ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【過去編】分隊長採録:四

 退屈な人生だった。別に非日常が足りていないとか、そういうんじゃなくて。

 孤児として生まれてきて、普通に生活が大変で。人から奪われることも、人から奪うこともあった。それが私にとっての、いつも通り。

 だから目の前でそれが起こっても、何も思わないし。生きるためならしょうがない。諦観的に物事を見てた。

 

「ひっ……!?ご、ごめんなさい……!どうか、ご慈悲を……!」

「……」

 

 多分私は、このまま何も成せずに生きて、そこそこ苦しんで死んでいく。嫌だったけど、そんなことをどこかで受け入れていた。

 目の前で起きてる非日常が、理不尽が。これからもこの先も、私にとっての日常なんだ、って。私が、大っ嫌いな毎日が続くんだって。

 

「私の大切な妹に…一体、何してるんですか?」

「っ……!」

 

 その日常を、ぶっ壊した人がいた。

 今でもはっきりと思い出せるほどに、鮮烈な記憶。突然現れた、アリウス分校の教員を名乗る連中。いつも通り、私は搾取されるだけだと思ってた。

 でも、突然現れた、焦茶とも白ともつかない髪色の女の子が……ただの一撃で、二人の教員をのしてしまった。

 あんなにも、ちっちゃな体で。あんなにも、おっきな相手に。

 

 それをみた瞬間、私は……生まれて初めて、呼吸をした。全身が、産声を挙げていた。

 

「はぁ……!はぁ……!」

 

 気付いたら、私はその子の背中を追いかけてた。小さな、その背中を。

 

「ね、ねぇっ!!」

「はい?」

 

 私は賢くも、強くもない。それほど序盤でも終盤でもなく、中途半端な位置で死んでるエキストラ。髪の色だって、アリウス分校では珍しくもない金髪だ。

 私はこの世界にいない。いてもいなくても変わらない。

 

「わ、私っ……!強くなりたい!教えて!強さを!」

 

 それでも、私は……小隊長に。

 

 

 

 

 次の日、朝。

 

「ささっ」

「……」

 

 私は、小隊長の後をつけていた。

 

「さささっ」

「あの」

 

 小隊長はいきなり後ろを振り向いて。だから私は、壁の後ろに姿を隠した。

 

「……気のせいか」

 

 視線が外れた気配。死角から抜け出して、小隊長の姿を探す。

 

「あ、あれ?」

 

 探しても探しても、見つからなくって。少しの間、目をぐるぐるさせた。

 ふと、足跡を追えば良いんだ、なんて思い至って。すぐに途切れていることに気づいて、それで。

 

「どこに行っ」

「はぁ……やっぱりあなたですか」

「っ……!」

 

 後ろに小隊長が立っていた。

 

「すっ……!」

「……?」

「すっごい!すっごいすっごいすっごい!どうやったの今の!どうやったらできるの!?」

 

 一瞬で姿を消して、私の後ろまで周り込む。

 さしもの私も、当時は初めての経験だった。あそこまで自然に、瞬時に。背後を取られるのは。

 

「私にも教えてよー!」

「……だから、ダメですってば。もうじき訓練が始まるので、そこから始めていきましょうね」

「なーんーでー!?いーじゃん別に!ちょっとくらい早くたって!」

 

 強くしてほしい。そんな私の願いは、小隊長にバッサリと切って捨てられた。

 いや、正確には違う。願いそのものは肯定してくれたんだけど。

 

「何かあるんでしょー!?強さの秘密とか!秘訣とか!」

「ありませんってば、そんなもの……」

 

 今日から始まるアリウス分校の訓練に参加しろ。そうすれば強くなれる。小隊長の主張としては、大体がこんなものだった。

 間違ってはないんだろうけど、私が求めていたのはそんなものじゃなくて。

 

「私は最強になりたい!」

 

 全てを蹂躙できるだけの、圧倒的な強さ。一朝一夕で手に入ることのない、あの全てを自由に変えられるだけの暴力。

 あんな力、ただの訓練で手に入ることは絶対になくて。対して頭がいいわけじゃない私にも、そのくらいは分かった。

 小隊長には、何かがあるはず。あそこまで強くさせただけの、何かが。

 

「ねぇー!おーねーがーいーだーよー!!」

「こ、困りましたね……」

 

 それでも、小隊長は何故か乗り気じゃなかった。手に顎を当てて、二、三秒。少し考えた後。

 

「なんで強くなりたいんですか?」

 

 質問してきた。私はそれを、チャンスだって思った。だって、今までは聞く耳を持たなかった小隊長が、私に興味を示したってことだから。

 だから食い気味に、その質問に答えた。

 

