夜遅く、ポツリと一人、帰路に着くアズサ。彼女にとっては、あまり慣れない帰り道だった。
否、昔はよくあった。それもそうだろう。さして愛想がいいわけでもない、その上わざわざ教員からヘイトを集めるような言動を取るのだから、できる限り関わらないようにしようというのが賢い生き方というものだ。
今は違う。いつだったか、あの日。分隊が編成された、あの日から。アズサは一人ではなくなった。
「……」
ふと、スマホの待ち受け画面を見た。下手くそにくっつけられた、二枚の写真。一つは試験に合格したあと、補習授業部と生徒生活支援部、そして先生と共に撮った写真。
もう一つは……ミレニアム自治区で新しい生活を始めてから、アリウススクワッドと、そしてスオウも一緒に撮った集合写真。
どちらにしようかと迷った末、結局は選ぶことができなかった。仕方ないので横長の写真を無理やりに切り貼りして、なんとか一枚の縦に長い、ホーム画面用の写真に作り直した。
「……まだ、難しそうだけど」
いつかは、こんな無理やりに収める必要のない、確かな『みんな』との思い出を。
「っ、また雨が……」
どこか物寂しい感傷に浸って、それを誤魔化すように、雨のせいにして足を早めた。アリウスのみんなが……確かな自分の居場所が在る、アリウス居住区に。
「よし……」
なんとか服の奥まで水に濡れる前に家につき、自動ドアのロックを解除して一歩、また一歩と階段を上がっていく。
随分帰りが遅くなってしまった。今日は誰が出迎えてくれるのだろうか。またスオウなのだろう。そんなことを考えながら、自室の扉を開いて。
「あ、お、おかえりぃ!!アズサちゃん!!」
「ちょっと!!妹を出迎えるのはお姉ちゃんの特権ですよ!!」
「……!?」
扉の先に現れたのはスオウではなく、見覚えのある黄色と、鼻の奥が詰まるような涙声。甘川アシリ、その人だった。
◇
「はい、ということで……こちらが今夜我が家に泊まることになりました、甘川アシリさんです」
「み、みんなよろしくねぇ……」
みんなの前でアシリを紹介してみるも、アズサを除いていまいちピンと来ていない様子。しかし、サオリが少し間を置いて。
「……ああ、思い出した。あの鳥のロボットの」
「あ、う、うん……その節はどうもありがとぉ……」
やっとわかったと、納得したように小さく頷いた。鳥のロボットがなんなのかはわからないけど、他のみんなは納得しているようで、きっと俺だけが知らないのだろう。
少し気になって聞いてみようか考えていると、スープの入ったマグカップを持ったアズサが口を開く。
「……来てるなら、連絡してくれればよかったのに」
「え、あ……」
晴天の霹靂。思いつかなかったとばかりに、アシリはそれもそうだと動揺を返した。
「ご、ごめんねぇ……」
「別に、謝るようなことじゃない。ここでも会うことができて、私はすごく嬉しいから」
謝るようなことじゃない。アズサの言葉に、アシリはパァッとその表情を明るくした。
変な子だし少しズレてるところもあるけど、少なくとも嫌いにはなれないし、妙な愛嬌がある。アズサが昔アシリを語った言葉。確かに、それも少しわかる気がした。なんだろう、こう……ビビりの犬みたいな……?
