ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】おーるまいはーと・くっきんぐ!

 風呂上がり。上気したままに、体と髪を乾かして、寝巻きに身を包む。

 寝巻きとは言っても、アリウス分校の訓練時代……中学生くらいの頃に着ていたパーカーを、そのまま使ってるだけなんだけど。あの頃から身長はあんまり変わってないし、問題ない。

 

「……むぅ……いや、そのうち効果も出るだろ。そのうちね?」

 

 飲み干した牛乳のパックをゴミ箱にポイ、と捨てる。思い描いた軌道を寸分の狂いなく通って、見事にホールインワン。

 

「ふふ……」

 

 爆弾を投げてばっかりだったから、前世に比べてこういったコントロールはかなり上手くなった気がする。あんまり覚えてないけど。別に意味なんてないのに、少し気分が良くなってくる。

 うろ覚えの記憶を手探りで遡りながら、とある場所へと歩を進めていく。向かうのは自室、ではなくて。

 

「……よし。誰もいませんね」

 

 共同キッチン。その一角、できるだけ人目につかない場所。

 周囲を観察してみると、特に誰がいるわけでもない。ぽつねんと、ガスコンロが配置されているだけだった。

 

「どれどれー?」

 

 ゴミ箱を開いてみると、そこにはカップラーメンを開けたであろうビニールゴミが一つ。ヨセのものだ。夕飯に加えてジャンクフードはお姉ちゃんちょっと心配。

 ともあれ、ここにこのゴミがあるということは、今頃ヨセは自分たちの部屋でカップ麺を啜っているのだろう。週一の贅沢、恐らくキッチンを一番最後に利用するのは彼女だ。

 

「ヨセは本当、よく食べますね……」

 

 あの小さな体のどこに食べ物が入っているか疑問でならない。俺の方がちっちゃいけどさ。

 でもそうやっていっぱい食べるところが可愛くて……まあなんにせよ、準備は整えられた。

 

「よい、しょっと」

 

 首に紐を回して、見えないそれを後ろで結ぶ。腰回りも同じように。たったそれだけで、服を汚さないための防護服が完成した。所謂、エプロンというやつだ。俺に合うサイズは子供用しかなかった。舐めやがって。

 苛つきもほどほどに、口にヘアゴムを咥えて、髪をまとめて後ろに持っていく。上の方だと結びにくいから、終点がうなじのあたりに来るように。終わったら片手で押さえて、その隙にゴムをつける。

 最後に髪が隠れるように、バンダナ。いや、別に口元を隠したりだとか、そういうテロリストじみたアレじゃなくてね?……なんにせよ。

 

「完成っ!」

 

 最後にカーテンを開けて、両腕を横に伸ばす。窓の反射で姿を確認。料理の準備は、戦闘の準備と違って装備が楽でいい。とはいえ、そうして窓に映った自分を見ると。

 

「……うーん。はははっ……ま、まあまあ」

 

 やっぱりどうしても、変なカンジだ。言葉にできないけど。

 前世の俺が見たなら……どう思ったんだろうか。別に、幼女趣味があったわけじゃない。だから、普通に小さな女の子に見えるんだろうけど……小さな女の子、かぁ。

 

「やめっ」

 

 考えるのが億劫になって、シャッとカーテンを閉めた。そんなことは、今は割とどうでもいいことだ。

 そう、まだこれは準備段階に過ぎない。今から料理をしなくちゃいけない。でも、ただの料理じゃなくて。

 

「やっぱり、明日の朝にしようかな……いやでも、最低限仕込みは今からじゃなきゃ……」

 

 目の前に置かれているのは、二人分のランチボックス。俺が今から作ろうとしているのは……弁当というやつだ。

 

 

 

 

 これは以前、シャーレの当番へ向かった時の話。色仕掛けだのなんだののグダグダ……いや、思い出すのはもうよそう。あれは記憶から消すに限る。

 ……ともあれ、あの時の俺は相当に混乱していたし、余裕がなかった。故にこそ、普段ではやらかさないようなミスをしてしまったのだ。

 

「あ、あれ……?」

「“どうかしたの?”」

「いえその……弁当がなくって……」

 

 そう、持参したはずの弁当が消えていた。というか、思いっきりアリウス生の居住区に忘れていたのだ。

 結局その日は仕方なく、エンジェル24と呼ばれるコンビニ……みたいなものであって、コンビニではないらしい。ともかく、商業施設で昼食を買うことにした。先生は外食に誘ってくれたけど、流石に申し訳ないから遠慮して。

 

「ふんふん……ふふふん……」

 

 数少ない、前世との繋がり。『ブルーアーカイブ』で見ていた、あの光景。

 絢爛と輝く広いおでこに、背後に並べられた消耗品の数々。中には、コハルが使っていた爆弾だったり……まあともかく、色々あって。かなりテンションが上がっていたのは否定できない。

