電子的な装飾が彩る、かつて俺が住んでいた世界に近い、むしろそれよりも発展した土地。ミレニアム自治区、その本拠地。
生徒生活支援部の部室がこの近辺にある影響で、もうそんなに真新しさも感じない。
「相変わらず、モノレールは便利ですね。速くて、かっこよくて……」
とはいえ、それでも便利なものは便利だと、まだ日常への異物感を強く伝えてくる。
最初の頃は毛細血管のように広がる路線に、幾度となく惑わされたっけな。懐かしい。
「……スオウが走った方が速いんじゃ」
「ロマンです、ロマンですよミサキ。それに、私じゃこんなにたくさんの人数を運べません」
少ないエネルギー消費でたくさんモノを運べるってのは、文明の発達に必要不可欠。ミレニアムが発展しているのも頷ける……と、少し考えごとが過ぎたか。
「ヒヨリ、あとどのくらい歩けば着きますか?」
「こ、このペースならすぐにでも……あ、み、見えました!」
少し裏返った声と共に、ヒヨリがそのか細い指先で一つの建物を指す。先程まで別の建物に阻まれ見えなかった、大きなビルのような建物。
「これが、部室棟……すごい大きさだ」
「いや、大きさと言うよりも、これは……」
「……高いね」
流石に頂点が見えない、なんてほどではないけど、それでもたかだか一つの学校が保有するにしては、あまりに大きな建物。
たかだか一つの学校、なんて思ってしまうのは、別の世界を生きていた頃の名残かな。なんとなく、ちょっと懐かしい気分になった。
「マユミ曰く、ミレニアム生の同伴があれば入れるらしいですけど……」
確か部室棟の前で待ち合わせて、そのまま一緒に入る手筈だった。ただ、まだ姿が見当たらないけど。
「……まあ、約束の時間まではまだ少しある。少し待ってみよう」
「それもそうですね!」
確か、マユミ曰く迎えに来るのは……。
「アリス、クエストの対象を発見しました!」
「む」
天童アリス。ゲーム開発部所属の一年生……と、体裁上はされている生徒だ。
「っ……!?く、クエスト……?た、多分人違いだと……」
「ち、違うのですか?アリス、六人のパーティを探していて……」
「え、えぇと……そ、その、よければ私たちが……」
どうすればいいのかわからなくなったヒヨリが、チラとこちらに目線を向ける。アリスの好かれやすい、というより周囲の庇護欲を掻き立てる体質は、ヒヨリにも効果てきめんらしい。
「あー、ヒヨリ、大丈夫ですよ。その子で合ってます。初めまして、天童アリスさん」
「そうだったんですね。パンパカパーン!アリス、パーティに合流です!」
「……サオリ、この子が何言ってるかわかる?」
「全くわからん……」
……アリスと話すのには、みんなはちょっと通訳が必要かな。
「クエストは折り返しです。みんな、アリスの後ろに着いてきてください!」
「私が案内役です。一緒に行きましょう。……って、言ってます」
「……私はなんとなくわかる」
ああ、確かにアツコは手話をすぐにモノにしたって聞いたし、そういう適応力は高そうだよな……マユミに言って、案内役はミドリあたりにして貰えばよかったろうか。
「アリスは『はなす』コマンドを選択します。シオナ達はどこから来たのですか?」
どこか軽やかな足取りのアリスに着いていくと、ふとそんなことを聞かれた。シオナという偽名で、俺たちを指しながら。
疑うような意図はなく、おそらく純粋な興味からの質問。
「トリニティの近くにある、レイオス分校ってところから来ました。ミレニアムのゲームに興味があって」
アリウス、転じてアレイオス。安直なネーミングだけど、まあバレやしないだろう。少なくとも、アリスをはじめとしたミレニアム生が相手なら。
「……シオナ達は、ゲームが好きなのですか?」
「どうなんですか?」
「わ、私か?」
だって俺が答えたってしょうがないし……それに、俺も気になる。サオリ達がゲームをどんなふうに思ってるのかは。
