ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【過去編】訓練日記(2)

 訓練を始めて四日目、日記をつけ始めてから五日目。

 

「あっ……」

 

 いつも通り日記をつけていると、ペンを落としてしまった。

 

「やべ、ベッドの下に……よっと」

 

 ベッドを片手で持ち上げて、ペンを取って、また元の位置に戻す。ズシン、という衝撃と共に、ベッドの位置が戻される。

 

「ふぃー……いや待て。待て待て待て」

 

 それはおかしいだろ。まだキヴォトスに染まりきっていない俺が、冷静に呟いた。いくら丸一日全力で筋トレをしたとは言っても、こちとら肉体年齢は六歳だぞ?

 ……いや、六歳じゃなかったとしてもおかしい。落ち着け。俺はまだ普通なはずだ。

 

「はぁー……なんか俺、順調に人間超えてる気がする……」

 

 過剰な筋トレでおかしくなった体は、昨日一日の訓練で元に戻った。力の調整がぶっ壊れてたから、お箸を使って元の感覚を思い出す練習。今までの訓練でイチバン楽だった。

 

「今日もあの訓練がいいなぁ……」

 

 豆をお箸で掴む……のは、いきなりできなかったから、段階を踏んだ。シアンが強化したお箸で、ゴムボールを掴む練習。

 幼女よろしく小さな掌に合わせて、ご丁寧に可愛らしいデザインの箸をよこされた。シアン、絶対俺のこと子供扱いしてる……アンナも幼女呼びは変わらないし。

 最後には米粒も箸で掴めるようになった。途中、シアンの応援が横からやかましかったけど……まあ、楽しかったかな。

 

「うおっと……もうこんな時間」

 

 そんなことを考えていれば、もう訓練の集合時間。窓を開けて、外に出る。シアン曰く、そのうち隠密の技術も伝授してやるから、って言ってたけど……アンナによると期待するな、とのことだった。

 多分あれだよな。シアンの言うところの隠密って、気絶させりゃ見られてないのと同じみたいな。

 

「でさぁ、サリアちゃん……あ、来た来た。こんばんは、スオウちゃん!」

「……幼女か。ばんわッス」

「誰が幼女だ」

 

 そんなことを考えているうちに、シアン達との集合場所に着いた。アンナは俺の方を見て、相変わらず不機嫌そうな顔をして幼女呼ばわり。そんな嫌われるようなことしたかね。

 ……うーん、まるで覚えがない。

 

「なんの話をしてたんだ?内乱に関わる話?」

「んーん、ちょっと昔の話」

 

 ふむ……?サリアがどうとか聞こえた気がするけど。

 

「幼女には関係ねー話ッス」

「むっ」

 

 なんだとコノヤロウ。……って言いたいところだけど、俺が怪しいのは事実だしなぁ。まあ、何か隠しておきたいことでもあるんだろう。

 

「へいへい、フレンズからは除け者かい……まあなんだ、しょうがない事情でもあるんだろ?早く信じてもらえるように頑張るな」

「え、ちが」

「それよりシアンちゃん、今日はなんの訓練をするんスか?」

 

 アンナ、今明らかに話を逸らしたな。なんだろう、シアンが無警戒すぎるのもそうなんだけど……アンナは逆に、俺を警戒しすぎな気もするような。

 

「あ、それはね」

「うん、今日はどんな米を箸で掴むんだ?インディカ米?ジャポニカ米?ジャバニカ米なんてマイナーどころもありだな」

「その訓練は昨日終わったよ……?」

「やっぱりかぁ」

 

 なんとかそっちに訓練を持ってこうと思ったけど、無駄に終わった。横でアンナが可哀想なものを見る目をしてる。警戒してるんだかしてないんだか。

 

「よ、っと」

 

 シアンが屋根の上から降りてくる。満点の星を見上げながら夜風を感じることができて、おすすめの場所らしい。アンナは自力で降りられないのか、ベランダに降りてから階段を下ってきた。

 

「さて……スオウちゃんはさ、昨日までの訓練ってなんのためにあったと思う?」

「ん……?」

 

 昨日までの、クンレン……?

