ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【過去編】分隊長採録:三・上

 この世界は不平等だ。私は寒さに飢え、苦しんでいるのに。その横で、温もりに包まれながら不平不満を漏らすような人間が存在する。私はそれが嫌だった。

 私は独りだ。生まれた時から、ずっと。独りで生きてきた。一番古い記憶は、二歳とか。それまでどう生きていたかは、もう忘れてしまったけど。

 

「……ったく。手間取らせやがって。ヤコ、これ持ってけ。私はこいつを殴る」

「やめとけ……さっさとずらかるぞ。お前がいなくなったら困る」

 

 弱者は強者に踏み躙られ。奪われる。明日を生きるための飲み水一つさえ、許されない。

 

「けほっ……ま、やりようはいくらでもあるんだけどね。この程度の仕掛けに気づかないなんて、馬鹿な奴らだよ」

 

 自分で言うのもなんだけど、私は昔から賢い方だったと思う。体はそこまで強いわけじゃない。弱いわけでもなかったけれど。

 だからこそ、生き延びるためには頭を回さなくてはならなかった。賢い、とは少し違うかな。堅実に、熟慮していた。

 

「全く……野蛮な連中め。みんな大変なんだから、誠意を持って助力を頼むくらいはできないのかい?……いてて」

 

 とはいえ、暴力に訴えられては敵わない。私にできることと言ったら、精々が隠し場所を作ったり……まあ、その程度だった。傷を引っ提げて、惨めに独り、誰が待つこともない拠点へ逃げ帰ることしかできない。

 年を経るごとに、私のやり方にも限界が近づいているのを感じた。独りで生きていくのは、限界だったんだ。

 

「……ふむ。協力、か」

 

 そして、ふと思いついたんだ。弱者が強者に搾取される。それは変わりない、この世の理のようなものだ。じゃあ死ぬか?諦めるか?

 

「……むぅ?」

 

 そんなのごめんだ。死んでたまるか。私は生きる。何がなんでも生きてやる。何故ってそれは、死にたくないんだから。

 

「ふむふむ、成程……」

 

 だったら、弱者なりに。強者に立ち向かう方法を探せばいい。弱者故の強さを持てばいい。たったそれだけで、私たちの勝ちなんだ。

 

「……協力者、か」

 

 協力。自分以外の誰かと苦と楽とを、不利益と利益とを、損失と利得とを分かち合う行為。

 何を今更、なんて、今の私ならそう思えるけど、昔の私にはそんな発想はなかった。だって私は、独りで生きてきたんだから。

 

「そうだな、手始めに五人……いや、二人。うん、二人だけでいい。損得が一致する相手を探さなくてはいけないね」

 

 じゃあ、なんで私はそんなことを考えたんだろう。なんであんなにも、自分でも気づけないくらいに、心躍ったんだろう。

 

───お前がいなくなったら困る。

 

「……ふふっ」

 

 簡単な話だ。今の私は、あの時ほどガキじゃない。カッコつけて、照れ隠すようなことじゃない、私は。

 

「……私も……あんなふうに」

 

 一緒にいる誰かが……羨ましかったんだ。

 

 まあ当時の私はそんなことに気づくこともなく、単純に利があるからそうしたんだけどね。

 協力者を作る。そうと決まってからは、話は早かった……って、わけでもなくって。

 

「やあそこの君、随分ぼこぼこにされたみたいじゃないか。挙句毛布まで奪われ、凍える明日を迎えるばかりときたものだ。全く憐れだねぇ」

「……っさい」

「だが私も人のことを言えるような立場では……って、あれ?おい!!人の話は最後まで聞くものだろう!!」

 

 ……うん、前言撤回だ。よくよく思い出してみれば、当時の私は対人関係において大馬鹿もいいところだったろう。なぜ不要な煽りを入れたのか、いや確かに相手の危機感を煽ると言う目的はあったけど。

 まあ所詮は長年拗らせた天涯孤独(ぼっちコミュ症)、相手の気持ちなど考える余裕もなかったんだろう。とはいえ、あの頃の自分が目の前にいたらしばらくは正座をさせてやるけど。

 

「……ッハハ!おーい、なぁに一人で騒いでるのさ。愉快な子だね、全く」

 

 でも、そんな私に見向きするような奇特な馬鹿がいた。

 

「っ、誰だ!」

「おぉっと、怖い怖い……まるで狂犬じゃないか。……いや、違うね」

 