「……そう、だな……最初は、ただ楽しいだけのものだと思っていたが……そうでないものもあった」
「うっ」
テイルズ・サガ・クロニクルの悪夢に少し嘔気を覚えながら、サオリはなおも言葉を続ける。
「……ただ、それらを含めて……今までなかった、暖かな……いや、むしろ熱いと感じられる、そんな何かはあった。だから……そうだな、私は嫌いではない」
……好き、とまでは言い切ってもらえなかったけど。とりあえずクソゲーも神ゲーも、楽しんではくれてたみたいだ。
「……そう、ですか。アリスは……アリスは、ゲームが大好きです!大好きな仲間と出会わせてくれた、繋いでくれた、そんなゲームが大好きです!だから」
ふと、アリスが通路の扉を前に立ち止まる。ドアノブに手をかけ、新たな世界に誘うようにこちらの手を繋いで、引っ張ってくる。
「アリスはシオナ達に、もっともっとゲームを好きになってもらいたいです!今日は一緒にたくさんゲームをしましょう!約束ですよ?」
心からの純粋な笑顔で、そのままドアノブを下げて引っ張り……そして。
「ちょっとお姉ちゃん!?その辺に押し込むのを綺麗にしたって言わないから!」
「そんなこと言ったってもう時間ないじゃん!あーもうどーすればいいのさー!」
「パンパカパーン!アリス、クエストを達成しました!」
……扉の奥にあるのは新たな世界などではなく、ただの散らかった部屋だった。
◇
ひとまず落ち着きを取り戻してもらったあと、アリスに倣って部屋の一角へ移動する。流石に六人の大所帯が入り込むことを想定していなかったのか、少し手狭だ。
「……よしっと。とりあえず、これで座れるだけのスペースはできたはず……!」
「もう、お姉ちゃんが直前になって『せっかくだし九人でうまく座れる配置にしよう』とか言い出すから……」
「み、ミドリだって賛成してたじゃん!」
うん、説明ご苦労。何があったのかはまあ大体わかった。
言われてみれば、ゲーム開発部って五人分くらいしか座るスペースなかったもんな……とはいえ、クッションは用意してくれてたみたいだし、十分すぎるくらいなんだけど。
「ごめんなさい、お待たせしました。えっと、ひとまずは自己紹介からで……」
「あ、はい」
少し待っていると姉妹喧嘩も終わったらしく、ミドリがおどおどとこちらに話しかけてきた。
「……」
「ど、どうかしました?」
……よかった。流石にモモイとミドリよりは身長が高くって、本当に良かった。アリスより低いって、それだけでもかなり心がへし折られそうだったし。
「いえ、なんでも。それじゃあ、こちらから。レイオス分校、生徒会長の秤シオナです!」
機械仕掛けの翼をバサっとはためかせて、少しポーズを決めながら自己紹介をかましてやった。
「おお……」
ふふ、アリスとモモイは多分こういうの好きだろう……!ちょびっとだけ恥ずかしいが好印象を得るためだ、甘んじて受け入れる……!
「ったぁ!?ちょ、サオリ!?」
「理由があれど、初対面でそういった対応はどうなんだ」
「……す、すみませんでしたぁ……!」
至極真っ当な理由でサオリに軽めのチョップを当てられた。痛くはないけど。
「同じく、レイオス分校所属の錠前サオリだ。立場上はシオナの部下になる」
「そしてその実情は私のいもう」
「生徒会の一員ではないが、似たようなものだと思ってくれ」
「……よ、よろしくね!」
サオリが反応はおろか否定さえしてくれなかった……お姉ちゃん悲しい。
「同じくレイオス分校、戒野ミサキ。こっちのサオリの下で、まあ補佐みたいなものかな」
「う、ん……よろしくお願いします」
流石にミサキは入れ込む隙さえ与えてはくれない。だが、それならこっちにだってやりようはある。
「面倒だから、所属校は省略する。白洲アズサだ、よろしく頼む」
「同じく、秤アツコ」
「秤……?ってことは、シオナさんとは姉妹なんですか?」
ふふ、いい質問だミドリ、よく聞いてくれた。俺はこのタイミングを待っていたんだ。ここで先の全員を妹として紹介すれば……!
