アンナをゲームでボコボコにして、シアンを完膚なきまでに叩きのめした翌日。
アンナは、意外にもいつも通りに訓練に顔を出した。まるで何事もなかったかのように、いつも通りに。会話に耳を澄ませてみると、あのあとアンナはシアンに謝ったようだった。
俺にも謝れ……とまでは言わないけど、ちょっとばかし気にしてくれてもいいと思うの。少しモヤっとした。
けど、部外者である俺が蒸し返すのも違うだろう。口を噤んで、なかったことにして。結局その日やった訓練は、一昨日に続けて銃弾の回避。
「ちょ、シアン!!ストップ!!一回ストップ!!」
「実戦に待ったがあるかー!これでもかなり加減してるんだからね!?ほらほらほらほら!!」
「いてェ!!ケツを撃つなケツを!!」
銃口の向きから弾道を予測。その中で、自分に当たるものだけを取捨選択して、最小限の動きで回避する。
一つ一つの弾丸が、絶妙に痛い。ガスの入ってない、子供のおもちゃのような銃で撃たれた時の痛みに似てる。銃の威力を変えられると言うのが本当なら、これはかなり『力』……神秘を抜いているのだろう。
「く、うっ……!」
銃に神秘を。性能を強化する。未だ、俺には理解し難い概念。
けれど、積み重なる
「って、のあっ!?」
そんなことを考えていると、間もなく飛来する弾丸。四発。避けきれない。思考に先んじて理解した。
「あ、これ強めに撃つから……気絶したくなかったら、避けてね?」
さらに引き金を引きながら、シアンがそんなことを言い放った。まるで当たり前のように、それができないのなら一度気絶しておけと、言外に伝えられた。
───嘘だろ!?
言葉にするよりも、着弾の方が早かった。
一発、二発。三発。痛みで動きが鈍るよりも先に、地面を蹴り上げて回避。四発目、そして新たに放った五発目はかろうじて回避できた、が。
「うーん……二重ペケ!」
「っ……!」
空中では身動きを取れない。シアンはバカだが、この距離で外すようなヤツじゃないってことは身に染みてよくわかってる。やられる。
「次はもっと頑張りましょう。って、とこだね!」
何故か、シアンは銃弾を一発。手のひらに乗せて、銃を捨てた。何をしようとしているのか、わからなかった。
「は……?」
目に映るのは、妖しく、青く光る指。ほんの僅か、目を凝らさなければ霞む程の鈍さで輝いている。
「おやすみ、スオウちゃん!」
その行為がなんなのか理解するよりも先に……シアンは指先へ、グッと力を込めた。
「な……!」
即座に、わかった。頭がおかしいとしか言いようがないが、間違いない。
シアンは……指先だけの力で、銃弾を撃とうとしてる。きっと彼女にとって、そちらの方が威力を調整しやすいから。その程度の理由だ。
───避けろ。
いや、そんなことわかってんだよ。避けなきゃいけないったって、あんなのは無理だろ。しっかり落下する俺に照準合わせてるし。
……まあ、しょうがない。気絶するのも勉強料。甘んじて受け入れよう。
でも、あれが当たったらすごく痛いんだろうな。あの感じだとちょうど俺のおでこに当たって、それで。
骨がベキってなって、血が出て、鼻がツーンってして、息ができなくて、なのに痛くて、ボーッとして、それで痛くて、痛くて、痛くて。
あの時みたいに。
「ひっ……!」
無意識のうちに、手が前に出た。
「へっ?」
「お、おおおおおっ!!」
直後、強い衝撃。貫かれそうな感覚。まともに受けるな。流せ、流せ……!横に、掌を滑らせて……!