 長い、燃え尽きたような灰色の髪の女。歳の頃は、私よりかなり上だったかな。十二年前、当時の私が五歳で、あの子は十七歳。けど、別にアリウス分校の生徒、ってわけでもなかった。制服を着てなかったから。

 

「……キャンキャン吠えるだけの、ワンコロ。子犬さね」

「っ、なるほど……どうやら人前まで姿を現し高みの見物、挙句説教とは随分良い性格をしているようじゃないか……!」

「おお、怒った怒った。その言葉、そのまんまお前に返すよ」

「うぐっ……!」

 

 図星だった。正直自分でも言いながらそうだよなとは思っていたんだ。

 ただ、なんと言うか。ただ意地を張ってしまって。

 

「全く、躾のなっていない犬は苦手なんだがね……まあいいさ。お前、仲間が欲しいんだろう?私のところに来な」

「誰が行くかババア!」

「ふんっ!」

「げぐっ!?」

 

 暴言を吐いたら、腹に重い一発をかまされた。

 

「誰がババアだい誰が、私はこれでも十七さね……おい、訂正しろ、ていせ……き、気絶してる……!?」

 

───いや、君のせいだろう。

 

 薄れゆく意識の中で、ぼんやりそんなことを考えたのを覚えてる。カランと、遠くで口の中に飴玉を入れる音。そして背負われるような感触がして、そこで完全に気絶した。

 

 

 

 

 そうして、次に目が覚めた時。私は見知らぬ家で寝転がっていた。家といってもそんなに立派なものではなくて、つぎはぎの、柱以外は布地で作られたような家もどき。

 

「起きたかい、トウ」

 

 横で声がして、警戒を覚えた。体に刻み込まれた恐怖が消えていなかった。

 

「いや、そんなに警戒しなくても……はぁ……私が悪かったさね。ほれ、見ての通りお手上げだよ。そんなに警戒しないでおくれ」

 

 ギブアップと両手を上げて、ひらひらと揺らがせて。私の腹に残る痛みへ謝罪を述べた。

 

「う、うるさいババアっ!人の腹をいきなり殴るなんてこのクレイジーバイオレンスオールドウーマンめ!!」

「お前の語彙はどこから出てくるんだい、トウ……」

 

 流石に少し疲れたような、呆れたような反応で、そんなことを聞かれた。とはいえ、私は質問に答えるつもりもなかった。もっと疑問に思うことがあったから。

 

「……なんだい、トウって」

「名前さ、お前の名前。ここに来たのはお前でひいふうみいよう、飛んでとお。呼びづらいので、転じてトウ。安直だが、悪くない名前だと思うのだけど」

 

 十、トウ。なんの願いも込められていない、その場しのぎのチンケな名前。それでも、今までの私にはなかったもの。私という存在を、確からしくするもの。

 

「っ……!図に乗るなよ、ババア!」

「なんだお前は!?」

 

 一言で。嬉しかった。

 

「ということで、この子がここへ入ることになったトウだ。苗字は私たちと同じく余羽(あまはね)でいいだろう。ほら、あいさつ」

 

 私が連れられたのはボロ臭い家の中で唯一、ほんの少しだけ広いスペースだった。

 

「……ねえ。私の記憶が正しければ、ここには十人いるんじゃなかったかい?虚言かい?」

「違うさね……ここは代々、アリウスにいる孤児が集まる場。とはいえ、いつまでもは置いてあげれない。一人で生きていけるようになれば、ここから出る決まりなんだよ。私のように、ここを管理する側に回る人間もいるんだがね」

 

 まあ要するに、相互扶助兼福祉のための施設といったところだったんだろう。実際、私以外にも二人、そこには子供がいた。

 

「い、イツです!」

「ナナだよ!」

 

 五つに、七つ。詰まるところ。

 

「……おい。また適当な名付けじゃないか」

 

 正直、あれについては今でもどうかと思う。まあ、名前がない私が言えることではなかったかもしれないけど。

 

「悪いが、私にはネーミングセンスがなかったさね……この子達直々に拒絶されてしまったよ」

「ちなみに候補は?」

「タロウマルとか」

「うわぁ……」

 

 流石に聞いたことがない名前、少なくともアリウスでは一般的ではない名付けだ。そして女の子に付ける名前でもない。拒絶したのも頷けた。

 