 

「……ああ、拷問のことか」

「フスッ」

「酷い言いようじゃない!?アンナちゃんもなんで笑ってるのさ!!」

「ふ、ククッ……!わ、笑ってなんか……フッ……ないッスよ……?」

 

 アンナはこういうのがツボらしい。笑い方が少し邪悪なのは気になるけど、少し和めたかな。

 

「き、気を取り直して!訓練の内容を思い出してみて!」

「わかったわかった、悪かったよ……どれ……」

 

 ええと、初日に走り込み、二日目に筋トレ、三日目に体を動かす訓練……なんかこうして言葉にすると、実際に起こったことより生優しく感じ取れる。実際は地獄そのものだったけど。

 

「それはどんな目的でやってたかな?」

「苦痛に耐えるため」

「違う!いや、そういうつもりもあったけど!」

「あったの……?」

 

 確かにこの三日で苦痛に対する耐性はついた気がするけどさ。

 

「う、うぅ……!と、とにかく!一日目は体力!そして二日目と三日目は攻撃力!それぞれそのために訓練を積んでた!」

 

 シュビシ、とシャドーボクシングをしながら、シアンは答え合わせをしてくる。風圧がここまで届いて、気を抜いたら肌が切れそうだ。

 

「スオウちゃんはこの三日ですごく強くなった……でも、ステータス振りがピーキーなの!銃を扱う技術とか、素手以外での攻撃力は足りてなさそうだしね……」

「とくこうとこうげきはどっちか片方でいいんスよシアンちゃん」

「それはゲームの話でしょ!?」

 

 あれ、いつのまにポケモンの話に……いや、この世界にポケモンはないし、なんか別のゲームか。……元の世界……やり残したゲーム、たくさんあるなぁ。

 

「い、いいから!スオウちゃんに今足りてないのは、実戦的な力!私はこうだと思ってる!」

 

 感傷に浸っていると、やたらと大きな声量で現実に引き戻される。

 実戦的な力。確かにこの世界に来て、情報収集はしてもまともな戦いをしたことはない。大体教員に怒られて、悪くてゲンコツ一発と長時間の説教でおしまいだ。

 

「確かに、理にはかなってるな」

「で、でしょ!」

 

 ある程度訓練学校で、銃の扱いなんかは習ってる。この世界じゃ、猫も杓子も銃を使うわけで。それは幼女だって関係ない。俺の周りにも、すでに一人前に銃を使える奴だっている。

 ただ、何と言うべきか……まだ俺は、キヴォトスに染まり切れてなくて。

 

「銃、ニガテなんだよな……」

 

 使うのも向けられるのも、正直怖い。言ってる場合じゃない、ってのはわかる。それでもやっぱり、その感覚は捨て切れない。

 

「そっか……じゃあまず、防御力と回避力から鍛えてみる?」

 

 乗り気じゃない俺を慮ってか、シアンが陽気に声を上げた。

 

「まずはマシなことからやって、自信つけてみよう?」

「……ごめん。ありがとな、シアン」

 

 問題を後回しにしてるに過ぎない。そんなことはわかってる。

 それでも、自信をつけてから……時間を引き延ばすようなシアンの言葉が、優しさが。今この瞬間は、どうしても必要なものに思えた。

 でも、だからっていつまでも甘えてられないな。時間だってそんなにないんだ。今週中には、銃に慣れないと───

「じゃあ今から撃つから、避けてね!」

「───は?」

 

 発報音。同時に、衝撃。

 

「げ、ふっ……!?」

 

 火薬が焼けるような、硝煙の臭い。瞬間的な明滅、腹の間に溶け込むような痛み。

 

「あ、失敗」

 

 撃たれた。そのことを理解するのに、そんなに時間は要らなかった。そしたら。

 

「い、ったあああああ!?は、痛ぁ!?」

 

 血が流れる感覚はなくて。代わりにバチっとした痛みで、脳の中身が埋め尽くされた。

 

「ちょ、まだ痛いまだ痛いまだ痛い!!ずっと痛いんだけど!?」

 

 悶絶しながら地面をゴロゴロと転がっていると、シアンがそばに寄ってきて。

 

「どう?案外大したことないでしょ?銃って!」

「あるわ!!」

 

 前世でトラックに轢かれた時より痛いわ、多分。いや、死に際で脳の感覚がおかしくなってたんだろうけど。

 本当に……また死ぬかと思った。

 

「……」

 

 服を捲って、痛みを感じる場所を見てみる。銃痕は残ってるけど、穴は空いてない。冷たい手で触ってみると、それがわかった。

 

「大丈夫だよ」

「……?」

 

