建物の扉を開く。
中にはたくさんの子供がいる。
幼い子供から高校生に近い子まで、数多くの生徒たち。
「…いいか。これからこの近くで、内乱が起きる。まだ心身共に未熟なお前達を巻き込まないために、アリウスの外に、俺と一緒に逃げてもらう」
生徒たちがざわつき始める。
「はっきり言ってあまり時間も余裕もない。不満や疑問がある者は、手短にこの場で言ってくれ」
「…あの。あなた、子供に見えるんですけど…」
…確かにガスマスクで顔を隠し、フードをかぶっているとはいえ…身長は誤魔化しきれないか。
「…体が成長してないだけだ。戦えばそこらの高校生よりは強い。他にはいるか?」
「は、はいっ!わ、私の姉…高校生なんですけど、一体どこに…!?」
「…っ」
通信で、妹がいると言っていたあの子。
恐怖に涙しながらも、それでも今なお、戦場に残ってくれている生徒。
恐らくは、その子の妹なのだろう。銃にボロボロのストラップのようなものがついていた。
あの子にも、ついていたものだ。
「…君の、姉は。戦っているよ。命懸けで。時間稼ぎのために」
「っ、だったら私もっ!」
「…今君が戦場に行ったとして。庇ってもらうのが、せいぜいだ。姉の覚悟を無駄にしたいのなら、行くといい」
「…っ、ぁ…!」
「…悪い。厳しい言い方になって。…君の、姉は。君のことを、案じていたよ」
「…いえ。ありがとう、ございます…」
…ああ。反吐が出る。
なんで、こんな覚悟を、辛抱を、子供にさせなきゃいけない?
行かせてやりたい。
交わしたい言葉だってあるだろう。
でも、それをするには。俺は、あまりに無力で、無能だ。
「あ、あの!」
さらに一人の生徒が、質問してくる。
「わ、私たち…アリウスの外に出た後は、どうすれば…!?」
…どうすればいいか、か。
きっとここには戻ってこなくていいなど、考えてもいないんだろうな。
「…二度と、ここには戻ってくるな。安心しろ。この世界にある学校は、アリウスだけじゃない」
「え…?」
「そうだな…有名どころは…お嬢様っつーか、落ち着いた雰囲気が好きならトリニティだな。闘争や、アウトサイダーでありたいならゲヘナ。開発や機械いじりが好きなら、ミレニアム。アビドスは…あまりおすすめはしないけど。借金返済が得意なら、いけばいい。他にも、たくさんの学園がある。…自分の進みたい未来に、あった場所を選んでいいんだ」
「え、えっと…」
「勿論、そんなこと急に言われても難しいよな…ずっと、訓練しかしてこなかったんだから。わからないなら、山海経ってとこの、梅花園か…ミレニアム自治区内にいる、佐伯ヒロって人を頼れ。きっと、色々なことが学べる…やりたいことも、見つかるさ」
この子達が、路頭に迷わなくても済むように。
明日を、希望を持って生きられるように。
シアンとアンナのしたかったことを、できるように。
今俺にできるのは、こうして道を示してやることくらいだった。
「…他には…いない、か。よし。俺について来てくれ。隠し通路を使って、できるだけ自治区外まで近づく。その後は、急いで自治区外まで出た後、できるだけ遠くへ走れ。大丈夫。きっと、助けてくれる人が現れる」
…だから。今のうちに、言っておかないと。
俺は、ついていくわけには行かないから。
◇
「皆、配置についたみたいッスね。準備はできたッスか」
元月アンナの元に、多くの通信が接続される。
「作戦はさっき言った通りッス。私が意図的に姿を見せ、建物の最上階へ向かいます。敵の狙いは私ッスから、全勢力で追いかけてくるはず。その道中、各階層で敵を討ちます。建物内なら人数も絞られますし、局所的には戦力差も関係なくなりますからね」
『え、えっと!質問、いいですか…?』
一人の生徒が、アンナに手を挙げて質問する。
「何スか?」
『外から建物を崩される恐れは…?』
「…問題ないッス。敵の狙いは、私を確実に殺すこと。…まあ、敵がヘイローを破壊する爆弾を、人を殺す物と認識しているのかは知りませんが。とにかく、その心配はいらないはずッス」
