アルバイト。学生が社会の一端に触れ、溶け込み、世の不条理と条理とを学ぶ場所。と、前世の姉が言っていたような気がする。
でも、正直今はそんなことどうでも良くって。自分で働いて、金を得る。アリウスでもやっていたことだけど、きちんと流通した『円』を手に入れる。そのことが最優先事項だ。
「じゃあ、今日はよろしくね。シオナさん」
「はい!よろしくお願いします!」
とはいえ、仮にも俺は世を忍ぶ全キヴォトス指名手配犯。そう簡単に顔を晒し、公の場で堂々とアルバイト、というわけにもいかない。
近所の電気屋で買った中古品のスマートフォンで、ミレニアムでのアルバイトをのんびりと探して。そして、最適なものを見つけた。
「いやー、助かるよ!いつもの子が今日は休みでね……人前で話すのは苦手だけど、子供たちには人気があるみたいで……いや、それは今関係ないかな。とにかく、その子がいない時にシフトを入れてくれるだけでもいいなんて……本当にありがとう!」
「いえ、こちらこそ……」
場は遊園地。身に纏うは、キモと……ペロロ。寒空の下、着ぐるみは夏より幾分かマシでも残暑によりまだ暑い。
「それじゃあ、行ってきます!」
「うん、行ってらっしゃい。着ぐるみは本当に危ないから、少しでも変だと思ったらここへ戻ってね」
「了解です!」
俺が選んだのは、遊園地でペロロを演じるアルバイト……いわゆる、着ぐるみスタッフというやつである。
◇
「あー、ペロロだ!」
「ペロロ、風船ちょうだい!」
「はいはい、一列に並んでくださいペロ。ほらそこ、前の子を押しちゃダメペロ!」
子供達にやいのやいのと迫られながら、可動域の少ない手で精一杯風船を配る。ヘイローがついてる子もいれば、獣人のような見た目の子、果てはロボっぽい見た目の子まで……ロボっぽい見た目の子ってどうやって成長するんだろう。
「ありがとね、ペロロ!」
「気にしないでくださいペロペロ!みんなはぐれないように気をつけるペロペロ」
「はーい!」
なんとか配り終えた……暑いし、意外と着ぐるみが重たい。まあ俺には問題のないことだ。何せ俺、アリウスの白い悪魔だし!
……まあ冗談はさておき。視界が非常に悪い上、自分一人では着ぐるみを脱ぐことさえままならない。一応、アシスタントさんが遠巻きに見守ってはいるけど……動きづらいもんは動きづらいな。
「とはいえ、やっと見つけたバイトですからねぇ……」
みんなに比べて、アルバイトを始めるのがかなり遅れた。俺自身の体調の問題もあったけど、それ以上に……できるだけ顔を見られないようなバイト先。それを探すのに苦労したから。
アズサはヒフミやハナコの紹介で色々と始めているらしいし、サオリもエンジェル24で働いていると聞いた。後で制服姿を見に行こう。
その点、このアルバイトを見つけれたのは僥倖だった。訓練により体力もあるし、身長が低いからマスコット系の着ぐるみに入りやすい。正しく、俺にピッタリなバイトというわけだ。
「ペロー!」
両手の翼を上下に二回。アシスタントさんへ送る、移動の合図。遠巻きに見守っていたアシスタントさんがこちらへと寄ってきて、移動方向へ誘導してくれる。
「シオナさん、かなり慣れてらっしゃるんですね」
周囲の子供達に聞こえない程度の声で、アシスタントさんがそう囁く。シオナ。今回バイトを始めるにあたって、適当に考えた偽名だ。苗字は秤を借りた。俺もロイヤルブラッドの一人だし、嘘はついてない。
「以前、このアルバイトをされた経験が?」
「初めてですペロペロ」
「ええ……?」
……まあ、あれだろうな。昔みんなと『姉』として接していた時の、あの経験の流用。どうにも、このバイトには思った以上に適正があるらしい。
「しかし、あんまり人がいないペロね……」