「あた、ってたまるかぁ!!」
かろうじて弾を逸らし、そのまま手はバチンと弾かれる。ジリジリとした痛みが残るまま、地面にまともに着地もできずに落下した。
「はぁ……!はぁ……!」
「す、スオウちゃん……」
ちょっと自分でもなにやったのかよくわかんないけど、ともあれ。
「見たかシアン!?今防げたぞ!!」
「そういう趣旨の訓練じゃないから、これ!!というか手!!」
掌の皮と肉の一部を引き換えに、なんとか死なずに済んだ。
◇
「もー!結構無茶苦茶するんだから!」
「シアンちゃんが言うッスか、それ……」
「いててててて!もっと優しく巻いてくんない!?」
銃弾を防いだ右手を包帯でぐるぐる巻きにされながら、涙を堪えてシアンに文句をつける。
ちなみに掌は、うん……もう見るも無惨なくらいにぐちゃぐちゃになってた。あんまり形容したくないけど、その……皮がでろーんってなってるくらいに。
「なぁ、あれを俺の額に撃とうとしたの……?」
「無理に防がなきゃああはならなかったよ。だから回転もかけなかったし……それに、おでこは頑丈だからね」
「あつっ……」
ほらね?証明するように、シアンはトンっと俺の額を突いた。確かに、あんまり痛くはない。
いや、それよりも。
「なあ、あの指が光ってたの何……?」
「指……?ああ、これね!」
少し考えて、シアンは自らの手をペかーっと光らせてみせる。先程よりも光が強い。だと言うのに何故か、シアンの手ははっきりと奥に見える。不思議な感じだ。
「そう、それ。綺麗な色してるな」
「え、えへへ……そうかな?」
「うん。なんか、見てて落ち着く」
そろーっと手を伸ばしてみると、アンナに腕を掴まれた。
「……なんだよ」
「別に、幼女を助ける義理もねーッスけど……やめとけッス」
最初はふざけてるかと思ったけど、アンナの面持ちは真剣だ。
少し強めに手を掴んで……いや、かなり強い。なんならちょっと痛い。こいつ私怨交えてないか?
「うん、これについてはアンナちゃんが正しいよ。スオウちゃん、見てて」
シアンがそう言って、光を少し弱めた。真夏の太陽から、朧な日差しくらい。地面に向かって拳を構えて。
背筋が凍る感触がした。
「はあっ!!!」
地響き。同時に、地面に亀裂が広がっていく。昔動画投稿サイトで見たことがあるけど、まったくそれと似たような感じ。
地面には、絶えず強い衝撃が走っていた。とてもじゃないが、人間技とは思えない。というか、拳を振り抜いたのは一回だけなのになんで地面が揺れてるのかわからない。
少ししたらようやくひび割れも止んで、シアンはこちらを見て朗らかに笑い。
「……ってことだね」
「……いや待て。待て、待て待て待て待てっ!!今何した!?」
説明になってない説明を返すのだから、これで動揺するなという方が難しい話だ。
「そう、簡単に言うとね……今の光は、『力』なんだよ!」
「チカラ……?」
チカラ……腕力?ああ、腕力か……そっかぁ、腕力って極めると光るんだな。
多分あれだ、なんか掌の空気が圧力によって変な化学反応を起こして云々とか……科学の力ってすげー。
「そっか……すごいな、シアン」
「なんだろう、ものすごく勘違いされてる気がする。今言ったのは、銃とかに込める方の『力』だよ!」
「込める方の、力……?」
確かこの前シアンが説明してた……俺が神秘だと、そう解釈したもの。それがあれだって言うのか?
いや、確かに見覚えはある……『ブルーアーカイブ』で、見たことがある。スキルを使用したサオリの銃弾は、ゲーム内で光っていたし……ひょっとして、それなのだろうか?