「強くなればさー。私、変われる気がする……んーん。変えられる気がするんだ。全部を」

「……」

「別に助けたい人がいるとか、復讐したい人がいるとかじゃなくって……ただ、強くなれば……」

 

 今にして思えば、あまりに漠然とした理由だったと思う。ただ試してみたかったって、それだけ。

 

「……強くなったって、無理な時は無理ですよ。それだけの理由じゃ教えることはできません」

「ってことは、やっぱりあるんだねー?強さの秘訣が、さ」

 

 私が指摘すると小隊長は、しまった、と、口を押さえた。

 

「いーじゃん理由なんてどうだって!お願いー!……あ、そうだ。おねーちゃんって呼んであげてもいいよ」

「う……!」

 

 ふと数ヶ月ほど前、小隊長が突然住処に訪れて……そして、姉を名乗り出したことを思い出して。それを代償に払ってみることにした。

 実際、効果はてきめんだったみたいで、いくらか迷う時間が増えた後。

 

「……だ、ダメです。魅力的な提案ですが、ダメです……!」

「……むー。なにさ、けちんぼー」

 

 結局断られてしまったから、私も少し意地になっていじけてみせた。それでも、小隊長の意思は変わらなかったみたいで。その日の会話は、それでおしまいだった。

 小隊長と一緒に訓練へ向かって、そしたら指示された通りのことをする。たったそれだけのことが訓練だった。

 

「こんなんじゃ何年かかるのさぁ……」

 

 教員達も昨日の小隊長に萎縮して、あまり無茶な指示は出してこない。

 もちろん、自分の体がちょっとずつ、作られていく感覚はあった。でも、それじゃあ足りない。あの力には、届かない。

 

「……」

 

 銃をはじめとした、装備の扱いも習った。多少は複雑だったけど、普通に頑張れば普通に覚えることができた。

 模範的。一言で表すなら、そんな道具の扱い方。小隊長は違った。

 

「あの時は、確か……」

 

 小隊長が使っていた爆弾は、二発。一発目で、教員達の元まで加速して……二発目は拳に握って、殴打の威力を上げてた。

 今まで、見たことはおろか聞いたこともないような使い方。でも、言われてみればなんで誰もやらないんだろうって、そう思って。

 

「……えいっ」

 

 何日か経って、訓練用に装備を与えられて。自分で実践してみた時には、その理由がわかった。

 

「きゃっ!?」

 

 すっごく、すっごく単純な話。よく考えてもみれば、当たり前のことだ。

 相手を攻撃するためにあるものなんだから。自分に使えば、当然同じだけのダメージもある、なんて。

 

「ちょっ……あ、あんた何してんの!?」

「待ってて!私、人呼んでくるから……!」

 

 その時の私は、まだ弱くって。全身に、ひどい大火傷。後から聞いたら、骨も折れてたらしい。

 

「大丈夫!?どこか痛むところない!?」

「あ、はは……」

「肋!?肋が痛いの!?」

 

 全身に走る痛み。ひりつく様な火傷。体の奥底で、鈍痛が巡り続ける感覚。

 私は、それを感じて。

 

「げほっ……すごい……なおさら、欲しくなってきたなー……!」

「な、何言ってるの!?頭おかしいの!?つ、ツムギーッ!!できるだけ急いで!!この子頭ぶつけてるかも!!」

 

 その羨望を、ますます深めていった。

 あれだけのダメージを受けるものを、ただ『力を補助する便利なモノ』としかみていない。そんな強さへの羨望を。

 

 

 

 

 気づいた時には、私は布団の上に寝かされていた。時計を見ると、私が怪我をした日の夜だったらしい。

 

「……」

 

 結局あの後私は、爆弾の取り扱いを間違えた、と言って誤魔化した。あんなことをしたって知られれば、小隊長は余計に教えてくれなくなると思ったから。

 

「おはようございます、レイ……大丈夫ですか?」

「っ!?」

 

 だから小隊長が布団の近くにいた時、私はすごく驚いた。

 時計の針は、十二と一の間。当時の私たちにとっては、とっくに眠っていてもおかしくない時間だ。

 

「……ごめんなさい。私の注意不足です……痛かったですよね」

 

 小隊長は、別に自分が悪いわけでもないのに謝ってきた。

 だってあの時、小隊長はまだ小隊長じゃなかったし。ただの姉を名乗る異常者、って感じだった。私が勝手に小隊長の真似事をして。勝手に痛い目を見た。それだけの話だったから。

 もう痛いわけでもない、怪我が残ってるわけでもない。そんな場所を包帯越しに、冷たい手で触れられて……こそばゆかった記憶がある。

 

「……?」

 

 小隊長の手は、少し震えていた。動けない体で、目を閉じて。その感触に意識を向けないとダメなくらい、小さな震え。

 

「スオウちゃん?」

「っ、はい。どうしました?」

 

