジンよりも高出力なものも含まれている。
試験用MSとしてのヅダには、かつての不安定な欠陥機としての面影は全く見られなかった。
余談になるが、MSの性能を比較するための情報としてスペック一覧が存在する。これはMS年鑑などに記載されているものである。しかし、その中の推力の欄は、エンジンテスト企業としては全く信用できない。その理由は、記載の推力がどのような基準で表したものなのかが定義されていないからである。
私が知る限りでは、記載されている推力には、主推進系のみのスラスター推力を記載したもの、主推進系と制御系のスラスター推力を合算したもの、機体テストで測定した加速力から推力を逆算したものなど、様々なものが存在する。特に、巡航形態に変形するタイプのMSでは、形態ごとに推力が大きく変わるはずだが、それを区別して記載している例は少ない。
このようなスペック値を引用するのは、楽しみとしてMSを比較する場合に限定されるべきである。しかし、調べるのが容易だという理由だけで、連邦軍との打ち合わせにもMS年鑑の値が持ち出されることがあり、それには頭を抱えることが多い。
「なるほどね、試験するエンジンの方はうまくいってるんだろう?」
と、テストパイロットが続けて質問した。
こちらには明確な問題が存在していた。「冥王星エンジン」は私が設計したときよりも攻めた作りになっていた。最終的な出力は上がっているが、一部には謎の部材が使われていた。連邦がガンダリウムよりも剛性の高い素材を有していることは確かであった。
AE社の製造部門で組み立てられた「冥王星エンジン」は、その場でエンジン単体での試験が行われ、設計元から提供されたコントローラーを繋いでテストしたところ、設計通りの出力が確認できた。だが、何故か部材の一部が膨張して輝いていた。製造部が原因究明に奔走したが、結局、原因は判明せず、設計元に確認せざるを得なかった。そして、その結果は「それで良い」との返答であった。
全力運転すると何故か膨らんで光るエンジンが我が社に届けられ、ヅダへの搭載を進めている。
この話をテストパイロットは驚きの表情で聞いていた。同じAE社内で起きたことであるから、彼らの中で共有してもらいたかったが、部門が変わると会社が変わるのがAE社の特徴で、我々を介して情報が伝わることはしばしばある。
「ヅダにはエンジンが膨張しても問題ないよう、細心の注意を払って搭載しています。ですが、それ以降は天のみぞ知るところです」
と答えた。テストパイロットは、やけに闇が深い世界最大の統合電機メーカーを恨むべきであろう。
「年貢の納め時だな」
と、パイロットはつぶやいた。
エンジンの取り付けが済んだヅダがハンガーを移動していった。試験用MSになる際、ヅダのメインカラーは白、一部は黒に塗り替えられた。何となく前世紀の大気圏往還機を思い起こさせる配色だった。ただし、しばらく塗り直しをしていないため、白色部分は所々に汚れが目立ち、少し色調がくすんでいた。
機体各所には、試験機にお馴染みのマーカーがペイントされていた。だが、実はこれらのマーカーを画像解析で使用したことはなく、試験機らしい雰囲気を出すために気分で書かれていた。
公国軍仕様との違いは、シールドを両肩に装着していることである。シールドの先端にあったピックは取り外され、代わりにウェイトを取り付けられるようになっていた。これにより、テストで要求される重量バランスを再現できた。18m以上の大型MSにもこれで対応可能だった。
他にもウェイトとしてのダミー武装や、一年戦争時にジオンの評価部隊から持ち出した謎の手持ちシールドなどが存在した。しかし、今回の試験ではこれらは使用しなかった。
「それで、今回の試験を私に押し付けて、専属パイロットは何をするつもりなのかな?」
ワシヤ氏はヅダの専属パイロットであったが、エンジン製造部門でのトラブルを耳にし、試験への搭乗を拒否した。
彼は公国軍パイロットの生き残りであったため、その辺りは敏感だった。長い付き合いがある主任が説得しても、彼を納得させることはできなかった。そこでやむを得ず、アナハイムからテストパイロットを派遣してもらった。エンジン単体試験でのトラブルに関して、アナハイムの側に責任があったため、話はスムーズに進んだ。
「試験ではチェイサーとして同行します」
と答えた。
MSのエンジンテスト飛行では、試験中に何か問題が生じた場合に対処するため、別のMSをチェイサーとして同行させることが一般的だ。ツィマットに払い下げられた2台目のMSは皮肉にもザクであった。
「仕方がない。試験では彼をぶっちぎるとしよう。」
これはパイロットらしい開き直りであったが、ワシヤ氏はその手の挑発には乗らないタイプの人間である。しかし、ヅダが「冥王星エンジン」を全力運転すれば、確かに彼をぶっちぎることは可能である。そのため、私は訂正しなかった。
