ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【過去編】分隊長採録:五・上

 初めて出会った日のことは、今でもはっきり覚えてる。あいつはもう、覚えちゃいないんだろうが。

 

「おい。着いてくるんじゃねぇよ」

「……」

「……ったく……変な拾いもんしちまった」

 

 気まぐれのつもりだったんだろう。あいつにとって、あんな情けは。私が知ってるあいつは、そういう人間だから。

 もしくは、自分にとって邪魔くさい誰かがそこにいた。それだけなのかもしれない。

 

「いいか、よく聞け。着いてくるのは勝手だが、テメェの明日は自分で拓け。テメェは一人。何があろうと、助け合いはナシだ。わかったか?」

「……わか、った……」

 

 それでも、私は、ちっぽけな私は。あの気まぐれに、情けに……その奥底にあった、本性(やさしさ)に。救われた。そのおかげで生きながらえた。

 

「で、お前。名前は?」

「……ヤコ」

「そうか、私はサウだ。よろしくな、ヤコ……って、おい?」

 

 その名前が、誰に付けられたものなのかは覚えてない。大した意味はないのかもしれないし、もしかしたら誰かの願いが込められてるのかもしれない。

 後者なら、それだけでも充分に幸福だと思えたのだろうか。自分の人生に、意味があると思えたのだろうか。

 

「……おなか……すいた……」

「……はぁ……お前、話聞いてねェな?」

 

 それでも、私にとっては。

 

「……はぁあああぁあああ……今日だけだからな。明日倍にして返せ……いや。この恩を一生かけて返しやがれ」

 

 あの日、恩着せがましい言葉と共に与えられた、たった一欠片のパン。使い古された水筒。私の体には、大きすぎる缶詰。

 腹を満たした。初めての味だった。初めて、誰かに分け与えられた。

 

「……倍、って?」

「あァ?そりゃテメェ、これと同じくらいモンがもう一つ……」

「わかった」

「……敬語くらい……まァいい」

 

 それらが、どれだけ私を拾い上げただろう。私を飢えた獣……いや、獣なんてたいそうなものじゃない。ただ、腹が減ってたんだ。それだけだった。

 そんな存在から、ただの気まぐれが私を人間に仕立て上げた。

 名前なんかがあったところで、その時までの私には、何の意味もなかったことだ。それを呼ぶものさえ、私にはいなかったんだから。

 

「……着いてくんだろ?勝手にしやがれ、ヤコ」

「うん……」

 

 私の横には、あいつがいなきゃダメだった。私は誰かに支えられて、やっと一人の人間で在れた。

 

 

 

 

「おい。おーいー?今日倍にして返せつったよなぁ?」

「ひ……ん……」

 

 それはそれ、これはこれ。あいつは翌日、宣言通りに倍の見返りを求めてきやがった。今の私ならバックれてる。

 

「おい、跳ねろ」

「ん……あ……」

「おいおい、なんか音がしたな?なんだ?何持ってやがる」

 

 まあはっきり言って、後悔してたんだろう。自分の選択を。人間、気まぐれでやった行為を後悔するなんて、往々にしてあることだ。

 

「か、缶詰……昨日の……」

「……チッ。返品は受け付けてねェ。が、それを二倍の中に含めてやる。こいつは担保として貰っとくぞ。残りをさっさと持ってくるんだな」

「あ、あい……」

 

 小粒の雨が降る中、私は外へ放り出された。体から、血の気が引くような感覚。長時間外にいることは、得策じゃないとわかった。

 それでも、いつもよりは随分活動しやすかった。何せあの時、私はもう随分長いこと碌なモノを口に入れていなかった。木材や葉を歯の奥で噛んで、そうしたら残り滓のような唾液が出る。それで渇きを誤魔化して、満腹感を作っていた。

 

「……おいしかった」

 

 そんな私が、いつぶりだろうか。食事というものに……悦びを見出していた。もしかしたら、生まれて初めてだったのかもしれない。

 なんであれ、私はサウのやつに恩義を感じていたんだ。踏み倒すつもりにはならなかった。

 

「あめ……」

 

 所謂、本降り。雨が少し強くなって。ふと、水筒を手渡されていたことに気がついた。慌ててそれを開けて、まだ中身が少し残っていた。

 

「んふ……」

 

 それがどれだけ、嬉しかったか。

 

「んっ……これで、よし」

 

