ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】消えないモノ

 人というものは、どうしてか。与えられた日常というものが、いつまでも続くと思ってしまう。

 手垢まみれの、何度も繰り返されてきた言葉。自分には無縁……でも、ないけど。今後、それを再認識させられるような日も来ないと思っていた。

 

「なっ……!」

 

 それを知ってしまったのだから。二度とそうならないように。自覚して、意識して。

 結論として、その考えは間違いだった。日常だから、いつまでも続く、だなんて思ってしまうんじゃなくて。いつまでも続くと思っているからこそ、それは日常なんだ。

 

「まず、い……」

 

 まあ長々と現実逃避をしたけど、要するに。

 

「着るものなくなったぁ……!?」

 

 スカートを避ける生活にも限界が来た。それだけの話だ。

 

 

 

 

 別に、洗濯物をサボってたわけじゃない。部屋ごとにひとまとめでやるから、洗濯そのものはほとんど毎日していた。

 ただ、連日の酷い雨。購入したハーフパンツやら何やらが、乾燥機に対応していなかったこと。そもそもそんなに量を買ってなかったこと。あらゆる不運が連鎖して、この最悪の状況が引き起こされてしまったわけだ。

 

「どうしてこんなことに……」

 

 俺の心と相反して、台風一過の大空はこれでもかと晴れやか。俗に言うお出かけ日和だ。

 だからと言って出かける気にもならないけど……けど。今日は午後にサオリ達と映画を見にいく予定がある。出かけない、という選択肢は持ち合わせていない。

 であれば、ありあわせでなんとかするしかない……よなぁ。

 

「……」

 

 ふと、クローゼットを開いてみる。まだ新品の匂いがする服の数々。結局買ったはいいものの、それらを着た覚えは一度たりともありはしない。

 中にはなぜ買ったのかわからないミニスカートさえもあった。ショート丈のカーディガンがうんぬんカンヌンとかマユミは言ってた気がするけど、あんまり覚えてない。

 横にスーッと目線を動かしていると、先日シロコに貰ったサイクルジャージ。論外だと目を逸らして、そっとクローゼットを閉めた。

 

「もういい。寝る」

 

 ベッドに潜り込んで、布団に包まる。

 クソ、なんでこんなことに苦心しなきゃならないんだ。アズサの服はフリフリした可愛いやつが多いし、そもそも借りようにも肝心要のアズサがいない。午後三時までバイトだ。

 他のみんなを頼ろうとしても、大体出かけてるし……何より、スカート履くの恥ずかしいから服買ってきてくれませんか、なんてお姉ちゃんとしての威厳が……やはりダメ、いや待て。

 

「そ、そうだマユミ!マユミなら!」

 

 神機妙算。マユミならもしかすれば手伝ってくれるかもしれない。何せ生徒生活支援部なわけだし。そうと決まれば、さっそくモモトークで……。

 

「……ん?」

 

 ふと目につくのは、マユミからすでに送られていたモモトークの通知。大手通販サイトのリンクと共に、こんな一文が添えられていた。

 

『スオウさん、次はこういう服もどうかしら?』

「……」

 

 念の為、リンクを開いてみる。閉じる。

 

『ありがたいですが、却下で』

 

 マユミはダメそうだ。あんな、あんなこう……キャピキャピとした、女子みたいな……!可愛い服なんて、着れるわけがない。お姉ちゃんには眩しすぎる。

 ……というか、いまだに女物の服には抵抗がある。できる限りそうでないものを着て、誤魔化し誤魔化し、切り崩すみたいにやってるけどさ。

 

「……仕方がない、か」

 

 やるしかない。いつまでも向き合わずに、逃げ続けるわけにはいかないんだ。そのためにも、今日俺は。

 

「一人で服を買いに行ってやる……!」

 

 意を決して、今度は勢いよくクローゼットを開く。ミニスカートやらサイクリングウェアやらを全て無視。たった一つ、吸い込まれるように手を伸ばす。

 

「キャミワンピース……!」

 

 肩からかける形の、布製のワンピース。もちろんそれ単体で着るのは恥ずかしいなんてもんじゃない。

 やってしまえば痴女、もしくは露出狂だ。いや、痴漢……?