「うん、そうだよ」
「その通りです、この場の全員が私のいもう、え?」
「……?どうしたの、シオナ姉さん」
「……え、いやその……な、なんでも!」
「あ、そっちがお姉さんなんだ」
……まさか自分から言い出してくれると思わなかった。
おかげでタイミング逃しちゃったけどそんなのどうでもいい。今日は記念日だ、お夕飯は赤飯にしような、お姉ちゃん張り切っちゃう……。
「っていう、設定ね」
「あ、アツコぉ……!」
ゲーム開発部にだけ聞こえない角度で、悪戯っぽく笑ってそう言った。その修飾はいらなかったかなぁ。
「へー、言われてみれば目尻とか似てるね!」
「それ、特徴として挙げるには微妙じゃないです……?」
目尻って。言われてみれば、俺とアツコってどれぐらい血の繋がりがあるんだろう。似てる、とはあんまり言われたことがないし、なんとなく遠いのかなぁとは思ってるけど。
「ほら、ヒヨリも」
「は、はいっ!槌永ヒヨリ、です……!げ、ゲームに自信はないですけど、その、よろしくお願いします……!」
「……はい。ってことで、こっちのメンバーはこんな感じです」
注意深くこちらを数度、しっかり観察してから、把握した、というように距離を置いて。
「そっか、それじゃあ改めて……ゲーム開発部へようこそ、レイオス分校のみんな!私は一年、シナリオライターのモモイ!」
「同じく、一年生のミドリ。ゲームのビジュアル全般を担当しています」
「そして勇者であるアリスです!」
「ついでにプログラマーね。あと今日はいないけど、企画を担当してるユズを含めて、私たち四人でゲーム開発部をやってるよ」
……今日はいない、ねぇ。ま、それは後から引っ張り出せばいいだろ。どこにいるかは、もう大体わかってるし。
しかし、やっぱりこうして改めて見ると。
「……皆、幼子のように見えるが」
俺が何か口にするよりも先に、サオリが口にした。
「んなっ!?し、失礼な!これでも一端の部活なんだよ!?」
「というか、そっちの、サオリさん?が、大きいだけな気も……」
「そーだそーだー!」
「……お前はなぜそっちに馴染んでいるんだ!戻ってこい!」
む、バレたか。まあ冗談はさておいて、そろそろ本題に入るとしよう。
「ってことで、本日はお招きいただきありがとうございます!マユミから話は聞いていますか?」
「はい、聞いてます。その、他校の生徒と馴染めるか、試してみるとか……」
ふむ、大体そのまま伝えているみたいだな……うん、こっちもその方がやりやすくて助かる。
「マユミにはこの前助けてもらったしね!それに、これが終わったら新しいゲームを買ってくれるらしいし……私たちとしては、ゲーム仲間が増えるなら大歓迎だよ!」
「ああ、なるほど……」
やっぱりマユミ、幼い子には甘いみたいだな……思えば、アシリに対する態度もそうだった。
しかし、なるほどね……この前の件。おそらくは、アリスの一件……ゲーム開発部とは、そういう繋がりか。
「……スオウ?なんでアリスをジッと見てるの?」
「あ、いえ……」
……セミナーのトップ……調月リオが、姿を消した。ミレニアムに住んでいたら、そのくらいの情報は入ってくる。
俺が気を失っているうちに、アリスの一件は解決したんだろう。妹達も、一部協力したと聞いた。先生に一応警告はしたけど、無用の長物だったかな……?
「……見境なしなのは、流石にどうかと思うよ」
「え?」
「い、妹を増やそうとしてるんですね……」
「……違いますよ!?」
人が至極真剣な理由で考え事をしてみれば、この妹達は何を言い出すんだ。別に誰でも妹にするわけではないってのに。
「な、何の話ですか?アリスに何か関係が……」
「いいんだ、アリス……気にしなくていい。お前は何も悪くない」
「アリス、こっちに来て。少し距離を置いておこう」
「ちょっと!?」
これはアレかな。日頃の行いかな。上等だ、いかに俺がお姉ちゃんなのかをその身を持って……!