「なーなー!お前中々度胸あるなぁ!この人をババア呼ばわりとか!」

「や、やめなよナナちゃん!まだここに来たばっかりなのに!」

 

 そんなことを考えていたら、そこにいた二人が話しかけてきて。大いに困惑して、焦燥した記憶がある。焦って、焦って。

 

「なんだ君たちは。特にそっち、ナナとか言うの。知性がなければ品性も感じないぞ」

 

 つい普段の調子で返してしまった。正直、あの時点で私は自分のコミュニケーションが誤ったものであることをはっきり認識していたと思う。

 けれど、しょうがないじゃないか。あの頃の私は、本当に人と話すのが初めてだったんだ。ただ、他愛もない話をするなんて経験が。

 

「コラァトウ!!お前はどうしてそう口が悪いさね!!」

「あでっ!……な、何をするババア!」

「ババアじゃない!私のことはカリアと呼びな!私の名前さね!」

「語呂は似てるじゃないか!」

「だから何!?」

 

 二発目、拳骨をぶつけられた。人に殴られるのは初めてじゃなかったけど、不思議といつもと違う感じがした。

 

「っつぅ……!馬鹿力め……!」

「……なぁなぁ」

 

 痛みで頭を抑えていると、ナナとかいうやつが話しかけてきた。私を嘲笑いにきたのかと、恨みを込めた目で睨んだら。

 

「ヒンセーってなに?」

「……は?」

 

 そんな愚鈍を煮詰めたような質問をされて、大いに困惑した。

 

「イツは知ってるかー?」

「そ、その……ぶ、物欲がない人……つまり優しい、ってことなんじゃないかな!」

 

 片割れはどう見ても意味を理解しているのに、答えをはぐらかしていた。要するに、気を遣っただけだ。でも、あの頃の私にはそれが分からなくて。

 

「……よく見とくさね、トウ。お前はこの子達から学ばなきゃいけないことがたくさんある」

「……うるさい。私はここに入るなんていった覚えなはないぞ」

「そうかい。じゃあ、一人に戻るか?……これからも、独りで生きていくか?吠えることだけは一丁前の獣が」

「っ……!」

 

 また煽られて、頭に来た。とは、少し違う。本音を言い当てられて、恥じるような怒りだった。

 

「誰が、お前らなんかと!」

「そうか、じゃあ出てけ……と、言いたいところだけどね。悪いけど、この子達の前でそんな事するわけにもいかない。無理矢理にでもここに残ってもらうさね」

 

 だから反抗したけれど、さっと拳を構えられて……死というものを、肌で感じた。それはもう、ヒリヒリと。

 私の本意ではない。だが、脅されては仕方がない。命を守るためだ、それが賢い身の振り方だろう。そんな言い訳を何重にも重ねて。

 

「……ああクソ、わかったよ。ここで暮らしてやる。だからその拳を下ろしてくれ」

 

 やっとそう言うことができた。

 

「おや、なんだか脅したみたいになってしまったね。いやぁ、そんなつもりはなかったのに、悪かったさね」

「どの口が……」

「なんだー?お前もここで暮らすのかー?」

 

 そしたら今度は、奥の方で話してきた二人のガキが話しかけてきた。

 片方の顔立ちには知性を感じず、もう片方はオドオドと、怯えるようにこちらを観察していた。

 

「不本意ながら、ね」

「お前難しい言葉使うなぁ」

 

 大丈夫なのか、これは。そんな意味を込めて指をさし、ババア……カリアの方を見てみると、気まずそうに手を挙げて首を振っていた。

 

「これからよろしくなー!トウ!」

「……まあ、いいだろう。よろしく頼むよ、えっと……」

「その子はナナ。ほらイツ、お前も」

 

 名前を呼ばれて、少し機嫌を良くした当時の私は、割と普通に話すことができた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

「なんだ君は、もっとはっきり喋りたまえ、っと……すまない。よろしく頼む」

 

 というよりも、たまたま間が良かったというか。自分の話し方……話術に限界を感じていたところで、ちょうど無理矢理にでも人と話す機会を得た。その機会を棒に振るほど、私は愚かではなかったから。

 

「……よし。それじゃ、ここのルールを説明するさね」

 

 そうして、私はそこで暮らし始めた。新たな生活を始めた。生まれて初めての、誰かと共にいる時間が始まったんだ。

 