だったら、あの威力も頷ける……死んだ時のトラウマ思い出すくらいの『圧』があったし。
「そう。それをね、こうやっていっぱい入れると、その量に応じて光ったりするんだ!ね、アンナちゃん!」
「そッスね。一応、私もできるッスよ。というか、大体のヤツができるッス」
示し合わせるように、今度はアンナが腕を光らせた。くすんだ、暗い黄色。揺蕩う炎。ちょっとおしゃれな言葉を使うなら、そんな表現が適切な気がする。
「ふぅむ……こっちはこっちで趣があるというか……シブいけど、カッコいい色だな」
「……変なこと気にする幼女ッスね」
「そうかな?」
「まあ、普通はあんまり気にしないよ。戦いに使うものだから、見せる機会も少ないし……褒められたら嬉しいけどね!」
そう言って、シアンはずいっと輝かせた腕を押し付けてくる。
「はいはい、綺麗綺麗……『力』ねぇ……俺のは、どんな色してるんだろうな?」
「そうだなぁ、私としてはかわいいピンク色とかじゃ」
「ドブネズミ色」
「何、その……色……?」
聞いたことがない色なんだけど、要するにそれって灰色じゃないのか。相変わらず、アンナは俺に当たりが強いままだ。
もっとこう、良い色があるだろ、深緑とか。
「ま、そもそも『力』使えない俺には関係ない話だけどさ……」
「え?使えてるよ?」
「……へ?」
使えてる?俺が、力……神秘を?
「ねっ、アンナちゃん?」
「……そッスね。あの威力を、まぐれとはいえ往なすことなんて『力』なしじゃできないッス。少なくとも、今その右手は原型を留めてないはずッスよ」
「ひえっ」
シアン、仮にも見た目が幼女な相手にその威力の攻撃はどうなんだ。
思わなくもなかったけど、今は光る拳を押し当てられているので言葉にするのはやめた。俺だって命は惜しい、二回も死にたくない。
「うん。あれができたなら、体に『力』を込めることができるようになったって思って良いよ」
「へぇー……まだちょっとよくわかんないけど」
体の中にあるナニカが、少しすり減ったような感触がする。胃の中身が軽くなったような、前世では味わったことのない感覚だ。
これを移動させる。それが神秘を動かす……神秘を込める、ってことでいいのかな?
「……」
この世界にしかない。前世の俺が持っていなかった、今の俺だけの力。新しい力。
これでもかとわかりやすい、訓練の成果。
「ふふ……」
少し嬉しいな。
「ってことで、明日からちょっと訓練の形式変えるね!次のステップに進むよ!」
「おお……!おお!ってことはちょっとは訓練も楽に!」
「ならない!!」
「……」
……知ってたけど。知ってたけどだいぶクるものがある。辛い。クーラーの効いた部屋でアイス食べたい。
それでも……頑張れるだけ、頑張らないとな。
「とはいえ、今日はいつもの銃弾避け!残り時間で、バリバリやってこー!」
「おー!」
「……仲良いッスね」
そんなこんなで、大きく腕を上げて気合を入れて。その日の訓練は、いつも通りに続けた。
◇
そうして、次の日。いつものように、訓練を受けに行ったところ、そこにいるのはシアンとアンナ……だけではなく。暗い緑色の髪をした、ポニーテールの女性。誰だろうかと、訓練場に足を踏み入れようとして。
「少し待っていろ」
「は、はいっ!」
いつになく似つかわしくない口調で、シアンがこちらへとやって来た。
「桐花スオウ。昨夜ぶりだな」
「え、あ、うん。シアンも元気?」
というか、その喋り方一体……いやでも、そういえばシアンって会った時はこんな感じだったような?
「私については気にするな。それより、貴様に渡したいものが」
「あ、背中に蜘蛛」
「……っ!?ひぃっ!や、ヤダーッ!!!ヤダヤダ蜘蛛怖い!!スオウちゃん取って!!」
「はいはい」
あんなに強いのに蜘蛛が怖いって一体……まあ、年相応に子供らしくて少し安心するけど。
少し小さいけど、ジョロウグモかな……このサイズならオスか。
「いい奥さん見つけろよ」
「うええ……す、素手って……!」
「ん?ああ、まあ……」
バカ姉貴と散々虫取り行ったせいで、苦手意識なんてもうなくなったからな。成人したってのにいつまでも……まあいいや、そんなことより。
「というかシアン、喋り方戻ってるぞ」
「っ……!う、うぅーっ……!スオウちゃんのいじわる……!」
「え、俺のせい……?」
どう考えてもあの蜘蛛が悪いと思うんだけど……?