「この辺りは遊園地の中でも端の方ですし、入り口から遠いですから……とりあえず、中心の方へ向かいましょうか」
「はいペロ」
この語尾も随分慣れた。ペロロって喋るのな……いや、なんとなく知ってはいたような……多分、前世関係だ。
しかしこの見た目で喋るとは、ちょっと気持ち悪さが増した……違う、こんな気持ちじゃダメだ。俺は今日一日ペロロ。誰がどう見ても、ペロロなんだから。
アルバイトといえど半端はしない。完璧なペロロになりきってやる。
「さあ!子供達に笑顔を届けに行くペロペロ!」
「ペロロってそんなキャラクターでしたっけ……?」
「知らないですペロペロ」
こちとらつい最近までペロロのペの字すら触れて来なかったんだ、勘弁してくれ……こんなもんで問題ないとは言われたから、多分大丈夫だろうけど。よっぽどのペロロキチでも来ない限り、難癖つけられることはないだろうしね。
なんて考えていると、歩いていくにつれてかなり人が増えてきた。
「この辺りは人が多いので、とくに子供達にぶつかってしまわないよう気をつけてください……水分補給は大丈夫ですか?好きな時にできるわけではないので、水分補給はできるタイミングでお願いします」
「問題ないペロペロ。人間水なしでも一週間は死なないペロペロ」
「ダメですからね!?しかもペロロはそんなこと言いませんからね!?」
流石にちゃんと水分は摂るけどね。
「それじゃあ……子供達!風船は欲しくないかペロ?」
少し大きな声で、いつもより高めに、よく通る声で。みんなに風船を配っていく。そういえばペロロってモモフレンズのキャラクターなはずだけど、なぜこの遊園地のマスコットとして……ああ、モモ系列の遊園地なのね。旗で今気づいた。
「ペロロ、ペロロ!一緒に写真撮って!」
「もちろんペロペロ!」
「ペロロ!IED作って!」
「できるわけないペロ!?」
「この着ぐるみもちもちしてるね!」
「きぐ、るみ……?ペロロには何のことかわからないペロねぇ‥…」
時折おちゃらけながら、軽快なテンポで、贔屓しすぎず。適度にわかりやすいリアクションを見せながら、こちらに気を引く。
この仕事、楽しいな。普通ならキツいだけなのかもしれないけど、俺は暑さにも渇きにも耐性がある。そんなに問題にはならないし、何より……子供達とこうして触れ合える。これだけでも、かなり天職な気がしてくる。
「かなり人が増えてきたペロね……」
そんなこんなで気合いを入れて風船を配っていたら、いつのまにやら人集りができていた。アシスタントさんも新しい風船を作るのに忙しそうだし、まだ風船を貰えてない子だっている。しばらくはここに留まるしかないかな。
「ペロー、大人気で嬉しいペロペロ!」
とはいえ、こんなに人がいると迷子になってしまう子や、怪我をしてしまう子だっているかもしれない。ちょっと注意しないとな。
『……あそこ、なんか人集りができてない?』
そんな意図に従って、神秘で聴覚を強化して。耳が聞き覚えのある声を捉えた。
『あら、本当ですね。何かあるのでしょうか?』
二度目。先程とは別の、聞き覚えのある声。この世界じゃない、前世で。
『“行ってみる?”』
『う、うぅ……私は待ってるよぉ……人混みニガテで……』
追随して、この世界で初めて聞いた声が、二つ。
『……あれ?あれってペロロ様じゃないですか?』
ついでに、ペロロキチ……もとい、阿慈谷ヒフミの声まで。面子から言って、おそらくこの中には……!
『本当?じゃあ、私も行きたい』
「や、やっぱりアズサもいたペロペロ……!」
ちょっと待って、聞いてない。お姉ちゃん聞いてないよ、アズサがこの遊園地にいることは。確かに今日ヒフミ達と遊びに行くとは言ってたけど。先生もいるとかも聞いてないよ?