「トウ、これやる。代わりにこれもらってくなー」

「この、人に嫌いな食べ物を押し付けた上に対価を要求するとはいい度胸じゃないか!!」

「や、やめなよ二人とも」

「静かに飯も食えないのかい……」

 

 他者と共有する時間は、不自由だらけだった。何をするにも、自分ではない誰かを憚らなくてはならない。まあ、所詮憧れは憧れ。理想と現実のギャップというやつだろう。

 

「……で、こうするわけだ。ほら、これで簡単に手入れができるだろう?」

「ほ、本当だ……ありがとう」

「別に礼を言われるほどのものではないさ……ナナ、君は?」

「できた!」

「壊れているじゃないか」

 

 大変なことだらけだった。全部、全部、全部。わからないことがあれば教えてやらなきゃならないし、その逆も然りだ。

 

「と、トウ、怪我してる……大丈夫?」

「気にしないでくれ、別に珍しい話でも……」

「やったの、誰だー?」

「っ……なんで君が怒るんだ」

 

 知識も、時間も、感情も、分かち合って。私はそれが余り得意ではないから、面倒だった。疲れるんだ、とても。

 

「コラァ!!なんで三人してボロボロなんだい!?」

「はは……ごめんなさい……」

「……巻き込んだのは私だ……すまなかった」

 

 本当に、大変なことだらけで。

 

「……でも……ありがとう」

「……仕方がないね。今回は全員許す、今度から必ず私に報告するさね」

 

 それが全部、愛おしかった。何もかもが。その時までの私には、ただの一度たりとも満ち足りていなかったことだから。ただ、そんな不自由を求め続けていたから。

 いつの間にやら、独りじゃなくて。それに慣れきってしまったんだ。

 

 そんな風に日は昇って、月は沈んで、何度も何度も日は巡って。一年が経った頃。

 

 ……内乱が始まった。

 

 

 

 

 まあ、だからと言って私たちにそう関係があるわけではなかった。いや、あることにはあるけど。現に、下手にその辺をぶらつけば巻き込まれること請け合い。動きは制限された。ただ、それだけだ。

 

 ……でも、内乱が始まって、二日目だったろうか。三日目だったろうか。もう余り覚えてない。決着は、ほとんどついているように見えた。片側の戦力は、もう風前の灯火。最後の悪足掻きとしか見えない。

 どんな手段を使ったのかは知らないが、相当に有利な状況にまで持ち込まれていた。

 

「……全く、物騒な世の中になったものさね」

「別に問題ないだろう。私たちには問題ない」

「……どうだかね」

 

 だが、それでも内乱はあくまで『アリウス分校の』問題。私たちは違う。ただの孤児だ。関係のないこと、対岸の火事が収まるのを見守ればいい。そう思っていた。あの時までは。

 

「……というわけだ。お前たちも、今よりアリウス分校の一員。我々と共に来てもらう」

 

 数日経って、内乱の決着がついて。私たちの元に、アリウス分校の生徒が現れた。

 何やら色々とほざいてたけれど、内容は要約すると……アリウス分校は改革される。伴って、自治区も。人手はいくらあっても足りないから、お前らも来い。そんな感じだ。

 

「何を言ってるのか、わからないね。別に私たちはアリウス分校の生徒ではない。従う理由はないさね」

「自治区は学校の手によって成り立つ。お前たちが生きていられるのも、我々がいるからだということを忘れるな」

「偉そうに。お前たちが自治をしたことがあったか?」

 

 まあ、私たちも当然納得するはずがない。それに、内乱で人死が出たことは噂に聞いていた。その影響で、戦力を欲しているとも。

 そんな奴らについていけば、何をされるかわかったものではない。

 

「……言い方を変えようか。理屈はいらない。従え」

「態度がなってない間抜けだ……どれ、ちょいとツラを見せなよ」

「なにを、っ……!?」

 

 そんなこんなで押し問答をしていたら、カリアがアリウス分校の人間を殴り飛ばした。一撃でノックアウトだ。事前に聞いていたから、驚きはしなかった。

 

「……よし。準備はできたね?」

「問題ない」

「で、できたよ」

「いつでも行ける!」

 

 私たちにとって元々、荷物なんてあってないようなもの。準備にはそう時間がかからなかった。

 

「じゃあ、逃げるぞ」

 

 アリウス分校から逃げ出す準備は。

 