「ところで、なぜヅダは規格外のエンジンを試験できるんだ?通常のMSであれば制御が追いつかずにスピンしてしまうように思うのだが」
それは確かに疑問と言えるだろう。
「ヅダの設計が始まったとき、最初に配置されたのは高出力エンジンでした。つまり、ヅダはエンジンから設計されたんです。」
通常のMSはコックピットを中心に設計を開始するが、ヅダはエンジンから設計が始まった。その結果、主推進器の加速に対して驚くほど安定しており、半ば宇宙戦闘機のような安定性を持つことになった。
さらに、関節の一部をロックすることで機体をより安定させる高機動モードも存在する。設計時にザクを上回るとされた機動力の秘密は、ここにあるのだ。
もちろん、「冥王星エンジン」を全力運転中に制御系スラスターを作動させると、ヅダであっても予期しないスピンを起こす可能性がある。だが、今回のテストの目的は20m級MSを模した重量バランスで全力運転することである。全力運転しつつ格闘戦を行えという要求は出されていない。そんな試験は、既存のどのMSにおいても不可能である。
エンジンを全力運転する際に必要となるエネルギー供給は、MSの搭載試験で調整を必要とする要素の一つである。現在ヅダは、グリプス戦役時に交換された核融合炉を搭載しているが、「冥王星エンジン」を全力運転すると、その出力では到底足りなくなる。
そこで、今回の試験ではウェイトとして大容量コンデンサを搭載することにした。実用性は全くないが、短時間であれば「冥王星エンジン」の全力運転に必要なエネルギーを供給することが可能である。
ヅダの波乱に満ちた経歴を追うと、MSにとっての幸せとは何かと思考を巡らせるようになる。
MSの存在理由を考えれば、戦闘に参加することが名誉であるとも思える。だが、戦場で破壊されて鉄屑となり、永遠に宇宙を彷徨うことが幸せだとは考えにくい。また、破壊を免れたMSであっても、進化の速度が異常に速いMSの世界では、すぐに旧式化してしまい、廃棄される運命にある。たとえエポックメイキングな機体であったとしても、博物館に収蔵され、埃を被って展示されている状態が幸せとは言えない。
現在のヅダはどのカテゴリーにも当てはまらない。確かに、テストで鉄屑になるリスクは存在する。しかし、戦闘に参加することはない。ツィマットの財政状況から見ても、短期間で交換される心配もない。そして、ただ展示されるだけでなく、日々、その能力を最大限に活用し、テストに寄与している。
思わず考えてしまうが、我が社のヅダは世界で最も幸せなモビルスーツではないだろうか?現在のヅダは、私にとってはそのように見える。
薄暗いMSハンガーでの作業中、ふと自分が会社を追い出され、フリーのMSメカニックとなってからかなりの時間が経過していることに気がついた。
最初は、所属する会社もなく仕事が見つかるかどうか不安であったが、秘密裏にMSを所有したいという願望を持つ人々は案外多く、何とか生計を立てることができた。
最も重要だったのは口の堅さである。クライアントは皆、秘密主義だった。その中でも今回の依頼主は、これまでで最大の顧客であった。
常に監視しているがっしりとした担当者から、整備中の機体についての感想を求められたとき、何も問題はなさそうだったので素直に答えた。
「何と言うか、綺麗ですね。全体的に」
彼の反応は上機嫌で、当主の理念やモチーフ、美術品としての外観設計について語り始めた。彼は当主を尊敬しているようだったが、私には全く理解できなかった。私はそもそも当主が誰なのかさえ知らない。
また、私にはMSに美的感覚を持ち込む趣味はなかった。私が「綺麗」と言ったのは、機体に副推進系のスラスター噴射口が一つも見当たらなかったからである。機体の仕様を見ても、それは存在していなかった。その結果、MSは真っ白な巨人のように見えた。
それでも、主推進系のエンジンは搭載されていた。珍しく2基構成で、1基は通常の高出力MS用エンジン、もう1基はMS用としては規格外の異常な出力を持つエンジンであった。
最初は、このエンジンが持つ異常な性能が、明らかに普通のMSとは異なるため、レコード破りのための人型宇宙戦闘機を作りたいのだと考えた。しかし、提示された機体フレームの剛性は、この異常なエンジンを使って動き回るつもりであることを示していた。その場合、機体を制御する副推進系の推進器が必要となるはずだが、それが一切なかった。
「君は一体、どうやって飛ぶのだ?」
ほとんど人のいない静かなハンガーで一角獣に問いかけた。
読んでいただきありがとうございます。
宇宙世紀0094年のシャアの反乱後のストーリーとなりました。
ユニコーンガンダムの開発前史となっています。
この話はMSが地上でも活躍することを無視しています。
小説版ガンダムの設定を引き継いでいるということでご容赦ください。
次の話以降では、普通に地上戦が出たりすると思われます。