「……以前、アシリは私にトリニティを案内してくれた。今度は私がここを案内しよう。着いてきて」
「え、あ、ちょ……!?こ、この強引さ、アズサちゃんだ……」
そうして、アシリはアズサに手を引かれて部屋を出てしまった、
……消極的なアシリに対して、積極的なアズサ。性格はかなり違うみたいだけど、互いに少し天然気味。意外にも、あの二人の相性は悪くないのかもしれない。
なんとなく、アズサがトリニティにいた頃の風景が思い浮かんでくるような気がした。妹の知らない一面を知れた、お姉ちゃんレベルがアップした。
「……で。アレ、どうしたの?」
パンパカパーンと頭の中で唱えていると、ミサキが質問を投げてくる。アレ呼ばわりされるアシリを不憫に思いつつ、ミサキの疑念に答えるべく口を開く。
「どうした……うーん、どこから説明すれば……ひとまず、あの子は今夜泊まるつもりでここへ来たのは確かです」
「ふーん……アズサに会いにきたってこと?」
「いえ、それがどうにもそれだけではないらしく……」
というか、それだけなら話は早かった。遠路はるばるアズサに会いに来てくれたというなら、お姉ちゃんとしては大歓迎だ。無論、サオリたちにしたってそうだろう。
「じゃ、じゃあなんでここに来たんでしょうか……あ、ひょ、ひょっとしてマユミさんに……?」
「いえ、そうでもないんです……」
「じゃあ一体、どうして?」
どうして。意外と聞かれてみれば難しい質問だけど、一言でまとめるなら多分。
「……私に会いに来た、らしいです」
こういうことになるのだろう。それから少し間をおいて、ミサキが合点がいったという動きをして。
「ああ、なるほどね」
「な、納得するんですか?」
俺としては、「なんでわざわざスオウに」だとか、そんな感じ反応だと思ってたんだけど……?
「だってアイツ、十年前にスオウと会ったことがあるんでしょ?」
「……そりゃまあ、そうですが」
「だったら会って話がしたいっていうのも、おかしな話じゃない」
う、ん……確かに、それだけならそうだ。それだけなら、特に違和感のある話でもない。俺だって昔お世話になった人と再会できるならしたい。ヒロさんとか。
でも問題はそこじゃないと言うべきか、目的がおかしいんじゃなくてなぁ。
「その、確かにそうかも知れないんですが……でも、やっぱり変なんです」
「へ、変、ですか……?」
そう、おかしいのは目的じゃないんだ。問題はその言動で。
「あの子……私のお姉ちゃんを名乗ってきて……」
「お前、自分を客観視したことがあるか?」
言い切るよりも先に、サオリが反射的に言い放った。いやちょっと待て。どういうことだ。
「わ、私が何か……?まさかサオリまで私が妹に見えるとか」
「そうじゃない。……待て。まさか本当に分かってないのか?」
……?なんだろう、もしかして俺が気づいていないだけで、アシリが姉を名乗ることには納得の行く理由があるんだろうか。
どんな理由であれ、ほとんど知らない人間の姉を名乗るだけの行為に納得を返せるとは思わないのだけれど。
「うわぁ……これ、アレだね。自縄自縛ってやつだ」
「こういう状況、『ブーメランだ』ってマユミが言ってた」
「す、スオウさん……棚はあちらです……!上げるなら向かってください……!」
「み、みんなしてなんですか!?」
ええと、自縄自縛に、ブーメランに、棚に上げる……つまり……?
「……っ!わ、私が似たようなものだって言いたいんですか!?」
「似たようなものと言うか……そのもの?」
「ああ、あまりに身に覚えがありすぎる……」
な、そんなわけないだろう!確かに俺はみんなのお姉ちゃんを名乗るけども!
「別に私はみんなのお姉ちゃんだからいいじゃないですか!!でもアシリは違います!!」
「お前も出会った当時はほとんどそうだ!!なんなら今でも割と変わらないぞ!!」
「え、えぇ!?」
だってそれは俺がみんなのお姉ちゃんだからであって、お姉ちゃんがお姉ちゃんを名乗って何が悪いんだ。ひょっとして、サオリたちもすでにアシリの毒牙に……?