 そんな感傷に浸る間もなく、私は雨を集めた。サウが求めていたのは二倍の量だが、元々古ぼけた手作りの水筒は満杯じゃなかった。充分に、二倍の量と言えるだろうと。

 古ぼけた建物の中で雨風を凌ぎながら、水が貯められていくのを見つめた。私の心も満たされるような気分になった。

 早めに飲まなきゃまずいだろうが、そこは私たち生徒の肉体。多少の細菌なら問題ないし、場合によっちゃ煮沸する手段も持ち合わせていた。

 

 水を集めたんだから、次は食糧だ。私が渡されたのは一欠片くらいのパン……今にして思えば、自治区の連中から取ってきたんだろう。まあ、そんなに量はなかった。

 

「食べれる、木……あと、葉っぱ……」

 

 ……いや、実際に食えるわけじゃないが、その時の私はそれを食糧と認識していた。小隊長に、加えてヨセあたりにも知られたくない秘密の一つだ。

 

「たくさん、集まった……これで、二倍……!」

 

 当時の私は本気でそう思い込んでいたんだから、言い訳の余地もない。それらを持ち帰って、サウの元へ走った。

 

「舐めてんのか?」

 

 引っ叩かれた。流石に殴っては来なかった。私に悪気がないことをわかってたんだろう。

 

「な、なめて、ない……私、これ……あじ、そこそこ……」

「……どれ、ッ……!」

「ね、ね……?」

「これのどこがそこそこだテメェ!!口の中から唾液が出てくるわ!!まっず!!」

 

 食ったら納得すると思っていた私は、急いで扉を開けて出て行こうとした。怖かったからじゃない、ただ……あいつの期待に応えられなかったのが、申し訳なくてどうしようもなかった。

 

「そもそも木は食いもんじゃ、ッ待て!!逃げんな!!」

 

 続く言葉に、私は足を止めた。

 

「にっ、にげて、ない……!それ、サウ、きらい……!私、新しいの……!」

「……あァ?」

 

 誤解されていることがわかって、それが私には我慢ならなかった。それだけの理由で慌てて、拙い言葉で事情を説明して。

 

「ほーほー、そういうことか……確かによく考えりゃ、こいつを持って行かない理由がねェ。なかなか見上げた根性だ」

「……!」

 

 水筒と缶詰を持ち上げたコクコクと頷きながら、私は必死に悪意がなかったことを訴えた。証明するように葉っぱを噛んで飲み込んだり、木の破片を噛んでみせた。

 

「これ、こっち……できて、すぐ……食べやすい……」

「新芽か……確かに、さっきよかマシだ。柔らかいし苦味もない、付け合わせとして充分……って、そうじゃねェ」

 

 多分思ったよりうまかったんだと思う。一瞬の戸惑いを見せた後、あいつは誤魔化すようにキレた。

 

「毒の可能性はねェのか?」

「その時は、なかったことにする……!ぺってすれば、問題ない……!」

「……」

 

 深呼吸。言いたいことをまとめて十数個飲み干して、サウはようやく本題に入るつもりになったらしい。

 

「いいか、そんなリスクを負うよりもずっと良い方法がある」

 

 今と変わらない、悪意に塗れた笑顔で歯を剥き出しにして、私の手を引いた。

 年齢は一つしか違わないが、あいつの体は大きかった。自然と、私はその後ろ姿を見上げていた。

 

 

 

 

 そうして私が連れて行かれたのは、アリウス自治区……その中でも、アリウス分校。その近辺だ。

 

「いいか、処分されるより先に回収しろ」

 

 期限切れの缶詰や、どうしても食えなくなったような食物。

 

「ここが、楽園……?意外と、証明、簡単……」

「難しい話知ってんじゃねェか……」

 

 五つ目の古則。私はなぜあんなものを知ってたんだろうか。覚えちゃいないが、ともあれ私が知らないだけで楽園はそこにあった。証明終了。

 サウが「そんなわけねェだろ」と言って、それでもそこは確かに私の楽園だった。

 

「チッ……結構取られてんな……」

「うん……しかも、無事に……持って、帰れない」

「……あ?」

 

 確かに普段に比べれば、圧倒的な量の食料。果物の缶詰もあったから、水分も摂取できる。

 だが、私は知っていた。そういった、所謂『穴場』のような場所には、ハイエナのような連中が群がっている。いくらここで拾い集めても、それらは簡単に奪われてしまう。

 実際、私も似たような経験をした。そのほとんどを持っていかれた上に、体はボロボロだった。

 