 私が声をかけて、そしたらそれはすぐになくなった。その時の私は気にするわけでもなくて、ちょっと寒いのかな、とか。馬鹿げたことを考えてた。

 あんなに強い小隊長が、それ以外で震える理由がわからなかったから。

 

「ねぇ、やっぱり強さの秘訣を」

「ダメです。教えれるようなことなんて何もありません」

「ちぇー……」

 

 いつもと違う様子。もしかしたら。期待もせずに聞いてみて、やっぱり断られてしまった。

 

「なんでダメなの?」

「あなたの成長を妨げる可能性があるからです。あれは……人の心と、体を壊し得る」

 

 どこか遠い目で。暗い顔で。小隊長は、そんなことをぼやいた。

 目の奥は見えなかった。私のことを見てなかった。ずっと遠くにある何かを見て、苦笑いして。懐かしんでるみたいだった。

 

「……だから?」

「え?」

 

 心と体が壊れる。小隊長はそれで説得になってるって、そう思ってたみたいだけど……私に対しては、特に意味がなかった。

 

「そんなの壊れたっていいもん」

「……何言ってるんですか。絶対に」

「いい。強くなれるなら、それで」

 

 妄執。一言で片付けるなら、そんな言葉が似合う。

 

「平凡に野垂れ死ぬくらいなら、強くなって壊れた方がマシ」

 

 実際、私を介抱した子達……今の第六分隊、ツムギとマイは、私のことをおかしいって言ってた。実際、他の人から見たらそうだったのかもしれない。

 

「……なんで?」

「何が?」

「なんでそんなに、強くなりたいんですか?」

「……言ってるよねー?特に理由なんてないよ」

 

 理由なんてない。そう言って、誤魔化し続けた。自分さえも。……いや、もしかすると、あの時の私は本気でそう思ってたのかもしれないけど。

 とにかく、小隊長の脅しとも取れる説得は私にとって意味がなかった。むしろ、追求を助長させるだけだった。

 

「……わかり、ました」

「お」

 

 小隊長が持つ、非対称の深緑の目。その奥底に、煌々と燃え盛る炎が映っていた。白と黒は塗り潰された。狂おしい、赤よりも赫い朱。私の目の色だった。

 

「ほ、ほんとに!?強くしてくれるの!?私のこと!」

「たーだーし。条件があります」

 

 小隊長はピッと人差し指を立てて、ちょっと意地悪そうに微笑んだ。

 できるものならやってみろ、って感じに。

 

「私に一撃加えること。それができたら」

「わかった!」

 

 私はすぐに小隊長に殴りかかった。

 もう、体の傷はとっくに治ってた。だから万全の体調で、多分意識外からの、完璧な奇襲。訓練も積極的に受けた私の拳は、同年代の中でも少し速かったと思う。

 

「あなたに、私が受けたものと同じ訓練をさせてあげます」

「っ……!」

 

 なのに、小隊長は……まるで何事もなかったみたいに、私の腕を掴んで。そのまま説明を続けてた。

 

「っ、まだまだ」

「今みたいに奇襲でもいいですよ。武器や装備の使用もオーケーです。ただし、攻撃しにきていいのは一日一回、そして」

 

 足技。体当たり。布団を翻して、視界を塞ぐ。その状態からの乱打。

 ただの一撃だって、小隊長に通ることはなかった。全て避けられるか、防がれて。

 

「あつっ!」

「こんな風に、私におでこを突かれたらあなたの負け。その日一日、あなたは私のことをお姉ちゃんと呼ぶこと」

 

 額に、小さな衝撃。擬音で表すなら、トンっ。みたいな音が、適切だった。

 本気で攻撃した私に、それだけの余裕。戦いにすらなっていない。圧倒的な実力差を、これでもかと見せつけられた。

 

「いいですね?」

「っ……じょうと、待って。今なんて?」

 

 何故かお姉ちゃん呼びを条件に捩じ込まれていたことに気づかず、私は小隊長と約束した。ただ、ただ強くなるためだけに。

 ……その日から、私の挑戦が始まった。

 

 

 

 小隊長は朝、誰よりも早く起きる。

 不思議な話で、誰も小隊長が寝ているところを見たことがある人はいないらしい。実は寝ていない、なんて噂が立つくらいだ。

 私はまず、そこにつけ入る隙があるんじゃないか、って思った。

 

「こそこそ……」

 

 最初の二、三日は小隊長の家すら見つけることができなかった。あれだけたくさんの人と関わっておいて、誰もその住処を知らなかった。

 まるで野生動物みたいだ。

 

「……ここも、バツ」

 

 まあ、それならそれで私がやることは決まっている。周辺への聞き込み。あとは虱潰しだ。

 幸いにして、アリウス分校の居住区はそう広くない。教員が管理できる領域も限られてる。たった数日で、私は小隊長の家を見つけることができた。ついでにその過程で、足腰の筋力がずいぶん鍛えられた。