「止めよう。あの顔は明後日の方向に思考が行ってる」
「ミサキは、相変わらず……スオウの表情を、よく見てるね」
「す、スオウさん、しっかりしてください……!よく、よくアシリさんの言動と自分の言動を比較してみてください……!」
至近距離までヒヨリに詰められ、真っ直ぐに瞳を見据えられる。片目しか見えていない、その目で。眉毛は鋭角で、少し違った印象を受けた。
ふふ、妹の成長……こんな感じのヒヨリも、お姉ちゃん大歓迎。
「へぶっ!?」
「ダメだよヒヨリ、隙を与えちゃ。こいつにはこれくらいじゃないと取り込まれる」
「わ、わかりました……!」
脳天に向けられた軽いチョップに頭を痛めながら、ヒヨリに言われた通りのことをしてみる。えぇっと、確か。
「今日出会っていきなり、お姉ちゃんを名乗られて」
「む、昔のスオウさんもそうですよね……?」
「いや、それは私がお姉ちゃんだからで」
「いいから。続けて」
ミサキに遮られて、次の出来事を思い返す。その後は、アシリにタオルを渡して。
「一緒にシャワーに入らないかと誘われました」
「……流石にちょっと、問題な気もするけど……私たちも、シャワーくらいは一緒に浴びてたよね……?」
「それはまあ、みんなそうだったので……」
アリウスの冷水シャワーが懐かしい。いや懐かしむようなもんじゃないけど。体を洗い合う時に抱きついて殴られた記憶がある。
「続けて」
「それで……そうだ。ただの移動で手を繋ごうとしてきました」
「いきなり抱きついてくる奴もいるけど……?」
「……?誰ですか、それ。嫌だったらちゃんと嫌って言わないとダメですよ?」
「本気で言ってる?」
いや本気で言うもなにも……相手次第じゃ本当に嫌な時はちゃんと言わないと伝わらないこともあるわけで。
「……まあいいや。それで?」
「シオとかに対しても、私が妹だーって……」
「お前、トリニティとの会合で私たちを妹として扱っていなかったか?」
いやだから……それは俺がお姉ちゃんだからで。お姉ちゃんなら許される。なぜなら俺はお姉ちゃんだから。
「冷静に思い返してみてくれ。アシリとお前の言動はほとんど変わらないんだ」
「でも私はお姉ちゃんで、アシリはそうじゃないです。だから変なんです……」
「……つまり、お前がアシリの妹だったらその全てを許したのか?」
「当たり前じゃないですか」
そりゃ姉妹だったらそのくらいする、というか俺はする。絶対にする。妹に対してするんだから自分が逆の立場になってもするに決まってる。
「……ダメだな。心の底からわからないという顔をしている」
「もうさ、一回行くところまで行かせたらいいんじゃない?こいつにはいい薬になるよ、多分」
「は、はい……私もだんだん腹が立って来ました……!」
「……」
そんなことを考えていると、何やらサオリたちはヒソヒソと話し始める。なんならアツコは手話だった。聞こえてくる内容は、なんとなく不穏な感じがした。
しかしながらうまく聞き取ることはできず、ちょうど神秘で聴覚を強化しようと思った矢先、パッと話し声は止んで。
「……なんだ、その。アシリもお前というオンジンをマエにシテ」
「恩人の前だから緊張してるんじゃない?しばらく様子見してあげたら?」
やけに棒読みなサオリを遮って、ミサキがそう言った。
明らかに何か裏があるのはさておき……なるほど、緊張か。思えば、アシリはそういったものを感じる傾向が強いという話は聞いていた。
いや、だからって姉を名乗るなんて控え目にいっても異常としか言いようがないけど、あり得なくもない気はしてくる。何せアシリはカフェインで酔っ払い、勉強会という名のデスマーチを始めるくらいなのだから。
「確かに、ありえなくもないです」
「うわ、間に受けたよ……」
「今何か」
「なんでもない。とにかく、実害もないわけだし、こっちからどうこうする必要は少ないんじゃないかな」
……うーん。実害はすごくあるんだけど。既にシオは勘違いされたままだし、こうしてる今もアシリが姉を名乗ってるなら、俺のお姉ちゃん力はゴリゴリ削られているわけで。
