ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】再来する悪夢

───まずい!

 

 端的な思考は、これでもかとこの状況が危機的だということを伝えてきた。

 

「げほっ……!?」

 

 ミカのダメージ、そこはあまり心配要らないだろう。神秘による防御がない状態、不意打ちを喰らった。ノーダメージとまでは言わないが、ミカほどの肉体を持ち合わせていれば気絶させられるほどではない。

 問題なのは、ヘルメットが割れてしまった点。ミカの正体がバレる。

 

「これをっ!!」

 

 ラッシュガードを脱いで、急いでミカの顔に巻く。言葉にならない抗議の声が聞こえてきたが、そんな文句を聞いている暇もない。だって。

 

『お姉ちゃん!!スケバンが!!』

 

 この爆発、騒動。その主導者は間違いなく……アケミ達だからだ。ここで仕掛けてきた。自分たちの地位を取り戻すための戦いを。

 

「シオ、人数は!?」

『わかんない、抑えきれないくら……え……?なに、あれ……!?』

 

 何か理解し難いものを見たという声。同時に、戦闘音。シオとて分隊長、そこらの不良にやられるほど弱くはない……だが、何か恐ろしいものが迫ってきていることだけは確かだ。

 

「先生、アシリッ!ミカをお願いします!」

「“わかった!”」

「もががっ!?」

「ミカはここでおとなしく待機!正体がバレないように!」

 

 問答の時間さえも惜しい。広がり続ける混乱の中、地面を強く踏み締めて……狙う先は、ステージの方向。

 

「“スオウは?”」

「私は……()()を、止めてきます!!」

 

 遠くから聞こえる、何か大きな物体が風を裂く音。ステージが危機に瀕している、それだけは確かだ。先生との会話もほどほどに、踏み締めた地を思いっきり蹴り出す。

 体が宙に浮いて、投げ出されるような浮遊感。先程までそこにいた人たちが、すっかりと小さくなってしまっていて。でも、それらを見てる余裕なんてない。

 

「あら。またお会いしましたわね」

 

 ぽつり、と。小さなつぶやきが聞こえた。

 

「っ……!!」

 

 臓物を直接撫で回されるような、陳腐な表現で表すなら嫌な予感。そうとでも呼ぶべき直感に従って、()()()()()()()()()()()()

 

「貴女と再度拳を交えることになるとは……喜ぶべきか、それとも……」

「アケミ、さん……」

「ですが、貴女にとってはもっと優先するべきことがあるのでは?」

 

 眼前から迫り来るのは、アケミ。否。巨大な鉄の塊を両の手に携えた栗浜アケミ。

 

「そうでしょう?アネアネヘルメット団の、リーダー様?」

「なっ……!!」

 

 目の前の光景を理解するよりも、アケミの攻撃が早かった。

 先程まで手に持っていた二つの戦車のうち、片方がそこにない。彼女はまるで野球ボールでも投げるみたいに、戦車を投げ出して。

 

「っ……!」

 

 それは俺の方ではなく……B.o.Bが、ヘルメット団が、妹達が、ヒフミ達が。みんなのいるステージの方へ向けて、容赦なく飛んで行く。観客達を巻き込んで。

 

「このっ……!」

 

 一瞥。アケミを睨みつけて、「それがどうした」とでも言いたげな反応で。それ以上の対話は無用だと、地面に着地。戦車に追いつくべく、急いで駆け出した。

 

「ふぅっ……!」

 

 以前よりもさらに強化された俺自身の肉体、そして神秘。これらを以てすれば、戦車に追いつくこと、それ自体は容易い。

 問題は、圧倒的な質量の差。仮に戦車の前に立ちはだかることができたとして、それごと吹き飛ばされてしまえば意味がない。

 

「……くそっ!!」

 

 周囲の視線は、戦車に向かっている。もしあれの動きを抑えようとすれば、人目につくことは避けられないだろう。それでも、やるしか。

 

「え?」

 

 破滅的な思考が脳を支配し始めた、直後。ステージの方から、音が聞こえる。先程までと何ら変わらない、曲を崩したような、独自の色を持った音が。

 

「っ、まさか!」

 

 続けるつもりか?この状況で?とても正気とは思えない。B.o.Bはステージで、いまだにDJとしての仕事を続けようとしている。

 

「……いや」

 