「バーカ。ここを使え、ここを」

 

 けれども、サウには何か策があるようだった。頭を人差し指でトントンと叩いて、それから何事もなかったかのように踵を返した。

 私はサウのことを信じ切って、その背中を追いかけた。

 

「フンっ!!」

 

 結論から言ってその判断は間違いだった。あいつが言っていたのは、両手が塞がっているなら頭突きをかましてやれと、そういうことだったらしい。

 

「え……あぅ……」

「モタモタすんな!!仲間が集まってくんぞ!!」

「あ、あい!」

 

 私は走った。逃げ足には自信があったから、そこまで心配はしてなかった。

 不安にもならなかった。目の前に現れる敵は、サウが打ち倒してくれたから。

 

「よしよし、飲み込みが早い……単純に二倍の収入……おいヤコォ!!テメェチビだしそんな食わねェよなァ!?」

「っ……や、やだ!いっぱい食べる!!」

「んだと!?じゃあ殴り合いだ!勝った方が総取りな!!」

「やだぁ……!!」

 

 そうして走って、しばらくしたら私が知ってる道に出た。私がサウに出会う前……その日から、たった二日前まで住処にしていた場所だ。

 

「さ、サウ!こっち!」

「あァ!?」

「んっ……!」

 

 あいつとしちゃ悪意は無かったんだろうが、聞き返し方があまりに恐ろしかった。恐らくあいつは、根っからの半グレだ。

 ともあれ、恐怖で息を飲みながら、私は精一杯に自分の知る情報を伝えた。

 

「こっち、抜け道……!あいつら、知らない……私、だけ!!」

「……ほぉ。良いねェ!!信じるぜ!?」

「あい!」

 

 即座に方向を変えたサウが、私の方に向かってきた。断じて恐怖心から逃げ出したわけじゃないが、私も逆方向に駆けた。たまたま抜け道がそちらにあってよかったと思う。

 

「こっち!」

「狭っ、て、んだこりゃ!?」

「知らない、お水!お腹、壊す!!」

「飲んじゃダメな水ってことな!?お前、意外と度胸あんじゃねェか!!」

 

 おそらく瓦礫をはじめとした堆積物で水が排出されず、長い年月をかけてそこに溜まって行ったのだろう。

 私たちがギリギリ、息をできるくらいの隙間。洞窟のようなその空間は、人によっては恐慌状態に陥ってもおかしくはない。

 

「ふっ……ふっ……!」

 

 私があの場を見つけたのは、ただの偶然だ。意識が遠のくような感覚、体に水が染み込む不快感、浅く続けるしかない呼吸。押さえつけて、仰向けに、流れに沿うようにその道を抜け。

 

「ぷ、はっ……!も、もう使わない……!!」

 

 そしたらやっと、敵の追跡を免れた。

 

「でも、これで……サウ?」

 

 けど、サウのやつはいつまで経っても出てこなかった。もしかすれば、途中で逸れたのかもしれない。

 いつ、どうやってできたのかもわからない、私もたまたま見つけただけの地下通路。サウが自力で出口を見つけられる保証なんて、どこにもなかった。

 

「っ……!」

 

 そもそも、私が知っている道もたった一通り。サウがどこへ行ったのかさえわからないのだから、私も知らない道を彷徨わなければならない。

 

「……待って、て」

 

 それでも、私は恩義に報いたかった。それができないくらいなら、いっそ死んじまえば良かった。

 

「私が、助ける……!」

 

 覚悟を決めて、再び水の中に飛び込んだ、瞬間。

 

「痛ェ!?」

「もが!?」

 

 ちょうど抜け道から出てきたサウと、額をぶつけた。

 

「て、テメェ……!先手必勝とはいい度胸じゃねェか、あぁ……!?」

「ちがっ……そんな、つもり……!私、助けに……!」

「あ?」

 

 とんでもない勘違い。手をワキワキと動かしながら迫ってくるあいつに、私は誤解を解こうとかろうじて言葉を返した。

 

「サウ、おそかった……!道……!」

「……チッ。そういうことかよ……ただ落とし物に気づいただけだ。私がテメェごときに置いていかれるか、ボケが」

 