 ちょっとわからないけど、まあどっちでもいい。それ単体で着るつもりはないってことだ。インナーにフレンチスリーブのシャツを取って、ついでにウェストを閉めるための薄型のベルトを取り出す。ついでに変装用の翼と、ウィッグも。

 

「ふぅ……よ、よし……」

 

 ……ああ。前世で、友人と文化祭でふざけて女装したっけな。その時はそんな気恥ずかしくなかった。別に冗談でやってただけだし。

 これは違う。俺は確かにこれを、衣を満たすためのものとして使っている。

 

「……!」

 

 自覚するだけで、顔から湯気が立ち上るようだ。肉体的には問題ない、はずなのに。残された『俺』の心がそれを受け入れない。めんどくさい。

 そうこうしているうちに、なんとか準備は整って。でも、やっぱり動くつもりにはなれなかった。

 

「ふぅー……はぁー……」

 

 大丈夫。この程度なんらピンチじゃないし、恥ずかしいことでもない。キヴォトスでは何も恥ずかしいことじゃない。

 良く考えてもみろ、この世界にはもっと変な服を着てるやつに溢れてる。あのセイアだってそうだ。だったら俺みたいなのがいたって何もおかしくはないんだ。何より私はお姉ちゃん。妹の示しになるべき存在。

 

「よし!」

 

 自分を落ち着けるための呪文を心で何回か唱えて。用途のわからない小さなバッグに、いっぱいいっぱいの弾薬を詰めて。ショットガンを肩からかける。その勢いのままに扉を開けた。

 

「あ、小隊長だ!おはよー!」

「っ、え、ええ!?は、はい!おはようございます!」

 

 瞬間。目の前に現れたのは、ヨセとヤコ。引っ張られるようにして、サウまで。

 

「あれ、変装してる……お出かけ?」

「は、はい……ちょっと……」

「そうですか。帰りは何時ごろになる予定ですか?」

「特に決めてはないですかね……お昼頃には帰ってくるかと」

 

 しかしヨセはまだ寝巻き……さては今起きてきたな。

 

「ちぇ、なんだ……一番のねぼすけは私じゃないと思ったのに」

「おい……なんで私は朝っぱらからくだらねぇことに付き合わされてんだ」

 

 ……ああ、大体状況はわかった。ヨセをヤコが起こして、一番起きるのが遅かったとか言ってたな、さては。

 で、そうじゃないと証明するためにサウまで引き連れて……なるほどねぇ。

 

「ヨセ、ほどほどに……ね?」

「うん、わかってるよ」

 

 ヤコとサウには聞こえないように、こっそりとヨセに耳打ちする。それを見て二人は同時に首を傾げて。気づいてないみたいだけど、やっぱりそっくりだな。

 似たもの同士、ってやつだ。多分、本人達は否定するんだろうけどさ。

 

「……ところで小隊長、珍しい服を着ていますね」

「えっ!?」

 

 サウと目が合って気まずくなったヤコが、誤魔化すように話を逸らした。よりによって俺の服について話を。

 

「え、えーっと、はいその、連日の雨で普段着てる服がなくなって……」

「あー、わかるぜ。ったく、最近はジメジメザーザー鬱陶しいったらありゃしねぇ」

 

 焦りと緊張で、口は饒舌に言葉を紡ぎ出す。要するに早口に。サウもヤコも特に何かに気づくこともなく、いつも通りに話を続ける。

 

「私は好きだけどなぁ。雨、楽しいし!」

「ガキだな」

「ガキですね」

「なにさ二人して!別に私だって、こっち見なよ!!」

 

 サウ、ヤコ、ハモっただけで睨み合うのはどうかと思うの……ヨセも苦労してるなぁ。

 

「でも小隊長が可愛い服着てる……本当に珍しいね!」

「かわっ!?」

「……まァ、確かにな」

 

 かわいい?結構抑えめにしたつもりなんだけど、かわいい?

 

「う、うぅ……」

 

 ダメだ、かわいい妹達との会話でいつもの調子を取り戻しつつあったのに……また恥ずかしくなってきた。

 

「そ、その……変じゃ、ないですか……?」

「っ……!?……ヨセ、小隊長を抑えておいてください。写真を撮ります」

「無理だよ!?私未だにタイマンで勝てたことないし!」

「そりゃ全員そうだろ。つーかなんで写真なんざ……あァ、なるほどな」

 

 サウがこちらを見て、何やら納得したとばかりに頷いている。なんの話だかさっぱりだ。

 ついでにヤコの目が……何と言うか、その。据わってる。かなり怖い。あの一件の後説教された時以来だ。

 

