朝目覚めると、けたたましく鳴り響くのは目覚まし時計。夢の世界を壊すように、破滅的な爆音をかき鳴らし続けて。
「うぅ……っるせぇー!!」
拳を撃ち放って、これでよし、と。やっと寝直すことができるわけだ。
「……って、アホ」
やっちまった。これで何台目だっけ。未だに寝起きの力加減はうまくいかないなぁ……シアンとかどうしてるんだろ。今度聞いてみるか。
「ふぁ……あ……」
カーテンから覗く日差し。小鳥の囀りが、窓の奥から聞こえてくる。いつもと変わらない、心地のいい朝だ。
「……これ、下に持ってかないとな」
流石に壊れた目覚まし時計をそのままにするわけにはいかない。分類としては燃えないゴミだったと思うし、出せるのは来週の……って、ん?
「……八時、三十分?」
時計の時間は、殴って壊してしまったタイミングで止まっているはず。ついさっきまで鳴っていたのだから、昨日の八時三十分で止まっているとは考え難い。
つまり、これは。
「ちっ……遅刻するぅ!!?」
やばいやばいやばいやばいやばい!!?あと一回でも遅刻したら補習授業部にぶち込むぞって釘刺されてたのに!!?
「いっ、急げっ!!」
急いで制服に着替えて下へとダッシュ、カバンを忘れていたのは痛いタイムロスだ。
「お、起きてきたッスね」
「おはよースオウちゃん!!」
「はいはいおはよう!!」
一階に降りれば、そこにはいつも通りに優雅な朝を過ごす二人。
「シアン、アンドアンナ!!!」
「もー、またスオウちゃんは寝坊してー」
青い髪を靡かせながら小言をかましてくるシアン。そんなのんびりコーヒー啜りながら言われても。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!!?」
「私何回も起こしたよ?なのにスオウちゃんがまだ寝るーって」
「……い、言われてみればそうだった!!?じゃあ俺が悪いわ!!ごめん!!」
クソッ、昨日ゲームやりたいからって夜更かししすぎた……!
「私は元から幼女を起こすつもりなんてねぇッス」
「誰が幼女だ!!スオウって呼べスオウって!!」
「ハッ。あと十センチは身長伸ばしてから出直せッス」
いやこんな話してる暇はないんだって!!こうしてるうちにも始業時刻が刻一刻と……!とにかく、できるだけ早く出発しないと!
「アツコは!?」
「ここにいるよ」
そう言って廊下から顔を出すのは、薄いすみれ色の髪に丸い赤眼。絹のように綺麗で可愛い、俺の大切な妹。
「おはよう、アツコ!!待っててくれたんだ!!」
「おはよう、スオウ姉さん。私はまだ遅刻しても大丈夫だし……それに」
少し悪戯っぽく、安心し切った笑顔でアツコはにんまりと微笑んで。
「スオウ姉さんなら、今からでも間に合うでしょ?」
「……もちろんっ!お姉ちゃんにまっかせなさい!」
この子を保護してから、はや十年。随分、明るくなったなぁ。
「朝飯は!?」
「ベーコンエッグトーストッス」
「ふぁふい、ふぉれふぉふぁっへふほ!」
「ゆっくり食べるんだよー?」
トーストを口に咥えて、少し長い焦茶色の髪をまとめ。アツコを抱えて玄関に出る頃には、すっかり朝食も食べ終えて。
「ご馳走様!!それじゃあ、行ってきます!」
「行ってきます」
「ゆっくり食べてってばぁ!?……もー!!いってらっしゃい!!」
「いてらッス」
扉を開けて、目に入るのは住宅街。アリウス分校生の多くが移り住んだここは、もうアリウス自治区じゃない。トリニティ自治区の一部だ。
「アツコ、しっかり掴まっててな!」
「うん、わかった」
首の裏に回された腕が、先ほどよりも少し強めにギュッとしまったことを確認。そのまま、思い切り地面を踏み込もうとして。
「また寝坊か。この不良娘が」
「げっ……」
向かいの家からわずかな怒気。煮えたぎる感情を堪えるような低い声色でこちらに話しかけるのは、傍目からも三十路前後とわかる女性。