 口こそ悪いが、私を安心させるように努めていた。多分、そうだったんだと思う。今になっちゃ、真偽を確認する手段は持ち合わせていない。

 ただ、普段から……いつ見たとしても、酷い目つきのサウの瞳が、わずかに柔らかな姿を見せていた。そのことだけが確かだ。

 

「……お前。甘いな」

「……?」

 

 同時に、嗤っていた。私のことを。

 

「こんな世界で、義理や人情を果たす意味があるか?あの場の正解を教えてやるよ……私を囮に、一人で抜け道から逃げ出すことだ。私を罠にかければ、なお良い」

 

 自分のことだって。

 

「そ、そんなこと……しない……したく、ない……」

「ハッ……長生きできねェ性格してやがる」

 

 両頬を、強く掴まれた。物珍しい宝石を見るように、その三白眼をゆらりと細めて。

 

「いいか。この世界にゃ、優先順位がある。あァ、そりゃもう、はっきりと。第一に自分。その次に、自分の大切なモン。最後に、その他大勢どーでもいいやつらだ」

「……」

「それができねェやつにゃ、我儘を通す権利すらねェ。奪われるし、搾取される。大切なことすら貫き通せない、わかるか?」

 

 多分、あいつが見てきたことなんだろうか。私には、聞く勇気がなかった。きっと今聞いたとしても、サウはその根源を思い出すことはないのだろう。忘れっぽいあいつのことだ。

 ……もしかしたら……私のことなんざ、もうとっくに忘れてるのかもしれない。

 

「……わかんない……じゃあなんで、サウは……」

「あァ?」

「だってサウは……助けてくれた」

「……気まぐれだよ。深い理由なんかねェ」

 

 きっとあいつの言葉に、偽りはなかった。あいつは本気で、そう思い込んでいた。

 たまたまだったんだろう。たまたま、あいつに余裕がある時期に、私はあいつと出会った。

 裏返せば、サウは。口に出そうとして、それを言ったら殴られる気がした。だから私は、言葉にしなかった。言っておくべきだった。

 

「後悔しかけてたが、存外にして良い拾いモンだった。ほら、これやるよ」

「……?」

「お前の借金を取り除いて、残りを折半。分け前だ。お前がいなきゃこんだけの量はあつまらなかった」

 

 その日私は、初めて果物を食べた。甘すぎて少し気持ち悪くなったが、慣れればそれは多幸感を与えるものだとわかった。

 疲れを忘れさせるみたいに、私はそれを必死に貪った。

 

「おォ、食え。テメェにゃその権利がある。それを通すだけの強さを見せた」

「むっ……」

「いいか、ヤコ。強くなれ。他人のことなんざ二の次だ。そして私に、精々恩を返すんだな。楽しみにしてるぜ?」

 

 あいつの言っていることは、大体が正しかった。大体が正しかった、と、思う。多分正しかった。

 でも、私はそれを受け入れられなかった。だって私は。

 

「……何見てやがる?」

「なんでも、ない……えと、ねェ……」

「……んだそりゃ、私の真似か?ハハっ、いいぜ、その調子だ」

 

 その優しさに、生かされたんだから。

 

 

 

 

 それから私たちは、ずっと一緒に生きてきた。

 

「なァヤコよ、こいつらどーしてくれる?」

「はなし……ぶ、ぶっ飛ばす?」

「正解だ」

 

 二人が揃えば、できないことなんてなかった。

 

「おいヤコ……テメェ、ちょっと加減してたか?」

「してない……お前こそ、腑抜けてんじゃないか?」

「言うようになってきたじゃねェか……!!上等だ、表出ろ」

 

 私はあいつのことを、本当の姉妹のように思っていた。

 私には、あいつがいなきゃダメだった。私はあいつに守られていたし、支えられていた。

 私たちは、二人で一つだった。あの時までは。

 

「痛っ……」

「何をしている。銃を持て。敵を倒せ」

 

 アリウス分校に集められた私たちは、訓練を受けることになった。要するに、扱いやすい駒として育てられた。

 訓練は過酷を極めた。人を人とも思っちゃいねぇような、私たちの体には不釣り合いな訓練。全てが虚しいとか、くだらない思想を押し付けられて、従わなきゃ暴力で無理矢理に従えられる。

 

「で、でき、ない……」

 