でもまあ、確かに何か事情がある可能性は……アシリは、ただでさえ……。
「ただいま!」
「アズサ。アシリも。おかえりなさい」
「あ、アズサちゃん……!また舌噛んだぁ!!痛い……!!痛いぉ……!!私もうアズサちゃんに運ばれるのやだぁ!!」
そうしているうちに、アシリとアズサが部屋に戻ってくる。よっぽどの速さで走っていたのか、あのアズサが息を切らしていた。
自然と先程までの会話も打ち切られ、アズサたちを出迎えるムードになり始めている。
「アシリ、何度も言っているが移動中に喋るのは危険だ。舌を噛み切ったら、窒息する可能性もある」
「喋ってないよぉ!!口閉じてても舌噛んだだけで……!!」
「ははっ……」
……そうだな。今の所はアズサとも仲良くやれてるみたいだし、ひとまずは経過観察ってのが落とし所だろう。
◇
なんて、そう思っていたのが間違いだった。
時刻は夜、八時を少しすぎたあたり。みんな帰ってくるのが遅かったため、一緒に夕食を食べようと用意を始めた。そこまではよかった。そう、夕飯を作り上げるまでは。
問題はそのあとだ。料理を作ればどうするか、当然皆が席につき食事を始める。だが。
「……いや、おかしいですよね?」
「……?なにが?」
「全てが」
なぜか俺は、アシリの膝の上に座らされていた。ご丁寧に食器もアシリと同じ位置に配置されて。
「……」
サオリたちも驚愕するような目、さらに言うならドン引きするような目で見ている。そうだよね、いくら俺でもこれはやったことないもんね。身長のせいでやりたくてもできないだけだけど。
「重くないんですか……?」
「全然……というか、本当にびっくりするくらい軽いよぉ……スオウちゃん、ちゃんとご飯食べてる……?」
「今しがた食べれなくなりました」
というか、失礼な。これでも最近体重はちょっとずつ上がり始めてるんだぞ。最近ご飯はおいしいし、ちょくちょく間食みたいな物も食べるし。
最近はやっと四十キロくらいに……いや、そうじゃなくてだな。
「降ろしてくれません?」
「っ……こ、断る。って、言ったらどうする……?」
「……」
「無言が一番怖い!?」
その気になれば力ずくで降りれなくもないけど、確実にアシリは泣くのでそれは避けたい。アズサからすれば慣れたものかもしれないけど、目の前で泣かれるとサオリ達も困るだろうし。
とにかく、この手の輩には無言の圧力が一番効く。
「だ、大体っ!別にご飯くらい、どうとでもなるよぉ!」
「んなこと言ったって、流石にこれは……」
アシリの上ということもあって相当グラつく。バランスも悪い上に、そもそも机までのスペースが短すぎると来た。
例えアリウス小隊長にしてお姉ちゃんのこの俺でも、流石にこれは……。
「こ、こうすればいいもん!」
「……?」
何か踏ん切りをつけるようにアシリは端をガッと持ち、白米を一口分より少し小さい程度、持ち上げて口元に運んできて。
「は、はい!あーん!」
「……」
どうしよう。よくないことだってわかってるけど、このまま頭を後ろに下げて顎に頭突きしてやりたい。それも割と強めに。大泣きするくらい。
いやしないけど、アシリは本当にどうしたんだろうか。絶対緊張してるとかじゃないこれ、ただ単におかしいだけだ。
「ど、どうしたのスオウちゃん!さあ!!さ」
「アシリ」
どう処理してやろうかと思考回路を再起動させていると、アズサが極めて不機嫌そうに、苛立たしげな声を出して。
「食事中は、きちんと席に座らないとダメだ」
「……は、はい」
これでもかと正論をぶちかました。
「それと、スオウを離してあげて。とても困ってる」
「え、いやその、私おねえ」
「離して」
「……す、すみませんでしたぁ……!」
あ、アズサぁ……!お姉ちゃん頼りになる妹がいて嬉しいよ……!あとでいっぱい撫でてあげような……。
「……その、アシリ、だったか。なぜスオウの姉を名乗っているんだ……?」
アズサの指摘をきっかけに、少しアシリに対して遠慮がちだったサオリ達もようやく疑念を口にし始めた。
