アンナが何を言っているのか、理解ができなかった。
俺が、訓練学校の子供達を連れて、逃げる?
「なに言ってんだ、お前…?」
「…聞こえませんでした?私たちが時間を稼いでいる隙にアリウスの外に」
「そうじゃねぇ!!!」
「…」
「ふざけんなよ…!?勝つための手段って、そんなものが…!!そんな」
「いいスか幼女。よく聞けッス」
アンナが俺の両頬を挟み、ジッと目を合わせる。
その、直後。遠くから、爆撃音が聞こえてくる。
「っ、これ」
「過激派でしょうね。間違いなく。ねぇ、幼女。文字通り最強の、シアンちゃんを殺したら…次は、誰が邪魔だと思います?」
「…」
閉口する俺に、アンナは言葉を続ける。
「シアンちゃんに次ぐ強さの、浅羽リンダ?統率力と指揮力を併せ持つ、赤鐘ローズ?…どれも違いますよ。一番邪魔なのは、統率力、指揮力、知力トップ、超天才の元月アンナ…つまり、私ッス」
「…ッ、だからって!!!」
また、お前までそんなことを言うのか。
また、俺は庇ってもらうことしかできないのか。
「いいスか。敵は、私達を殺すことに躊躇はない…もしくは、ベアトリーチェあたりに嘘でも吹き込まれてんでしょう。いずれにせよ、この状況じゃあ戦って、勝つのは無理ッス」
「そ、んな…こと…」
わかっている。
わかっているさ。もう勝ち目なんてないことぐらい。
「でも、ヤツらと…ついでに、ベアトリーチェの目的は?この学校を、トリニティに復讐するためのものに変えること、ッスよね?未来の生徒がいなければ、それも無理でしょ?…幸いにして、訓練学校のガキどもは、一箇所に避難させてあるッス」
「で、も…でもっ、そんなのは…!!」
ああ、アンナの言っていることは正しいのかもしれない。
爆撃と銃声は、どんどん大きくなっている。
でも、正しいことだったとしても、そんなのは…!!
「アンナが………お前まで……死んじまうだろ……!!」
無理だ。あの状況で戦って、ヘイローを破壊する爆弾を喰らわずにいるなど。
それほど、絶望的な戦力差がある。
確実に、アンナは殺される。それがわからないアンナでもないはずだ。
それでも、アンナは目を逸らさずに。
「誰かが、やるしかねーんスよ。弱い私にもできるのは、このくらいッス」
「いや、まだ…まだ、だよ!!!そ、そうだっ、俺!!!俺さ、ほら、見ろっ…オッドアイでさっ…!!ベアトリーチェの仲間に、黒服ってやつがいて、多分ソイツの求めてるモンなんだ……!!はははっ、ほら、そうだ、希望が見えてきた!だから、お、おれがさっ、ベアトリーチェと契約して、ソイツに恩を売る代わりに、アリウスには手ェ出すなって」
「無理ッスよ。ベアトリーチェは、この学校が欲しいんでしょう?幼女は、学校を手に入れりゃ自動的に手に入るッスから」
「…っ」
何も反論することはできなかった。
その通りだったから。
「私はね。別に、シアンちゃんがいない世界生きてる価値ないー、だとか。この学校のこと、実は大好きだったー、とか。そんな御伽話みたいな、カッコついたセリフ吐くつもりねぇッス」
「……」
「こんな学校、大嫌いスよ。ろくな娯楽もねぇし、飯も足りねぇし、訓練疲れるし。ホントさっさと滅んじまえばいいと思ってるッス」
本音なのだろう。
自嘲気味な笑みをこぼしながら、それでもアンナは続ける。
「でもね」
呆れ返ったような、それでも覚悟を決めたような表情で。
「……それでも。私たちが育った、青春の学舎……なんスよ。それを顔も知れねえババアと、戦いが全てだと思ってるアホ共に……人殺しの養成施設に、変えられてたまるかっつーの。命懸けだろうが、一泡吹かせてやるッスよ」
「…っ」
「なあ、幼女……いや、スオウ。頼むッスよ。私たちの、願いを。覚悟を。汲んでくれッス」
………なんで、こんなに。
彼女たちは、強いのだろう。
死を恐れていない、わけではない。
でも、誰かのためなら……命をかける覚悟がある。
それをしなきゃいけないのは、俺なのに。
俺は命をかけたところで、何一つだって変えられないなんて。
「アンナさん!!過激派の襲撃です!!!」
扉が開かれ、一人の生徒が現れる。
「わーってるッス。…状況は?」
「負傷者が多く…恐らくは、敵も全勢力で向かってきています。生徒会副会長…橘サリアの姿も確認されました」
「…狙いは、私ッス。全生徒に連絡を繋いでくれッス」
通信が繋がれ、たくさんの生徒の姿がホログラムに映し出される。
『ッ、アンナさん、現在交戦中で』
『負傷者の救護を』
『現在の状況は!!?』
「───落ち着けッス」
ピシャリと。
アンナがそう言い放った瞬間、全員が冷静に話を聞く状態になる。
「この通信も、あまり時間がないでしょう。実際、交戦中で音声しか聞けない者もいますし。だから手短に、一回で言うッス」
『…』