 周りの人間が傷ついていった。倒れていた。……泣いていた。

 訓練に積極的だった私たちに、それらが向けられることは基本的になかった。我関せず。サウはそんな様子で、知らないふりをしていた。

 私も、そうするつもりでいた。

 

「……そうか」

「あぅっ……!!」

 

 まずは動けないように、足を撃たれていた。恐怖で顔が歪んでいた。誰も、手出しするつもりは無いようだった。そんな周りを見て、そいつもそれを察していた。

 

「ひっ……ひ……!」

 

 そこから這いずってでも逃げ出そうとして。銃の反動で腕を痛めたのか、動けなくなっていた。手からは血が滲んでいた。芋虫のように体だけで土を分け、それでも前に進んでいた。

 

「そうだ、頑張れ頑張れ。その調子だ。動こうと思えばできるものだろう?さあ立て」

「うっ……ぐっ……」

 

 見せしめのように、体の端々を撃たれていった。その度に、最初こそ声を上げていたが、そのうち小さなうめき声を漏らすだけになっていった。

 徐々に、徐々に。体が動かなくなって、声も出なくなって。

 

「う、ぁ……」

 

 小さく、小さく、掠れて消えてしまう声で。

 

「たす、けて……だれ、か……」

 

 誰かと、姿が重なった。一人で生きていたころの。サウと出会わなかった、私と。

 

「おい。悪趣味も大概にしやがれ、ゲスが」

 

 後ろから、息を呑むような声が聞こえた。十数年。連れ添った、聞き慣れた声。もうこれから、聞くこともなくなるんだろう。

 たくさん、世話になった。私ができた恩返しなんて、きっとほとんどないのだろう。私はサウがいたから、生きていられた。

 

「……ふむ。まだ活きが良いのがいたか」

 

 だからこれ以上、私が、私なんかがそばに居たら……きっとあいつにとってそれは、足枷にしかならない。

 私ができる最初で最後の恩返しは、あいつのそばから居なくなること。

 

「生憎、クズに語る言葉は持ち合わせてねェ。かかってきな」

 

 今度は私が、あいつのように。

 

 

 

 

 結局私に、勝ち目なんてなかった。それでも、被害を抑えることぐらいはできた。それだけで、充分に誇って良いような気がしてた。

 

「なんで、あんなことをした……!」

「……」

 

 予想通り、あいつはキレた。そりゃそうだろう。進んで自らを危険に晒すような行為、あいつが容認するはずもない。

 

「私たちまで目をつけられんだぞ!!わかってんのか!!?」

 

───じゃあ、なんで。

 

 何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も。投げかけようとして、そっとしまい込んできた言葉。どうせ聞いたところで、また「気まぐれだ」、なんて答えが返ってくるだけなのだろう。

 今更、染みついた習慣が消えるはずもない。また私は、同じようにして言葉を仕舞い込んだ。

 

「……お前には、関係ない」

「……あ?」

 

 私は拒絶した。あいつの優しさを無視して、踏み躙って。私がやりたいことをする、ただそれだけのために。

 

「お仲間ごっこもこれまでだ。もう二度と、私に関わるな」

 

 あの日私は、確かにサウに救われたんだから。

 

「ふざけんなよ……!」

 

 ただそれを、一人抱えて生きていくなんでごめんだった。目の前で苦しんでいる誰かを見捨てるだなんて、糞食らえだった。

 

「上等だ!!テメェとは切る縁もねぇ!!とっとと出てって野垂れ死んじまえ!!!」

 

 私が救われたように。私も誰かを救いたかったんだ。

 

「……最初から、そのつもりだ」

 

 ……その日から。私はまた、独りになった。

 

 もう、サウを巻き込むこともない。そうなれば、話は早かった。私にできることなんざ、限られてるが。

 教員のヘイトを、私に集まるように努めた。何があっても、少なくともサウに対しては向かないようにした。

 幸いにして、助けた人間の数人は私についてくる。私は、そうしてできたコミュニティの中心になるように、そう見えるように振る舞ってみせた。

 

 幸にして、その作戦はうまく行った。暴力は絶えず激化の一途を辿って行ったが、そんなことは私にとって大した問題じゃなかった。

 そんな状況でも、サウの噂は不定期に流れて来た。私はそれを使って、サウの現状を確認するようにしていた。

 

「ぁ……」

「……んだよ」

 