『ペロロ様……ああ、あのカバ……私はいいかな。ハナコは?』
『遠慮しておきますね』
『“それじゃあ、私が着いて行こうかな”』
アズサに、ペロロガチ勢のヒフミに、先生までこっちに……ちょっと待て、心の準備が……!
「ペロロー!風船ちょうだい!」
「も、もちろんペロペロ!」
でも離れることもできない……よし、諦めよう。着ぐるみを着てるんだ、声さえ変えれば俺だとはバレないし。
「わー!ペロロ様です!」
最初にひょこっと顔を出したのは、ヒフミだった。こちらの体を二度、三度、じっくりと舐め回すように視線を這いずらせて。
「このボディ……サイズから見て、シーズン3のペロロ様でしょうか……いえ、しかし口調は……なるほど、シーズン4パート5限定で出てきたレアペロロ様を再現して……!」
「ぺ、ペロー……?」
何言ってるのこの子。何言ってるのこの子。言ってること全部俺の知ってる言語じゃなかったんだけど……?
「待って、ヒフミ。ペロロ・イミテーションの可能性も捨てきれない」
「確かに……しかし、尾羽の角度から考えると……」
「ヒフミ、よく思い出して。あれの尾羽の角度は場面転換ごとにかなり変わっていた。そのワンシーンを切り取ったと考えたら、そんなに不自然じゃない」
そしてアズサ?なんでその話に乗っかるのかな?お姉ちゃんついていけなくなっちゃう。
「ペロロ、大丈夫?具合悪そうだけど」
「うぇ、はいっ!だ、大丈夫です、ペロペロ……!」
まずい。まずい、思いっきり口調と声色を間違えた。これじゃあヒフミ達も中身は俺だって気づいて……!
「……なるほど、確かにイミテーション様みたいですね!アズサちゃん、流石です!」
「最近見返したばかりだから、すぐに気づけた」
なかった。変な考察が進められてるだけだった。先生が後ろで苦笑いしてる……話についていけてないのかな。
「それにしてもこのアクターさん、かなりすごいですね……この型のペロロ様の着ぐるみはかなり動かしにくいはずなのですが、違和感がありません。あんなにペロロ様に近い動きを……!」
「“そうなんだ?”」
「はい。それに、身長制限も厳しくて……ちょうど、アズサちゃんくらいの身長じゃないと入れないんです。だから、募集要項もかなり限られてて……」
ああ、確かに募集では身長百五十センチメートル以下の方に限る、って書かれてたな。それと、体力にある程度自信がある人、もしくは生徒の方とも。
「“そういえば、そんなことが書かれてたね”」
「先生も知ってたの?」
「“前に、ちょっとね”」
できる限り雑念を払って、子供達に無我夢中、といった具合に風船を配り続けて。いつのまにやら近くに居座られてしまった。あんまり長居されるとボロが出そうだから、正直やめてほしいんだけど……それを言った瞬間に中身が俺だとバレる。なんというジレンマ。
「き、君で最後ペロペロ?はい、どうぞペロ!」
憔悴しながらもなんとか、その場にいる子供達に風船を配り終えた。そうすると機を見計らったかのように、ヒフミ達が近づいてくる。
ああ、なるほど。子供達がいなくなるまで待って……ヒフミの優しさは、ペロロが関わっても変わらないらしい。……いや、そうでもなかったような?
「あ、あの!ペロロ様!お願いがあります!」
「な、何ペロペロ?なんでも言ってほしいペロペロ!風船は子供用で限りがあるから、あげれないペロけど……」
ずいっと顔を押し寄せられて、少し緊張する。よく見ると、この前アズサが買っていたペロロのパーカーを着ているらしい。仲が良さそうでお姉ちゃんは安心です。
「その……ハグしてもいいですか!?」
「ハグ?」
ハグ……子供達にも何回か求められたし、規定上も確か問題はなかったはず。ただ、それはそれとして。
「もちろん良いペロペロ!」
「今声が変わりませんでしたか……?」
「気のせいペロ!」
余計にアズサ達にバレるわけにはいかなくなった。立場を利用して妹の友達に抱きつく変態とかアズサに思われたらお姉ちゃん明日の日を見れない……!