 違う。直後、理解した。B.o.Bの意図を。広がり続ける混乱、狂躁。それらをほんの一度、一瞬でもいい。意識を自分の方へ向けさせ、理性を取り戻させるための行為。

 全員に効果がなくて構わない、ほんの一握りの人間に効果さえあれば。あるいは、さらに混乱を加速させて動けない程に頭を真っ白にさせれば。

 言葉よりも、ただ理性的に作られた音の方が、容易く人の心に入り込む。

 

「よしっ……!!」

 

 視線が外れたのを感じる。全てではないが、その大半が。戦車ではなく、ステージに向けられたのを感じる。だったら、やることは一つ。

 

「お、ぉおおぉおおおおおっ!!!」

 

 戦車に向けて跳躍。体当たりをかましてやった後……爆弾を握りしめて、思いっきり地面に叩き落としてやった。

 

「ふぅっ……くそっ、鈍ってやがる」

 

 轟音によりこちらへのわずかな視線を感じるが、気にしている暇はない。ゆっくりと、ゆっくりと。地面へただ、落下するわけにはいかない。

 

「……」

 

 目に、耳に、肌に。神秘を集中させて、周りの動きを観察。作戦の概要を、次のアケミ達の動きを推測する。

 

「……は?」

 

 そんな行為は無意味だった。

 

「なっ……!!」

 

 先程地面に叩きつけたはずの戦車が、巨大な熱風を伴って爆発。再び会場には混乱が広がり、ステージもその一部を損傷させる。音が止まる気配はない。B.o.Bは、まだ粘っているようだ。

 

「見直しましたよ、B.o.Bさん……!」

 

 おかげで、まだ戦える。戦車の爆発、あれは元々アケミ達が仕込んでいたものと見て間違いない。であれば、通信。

 

「シオッ、戦況は!!」

『へ、ヘルメット団の人たちと協力してる……と、トウが協力してるけど!何人か、そっちにいっちゃった……ごめんなさい、お姉ちゃん……!』

「大丈夫、よく頑張ってくれました!そっちは任せます!」

『っ……!うん!私、頑張る!お姉ちゃんのためなら元気百倍、全員の肋骨を薪にくべてやるんだから!』

 

 シオの言ってることがいつも以上に怖すぎるけど、そんなことはさておくしかない!!

 他にも通信を───

 

 

「あら、防ぎましたか。さすがですわね」

「っ、アケミさんっ……!」

 

 なんて、そんな余裕。当然のように、与えてはくれなかった。

 

「……ふー……予想外でしたよ、あなたがここで仕掛けてくるなんて」

「あら、あの程度で諦めてしまうと?心外ですわ、私も淑女ですわよ?」

「淑女関係なくないですか!?」

 

 調子が狂うけど、油断はしない。まだ戦車は持っている……おそらく、あれにも爆弾は積まれているはず。だから。

 

「あら、不意打ちとは……貴女らしくありませんわね」

「そうですかね?私、別に淑やかってわけではないですから」

 

 その隙は与えない。アケミは俺が、ここで食い止める。

 

「サオリ……ステージの状況は?」

『っ、スオウか……!スケバンが数十名、会場までなだれ込んで来ている……はず、だ』

「はず?」

「よそ見している余裕がありますか?」

 

 サオリの返答を聞くよりも先に、エリザベスによる銃撃。致命的なダメージには至らないまでも、無視することはできない。銃口の向きから弾道を予測、回避。

 

「避けられてしまいましたね……ショッキングですわ、勇気を出してアタックしましたのに」

『アケミと交戦中か……会場は一旦混乱がおさまったものの、ヘルメット団にスケバンが混ざってしまった。しかも彼女らは私たちではなく、ステージを攻撃しようとしている……正直、それらに対処するだけで精一杯。硬直状態だ』

「了解。サオリはそのままそこで、先生と一緒にスケバンへの対処と……ヒフミさん達を、守ってください」

『わかった。まずは観客の避難を優先するが、余裕が出たらそちらへ増援を送る。それまで、耐えていてくれ』

 

 ミカはヘルメットを破壊されて手痛いダメージを負ったとはいえ、倒したヘルメット団の偽物……スケバン達からヘルメットを奪えば、戦力としてカウントできる。

 会場には妹達に、その戦力を大幅に減らされたとはいえ、ヘルメット団も残っている。増援は期待できそうだ。だとすれば、俺がやるべきはアケミを倒すことではなく。

 

「時間稼ぎ……なんて、つまらないことはさせませんわ」

 

 俺の思考に重ねるように、アケミは言葉を紡ぎ出す。

 

「っ、何してくれてやがるんですかっ!!」

 

