「ぁ…ぁあぁあ…!!」
どうして、こうなった。
俺は、こんなことをしたかったわけじゃ…。
「撃てッ!!!絶対に、三枝シアンを回収しろ!!!」
建物も、形を保てなくなってきた。
ここもじきに、銃弾の雨にさらされる。
…にげ、ないと。
「っ、止まれ、震え…!」
涙を拭って、震える指先でなんとか発煙弾のピンを抜く。
銃弾の嵐の中へと放り投げ、敵の目をくらませる。
「発煙弾だッ!!銃撃を止めるな!!」
シアンの遺体の方へ、目をやる。
安らかで、痛々しい笑みをしていた。
死への恐怖の中で、ヘイローを砕かれる痛みの中で、精一杯に取り繕ってくれた、その笑顔。
「…ごめん、な」
もはや彼女に届くことのない謝罪を口にしながら、できる限り優しくその瞼に触れ、そっと瞳を閉じさせる。
彼女は自分を置いて逃げてくれと、確かにそう言っていた。
自分はもう死ぬのだからと。
できるはずもない。遺体だろうと、それは変わらない。
きっとこの行動は、彼女の意を汲むなら、正しくないのだろう。
関係なかった。
下から抱きかかえるようにして持ち上げ、銃弾の中を駆ける。
思考が嫌に冷静で、不愉快だった。
何度も、何度も、弾丸が己の体に打ち付けられる。
それでも何とかシアンの遺体だけは傷付けさせることなく、前へ、前へと進む。
爆弾で牽制すれば、少しは銃撃もマシになった。
いつになったらこの銃撃はやむのだろう。
痛みで頭が回らない。
体が、とても重く感じる。
シアンの遺体は、段々と体温が失われつつあった。
顔は青白くて。
彼女はもう、本当に死んだのだ。
そう考えると、再び目から涙が溢れてきた。
こんなことをしている場合ではないのに。
それでも歩みを止めず、大聖堂へと向かう。
けれども、その途中で。
「…っ、あ」
シアンの体を、銃弾が突き抜けた。
抱きかかえている体の、右足の、ふくらはぎの、内側。
「あ…?」
血は、あまり出てこなかった。
鼓動が止まっているから。
得も言えない程の、怒りが湧いてくる。
お前が、お前らは、何の権利が、大義があって、彼女の遺体を傷つけた。
遺体を守ることさえできないのか。役立たずめ。
「……!!!」
───もういい。
彼女の遺体を柱の影に隠し、生前受け渡されたハンドキャノンを取り出す。
反動こそ強いが、俺の持つ中で最も有効な攻撃手段。
「…いたぞッ!!!三枝シアンの仲間だ!!!」
「先程まで運んでいたな!!!どこへやった!!」
「…うるせぇよ」
手に持ったハンドキャノンに、"力"を込める。
体から、何かが減る感覚がする。
怒りのままに、弾丸を追手に放とうとして──
「ぐぁっ!?」
「ぎゃっ!?」
「おい、無事か!?」
「あ…」
穏健派の味方が、追手に攻撃する。
二十名ほどはいるようだった。
「どうする…!?」
「…て、撤退だ!!撤退しろ!!三枝シアンの回収は不可能だ!!例のものは絶対に奪われるな!!」
敵が、引いていく。
同程度の戦力では、不利になると判断したのだろう。
…『ヘイローを破壊する爆弾』を奪われることを、恐れたのかもしれない。
喜ぶつもりには、なれなかった。
『二人とも、無事ッスか!?』
ホログラムに映し出されるのは、暗い黄色の髪を二股にまとめた生徒。
「あん、な…」
『増援が遅くなったッス!現場で戦ってた十人も保護したッスよ!!シアンちゃんは、気ィ失ってるんスか!?一体何が…!!』
「シアンは…………死んだ」
『…は?』
アンナの、驚愕が隠しきれない声が伝わってくる。
ああ、俺だって未だに受け入れられないよ。
『嘘、ですよね…?死んだ…!?死んだってどういうことッスか!!?そんな、そこまで強い敵が、深刻な状態だったっていうんスか!!?』
「違う」
『っ、状況を伝えろ!!!今、すぐ!!!死んだなんてそんなの、信じられるわけ』
「事実だ」
なんたって、俺の頭はこんなに冷静なんだろうな。
悲しいはずなのに。罪悪感で、埋め尽くされているのに。どこか、遠くから自分を見ている気分だ。
吐きそうだ。今すぐ、死んでしまえばいいのに。
『ッ、ぁ…ぐ、っ…!!!…悪い、取り乱した、ッス…ひとまず、戻ってこいッス…何があったのかは…事実確認は、そこでするッスから……』
「…わかった」
自分の感情を抑えて、今この場での最善を選んでくれた。
アンナの行動は、ずっと、誰よりも大人なものだった。
「その、シアン会長の…ご遺体、なのですか…?」
「ああ」
「…っ、わ、我々が」
「いい。俺に、連れて行かせてくれ」
シアンの遺体を、背負い直す。
先程よりさらに冷たく、重く、硬くなったその遺体。
でもやっぱり、彼女はまだ子供だから。その体は、軽かった。
◇
帰ってきて、いの一番に出迎えたのはアンナだった。
「……それ………シアンちゃん、なんスか……?」
ベッドに眠らされたシアンを見て、震える声でアンナがそう言った。
「ああ。もう、死んでるよ。俺を、庇って。…アンナと……俺にも。幸せになってくれって、そう言ってた。一緒に遊んでいる時間は、幸福なものだったって」
「………そう、スか」
アンナの掌が、少し躊躇いながら、シアンの頭にそっと触れる。
「ははっ…こんなに、冷たくなっちまって…ゴリラは冷血動物じゃねーんスよ…?……ねえ…?いつもみてーに…ゴリラ扱いすんなって…怒りに来いッスよ……ゼルナの伝説だって…一番古いヤツだけど………この前、せっかく拾ったじゃないスか………なあ………なんかアホなこと言えッスよ………何でもいいから………起きてくださいよ…」