 あいつに話しかけられそうになった時も、拒絶するような態度を保った。巻き込みたくなかった。どこか私の知らない場所へ行って、そこであいつなりに幸せになって欲しかった。

 それでも、たったそれだけの行為が、身を蝕むようで。頭がどうにかなりそうだった。

 

「ヤコさん、これ……良ければ」

「いらねぇ。ほっときゃ治る。それはテメェのために使うんだな」

 

 そのうち、私の周りには人が増え始めた。庇護を求めるように、少しずつ、少しずつ。一人、二人と、私には仲間ができた。

 悪い気はしなかった。自分の行いが正しいのだと、肯定されているような気分に浸れた。

 けど、私は独りだった。心の中に、ぽっかりとあいつの形をした穴が空いていた。

 

「サウ……」

 

 気付けばその名を呼んでしまうほどに、私はあいつのことを求めていて。

 けど、あんなことを言って。あんな風に拒絶して。きっとサウも、もう私の顔なんざ見たくもないだろう。

 それもそうだ。いつかこんな気持ちになることはわかっていた。戻りたくなかった。戻ってはいけなかった。だから、戻れなくしたんだから。

 

「ッ、クソ……!しっかりしやがれ……!」

 

 心変わりしそうな本音に言い聞かせるようにして、私はなんとか正気を保った。

 

「……チッ……誰だ、こんな時に」

 

 そんな時期だった。冬ごろの、ずっと寒い季節。扉を叩く音が聞こえた。

 悴む手を不器用に使って、ドアノブを開けた。そこに居たのは、教員だった。

 

「ッ、テメ、が……!!」

 

 後頭部に、強い衝撃。頭の中の脆い部分、重要な部分が、回し崩されるような感覚。仲間の声が、後ろから聞こえて来た。

 やられた。そんな思考を最後に、私は意識を失った。

 

 

 

 

 気がついた時。私は牢屋にいた。足に枷がつけられて。脱出することはできないように思えた。

 

「気が付いたか」

「……オゥ。まさか不意打ちされるとは思わなかったぜ。そうでもしなきゃ私を捕まえられなかったのかもしれねぇが」

 

 強がって、教員を煽ってみせた。これから何をされるのかわからない。それでも心さえ、強く保っていれば。

 

「お前は……お前たちは、やり過ぎた」

 

 ゆらりと。教員が、何かを手に持って立ち上がった。薄い、金属製のトレー。何かの器具が触れ合って、カラン。そんな音がした。

 椅子に体を固定されて、視界を奪われた。腹の中身を何かが這いずり回って、中身が出てくるかと思った。

 

「……私はお前に同情するよ。高東ヤコ」

 

 耳元で、そう囁かれた。先ほど聞こえた何かの音がどんどん多くなって、体の拘束も増えて行った。

 私が何を言っても、教員は反応することがなかった。

 

「……懲罰を開始する」

 

 地獄を見た。

 

 

 

 

 痛み。痛み。痛み。痛み。痛み、痛み痛み痛み、痛み。

 残された感覚は、それだけ。一分、一秒、それに満たない時間さえもが、永遠に感じられた。

 最初だけは、奥歯を噛み締めて耐えることができた。噛み締める奥歯さえ奪われたら、いよいよ限界だった。

 

 どれだけ喚いても、その感覚が消えることはない。命が、正気が失われていく感覚が。

 何度、死を覚悟しただろうか。否、それができるうちはまだマシだった。

 ヤツらに私を死なせるつもりがないのだとわかったとき、深い絶望感を与えられたものだ。

 丸一日以上。二度日が昇り、沈んで。悲鳴さえも枯れ果てて。やっと拷問は終わりを告げた。その時されたことも、その感覚さえ、今でもはっきり覚えてる。

 

「ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

 折られた。ぺっきりと。心を、折られてしまった。

 

「ご、ごめんなさいっ……!逆らいませんっ……!!何もしませんから……ゆ、許してください……!!ごめんなさい……!!」

 

 目に映る全てが。私を傷つけようとする、敵にしか見えなくなった。周囲の誰かを見るだけで、その痛みを思い出すようになった。

 今、まさしく今拷問をされているかのような、幻痛と呼ぶにはあまりにリアリティのある感覚。

 

 私は、人の顔を見れなくなった。声を聞けなくなった。そこにいる相手が誰なのか、わからなくなった。

 毎日毎日、死んだように過ごした。ひたすらに、訓練に打ち込んだ。そうして従っている間だけは、あの痛みを与えられる恐怖から逃れることができた。

 

