現在、ミレニアム自治区に在住している桐花スオウ。彼女の持つ机の中には、幾つもの秘密が覆い隠されている。彼女が持つ、『ノート』を始めとして。
「スオウ、少し……寝ていたか」
そんな彼女は、机に突っ伏しながら、だらしなく涎を垂らし眠っていた。以前までの彼女なら、考えられなかったことだ。
幸せな夢でも見ているのか、時折うへへ、と笑い声を漏らし、「妹」だの「ウェルカム」だの寝言を嘯きながら。
「……まあ、眠れているのならよかったか」
毛布を取り出し、それをスオウの背中にかけながら、サオリはその寝顔を見守った。ここまで無防備に眠るなど、以前までのスオウでは考えられなかったことだ。
それだけ、今の環境に慣れ……自分たちを、信頼してくれるようになったということ。そんな事実を噛み締めながら、ふと机に目を向けて。
「……ん?」
そうして、油断し切っていたからだろうか。スオウの秘め事が今。机の上で隠れもせず、堂々と主張していた。
いつもの『ノート』とは違った、古ぼけた……黄色く焦げた、独特の香りがするノートが。
「……訓練、日記?」
恐らく、これを読んでいるうちに眠ってしまったのだろう。スオウの枕にされていたそのノートを引っ張り出しながら、タイトルに目を向けて。
「これは……十年前の……?」
訓練日記。桐花スオウ。示す日時は、十年前。未だその一切が秘匿されている、スオウの過去。
「……」
するべきでないと、そう思いつつ。表紙にかけた指を、離すことができない。
サオリの目に映る彼女は、未だに不安定で、危うくて。だからこそ、知りたい。知らなくてはならない。彼女に何があったのかを。今ここで、知ってしまいたい。
そんな欲望に抗いきれず、頁は捲られてしまった。
彼女が過ごした、たった一ヶ月……されども、確かにそこに存在した。青春の物語の。
◇
強くなりたい。
「ふぅっ……!ふぅっ……!」
強くなりたい。全てを変えることができるくらいに、強く。
「えほっ……!げ、おぇっ……!」
「スオウちゃん、がんばー!あと二時間だよ!」
強くなりたい。ベアおばに勝てるくらいに、強く。
「……シアンちゃん?それあと少し、みたいなノリで言う言葉じゃないッスよ?」
「え?そうかなぁ?」
そしてあそこで惚けてやがる青髪ぽわぽわアホゴリラを一発ぶん殴れるくらいに、強く……!
◇
「おえっ……!こほっ……!みず……おみずをください……!」
「スオウちゃん?なんで敬語なの?……まああげるけどね?」
うるさいな。これ以上もう走りたくないからに決まってるだろ、そんなの。
「シアンちゃん、それ本当にわからないッスか?流石の私も幼女にあそこまでするのはどうかと思うッスよ?」
「いや、だって訓練だし……」
水を一気に飲み干しながら、ふとシアンに、ついでにアンナの会話に耳を傾けてみる。さしものアンナも、今回ばかりは俺に同情的みたいだ。
「ハァー……これだからゴリラは痛い痛い痛いやめろッス!!」
「全く……女の子にゴリラなんて、ひどい!」
「いや……そういうところだろ、シアン……」
空になったペットボトルをクシャ、と握りつぶして、壁にもたれかかりながら震える足でなんとか立ち上がる。
「あ、スオウちゃん。蘇ったんだね。うんうん、思ったより早い……今晩中にもう一回くらい行っとく?」
「ひっ……!?」
「鬼か悪魔ッスか?」
やめてくれ、もう勘弁してくれ……!足が痛くて痛くてしょうがないんだ……!しかもなんかこう、身体中から何かがすっぽり抜け落ちた感触がするというか……普段よりも動きづらいというか。
「……まあ、それに訓練を頼む幼女も大概ッスけどね」
「俺だって……知ってたら、頼まなかったよ……」
確かに、シアンに訓練をつけて欲しいって頼んだのは俺の方だけどさ。とりあえずジャージに着替えろって、まさか延々走らされるとは思わなかったんだけど?