 

「まあ、このくらいでいいかな……」

 

 そんなこんなで、特に問題もなくお買い物を終えた。俺が買ったのはツナマヨおにぎりとこんぶおにぎり。ツナマヨを食べないとおにぎりって感じがしない。梅干しはこの体になってから酸っぱさを強く感じるので、選ばなかった。

 お茶は持参していたので、それだけで充分だった。

 

「“買えた?”」

「はい、難なく!私だってそれなりに、普通の生活に慣れてきてますからね」

「“そっか。なら良かった”」

 

 ふと、先生は何を買ったのだろうかと、袋の中身を見てみた。まず目についたのは、ビニール袋だ。

 

「エコバック、持ってませんでしたっけ?」

「“面倒で……それに、ビニール袋ならそのまま捨てれるから”」

「ああ、なるほど……」

 

 どこか横着したような考え方だったけど、気持ちはわからないでもない。

 そのまま流れるように、注目するのは袋の中身。焼肉弁当だ。言い訳のように程度に添えられたポテトサラダが少し気になる。

 あとはミント味のガムと、カットされた小さいバター。ミント味のガムは後でもらったけど、辛くて口がヒリヒリした。バターは何に使うのかと聞いたところ、夕飯に使うらしい。そういえば先生は自炊もできたっけなと、少し思い出した。

 

「いただきます」

「“いただきます”」

 

 そんなこんなで、シャーレオフィスに戻って。大した時間も開けず、先生と比べれば食事はすぐに終わった。ほとんど炭水化物だけなので、後できちんとバランスよく栄養を取らないとサオリやヤコに叱られる。そのことを思うと少し憂鬱だった。

 

「“ゴミ箱ならあっちにあるよ”」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ゴミ袋を作って持ち帰ろうとしたら、暗にその必要はないと促されて。それに従って、先生の机の横に設置されたゴミ箱へ向かう。

 そこに向けて、ポイっと投げ入れようとして。

 

「ん……?」

 

 素直に中に入らず、弾かれてしまった。ひょっとしてもういっぱいなのだろうかと、その中身を見て。驚愕する。

 

「っ……!?」

 

 夥しいほどの、からの弁当箱。混ざるように、カップ麺やインスタントの白米。特に後者については、醤油とバターが混ざったような液体が付着しているのが印象的だった。

 そのどれもが、比較的新しい。恐らくはここ一、二週間で生まれたゴミであることがわかった。

 

「あ、あの、先生?」

「“……?どうしたの?”」

「え、えと。その、ゴミ箱がいっぱいなので、あー……わ、私!これ、捨ててきちゃいますね!」

「“本当?ありがとう。助かるよ。場所はね……”」

 

 曰く、ゴミは一箇所に袋でまとめ、それらが満杯になったらゴミとして出すそうだ。場所を教えてもらい、ゴミ袋を持って向かって。到着して、戦慄する。

 

「ひっ……!」

 

 大量の、空き箱。空のコンビニ弁当。インスタント食品。申し訳程度に野菜スティックも散見されたけど、あの量じゃ焼石に水だ。

 あまりにも栄養バランスを気にしていない。恐らくは、大味なものを好む傾向にあるのだろう。あまり積極的に野菜を摂る姿勢は見られなかった。

 

「……とりあえず、ゴミだけ……」

 

 幸いにして、周囲に虫などは見当たらなくて。ある程度の清潔性は保たれているのだろう。そこだけは安心して、逃げるように先生の元へ戻った。

 

 

 

 

 そんなことがあったのが、前回のシャーレの当番。結局その後、先生には何も言うことができなかった。大きなお世話な気もしたし、俺が口出ししていいものなのかわからなかったから。

 

「でも、今は違います……!」

 

 不摂生は不摂生。食事の大切さは、もう身に染みてる。最近の食生活の改善で、体調もずいぶんと良くなってきたんだ。誰より、俺が一番理解してる。

 摂らなきゃいけない栄養ってものは、別に野菜だけじゃない。先生はそこを根本的に勘違いしている。あんなちょびっと添えただけの野菜が食生活を改善する道理がない。あんな調子で生活してたら、きっとそのうち倒れるだろう。

 というか、あの人はもっと体を厭うべきだと思う。先生はただでさえ過労気味だし、それに……。

 

「大人のカードも……」

 

 ……だから、俺は。お礼ってだけじゃないし、恩返しなんて言えるほど大仰なことじゃないけど。俺は俺なりにできる形で、先生のことを守りたい、だから。

 

「……や、いやいや。セーフ。別に他意はないし」

 