そう、それは気になってたんだよな……いくらなんでも、姉を名乗られる心当たりがなさすぎる。
この前、初めて姉を名乗られた時にしたってそうだけど、結局理由はわからずじまいだったから。
「そ、それは……え、えっと……その……!」
緩められた手からなんとか抜け出し、新しい椅子を持ってくる。
サオリの質問に対して、アシリは吃っているだけで答えれてはいなかった。
「……まあスオウもやっていることは似たようなものだし、私も言いすぎた。ごめんなさい」
「う、ううん……!その、私がちょっとやりすぎちゃっただけで……!」
何か言いにくい理由があると察したのだろう。アズサが謝罪を示して、その場でその話は流れて、食事は再開された。
「ちょっとなんか、みんなの反応が……いやでも、お姉ちゃんはいつもこんな感じだったし……」
アシリが何か根本的にズレた理由でブツブツと悩んでいたが、その後は特に何があるわけでもなく、普通に夕飯は終えられた。
◇
風呂から上がり、帰路に着く。とは言っても、建物の中だけでの移動だけど。この頃は冷えやすいから、できることなら早めに部屋には戻ってしまいたかった。
せっかくの休日だというのに、あまり休めた感じがしない。というのも、アシリの来訪から始まって、今日は色々なことがあり過ぎた。本当に……うん、色々と。
「はぁ……」
アシリは一体どうしちゃったんだろうか。マユミは誰かに悪い影響でも受けたのか、なんて言ってたけど。
「……俺と似たようなもの、ねぇ」
いやあれは似非、似て非なるお姉ちゃんではあるけど、確かに端々の言動は俺に、というか私に……どっちでもいいか。ともかく、似てる気がしたのだ。
じゃあ問題は、なんでそんなことをし始めたのかってわけで。
「……」
俺の時は、みんなを守りたかったから。みんなに頼られる存在になりたかったから。……先生みたいに、なりたかったから。
じゃあ、アシリは?アシリはどうして、姉を名乗ったんだろうか。別に俺は、アシリに守られるような存在になった覚えはないけど。
「……ダメだ、わからん」
頭の中がごちゃごちゃしてきた。……ちょっと体が冷えそうだけど、あそこに行くか。
「屋上に……」
……先生に泣きついて、甘えてしまったことを思い出して、少し恥ずかしい気分になった。けど、悪い気はしない。
酔いしれるように階段を登って屋上の扉を開くと、見覚えの……見覚えのない、黄色い影が。
「っ……」
まるで、心臓を鷲掴みにされてるみたいに。髪を解いた彼女は、ほんの一瞬だけど、似ている気がしたのだ。よく見れば、まったくの別人だけど。
似てるのなんて、髪の色くらいなもの。それでもそう見えたのは、まだ俺が忘れないでいられるからなんだろう。
「アシリさん?」
「っ……!?」
名前を呼ぶと、アシリは月明かりを背に振り向いた。逆光につき、その表情は伺えなかったけれど、小さく一雫。
「す、スオウちゃん……」
こぼれ落ちたものと、どこか掠れた声。何があったのかは、否応にも想像が行ったし……合点も行った。
マユミはかつて、「ここにアシリはできるだけ連れてきたくない」。そう語ったことがある。その理由も、今ならわかる気がする。
「こんばんは。今夜は月が……まあ、割と普通ですね!」
「それ遠回しに私に興味ないって言ってない……!?」
いや、そんなことは……なんとなく言うことも思いつかなかったし、世間話から始めようと思ったら途中で気付いただけだ。
「ふふ、変なの……」
「……」
何も言わずに、アシリは振り向いた。屋上のフェンスに肘をかけて、ゆっくりと見渡していた。俺も踏み台を持って横に並んで、同じようにした。
特等席も教えてあげようかと思ったけど、あそこは俺だけの秘密……ううん。俺と先生だけの、秘密だ。
「……月、か。本当だねぇ……気づかなかったな」
アシリは見ていた。月なんかじゃなくて。アリウス居住区を。その景色を。
「……似てるね、スオウちゃん。ここは」
「……はい。そっくりです」
きっとサオリたちも、他の子にもわからない。この場でそれがわかるのは、俺とアシリだけなんだろう。