 

「ふふ……覚悟しなよー……!」

 

 そうなればもう、やることは決まっている。小隊長の家、その屋根裏に息を殺して潜んだ。小隊長が帰ってくるよりも早く。

 一時間、二時間。そこから先を過ぎても、小隊長は帰ってこなかった。少し私もウトウトし始めたところで、小隊長は服をボロボロにして帰ってきた。

 

「よい、しょっと……」

 

 そしたらボロ切れみたいな毛布を取り出して、すぐにランプの火を消す。布で体を包んで、石製の冷たい地面に体を投げ出して……少しの間、目を閉じる様な動作を見せた。

 

「……!」

 

 眠らないと噂されていた、小隊長の貴重な睡眠。それを目撃した私は、きっとアリウス分校で一番その根源に触れた人間と言えるだろう。眠気でおかしくなった頭で、少しそんなことを考えて。

 ……そして、次に私が部屋を覗き込んだ瞬間。小隊長は嗤った。こちらを見て。薄く開かれた瞳と、目が合った。

 

「あぁ。なんだ、レイかぁ。……はははっ……みぃつけた」

「っ……!!」

 

 私は泣いた。生まれて初めて……恐怖から、涙を流した。

 

「零時を過ぎてるので、今日の襲撃はナシですよ?」

 

 腰を抜かした私は、ゆっくりと天井裏に登ってくる小隊長から逃げる事もできずに額を突かれた。

 途中、小隊長は私が泣いていることに気づいてオロオロとしてた。それでやっと、なんとか立ち上がれる様になった。

 

「お姉ちゃんが寝てからじゃないとダメだ」

 

 次の日の深夜。零時を過ぎてから、四十分後。小隊長が寝ると思われる時間を狙って家へと向かった。あの時間に帰ったということは、どんなに寝つきが悪くてももう眠っているだろうと。

 一歩、また一歩。恐怖で砕かれた心を拾い集めるみたいに、先へと進む。か細いランプの灯火に、勇気を奮い立たせて。

 

「ふぅ……ふぅ……!」

 

 胃の中身がまるっとひっくりがえってしまったみたいに、吐き気がした。短い呼吸を繰り返して、喉奥と肺が冷たくなる様な感覚。酸素を吸い込み過ぎて、頭がボーッとしていた。

 それでもなんとか、ギィ、と扉を開ける。心許ない小銃を片手に、ランプで部屋を照らす。部屋を見渡しても、小隊長の姿はなかった。代わりに、ボロ布だけが置き捨てられていた。

 

「……?」

 

 どこへ行った。疑念に従って、部屋に入り扉を閉める。

 

「まだ暖かい……」

 

 毛布とも呼べないソレに触れてみれば、しっかりとした温もりを感じた。小隊長がここを離れてから、そう時間は経っていない。

 こんな深夜にどこへ行ったのか。その疑問を解消するべく、再び扉の外へ向かおうとして。

 

「こんばんは。レイ。今夜は星がよく見えますよ」

「ヒュッ……!」

 

 私は、自らの過ちに気付いた。小隊長は、どこへ行ったわけでもない。最初からずっと、私の存在に勘付いて……この部屋の、死角にいた。

 

「はい、ここまで。今日もお姉ちゃんの勝ちですね」

「うあぁあぁぁ……!」

「れ、レイ!?大丈夫ですか!?どこか痛むんですか!?」

 

 扉の裏に隠れて。ずっと私を見ていた。そのことに気付いた時、私は体中を虫が這い回る様な感覚を覚えて……また小隊長の前で、醜態を晒してしまった。

 

 

 

 

「寝込みを襲うのはやめよう」

 

 あれは無理だ。数日間の夜襲の末、そう判断した。

 もう私の肉体が、精神が、恐怖と敗北を植え付けられてしまった。抗えない。これならば、真正面から戦った方が幾分か勝ち目がある。

 次の手段なんて持ち合わせていなかった私は、新たな策を練ることにした。

 

「……しばらく、尾けてみよっかな」

 

 どんなに怪物に見えても、いや、怪物といえども、それは生き物。どこかに、気が緩む瞬間があるはずだ。それを見つけないことには、勝ち目はない。

 そう判断した私は、小隊長を尾行することにした。これがまずかった。

 

「レーイー?前よりは良くなってますが、まだまだ甘いですよ?」

「く、クソッ……!」

「うん、拳の成長もいい具合……その調子です!」

「あぅっ……!」

 

 少し考えればわかる話だったんだ。最初の時点で尾行に失敗してるのに、その作戦を焼き直したところで勝ち目なんて一つもないことに。

 何度か追跡を繰り返して、その悉くが見破られて。私は、別の作戦を考えることにした。

 