 ちょっと色々照れくさいけど、明日の当番。先生に、弁当を作って持っていくことにしたのだ。

 きちんとした装備で臨むのも、そのため。流石に髪とかが入ってたら失礼なんてもんじゃないし。

 

「しかし、作り置きかぁ……」

 

 この世界に来てからは、ほとんどしたことがない。サオリたちもあまり弁当は必要としないし、アリウスにいた頃は作り置きしたとして保存する手段が少なかったし。

 しかし、しかしだ。そこは俺とて転生者。前世の記憶とスマートフォンをうまく活かして、安全に、かつおいしく作り上げてみせる。

 

「しかし、何から作ったものか……」

 

 生野菜は明日詰めるとして、今日のうち作れそうなものは作って置いてしまいたい。そのための材料も、もう買ってあるし。

 まあ正直な話、順番はさして重要じゃないんだ。まずは主菜から作ることにしよう。

 

「主菜……主菜……うぅん、どっちにしようか」

 

 アイディアは二つ。野菜の肉巻きに、ハンバーグだ。どちらも挽肉を使って作る予定。

 

「ふむ……」

 

 俺としては、野菜の肉巻きにしたい。何せ俺の分も一緒に作るんだ。できるだけ一つ一つのサイズを小さく、量を調整しやすいものが望ましい。

 加えて、今回の目的は栄養バランスの改善。であれば、やっぱり前者なんだけど……。

 

「満足度がなぁ……」

 

 先生は男の人だし、買っていた弁当の傾向を見ても、割と積極的に肉単体が入れられたものを買う傾向にあった。給料日前のあたりはカップ麺が増えてたけど。

 とにかく、肉を肉のままに入れることが弁当の満足感に直結する気がしてならない。

 食事は栄養を摂るためのものだけど、それだけじゃないって最近学んだ。だったらここは。

 

「ハンバーグ、ですかね……」

 

 そうと決まれば話は早い。冷蔵庫から玉ねぎを取り出して、ささっとみじん切り。レンジで加熱している隙にひき肉、塩、胡椒、卵、その他もろもろを入れておく。

 チン、と電子レンジが加熱の完了を告げたら、中から玉ねぎの入った容器を取り出す。

 

「んむ、良い感じ」

 

 熱いけど、全然触れる。普段使っている爆弾の方がよっぽど熱い。こういう場面だとこの体も便利なものだ。

 ほんと、前世でもこれが出来たら楽だったんだけどな。

 

「っと、一応」

 

 とはいえ、すぐに食べるわけでもないので、衛生面からビニール手袋をつけて、粘り気が出るまで混ぜ合わせて。そしたら、ハンバーグのタネが完成だ。

 あとはこれを丸くまとめて、空気を抜いていくだけなんだけど……しかし。

 

「どのくらいの大きさにしたものか……」

 

 俺はいつも通りのサイズで良いとして、先生はどのくらいのサイズがいいんだ?

 いや、思い出せ。俺とて前世じゃ健全な男子高校生、ある程度の量は食べることができた。あの頃、弁当に入ってたら嬉しいのは。

 

「……うん、手のひらより小さめで、三つかな」

 

 というか、それ以上のサイズにすると他のおかずが入らない。冷凍食品よりも少し大きめで、三つでいいだろ。

 

「まあ、このくらいで」

「へぇー。小隊長、それ食べるの?」

「いえ、これは私じゃなくてせんせっ!?」

 

 ふと声のする方目線を送ると、そこにはなぜかヨセがいた。

 

「よ、ヨセ!?」

「うん、私だよ!」

「な、なんでここに……?」

 

 カップ麺の袋は、確かにさっき確認したはず……!

 

「ん?あー、なんかね!カップ麺の残った汁にね、お米とチーズを入れると美味しいんだって!マユミが言ってた!」

「マユミ……」

 

 うちの妹になんてこと教えてくれてるんだ……しかしよりによってこのタイミングとは、言い訳がつかない。

 

「それで、小隊長は何してたの?」

 

 炊飯器から米を盗み出しながら、器用にもヨセはこちらを向いて話し続ける。それも、あまり答えたくない質問を。

 

「えーっと……その、明日のお弁当を作ってまして……」

「へー、珍しいね。普段ならその日の朝に作るのに」

「うっ……」

 

 いや、確かにそうだけどさ。別にこれはその、人に渡すものである以上中途半端は良くないと思ったからであって。

 

「それで、誰の分なの?」

 

 チーズを入れたカップをスプーンでぐるぐるとかき混ぜながら、ヨセはこちらに体ごと向けて聞いてくる。

 カレーとチーズが混ざった良い香りが、俺の鼻にまだ漂って来た。

 

「な、なぜ私のだけじゃないと?」

「だってお弁当箱二つあるし……しかもさっき、せんせとか……せんせ……あー!先生か!」

「ちょ、ヨセ!声が大きいです!」

 

 しかも「あー!」って、そんな納得するはどの要素があったか!?