 同時に、戦車の砲弾も。ステージに向けて思いっきり投げつけられたそれを、空中で爆ぜさせることでかろうじて無力化した。

 

「あら、先程不意打ちしたのはそちらでしょう?」

「ぐっ……!」

 

 違う。抗議したいのは、不意打ちではない。そんなことは、アケミ自身よくわかっているだろう。

 ステージへの攻撃。アケミ達が戦力差を無視するために打ってきたであろう一手。単純ながら、その威力は強烈だ。

 

「さすがに、これを持っていてはあなたとは戦えませんわね」

 

 アケミ達の攻撃に対して俺たちは後手に回らざるを得ず、場合によっては自分たちの体で攻撃を抑えるしかないこともある。むしろ、アケミ達はその状況に落とし込めるように、積極的に狙ってくるだろう。

 

「くそっ……」

 

 先程、増援は期待できる、と。俺は心の中で、そう考えたが……甘かったかもしれない。

 

「さて、これは果たしてどちらのリベンジマッチとなるのか……私とて、あれを勝ちとは言いたくありません。ですので、そうですわね……これは」

 

 ゆらりとたちのぼる、ドス黒い赤色の神秘。鼓動が見えるほどに浮き上がった血管、膨れた筋肉。

 

「あの戦いの続きをしましょう。とでも、言っておきましょうか」

 

 リミッターの解除。栗浜アケミは、お前が倒すしかない。そう、面と向かって言われた気がした。

 

 

 

 

 場所は変わって、会場にて。

 

「全員、前のやつを押すなよ!!この襲撃は一時的なものだ、いずれ終息する!今はとにかく、会場を離れろ!!」

 

 避難指示を出すのは、ヘルメット団の一人。スオウ達とも関わりが深い、海の家にいた彼女だ。彼女もヘルメット団の中では地位が高い、それゆえにヘルメットの型も通常のそれではなく、改造を施された特殊なモデルとなっていた。

 

「くそっ……!人が多すぎる……!」

 

 この襲撃は一時的なもの。先ほど観客に対して放ったその言葉は、自分に言い聞かせている言葉でもある。

 B.o.BはステージでDJを続けている、おそらく彼は逃げるつもりがない。金がなければ仕事を請け負わないB.o.Bだが、金さえ受け取ればどんな状況でも仕事は果たす、と、つまりはそういうつもりなのだろう。

 

「まだだ……!まだ、チャンスは……!」

 

 だからこそ。B.o.Bが仕事を全うするつもりでいるからこそ、この襲撃さえ乗り越えてしまえば立て直せる。DJのステージを再開できる。一般の客は多少減るだろうが、元々一般の客など数えるほどしかいない。裏社会では襲撃など、日常茶飯事なのだから。

 

「だが、っ、そこのお前!!止まれ!!そこの白いサンダルを履いたお前だ!!」

 

 警告を無視してステージに駆け出すヘルメット団を容赦なく撃ち、気絶させられないまでも足の動きを止めさせる。ヘルメットを見てみれば、キズ一つない新品。クロだ。

 

「チッ……おい、こいつを連れていけ」

「は、はいっ!」

 

 手荒に拘束し、避難するヘルメット団についでに引き渡す。現状ではなんとかスケバンの動きも抑えられているが、これもいつまで続くものか。

 現状なら立て直せる。それは間違いない。だが、ステージや機材が破壊されれば話は別だ。予算も無く、数十分で設営ができるようなものでもない。それがわかっていて、このスケバン達はステージへの攻撃を繰り返しているのだ。

 

「ふぅ……っ、ダメだ……まだ、まだ休めるような時間じゃ……!」

 

 ヘルメット団と、アケミ率いるスケバン集団。どちらの方が先に精神を潰すか。戦力(タマ)が切れるか。これはそういう戦いだ。アケミ達には一片の希望のない状態から、五分の状態まで持ってこられた。勝敗が読めない。

 さらに、不安ごとはそれだけではない。

 

「っ……!」

 

 考えたくもない。考えたくもないが、この戦いの後にさらなる戦いが控えている可能性。或いは、この戦いに乗じてか。信用していいものか、果たして───

 

「あ、危ないっ!!」

 

───そこまで考えて、衝撃。現実に引き戻された。

 

 襲撃?スケバンによる?なぜ自分に?