「脱出経路は覚えてるな?もし誰かと逸れても、必ずそれに従って動くこと。ナナ、特に不安なのはお前さね」

「大丈夫だー!完全に覚えた!」

 

 カリアは、やけに道を覚えているかと確認してきた。今にして思えば、なぜ気付けなかった。あの時に。あんなに、あんなにも、長く同じ時間を共にして来たというのに。

 

「……」

「どうした、トウ?」

「……いや。なんでも、ないよ」

「それじゃあ、出発だ」

 

 愚かだ。愚か者だ。あの時の私は。嫌な予感がしながら、それを聞く勇気がなかった。多分嫌われるのが怖いとか、そんな理由で。

 そんな判断をしなければ、あるいは……あんなことには、ならなかったのかもしれない。

 

「この様子だと……あの道を使うのが良さそうさね。行くよ」

 

 アリウスから脱出する道は、いくつかある。だが、その道は全て現在アリウス分校の生徒によって見張られていた。それだけじゃない、自治区の間を繋ぐ関所のような道さえも。

 後者は簡単に回避することができる。カリアの身体能力で、子供三人を抱え天井を這うことなど容易い。

 

「うぇー……」

「イツ、絶対私には吐かないでおくれよ?」

 

 違った、正確には子供三人高校生一人だ。気絶させた馬鹿を、何かに使えないものかと持って行ったんだった。

 で、ある程度進んで。自治区の外へ向かう道までは、折り返し。そのタイミングで。

 

「……あれ?カリアはどこだー?」

 

 カリアが姿を消した。複雑に入り組んだ、狭苦しい、人が一人ずつでやっと通れる道。夜中の散漫な視界で、逸れてしまった。私はそう捉えた。

 

「ど、どうしよう……!」

「落ち着くんだ。戦闘音が聞こえないから、逸れただけの可能性が高い。こういう時は、一度自治区の外に出る道の手前で待機。合流場所も決めているんだ。時間が経って、それでもダメなら迎えに行こう」

 

 今にして思えば、それも奇妙な指示だった。確かに合理的な判断ではあるけど、言語化できない程度の違和感があった。

 気付かなかった。気付けなかった。

 

「先に進むかー?」

「そうだね。それが適切な判断だ」

 

 そんなはずがない。そんなはずがなかった。大馬鹿が。

 

「……あれ?」

 

 言われてた通りに歩いて行って、自治区へ続く道。本来なら見張りがいるはずのそこに……見張りの生徒は、いなかった。

 

「何故だ……?」

 

 想定していなかった状況では……指示されていなかった状況ではない。そういう時は、迷わず自治区の外へ出ろと言われていたから。

 そこで違和感はさらに強まった。何故そんなことを言っていたのか、否。まるで、そうなることがわかっていたみたいな。

 

「……」

 

 よく見れば、地面には銃痕がある。争った形跡がある。外へ逃げようとする誰かに、討ち倒されたのか?

 

「と、トウちゃん!急ごう!これならすぐ逃げれる!」

「っ、ああ」

 

 後ろ髪を、まとめて数十本は引かれるような気分がした。私の中で得た違和感が、急激に肥大していくのがわかった。でも、それを言い出せなかった。だって、そんなことをすれば。

 

「……行こうか」

 

 この二人まで巻き込む。そんなことはしない。密かに、私は決意した。

 

「おおー!案外すんなり行けたなー!」

 

 自治区の外へ出た。いとも容易く出ることができた。違和感は、確信へと変わった。そこでようやく、私は気付けた。

 

「イツ、ナナ」

「……?どうしたー、トウ?酷い顔してるぞー?」

「……ごめん」

 

 二人の首元を叩いて、気絶させた。幸いにして、その手の技術は身についていたから。

 

「なっ……ん、で……」

「大丈夫、すぐに目は覚めるよ。カリアを連れてくる。その時には、みんなで逃げよう」

 

 気絶した二人を物陰に隠して、自治区へと踵を返した。その時の私にはもう、わかっていたから。何が起こっているのか。

 

「急げ……!もうあまり時間はないぞ……!」

 

 暗い道の中が、瞬時に赫く染め上げられた。爆発の音と、衝撃波が感じ取れた。道が塞がれるように、岩が崩れ果てた。

 

「っ、らぁ!」

 

