大雨の中、一人の女性が赤子を抱き抱え、歩いている。
「…ごめん。ごめんね…」
その女性の頭には円環が輝いており…言うなれば、『神秘』を感じさせる様相をしていた。
けれども赤子には輝きどころか円環も灯っておらず、それどころか生気さえもなかった。
真っ青な唇。異常なまでに、血色の引いた肌。閉じられた目。
死んでいると、多くの人間がそう判断するだろう。
女性は赤子を路地へと置き、その場を急ぎ去る。決して、一度も振り返らぬままに。
再び灯った赤子の円環に、気付きさえもせずに。
◇
俺の名前は内藤生。
普通の高校二年生!…だったんだけど、ついさっき死んだ。
別に、劇的な死だったわけじゃない。ただの事故死だった。高校からの帰り道に、車に轢かれた。それだけ。
血がドバドバ出て、痛みはあんまりなくって。周りの音が、うるさいのに遠く、静かに感じた。
後悔はあった。やりたいこともあった。死にたくなんてなかった。怖かった。
それでも、俺は死んだ。
ああ、ハゲてたけど頼りになるおとん、ふとましいけど優しいおかん、そして頭弱いけど助けてくれるアホ姉貴よ。先立つ不孝を許しやがれください。
恩返しもできなくてごめん。
そんなことを死の際に思ったことを覚えている。
死にたくなかったけど、怖かったけど。できる限り楽しく、一日一日必死に生きてきた。だから後悔はあっても、満足もしていた。
できることならみんな、俺のこと覚えたまま幸せになって欲しい。記憶の片隅でいいから。
そこで、ふと気づく。
───ここで今考えてる『俺』って、どういう状況?
目を開けるまでもなく、周りで雨が降っていることがわかった。
「…?」
体に力が入らなくて、頭がうまく回らない。なんとか目をこじ開ければ、雨でぼやけた光が遠ざかっていった。
───捨てられた。
なんでかわからないけど、そう思った。ぼやけた光も完全に見えなくなって、雨風にどんどん体力が奪われていく。
ああ、やばい。このままだと死ぬな。俺の体、こんなに弱かったっけ。
…というか俺の体、小さくない?
「…ぁ?」
発音しようとして、口から出てくるのは歯抜けしたような音。そこで今一度、自分の体を見回す。
小さな手、指、足、寸胴の体…赤子のそれに、相違なかった。
「…ぇ!?」
なんだ、これ。そもそも俺、死んだんじゃ。というか、今の状況、何これ?
そんな幾つもの疑問を棚に上げて、それでも胸の奥から湧き上がってきた思いがあった。
「ぃ、ぁく、ぃ」
───このままだと、死ぬ。死にたくない。
一度死んでいる人間が何を言っているのか。こんなわけのわからない状況だ。 生きているのか、死んでいるのかもわからない。
「ぁく、ぃ…!」
それでも、俺の体は動いた。生存本能とも言える想いのままに。
腕を伸ばせばとても赤子のものとは思えない力が出た。なんとか自分の居る箱のようなものを上り、地面へと降り立つ。ほとんど落下だったけど、痛くはなかった。
「ぁぇ、か…!」
───誰か。助けて。
声は出なかった。それでも地面を這つくばって、前へと進んだ。無意味だったとしても、何もせずにはいられなかった。
「…ん?」
「…!」
目の前に、影が降り立った。
人だろうか、助けてくれるだろうか、助けて欲しい。
そんな願いを込めて声を出すが、それ以上に涙が堪えられなかった。
けどそれは、喜びからくる涙じゃない。恐怖。見知らぬ人間に出会った恐怖。赤子の感情のそれに近い。
「うわぁああああん!」
「おお…落ち着け、大丈夫だ。大丈夫だぞ、よしよし」
抱き上げられ、あやされて。少しは心が落ち着いたのだろうか。だんだんと涙は止まっていった。
「…」
「…泣き止んだか。まったく、どいつもこいつも捨てていきおって…託児所じゃないんだぞ…まあいい、とりあえず学校に連れ帰って…」
突然、眠気に襲われる。
多分今は赤子の体な訳だし、仕方ないだろう。
「…む?眠ったか。体を温めてやらねばな…」
そうして、とうとう眠りに抗えず。
「全く気持ちよさそうに寝おって…これから大変だぞ?」
そこで完全に意識を手放した。
◇
意識の闇というトンネルを抜けたら、そこは透き通るような世界感でした…って、言ってる場合じゃないな、うん。
あのわけのわからぬ一日から三日が経った。時計もないから体感だけど。
目を覚ました後俺は、当然というべきか周囲の状況の確認から入ったわけだ。