 一つ目。家の前に落とし穴を掘る。トラップにかけることだって、立派な一撃だ。

 

「おっと……土の色が違いますね。私たち生徒相手なら、土壌の匂いから誤魔化さないとダメですよ」

「くあっ」

 

 結果、失敗。小隊長の鋭敏すぎる感覚に、私程度の偽装工作では敵わなかった。一度見破られたトラップは、もはや意味を成さない。次に移った。

 

 二つ目、爆弾を家中に仕込む。いくら小隊長といえども、あれだけの量を仕掛けられては逃げることすらできないだろう。

 

「たまたま雨が降ってて助かりましたね……あと、家の修復は一緒にやりますよ?」

「あぷっ」

 

 結果、失敗。雨が降っていたというよくわからない理由で、爆風を全部着ていた服、そしてその長い髪で防がれた。途中地面を砕いて盾にしてた様に見えたけど、気のせいだと信じたい。

 ついでに家の修復を手伝わされた。その時に爆弾を仕込んだけど、終わる頃には解体されてた。晴れの日に同様の作戦を仕掛けても、結果は同じ。

 何故か家の一部、主にクローゼットや机などの家具類は無事だったので、それらを守るだけの余裕があったということ。作戦を変更することにした。

 

 三つ目、食事に毒を仕込む。毒と言っても、ちょっとお腹が痛くなるだけの下剤。本来の使用用途は薬だ。

 別に、苦しめたいわけでもなかったから。ちょっと隙を作って、一撃くらわせてやるつもりだった。

 

「毒、効かない体質なんですよね。私。いいアクセントでした」

「おうっ」

 

 結果、失敗。小隊長曰く、毒が効かない。恐らくは嘘……だと、思いたいところ。肉体の自然治癒力により、毒素の影響を受けながら瞬時に回復。毒が分解、排出されるまでその状態で耐える。それなら辻褄が合う。

 どちらにしても、効果がないのだから意味がない。次の作戦に移った。

 

 四つ目、小隊長の銃を詰まらせた状態で戦闘を仕掛ける。小隊長が肌身離さず持っているハンドキャノンにはできなかったけど、ショットガンには仕掛けられた。

 

「うーん……銃そのものは替えが効くので、別のアイディアを試すのがいいかもしれませんね?」

「へぷっ」

 

 結果、失敗。言うまでもない。小隊長には銃なんて必要なかった、それだけの話だ。

 この仕込みでは何も変わらない。他の作戦を決行した。

 

 五つ目、服を全て盗んでやる。いくら化け物でも、何も着ていない状態では恥という概念も存在するだろう。人間の羞恥心に漬け込んでみることにした。

 加えて、小隊長が情動による弱体化をどの程度するのか、という検証も兼ねていた。

 

「……その、服は返してくださいね。流石に無いと恥ずかしいです」

「のぺっ」

 

 結果、失敗。即座に特定され、ボロボロの服で私の家までカチコミに来た。いや、小隊長から暴力を振るうことがなかったけど。

 一応彼女にも『恥』という感情があることはわかった。留意すべきは、それが戦闘力を変化させないということ。そりゃそうだ。

 

 六つ目、全部乗せ。とりあえず今まで試したやつを全部同時に実行。

 

「準備に時間をかけ過ぎましたね。限られた時間を有効活用しましょう」

「ほあっ」

 

 結果、失敗。その作戦の多さから、準備へかかる時間も順調に増えた。結果として、仕掛け終わるよりも先に小隊長に見つかり、額を突かれた。

 今後はトラップを仕掛けるまでの時間も考えなくてはならない。なかなか厄介なことになったと、当時の私はひどい気分にさせられたものだ。

 

 七つ目、八つ目、九つ目……百を超える策を弄しても、小隊長はその全てを正面から受けた上で打ち砕いてきた。

 その度に私は額を突かれて、それだけならいいんだけど、お姉ちゃん呼びを余儀なくされていた。正直、今でもたまにうっかり呼びそうになってしまう。シオに怒られるからやらないけど。

 

「右、上上左下右、下ッ!!」

「そうそう、いい具合。相手から目を離しちゃダメですよ」

 

 そんな生活を続けて、数年。年は十三。私も無駄に作戦を練るのはやめて、小隊長にこれでもかとシンプルな奇襲を仕掛ける様になっていた。

 それに失敗すれば、今度は正面からの撃ち合いだ。

 

「このっ!!逃げるなっ!!はっ!!」

「ほい、や、とっ」

 

 この頃になると、私と小隊長の身長にもかなり差がつき始めていた。圧倒的な体格差を活かして攻撃して、それをいとも容易く躱される。

 

「そこっ!!」

「む、それはまずい」

 