「ヨセ、早く」

「はいはい、ヤコちゃんってたまにおかしくなるよね……サウちゃん、これなんとかしてよ」

「何で私なんだ……いや、この状態は私も初めてで……」

 

 やっぱりこの服変かな。いっそサイクルジャージに着替えてきた方が……いや、それはないな。もっとない。

 

「しょ、小隊長ぉ……助けてぇ……」

 

 そんなことを考えていたら、いつのまにやらヨセが半泣きだ。ヤコの様子がおかしくなり始めているらしい。

 仕方がないと腕を上の方に伸ばして、照準を頭部に合わせ、指を構える。流石に神秘を込めたら痛いじゃすまないから、ちょっと抑えめに。

 

「えいっ」

 

 ピンっ。擦れるような音ともに、デコピンを放った。

 

「痛っ……!?」

「あ、戻った」

「どうなってんだコレ……私が知らない間にコイツに何があったんだ……!?」

「それは本人からちゃんと聞きましょうね」

 

 指をプラプラとさせながら手に残る圧迫感を振り払う。うん、過剰に神秘を込めたらちょうどいい手加減になりそうだ。リミッターを外しても犠牲になるのは指一本だし、威力も調整しやすい。使い勝手がいいな、これ。

 あとは課題として発動までの遅さ……正直銃を撃った方が威力も連射力も高い。緊急避難用かな。

 

「うーん、小隊長も起きてたかぁ……そうなると……あ、そうだフィリ!フィリちゃんは?」

「あいつはとっくに起きてるぞ。そうだな……望みは薄いが、第四分隊長のとこ行ってみっか」

 

 ヨセはまだ自分以上の寝坊魔を見つけることについて諦めていないらしい。確かにレイなら寝れる時に寝る習慣が身についてるし、まだ起きてないかもな。

 

「サウちゃん、なんだかんだ面倒見いいよね」

「あ?」

「はは、そういうとこ……それじゃあ小隊長、またあとでね」

「はい、のちほど!」

 

 小さく手を振って、ヨセ達を見送る。新しい生活、最初は馴染むのに苦労するかと思ったけど……仲良くやれてるみたいだな。少し安心した。

 

「……はははっ……うん。行きますか」

 

 少しだけ穏やかになった心持ちのまま、外へと向かう扉を開いた。

 

 

 

 

 なんて、意気揚々と外に出たはいいものの。

 

「……」

 

 足がスースーする。少し肌寒いような感覚。最近の季節は夏に近いのに。スカートの下にはたった二枚の布地しかなくて。心許ない、なんてものじゃないくらいに。

 道ゆく人々を見ても、こちらへの注目は特段集まらなかった。当然だ。今の俺はただの通行人A、それだけなんだから。

 

「っ、あ……気のせい、か……」

 

 だというのに、どうしてか視線が集まってるような感覚がして。高まる警戒心が感覚を鋭敏にして、鋭敏になった感覚が警戒心を高めて。負の連鎖だ。

 

「ふぅー……あと歩いて、十数分」

 

 翼で長めのスカート……ワンピースの一部を抑えて、それでやっと歩みを進めることができる。翼を動かす練習、しておいてよかったな。どこか遠くで、そう考えた。

 ミレニアム自治区だけあって、制服の生徒も多い。あんな短いスカートを履いてて、見えたらどうするつもりなのだろうか。というか、どうして見えないんだろうか。

 これが一人や二人、というならわかるけど、多数の生徒がそうしてるんだから、全く俺には理解の及ばない事柄であると言わざるを得ない。

 

「はぁ……」

 

 一呼吸おいて、少し狭窄的だった視界も開けてきた。周囲には、相変わらずたくさんの人々。前世で見たようなものばかりではなくて。

 もっちりとしたシルエットのコーギーが歩いていたり、どこから脂肪が生まれたのかわからない小太りのロボットだったり、小さいシマエナガだったり、白いコートを着た長身の大人だったり。相変わらず、キヴォトス。そんな感じだ。

 

「……ん?」

 

 白いコートを着た、長身の大人?

 

「“あ、スオウだ”」

「っ……!?」

 

 あの人じゃね、それ。その考えに至ったころには、もう遅かった。

 

「せっ……先生!?」

 

 なんでここに先生が!?