 

「……今は夜中ですし、みんな起きちゃいますよ」

「あ、そっか……ごめんね。でも、なるほどねぇ……確かに先生にもお世話になってるもんね、私たち」

 

 そう言ってヨセは、しげしげと弁当箱を観察した。片方は小さい曲げわっぱ、これは俺のだ。そしてもう一つが、普通サイズの弁当箱。それも二段重ね。こちらが先生のもの。

 流石に先生に曲げわっぱサイズが適切じゃないのは俺でもわかる。だから先生の方は大きくした、つもりだったんだけど。

 

「……足りるの?これ」

「え?」

 

 ふと、ヨセがそんなことを呟いた。

 

「や、小隊長は相変わらずだとしても、先生はこれで足りるのかなぁって」

 

 俺の方は相変わらずってどういうこと……?いやまあ、それはさておき。

 

「……やっぱり、足りないですかね?」

 

 そこについては、ずっと不安に思っていた。いくら大きめの弁当箱を用意したとしても、それはあくまで俺にとっての基準。先生にとっては違うんじゃないかと。

 ヨセがこうして疑問に思うってことは、常識的には足りないのかもしれない。

 

「うーん、私もあんまり詳しいわけじゃないけど……先生は大人なわけだし、食べる量も私たちよりずぅっと多いかも……」

「む、う……」

 

 しかしどうしたものか、この弁当箱くらいしか今は使えるものが……。

 

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

「え?」

 

 ヨセは何やらゴソゴソとキッチンを漁り、そして何かを見つけ出す。ステンレス製の、銀色をした大きな箱。

 

「じゃーん!ドカベン!」

「ドカベン?」

 

 ドカベン……ドカベン?なんだろう、聞き覚えはあるけど。

 

「これね、私が使ってる弁当箱!いつもこれにお米とおかずを入れて持っていくんだ!ドカーン!って感じの弁当だから、私はドカベンって呼んでる!」

 

 手渡された弁当箱を見てると、かなり底が深い。これだけで二段弁当の二倍くらいの量は入りそうだ。

 

「なるほど……確かに、これはたくさん入りそうです」

「でしょでしょ!?それでね、それでね!これを二つ用意するの!」

 

 そう言ってヨセは、二つ目のドカベンとやらを取り出す。二段、重ねられたドカベン。あえて名付けるなら二段ドカベンといったところだろうか。

 

「で、こっちは全部お米!飽きないように梅干しとか、海苔とかも入れてあげる!さらにこっちは、全部おかず!これで一対一、完璧な配分じゃない?」

「よ、ヨセ……」

 

 いや、流石にそれはいくらなんでも。

 

「最高です!完璧なアイディアです!!」

 

 いくらなんでも天才的な発想がすぎるだろう。なるほど、何もひとまとめの弁当箱で解決する必要なんてなかった。最初から弁当箱を二つ用意してあげれば、話は丸く収まったんだ。

 

「へへー、でしょでしょ?じゃあこれは小隊長に貸してあげるね!」

「本当ですか!?じゃあお礼にハンバーグを一つあげます!」

「やった!」

 

 その場でサッとハンバーグを焼き上げ、ヨセの方にあーんと持っていく。幸いにして、特に拒絶されることもなく応じてくれた。

 ヨセはハンバーグが食べれる。俺は妹にあーんができる。うん、紛うことなきギブアンドテイクだ。

 

「ん、これ……おいしーね。小隊長、やっぱり料理上手だ」

「ふふ、褒めたって何も出ませんよ。でもありがとうございます。あ、きんぴらも試食していきますか?」

「出てる。色々出てるよ、小隊長」

 

 サオリたちと出会う前、生きるためにはある程度料理もできないとダメだったからな。ある程度は練習した。

 前世の記憶を活かしてやったはずけど、正直あんまり内容は覚えてない。確か小さい頃は、親があんまり家にいなくて……よく料理をしてたとか、そんな感じだったかな。

 

「んっ……ぷはーっ!このカップラーメンのおじや、おいしい!またやろっと」

「ヨセ、塩分の摂り過ぎは良くないですよ?」

「小隊長が食べなさすぎなだけだよ。そんなんじゃ、いつまで経っても大きくならないよ?」

「むっ……」

 

 ヨセだって俺とそんなに身長が変わるわけじゃないのに……いや、もしかしたらこの少しの違いが俺とヨセの食事の違いなのか?だとしたらもう少し食べればヨセくらいには……?