「訓練学校の寮に」
マユミが意図して作ったものなのか、それはわからない。もしかしたらそうなのかもしれないし、それとも単に都合のいい構造を作ったらたまたまそうなっただけなのかもしれない。
俺は別に良かった。だってここは、新しく共に生きるみんながいる。明日を生きる、みんながいる。
失ってしまったことなんてどれだけ埋めても埋まらないけど、それでも前を向くことくらいはできるんだ。慣れっこないけど、向き合い方くらいは見つけられたんだ。
「……お姉ちゃん」
アシリは、違う。
「スオウちゃん……スオウちゃんは、あの時……私を止めてくれた、あの人……なんだよね……?」
「……はい」
まだ、わかってすらいない。自分の姉が。
「……お姉ちゃんは……どう、なったの?」
生きているのか、死んでしまったのかさえ。
いや、きっと頭ではもうわかっているんだろう。わかっていても、それでも……縋れるのだから。縋りたくなった。
「……」
しばらく、風が吹く音だけを聞いていた。やかましかった。
「貴方の、お姉さんは……」
緑髪の、ロングヘア。銃にピンキーパカのストラップ。アシリに少し似てる言動。
「……最期まで、戦いました」
「……そ、っか」
天を仰いだ。そのまま風に飛ばされて、身を投げ出してしまうんじゃないか。心配になって、手を握った。
「そうだよねぇ……」
弱々しく、その手は握り返された。
「……スオウちゃん……酷いこと、聞くね」
「……はい」
「スオウちゃんは……ずっと『これ』と……向き合って、きたの?」
「……向き合ってなんかないですよ。逃げてばっかりでした」
苦しみも、痛みも、全てが現実逃避になり得た。忙殺されれば、辛いけど、その間くらいは嫌なことも忘れられた。否、忘れたつもりになれた。
だから、向き合えてなんかなかった。向き合いはじめたのは、つい最近だ。
「……うん……そっか」
アシリに、流す涙はなかった。堪えているだけに見えた。
「……私、ね。変わりたかった……ううん。変わりたいの」
代わりに溢すのは、砕け果ててしまいそうなほど小さな言葉で。けれども、しっかりと聞こえてきた。
「弱くて……頭も良くないし……すごい技術も、何か目標があるわけでも、人より努力できるわけでもなくて……でも、人を助けたいなんて、それだけは、人よりいっぱいあって……」
なぜって、それは。ちょっと、似てる気がしたのだ。
「……『お姉ちゃん』になりたくて……なろうとすれば、変われると思って」
誰って、そりゃあ。
「……なぁんにも、変われないなぁ……」
姉を名乗る、誰かさんに。
「今日だって、本当は……スオウちゃんみたいに、お姉ちゃんみたいに、うまくやろうって……でも、失敗ばっかりでさ……」
「……」
「結局、私は……お姉ちゃんが死んじゃったことも、受け入れられてなかった……」
今、俺に確認して。してしまったせいで。今まで以上に、強く、強く、そう突きつけられて。
「……私は……」
それ以上、言葉はなかった。それ以上思いつかなかったんだろう。次の言葉も、次の目標も。やり方も。何もかも。
「……アシリさん」
きっと今まで、誰にも言えずにいた本音。きっとマユミにも、アズサにも。
「お姉ちゃんは一日でなれるもんじゃないですよ」
「……へ?」
でも、それは……俺くらいになら、わかってやれるものだ。きっと俺と同じ道を行こうとしているのだから、俺にはわかるんだ。
「今日たった一日でなれるわけないじゃないですか。私だってサオリにお姉ちゃんって呼んでもらうのに十年近くかかりましたし、他の子だってそうです。姉とは一日にしてならず。そういう道なんです」
「ご、ごめんねぇ……何言ってるのかわからないや」
うん、ちょっと表現が迂遠すぎたな。セイアみたいだ。
まあ、何が言いたいかって、そりゃあさ。
「いいじゃないですか。変われなくたって」
「……どういうこと?」
「今日アシリさんは、変わるために頑張ったじゃないですか」