 

「“やほ。最近はよく会うね”」

「え、あ、はい、確かに……」

 

 言われてみれば、エデン条約から一ヶ月くらいの間はほとんど会わなかったし……いや、そんなことどうでもいい。

 

「な、何で私ってわかったんですか……?」

「“最初は変装しててわからなかったけど……よく見たら、スオウだなって”」

 

 何でこの人当然のように俺の変装見破ってるんだろう。

 

「“……その翼、すごく荒ぶってるけど大丈夫?”」

「え?」

 

 先生に指摘されて自分の翼を見てみると、何かを表現するようにバサバサとはためいていた。ちょうど、アズサがモモフレンズについて語ってる時みたいに。

 

「っ……!」

 

 見透かされるような羞恥心を奥歯で噛み殺して、鮮明な思考を取り戻そうとしてみる。冷静に、ビークール。そんな言葉を頭に浮かべても、一向にマシになる気配はなかった。

 この前の一件……先生に色仕掛けをした一件を含めて、それらが塊になってこの身を覆うようで。さっきまでの肌寒ささえも忘れて、体が熱い。

 

「わ、わーっ!これ故障してるかなー!ちょっと外しちゃいますね!」

「“外せるんだ……”」

 

 確かこう、真ん中のバックルを押し込めばカチッと……ダメだ、今こんなところで外したら正体がバレかねない。

 

「え、えと、そのそのその……!」

「“スオウ、落ち着いて。すごく視線が集まってるから。大丈夫、少しそこのお店で話そっか”」

「あ、ありがとうございます……!」

 

 先生の髪の毛が、翼の風圧でくしゃくしゃになっていく。先生は特段気にすることもなく、俺の手をそっと引いて、喫茶店の方まで連れて行く。

 そのおかげで少しはよくなる、なんてことはなくて。周りから視線が、今度は勘違いでなくしっかりと集中しているのがわかって……視線を下げて、髪の毛でかろうじて顔を隠した。

 

「ごめんなさい……迷惑、かけて……」

「“迷惑なんかじゃないよ”」

 

 店員さんに案内されて、席に着く。店内の涼しい空気が、冷や汗を揮発させていく。嫌な寒気がした。

 店の奥側、外れの席。人の視線が集まることもない、ぽつねんとした陸の孤島。そこへ迎えられる頃には、翼の動きもいくらか収まっていた。

 

「ご注文、決まりましたらお呼びください」

「あ、ありがとうございます」

 

 テーブルに置かれた冷水。無造作に氷を散らされたそれは、けれども頭を冷やすには十分だった。

 

「改めてその、ご迷惑を……」

「“気にしないで。でも、気をつけないとね”」

「は、はいぃ……!」

 

 俺の変装の具合はあくまで、「パッと見ではまあわからないよね」、といったところ。まじまじと観察されたり、不審な点に勘づかれてしまえば、もはやそれらは意味をなさなくなってしまう。

 だから、さっきの状況は結構ピンチだったわけで。

 

「おかげさまで助かりました」

「“ううん。それより……その翼、どうしたの?”」

「んぇあ?これですか?」

 

 氷を口の中で転がしていると、先ほどから気になっていた、と指摘された。確かに、先生にこの姿を見せるのは初めてか。

 

「これはマユミに作ってもらった機械、『変装くん試作型:Type Trinity』です」

「“へんそ……?”」

「はははっ……ネーミングセンスはマユミクオリティですが、中身はしっかりしてるんですよ?」

 

 だからこそ、まさか翼があんなふうになるとは思わなかった……故障かな?後でマユミに見てもらおう。

 

「“タイプトリニティ……ってことは、他の学校も?”」

「はい、確か最近だと百鬼夜行……所謂、獣耳とか……尖った耳とか……ツノとか、いろいろありますよ。私の時は、タイプゲヘナしかなかったんですけどね」

 

 マユミは最近それに精を出しているらしい。コスプレ用に人気なんだとか。安全性さえ確保してれば、娯楽目的での試験的運用が最も効率的でどうこうとか言ってたけど……まあ、それは今はいいか。

 

「それで私が選んだのが、このタイプトリニティ!どーですか!可愛くないですかこれ!アズサみたいでしょ!」

「“うん、よく似合ってるよ”」

「へへ、そうでしょうそうでしょう!アズサのお姉ちゃんですからね!」

 

 先生もなかなか話がわかるじゃないか。ふふ、そのうちアズサとお揃いのファッションを作ろう。トリニティの制服はあるけど、あれを着るのはおにはハードルが高いし。

 

「“何か飲む?”」

「あ、ジンジャーエールでお願いします」

 

 ジンジャーエール、甘味の中に生姜特有の風味がある。人によっては苦手らしいけど、俺は割と好きだ。

 