 

「まあ、私としてはそのままちっこくて可愛い小隊長のままでいて欲しいけどね!」

「こ、これから大きくなりますから!私の方がお姉ちゃんですもん!」

「それ、何年前から言ってるっけ……?」

 

 容赦なく言葉のナイフで心を抉られたところで、ヨセが空になったカップ麺の容器をぐしゃっと潰して。

 

「それじゃあ、私寝るね!頑張ってね、小隊長!」

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

 また一人に逆戻り。さっきまで騒がしかったから、静かさが少し物寂しい。

 焼き上げたハンバーグをとヨセから預かったドカベンを見比べて、頭の中で詰めるイメージをしてみる。

 

「……足りませんね」

 

 やっぱり、明らかにスペースが余るな。きんぴらの量を増やすにしろ、味がワンパターンになってしまうし……かと言って、野菜ばっかりを詰めるというのも。

 であれば、ここは。

 

「どうせお肉は余ってますし、野菜の肉巻きを作っちゃいましょうか」

 

 いや、それだけじゃない。これだけのスペースがあれば卵焼きだって作れるし……それは明日の朝に作るか。あとは小鉢に高野豆腐も入れて、そうだ、デザートにフルーツを入れても良いかもしれない。

 そうなると、卵焼きにはボリュームを持たせたいしツナや海苔を入れて……それよりはさつまいもがおいしい季節になってきたし、大学芋や甘露煮を作っても……ふふ、スペースが生まれた分多種多様なメニューを増やせるぞ。

 どうせだし飾り包丁にも挑戦してみようか。それと、卵焼きに海苔でアロナが描いてた先生の似顔絵も入れちゃってみたり……。

 

 

 

 

「であれば、こっちは少し甘めに……ある程度染み込ませた方が、弁当はペシャらないで済みますし……」

「あれ、スオウ。こんな時間までなにしてるの?」

「こうなると新しく容器を用意して、そこに詰めるという手段も……いや、いっそ重箱とか」

「……スオウ!」

「っ!?」

 

 って、ミサキか。びっくりした。

 

「どうしたんですか、こんな時間に」

「それはこっちのセリフ。何かやることがあるとは聞いてたけど、ここにいるとは思わなかったよ」

 

 いや、俺としてはミサキがキッチンに来た方が意外だったけど。

 

「夜食ですか?」

「そんなわけないでしょ。ただ……ちょっと、寝れなかっただけ」

「……みんな、先に寝ちゃったんですか?」

「違う、逆。私が途中で起きたの」

 

 ああ、なるほど……それで電気をつけることもできなくて、気分を落ち着けるために、ってところか。最近は夜冷えるから、窓を開けて外の空気を吸うわけにもいかないし。

 しかし、ミサキが一度寝ているということは、意外と時間が経って……あ、いつのまにか二時をすぎてら。

 

「そうだったんですね。じゃあ、少し私の話し相手になってくれますか?」

「……いいよ。どうせ暇だし」

「はははっ……」

 

 確かに、眠れない時ってキツいよなぁ。俺もよくあった。最近は、かなり改善されつつあるけど。

 

「というか、何この夥しい数の料理。まさか明日の弁当?」

「はい、そうですよ。作り置きできるものは、今のうちにしておこうと思って」

「……そう……珍しいね」

 

 珍しい……まあ、毎夜毎夜、次の日の弁当の準備だなんて面倒で仕方ないもんな。

 ある程度、週に一回くらい作った物を冷凍してしまえば、あとはそれを解凍して焼くだけだ。今まではそうしてきた。

 

「一人で食べ切れるの?」

「いえ、一人用じゃないですよー」

「……そっか。ヒヨリも明日行くんだね」

「ち、違いますよ?」

 

 確かにヒヨリはいっぱい食べる方だけど、それだけで判断するのはお姉ちゃんどうかと思うよ?

 

「牛乳牛乳、っと」

「まだ作るの……?」

「はい。もうじき終わりますけどね」

「ふーん……」

 

 大体の仕込みは終わったし、あとは明日の朝……あ、もう今日か。ともかく、朝に作らないと悪くなっちゃうから。正直、ほとんど終わりにするつもりだった。

 

「……相変わらず、手際がいいね。昔っからそうだった」

「はははっ……昔、ですか」

 

 あんまり、ミサキたちと食事をする機会は少なかった。食べたものを、そのまま……戻してしまうことも、あったし。それがバレるのが嫌だった。

 だから俺が料理をするのは、決まって遠征の時や、野営が必要な時ぐらい。それと、もう一つ……まあなんだかんだ、ミサキもちゃんと見ててくれたのかな。

 

「それ、どこで身につけたの?」

「昔ですよ。ミサキや、サオリや……みんなと出会うよりも、ずーっとずーっと昔です」

「……前の生徒会長と?」

「……いえ。それよりも、もっともっと前の話です」

 