「と、とにかく……いつでもウェルカムペロペロ!」
両腕……じゃなかった、両翼をバサっと広げていつ来ても大丈夫だと待機して見せる。数秒の間感動するように打ち震えたヒフミは、かなりの勢いでこちらに突撃してきた。
「あ、ご、ごめんなさい!感動のあまり勢いが……!」
「問題ないペロペロ!鍛えてるペロから!」
……しかし、ヒフミもキヴォトスの生徒だけあってかなり良いタックルをかましてきたな。これは鍛えれば中々伸び代がありそうな……本人は嫌がるだろうけど。ちょっと今度、アズサを通して打診してみよう。
「すごいです、モチモチ……これは……五年前に製造されたペロロ様着ぐるみのシリーズだと思ったのですが、ひょっとしたらまた別の……いやしかし……」
さておき、抱きついたままぶつぶつ一人呟き始めたヒフミが怖くてならない。花の女子高校生だ、だというのになぜか怖い……やるな、ヒフミ。
「ヒフミ、ペロロが困ってる」
「わっ!?ご、ごめんなさい私ったら!」
「気にするなペロペロー」
よかった、いつものヒフミに戻った。さて、ここいらの子供は大方いなくなってしまったし、バレないようにそろそろ移動を……。
「アズサちゃんもやらせてもらいますか?」
「……!」
と、思ったけど、それは後回しでいいよな。まだ見逃している子供もいるかもしれないし、うん。しょうがないしょうがない。
「いや、私は……」
「ぜひどうぞペロペロ!」
「そうですよアズサちゃん!このペロロ様、とっても不思議な感触がするんです!」
「ヒフミはともかく、なんでペロロまで推してくるの……?」
ふふふ……いや、こんなところで突如として降って湧いてくるとは思わなかった。妹に合法的に『抱きしめてもらう』チャンス。抱きしめたことはよくある、何度もある、俺はあの感触が好きだ。だが妹達の方から能動的に抱きしめられたことなんて、ほとんどなかった。
この機会を逃すわけにはいかない……絶対に。
「ねぇヒフミ、まだ終わらないの?それなら先にお昼ご飯買ってきちゃうけど、何か食べたいもの……」
「さあ!さあそこのキミ!!来るペロペロ!がばっと!ギューっと!!ペロペロ!」
「……死刑ぇーっ!!」
突如として、見えないところから耳の奥底を劈く怒声が響きわたる。この甲高い声、何より独特の判決方法は……コハルか。
「な、何の話ペロペロ!?ペロロは何もしてないペロペロ!!」
「明らかに息を荒げてたでしょ!ペロペロとか言ってたし!!」
「そ、それはペロロの口癖ペロペロ!難癖はやめるペロペロ!!」
「“ペロがゲシュタルト崩壊してきた……”」
コハルの言うところの死刑、つまり俺はえっちなことをしようとしているように見えたのだろう。失敬な、妹にそんなことするはずないだろうに。
「ちょ、ちょっとシオナさん……!お客様とトラブルはまずいです……!」
「ご、ごめんペロペロ……!」
そうだった、あくまで俺は今雇われの身。いくらペロロっぽい動きをするためと言えど、それでコハルと言い合いになるのはまずい。
「し、失礼したペロペロ……誤解を招いたなら謝るペロ」
「え、あ、うん……こっちこそごめんなさい……よく考えたら、そういうお仕事なんだし……」
うんうん、わかってくれたようで何よりだ。そう、俺は着ぐるみスタッフ。たとえ妹に抱きつこうとも、それで責められる謂れはないのだ。
「アズサちゃん、どうします……?」
だからアズサ、安心してお姉ちゃんの胸元に飛び込んでおいで。大丈夫、何も怖くないよ。
「……まあ、そこまで言うなら」
心の中で送った強い想いと熱視線が通じたのか、渋々と言った感じでアズサも近づいてくる。先程と同じように両翼を広げ、受け入れる体制を整えて。
「いつでも、どんなふうにしてもオーケーペロペロ!」
「じゃ、じゃあ……失礼して……」
恐る恐る、アズサがギュッと抱きついてくる。着ぐるみ越しだから香りや視界が物足りないけど、少し圧迫されるような感触がむしろ心地いい。
着ぐるみの厚底のおかげで、アズサより少しだけ身長が高い。目に映る頭頂部に手を伸ばそうかと思ったけど、着ぐるみだからそれはできなかった。
「本当にすごい感触だ……どうやってこれを実現しているのか、見当もつかない……コハルもどう?」
「わ、私はいい……それよりもうレストランも混み始める時間だし、そろそろ」
「“待って。私もやってみたいな”」
「……へ?」
今、なんて?今なんて言った?