「先生は?」

「“私はアイスコーヒーかな”」

 

 店員さんを呼んで、それぞれ注文をする。少しの待ち時間。

 

「先生、今日は何でミレニアムに?」

 

 特に意味を持たせるわけでもなく、話題の一つとしてふと思い至った。別に珍しいことでもないし、普通に仕事の一環……シャーレの依頼の一つとして来たのかな。

 

「“うーん……視察、かな?”」

「シサツ?」

 

 刺殺?なんて物騒な。

 ほざきながらも、届いたジンジャーエールを一口。強めの炭酸と独特の辛味、二つの刺激が甘味を引き立てる……かと思いきや、辛味が消えない。ここの店は、かなり辛口のジンジャーエールを仕入れているらしい。

 

「うひぃ……」

 

 舌をぺっと出して刺激が去るのを待っていると、先生と目があった。反射的に舌を引っ込めて、口元を手で覆う。赤くなった頬を見られたくなかったから。

 

「“辛かった?”」

「はひ……その、忘れてくらさい……」

「“どうしようかなぁ”」

「か、からかわないでくださいよ……」

 

 和やかな表情を浮かべて、先生も追従するようにアイスコーヒーを口にした。砂糖もミルクも入れず、そのままの味で。

 

「……甘くしないんですか?」

「“視察だから。それに、これはこれでおいしいし”」

 

 わーお、俺には全然理解できない……最近、味の選り好みが増えて来てる気がする。昔はあの程度の苦味、何ともなかったのに。

 

「視察って、何の?」

「“シャーレはカフェも運営してるんだけど、それの二号店を作ろうと思ってて。今の雰囲気はレトロな感じだし、その逆にしてみようかな、って”」

「なるほど、それでミレニアム……キヴォトスの最先端なんですね」

 

 しかし、と、揃ってカフェの中を見渡す。中途半端な大きさのBGM、暖色を広げる照明、それなりに埋まった座席。

 

「……あんまり変わりませんね」

「“はは……うん、そうみたい……”」

 

 ジンジャーエールはいつもより辛くて、先生は珍しくコーヒーをそのまま飲んでる。

 世が変わっても、俺にとって変わったことなんて、きっとそのくらいのことだ。

 

「どうするんですか?」

「“他の自治区も見てみようかな。仕事のついでに”」

 

 うーん……この分だと、どこへ行っても変わらない気がするけど。いっそ足を伸ばして、山海経とか百鬼夜行に行けば、まだ幾分かは変わりそうだ。それを喫茶店と呼ぶのかは別として。

 

「“スオウは、何であそこに?”」

「私ですか?」

 

 机に備え付けられたコーヒーフレッシュをジンジャーエールに入れて、たっぷり甘くしたそれを口に含んで。

 喉を潤してから、先生の疑問に答えるべく口を開く。

 

「最近の大雨で、着る服が少なくなってまして。すか、っ……!」

「“スカ……ハズレってこと……?”」

 

 待て、俺はなぜ先生と喫茶店で一息ついてるんだ。そして何を馬鹿正直に話そうとしてるんだ。

 そうだ、よく考えたら今の俺はスカート。この姿なら構わないが、中身は男。俺からのみの視点で言えば、ドヘンタイもいいところ。

 

「っ、うぁ、っと……」

「“また翼が暴れ出した”」

 

 何より、先生にこの姿を見られるのが一番恥ずかしい……!憧れの人の前で、こんな格好……!

 

「そ、その!新しい服が欲しいかなーって……!」

 

 落ち着け俺。冷静になれ。深呼吸。

 先生だって今の俺はただの姿が幼い女の子にしか見えてないだろう。前世がどうこうとか、あの時それとなく伝えたつもりでいるけど、先生が信じてるかはわからないし。だったらこの服装も問題ない。

 

「“そうなんだ”」

「は、はい……その、あんまりこういう服は着慣れていないので……あんまり、らしくもないですし……」

「“……そんなことないよ。よく似合ってるし……それに、着たい服を着るのが一番だと思うな”」

 

 いや、俺は別にスカート履きたくて履いてるわけじゃないんだけど。それにしても、似合ってる……うぅん。その甘い言葉でこれまで何人の生徒を堕としてきたんだろうか。

 

「……そういうこと、誰にでも言っちゃダメですよ」

「“そんなつもりはないんだけど”」

「そんなつもりなくても、です」

 