「お、おはようございます……ヒロさん」
「全くお前は……子供の頃はもっと利口だった気がするが」
「えぇー?そんなことないですよぉ?」
「褒めてないぞ」
「うぐっ……」
ずんばらりんと……まああの頃は今と違って、色々と必死だったと言うかだな……こんなふうに寝坊したら、いつベアおばが来てもおかしくない状況だったわけで。利口だったというか、死に物狂いだったというか。
「……はぁ……アツコ、わざわざスオウを待ってやる必要はないんだぞ?」
「ううん。私がそうしたいからしてるの」
「……そうか。相変わらず、姉妹仲は良さそうだな」
そう言ってヒロさんが投げ渡してきたのは、野菜ジュースが一つにセガノビールという飲み物。身長が伸びるという一品だ。
……うん。それぞれどちらにどんな意図で渡したのかは、まあ聞かないようにしておこう。ヒロさん、俺のことを十四年前と同じ感じで見てるんじゃないだろうな。
「餞別だ。持っていけ」
「ありがとうございます、ヒロさん!」
「ふん……いいからさっさと行け」
「そうだよ、スオウ姉さん。遅刻しちゃう」
言われてみればそうかと、腰を低く。アツコがしっかり掴まったことを確認してから、一気に地面を踏み締めて。
「それじゃあヒロさん、また放課後!!」
「またね」
「ああ、また後でな。帰ってきたら説教してやる」
「……えっ!?」
なんて言ってるうちに、家はすっかり小さくなって掌サイズ。ぐんぐん地面からは離れていく。トリニティの校舎が見えたことを確認してから、アツコを傷つけないように慎重に爆弾を背中に投げて。
「それじゃあ、レッツゴー!」
「ごー」
そのままトリニティ総合学園に向けて真っ直ぐ、一切の障害物を無視して加速。ぐんぐんとトリニティへ近づいていく。
途中途中、電柱や歩道橋に着地しながらさらに加速。そのまま、トリニティの校舎の手前まで来て。
「アツコ、時間は!?」
「八時三十七分。そろそろ正門は閉められちゃうかも」
「余裕ッ!!」
トリニティ総合学園の正門が見え始めたところで、地面に降りて走行。そのまま突っ切って校舎内に入ろうとして。
「き、来た……!来ました!桐花スオウです!!」
「閉じろ閉じろ!!そう何度も通らせてたまるか!!」
正義実現委員会が二人。俺を入れるまいと、正門を閉じていく。
「全く、シツレイな……また時間的には入ってもいいはずなのに」
「ギリギリだけどね」
徐々に、徐々に閉じられていく正門を前に、仕方がないと足に力を込める。この速さなら、閉じられるよりも俺達が潜り抜ける方が早いはず……!
「待ちなさい」
と、思ったけど、そう簡単にもいかなそうだ。
「遅刻回数計四回。年貢の納め時です」
「やっべ、副委員長だ……」
たまたま巡回時間だったらしい、正門の後ろに立ち塞がるのは羽川ハスミ。生真面目な彼女のことだ、正門は通してくれるだろうけどもっと早めに来いと叱られる。そしたら、教室まで間に合わなくなって……遅刻確定。そんな事態は避けなくてはならない。だったら。
「アツコ、少しだけ揺れるな!」
「大丈夫、もう掴まってるから」
「さっすがアツコ!」
アツコを抱えたまま、さらに加速。加速、加速、加速して。
「よっ、と!!」
「なっ……!!」
正門の直前で跳躍。そのまま正門を踏み台にして、ハスミの上を跳び越えて。
「お仕事頑張ってな。ハスミせーんぱいっ?」
「……逃しましたか。仕方ありませんね」
小さくなっていくハスミの影を見送りながら、アツコを教室へと送り届けた。
◇
「って感じで、今朝は忙しくってさ……」
「自業自得じゃないか?」
「本当にね」
購買部でパンの購入争いに巻き込まれつつ、クラスメイトのサオリとミサキと軽く雑談。授業はベランダから乗り込んだのでギリギリ間に合った。
「というか、それ一人分?相変わらずとんでもない量食べるね」