しかもただ走るだけじゃない。『全速力で』走り続ける。この体なら、それができてしまう。
ダメだ、まだ体がフラフラする。足の状態が酷い、皮が剥がれて……しかも関節は肌と擦れて、酷い炎症を起こしてる。
「結局、六時間も走らせやがって……」
「基礎体力がなってないからね……まずはそこを鍛えることが大事だよ!体に『力』を込めるのは無意識にできてるし」
「だからって……こんな……ああ、クソ……」
体に力が入らない……もう喋るのも億劫なんだけど。訓練……まだ、今日始まったばっかりなのに。これから、毎日これが……いや、止そう。考えたらメンタルとか、その辺が完膚なきまでに叩きのめされる気がする。
「……とりあえず……俺は……帰る、な」
「ちょっ、スオウちゃん!?そんなフラフラで帰れるのー!?」
「なんとかなる……ありがとな、シアン……でも、お前もやらなきゃいけないことがあるだろ……迷惑はかけない。また、明日……」
こりゃ帰るのにも時間がかかりそうな……ええっと、明日は訓練学校は休みだし……まあ、今から帰っても最低限五時間は寝れるかな。明日は筋肉痛で、丸一日動けなさそうだ。今のうちに、教員の人への言い訳を……まあ仮病でいいや。
「いや、でも……」
「やめとけッス、シアンちゃん。本人が良いって言ってるんスし……何より、私はまだあいつを信用してない。入れ込みすぎても、足元を掬われるだけッスよ」
「……そうかもしれない、けど……あれ?スオウちゃんは?」
「もう行ったッス」
「えーっ!?」
遠くから、そんな会話が聞こえてきて。でも、気にしてる余裕なんてない。一歩一歩、踏みしめるように歩く。歩く。歩く、歩く、歩く。
足を踏み出すごとに目の前が暗くなって、前が見えなくなる。ブワッと、体中が熱くなって、気持ちが悪い汗が出てきた。
「窓……」
部屋のトイレの窓を開けて、最後の力を振り絞る。手をかけて、力を込めて、足をかけて。そのまま這いつくばるようにして、ベッドに潜り込んだ。
「……あ……日記」
昨日からつけていた、アンナに渡された日記。今日の分はまだ書けていない。微睡の中で、ふとそんなことを考えた。でも、書くつもりにもなれなくて。
「おやすみ……」
結局そのまま眠って。
次に目を開けた時には、朝を迎えていた。
「……む、もう朝、か……ハローワールド!!」
空元気を口から絞り出して、体の激痛を覚悟しベッドから足を踏み出して。
「……ん?」
痛くない。昨日あれだけ走って、ボロボロになっていたはずなのに。ほんの僅かにだって痛みを感じない。
「っ……!まさか……!」
意を決して、足を見てみる。昨日は水脹れがいくつかできて、薄皮が剥がれていたはずのその足が。たった一つの傷跡も残さず、綺麗さっぱり治っていた。
「……!!」
痛みがないことに安堵する。と、同時に。戦慄した。痛みがない。体も不自由なく動かすことができる。これはつまり。
「今日も訓練があるってことじゃねぇか!!クソッタレがあッ!!」
心からの慟哭が、部屋中にこだました。
◇
「なあどうなってんの!?俺の体どうなってんの!?昨日あれだけボロボロだったはずなのに!!もう治ってんだけど!?」
目覚めてすぐに、シアンとアンナとの待ち合わせ場所に走り、そして疑問をぶつけるように投げかける。
「おはよー!スオウちゃん!」
「あ、うん、おはよう……じゃなくて!!これ!!」
いそいそと靴を脱いで、さらに靴下を脱いで、自分の足の裏を見せつけてやる。すると、サンドウィッチのようなものを咥えていたアンナが口を開いて。
「ばっちぃもん見せつけるなッス」
「ばっちくねぇし!!いやそうじゃなくて!!」
確かに飯食ってる最中に見せつけたのは悪かったけどさ!!
「はぁ、朝からやかましい幼女ッスね……」
「なになに、どうしたの?」
呆れ気味なアンナとは対照的に、不安げな様子でシアンが足をじっくりみる。一通り眺め終えて、シアンは満足げに頷き。
「綺麗さっぱり治ってるね!見込みどーり!」
「見込み通り!?」
シアンはこうなるのがわかってたのか?わかっててあんな無茶させたってことか?