 この前の一件……先生が生徒としてたアレコレについては、まだちょっと疑ってるしな。先生にその気がなくても、相手にとっては、なんてこともあるわけで。

 

「……む、もう無くなりましたか」

 

 ズゴゴ。ストローが空を啜る音で、いつのまにやら飲み干していたことに気づいた。やっぱり甘さは正義。アツコもそう言ってた。

 どれ、ここは一つ他の飲み物も───

 

「───っ!?」

「“爆発音?”」

 

 そこまで考えて、体の奥底まで響き渡るような衝撃。耳慣れた爆発の音、焦げるような匂い。

 相変わらずキヴォトス。治安が終わってやがる。

 

「はぁー……少しここで待っててください。一応、お代は置いていきますね」

「“へ?”」

「ちょっと止めて来ます」

 

 遠くに見えるヘルメット集団。ついでに顔も覆ってない、なかなか肝の据わった不良集団。多分序列付けとか、突発的な抗争とか、そんな感じだと思う。

 音から考えて、結構近い。ほっときゃいなくなるだろうけど、被害者が出る可能性もあるし、なにより。

 

「先生、窓から離れててくださいね。念の為」

 

 先生には銃弾一つ当てさせるわけにはいかない。絶対に傷付けさせたりしない。

 

「“私も、っ!?”」

 

 窓を開けて、思い切り踏み込んで。久方ぶりの、『戦い』の感触を胸いっぱいに吸い込む。

 

「ふんっ!!」

 

 横方向への、急激な加速。もはや慣れた感触だ。爆弾でさらに加速したいところだけど、そんなことすれば正体がバレそうだし……やめておくか。

 

「おー、やってるやってる」

 

 少しの間走ってみれば、すぐに撃ち合いをしている集団が目の前まで迫る。空中に思いっきり跳躍し、銃撃戦の中心に勢いよく着地して。

 

「よっ、と!!」

 

 地面を砕いて、吹き飛ばした瓦礫で銃弾を防いだ。吹き荒れる、荒々しい風。地面とついでにスカートを捲り、周囲にその存在を示す。

 ……待って。スカートを捲り?

 

「っ……!わ、わァーっ!?」

 

 やばいやばいやばいやばい急いで隠さないと!今ならまだ粉塵のおかげで周りは見えてない、まだ助かる……!はずだ!

 

「な、何だァこいつァ!?」

「え、えーっと……か、仮面!ノリダーです!!」

 

 こちらに到着する寸前、適当な場所から回収したマスクを顔につけて顔を隠す。ついでにスカートを元の位置に戻す。

 

「こんなところで不良間の抗争とはふてぇ野郎どもです!双方矛を収めるなら見逃してあげます!」

「うるせぇ!!ふざけた服装しやがって!!」

「ふ、ふざけてない!ふざけてないですもん!!」

 

 こっちがこのギリギリの許容範囲を攻める服装を見繕うのに一体どれだけ苦労したと……!いや、この怒りは理不尽な気もするけど。

 それより、問題はこれからだ。この雰囲気、皆頭に血が昇っている。恐らく戦闘は避けられない、それはいい。普段の俺なら。けど、今は……!

 

「……お、おい。あいつ、動かないぞ」

「ああ……まるで何か、隠し通そうとしてるような……怪しい……!」

 

 スカートを履くことによる戦闘のしにくさ。いくら長めの布地だからと言って、目一杯に戦闘をすればいとも容易くその中身を露出してしまうだろう。

 何より、今俺が着ているのは私服。そんなに汚すわけにもいかない、つまり。

 

「なんだかわからねぇが、相手の増援かもしれねえ!!やっちまえ!!」

「そりゃこっちのセリフだ!!卑怯な真似しやがって、ぶっ飛ばしてやる!!」

 

 スカートの中身が……パンツが見えないように、こいつら全員捌いてやる。

 

「オラ、なっ!?」

 

 後方から飛来する銃弾。首を横に逸らして最低限の動きで回避、そのまま跳躍して……って。

 

「ふぇあぁ!?」

 

 ダメだ、この程度のジャンプでも簡単にスカートが捲れる……!基本的に地上で戦う他なさそうだ……!

 

「ひっ……って、あれ?た、助か、ってなかったぁ!?」

「ひ、一人目ェ!!」

 

 ショットガンを脳天へ向けて発射。ヘルメットをつけてるんだ、その程度勘弁してくれ。

 

「悪いですが、今回は手加減してる余裕もありませんからね……!」

「な、こ、コイツ……!強いぞ!?」

「そこっ!!」

 

 数人が一箇所に集まっている。一時退避を狙っていたのかもしれない。充分な距離をとっているつもりだろうが……!