 当たり前の疑問が、ぐるぐると彼女の頭を周り始めて。

 

「って、お前は……」

「平気!?」

「あ、ああ……」

「よかった……」

 

 あいつらと一緒にいた。そう口にするよりも先に、桃髪の彼女、下江コハルの形相に押され、結局それが言葉になることはなかった。

 

「気をつけて、あいつら相打ち覚悟で爆弾を……」

「コハル、そっちか!」

 

 ああ、そういうことかと、遮られた彼女の発言で納得する。先ほどの爆発は、拘束したスケバンが仕込んでいった爆弾。それが爆ぜたもの。ステージを破壊できないならばせめて一人でも多くと、そうして至った結論だろう。

 

「よかった、あまり離れ過ぎないで。私の近くにいないと守れなくなる」

「ば、馬鹿にしないで!一人でも戦えるし!前も言ったでしょ!」

「……そうか……うん、ごめん。私が間違ってた。コハルは一人前だ」

「あ、ちょっ……だ、だからって一人にしなくても……」

 

 どこか気の抜ける会話。先ほどまで強い警戒をしていた自分が、少し馬鹿らしい。ほっと一息つきながらも、アズサと呼ばれていた彼女の背中を見送る。

 そんなアズサが向かう先は、ヒフミとアシリ、そしてハナコの元。いくら自分で戦えるとは言っても、理屈はさておいて心配は心配なのだ。一人よりも二人、二人よりも三人だろう。でき得る限り、補習授業部のメンバーには一箇所にいて欲しい。そう、思っていたが。

 

「サオリさん、あちらの方!怪しい動きをしていました!」

「了解した!」

「か、観客の方はこちらへ避難してください!」

「わ、私についてきてください……!自信はありませんが……あ、そ、そこの人、列を離れないで……」

 

 そんな必要はない。言葉でなく、見える景色でそう思い知らされた。

 ハナコとサオリ、アツコは協力して、不審人物を炙り出している。ヒヨリとヒフミは避難誘導、よく通るヒフミの声と、周囲を見渡すことに長けているヒヨリの目。二つを合わせて、漏れを減らす。

 

「ピーちゃん、もっと北!画像拡大して!」

「……オーケー。ここは第一分隊長、第五分隊長と第六分隊長で大丈夫そうだね。次移って」

「りょ、了解!」

 

 ミサキとアシリは戦力の調整。ピーちゃんとやらを使い、全体の戦局を把握しているようだ。そして戦場にて指示を通すのは、シャーレの先生。

 

「……」

 

 アリウスも、トリニティも。補習授業部も奉仕活動部も、スクワッドも分隊も、ヘルメット団ですら関係ない。当たり前のように、皆が恐れることなく信頼して、背中を預けて、そして共に状況を打破するべく戦っている。

 否、当たり前のように、ではない。当たり前なのだ。彼女達にとっては、これが当たり前だと。そう呼べるほどに。

 

「ちょ、ちょっと……置いてかないでよ……」

 

 息も絶え絶えに、後ろから聞こえてくるコハルの声。彼女もまた、一度はアリウス分校生であることを選んだ自分を、何の疑いもなく信じてくれいている。

 

「ごめん、もう大丈夫かと思って」

 

 喜ぶべき状況ではない、というよりも、とても喜べる状況ではない。だがだからこそ、この緊急事態だからこそ。人というのは余裕をなくし、焦り、追い詰められ、互いに攻撃的になり合う。不審が不信を呼び、協力することが難しくなってしまう。

 だから、アズサは。

 

「……え、どうしたの?」

「いや、なんでもない。私たちも、避難誘導を手伝おう!」

 

 きっとずっと、誰よりも。なんて言えるほど、自信は持てないが。少なくとも何も知らない誰かよりは、ずっと。こんな当たり前を、望んでいた。

 

「……」

 

 喜ぶのも噛み締めるのも。全ては、守るべきものを守り抜いてからだ。そんな気持ちも全て銃に込めて、スケバン達に向けて撃ち出した。

 

 

 

 

 そんなアズサの想いも知らず、一人だけで敵と相対する少女……果たして彼、もしくは彼女を少女と呼ぶことが適切か、それはわからないが。とにかくアズサの姉、桐花スオウは、誰と協力するわけでもなく栗浜アケミと交戦していた。

 

「お、らァッ!!」

「焦りが見えますわね。そんなにステージが心配ですか?」

 

 スオウの拳を防ぐことすらせずに、右手で胴体を鷲掴み。その平たく薄い体を掴まれ、大きく宙に投げ飛ばされる。

 

「くっ……!」

 

 栗浜アケミはすでに、戦車を置いている。さしもの彼女も、リミッターを外したとはいえ戦いに余計なものを持ち込む余裕はないらしい。

 