「うん、スオウちゃん……才能あるよ!」
「いや、ちょっと色々説明してもらってもいい……?」
一人で色々盛り上がられても俺ついていけないからね?
「うーん……説明……って、言われてもなぁ」
シアンは困りげにくしゃくしゃと髪を掻いて、数回唸り声をあげて。
「良い?スオウちゃん。私たちはみんな、『力』を持ってる」
そんな怪しげな、カルト宗教のお手本のような言葉を口にした。怪訝な視線に気づくことなく、シアンは話を続ける。
「『力』は体に込めて筋力とか、治癒力を上げたり……あとは、武器に込めて性能を向上させたりできるの」
いまいち要領を得ない話だ。ええと、つまりは……漫画やアニメでよくある、不思議パワーってことでいいのか?
そんなもの存在するんだろうか。相手がシアンだし、あんまり信用できないんだけど……アンナに聞いてみるか。
「アンナ、本当か?」
「……え?あー、はい、そうスね。生徒は大体みんなやってるッスよ、それ。で、力をどんくらい込めるかによって銃や爆弾……武器の威力は変わってくるッスし、体に力込めりゃ強くなるッス」
……相変わらず、よくわからない概念だ。でもまあ、アンナがそう言うってことは多分本当なんだろう。
「なんでアンナちゃんに一回聞き直したの……?まあいいや、それでね。スオウちゃんは『力』の量も質も、他の子供達に比べて圧倒的なはず」
「……んだそりゃ。どうやってわかるんだ、そんなの」
「勘」
勘か。勘ならしょうがないかな。多分あれだ、野生動物特有の本能ってやつだろ。
「今失礼なこと考えなかった?」
「や、別に」
ほら、こんなふうにね。
「……百セット追加ね」
「何を?なあ、今何した!?」
おかしいな、俺も野生動物になったのかもしれない。何の根拠もないのにとんでもなく嫌な予感がする。背筋に鳥肌が立ったんだけど!?
「で、昨日やったのはそれを使い果たすまで走り続ける、ってやつなんだけど……思ったより長続きしちゃったから、辛かったよね」
「辛いなんてもんじゃない……」
走り続ける。言葉にしてしまえばたったそれだけだけど、その痛みは、苦しみは、ジワジワと俺の体を蝕んでいった。一歩一歩が、果てしなく遠くて。何より、終わりが見えない。下手な拷問よりも辛いぞ、あれ。
「でもそうすれば基礎体力が鍛えられる上に、『力』を使う感覚にも慣れることができるはず。スオウちゃん、ここまでどうやって来た?」
「え?そりゃ、走って……あ……!」
シアンに指摘されて、気づいた。今日ここまで走る、その時に……ただの一度も、息切れを起こさなかったことに。
「それで、寝てるうちに『力』が回復して……無意識に、治癒力の向上に使ったんだろうね。もうスオウちゃんは、昨日のスオウちゃんより強い」
いや、嬉しいとかそんなものじゃない。もはや怖い。理解の外側にある現象が、自分の体に起きてるのが怖くてならない。
「……それに、スオウちゃんは根を上げなかった。不満だらけでも、限界でも、最後まで訓練をやり通した。強くなるよ。絶対」
「っ……!」
でも、それでも。その力があれば、もしかしたら。
「……俺は……他の生徒に……過激派に、勝てるようになるか?」
「約束する。着いてこられたら、だけどね」
あの世界を。俺が見て来た、『ブルーアーカイブ』を。ほんの少しでも、良い方向に変えることができるかもしれない。
アリウス分校の内乱を、無くすことができるかもしれない。だったら。
「……よっしゃ!そいじゃ、今日も頑張るか!!」
強くなる。そのためならあの地獄のような走り込みだって、それ以外のなんでも耐えてやる。
「うん、その意気だよ!それじゃあ、今日はこれ使おうか!」
そう言ってシアンがドサっと置いたのは、金属製のバネでできたナニカ。俺こういうの前世で見たことある。これは。
「……養成ギプス?」
なるほど、基礎体力は昨日で十分。今日は筋肉を鍛えるというわけか……ふふ、あの地獄を乗り越えた俺にとっては容易いことよ。
「あ、うん、もちろんこれだけじゃ足りないと思うから、はいこれ!」
「っ!?」
そう言って、今度は轟音と共に大きな袋をドサッ、と置いた。
「これね、ダンベル!これをつけて動くの!」
「……ん?」
今なんて?ちょっと言ってることの意味が理解できなかった。
俺の記憶が正しければ、ダンベルって体に着けるものじゃないんだけど?