 

「その程度の距離!ないも同然、です!!」

 

 爆弾に神秘を込めて、腕力だけで思いっきりぶん投げる。即座に着弾、爆発して、熱風がこっちまで……!?

 

「わ、っと……!セーフ……!」

「お、おちょくってんのか!?なんだそのポーズ!!」

「き、決めポーズです!」

「ダセェ!!」

 

 うるさいよ。俺だって無理があると思ったけど、他に誤魔化し方もないんだししょうがないじゃんか。

 ……さて、元々の戦力がヘルメット団六人。不良集団が五人、計十一人。さっき倒した人数分引いて、残りは七人と少し。

 

「……いや、六人か」

「なぜ、バレ……!くっ……!」

 

 今の俺相手に、隠密は大悪手もいいところ。冷静に仕留められる分、いくらかやりやすい。静かな動きでできるから。

 

「あーらら、どーしちゃったんですか?みんな隠れちゃって」

「お、おい、何を」

 

 奇襲を狙っていた生徒の足を掴み、ハンマー投げの要領でぐるぐると引き回す。

 

「あばばばばばば!?ちょ、吐きそうなんだけど……!」

「いつまでもこそこそ隠れてないで……!」

 

 その流れは止まらず、加速、加速、加速。スピードが最大限に達したところで、狙いを定めて。

 

「仲間とぶつかってみたらどうなんですか!!」

「うわぁああああ!!こいつもうやだぁ!!!」

「……って、俺のアホ!」

 

 またスカートが捲れた……!もう嫌だ……!一応ギャラリーというか、野次馬っぽいのもいるし!

 

「クソ、予想以上に強い……どうすれば……ん?」

「ふぅ……!ふぅ……!」

「……なあ。あいつ、まさかさ……」

 

 どうする……!いっそその辺の市民からズボンかっぱらうか?いやでも知らないオッサンが着た服とか絶対やだし、何より倫理的に絶対やっちゃダメだろ。

 

「や、やーい!そこの間抜け!」

「む。そこですか」

 

 ようやく戦う決意をしてくれたらしい。個人的に撤退してくれた方がありがたかったけど。

 まあここで煽って啖呵を決めるとは、なかなか見込みのあるヤツも───

 

「お前のパンツ、今丸見えだぞッ!!」

「───ふぇ、わっ!?」

 

 急ぎ、スカートを押さえて。気付く。(ブラフ)だ。

 

「はっはっは……やっぱりそうだ!」

「や、やられた……!」

 

 最悪だ。油断しすぎた。

 

「戦闘中にパンチラが気になって仕方ないとは、間抜けなやつめ!!」

「う、うるさ、ぎゃあ!?」

 

 反論をする間もなく、爆風が下から(・・・)巻き上がる。

 

「お前には効果てきめんだろ!」

「く、ぅうぅ……!」

 

 爆破の熱。衝撃。これらは何の意味も持ち合わせない。ただ一つ、俺の片手を塞ぐということ以外には。

 

「性格の悪い……!」

 

 向かってきた不良軍団のリーダーに片手で応戦しながら、踏み込んでカウンターをしようとして。

 

「もう一発だ!」

「ちょ、やめっ……うぅーっ……!!」

 

 再び巻き上がる爆風。下に気を取られたその隙に撤退され、再び手痛い一撃を喰らう。

 

「ははっ……!思ったとおりだ……!このやり方なら勝てるぞ……!」

 

 まずい……手早く済ませるつもりだったのに、この戦法を取られるとどうしても攻めきれない……!しかも双方のリーダーはそこそこ強いし……あれ、これってひょっとしてピンチってやつなんじゃ。

 

「っ……!?なんだ、この煙幕!?」

 

 焦りが見え始めた頃合いで、周囲が白い煙に覆われていく。まるで、見計らったかのようなタイミングで。

 

「こ、これじゃあ」

「あー」

「ひっ……!?」

 

 白煙は、無尽蔵に広がっていく。これは、一つや二つの発煙弾じゃない。多数の生徒が、恐らくは一斉に。そんなことをさせることができるのは、俺の記憶には一人だけだ。

 

「さっきは。よくも。好き勝手。やってくれましたね……!?」

 