 結局私は、自分が一番可愛かった。サウのようにはできなかった。

 勝手な話だ。自己満足のために人を助けようとして、それに苦痛が伴うだなんて、そんな当然のことを知って、全てを投げ出した。

 生半可な覚悟で、最後まで面倒を見ることもできずに。サウとの約束を捨ててまで。

 

 私は、最低だ。私はクソ野郎だ。

 

「はぁ……はぁ……」

「……おい。誰かその愚図を起こせ」

 

 他人の人生を背負う覚悟もない。

 

「も、むりです……ゆるして……っ、げほっ……!」

 

 何かを貫き通すだけの強さもない。

 

「……もういい。連れて行け」

「っ……!ご、ごめんなさいっ!!ごめんなさい!!まだ頑張れます!!やめて……!嫌なんです、もう!あそこだけは!!」

「黙らせろ」

「ひっ……いや、やだぁ!!!」

 

 守り方さえわからない。中途半端な、クズやろう。

 

「助けてっ!!!」

「っ……」

 

 何度も、何度も。学習せずに、同じ過ちを繰り返す。

 

「だれかっ……誰でも、誰でもいいから……助けっ、もがっ……!」

 

 そんな過ちにさえ何かな意味があると思っている。その場の衝動に身を任せて、結局自分の身が危うくなったら、全部投げ出すくせに。

 愉快な頭をした、底なしの大馬鹿野郎。

 

「……や、めて」

 

 馬鹿だ。本当に。何がしたかったんだ、私は。あんなことをして、何か意味があるとでも思ってやがったのか?

 全てが虚しいとか、そんな教えを心から受け入れてたくせに。

 

「……おい。今、なんて言った?」

「やめ、て……く、くださ、い……いっ、いやがってます……その子……」

 

 恐怖で、呂律だって回らなかった。何も乗り越えられてなんていなかった。強さの……あいつとの思い出の、口調さえもねじ曲げられて。

 

「……つまり。命令違反と見て、間違いないな?」

「っ……!は、い……」

 

 震えてて。泣いてて。ちっぽけで。怖がりで。弱くて。誰かの真似事でしかなかった。

 

「……で?」

「え……」

「それで、どうするつもりだ?嫌がっている?だから?だからなんなんだ?」

「っ……!」

 

 そんなことしたって、何にもならない、なんてわかってた。

 

「わ、わたしがっ……代わり、に……」

 

 私は。

 

「おい」

「は?なんだ、お前……っ!!?」

「っ……!!」

 

 いつだって私を助けてくれた、あいつみたいに。綺麗なモンになれたらって。

 

「ケッ……柄でもねェ」

 

 それだけ、だったんだ。

 

「おいお前!!何をして」

「謀反だよ。ほれ、連れてくなら連れてけ」

 

 すぐに他の教員が来て、サウのことを拘束していった。

 

「ま、待っ」

「早くしろ」

 

 全てが壊れた世界の中で、サウの声だけは偽りなく聞こえた。言葉を遮られて。

 

「っ、う、ふっ……」

 

 同時に、拘束具が見えて。見えてしまって。それだけで、たったそれだけのことで、私は動けなかった。

 私に使われていたものと、同じものだったから。

 

「……あばよ」

 

 今までと同じ。あいつの背中を、見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 失意と絶望、その成れの果て。涙すら果てて、私は動くことができなかった。動く気もしなかった。

 

「……死ね。死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね。今すぐ。死んじまえ」

 

 ハンドガンで、自分の頭を撃った。あまり痛くはなかった。なんでかはわからない。

 

「死ねよ……なんで……なんで!!」

 

 弾が切れた。痛みで麻痺させていた自己嫌悪が、再びその顔を見せた。壊れたように、ガチガチと。虚しい弾丸を撃ち続けた。

 

「お前は……!!お前なんかが」

「そこまでですよ、ヤコ」

 

 あの人に、止められるまで。

 

「事情はみんなから聞いてます。あとのことは、もう大丈夫……お姉ちゃんに、任せてください!!」

 

 それが、小隊長との出会いだった。




更新遅れて申し訳ないです……最近こういうことが多いので、更新時間の変更を検討しております
誠に勝手ながら、その際はよろしくお願いいたします
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