「せ、先生まで……?まあ、別にいいけど……早めにしてね」
「“わかった”」
待って、先生。何で着々とこっちににじり寄って来る?いや、ちょっと、まだ心の準備が……!
「ちょ、ちょっと待つペロペロ……!お願いだからちょっと待つペロペロ……!」
「シオナさん、どうかしたの……?」
「あ、アシスタントさん……!助けて……!」
「……大変かもしれないけど、頑張って!それも着ぐるみの大事なお仕事ですよ!」
いや、そうかもしれないけど!クソッ、さっき自分にした言い訳がこんな風に返って来るなんて……!
「“ひょっとして、何かまずいかな……?”」
「い、いやその、まずいわけじゃないペロけど……」
ダメだ、頭が動かない。熱のせいか、それとも極度の緊張のせいか。心臓が痛いぐらいに跳ねる。耳元がドクン、ドクンとやかましい。もう、この場から逃れるための言い訳を考えることすらできない。
「……そ、その……ゆっくり、お願いするペロペロ……」
結局諦めて、三度目。再び両翼を広げることしかできなかった。
「“ありがとう。どれどれ……”」
ずいっと。一歩、また一歩。先生が、少しずつ近づいてくる。視界のほとんどが、先生だけで埋まっていく。
「う、あ……」
その度に、体がこわばって。血液は沸騰するように、頭の上に昇って来て。ろくに頭を動かすことも出来なくて。心臓と喉元の間に、息詰まるような感じがした。むず痒くて、不思議な気分だった。
「っ……!」
そうして、目の前に先生が訪れて。両腕で、体全体を包み込まれた。決して逞しい、なんて呼べないような体だけど。それでも俺よりも、はるかに大きい体。全身を、すっぽりと包まれてしまったような気分に陥る。
その感触で、あの時のことを思い出した。先生が、助けてくれた時のことを。
「うぅ……!!」
たったそれだけのことで、体の熱はさらに何倍にも増して、増して、終わりなんて見えないほどに。頭の中身は、完全に茹で上がった。
「“確かに、すごく不思議な感触……”」
「……!」
耳元で囁かれるように、声が聞こえた。腹まで響く、低い声。鼓膜を震わせる感触さえもが、心地よかった。
「“ありがとう”」
いよいよ限界を迎え始めたところで、全ての感触がさらっと消え失せた。全ての感触から解放された。そのはずなのに、まだ息苦しい。息ができない。
「では、そろそろいきましょうか。ペロロ様、ありがとうございました!」
ヒフミに別れを告げられて。命からがら、右翼を上に上げてブンブンと振る。そうして、その場からアシスタントさん以外がいなくなって。
「……っ、はーっ……!はーっ……!」
ようやく息ができた。文字通り、息苦しさが消えていた。
「ど、どうかしましたか……?……はっ、ひょっとしてすごく臭かったとか」
「違います」
先生の名誉のためにも、そこはしっかり否定しておく。
「……あんまり、大人の……特に、男性に慣れてないので。緊張しました。……あ、ペロペロ」
妹達……同年代の子達とは、十年近く付き合って来た仲だ。誰かに抱きつく、という行為も、『姉』として接する中でそこまで特別なものではなくなっていった。でも、先生は……大人相手は、話が違う。俺が今まで接してきた大人なんて、教員か……癪だけど、ベアトリーチェくらいしかいないから。
こんな風になるとは、自分でも思ってなかったけど。
「そうだったんですね……このバイト、続けれそうですか?」
「いえ……」
ただ、それはそれとして。
「むしろシフトを増やしてもらいます……」
「なんで?」