「ちょ、ちょっと待ってね……うん、あー、あー。あー……もうちょい……あ!」
「おお」
シアンが何度か発声確認をしていると、だんだんとその声は低くなっていく。
ハスキーボイス、ってほどではないけど、普段の馬鹿みた、じゃなくて、元気ハツラツな声からは想像もつかないような……冷たい声色だ。ちょっと怖い。
「よし、これで良いか。待たせたな、桐花スオウ」
「……どちら様?」
「アリウス分校現行生徒会長、三枝シアン。私だが?」
口調こそ威圧感のあるものだが、顔はいつも通りの明るい感じ。まるで吹き替えやアテレコを目の当たりにしているようで、見ていると変な気分にさせられる。
「なんでそんな喋り方してるんだ?」
「ふ……私は生徒会長だぞ?アリウス生徒の示しになるべき存在だ。多少高圧的に感じるかもしれないが、こうでもしないと舐められてしまう」
すごい、シアンが高圧的なんて言葉使ってる……そういえば、他の生徒の前ではこういう感じなんだっけか。最近の接しやすい、生徒会長としてではないシアンとばかり接していたから、すっかり忘れてた。
「……?どうした?」
……そっか。シアン、普段は頑張って……こうやって、自分を押さえつけてるんだな。
「シアン、手ェ出して」
「……?」
「蜘蛛」
「ひぃん!?」
別にそれを、悪いことだ、なんて言うつもりはない。誰しも、本当の自分を見せれる相手ばかりとは限らないだろうし。
でも、普段のシアンと、今のシアンをこうして見比べてみると。
「ちょ、ちょっと何するのさ!せっかく声変えたのに!」
「……はははっ……やっぱりそっちの方が、シアンらしいな」
きっとあの、「生徒会長としての三枝シアン」が生まれたのには、何か理由があるんだろう。そうじゃなきゃ、あんな風に……別人と見違うほどにはならない。
だからって、それを止める気もないけどさ。
「なにを」
「俺の前では普段通りでいてほしいな。どうせこの距離なら聞こえやしないんだし」
「っ……えへ……バレた……?」
「普段のシアンを見てれば」
知ったような口聞くつもりなんてないけど……やっぱり、慣れるものじゃないんだろうな。
普段と見比べてるからわかる、シアンは……多分あの状態でいることが、あんまり好きじゃないんだと思う。精神的な疲弊が見えるし。
「それじゃ、お言葉に甘えるね。それでスオウちゃん、渡したいものがあるの」
「渡したいもの……?」
そう言ってシアンは、コートの内側から何か黒い物体を取り出す。
受け取ってよく観察してみると、顔にピッタリと合うような形をした内側。ゴーグルとゴテゴテしたものが付けられた、変な仮面。
「ガスマスク、か?」
「そう!ちょっと埃かぶってたけど、綺麗にしたから大丈夫だと思う!それ、今被ってほしいんだ!」
「……?いいけど、なんで?」
別に構わないけど、一応理由くらいは聞いておきたい。
「えっとね……説明は後でするけど、今日は私とアンナちゃん以外にも人がいるの。だからさ、スオウちゃんは……自分の正体、知られたくないでしょ?」
「む」
俺の正体。前世の記憶を持つ、転生者であること。シアンとアンナに伝えたのは成り行きもあるけど、この子達が信じられると思ったからだ。
それ以外の人間に知られれば知られるほど、そのリスクは高まる。だから、できれば他の人に知られたくないのは確かだ。
「だから正体がバレない方がいいだろって、アンナちゃんがね」
「……アンナが?」
「うん。……あ、これ内緒だった」
シアンのガバガバ情報リテラシーはさておき、アンナがねぇ……なんだかんだ、俺のことも認めてくれてるんだろうか。態度は一向に軟化しないけど。
「それと今日はスオウちゃんじゃなくてシオナちゃんね!」
「偽名か」
「うん!シアン、スオウ、アンナ!合わせてシオナ!いい名前でしょ!」
「ノーコメント」
悪い名前ではないけど、勝手に合成するのも如何なものだろうか。俺の体にシアンの頭とかなったら目も当てられない。
しかし、偽名か……今まで使ったことはないけど、うまくできるかな?
