短編1話完結。
秀の誕生日とされる7月8日に重ねています。
常闇が消える。あやかしは人に戻る。斎藤義龍はうずくまり、秀は刀を収める。
稲葉山城の戦い。秀は織田家の兵として、藤吉郎と竹中半兵衛の計略により、城内に侵入する。霊石が生んだ妖怪を斬る。ついに義龍を討ち取った。
壊れた兜が天守閣の床に落ちる。
重い音が決着を告げる。はじめて秀と義龍が顔を合わせた。秀は思わずあとずさる。兜を落とした義龍は、秀と同じ顔をしていた。
双子だった。
斎藤道三の隠し子という自身の出自から、兄弟とは知っていた。同じ母親を持ち、同じ日に生まれた。いつか血を分かち合い、そして今日は刃を交えた。
後日。半兵衛の取り計らいで知る岐路。妖怪の深芳野を家中に置く。道三に反感を抱く者は多く、忌み子とされる双子が生まれてから、案じた深芳野は秀を連れて家を出た。
目を見開く秀に、義龍は口元をゆるめる。
「やはり、気付かず刀を振り回してやがった」
薄暗い天守閣で、言葉もなく襲われた。義龍の重鎧に対して、秀は稲葉山城を駆け抜けるための軽装で、顔も隠していない。先に対面されていた。
立ち上がれずとも見下ろすほどに圧してくる。
「俺は笑いをこらえてたんだよ。こんなの負けじゃない、だ……ろ」
苦しみ、顔をしかめる。言葉を話せない秀は、呆然としたまま義龍を見る。
「変なもの……も、食っちまったしな」
義龍から煙が立ち昇る。依り代を失った荒魂がさまよう。鎧の中で全身が崩れ落ちていく。
「またすぐ、続きをやろうぜ」
秀と義龍の目が合う。義龍は笑った。わずかな血を残し、姿を消した。
現れる果心居士。秀の小刀が輝く。
夜には祝宴が開かれる。
戦いのあと、藤吉郎が天守閣に追いかけてきた。貯蔵されていたはずの霊石が見当たらず、一時は狼狽したものの、藤吉郎の行動は早い。
両軍に斎藤義龍の戦死を報じる。器用に状況を動かした。ほどなくして稲葉山城は陥落する。戦は決着した。
織田家が沸き立つ。
織田信長の快進撃は続く。美濃を掌中に収め、次は西方と噂された。宴の始まりを待ちながら、すでに騒ぎ出す者もいた。
輪から離れた遠く。秀は木の下に座っていた。微動だにしない。座禅を組む僧。あるいは死者のようだった。
思い返す。
幼いころ母親を殺された。傭兵を始める。藤吉郎の相棒になる。道三の元で霊石を集めた。道三が義龍に討たれる。尾張に流れ、信長に従い、義龍と戦う。
いつからか、戦国乱世に身を置いていた。
流されるままだった。武名に意味を見出だせないでいた。
深芳野と国を渡り歩いた覚えはない。血縁者がいるとしたら、美濃であるのは自然の道理。
両親も兄弟も、意志を持って乱世を生き、そして死んだ。多くの縁が紡がれ、時に絡み合い、歴史が刻まれていく。秀だけが世俗を離れ無縁人でいた。
より早く、道三と、義龍と、出会えたら。
失われない命があるだろうか。異なる道があるだろうか。
縁は変えられるのだろうか。
秀は踏み込まない。交錯した縁の外にいる。手をのばせば、縁に触れ、新しい縁が生まれる。無縁人だからこそ、縁を作り変えられる。
天守閣で果心居士を見た。母を殺した錫杖の男。追いたければ、追われたければ。
頭上に人影を感じて、我に返る。
「おっと。寝てたのか?」
藤吉郎だった。
「よっこらせっと」
汗を拭きながら座る。
斥候と伝令、作戦立案を担っている。藤吉郎は戦の最中より、その前後の方が忙しい。ようやく一段落つき、休憩する兵のところに来れた。
「霊石はどこ行ったんだかなあ」
斎藤義龍は斎藤道三との戦いで、道三の集めた霊石を奪い取り、稲葉山城に持ち去った。城内を探し回ったが、依然として行方は知れない。
「腹を減らせておけよ。今日はうまいもん食えるぞ」
日が傾いていた。宴の準備が進む。
「信長様がおいでになる。又左も、勝家殿もだ。みんな浮ついてるからな。お近付きになろうぜ」
行商人の藤吉郎と、半妖の秀。不信感を抱く者は多い。信長には認められているが、過度に突出しては、家臣との対立を招く。考えなしに活躍しても、藤吉郎の夢には届かない。
藤吉郎は常に、周囲の評判を気にかけ、慎重な人付き合いをしていた。非凡な才覚に、人を惹きつける人柄が重なる。少しずつ支持者は増えていた。
戦えと言われて戦うだけの秀には関わりがない話だった。
「それでその……な。前から言ってた奴なんだが……」
世間話を続けながら、言葉に迷う。何度も断られてきた。切り出しにくい。
「俺達二人の名前を……え?」
話し終わる前に、秀は首を縦に振る。
「い、いいのか。わかってるよな。二人で“吉秀”の名乗りを許してもらう策だぞ?」
藤吉郎は驚いた。
美濃にいたころから考えていた。織田家に士官した時はもう決めてあり、応じない相棒に手を焼きながら、機会を見ていた。藤吉郎の夢を叶える、今までにない方法。
「決まりだな。宴の席はうってつけだ。藤吉郎流、いくぜ!」
飛び上がるように立ち、走って行った。
多くの縁が失われた。今からでも、取り戻せる、そして作り出せる縁がある。無縁人でいなければ。
縁の始まりは名。
藤吉郎と出会い、名前を聞かれた。秀の字と呼ばれた。無縁人をやめた日。今夜、また新しい名が生まれる。