何より5w1hが知りたかった。勿論下手に動いて状況を悪化させたくないので、周りを目で追うくらい。
どうにも俺は最後に出会った女性に拾われたらしかった。
赤子用のベッドに寝かされてはいたが、それだけでもここがどこかはわかった。
「ほら、食事の時間だ」
俺を拾ってくれた女性が哺乳瓶を持ってくる。
あの時は顔なんてほとんど見えていなかったけど、よく見ると美しい容姿をしている。…美しい容姿。うん。それだけならいい。それだけならホントによかった。
「しっかり飲めよ」
しかしその女性の頭の上には円環…ヘイローが爛々と輝いている。
どう見ても透き通るような世界観です。本当にありがとうございます。
「よし、適量だな」
背中を優しく叩かれる。
「ゲェッ」
「ん、いい子だ。大人しくしてるんだぞ?」
女性が去り、一人で思案する。
───ブルーアーカイブ。
所謂ソシャゲが好きな人や、ある程度創作物に知識がある人間なら、一度は聞いたことがあるだろう。
あるいは知らない人も、過酷なナニだの動いてないのに暑いだのLet’s go!だのあっち向いてホイだの…まあこの辺にしておこう。
話を戻すと、ブルーアーカイブというのは2021年2月に配信された、透き通るような世界観で送る学園RPG。
キヴォトスという学園都市の生徒たちがキヴォトスの外からきた先生と共に、悪い大人と戦ったり、あるいは内乱を食い止めたり、部活動に勤しんだり、涙あり、笑いありの青春を送る物語。
…と、いうのは建前で。
その実情は最新の防弾ガラス顔負けの頑丈さを持つ生徒たちが、気軽に銃を使いまくる、ゴルゴ13もおっかなびっくりな荒々しい世界。そんなSAN値直葬もいいとこな世界観からついたあだ名はきららGTA。
メインヒロインの趣味が銀行強盗だったり、ラーメン屋が『ただのミス』で爆破されたり、内ゲバで何人も犠牲者を出しかけたり、日和見主義者が清渓川のピラニアに食い荒らされたり…っと、最後のは関係ないな。
そんなネタにまみれた扱いだが、実は本編は大真面目だ。
ストーリーはかなり読み応えがあり、特に『エデン条約編』と呼ばれる章の人気は凄まじい。
メタとネタ、シリアス、それらを昇華した世界観が織りなす物語。
かくいう俺もファンの一人で、そこそこ真面目にプレイしてたし、設定もよく調べていた。謎が多すぎたけど。
まあ、ともあれ。とても一般的な肉体、感性をした人間が生きていける世界ではない。
そんな世界に…恐らく、転生してしまった。その上多分親に捨てられた。
「はぁ…」
いや転生ってなんだよとかそもそもなんでゲームが現実になってんだよとか、色々と言いたいことはある。
しかし、まずは生き延びることが最優先だ。
とはいえ、幸か不幸か。
「…あー」
頭の上に視線を伸ばせば、光り輝く何かが一つ。
そう。俺、ヘイローがある…キヴォトスの生徒になり得るみたいです。一般的じゃなくて逸般的ってか。やかましいわ。
これでは将来的な銃撃ドンパチや内乱ヒャッホーが確約されたようなもの。
とはいえ、それだけならまだいい。生徒にならない選択肢があるのかは知らないが、可能な限り安全に生きることだってできただろう。
「ぅー…」
しかし。し、か、し、だ!
奥にいる女性に目線を向ければ、ドクロマークに英字でariusと書かれた腕章。大きめのジャンパーのような制服を身に纏っている。
はい。よりにもよって俺が拾われたの、よりにもよってあのアリウス分校でした。
…つまり、まとめると。
ブルアカの世界に生徒として転生して。恐らくは親?に捨てられた挙句、アリウス分校に拾われたみたいです。
…クソッタレめ。
一応原作既読の方が多いとは思いますが、原作の設定で説明不足だと思ったところは後書きで軽い用語解説を入れていきたいと思います。
本編に入れたかったのですが、冗長になってしまうのでこちらで。
キヴォトス
・学園都市にして、ブルーアカイブの舞台。
・銃ブッパしてもいいけど、法はちゃんとあるらしい。
・政治・運営は生徒が担っている。
ヘイロー
・生徒たちの頭の上に浮いてる輪っかみたいなの。これが壊れると生徒は死ぬ。
・状態は精神状態により左右される。(寝てる時は消える、精神的にダメージを受けるとひび割れるなど)
生徒
・ヘイローを持っている。
・体が滅茶苦茶頑丈で強い。
・能力持ってる子もいる。