妹に抱きついてもらえるチャンス。決して無駄にはしない。サオリ達にも、あとでこの遊園地の存在をそれとなく教えておこう。
◇
日給を現金で受け取って、帰路に着く。
「疲れました……すごく疲れました……」
主に先生に抱きつかれたあたりが、特に。意外と終盤は大変だった。
……それに……社長さん、優しい人だったな。アシスタントさんも。この世界の大人なんて、ろくなものじゃないと思ってた。カイザーだったり、ゲマトリアだったり。でも、意外と……先生の他にも、信用していい大人は……いるのかも、しれないな。
「ただいまです!」
「おかえり、スオウ!これはお土産だ」
部屋に戻ると、アズサがぬいぐるみを渡して来た。ちょうど今日、俺が着ていたペロロのぬいぐるみ。これはいい機会だ。
「あ、キモかわいい……ありがとうございます。でもペロロのぬいぐるみなんて、どこで買って来たんですか?」
「ミレニアムの中に、遊園地があるんだ。モモ系列の会社だから、ペロロがマスコットキャラクターになっていた」
「そうだったのか、それで……」
ペロロのキャップという中々珍しい格好をしたサオリが、興味深げに会話に入って来た。
「おかえり、スオウ。アルバイトはどうだった?」
「中々大変でした……ちょっと休みます……」
「そうか。ミサキ、少し詰めてくれ」
「あ、いえ大丈夫です。先にシャワーを浴びるので」
身体中がベタつく……酷く汗をかいたせいだ。この状態じゃ椅子に座るのも、ベッドに潜るのも、正直乗り気にならない。
「スオウ、どんなバイトをしてきたの?」
「イベントのスタッフです!着ぐるみを着て、会場を回ったりしました!」
嘘を吐くコツ。ほとんど嘘はつかないことだ。そう、あの遊園地で俺が働くという事実さえ言わなければみんなも合法的に……!
「へー……何の着ぐるみ?」
「えーっ……と……ツインテールの、水色の髪の女の子です!二、三頭身ぐらいの!」
確かこの世界にも初音ミクはいたはずだし、多分これで誤魔化せる。
「そうだったんだ。ごめんね、引き留めて」
「大丈夫ペロペロ!じゃあ、シャワー浴びて来ますね」
しかし本当に疲れた、正直アリウスの訓練よりもキツいかもしれない。今夜は、よく眠れるといいな。
「待て」
そんなことを考えながらタオルと替えの下着、そしてパジャマを持って。アズサに声をかけられた。
「その口調は何?」
「へ……?……あっ!」
まずい、今俺ペロペロって……疲れのせいで、完全に気が抜けてた……!
「スオウ。今日遊園地に、不思議なペロロがいたんだ。身長は私くらいで、ヒフミのタックルをものともせず、かなりの身体能力を有すし……やけに私を抱きつかせようとしてきた」
「そ、そうなんですねー……不思議な人もいたもんです」
まだだ、まだ誤魔化せる。大丈夫、証拠はない。シラを切ればいける……!
「……そうか、そっちがその気なら……先生はあのペロロの感触を気に入ったらしいから。これから毎日、先生をあの遊園地に連れていく」
「ご、ごめんなさい!許してください!私が悪かったです!!」
その後、シャワーを浴びて……しばらくの間、アズサに正座させられた。
チキ・ヨンハ(@TyongeTyon_nise )さんからファンアートをいただきました!
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というわけで、小首を傾げたスオウちゃんです!少し複雑そうな、けれども心からの……おそらくは、『姉』らしい笑顔がとても可愛らしいです!個人的なフェチとして首元と髪の間に手を突っ込みたくなりました!ありがとうございます!