 完全に煙に覆われ、視界も蒙昧になり。一時の静寂が、街を包み込んだ直後。

 

「ひ、ごめんなさ、ぎゃああああああ!?」

 

 不良たちの悲鳴が、白い世界に響き渡った。

 

 

 

 

 ヘルメット団に不良共をコテンパンにしたのち、裏路地を縫って先ほどの喫茶店に向かう。ヤツらめ、ポンポン爆弾投げやがって。おかげさまで、服が少し焦げ気味だ。

 ……まあ、服を買う言い訳になるしいっか。

 

「はぁ……」

 

 マスクを適当に投げ捨て、さらに道を進んでいると、視界に光が差し込んでくる。そこにいたのは。

 

「“あ、やっぱりここから出てきた”」

「せ、先生……助かりましたぁ……」

 

 さっきの煙幕。あれは多分、先生が事情を察して生徒にお願いしてくれたものだ。

 じゃなきゃ、あのベストタイミングであんなことできはしない。

 

「“無事でよかった……”」

「……そんなの、こっちのセリフです。私、待っててください、って言いましたよね?」

 

 確かに助かったのは事実、だけど……そのせいで、先生を危険に晒してしまった。それもまた、決して拭えない出来事だ。

 

「“……大丈夫だよ、スオウ。確かに私は、スオウみたいに戦いが強いわけじゃないけど……それでも、今までもなんとかなってきたから”」

「……」

 

 今までも、何とかなったからって。そんなの、別にこれからもなんとかなる、なんてことの証明にはならない。

 だからやめて欲しかった。待ってて欲しかった。それなのに。

 

「“それに……私にとっては、スオウが一人で傷つくことも許せないことだから”」

「……はぁ……私がそう簡単に傷つくわけないでしょ?私の通り名、知らないんですか?」

「“知ってるよ。姉を名乗る”」

「そっちじゃなくて!!」

 

 先生、分かっててわざと言ってるよな?

 

「“……私も、スオウも一緒なんじゃないかな”」

 

 そんな視線を知ってか知らずか、沈黙を打ち破るように言葉は続いた。

 

「“わかってても、心配になるって気持ちは。だから何かしたい、って気持ちは”」

 

 わかるよ。その気持ちは、痛いほどわかる。だって、俺もそうだったから。それがきっと、みんなにとっても一緒なんじゃないか、ってことも……最近、分かった。

 それでも、やっぱり。

 

「でも……怖い、です。そういうところ」

「“……うん。ごめんね”」

 

 抉られるように。掘り起こされるように。繋がって、見つかって、思い起こされて。

 ……怖いよ、俺は。残されるのが。また誰かが、目の前で……いなくなって、しまうのは。あれだけのことがあって。こんな感情だけは消えてくれない。

 独りで戦うことが間違ってる、なんてことはわかってる。みんなと戦うことが、多分一番良いんだ、ってことも。

 それでも、この気持ちは……拭えない。

 

「……」

 

 多分この話は、平行線で。続けても、どちらかの納得の上に終結する、なんてことはなくて。

 

「“スオ”」

「ま、もっとはっきり言わなかった私も悪いですからね。お互い様、ってことで!」

「“……うん”」

 

 先生は、何か言おうとしたけど。それを遮って、いつも通り。無理矢理にでも、そう見えるように努めた。先生も何かを察したように、途中で話すのをやめた。

 喫茶店には、歩いて帰った。まだ頼んでみたかったメニューがあるから、少し駆け足に。見つからない答えを、振り払うみたいに。

 ゆっくり、考えていけばいい。時間はいくらでもある。みんながそうさせてくれたから。

 

「……ん?」

 

 そんな安心から、ふと思考が脇道に逸れてしまった。そのせいで……余計なことに気づいた。否、気付いてしまった。

 

「……先生?なんであの時煙幕を焚いたんですか?」

「“えっ……と……”」

 

 あの状況で、煙幕を焚くという選択。確かに俺にとって、それは最適解だった。

 でも、じゃあなんで先生はそれに気付いたんだ?決まってる。状況を把握したからで、それはつまり。

 

「……私の下着……見ましたか……?」

「“……ごめん”」

「う、うぅうぅ……!忘れてくださいね……!できるだけ早急に……!」

 

 やっぱりスカートなんてごめんだ。改めてそう思った。




更新遅れてしまい大変申し訳ございません……急用につき先日中書ききれませんでした
代わりというわけではないですが、次回更新は9/4、早めにします!
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