 道が完全に塞がれる寸前、体を回転させて隙間を通ることに成功した。自治区に戻ってきた。脱出経路は失ってしまったが、そんなことは問題ない。どうせ一つじゃないんだ。

 そんなことより、よっぽど問題だったのは。

 

「何がしたかったんだ、こいつは……」

 

 ……アリウス分校の生徒……恐らく、ここの見張りが引き摺る……私の知り合い。気絶した、カリア。

 

「っ……!!」

 

 アリウス分校の生徒は一人ではなかった。数名、近くに倒れていた。意識がある生徒も、ほとんど満身創痍だった。

 

「や、っぱり……」

 

 カリアが何をしたのか。何のためにあんなことをしたのか。容易に想像はついた。

 きっと、思いつかなかったんだ。全員無事で、確実に見張りを突破する方法だけが。だから自分に意識を逸らさせて。引きつけて、おびき寄せて。その間に、私たちを逃す。

 道さえ塞いでしまえば、私たちが戻ることもない。

 

 そんな様子は、一切見せなかった。特別な態度も、言葉もなかった。いつも通りの様子で。最初から、自分だけは残る覚悟で。

 

 気付かなかった自分に、ほとほと呆れ果てた。

 

「……」

 

 倒れている生徒から、銃を奪った。ハンドガン。少々オーバーサイズだが、満足に扱える。相手はほとんど倒れかけている。

 ……勝ち目はある。そう判断した。

 

「っ、なんだおま」

「返せ」

 

 無言で。ひたすらに、銃を撃つ。撃つ。撃つ。何発も、何発も、何発も。

 

 それが良くなかった。

 

「かっ……!!」

 

 怒りで、頭に血が昇っていたんだろう。焦りで、冷静な思考力を奪われていたのだろう。あんなにも簡単なことを、見落としていた。

 そんな音を出せば。当然、他の生徒だって気づくなんてことに。そうなってしまえば、私は簡単に負けるということに。

 

 

 

 

 次に目が覚めた時には、牢屋の中だった。足には枷がつけられ、逃げ出すことはできないように思えた。

 

「起きたか」

「っ……!」

 

 失敗した。ただ、そのことだけははっきりしていて。

 

「チッ……腐った目で見ないでくれないかい?気分が悪くなってくる」

「……反抗的だな」

 

 ただ、その時の私はまだ巻き返しができると思っていた。なんでもいいから牢屋から抜け出して、カリアを見つける。

 あいつは無敵じゃないが、強い。見張りを任せられる程度の実力を持った生徒を、一人で薙ぎ倒すほどに。あいつを見つけて、こんな場所とはすぐさまおさらばしてやればいい。

 

「まあいい。お前に土産がある」

「……?」

 

 厭らしい笑みだった。こちらのことを、見透かしたような。

 

「ほら」

「……これ、は……っ……!!」

 

 複数の糸を束ねた、見覚えのある灰色。見覚えがある。この一年間、ずっと。

 

「……おま、え……お前ッ!!」

 

 ガチャと、枷が音を鳴らした。牢屋の格子が、強く音を鳴らした。どうでもよかった、そんなこと、だってあれは。

 

「あのクソババアに……カリアに何をした!!」

 

 カリアの、髪の毛だったから。

 

「反抗的な人材など、必要ないのでな。遺品くらいはくれてやるよ。供養するなり、後生大事に持つなり。好きにすると良い」

「……い、ひん?」

 

 ……今にして思えば、あれは……嘘だった。そんなことをするはずがなかった。拘束さえしておけば、殺すような理由もない。

 

「……うそ、だ」

 

 そうだ。嘘だ。間違いなく、今の私ならそう断定できる。

 

「ああ、こちらも欲しかったか?」

 

 でも、追い討ちをかけるように。イツとナナの髪色に『よく似せただけの繊維』が、私の牢屋に投げ捨てられた。ただの偽物だ。何せ、子供を死なせる理由がない。後で、そのことを見抜いてくれた人がいた。

 その時の私には、わからなかったんだ。人の悪意に、慣れていなかった……いや、違うか。

 

「うそ、だ……!!嘘だ!!そんなはずがない!!」

「嘘じゃないさ。これでも私は優しくてな。それはくれてやるよ」

 

 一年も、生温い場所で。誰かと生き続けたせいで、牙をもがれてしまっただけだ。

 