 多分だけど、小隊長はあの時でも、まだ成長を続けていたんだと思う。何せ、私はその頃には……当時七歳だった小隊長の力を、とっくに追い越していたから。

 

「や、やった……!?」

 

 爆煙から、小隊長の姿は見えなかった。ついに一撃入れた、そう思った次の瞬間。

 

「まだ詰めが甘い」

「もけっ!?」

 

 空から落ちてきた小隊長の人差し指が、私のおでこを突き刺した。

 

「あぅ……もー!また負けたぁ!!お姉ちゃん強すぎるって!」

「いえ、今のは本当にまずかったですよ。私ももう、随分前から本気を出さなければ危ないですし……もしかしたら、あなたはいつか……私を、超えられるのかもしれませんね」

「み、見てろよー……!いつか絶対、私のことを強くしてもらうから!」

 

 訓練は教えない。小隊長はそう言ってたし、私もそのつもりだった。

 でも今にして思えば、私が強くなれていたのは小隊長がいたからだ。結局、どこまで行っても敵わない。うまくかわされて、その上で私の望みも叶えてるんだから。いつまで経っても私は、小隊長に追いつけない気がしていた。

 

「あ、いたいた……レイさーん!……って、げ。スオウさんも」

「げってなんですか、げって」

「私にお姉ちゃん呼びを無理強いしたりするところが悪いんじゃないかなー……」

 

 いつの間にやら、私の周りには人が増えていた。どんどん強くなって、その力に人は集まってきた。

 重い荷物があれば運んであげたし。怖い教員がいたらやっつけてあげたし。生活が大変な子には、私の食べ物を分けてあげた。それは多分、小隊長も同じだった。

 

「レイさん、教員の人に呼ばれてましたよ!話がある、って……」

「……話ィ?」

 

 教員が言うところの話。嫌な予感がした、けど。もはや私にとって、その程度恐るるに足らない存在だ。何せ毎日手合わせをしている化け物の方が、よっぽど私にトラウマを植え付けている。

 

「……レイ、気をつけてくださいね。何かあったら、すぐに私を呼んで」

「大丈夫だってー」

 

 ヘラヘラと笑いながら、小隊長に手を振って、教員の元へ向かう。

 

「……分隊長?」

「そうだ。お前の高い実力が認められた。推薦したのは私だ」

 

 簡単に言うと、お前は強いから分隊長になれ、と、まあ要するにそういうことだったらしい。思ったより大した用事ではなくて、少し拍子抜けだった。

 その日のうちに、マダムへの挨拶も済ませた。こちらへ興味がない態度で、かと言って別に私も、あいつに興味があるわけじゃない。何も起こることはなく、形式的に終えられた。

 

「レイ、ごめんなさい。今日はちょっと、忙しいかもです」

「……そっか。うん、しょうがないねー……頑張って……小隊長」

 

 それからというものの、小隊長は見違える様に忙しくなった。私が奇襲しようとしても、そもそもその姿を見かける機会が少なくなった。

 何が小隊長をあそこまで動かすのか、私にはわからなかった。立場もあるのかもしれないけど、それだけでああはならない。

 

 数日後。私は、その理由を知ることになる。それぞれの……第一から、第三の分隊長。そして、私たちの小隊長との顔合わせだ。

 

「え、えっと、初めまして、だよね?」

「……」

「ね、ねぇ。返事くらい」

「うるさい。私に話しかけるな、あっちへ行け」

 

 違った。私と。

 

「ね、ねぇ君」

「……あなた……嘘つきの、におい……仲間?」

「う、ん?」

「……でも、薄い……あなたは……後に、してあげるね……?」

 

 ううん。私が知ってる、他の誰とも。

 

「あ、の」

「なんだ、テメェ。馴れ合いに来たのか?悪ィが私にそのつもりはねェ、帰れ」

 

 あの目は、知らなかった。

 いや、嘘だ。それは嘘だ。私は知っていた、あの目を。

 

─── ひっ……!?ご、ごめんなさい……!どうか、ご慈悲を……!

 

 あの目は……私の。

 

「全員、揃ってるか?」

 

 誰がそうさせていたのか、私にはすぐにわかった。

 

「あー、かしこまった態度はいらん。世辞もな。くだらん小手先の胡麻擂りなど、退屈なだけだ。結論から話そう、私がお前らの上官……第一分隊から第四分隊をまとめる小隊長だ」

「っ……!」

 

 小隊長。私の訓練を見てくれた師と、同じ称号を持つ者。もう一人いるという話は聞いていた。

 纏う雰囲気。言葉遣い。私たちを見る目、態度、接し方、どれかたった一つをとっても、小隊長とは……桐花スオウとは、似ても似つかなかった。

 

「まぁ、今日は単純な顔合わせだ。そうビクつくな」

 