いきなり全部変えようとするなんて、そんなの無理に決まってるし。辛いし、大変なだけだ。それでも、変わりたいなら頑張るしかない。
「私は……私はそんなあなたを、尊敬しますよ。きっとあなたは、いつかお姉ちゃんになれます」
「っ……!」
「まあもちろん、私のお姉ちゃん力には敵いませんけどね!」
そこばっかりはちょっと譲れない。誰がなんと言おうと俺はお姉ちゃんだし、アシリに譲ってやるつもりなんてない。
「いいじゃないですか、辛いことは辛いままだって。向き合うってことは、忘れるってことじゃないんですから。平気になる、ってことじゃないんですから。辛いことを辛いって、そう言ったって、いいじゃないですか」
きっとアシリが抱えているものは、俺と良く似たものだ、だから。
「……こんな風に周りの人を頼りながら、頑張れば良いんですよ。それだけできっと何か、意味がある。やらかしたお姉ちゃんからのアドバイスです」
だからアシリには、こんな寄り添い方でも、教えておきたかった。かつての俺と、同じ過ちを犯してしまわないように。
「……そっかぁ」
アシリは、納得したように頷いて。
「……お姉ちゃんの、さ……最期って……どんなの、だった?」
───こんなにいるなんて、少し予想外でしたね。ありがとう。皆を、誇りに思うッス。
「誇りある……立派な、最期でした」
「……うん」
そしてギュッと涙を拭って。
「会いたいよ……」
それだけの言葉を呟いて、しばらくの間は空を見ていた。
「……スオウちゃん。ありがとねぇ」
少しして、アシリは目を閉じて、下手くそな笑顔で笑いかけてきた。下手くそだけど、嘘ではない。それだけが確かだった。
「いえ。……一緒でしたから」
だから俺も、不器用なりに笑いかけて。
「じゃあ、今夜は添い寝だね」
アシリは突然頭がおかしくなった。何言ってるのこの子。この子何言ってるの!?
「いや、なに言って」
『ACCEPTED!!』
いや、誰も受け入れてないが……って、なんだ今の音!?
「ふっふっふっ……この姿なら、スオウちゃんにも力負けしないよぉ……!」
眩さに目を細め、目を開くとそこには黄色い装甲に包まれた戦士が一人……何あれかっこいい!!
「な、なんですかその姿!!なんかすごくかっこいいです!!」
「え、サユリちゃんと同レベル……じゃ、じゃなくて!ふ、ふっふっふ……お姉ちゃんは一日にしてならず、でしょ……?だったら、まずはスオウちゃんのお姉ちゃんになってみせる!!そのために頑張るよぉ!!」
「げぇ!?」
しまった、図らずとも敵に塩を送る結果になった!?い、いやでも、見た感じあのくらいの戦闘力なら良い具合に殴れそうだ、むしろやりやすく……!
「さらに強化だよぉ!!」
『ACCEL……!!』
「ん、んん……!?」
なんだあれ、アシリの光がどんどん強く……『圧』みたいなものが上がってきた!?
『ACCEL……!!!! ACCEEEEEL!!!!』
「これで完璧!!さあスオウちゃん力ずくでも添い寝してもらうよぉ!!私だってお姉ちゃんみたいになるんだ!!」
『O-O-O-OVER DRIVE!!! ARE YOU READY!?』
「いいわけないでしょうが!!」
どうにもアシリを変な方向に吹っ切らせてしまったらしい。
……でもまあ。きっともう、俺と同じことにはならないだろう。同じことはしないだろう。きっとアシリはもう大丈夫。そんなことを信じて。
「一回殴りますね!!」
アシリの変身を解除させるべく、雄叫びを上げながら殴りかかった。
すみません、また更新が遅れました……この頃更新が忙しさに追いつかなくなっているので、更新時刻を変えます。
今までは一週間後の19:01更新までにという形をとっていましたが、これをやめ、一週間後な時刻未定に更新という形にします。
例えばこの更新の次の更新なら11/6の23:59までという感じです
私生活が変化し、忙しさゆえの苦渋の選択です……何卒ご承知おきいただけますよう、よろしくお願いいたします
それはそれとして、次の更新は月曜日、祝日や19:01です!お楽しみに!