「準備できた?」
「あ、うん」
「よし、それじゃあ行こっか!」
俺はシオナ、俺はシオナ。心の中で繰り返し復唱しながら、シアンに手を引かれてアンナともう一人、緑色の髪をした人のところへ向かう。
近くで見てみると思ったよりも身長は大きくて、アンナより少し大きい。シアンよりは小さいけど。
「待たせたな。連れて来たぞ」
「あ、生徒会長!いえ、全然待ってないですよ。本当に全っ然待ってないですよ……!早く戻って来てくれてありがとうございます……!」
どうにもアンナと二人きりの会話はあまり弾まなかったらしい。
泣くほどのことかと思わなくもないけど、俺もアンナと二人っきりになったら喧嘩になる気がする。
「どれ、それぞれ自己紹介から始めるとするか」
それを見かねたシアンが話題を変えようと、俺の背中にポン、と手を置いて促す。シアン、こっちの状態だと気遣いも上手い……ひょっとすると、口調や目つきだけでなく賢さまで変わってるのかもしれない。
「初めまして、シオナです。よろしくお願いします」
「は、はいっ!どうも、ご丁寧に。私はあま……っ!?」
突然、緑髪のお姉さんがこちらを見てその動きを止める。何かとんでもないものでも見たかのように、指を震わせながらこちらを指して。
「こっ……!」
「こ?」
「子供じゃないですか!!この子と戦うんですか!?」
大きな声で、俺にとっては寝耳に水。そんな言葉を口にした。戦う?肉体年齢的には小学生だけど、高校生と戦わされるの?
……今までよりマシかも、とか思ったあたり、俺はもう結構シアンに毒されてるのかな。
「そうだ。だが、こいつは子供ではないぞ」
「いや、いやいやいや!どう見ても子供じゃないですか!ほら!この身長!柔らかい髪!むにむにほっぺ!」
そんなことを考えている隙に、いつの間にやら抱き上げられ、一切の抵抗もできないまま髪や頬を揉みくちゃにされた。シアン、ちょっと自分もやりたそうのするんじゃないよ。絶対させないからな。
「子供……まあ確かに、外見だけならそうだな。だが、こいつの実年齢はお前より上だぞ?」
「へ……?そ、そんなわけなくないですか……?こんなちっこいのに……」
「ちっこい言うな」
「喋った!?」
そりゃ子供だって喋るだろ。そういう話じゃないんだろうけどさ。
「いやというか、なんで私この子と戦わせられるんですか!?流石にこんなちっちゃい子を殴るのは……」
「あー、それについては私から説明させてもらうッス」
わけがわからずオロオロとするお姉さんを見かねて、アンナが気だるげに手を挙げた。ちなみにシアンは用意してた説明が通用せずに真顔になってた。多分仮面の裏で泣いてるんだと思う。
「いいッスか、こいつはシオナ。前提として、まだアリウス分校の生徒じゃないッス」
「え……?ち、違うんですか……?」
違うの……?なんて口にすれば即座にバレるので言わないけど、流石にアンナ。すでに何か言い訳は考えてあるらしい。
「昔アリウス生に発見されずストリートチルドレンとして生きて、だからうまく体が育たなかったらしいッス。実年齢は不明ッスが、十七は超えてます」
「な、なるほど……?」
ギリギリ納得できるような、できないような。そんな理屈を、アンナは堂々と、さも何もおかしいところがないかのように言い張った。
「で、最近餓死寸前のところを発見されて……子供と勘違いされて、ここに拾われたッス。さっきアンタが勘違いしたみたいに」
「っ……」
そんな無茶な理屈を実体験を根拠に説得力を高め、少しずつ、されど着実に。アンナは煙に巻いて、嘘っぱちの他者紹介を重ねていく。