「え、えっと!そろそろ始めましょうか!!」
手をワキワキと動かし始めたあたりで、ミドリから静止された。
◇
そうして始まった、ゲーム開発部対アリウス分校、理外の六本勝負。
「勝負するゲームは各々の対戦相手がじゃんけんで選ぶ。各試合の勝利条件は要相談。こちらの勝利条件は三本先取。ってことで、よかったですよね?」
「そうだよ!さあ、そっちの一番槍は誰が来るの?」
「……どうしましょっか」
「ずこっ……」
少々カッコつけながら啖呵を切ったため、予想外のスオウの返答に少し戸惑いを覚えるモモイ。彼女達の一番手は、既に決まっていた。
「アリス、お願いね!」
「はい!アリス、完璧に勝利してみせます!」
天童アリス。近頃ゲーム開発部に入部した、限りなく人間に近いアンドロイドの生徒。
ゲームを初めてプレイしてから間もないため、実力は相応ではあるが、アンドロイドの特性としての反射力、判断力、学習力。それらが一番の強みである。
「こっちはどうしますか?」
「……そうだな、ここは私が」
「ううん、私が行く」
サオリの提案を遮り名乗りを上げたのは、アツコだ。
「……本気?どんな相手かわからないよ?」
「大丈夫、私だって得意なゲームはあるし、それに……」
先に配置についたアリスの元へ、アツコは歩みを進める。途中、一瞬スオウ達の方を振り向いて、小さなピースサインを見せて。
「私はみんなと出会えるくらいには、運がいいから。きっとじゃんけんも勝てるよ」
「っ……!はははっ。それを言われると弱いですねぇ……」
そうして迎える、第一戦目。
「じゃん、けん、ぽん!!」
「私の勝ちだね。それじゃあ、これで」
宣言通り、じゃんけんに勝利したアツコが選んだのはももいろメモリアル4。王道恋愛シミュレーションゲーム、その四作目である。
「ももメモ4……なるほど。伊達に練習してない、ってわけだね」
ミドリの分析は正しい。スオウ達が購入したゲーム機で遊べた、数少ないももメモシリーズ。その中での最新作、それこそがももメモ4なのだ。
「それだけではない。ああいったシミュレーションゲームでは、実力差は出難いからな……流石だ、アツコ」
「そ、そこまで考えてますよね、アツコちゃんなら……!」
実力差を測るため、など、そんな生温い考えはない。アツコは今、本気で勝ち星を取りに行っている。
「勝敗の条件は……初デートまでの時間を競う。それでいい?」
「問題ありません!ハンデはどうしますか?」
「……一分間、操作禁止」
「……!」
ももメモにおいて初デートイベントは、そう遠いものでない。好感度の調整に気を配りさえすれば、十分のプレイで辿り着けるようなイベントだ。
たとえどれだけ有利な状況でも、油断すれば足元を掬われる。サオリ達とのシーダイブで得た教訓である。
「お、思ったより本気で勝ちに来てない!?」
「アツコは意外と負けず嫌いですからね……」
「そちらから言い出したことだ。約束は違えないだろうな」
「ぐ、ぐぬぬ……!!」
有利すぎず、相手が飲み込まざるを得ない範疇での条件の提示。無論、アリスとて拒否することはできなかった。
「それじゃあ、始めようか」
「アリス、一時ロード期間です……」
アリスが眠るように目を閉じ、その間にアツコはゲームを開始する。名前、あだ名は「はかり」でも「あつこ」でもなく、未選択。初期設定のままだ。それが最も早いのだと、彼女は知っていた。
『むかしむか、旅、おう』
「な、ナレーション全スキップ!?なんて無粋なぁ!!」
「作ってる身からすると、ちょっと辛いところが……!」
後ろに鳴り響くゲーム開発部の苦悶の声を無視しながら、アツコはプロローグをAボタンの連打によりスキップし切る。そして、そこで。
「アリス、始動です!」
天童アリスが動き始める。一方アツコの画面では、既に主人公が攻略対象に手を差し伸べられていた。所謂、お約束の出会いである。
しかしアツコは一切気にすることなく、セリフをスキップしながら気ままに進めている。
「そ、そんなんでセリフ読めるの!?」
「動体視力には自信がある」
アリウス分校での弛まぬ訓練により身につけた、相手の弾丸さえも視界に入れるほどの動体視力。意外な場面で役に立つものだと、複雑に笑いながら話を進める。
「今回は買い物でいいかな」
ようやくアリスがプロローグを終える頃には、アツコはすでに一週目の休日を迎えていた。今回は一度っきりのゲームで終了。であれば、トゥルーエンドに不可欠な学力はかなぐりすて、魅力を磨くに限る。