「大体一個当たり十キロはあるかな?少し足りないかもしれないけど……でもまあ、ひとまずはその状態で……アンナちゃん、何か仕事ある?」
「んー、そうッスねぇ……あ、土嚢用の土砂が欲しいッス」
「じゃあ地面を掘ってもらおうか!」
「うん……!?」
俺を置いてきぼりにして、話はトントン拍子に進んでいく。スコップと猫車が用意されて、気づいた時には養成ギプスまで体に取り付けられていた。
両手足が後ろに引っ張られるような感触がして、すでにこれだけでも相当な筋力を使う。だというのに、それに加えて。
「とりあえず最初は私がつけてあげるね」
「いや待て待て待て待て。待て、ステイ!」
「犬か何かみたいな扱いッスね」
心からの叫びが通じたのか、シアンはピタッと動きを止めた。ダンベルは五個取り付けられている。一個十キロ、これで五十キロというわけだ。すでに俺の体重の二倍前後……!?
「……スオウちゃん。強くなりたいんじゃないの?」
「ぐ……!」
「辞めるなら私は止めないよ。でも……それじゃあたった数ヶ月で強くなることなんて、不可能に等しい。普通のやり方じゃ、駄目なんだよ」
「う……!」
いや、その通りなんだろう。ここは、俺が生きていた世界とは違う世界。生きている人間が違えば、常識も違う。きっとこれが、強くなるための一番の近道。だったら。
「やってやるよドチクショウ……!!ダンベルもう十個持ってこい!!」
「よく言ったよ!まあ元々二十個つけさせるつもりだったんだけどね!」
「頭おかしいんじゃないのか!?」
二十個。つまりは二百キロの重りだ。大体、家庭用冷蔵庫二つ分……?
「ぐっ……!クソっ!!やってやる!!やってやるよ!!」
「……シアンちゃんもシアンちゃんッスけど、幼女も幼女ッスね」
「幼女って呼ぶな!」
そうして、身体中にダンベルを取り付けて。その後は小一時間、動くことすらできなかった。
◇
訓練を始めてから、三日目の朝。昨日の記憶がない。体に疲労も記憶もなく、ただひたすらに筋肉と恐怖だけが植え付けられている。
こんな時のために、アンナは日記をつけろと言ったのだろうか。
「いや、それはないな……まだ疑われてるっぽいし……」
あり得ない可能性に苦笑いしながら、日記を開いて。
───からだがいたい。
「……」
ただそれだけが書かれた日記に、冷や汗が伝うのがわかった。今日も今日とて学校は休み。つまり、シアンとの訓練があるということ。自然と目が覚めたが、今は何時だろうと時計を見て。
「……は?」
粉砕された目覚まし時計が目についた。時計の針は、俺がアラームをセットしている時間で止まっている。
これらの状況から導き出される結論は、たった一つ。目覚ましを止めようとした俺が力加減を見誤り、時計を粉砕したということ。そして何より。
「……やっべ」
俺が訓練の時間に、盛大に遅刻したということである。急いで服を着替えようと、ボタンに手をかけて。
「ちょっ!?」
ブチブチ、と音を立てながら、ボタンがほぼ全てほつれて取れる。気にする余裕もなく、急いでいつも着用している制服を慎重に、慎重に纏っていく。十分ほど時間をかけて、ようやく傷一つない服に着替えることができた。
トイレに行って、窓を開けて。足をかけて、いつも通りに踏み出した、瞬間。
「な、はぁ!?」
体が一気に、空中に浮き上がる感覚。ふと下方に目線を向けると、地面は数メートルも離れていた。
「や、ばいストップスト、ああ!?」
そのまま受け身を取ることもできず、地面に激突してしまう。
「あたた……いや、急がないと!!」
あの高さから落下してさしたるダメージもない自分の体に疑問を覚えながら、再び進み出すべく足を踏み込んで。
「んん!?」
地面が目にも止まらない速さで、後方へと下がって行く。そう感じ取れるほどの加速が、たった一度の動作で実現された。