 そんなことを何度か繰り返しているうちに、シアンが同じように腹に触れてくる。いつものような凶暴性を潜めて、そっと。

 

「スオウちゃんがいた世界が、どうかはわからないけど……この世界では、そんな簡単に人は死なないから」

「っ……!」

 

 前世がある。前世の記憶がある。逆を辿れば、一度死んでいると言うこと。

 シアン一人で気づくはずもない。きっと、アンナあたりが気づいていたのだろう。その事実だけは。

 

「銃で人が死んじゃうこともないし、死なせちゃうこともないよ」

 

 シアンは、自分の手に銃弾を撃った。痛みを感じないわけではないのだろう。掌にできた赤い痕を見せながら、にへら、と笑った。

 俺が死を経験していると気づいたのは、恐らくアンナ。でも、それに対する恐怖に気づいたのは……。

 

「ねっ?」

 

 目の前で笑う、このバカなんだろうな。

 

「……ああ……ああ、そうかもな」

 

 体の奥の、モヤつきが消えた。不安とか、そういうふうに言った気がする。幼い体には、そう感じ取れる感情だ。

 

「でもやり方が強引すぎるだろ」

「いつまでもあんな風じゃ訓練も進まないからね……再開できそうでよかったよ」

「はははっ……悪い」

 

 何も考えてない鬼畜ゴリラに見えて、存外に色々考えて、感じて、行動してるのかもな。シアンは。

 

「シアン。ありがとう」

「ふへへ……お安い御用だよ!」

 

 銃はまだ怖いけど、少なくとも『死』を感じるようなものじゃなくなった。それだけで、随分マシになった気がする。

 

「じゃあ次撃つから、今度は避けてね!」

「は?」

 

 そんな油断した隙を狙ってか、シアンのアホがそんなことを宣う。

 

「言ったでしょ、訓練って。これなら当たっても痛みに慣れるし、当たらなければ回避力が身につく!防御と回避を同時に鍛えれるんだよ」

「何だその脳筋すぎる考え方……」

 

 ああ、結局今日も気絶するんだろうな……正直、もうわかりきってる。

 それでも、強くなりたいなら。強くなるためには、まともなやり方じゃやってられないんだ。

 

「はぁー……やってやるよ」

「うんうん、その調子!」

 

 やたらと嬉しそうなシアンのそばに寄って、拳を突き出す。シアンも何かを察したのか、同じくして拳を出して。

 

「よろし、いったぁ!?」

 

 その両の手が突き合わされるより先に、後頭部に鋭い痛みが走った。

 

「ちょ、シアン……?このタイミングで暴力はいくらなんでも」

「わ、私じゃないよ!もー!アンナちゃん!?」

「アンナ?」

 

 シアンの抗議が向けられている方向を向くと、そこには銃口から煙を出すアンナの姿が。極めて不機嫌そうに座り、銃を持つ腕で口元が隠れている。

 

「奇襲の訓練は大事だけど今じゃないって!」

「そこなの?怒るとこ、そこなのか?」

 

 しかしなるほど、アンナの発砲……シアンのものより、痛みが少ない。

 シアンはまごうことなき最強、アンナは本人曰くスライム。どうにも、使い手で威力が変わるというのは本当らしい。

 

「るせッス。さっさと訓練始めやがってください、シアンちゃんだって忙しいんスよ?」

「わーってるっつーの。来いよ、シアン」

 

 シアンに発破をかけて、呼びかけてみる。いつものシアンなら「意欲的でいいね」とか、そんなことを言いながら訓練を再開する。

 でも、今回だけは違ったみたいで。

 

「アンナちゃん……怒ってる?」

「……別に。シアンちゃんには怒ってねーッスよ」

「……?わけわかんない」

 

 なんとなく、会話には入れなかった。あの会話は、たった二人だけのもののような気がして。でも、それが正しいのかはわからない。

 空気のピリつき、とでも言えばいいんだろうか。険悪なわけではない。そうなる一歩手前のような空気感。

 

「……ハッ。そりゃアンタが脳筋だからッス」

「なっ……!?もっ、もおー!!人が心配してるのに!!」

 

 でも、それは杞憂だったみたいで。シアンとアンナは、すぐにいつもの調子に戻った。

 

「……」

 

 そう言い聞かせて、自分を誤魔化した。

 

 

 

 

 体が痛い。全身がズキズキする。

 

「いでで……」

 