 ポン、と、第三分隊長……トウの肩に手を置いた。トウの顔色は、明らかに悪かった。

 何かを掘り返されるような、荒々しい息遣い。

 

「やめっ……」

「おい」

 

 何が彼女を恐れさせているのかはわからなかったけど。その原因が、あいつにあるのは確かだった。

 止めようとしたら、第一分隊長……サウに肩を掴まれた。最初は、私が危険を犯そうとしているのを止めてくれたのかと思った。

 

「テメェ、今何しようとした?冗談じゃねェ、私までとばっちり食うのはごめんだ……私がいなくなってからやれ、じゃなきゃここでボコす。いいな?」

 

 一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。言葉に意味はない様に思えた。

 少し反芻して、ああ、こいつは自己保身のために私を止めたんだな。そのことを理解して。頭の裏側で、血が漏れた様に感じた。

 

「お前……!」

「……反乱、分子?ここには、いらない……」

 

 同じくして、第二分隊長……フィリも絡んできた。鈍い言葉で何を言いたいのかわからなかった。否、分かりたくなかった。

 それでも、いくら私が強くなったと言っても分隊長が二人に小隊長が一人。勝ち目なんてないことは、火を見るより明らかだった。

 

「久しぶりじゃないか、カリアのところの飼い犬……いや、今はもう野良犬だったか?元気そうで何よりだよ、でかくなったな……あいつらと違って」

「っ……!」

 

 ヤツが言葉を発するたびに、トウの顔色は悪くなっていった。

 嬲られるみたいに、犯されるみたいに。身体中から脂汗が吹き出して、それらが呪いとなって身を蝕んでいるように見えた。

 私は、ただ……その様を、見守ることしかできなかった。生贄を捧げて、自分たちだけ恐怖から逃れた。それを是として、むしろ積極的に促していたように思える。反吐が出た。

 

 

 

 

 その日は帰ってすぐ、小隊長にあったことを話した。珍しくも暗い顔で、少しの間俯いて。

 

「大丈夫。なんとかします。教えてくれてありがとう……あなたは、強い子です。私に任せて」

 

 相変わらず、強い言葉を吐き捨てた。

 

「そういえば、レイ。最近、私のこと尾行してないですよね?」

「……?うん、してないよー……?」

「うん、そうですよね。そのはず……わかりました。レイ、まずは自分の身を第一に。他の子のことは、私がなんとかしますから。くれぐれも、無茶はしないこと。いいですね?」

 

 安心させるみたいに、慰めるみたいに、説得するみたいに強い口調で言われて。その日は精神的な負担もあって、すぐに家に帰った。布団に潜り込んでも、しばらくの間は眠れなかった。

 外で吹く風の音が、ざわめくみたいにやかましかったせいだ。悲鳴みたいな、風の音。無視し続けたその音が、いやに気になって。

 

「私……なーんにも変わってないなー……」

 

 自分でも驚くくらい、低い声だった。別人みたいな……いや、実際別人の声だったのかもしれない。私は、声を出したつもり、なかったから。

 

「……」

 

 でも、妙に確信めいた言葉に……自分でも、ああ、そっかって。合点が行って、装備を整えて。外に出た。

 

「あいつは……あいつの、足跡……これ、かな?」

 

 培った技術で、あいつの痕跡を辿った。あいつはアリウス分校本校舎の近く。寮みたいな場所、そこで生活をしている。数日の追跡で、ひとまずそのことはわかった。

 その後何日か観察して、寝込みを襲うことは難しいってわかった。セキュリティの問題だ。トラップも仕掛けたかったけど、それをやって私以外の子まで疑われたらまずい。

 勝ち目を探って、何日も、何日も観察を続けた。何回も、何回も何回も何回も……それでも、勝ち目は見えなかった。

 

 けど、諦めきれなくって。それから数週間が経った、ある日。私の分隊の子、その一人が……ヤツの部屋に向かっていた。足取りは恐怖で震えていた。

 その子は、最近になるまで私が知らない子だった。多分、小隊長も。曰く、ヤツが手塩にかけて育てていたらしい。決して強くはないけど、優秀な駒で。

 遠くからでは、会話の声が聞こえなかった。それでも、なんとなくその内容は察することができて。小隊長……スオウの情報を持ってくるように言っていた。

 

 辛うじて聞こえてくる怒声は、「お前にできることなんてそのくらいしかない」だとか、「今さら戻れると思っているのか」だとか、大体そんな意味のことを言ってたと思う。

 ……多分、大体そんなことを言っていた。正直、自信はない。

 

「ねぇ」

 

 考えるよりも先に。体が動いていた。

 

「私の大切な友達に……一体、何してるのかなー」

 