「で、本当は訓練学校の方に入る予定だったんッスがそういうわけにもいかず……かと言って、アリウス分校に入るには能力も足りず……一度拾ってしまった以上捨てるのも、というわけで。アリウス分校に入れるまで、こっちで面倒見ることになった。これが、事の顛末ッス」
「……」
「って事で、アンタには丁度いい手合わせの相手になって欲しいんスよ」
「そ、そんな……」
そうして、いつの間にやら壮大なストーリーと同情できるバックグラウンドが作り出されていた。
アンナ、これ今考えたのかな。意外と漫画を読んでるだけあって、中々どうして納得できるような気もするけど、果たして。
「そうだったんですね……!大変だったね、シオナちゃん……!」
「おーそッスそッス。そいつスゲー大変。存分に抱きしめてやれッス」
騙せたらしい。これでもかと熱い抱擁をかまされた、ちょっと息苦しい。
あとアンナがすっごい悪どい表情してる。シアンの強面と相まって、悪者と悪代官みたいだ。知らないけどさ。
「そっか……でも、そういう事なら私、協力させてもらいます!」
「うむ、いい心がけッス。それとこのことは極秘事項。友達にも家族にも話しちゃだめッスからね?」
「は、はい!」
と、お姉さんを説得して。その説明を聞いてるうちに、なんとなく今日俺がさせられることわかって来た。
要するにこれは……実践形式の訓練。そういうわけだろう。銃の基本的な使い方は、訓練学校で学んだ。こっちで筋力を始めとした基礎力を大幅にあげたし、全く太刀打ちできないわけではないと思うけど。
「……」
それはそれとして、いきなり実戦とは如何なものか。そう思ってシアンに抗議の目線を送れば、なにを勘違いしたのかバチーン、とウィンクを返された。違うシアン。そうじゃない。
「では早速、始めてもらおうか。まずは様子見だ。お前が相手として適任であるか」
「は、はいっ!よろしくね、シオナちゃん!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
まずは単純な体術からだと、銃を置いて向かい合う。あちらとて心得がないわけではないらしく、その構えにはある程度の慣れが見えた。
だがそれは、こちらも同じこと。俺だってなんの意味もなくシアンにボコられたり、豆を掴む変な修行をしてたわけじゃない。同じくして構え、相手に目線を向ける。
「……あ、これ私が合図ッスかね。じゃあ、手下ろしたら始めッス……サン、ニ、イチ……はじめ!!ッス」
合図と同時に、相手の方へ向かう。足に力をグッと込めて、地面を蹴り上げ、一気に距離を詰めようとして。
「は、早っ!?」
「っ……!」
けれども後ろに下がられて、それは叶わなかった。
今の俺の手足は短い。リーチは圧倒的にあちらが有利。だからこそ、可能な限りこちらのペースに持ち込んで殴り合いを成立させたいの、だが。
「わ、と、とっ、ちょっ!?ね、ねぇ!!思ったより強いです!!」
「そりゃチビでも年齢は変わりませんからね。あんたもちょうど良い訓練だと思えッス」
「そんなぁ……!」
いくら殴ろうと接近しても、対して動きもせずに避けられてしまう。
シアンに比べて、動きが圧倒的なわけじゃない。肉体の性能差も、おそらくはさしてあるわけでもないのだろう。
「わ、私っ……!あんまり小さい、子っ、わっ!?殴りたく、ないんですけどっ!!」
一つ一つの防御、回避。そのどれでも、こちらから目を逸らさない。次の攻撃を見逃さず、動きを見て、予測して。その繰り返し。
強いというよりも、戦闘に慣れている。そんな印象を強く受けた。
「だったら!」
こっちは小手先の技術と発想力で、それをひっくり返す。
「ふんっ!」
「痛っ、地味に痛い……!って、ええ!?」