 身体中が湿布くさい。この匂いが苦手だから、余計にストレスが溜まる。

 

「クソ……あのクソゴリラ……!」

 

 昨日は結局、全身を銃弾でくまなく撃たれた。避けろって言われても、せいぜいが目で捉えるのがやっと。銃弾を見てから避けるのは難しい。

 途中で気付いたのが、銃口の向きからその軌道を予測する方法。それを駆使すれば、ほんの一握りくらいの銃弾なら避けたり、防いだり……最終的には、ノーヒットで済んだ。

 

「ふぅ……」

 

 成長してる。着実に。

 ……それはそれとして、シアンはそんなことしなくても見てから回避できるらしい。あいつやっぱり化け物だ。

 

「やっほ、スオウちゃん!」

「よ、シアン」

 

 痛みを引きずる体。『力』……神秘を込めた弾丸だからだろうか。傷の治りが遅い。シアンも、それを見越して湿布を渡したんだろう。

 ただ途中から、銃弾によるダメージは減っていたのは……神秘を体に纏わせる。そんなことを、無意識にやっていた……?ううん、わからん。

 

「どうしたの、難しい顔して」

「ん?ああ、いや……ちょっと戦い方というか……力の使い方を、な」

「おっきな力にはおっきな責任が伴うみたいな?」

「んな哲学的思考はしてない」

 

 一つ、また一つ。遠い世界のものだったキヴォトスの概念が、俺に馴染んでいるような感覚がする。

 前世の自分が失われながらも、新たにこの世界に自分が形成されていく。特に怖さはない。むしろ、強くなっていくことに喜びさえ覚える。

 

「もっと強くなりたいなってさ。シアンに追いつけるくらい」

「……そっか!私は手強いよー?」

「知ってるっての」

 

 内乱を終わらせて、アリウス分校を変える。そのためなら、できることならなんだってやる。見捨てるのなんて、寝覚めが悪い。

 

「……よしっ!」

 

 だったら、訓練の疲れくらい我慢できなきゃな。

 

「シアン、今日はどんな訓練なんだ?」

「今日はね……おやすみ!」

 

 決意と共に心機一転。そんな気分をシアンに投げかけて、帰ってきたのは予想外の答え。

 

「休み?」

「うん、休み。四日連続でキツい訓練だったからね……今日はゆっくりしよう?」

「……なーに言ってんだよ!今更気ィ使ってんのか?」

 

 こんなところで休んでる暇なんてない。まだ訓練を初めてたった四日。だが、この四日を七回も繰り返す頃には内乱が始まる。

 ちんたらやってる暇はない。急がなきゃならないんだ。銃への恐怖心も、以前と比べればほとんどなくなったも同然。やっと前に進めるんだから。

 

「焦らない」

 

 そんな考えを見透かしたかのように、シアンはピシャリと口にした。

 

「まだ傷が治ってないでしょ?」

「う……」

 

 図星だ。今こうして立っているだけでも、骨が軋んで肌が抉れる。そう幻視するような痛みが身体中に残ってる。

 

「くっ……も、問題ないね!痛くたって訓練には関係ないし!」

「強がらない!」

「がっ……!」

 

 シアンがちょんちょんと、昨日特に撃たれた脇腹のあたりを突いてくる。一度や二度じゃない、何度も、何度も。

 

「ちょ、シアン、やめ……!」

「ほらほら、こんな体で私の訓練に耐えれると思う?……私の訓練だよ?」

「ぐ、ぅ……自覚あったのかよ……!」

 

 止めようとシアンの腕を掴んでも、当然の如く押し切られる。俺、結構鍛えて筋力上がってるはずなんだけど……?

 

「ちょ、わかった!今日は休むから!!だからそれやめろ!!」

「……よし」

 

 何度か懇願して、そしたらやっと陰湿な攻撃が止んだ。

 シアンにしては珍しく嫌がらせみたいな攻撃だ、まさかアンナの提案なんじゃないだろうな。そう思って、辺りを見渡して。

 

「あれ?アンナは?」

 

 アンナがいないことに気づく。いつもならシアンの近くに絶対いるのに、珍しい。

 

「ん、アンナちゃん?先に行ってるよ」

「行くって、どこに?」

 

 そういえば、シアンにしろアンナにしろ、ここ以外で会ったことはほとんどない。シアンは一応、訓練学校での挨拶で見たことがあるけど。

 