「わ、たっ、たっ、たっ……!」
そのまま水切り石のように、なんとか転ばないように爪先立ちで、グングンと加速して行く。加速して、加速して、加速して。前世で車から見る景色よりもさらに早く、世界が目まぐるしく動いて行く。
いよいよバランスも保てなくなり、そして。
「っやば……!」
「スオウちゃんっ!!」
転びかけたタイミングで、シアンに受け止められた。
「っ、シアンか……ありがとう、助かった……」
「ううん、大丈夫……むしろごめんね……まさか一日でここまでになるなんて……」
何やら合点が行ったかのようにシアンは頷いて、後ろから息を切らしたアンナが追って来るのが見える。
「シアンちゃん、幼女はっ、と、見つかったんスね」
アンナは一瞬安堵したような表情を見せた後、すぐにいつも通りの能面に戻ってしまった。一応、心配はしてくれていたらしい。
「えぇっと、シアン、なんか体がおかしいんだけど……」
「うん、わかってる……それはね。一言で言うなら……鍛えすぎた!!」
「なんて?」
鍛えすぎた?キヴォトスの人間って鍛えすぎたらこんなふうになるの?それもたった一日で?
「いや、スオウちゃんの成長が思ったより早くって……多分今は、色々なことを無意識に全力でやっちゃってるような状態。一日であれだけ鍛えたからね……その感覚に、体が慣れちゃったんだと思う」
ああ、なるほど。確かに、ちょっといつもよりも疲れるのが早い気がするのはそういうわけか。
「……うん、思ったより才能あるね、スオウちゃん。私もびっくりしちゃった……」
「シアンちゃんの幼体ッスね。多分そのうち髪が青く変色するッス」
「怖いよ……?」
色々好き放題言われてるにも気になるけど、それよりも気になるのは。
「この症状、治るんだよな……?」
一生こんな状態じゃ、生活もままならないんだけど……?
「……今日一日練習すれば」
「結局訓練かよ!!」
なんとなく嫌な感じはしなくなっている自分に恐怖しながらも、シアンに連れられて訓練の準備を始めた。
◇
パタ、と。寝息のみが届けられる部屋に、軽い紙が閉じられる音が広がる。
「……なんだ、これは」
錠前サオリは頭を痛めていた。訓練日記、それもスオウの過去に関わるものだと思って見てみれば。
今の所、一日目と四日目しかまともに書かれた日はない。そう、日記をつけて以来半分が碌な内容もないのだ。二日目は無記入、三日目は『からだがいたい』と、たった七文字の平仮名が書かれていただけ。もっとも、二日目と三日目に何があったかは四日目に記述されていたが。
「……だが」
だが、垣間見た。スオウの強さの由来を。現状ではとても読んでいて眠れるような内容ではあり得ないが、ひょっとするとこの先は比較的穏やかな日常が続くのかもしれない。
元はスオウの過去を知るための行為だったが、サオリは魅せられていた。スオウの日記が持つ、奇妙奇天烈な出来事、何より……自分が知らない、スオウの一面。過去の出来事に。
しかし、それでも。きっとこの物語の結末は、決まっている。スオウの口から、何度か綻び出たあの出来事が。少しずつ、少しずつ。されど着実に、近づいているのだ。
「……」
「すぅ……すぅ……サオリ、膝の上に……んがっ……」
相変わらずな寝言に少し苦笑いしながらも、その小さな体躯を。傷一つなく、傷ついた体を見つめて。あの時の出来事を思い出して。
「……すまない、スオウ。勝手だが、見させてもらうぞ」
知らなければならない。その先に、何があったのか。何が起こるのか。決意と覚悟を胸に、日記の続きを開き。
『あのくそごりら、ぜったいゆるさない』
「……はぁ」
五日目の頁に書かれた言葉に、サオリはさらに頭を痛めてしまった。
訓練日記(2)に続きます!分隊長採録のように数回に分けて、一ヶ月の軌跡を追う形になります。