 ここよりも、ずっと遠く離れた場所で。大体、両親は遅く帰ってきて。姉はガサツな性格で、料理なんてできたものじゃなかったし。俺が頑張らなきゃって、一生懸命作ったっけ。

 いつもごめんとか、そんな風に謝られて。どうすれば良いのか、わからなくなってしまった。

 

「……ごめん。変なこと聞いた。やっぱりもう寝る。これ以上余計なこと、言う前に」

「良いんですよ、別に。私は気にしません。思い出せるって、それだけでも幸せなことですから」

 

 だって、俺にとってそんなの大した問題じゃなくって。寂しかったけど、どうしようもない事情があったことは知ってたし。

 

「はい、できましたよ」

「……これ……」

 

 たまに俺が、夜中目が覚めた時。俺達のために作ってくれてた、次の日の朝食。それに。

 

「……私、もう子供じゃないんだけど」

「私からすれば、まだまだ可愛い妹のままですよ!」

 

 俺が寝れるようにって作ってくれた、ホットミルク。それだけで、充分過ぎるくらいにわかってたから。

 

「……甘い」

「砂糖が入ってますからね。それに蜂蜜と、隠し味にちょっとだけ生姜も入れてます」

 

 簡単そうに見えるものでも、一つ一つ、相手のために考えられているものがあって。相手を喜ばせたくて。きっとそれが料理なんじゃないかな、とか思ってる。

 だから先生の弁当を作るのも時間がかかってしまったけど、後悔はしてない。

 

「……懐かしいね。昔、私が寝れなかったときも、こうやって……」

 

 ……覚えてて、くれたのか。少し意外だった。

 これは、数少ない……俺が前世から持ち込んだ。覚えてたレシピだ。まだ記憶がかろうじて残ってた頃に、ミサキに作ったものだから。牛乳は流通上希少だったし、モドキだけど。

 ある意味では、俺がこのレシピを覚えてるのは、ミサキのおかげだったりする。

 

「……おいしい……少し落ち着いた。やっと寝れそう」

「そうですか。じゃあ今日は、お姉ちゃんと添い寝ですね」

「それはしない」

「あぅ……」

 

 さておき、ちょうど弁当の用意も終わってしまったし、良いタイミングだったな。ミサキも俺も寝れそうで、ゆったりとした夜が過ごせそうだ。

 

「……そういえば、結局この弁当、誰に作ったの?」

「あー……えと、その。先生、です。いつもお世話になってるので」

 

 ……なんだろう、別におかしな話ではなんだけど。それはそれとして、妙に照れくさい。先生は妹じゃないし、そのせいかな。

 

「……そう……連絡は?」

「え?」

「いや、明日の分なんだし……連絡しないと、先生もいつも通りエンジェル24で買ってくると思うけど」

「……あ。あーっ!!!」

 

 待って、待て待て待て待て!完全にやらかした!

 よくよく考えてもみろ、先生はいつも朝か昼に弁当を買ってくるんだ。それにその、他の生徒に、それこそフウカとかにもらわないとも限らないし……いや、それはなんか……!

 

「ど、どどどどうしましょうミサキ!私どうすればいいですか!?」

「落ちついて……はぁ……変なところで抜けてるんだから……」

 

 ワタワタしていると、ミサキはスマホを取り出して。

 

「モモトークで連絡すればいいでしょ。今寝てても、明日の朝には確認してくれるよ」

「な、なるほど……なるほど、それもそうですね。そうと決まれば善は……いや、膳は急げです!」

 

 最初こそ緊張したけど、今なら問題なくモモトークで会話できる。確かにこれなら……えっと……。

 

「な、なんて書けば良いんでしょうか」

「……自分で考えなよ」

「う、ぬ……!」

 

 なんでド正論。えぇっと……!

 

『先生。明日はお弁当、買ってこないでください』

 

 よ、よし。こんなもんでいいだろ。なんとなく気恥ずかしいし、できる限り直前まで内緒にしておきたい。そっちの方がサプライズ感あって、先生も喜ぶだろ。

 

「ふぅ……ありがとうございますミサキ。助かりました」

「いや、私は別になにも……」

 

 と、そこまでミサキが言いかけて。モモトークの通知音が、キッチンに鳴り響く。

 

「もう返信が……!?」

「早いね……なんて言ってる?」

「え、えと……」

 

 少しドギマギしながら、思い切ってスマホの画面を見てみると。

 

『“わかったけど、どうして?”』

 

 至極真っ当な正論が書かれていた。いや、大丈夫。経験上、こういう時先生は。

 

『なんでもです』

 

 このくらい言っておけば、少しくらい事情を察してくれるだろう。少なくとも、無理に踏み入ることはしないはず……!