「いいスか。シアンちゃん…生徒会長を殺したのは、『ヘイローを破壊する爆弾』という兵器ッス。当たれば私たちは死ぬ。敵は後最低でも二発、おおけりゃそれ以上持っているッス」
『…っ!?』
『ヘイローを、破壊…!?そんな』
『よくも会長を…!』
『待って、つまり私たちも』
場から、一気に冷静さが失われる。
銃で撃たれようが、爆弾で爆破されようが、潰れた缶のようにされようが、ほとんどの場合死ぬことのないキヴォトスの生徒。
その彼女たちを殺し得る兵器があると言う事実に、恐怖せずにはいられなかったのだろう。
それでもアンナは、動揺することなく続ける。
「そして現在、敵の目的は恐らく私ッス。その爆弾を、私に使うつもりッス。次点でリンダと、ローズちゃんあたりです」
名を呼ばれた生徒、特に背が小さい、恐らくは一年生が、ビクッと反応する。
「…私たちに、もう。戦ったとして、勝ち目はないッス」
『そん、な…』
『アンタまで諦めるっての!?私はやるわよ!!何がなんでも、会長を殺した報いを…!!』
『わ、わたし、まだ、死にたく…』
「…だから。私は、訓練学校の子供達を、アリウスの外に逃そうと思うッス」
アンナがそう宣言した瞬間、全員の動きが止まる。
「要は、この学校を…長い目で見て、無くすってことッス」
『…ッ、しかし!そんなもの、途中でバレては…我々に、子供達を庇いながら逃げるほどの体力はありません!』
「ええ、その通り。だから…だからこそ。全勢力を持って、ここで過激派を迎え撃ち…時間稼ぎを、するッス」
『……!!』
「はっきり言って、命の保障はないッス。例の爆弾を喰らわなくても、負けりゃ…実験台にされたり、殺される可能性もあります。いつ楯突くかもわからないヤツなんて、邪魔なだけですから。私はどっちにしろ死にますが…皆は、白旗をあげれば助かるかもしれないッス。…誰も、責めませんから。死にたくない者は、この通信を切ってくれッス」
誰も、何も言えずにいた。
当然だろう。自分と共に、命をかけて戦ってくれと言われているのだから。
…でも、そこで。一人の生徒が、手を挙げる。
『…もし。私たちが、何もせず諦めて。そうしたら、子供達は、どうなりますか…?』
「…人殺しの道具として、育て上げられるッス。そういうヤツが、過激派の裏にはついている」
『…それは。私が拾った…あの子も…私の、妹も?』
「…ええ。例外なく」
質問した生徒が、顔を顰める。
彼女にとって、大切な存在が傷つくことを恐れているように見えた。
「この学校は、人を殺す技術を身につけるための学校へと変わるッス。…そんなの。このままやられっぱなしで。私たちの学校無茶苦茶にされて。ムカつくんスよ」
『……』
「私たち、望んでこの学校に来たわけじゃないでしょ?ただ、そうするしか生き方を知らなかったから、そうなっただけ。…それは、シアンちゃんも同じでした。なのに必要なくなったらポイって、何それふざけんなっつー話ッスよ。…だから、最後に。何か一つくらい、守りたいって。それだけ、なんス…」
顔を上げる者は、いなかった。
皆、心当たりがあったのだろう。
望んでないのに、普通に生きられない者だって多くいたのだろう。
アンナの言葉は、ある意味で全員の代弁だった。
「…私の考えに、同意してくれる者は。共に、時間を稼いでくれる者は。ここに、残って欲しいッス」
アンナのその言葉に、徐々に、徐々にホログラムが消えていく。
音声が聞こえなくなっていく。
けれども三分の一ほど減ったあたりで、その勢いは衰え始め…ついには、通信を抜ける者はいなくなった。
恐怖で泣いている生徒もいた。覚悟を決めている生徒もいた。シアンを殺された怒りを抱いている生徒もいた。
その誰もが、命をかけて戦うと、そう決めてくれたのだ。
「…こんなにいるなんて、少し予想外でしたね。ありがとう。皆を、誇りに思うッス。作戦を立てるため、一度通信を切ります…」
そうして、全てのホログラムは切られ…アンナが、こちらへ向き直る。
「…スオウ。わかって、くれるッスか?もうそれができるのは、アンタしかいないッス…アリウスの自治区外に。ガキ共連れて…逃げてくれッス」
「…………」
「頼むッスよ。どうか……この、通りッス」
悔しい。憎い。死んでしまえと、そう思う。
何もできない自分を。
彼女の命がけの作戦。止めるべきなんだ、本来は。大人としても…俺の、皆を助けたいという願いのためにも。
未来を、捨てさせる理由なんてない。
必要な犠牲なんて、存在してはいけない。
シアンとの約束も…果たせなくなってしまう。
それでも、できるだけ多くの人間を救うには、頷くしかなくて。
「………わか、った……」
自己嫌悪は、深まるばかりだった。
風邪をひいてしまい、今日の分はなんとか書き上げましたが、明日は投稿できないかもしれません。すみません。
あと今日の16:30ごろ、誤ってこの話を投稿してしまいました。混乱した方がいたら申し訳ないです。