「んっとね……秘密基地!」

「ひみつ、きち……?」

 

 前世で小学生の頃友達と作ったことがある。久々に聞いても、やっぱりワクワクする響きだ。子供の力だけじゃ作れなくって、姉貴に手伝ってもらったっけ。

 

「ほら、行こう?」

「はいはい、手ェひっぱらなくてもおおおおおお!?」

 

 そんなことを思い返していると、腕がすっぽ抜けそうなほどに引っ張られる。横方向に、ぐんぐんと。

 何度も景色が移り変わって、自分が今どこにいるかさえわからない。ひどい揺れで吐き気がしてきた。

 

「ちょ、なにが」

「よしっ、着いた!」

 

 しばらくすると、地面に落下するような衝撃。同時に、横方向への加速が止められる。

 

「こっちおいで、スオウちゃ……スオウちゃん?」

「う、おえぇえええ……気持ち悪ぃ……」

 

 体をぶん回されたせいで、胃の中身がぐるっと回された。三半規管がおかしくなってる。やっと何をされたのかわかった。シアンに手を掴まれて、そのままここまで移動してきたのか。

 手を引かれながらこっちおいで、とか、ちょっと青春っぽいシチュエーションなのに……ただのバイオレンスだ。

 

「だ、大丈夫?」

「撫でんな、誰のせいだと……うっ……」

「肩貸そっか?」

「いらん……」

 

 ふらつく足取り。かなり体勢を低くしたシアンに無理矢理に腕を取られ、彼女の肩に回される。

 少し進むと、だんだんと石造りの建物が増えてきた。その中の一つに入って、シアンが奥へと進む。

 

「ちょっと待ってて」

 

 言われがままに待ち、数分。どこかで扉が開く音が聞こえる。全部で三箇所から。

 

「お待たせ!この扉だよ!」

「後の二つは……?」

「ブラフ。一箇所開けたら他の場所はしばらく開かない仕組み」

 

 ……よくできてる。酩酊感にも近い、いや、別に酒なんて飲んだことないけど、多分そんな感じの気持ち悪さ。それを堪えて、シアンの背を追う。

 途中から地下へ降って行って、だんだんと辺りは暗くなって。いつのまにやら、シアンの手にはランプが握られていた。

 

「私だけなら要らないんだけどね」

 

 俺が視界不良で転ばないように用意してくれたんだろう。こんな気が効く辺り、実はこいつはシアンじゃないのかもしれない。

 くだらないことをほざいて、十数秒ほど降りて。一つの扉に辿り着いた。

 

「アンナちゃん、入るよー」

「合言葉は?」

「そんなのないよぉ」

「正解ッス、入れ」

 

 性格の悪い問答こそ挟まっていたが、すぐに扉の鍵は開かれた。

 

「遅かったッスねシアンちゃん、今日は格ゲーやるッスよ。シアンちゃんは何かやりたいこ、と……なんで幼女がいるんスか」

 

 奥から出てきたのは、見たことがないほど機嫌の良いアンナ。シアンと二人きりの時は、いつもこんな感じなのだろうか。直感的にそう思った。

 なんでってそりゃ、俺を見た瞬間態度が急変したし。

 

「今日はスオウちゃんも訓練お休みだから……一緒にゲームやろっかなって」

「……ゲーム?」

 

 ゲーム?今ゲームって言ったよな?

 確かにシアンの話だと二人はゲームとか漫画を集めてるって話だったけど、まさかここに保管してあるのか?

 

「……嫌だと言ったら?」

「ゲームで白黒つけようよ」

「私に勝ち目があると思ってるんスか?」

「そ、そんなのやってみなきゃわかんないし!」

 

 シアンとアンナが揉め始めたけど、そんなのこれでもかってくらいどうでも良い。

 ゲーム……この世界に生まれて一度も触れる機会がなかった、あのゲーム……!?