「…」
返事は、ない。
当然だ。
もう、死んでいるのだから。
「…………ねぇ…幼女……」
「……何だ?」
「私たちね………八歳の時に、出会ったんスよ……」
「…そっか」
「…私……昔っから弱くって………で、よく教官に怒られて………こんなクソみたいな学校、絶対変えてやるーっ、て………そんな時に、初めて助けてくれたのが、シアンちゃんでした……」
「…ああ」
「…………最初は……コイツしかいない、って………そう思いました……利用できるくらい馬鹿で、強くて、お人好し………裏からこの学校を牛耳れる、って………」
「……」
「…でも……普通に遊ぶようになって………たまたま、漫画も見つけて……いつの間にか、どーでもよくなっちゃったんスよね…この子の、おかげで………で、生徒会長になって………私はやっぱり弱いから、庶務がせいぜいで………内乱起きそうってわかって………この子が、苦しむたびに………ああ、自分が強ければよかったのにって………いつも、そう思うようになりました………言っちゃダメなんスよ、こういうの……士気に関わりますから………」
「………そっ、か」
「………だから……今から見ることも含めて……他言、無用で…お願いします……」
「……わかった」
俺がそう言ったのを皮切れに、アンナは泣いた。
家族を失った、子供のように。
いや…実際、そうだったのだろう。
今まで、気丈に振る舞っていただけだったんだ。
それでも、俺を責めることは一切しなくて。
俺にできるのは、悲しみに泣く子供の背中をさすってやることだけだった。
◇
シアンの訃報は、一時間ほどで全ての穏健派に伝えられた。
士気を下げる結果になるだろうが、どうせいずれわかってしまうから、とのことだった。
実際、士気は目に見えて下がっていた。当然だろう。
一番の戦力を失った、というのもあるが、それ以上に…シアンは、慕われていたのだ。
彼女の説得が、この戦いに参加する理由になった者もいた。
その昔、彼女に救われた者もいた。
それでも、誰もが諦めるわけではなかった。
何人もの生徒が、彼女の犠牲を無駄にしてなるものかと。
彼女を殺した、報いを受けさせると。
あまり健全な傾向だとは思えなかった。
恨みで、前が見えなくなっている者もいたから。
間違った道へ、進んでしまう者もいるかもしれないから。
それでも、それを利用してでも勝ち目を上げるしかなくて。
どこまでも弱い自分に、大人であれない自分に、嫌気がさす一方だった。
それでも、できることをやるしかない。
だから、アンナと共に作戦を立てる。
原作の知識と、アンナの立案力で。
「まず今回使用されたのは、『ヘイローを破壊する爆弾』だ。当たれば問答無用で、俺たちヘイローを持った生徒は死ぬ」
「…幼女の未来の知識とやらで、聞いたことがあるッスね。未来では、一度だけ使用されたんスよね?で、結局は不発、と…」
原作で秤アツコに対して使われた、ヘイローを破壊する爆弾。
十全な効果を表すことはなかった。
「ああ。特殊な効果を持った仮面によって防がれたが…製作者曰く、望んだ効果を発揮しない失敗作だとさ」
「ふむ…特殊な効果を持った仮面、ッスか?それを用意することは?」
「不可能だ。どちらも、ベアトリーチェによってもたらされたものだから」
「…」
「…この件に関しては、完全に俺の落ち度だ。ベアトリーチェが内乱を起こすよう手引きすることなんて、いくらでも予測できるはずだった…」
ああ、そうだ。もっと警戒するべきだったんだ。
アイツは、ゲマトリアの一員だ。目的のためなら手段は選ばない。
「そういう話は後にするッス」
「…ああ、悪い。ただ、その爆弾に関しちゃ量産不可能だと考えていた。なんせ、そんなにも強力な兵器が、一度しか使われていないからな…でも実際、そうはならなかった」
「…前々から、用意していた可能性もあるッスけどね。敵が持っている爆弾について、詳しく教えろッス」
「…そうだな」
できる限り詳細に、あの場で分かったことを思い返す。
「まず、効果範囲は直径1、2メートル程度だ。爆発しても地面が焦げていなかったから、物質には影響を与えない可能性もある。最後の時点で敵が持っていた爆弾は、あの場で残り二発。不発だったものが三発あったから…シアンを…殺した、分を含めて。計六発持っていた計算になる。ただし、躊躇なく使っていたことからまだ予備を持っている可能性もある」
「…厄介ッスね」
全くだ。詳細を連ねれば連ねるほど、勝ち筋は見えなかった。
そうして二十分ほど、情報の共有をし。
ふとアンナが、口を開き。
「…ぶっちゃけ。無理ッスね、コレ」
…そんなことを言う。
「…ああ、分かってる。わかっているが、それでもやるしか」
「結論を急くなッスよ。私が言いたいのは、真正面から戦って勝つのは無理ってことッス」
「…!?まさか、あるのか!?この状況で、勝つ方法が!!?」
「ええ。もちろん」
俺にとっては、これ以上とないほどの朗報。
けれどアンナの顔は、明るいものではなくて。
「いいスか。これから、最後の作戦を伝えるッス」
何か重々しい、苦しんでいるのを取り繕ったような顔で。
「───私たちが、時間稼ぐから。幼女はその隙に、訓練学校のガキ共と逃げろッス」
「……は?」
あの時のシアンに、そっくりな表情だった。