 

『“……?”』

『とにかく、お願いしますね!』

『“わかった”』

 

 ミッションコンプリート。これで先生に弁当を渡せる。一切合切問題はない。はず。

 

「……普通に言えばいいのに」

「いえ、せっかくなのでサプライズ感というか……」

「よっぽど鈍くなければ、今ので察しはつくでしょ」

「うぐっ……」

 

 いや。俺は知ってる。先生はこの手のあれについては鈍い。鈍い、はずだ。

 ……ダメだ、わからん。先生は察しがいいときと悪いときの差が激しすぎて、俺にも想定できない。

 

「とりあえず、早く寝ようよ。片付けは手伝ってあげるからさ」

「は、はい……」

 

 そんなこんなで、ミサキに料理の片付けを手伝ってもらって、その日は無事眠りについた。

 

 

 

 

 そうして、翌日の昼。

 

「“……うん。一区切りついたし、お昼休憩にしようか”」

「は、はい!」

 

 シャーレの当番、午前の部は終了した。朝渡したって保管場所に困ってしまうだろうし、渡すタイミングはここしかない。

 

「そ、その、先生!」

「“……?”」

「その、おっ……!」

 

 準備は充分にしてきた。手を抜いた料理なんて一つもない。普段妹たちに料理を作るのと同じだ、躊躇う理由なんて。

 

「“『お』……?”」

 

 躊躇う、理由なんて。

 

「おっ……温泉開発部って、聞いたことありますか……?」

「“え……?あ、うん……”」

 

 ないはずなのに、なんでか言えない。舌が意思とは無関係に、意味のない言葉を紡いでしまう。

 

「け、結構強いですよね、彼女達……」

「“そうだね。そういえば二次試験のとき助けてくれたのは、スオウたちだったの?”」

 

 あ、ダメだこれ。話が流れたというか、別の方向に移った。

 ……まだだ。ここからだ、ここから流れを戻していけ。会話しながら心を落ち着けて、いつも通りに。

 

「は、はい。あの時はアズサから要請があって、小隊長である私とスクワッド、あとは第一分隊の子達が……」

「“そっか。あの時はありがとう。おかげでみんな、無事に試験を受けられたよ”」

「……アシリさんは……」

「“……”」

 

 アシリ、気づいた時には黒焦げになってたからなぁ……中々にファインプレーだったけど、助かったというのも本音だ。って、そんな話をしてる場合じゃなかった。

 

「あの時、温泉開発部の子達がいて……温泉といえば、温泉卵なんてものがありますよね」

「“温泉卵かぁ。あんまり、私は食べる機会がないけど……”」

「は、はい。あれなんですけど、実は温泉を謳っておきながら自宅でも作れちゃうんですよ?」

「“そうなの?”」

 

 よし、いい具合に話題が戻ってきた……!過去の話から食べ物の話、これは大躍進だ。間違いない。

 

「はい。沸騰したお湯に火を止めた状態で、10分くらいつけておくと綺麗な半熟に……今度、作ってみますか?」

「“今度と言わず、今作ってみようかな。ちょうどお昼の時間だし、エンジェル24で卵を買って……”」

 

 間違いだった。どこが大躍進だ、むしろエンジェル24へ行く方向に誘導してどうする。

 というか、先生は本気でわかってないのか?お昼に弁当持ってくるなって、仮にも女子である俺から言われたんだぞ?中身が違うとはいえ……いや、これは八つ当たりか。

 

「い、いえそのですね、先生……?あんまりコンビニ弁当ばかりだと、栄養も偏ってしまいますし……」

「“……エンジェル24はコンビニじゃないから、きっと大丈夫だよ”」

「そういう話じゃない!?」

 

 ダメだ、やっぱりこの人何もわかってない。俺の言葉の真意だけじゃない、栄養面とかそういうところ何一つとしてわかってない。

 

「いいですか先生、本来栄養というものはバランスよく摂らなければならないものです。無論毎度の食事がそれでは気が滅入りますが、たまにはきちんとしたものを食べないといけないんです」

「“う……”」

「特に先生はもう大人なんですから、好き勝手食べてると肝臓の数値が大変なことになっちゃったり、そのうちロースやヒレぐらいしか食べれなくなってしまったり……」

「“いやに具体的だ……”」

 

 そりゃまあ、前世で色々見てきてるからね。栄養バランスについてはみんなに食育として教える必要があったし、そういったところはきちんとメモしておいた。

 

「特に、その……この前ゴミ箱に、インスタント白米の容器が見えたんですけど、あれは……?」

「“あれは……忙しい時に、白米に醤油とバターを……”」

 

 白米に醤油とバター……?確かに美味しそうだけど、それで摂取できるのは糖分と塩分、炭水化物に脂質くらいなんじゃないか?