 

「……はぁ……上等ッスよ。格の違いを見せつけてやるッス」

「よ、ようし!今日こ」

「おい」

 

 六年間。六年間、ずっとずっとずっと。あったかいお風呂よりも、ジャンクフードよりも、冷暖房よりも、そのどれよりも求め続けた娯楽。

 

「それ、俺にやらせろよ」

「へ?」

「は?」

 

 招かれざる客だろうがなんだろうが、腐るほどどうでも良い。もう一度、久々にゲームがしたい。

 ここまで期待させておいてお預けなんてごめんだ。

 

「俺を入れるかどうかで揉めてるんだろ?だったらこのゲームで俺がアンナに勝てば入れてもらえる。それで良いだろ」

 

 まさか揉め事の原因からそんな提案が来るとは思っていなかったのだろう。少しの間ポカンとしたあと、シアンは焦って、アンナは愉快げな表情を浮かべた。

 

「ま、待ってスオウちゃん、アンナちゃんは」

「良いッスよ」

「あ、アンナちゃん!またそうやってスオウちゃんをの」

「じゃあ準備しようぜ。格ゲーやるんだろ?」

「ねぇ!!二人して私の話聞いてるかなぁ!?」

 

 遠くでシアンが叫ぶが、もはや俺たちの耳には届かない。部屋の奥に姿を消して、再び戻ったアンナが一つのゲーム機を持っていた。

 掌サイズのアーケードゲームのような、小さなゲーム機。

 

「ふむ……卓上ゲーム機か」

「そのとーり。幸いにして同じ機種が二つ、通信機器もあるッス。使うゲームは……『カイザーPMCナックル』でいいッスね?」

「シューティングゲーなのか格ゲーなのかわからないけどそれで良いよ」

 

 ベキベキと指をならして、左手の小指から一つずつ指を折り曲げる。首の骨を鳴らそうとして、今世の体ではまだできないことを思い出した。

 それが終わったら、深呼吸を三回。一分かけて、じっくりと。

 

「ほら」

「サンキュー」

 

 投げられたゲーム機を片手でキャッチし、用意されたちゃぶ台の上に置く。アンナも同じようにして構えた。

 

「ま、基本的な操作は教えて」

「要らねェ」

「……へー?」

 

 少しの苛つきを孕んだ声。一方で、好奇心。興味。凶暴性が混ざったような笑顔で、こちらを観察していた。

 初めて対戦する相手であるにも関わらず、アンナに緊張は見えない。俺のことを舐めているのもあるが、おそらくそれ以上に……天性のゲームセンス。自らを律することに慣れているのだろう。

 

「準備オーケーッスか?」

「当然」

「ね、ねぇスオウちゃん!やっぱり私がやるよ!」

 

 戦いがまさしく始まろうかという瞬間、シアンが体を揺すって止めてくる。

 

「アンナちゃん、すっごいゲーム強いんだよ!?」

「……ふーん。面白いじゃん」

「面白くないよ!私スオウちゃんとゲームやりたい!」

「……」

 

 シアンが焦る理由もわかる。確かに彼女から見れば俺はズブの初心者、それも幼女。とてもではないが、『ゲームの上手い高校生』に敵う余地はないだろう。

 とはいえ、だ。

 

「問題ないっての。安心して見てろ」

「え、えぇ……!?みんな話通じないよぉ……!!」

 

 それはあくまで、シアンから見ればというだけの話。実際に戦えば、結果がどうなるかなんて誰にもわからない。

 

『ROUND1……FIGHT!!』

「ふははははは!!幼女ォ!!お前はこの部屋出入り禁止ッス!!」

 

 結論から言うと、俺はアンナをボコボコにした。

 

 

 

 

「くっ、そ……!」

「はい、おしまい……うん。結構頑張ったんじゃね?」

 

 三ラウンド先取。ノーダメージで俺の勝ち。とはいえ、アンナも思っていた以上にやり手だった。アリウス分校のゲームが手に入りにくく、かつ対戦相手もいない状態でコレ。なるほど、シアンが忠告した理由も窺える。

 

「ま、大人げないかもだけど……勝ちは勝ちだ。俺もいーれて」

「かわいい!入れる!」

「お前に言ってない!あと可愛いとか言うな!」

 

 アンナよりよっぽど俺のことを幼女扱いしてないか、シアン……アンナは口では幼女とか言ってるけど、俺のことをきっちり『警戒すべき対象』として見てるし。

 

「……約束は約束ッスしね。いいッスよ」

「やった!じゃあ三人で」

「でも、私は帰るッス」

「……え?」

 

 わかりやすく嬉しそうなシアンと対照的に、アンナの表情は見えなかった。部屋が暗いせいだろうか。

 

「な、なんでなんで?みんなでやれるゲーム、いくつかあるでしょ?」

「うるせーッスね……私はいいッス。せいぜい二人で楽しんでください」

「……なんでそんな言い方するの?」

 