その判断はアリスも同様、かに思えた。
「アリスちゃん、何を……っ!」
「……」
遅れて休日を迎えたアリス。彼女が選んだ選択肢は、所謂親友キャラへの相談イベント。無意味な手ではないが、こと今回の勝負においては自らの勝利を遠ざける行為に他ならない。
しかしミドリは何か意図を察したのか、引き止める行為を中断した。
「……何をしてるかわからないけど……私の勝ち」
一方アツコは、既に祝日にデートの約束を取り付けていた。一分の遅れは取り戻せない。ほとんどの人間がそう考えた、その時。
『……別に、構わねぇけど』
突如として響く、低い声。デートの了承を、そしてデートイベントの開始を告げる声。その音源は。
「アリスの勝利です!」
アリスの方からである。
「っ……!なんで……?」
つい先ほどまでは、かなりの差が生まれていた。あの状況からアリスが勝利する道理など、あるはずもなかった。しかし目の前の光景は確かに、彼女の勝利を告げている。
「バグだよ」
そこへ解説を入れるように、ミドリが話す。
「バグ……?虫のことか?」
「ゲームにおける、正常な動作を妨げる要因ですね。それがどうかしたんですか?」
「……アリスちゃんが使ったバグは、結構有名で……相談イベント中にセーブ画面に行くと、空のデータをロードできるんです。そうすると、デート画面に飛ぶってやつで……」
本来ならその後動作とグラフィックが崩壊し、まともなゲーム進行ができなくなるから使い道はない。そのグラフィック崩壊が有名なのだけど、と付け加えながら、ミドリはアリスの元へ行き。
「つまりこの勝負……アリスちゃんの勝ちです」
「パンパカパーン!アリスはけいけんちを手に入れた!」
彼女の片手を持ち上げて、勝利を高らかに宣言した。
第一試合。ゲーム開発部の勝ち。現在一対〇、ゲーム開発部がリード。
◇
「ごめんなさい……負けちゃった」
「いえ、気にしないでください……なるほど。アレがゲーム開発部……思ったよりも、ずっと……」
心の中でざわめくナニカを感じ取りながら、スオウは深く息を吐いた。
「想像以上だね……まさか、不具合も利用するなんて。次、私が行く。いいよね?」
「ミサキ」
「止めないで。無警戒に勝てる相手じゃない……まずは私で様子見するべきだよ」
アツコの肩に手を置き、コントローラーを受け取って、ミサキは戦場へと進む。
「ミサキ……気をつけてね」
「……仇討ちじゃないけど。できるだけ、負けない」
彼女らしからぬわかりやすい表情で、先ほどまでアツコが座っていたその場所に腰を据える。コントローラーを握る手は、幾分か握力が強かった。
「それじゃあ、じゃん、けん……」
「ぽん!……アリスの勝ちです!」
「……スオウ、よかったの?」
上機嫌にゲームを漁り始めたアリスを傍目に、アズサが話しかける。
「何がですか?」
「アリスは強いけど、ゲーム開発部の中ではそこまででもないんでしょ?だったら、私が出た方が……」
確実な勝利のため、比較的ゲーム慣れしたアズサが出る。確かに、その選択肢もスオウの中にあった。しかし。
「いえ、これでいいんです。……アリスならきっと、RPGを選ぶ」
「……どういうこと?」
「つまりですねー」
「アリス、決めました!」
スオウが本腰を入れて話し始めようとしたところで、アリスは一つのゲームを取り出し。
「『モラルハザード4』です!」
「っ……!」
「……あ、ああいうゲームを選ばない、って言うつもりでした……」
それはスオウにとって、完全に予想外のことであった。
モラルハザード。様々なモラハラゾンビを打ち倒しオフィスから出る、ホラーアクションの王道。そして……閉所恐怖症であるミサキにとって、その恐怖心を刺激する弱点の一つである。
「アリス、なんでそのゲームにしたの?アリスならRPGにすると思ったのに」
「確かに、アリスはそのゲームが好きです。でも、交流会はみんなで楽しむものだと聞きました!だからアリスは、アリスが一番難しいと思うゲームを選択します!」
「……スオウ。完全に大外れだ」
「うぅ……!」
気遣いゆえに生じた、理解と予想の範疇を逸脱した選択。
だが、ミサキの行動は推測できる。こういった場合、スオウの知るミサキは、その善性と、ちょっとしたプライドにつき。
「……い、いよ。やろうか。その、ゲーム」