俺の拳を防いだ、両の腕。それをそのまま掴み取り、全体重を乗せてこちらに引き寄せる。
「わっ」
「そこだっ!」
前傾姿勢になったタイミングで地面に着地。そのまま蹴り、お姉さんの脇の下から向かい側の首。そこまで、一気に足を通した。
「こ、これは……!」
「おー、三角絞めッスか。体格差の割に綺麗に決まったッスね」
前世であの脳筋馬鹿姉貴に散々教えられたからな……!今更、忘れたくても忘れられない。
少し苦い思い出に浸りつつ、一切力を緩めずにより強く、強く締め付けていく。鍛え抜いた筋力で、強く。
「ぐ、ぐえっ……」
だというのに。
「さっ……!」
「へっ?」
「流石に苦しいっ!!」
「く、ぅ……!」
そのまま左に回転。締め切らなくなったところを体ごと持ち上げられ、地面に叩きつけて振り払われてしまった。
「かはっ……!けほっ!」
「ご、ごめん!大丈夫!?」
肺の中身から空気が抜けて、うまく息が吸えない。地面に少しめり込んだせいで、背中が焼けるように痛い。鍛えてなかったら死んでたぞ……?
「いっぽーん。幼女の負けッスね」
「げほっ……ふー……だぁー!!クソ!!負けた!!」
結構善戦したつもりだったんだけどなぁ……まさか三角絞めをあんなに早く潰されるとは思わなかった。あそこまで早く対処できるなんて。
「いや、結構強くぶつけちゃったけど……痛くないの……?」
「大丈夫ッス、幼女は頑丈なので」
「そうじゃな……待ってください、やっぱりこの娘子供なんですか!?」
ふと、シアンに目を合わせる。この訓練形式、多分シアンが学んで欲しいのはこういうことなのだろう。
俺は前世で格闘技をやってたわけでもない。銃を扱ったことがあるわけでもない。戦いの経験、それに裏打ちされた行動。そういったものが、他の生徒に比べて圧倒的に不足している。
基礎は作ってやった。応用は体で学べ。
「って、ことだろ?」
「ああ……本来なら、私が直々に相手になるつもりだったのだがな」
「え……?」
シアン相手……?ははっ、ナイスジョーク。地面を破壊する怪力ゴリラと殴り合うなんて、今後訓練を積み重ねたって御免だ。体が四散爆裂する自信がある。
「だが、アンナはそれがまずいとヤツを用意したんだ」
「アンナが……?」
へぇ、アンナがねぇ。むしろアンナならシアンと戦わせて早めに心を折ろうとか考えそうなもんだけど、意外と優しいところもあるのな。
「オラ幼女。反省会の時間ッス。さっさとこっち来いッスよ」
「ん、わかった」
そんなこんなでシアンと話していると、アンナに遮られる。反省会だ、こっちへ来いと、珍しく大きく手を挙げて招かれた。
「じゃあ後でな、シアン」
「ああ」
それに従って、アンナの元へ向かって。その日シアンとした会話は、それが最後だった。
◇
訓練を終えて、部屋に戻って。いつも通りに、今日あった出来事を日記に連なる。一行、また一行と埋まっていく頁を見ていると、なんだか居心地が良い。満足感だ。
「……なんか、これしないと落ち着かなくなってきたな」
最初は適当に書いてた日記だけど、最近だと習慣として身につき始めてる気がする。
その日に区切りをつけるための、大事な行為。無意識のうちに、俺の体に染み付いてしまったらしい。
「あとは、今日何か変なことは……あ……」
そういえば。ふと思い出して、ペンを取って日記に書く。
───今日はシアンとの会話が少なかった。他の生徒がいるから、生徒会長としてむやみに話せないんだろう。
ちょっと寂しかった。たった一日、僅かばかり、会話が少なかったってだけで。
案外、俺はシアンのことが好きなのかもしれない。変な意味じゃなくて、友達……いや、先輩……共犯者……仲間……?