 「ああ、やばい」。心のどこかで、突き刺さるような確信を得た。

 昨日誤魔化した不安が、追いやったすれ違いが……今まさに、致命的な噛み合い方をしてしまったような。

 

「アンナちゃん、最近変だよ。何かあったの?」

「さあ。そこの得体の知れねぇ気色悪い幼女を警戒してるだけじゃないッスか。ノーテンキなゴリラと違って色々考えてるんスよ、こっちは」

「……笑えない……何も面白くない。ダメだよ、アンナちゃん……」

「……悪い。今のは、私が悪かったッス」

 

 ヒートアップ。ってほどじゃない。怒りでまともな会話ができないとか、そんなことは一切なくて。一方的な感情だけが、降り積もっていくような。

 

「ううん、大丈夫。……スオウちゃん、ごめんね。許してあげて」

「……あー……良いよ、別に気にしない。アンナが言ってることも正しいしな。異常にゲームが強い幼女とか」

 

 だから俺も、少しでもその空気を変えようって。ちょっとだけでも良い方向に持っていくために、冗談を交えて見たけど。あんまり、意味は感じれなかった。

 

「……なんか、変な空気にしちゃいましたね。ごめんなさい、私のせいッス……少し、頭を冷やしてきます」

「ま、待ってよアンナちゃん!!」

「あ、着いてこない方がいいッスよ。幼女一人じゃ家に帰れないッスし……トラップの位置も把握してないんスから」

「っ……」

 

 それでも、頭痛がするような感覚は消えなくて。消えないままで。それが収まるより先に、アンナは去ってしまった。

 

「……ごめんね。スオウちゃん」

「謝んな。俺も悪い。後でちゃんと話そうぜ……時間置いた方がいいだろ」

 

 その日、アンナは戻ってこなかった。仕方がないから、シアンと二人でゲームをやった。ほっとけば戻ってくるとか、前にも似たようなことがあったとか、シアンはそう言ってたけど、そうはならなかった。

 喧嘩じゃない。……いや。喧嘩ですらない、と言うべきか。喧嘩だった方がずっとマシだったろう。

 

「ふぁ……」

 

 蟠りが残るままに、その日の出来事を日記に書き記して。布団に頭を埋めた。

 アンナがなんで怒っているのか、俺にはよくわからない。俺が怪しいから警戒する。それはわかる。でも、それならあんな風にはならないはずだ。

 シアンとアンナの間には、確かな信頼がある。この一週間弱だけでも、それがわかるくらいに。

 

「……」

 

 シアンの無警戒さに苛ついているのなら、それを指摘するはず。でも、そうじゃないんだ。だったら、なんでアンナは……。

 

「……寝よ」

 

 それでも、迫り来る眠気には抗いきれなくて。そっと意識を手放した。

 

 

 

 

 そして時は、現在に戻り。

 

「ふむ……何やら先行きが……」

「サーオーリー?」

「っ!?」

 

 入れ替わるように、今のスオウが目を覚ます。

 

「す、スオウ、起きたのか」

「はい、少し前から……ところで!」

 

 咄嗟に背に隠した日記。ほんの僅かな隙を見せた瞬間、それは奪われ。

 

「人の日記を盗み見る悪い妹はどこですかね」

「うぐ……す、すまない……」

 

 珍しくも、しっかりと叱られてしまった。

 

「はぁ……ダメですよ、そういうことしちゃ。プライベートなんですから」

 

 ため息を吐きながら日記を机にしまい、眉を顰めている。サオリはバツが悪いのか、どこか辿々しい態度だ。

 

「……気になりますか?昔の私」

 

 ふと、スオウが口を開いた。自分の過去が気になるのか、と。

 

「……ああ。だが、弁解の余地もない。もうしないよ」

「……」

 

 サオリ達には随分と我慢をさせていた。あれだけのことがあって、それでもまだサオリを始めとしたアリウスの面々はスオウの過去を詮索しない。それどころか、触れようとさえしない。

 縮んでいくサオリを見て、スオウはそんなことを考える。

 

「……うん。まあ、そろそろ良い機会ですかね」

 

 同時に、心の奥底で覚悟を決めて。

 

「サオリ。みんなのこと、呼んできてもらえますか?今集まれる子を、全員」

「……?あ、ああ」

 

 扉の外へ向かうサオリの背中を見つめて。少しばかり、当時の出来事に思いを馳せた。

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