「嘘だ……うそだ、うそだうそだうそだうそだ嘘を吐くんじゃない!!そんなことを、そんな!!」

「やかましい」

「ぐあっ!?」

「……しばらく、そこで頭を冷やすんだな。数日経てば解放してやる……その後は、好きにすればいいさ。一年後まではな」

 

 扉が開いて、見張りが外に出た。扉が閉められた。

 暗がりの中で、疑心と不安が渦巻いて。痛みなんて、死ぬほどどうでもよかった。身が引き裂かれるような、もっと痛い痛みが体中を巡り続けていたから。

 

「……だいじょう、ぶ……だいじょうぶさ……うそに、嘘に決まっている……だって、だって……それじゃあ、私は……また」

 

 その先は、口にするつもりにもならなかった。独り、時間が過ぎるのをただ待った。生きている、大丈夫、何日も何日も、自分にそう言い聞かせて。

 

 数日して。解放されて、あのボロ屋に戻った。狭いと感じていたはずの場所が、広くて広くて仕方がなかった。空虚な孔が、ぽっかりと開いていた。

 

「……ははっ!仕方ないな、あのクソババアめ!全く、帰る家さえ忘れるとは!もうしばらく待ってやろうじゃないか!」

 

 一日経って。カリアは帰ってこなかった。

 

「ううむ、流石に心配になってきたぞ。どれ、イツ、ナナ……ああ、いないんだっけ。どいつもこいつも!私のように賢くなっておくれよ、全く……」

 

 一週間経っても。

 

「ただいま、って、誰もいないけどね……いてて……侵入しただけであんなに殴らなくたっていいだろう、人探しをするためだぞ……」

 

 一ヶ月経っても。

 

「……今日も、か」

 

 また、一日が経って。一週間が経って。一ヶ月が経って。それが何度も何度も、繰り返されて。その頃になると、私はアリウス分校に侵入して……カリアを、みんなを探し始めた。捕まったり撃たれたりしたけど、別に問題はなかった。

 現実から目を逸らせるから。

 

「……みんな……どこに……」

 

───遺品くらいはくれてやるよ。

 

「っ、嘘だ……!嘘に決まっている!」

 

 その時。ガタッと、扉の外で音がした。真夜中だった。独りの夜は、不安で、不安で。すぐに目が覚めた。

 

「この、音……」

 

 もしかしたら。藁にもすがる思いで、扉へ向かって。勢いのままに、蹴破るように開けた。

 

「この、ババア!帰りがおそ、い……ぞ……」

 

 猫が一匹。そこにいただけ。

 

「……あ」

 

 孤独を強く、心に詰め込まれて。破裂しそうなぐらいに。

 

「……独り、かい?君は……」

 

 手を伸ばして。周りが静かで、耳鳴りが騒がしかった。その時だ。私はきっと、その時に。

 

「……私もだ」

 

 その時に、ようやく。ついに。

 

「私も……独りぼっちだ……もう……ずっと……!」

 

 諦めた。みんなが生きてるなんて、都合のいい現実を。

 

「う、うぅ……!あああああ……!!うああぁああああああ!!」

 

 ぺっきりと。今まで折れることのなかった心を、完全にへし折られてしまった。

 

 

 

 

 あの日から、数年。私は一人で生きていた。ずっと、ずっと。

 もうごめんだった。あんな痛みを味わうのは。恐怖を味わうのは。不安で眠れない日々を過ごすのは。

 

 だったら最初から、一人でいい。独りでいい。誰とも関わらず、個で完結するだけの強さを手に入れればいい。

 そう思って、訓練に打ち込み続けた。いつからか、分隊長なんて大層な称号を与えられるほどに。

 

 周りに武を見せつけ、拒絶する。それだけで、私に近寄る人間なんていなくなった。誰も私に近付かなくなった。それでいい。それがいい。それが良かった。

 

「……誰だい?君は?」

 

 だというのに、何故か。

 

「初めまして!こうして顔を合わせるのは初めてですね!これからよろしくお願いします!」

 

 独りにさせておいて欲しかったのに、何故か。

 

「私の名前は桐花スオウ!小隊長にして……!たった今から、あなたのお姉ちゃんです!」

「……可哀想に。頭がおかしいんだね」

「ち、違います!」

 

 私を放っておかない奇特な馬鹿がまた一人。私の前に、現れたんだ。




かなり長くなったので分割します
あと今週の土日、どちらかで掲示板回を更新します!お楽しみに!
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