……ともかく、共に歩む人間の一人として、だ。
「でも、そっか……シアンとは暫く、あんまり話せないのか……」
あの訓練が終えられるまでは、シアンといつも通りに話すことはできないんだろう。それはちょっと、嫌かもな。
……まあ、考え方を変えよう。今まではシアンと話せたから、シアンとだけ話せばよかったから、アンナと一対一で話す機会が少なかった。話したら喧嘩になってしまいそうだし、それでよかった。
でも、これからは違う。シアンと話せない以上、アンナともうまくやっていかないといけない。
「でもなぁ……」
正直、アンナについてはよくわからない。嫌われているのかと思えば、変なところで優しかったりする。
多分、仮にも幼女である俺にシアンのじご……訓練を受けさせるのに躊躇するくらいには、元々人に気を使える子なんだろう。子供を傷つけたいと思うほど、悪い子じゃないんだ。
「……はぁ……一回、ちゃんとアンナとは話さないとなぁ」
結局、なんで俺があそこまで毛嫌いされてるのか。それがわからない限り、アンナとはうまくやっていけないんだろう。
訓練だけじゃなくて、人間関係も。これが、しばらくの目標かな。
◇
「って感じで、最初はどんどん訓練を受けてて……あれ?どうしました?」
「……い、いや、そのだね」
「小隊長……強い、理由……理解した……」
サオリをきっかけに、今起きてる子を集めてもらって。昔話をすると宣言して、興味のある子にだけ残るように言ったところ……一人残らず残って、興味津々とこっちを見ていた。
そんなに気になるかね、俺の過去……いや、逆の立場だったら俺も気になるか。妹たちの過去なんて、余すことなく知っておきたいし。
「お、おいレイ。大丈夫かい?」
「え、う、ウン。ダイジョーブ、ダイジョーブ……ワタシはとてもケンコウ……トテモツヨイ……クンレン、ヤメル、ホシイ……」
「ダメだ、壊れているね」
レイはトラウマを抉られたのか、壊れた機械のようにカタカタと震えていた。
そういえば、あんまりせがむからレイには似たような訓練を受けさせたっけな。流石に俺の時よりは抑えたけど。
「……なんつーか……とんでもねェヤツだな、前の生徒会長ってのは」
「うん、本当にね……私でも耐えれないよ、そんな訓練内容……」
「……小隊長って感じですね」
「ちょっと?」
なんで俺が変な形容詞みたいな感じになってるんだろう。
……でも実際、俺の当時の強さはあの関連から来ている節もあるだろう。あれがなければ、あの頃内乱に参加することさえできなかった。
「私が知らない、昔のお姉ちゃん……羨ましいなぁ……」
「……それで。その生徒会庶務とは、うまく行ったのか?」
少し待ちくたびれたのか、サオリが促してくる。アンナと積極的に話してみよう。その目論見は、果たしてうまく行ったのかと。
結論から言えば、否だ。
「いや、それがですね……ちょっと色々、トラブルが起きちゃいまして……」
……本当に。今にして思えば、なんで気付かなかったのかと思えちゃうけど。案外、当事者になるとわからないことなんてあるものだ。
考えてみれば、単純なことだったんだ。
「……これは、私が実戦形式の訓練を始めてから三日目の話です」
でも、その時の俺はそんなことわからなくて。だからきっと、あれがキッカケで大喧嘩になってしまったのだろう。
過去に思いを馳せて、みんなの目を見て。再び過去に潜って、あった出来事を話し始めた。