たとえどれだけ気分が悪くなろうとも、その戦いを拒むことはしないのだ。
アリスとミサキによる、モラルハザード。圧倒的に不利な戦いが、今幕を開ける。
「……勝利条件は?」
「うーん……決めました!サバイバルモードによる生き残り戦!先にゲームオーバーした方が負けです!」
「……」
ふむ、と、ミサキは思案する。サバイバル戦であれば、ある程度開けた場所への移動は可能になる。そもそもゾンビが苦手である、という前提はさておき、脱出モードや攻略モードよりは幾分かマシであろうと。
「オーケー、それで行こうか。ハンデは、そうだね……回復アイテムを、開始してすぐに三つ使ってもらう」
一時的な行動や銃火器の禁止ではなく、回復アイテムの削減。後々に響くであろう、重要なファクター。
長期戦になることを見越しながらも、ミサキは勝利のための最善手を選択した。
「ミサキ……」
事情を知るアリウスの面々の心配を受けながら始まったモラルハザード。ランダムなステージ選択により、開始地点は暗いオフィスの中である。
「っ……!」
今ミサキが見ている光景は、電子の世界。現実ではない。そんなことは、彼女自身わかっている。
だが、そんなことは関係ないのだ。理由もなく、ただひたすらにその事象を思うだけで恐ろしい。それでも。
「悪いけど、負けるつもりはないよ」
「アリスも負けません!」
戦いは戦い。何より、アツコの仇を取らなければならない。その心さえ凍てつかせてしまえば、さしたる問題ではない。
「す、すごい精密な射撃……本当に最近ゲームを始めたんだよね……?」
「まあ、私たちは特殊な事情につき戦闘が得意ですから……何より」
その目に陰を落としながら、暗い瞳でゾンビを撃つ。正確に、一度の弾丸も無駄にせず。時にはナイフも織り交ぜながら。
「強いですよ。ミサキは」
万が一の事態。こんなゲームを選択させられることも、ミサキは想定していた。ならばどうするか?そんなときに、自分はただ諦めて負けるのか?
「ミサキ、すごいです……!アリスも負けてません!」
「アリスー!焦って銃使いすぎたらダメだからねー!?」
否。断じて、否だ。
「このまま押し切る……!」
湧き出るゾンビの集団。第一陣の大ボスが近づいている証拠。少々目眩を覚えながら、歯の奥を強く噛み締め、前を見据える。
「絶対に、負けない……!」
たかだかゲーム。ミサキとて、その認識は変わらない。けれども、これは己を肯定するための戦いなのだ。
「っ、るっさい!」
「ミサキ!!」
焦りにより、倒された時プレイヤーにダメージを与えるゾンビを誤って近距離で攻撃してしまう。
問題ないと、同時に回復アイテムを使用し、それによりハンデは一つ消えた。
「ふぅ……」
スオウは戻ってきた。あの時、あの場所で。ミサキを含めたスクワッドの、アリウス分校の、元アリウス生徒の、先生の、補習授業部の、みんなの協力で。そこには、ミサキの力も確かにあった。
話してしまえば恥じて死ぬしかない本音をぶちまけて、だからスオウはここにいる。ここでまた、馬鹿をやっている。
その時だ。その時初めて、ミサキは自分を好きになれた。肯定できた。こんな自分も、悪くないと思えた。
「……よし。問題ない」
いまミサキが抱いてる感情は、恐怖だけではない。むしろ、向上心に近い。
間違いであったなどと、思いたくはない。たとえたかだかゲームであろうと、もう二度と。自分のせいで、足を引っ張りたくはない。
「この程度で、負けてられないから。勝たせてもらう」
この先も自分を認められるように、赦せるように。今日の敵に打ち勝てなくてどうする、と。
「っ……!アリス、ダメージを受けました……!」
「か、回復アイテムが……!もうほとんどないよ!?」
「ここでハンデが効いてくる……そこまで考えてたんですか?」
「……ミサキなら、考えていただろうな。だが……」
明らかに様子がおかしい。サオリは見抜いていた。ミサキとは、スオウよりも、アツコよりも、誰よりも長い付き合いだ。彼女の考えることなど、よく分かっている。
「サオリ……」
ふと、スオウに名を呼ばれた。きっと、同じことを考えていたのだろう。ミサキなら、と。
「……ああ」
彼女の言葉に頷き返し、前に出る。戦いの場へ、無謀にも足を踏み入れる。
「ミサキ、ここまでだ」
「っ!?」
突如サオリに手を置かれ、ミサキは珍しく肩を跳ねさせた。