「隙ありです」

「待っ……!」

 

 空中。身動きが取れない状態。砲弾をステージに投げつけられ、久しく取り出すのはハンドキャノン。シアンの遺した銃。

 

「こんにゃろっ!」

 

 強く、強く。落下しながらも、なお強く。神秘を込めて、一発。それだけの弾丸で、砲弾を制した。

 

「隙あり、ですわ」

 

 アケミにとっては想定内。後ろに周り、その凶悪な拳を振り抜こうとして。

 

「チッ……!」

「くっ……!」

 

 背中に回したショットガンの銃身で、かろうじてながらも防がれてしまった。

 

「まあ、だからなんだという話ですわね」

 

 拳がダメなら脚がある。斬り裂くような勢いで放たれる蹴り、スオウには防ぐ手段はおろか、避ける手段さえない。まともに喰らう、そう予想したアケミだったが。

 

「っ……!?」

 

 脛のあたりに、予想外の熱。ダメージ。相手を吹き飛ばすつもりが、カウンターのように自分諸共吹き飛ばされてしまった。

 

「今、のは……」

 

 一体、何が起きた?ほんの僅か、アケミの思考は白む。自分は確かに、スオウに一撃。避けようのない蹴りを入れたはず。あの体勢からのカウンターは不可能、そう判断しての一撃だった。

 ダメージは問題ではない。元々、リミッターを外した彼女にとって痛みやダメージといったものは大した意味を持たない。だが、言いようのない得体の知れなさ。不気味な、奇妙な、気持ち悪い感覚。

 

「ふんっ!!」

「な、かっ……!」

 

 その一瞬。隙を突かれて、神秘を過剰に込めたショットガンによる銃撃を、至近距離でまともに喰らってしまった。

 

「まだまだっ!!」

 

 反撃の目は与えない。スオウとしては、当然の判断だろう。アケミの勝利条件は会場の破壊、それだけだ。長引かせれば、不利になるのはスオウの方。ただしそれも、リミッターの制限時間が来るまで。そして、増援が来るまでという条件付きだが。

 

「いい攻撃です、しかし……」

 

 今の私には無意味ですよ。言葉にすることはない。行動で示すのみだ。攻撃を一切防ぐことも、避けることもなく、羽虫を振り払うように。スオウに向けて、腰の入った拳を打ち出した。

 

「がっ……!」

 

 予想外の動きに対応しきれず、吹き飛ばされるスオウ。そこまではアケミが思い描いた通りの動き。しかし、その後は……自身の拳に感じる熱は、アケミの想定が誤っていたことを示している。

 

「これは」

 

 爆発の痛み。あの一瞬でスオウは爆弾を取り出して、そしてアケミをカウンターの要領で爆ぜさせたということ。そしてその爆弾を保存しているのが、あの白い袋というわけだろう。

 

「……」

 

 繰り返される攻防。けれども、その中にアケミの心はない。彼女は今、深い思考の海の底だ。

 リミッターを解除した自身に対して、こうも長い時間粘り続けている。以前の彼女よりも、遥かに強い。リミッターを解除しなければ、鍛え直す前のアケミならば、或いは負けていたのは彼女の方だった。そう確信させるほどの猛攻。

 原因は分かりきっている。昨日の戦いで感じた、スオウの戦い方への違和感。本来の戦い方ではない、と、そう指摘した。

 

「それが、あなたの本来の戦い方ですか」

「さあ?そう思うならそう思っておいても、いいですよっ!!」

 

 スオウの踵落としを頭蓋で受けたアケミ。頭から血が垂れ下がってくるが、身体中に通した神秘で即座に止血。足を掴んで、地面に叩きつける。

 

「ぐはっ……!」

「……いえ、違いますね」

 

 まだ足りない。果てなき戦闘で得た経験、それに伴った野生的な感性は、スオウの戦い方はまだ足らない、と。これ以上のナニカがある、と。そう、アケミに示していた。

 

「げほっ……!」

「いささか、楽観視が過ぎますわね」

「ぐ、ぅぅ……!」

「今の私は、貴女が手加減した状態で負けるほど弱くはない」

 

 確かに現状のリミッター解除は、言うなれば一段階目。通常より薄く、弱く、長く広げられた状態のもの。継戦能力を重視した結果だ。

 だがそれでも、スオウを倒し得るだけの充分な力。少なくとも、今まで彼女がアケミに示した実力の範疇であれば。

 

「……まあ、このまま手加減を続けるつもりだと言うならば」

 