『りょ、了解いたしました!』
「他に質問がある者は…いなさそうッスね。現場での判断は各個人に任せるッス。全体の指揮は、私が取る」
そう言って、アンナは外へと出る。
銃弾と爆風吹き荒れる戦場。
元来体の弱いアンナは、その流れ弾だけでも気絶してしまうかもしれない。
細心の注意を払いながら、アンナは敵に姿を見せる。
「ッ、いたぞ!!!元月アンナだ!!例のものを用意しろ!!」
「うひゃー、こわいこわい。撤退させてもらうッスよ」
銃弾で撃たれる前に建物の中へと戻り、一気に階段を上がる。
「逃げたぞ!!追え!!」
「ぐあっ!?」
「絶対に通すな!!ここで討て!!」
戦闘が開始される音をききつつ、彼女は最上階へと向かい…そして、たどりつく。
恐らくは、己の死地となるその場所へ。
そこには通信機器と、起爆装置と…とある、漫画が置かれていた。
彼女が最初に拾った、その漫画。
今はもう亡きシアンと共に、ページに穴が開くほど何度も、何度も読んだもの。
「…ったく。こんなになるなら、もっとたくさん漫画読んだり、ゲームしておくべきでしたね」
ポケットに起爆装置を入れ、全体の指揮をとりながら、片手間でその漫画を読み進める。
やさぐれた姫を王子が助ける、陳腐でくだらない、ありきたりな物語。
「…うん。やっぱ現実にこんな男いるわけなかったッスね。ほーらシアンちゃん、やっぱ私の言ってることの方が正しかったっしょ?」
ありえない。奇跡など、現実で起きるはずもない。
助けてくれる人間など、現れるはずもない。
「…本当に。ご都合主義な奇跡ばっかで…」
───私も、こんな風に誰かを助けたかったし…助けて欲しかったなぁ…。
頭に浮かんだそんな思考を振り払い、それでもその漫画を読み進めながら指揮をとり続ける。
一階、また一階と、敵が階段を上がってくる。
何度か『ヘイローを破壊する爆弾』も使われたのか、味方の叫びが、慟哭が、通信越しに聞こえてくる。
そして…ついに、最上階。屋上の扉が開かれる。
「よっ。やっぱここにくるのはアンタでしたか、サリア」
「…貴様には、してやられたよ。相当な戦力を削られた。それに…時間稼ぎだろう?」
この場にはいないあの不思議な少女に通信を繋げながら、アンナはサリアと対話する。
『アンナッ!?どうした、何があった!?』
「…」
質問に答えることはしなかった。
己が全てを賭け…そして、全てを託した。己の願いも、シアンとの約束も。
きっと、逃げ切ってくれるはずだ。
訓練学校の子供達と一緒に。
「ええ、だいせーかい。花丸あげちゃいます?」
「茶化すな。だが、無意味だ。わずかな戦力だが、そちらに向かわせた。この爆弾を持たせてな」
『なんだとッ…!?この爆弾…!?ヘイローを破壊する爆弾か!?』
スオウの声は、サリアには聞こえてはいなかった。
今アンナが通信を繋げたのは遺言を言うためでも、同情してもらうためでもない。
ただ、情報を伝えるため。それだけの理由だ。
「そして、貴様を倒した後は…私たちも、そちらへ向かう。それで終いだ」
「そッスか…ところでその爆弾、どんな効果なんです?」
「…生徒の意識を刈り取る爆弾。くらえば三日は動けん。こんな風にな」
…ああ、やはりコイツはベアトリーチェに騙されているのか。
そう考えつつ、爆弾を避けようとして…結局サリアに銃弾で妨害され、それはかなわなかった。
「…ッ!!!」
肉体を、魂を、引き裂かれるような痛み。
体が、動かなくなっていく。
『アンナ…!?アンナ、おいッ!!!…クソッ、たれ…!!!』
「っはは…やっぱり、そーだ」
意識が遠のいていくのを舌を噛んで堪えながら、サリアに話しかける。
「アンタ、騙されて、ますよ…ソイツ、は…人を、殺す、爆弾…ス…」
「…!?そんなハズがないだろう…!」
「ハッ…!あんたの、考えなんざ…知ったこっちゃ、ねーッスよ」
シアンより神秘の量が少ないが故、すでに崩れ始めたヘイロー。