「な、何言って……あ……」
その隙にダメージを受け、回復する間もなくゲームオーバーであると表示される。流れるように、スコアが映されながら。
「……ごめん。負けた」
「いいんだ。……それより、体調は大丈夫か?」
「……うん」
フラフラと、サオリに肩を貸されながら観戦席に戻る。元々、ただでさえゲーム開発部室は狭い空間だ。窓や扉が開いているとはいえ、ミサキにとって長居したい場所ではない。
「だ、大丈夫ですか?すごく体調が悪そうに見えますけど……」
「問題ないよ。ごめん、退屈な結果になって……」
ミドリの心配を軽く受け流し、トボトボと帰路につく。負けた。たかだかゲームに、負けた。この糞食らえな体質のせいで、自分は役に立てなかった。
「……ミサキ」
きっとこの敗北と不快感は、この先において深く突き刺さる。長く己を肯定する理由の妨げになるであろう。ああ、なんてくだらない。
心の中で毒を溜め込み、悪態をつく。
「……何?言っとくけど、別に慰めとか」
「ナイスファイト!よくやってくれました!」
けれども、相変わらず人の気持ちも知らないで。いや、むしろ知っているのだろうかと、そう思わされてしまうような相手の、考え無しな肯定が聞こえた。
「……負けたんだよ?よくやったわけが」
「ミサキ……ホラーゲーム、苦手だったよね?よく、あれだけ戦えたと思う」
「ああ、はっきり言って予想外だったぞ……いや、これは失礼か」
続くように、他のみんなの声も。
「あのゲームでは、私もあそこまで健闘できなかった。……次に繋いでくれただけで十分だ」
「そ、そうですよ……!それよりミサキさん、体調は……!」
「……なにそれ」
思えば、この体質で迷惑をかけるのはこれが初めてではない。何度でもあった。直近では、デパートのエレベーターを避けた時だったろうか。
その度に。
「よく頑張りましたね。あとはお姉ちゃんたちが頑張ります!」
「……はいはい。私の代わりに、お願いね」
自分の代わりに、自分を肯定してくれる人間がいるのだったな。そう思い出す。
すっかり忘れていた。不安と焦燥でネガティブになっていたのかもしれないなどと自嘲気味に笑いながら、サオリの腕を軽く叩く。
「もう大丈夫、降ろしていいよ」
「平気か?」
「問題ないから」
「……そうか」
ゆっくりと、比較的風通しの良い明るい場所へミサキを置き、サオリはスオウの元へ戻る。すると、横にいるアリスが話しかけてきた。
「ミサキ、ひょっとしてモラルハザードは苦手でしたか?」
「……まあ、ね。あんまり人には言わないで欲しいけど」
「アリスもです。でも、でも……」
おずおずと、少し怖がり。そして幾らか息を呑みこんで、決意したように。
「でも、アリスは楽しかったです!だから、ミサキも、えっと……楽しかったら、いいなって……」
「……ふふ。なにそれ」
要するに、体調不良に見えたのが心配になって尋ねたのだろう。ただ、その優しさから。昔のアツコとヒヨリに、少し似ているかな。微笑ましく思いながら、そんなことを考えて。
「大丈夫。私も楽しかったよ……またやろうね。できれば、別のゲームがいいけど……」
「っ……!はい!アリスはRPGを勧めます!ミサキは何かやりたいゲームはありますか?」
きっとこれからの会話も、この戦いも、良き思い出としてこの先に刻まれていくのだろう。真逆な思考を巡らせながら、アリスの話に付き合った。
一方、スオウ達の一向。
「次の対戦相手は……ミドリですか」
「どうする?じゃんけんに勝てる保証があれば、私が……」
「いえ」
先程のミサキの善戦。その前のアツコの戦略。勝敗で言えばどちらもゲーム開発部の勝ちとは言え、向こうの警戒心も跳ね上がっている。であれば、次に選ぶゲームを推測することは容易い。
つまり。
「……ヒヨリ。お願いできますか?」
「……え?え、ええっ!?わ、私ですか……!?」
「ええ……大丈夫。ヒヨリなら勝てます」
ミドリなら、あのゲームを選ぶ。前世からの記憶により、スオウはすでに見つけていた。他の誰が見ることもできない、勝ち筋を。そして……彼女へ挑むための、最適手を。
「……なにか、考えがあるんだな?」
「はい……いいですか、みんな」
第二試合。モラルハザード4。ゲーム開発部の勝ち。現在二対〇、ゲーム開発部が依然リード。
「こっから反撃、開始です!」
曰く、反撃開始。
長くなったのでさらに次回に続きます!