 トラップもない。準備もない。あるのは生身の肉体と、ここ数週間で得た情報だけ。それでも、私の体は動いた。

 後悔なんて、微塵もなかった。

 

「……貴様こそ、いい度胸じゃないか」

「っ……!」

 

 たとえその拳が、全く通らなかったのだとしても。私は、後悔なんてしていなかった。

 

「お前……上官に、一体何をしているつもりだ?」

「逃げてッ!!」

「っ……!」

「ふぅ……何してるかって?全く、察し悪いなー……」

 

 それまでし続けた後悔を、繰り返したくなかった。もう、二度とだって。

 

「叛逆行為に決まってるじゃん。かかってきなよー」

「……少し。躾が必要そうだな」

 

 戦いは……いや、戦いとも呼べなかったかな。暴力は、一方的だった。いつだってそうだった。

 私がその日の飢えを凌ぐために、やっとの思いで手に入れた、半分くらいがばっちくなったパン。それを奪われた時もそうだった。

 

「威勢だけか?」

「囀るなよ。笑えてくる」

 

 私の隣で寝ていた子が、次の日にはいなくなっていて。見せしめだって、ボコボコにされていた時もそうだった。

 

「げ、ほっ……!」

「口だけは回る奴め」

 

 ……突然アリウス分校の傘下に降れ、とか。訓練を受けろ、とか。訳のわからないことを言って、逆らった子が撃たれた時もそうだった。

 

「うるっさいなー……」

 

 本当は、ずっと、ずっと、もっと。早く、こうするべきだったんだ。最初から、これだけで良かった。

 私は、目の前で起こる理不尽が嫌いだった。

 

「ぺっ……あははっ……私の勝ち……」

「……そうか。一回へし折っとこう」

 

 それなのに、自分が傷つくのが怖くって。力を求めた。それさえあればなんでもできる、なんて、自惚れて。

 その機会を逃すくらいなら、壊れてのたれ死んだ方がマシだった。

 

「お前の心を」

 

 誰かが傷ついてることだけは、ずっとずっと喉に引っかかってたから。

 

「おい」

「っ……!?」

「妹に……何をした……!!」

「……ははっ……遅いよ、小隊長」

 

 私は、強くなりたかったんじゃない。

 

「貴様、は」

「……制限……解除」

「が、はっ……!?」

 

 私は、本当は……小隊長みたいに、なりたかった。

 

 

 

 

「……ん……」

「あ、レイ。目が覚めましたか」

 

 次に目が覚めた時は、小隊長の家にいた。久しぶりに来たかな、なんて、頭のどこかで漠然とそんなことを考えた。

 

「おはようございます。体は痛みませんか?」

 

 ひらひらと手を振る小隊長。右手には、血の滲む包帯が巻かれていた。時々おかしな方向に腕が向いてるのを見て、その下がどうなっているのか、容易に想像がついた。

 

「……痛いよ」

 

 痛い。その腕を見るだけで。今も思い出すだけで、酷くズキズキと痛む。

 

「小隊長……あの子……」

「無事です。あなたが、守ってくれたから」

「そ、っか……」

 

 それでも、小隊長の言葉を聞いただけで、それらはずいぶんマシになった。

 

「小隊長、私……私、ね……強く……強く、なれた……?小隊長、みたいに……なれた、かな……」

「……ええ。強いですよ、レイは。とっても強い。私よりも、ずっとずっと強いです」

 

 買い被りだと思った。筋力で敵わないとか、そういう話じゃないけど。

 あの日、あの時。

 私が憧れたのは、小隊長の力じゃない。自分を危険に晒しても、それでも誰かを守るために戦える……小隊長の、在り方に憧れたんだ。

 

「これから、もっと強くなりましょうね。二人で……もっと、もっと」

 

 弱くたって。敵わなくたって。それでも、守りたいなら戦うしかない。最初から、それくらいしかできることなんてなかった。

 小隊長は、言い聞かせるみたいに、強くなろう。そう言ってた。

 

「そっか……ね、小隊長」

「はい?」

 

 ただまあ、それはそれとして。

 

「隙あり」

「……え?」

「私の勝ちー……明日から、訓練つけてね」

 

 力も普通にあれば便利だし、欲しいことには欲しいから。なんでかすっごく落ち込んでた小隊長のおでこに、一撃。ちっちゃな一発をかましてやった。

 

「約束は守るよねー?小隊長?」

「は、はははっ……まあ、今のあなたなら大丈夫ですかね」

 

 その時、小隊長が落ち込んでた理由は分からなかった。正直、今でもわからない。

 でも、いつかは……私が、小隊長を守れるように。

 

「じゃあ、明日から地獄ですよ?」

「へ?」

 

 なんて、そう思って。おかげで強くなったけど……次の日私がその日の選択を後悔したのは、また別の話だ。

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