死へと、己の肉体が近付くのを感じる。
「ただ…スオウの、言ってた通り…死、までは…ラグが、あるみたい…ッスね……」
───コイツを、スオウの元へは向かわせない。
スオウの話から考えれば、今の自分は銃弾一撃でも死んでしまう体。
それでも精一杯の力でポケットに手を伸ばし…ボタンを、取り出す。
この建物の、主要な基礎につけておいた爆弾。
その起爆装置。
「ッ、貴様まさか」
「バーカ」
躊躇なくボタンを押し、爆弾を起爆する。
建物が崩れ、爆発していく。
敵も味方も、全てを巻き込んだ爆発。
「…スオウ……あとは……頼んだッスよ……」
己もまたその爆発に飲み込まれながら…元月アンナは、安らかに息を引き取った。
◇
「アンナッ…!アンナ、おい!!!………っあ゛ぁ…!!」
ああ、まただ。
また、俺が弱いせいで。
「あ、あの…!大丈夫、ですか…!?」
振り向けば、子供達が心配している。
…今ここで、俺が取り乱して。
余計な不安を、与えるわけには行かない。
「…いや、大丈夫。心配いらないぞ。もうすぐ、アリウスの自治区外に出られるからな」
悲しみも、悔しさも、自責も、怒りも、グッと堪え。
精一杯、見えもしない笑顔を取り繕う。
アンナがサリアを巻き込んで自爆し、稼いでくれた時間。
決して、無駄にはしない。
前へ、前へと進む。
ついに、自治区外へと出るシャッターへと辿り着いた。
レバーを上げ、シャッターを開く。
「いいか、全員焦らずに、ゆっくり出ろ。前のやつを押すなよ」
子供達が徐々に、徐々に逃げて行く。
しかし、その途中で。
『どこだっ!!どこにいる!』
『絶対に逃すなッ!』
恐らくは、過激派の人間の叫び声。
アンナの通信でサリアが言っていた、過激派の追っ手だろう。
子供達は萎縮し、わずかに動きが鈍くなっていた。
「止まるなッ!!!」
「…ッ!!」
「…いいか。アイツらは、俺が相手取る。その間に、お前たちは逃げるんだ」
…恐らく今の俺なら、相応に戦える。
あの時、怒りに任せて銃弾を発射しようとした時に掴んだ。力を…神秘を込める感覚を。
それがあれば、例え相手が過激派の…『ヘイローを破壊する爆弾』を持っている人間でも。きっと、勝てるはずだ。
「あ、あなたは…!?」
子供の一人が、不安げに質問してくる。
「あなたは、逃げないの…!?」
「…」
ふと、シャッターの外に目をやる。
夜中ではあるが、光が差していた。
目を細めるほど眩しい光。
「…ああ。俺は残るよ。まだ、そっちに行くわけにはいかない。やらなきゃいけない事があるから」
「っ…!」
アリウス自治区の子供達は、これで全てではない。
アリウススクワッドのような、ストリートチルドレンや…これからも、捨て子などが増え続けるだろう。もしかしたら、逃げた中でも捕まってしまう子だっているかもしれない。
…きっと、アンナにはわかっていたはずだ。
わかった上で、できるだけ多くの人間を救い…俺に、シアンとの約束を果たしてもらうために。
俺が一緒に逃げてくれることを期待して、この子達を任せたんだ。
彼女は…優しいから。
…それでも。
この学校に残る子供達を見捨てて。俺が、逃げるわけには行かない。
ここに残って。これから苦しむ人間を、少しでも助けるためにも。
「…さあ、早く逃げろ!俺がアイツらを倒せるとは限らねぇぞ!!」
「…っ!」
子供達が走り出したのを見て、反対方向へと走る。
アリウスの自治区の中へ。
暗い、暗い、闇の中へ。
なんとか書き上げました…明日は本当に無理かもです。
あと、前話のアンナのセリフを若干加筆しました。『』内がそうです。
「はっきり言って、命の保障はないッス。『例の爆弾を喰らわなくても、負けりゃ…実験台にされたり、殺される可能性もあります。いつ楯突くかもわからないヤツなんて、邪魔なだけですから。』私はどっちにしろ死にますが…皆は、白旗をあげれば助かるかもしれないッス。…誰も、責めませんから。死にたくない者は、この通信を切ってくれッス」