 

「……他のメニューは?」

「“な、ないです……”」

「それ、食事って言いません……」

 

 酷いな……これは酷い。予想よりも数十倍は酷かった。

 確かに俺も量こそ少ないし、きちんとした食事なんてアリウスにいた頃は取れなかった。

 それでも俺が生きて健康体……健康体……?……と、とにかく、生きてた理由は、バランスの取れた食事を心がけていたからだ。

 

「忙しいのはわかってるつもりですけど、食事はちゃんとしないと……体、壊しちゃいますよ。それに、私みたいに大きくなれなかったり……」

「“私はこれ以上大きくならないと思うけど……”」

 

 しまった、つい妹たちに言う脅し文句が出てしまった。

 

「と、とにかく!……先生が倒れたら、私も……たくさんの人が、悲しみます。もっとちゃんとしたものを食べてください」

「“うん……わかったよ”」

 

 本当に、普段の食事に卵を一つ付け加えるだけで相当違うのに。俺は煮卵一つでも結構重く感じるけど。

 とにかく……かろうじて、冷静さは取り戻してきた。

 

「えっと、それで、ですね……その……やっぱり先生も、忙しいのはどうしようもないと思ってて……」

「“うん……?”」

「えぇっと……あー……」

 

 大丈夫、別に照れる必要なんてない。このままじゃいきなり説教かましてくる変なヤツだぞ。さっきまでのは、ただの前置きみたいなものだ。

 ヒヨリにご飯をあげるようなものだと考えてみろ。ほら、いつも通りヒヨリのお皿にご飯を……あ、素敵な笑顔、かわいい。もっと食べさせてあげたい。って、そうじゃなくて。

 

「そ、その!これ、作ってきたので……よかったら、食べてもらえると……少しは、食生活も……改善されるかなー、なんて……」

 

「“……!”」

 

 よし……!歯切れは悪いけど、なんとか……!

 

「“ひょっとして、昨日のモモトークは……”」

「は、はい。いつも通りだったら先生、途中で買ってきちゃいそうでしたし……その、嫌だったら別に……」

「“ありがとう。すごく嬉しいよ”」

「っ……!」

 

 きっと先生にとっては、何気ない感謝の言葉。だけれども、それが。それだけのことが、何より、何より嬉しくって。

 

「“早速、食べても良い?”」

「も、もちろんです!たくさんあるので、遠慮なく食べてください!」

 

 少し浮き足だったように、先生は箸を迷わせた。少し考え込んで、選んだのはハンバーグ。先生が喜ぶだろうと、一番最初に決めたメニューだ。

 

「……ど……どうです、か……?」

 

 先生はまだ、口の中にものが入っていた。それでも沈黙が耐えきれなくて、待ちきれなくて。急かすように、つい聞いてしまって。

 

「“おいしい。冷えてるのに、こんなにおいしくなるものなんだね”」

 

 おいしい。たった四文字の言葉。それだけの言葉が、きっと俺が一番欲しかった言葉。

 ああ、そっか。

 

「そうですか……」

 

 俺、栄養バランスがどうとか。野菜がどうとか。色々言い訳してたけど、多分建前に過ぎなくて。

 

「……よかったぁ」

 

 先生に、ただ喜んで欲しかっただけ……なのかも、しれないな。

 

「“アリウスの子にも、こうして料理を作ってたの?”」

「あ、はい、最近は……昔は、その……私の事情で、なかなか一緒には食べれなくて……」

「“……そっか”」

 

 それにしても、今回の弁当は我ながらうまくできた。いくらか味見したけど、なかなかどうして悪くない出来だ。

 試食してくれたヨセにも感謝だな。なにより、弁当のサイズにいいアドバイスをくれたし……。

 

「“スオウは食べないの?”」

「あ、いえ。私もいただきますね」

 

 答えて、曲げわっぱを取り出すと、先生はどこか面食らったような顔をした。

 

「“……え”」

「あ、そうだ」

 

 その前に、あれも渡しておかないとな。

 

「先生、これ、弁当のあまりです。よかったら、お夜食にどうぞ」

「“……う、うん。ありがとう。ひょっとして、これは一人用なの?”」

 

 先生は自分の弁当を掌で指しながら、そんな当たり前のことを聞いた。

 

「はい、そうですよ。先生は大人の人ですし、このくらい食べますよね?」

「“……そうだね。ありがとう”」

 

 そう言って先生は、何か強い覚悟をしたかのように弁当を食べ始めた。

 帰り際、先生の机に胃薬が置かれているのを見かけた。

 今回、一つ得た学びがある。ヨセの胃袋は、おそらく異次元につながっているということだ。

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