 だからと言って、下手に刺激して逆転の機会を与えてやる義理も、理由も、余裕もない。そのまま踏み潰して、意識を奪ってやろう、と。足に力を込め始め、直後。

 

「……らしく、ないですね」

「……?」

 

 スオウが選んだのは反撃でも撤退でもなく。対話だった。

 

「時間稼ぎのつもりならば」

「あなたらしくない」

 

 時間稼ぎ。そう断じてしまうこともできた、そうするつもりだった。だが、確信めいたスオウの言葉。無意識に、アケミの足から力が抜ける。

 

「何を」

「私じゃなく、ステージを攻撃するなんて」

「……ええ、そうです。卑劣だと糾弾しますか?卑怯だと怒りますか?」

「いーえ、全く?」

 

 目を閉じて、呆れ笑い。しまいには、ため息。とても戦闘中とは思えないほどの余裕。予め答えがわかった問題に挑むような、その態度が気に食わない。アケミは再び足へ込める力を強め、銃を握る。トドメを刺すべく。

 

「そう思っているのは、あなたのほうじゃないですか?」

「……」

 

 銃口を向けた先。割れたヘルメットから覗く、非対称の瞳孔。奥底に向けて明るくなっていくような、深緑の虹彩。目線はそこへ吸い込まれ、まるで金縛りにでもあったかのように体が硬直する。言葉の重みが、アケミの体にのしかかる。

 

「私の不意打ちを、あなたは糾弾した。私との戦闘を素晴らしいものだったと、死力を尽くした敵を賞賛した」

「っ……」

「ねぇ、アケミさん。なんでこんな戦い方をするんですか?」

 

 キリキリと。針金で一本一本、小さな傷をつけられる。メッキで覆った、自身の誇り。プライドに。

 

「短い付き合いですが、あなたの性格はわかる。腹芸ができるタイプでもなければ、策略を巡らせるわけでもない。そこにあるのはただ、真っ向からの真剣勝負のみ」

「……黙って、ください」

「一方でそれは、あなたにとっての誇りでもあった。違いますか?」

「うるさい!!」

 

 もはやいつもの口調さえも忘れて、スオウに容赦なく銃弾を撃ち放つ。が、予想されていたのだろう。ヘルメットを僅かに崩しながらも、中身の彼女自身へのダメージは少ないようだった。

 

「そんなあなたが、なぜこんな戦い方をするのか。らしくないと言ったのは、そこですよ……七囚人の一角。栗浜、アケミさん」

 

 七囚人。自身にとっての汚点でもあり、功績でもある。そんな名で呼ばれて、全てわかっている。そう、直接的に伝えられて。

 

「……認めましょう」

 

 だからこそアケミは、本音で話し始める。

 

「……確かに、この戦いは……こんなものは……私が望んだ形では、ない」

 

 ニヤニヤ教授がこの場にいたのならば、少しムッとしていただろう。それでも、それがアケミの心からの本音だった。

 

「……それ、でも……」

 

 だが、それ以上に。

 

「それでも、あの子達を守るためなら……私は……」

 

 それ以上に、彼女の中にあったのは。

 

「安心しました」

 

 ピンっ、と。どこか遠くから、ピンを抜く音が聞こえた。

 

「やっぱり私は……あなたのことが、結構好きですよ。やってることは、よくないことですけどね」

 

 否、遠くから聞こえたように思えた、というのが正確だ。アケミの積み重ねた葛藤が、現実を遥か遠くに引き離した。

 

「だからあなた達を倒してめでたしめでたし、って。そういうわけには、いかないですね」

 

 爆発。凶悪なまでの爆炎が、アケミの体を吹き飛ばす。

 

「なっ……!?」

「げほっ……よしっ、脱出成功!」

 

 だがそれは、スオウ自身さえも巻き込んで、だ。だというのに彼女は対して気にする様子もなく、むしろこれで一安心だと、咳払いの後に深呼吸をしてみせた。

 

「……!!」

「さて、アケミさん」

 

 ここからが彼女の本領。そういうことなのだろう、しかし。これは。この戦い方は、まるで。

 

「ここからが本番ですよ」

 

 ヒビが深くなったヘルメット。その奥底に秘められた素顔は果たして化生か、あるいは。

 

「っ……!」

 

 爆炎と共に襲いかかる彼女に、アケミは初めて……この戦いの中で、恐怖心を感じた。




ごめんなさい、投稿が遅くなりました……完全に私の配分ミスです。申し訳ありませんでした。
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