「違う違う。こっちはアツコの分。で、残りが俺の分」
「……それにしても多すぎはしないか?」
「むしろアツコの食べる量が少なすぎて、お姉ちゃんとしては心配なんだけどね……」
アツコには食べたいものをあらかじめモモトークで聞いておいた。だから、昼食の量はこれで間違いないはずだけど……俺の三分の一以下。女の子ってみんなこうなのかな。
「それで、そのアツコはいつ来るんだ」
「んー、ヒヨリも連れてくるって聞いてるから、そろそろだと思うんだけど……」
ここは中庭。人が多いとはいえ、見晴らしはいい方だし……そんなに迷うこともないと思うんだけど。
「ごめん、サッちゃん。ミサキ。スオウ姉さん。待った?」
「いや、全然。ね、サオリ、ミサキ」
「ああ、私たちもちょうど来たばかりだ……それより、朝は災難だったな」
「ちょっとサオリ?」
なんだかお姉ちゃんの時と随分反応が違うような……お姉ちゃんってなんだ。アツコと間違えちゃったか。
「というかヒヨリ、弁当は?」
なんて、おかしなことを考えていると、ふとミサキがそんなことを言う。言われてみれば、ヒヨリは手ぶらで来ているようで、それらしいものは持ち合わせていなかった。
「そ、それが、購買に行くのが遅れちゃって……えへへ……」
「……いじめられてる、とかじゃないよね」
「ち、違いますよ!」
目つきを鋭くして、些細な仕草も見逃さない。そんな表情でミサキが問いかけたけれど、ヒヨリは特段変化を見せなかった。少し焦ったけれど、それは誤解をされているから。そんな感じだ。
……まあ、ミサキが過保護になる理由もわからないでもないけど。
「むしろクラスの人たちは、こんな私にも良くしてくれてて……マリーさんはお弁当を分けてくれようとしましたし……」
でも結局蔑ろにできないし、なんとなく助けたくなってしまう。そんな印象を、ヒヨリには受ける。だから、そんなに心配しなくても大丈夫な気がする。
「そ。ならいいけど。来な、私の弁当分けてあげるから」
「いいよいいよ、ヒヨリ。俺のわけてあげる。どうせいっぱいあるし」
「いや、それなら私も……少し多く買いすぎたな」
「元々私と一緒に食べる予定だったから、私からもらうのが普通」
「え、えぇっと……か、かえってお弁当が増えましたね、へへ……」
俺たち全員から昼食を分けてもらったヒヨリは、「もともと買いたかった量よりたくさんです」と言って喜んでいた。いっぱい食べるヒヨリを見てるとお姉ちゃんも幸せ。
「……二人が入学して、もう随分経ったよな」
パンを頬張りながら、ふとそんなことを言ってみる。別に深い意味があったわけではなくって。桜が散っていくのと、緑色に染まっていく木々を見て。なんとなく、そう思っただけだった。
「そうだね。ちょっと前まで、まだ中学生だったのに」
「ちゃんとした学校に通えてたわけじゃないですけどね……」
「まあ、そのくらいの教育を受けれるだけでも恵まれてる方だよ。……十年前に比べれば」
……十年前。より正確に言うならば、十一年前。内戦が終わった、あの日。あの日から、シアン達とは……なんだかんだ、協力関係が続いていた。
過激派は完全にいなくなったわけじゃない。一つ一つ立て直すみたいに、ちょっとずつ『学校』を名乗れるくらいには、アリウス分校の体制を変えていった。
「どうしたんだ、ニヤついて。不気味だぞ」
「言われ方酷くない!?……いやね、なんというか」
そうして、十一年。シアンとアンナも大人になって。俺も高校生になって。それで、こんなふうに学校で。日の下で。ただ食卓を囲めるって、たったそれだけのことが。なんでか嬉しかった。
「みんな元気そうでよかったなぁって」
「……?ああ、そうだな。健康なことは変え難い幸福だ」
「はははっ……」
そういうことじゃないんだけどなぁ。そう思わなくもなかったけど。自分の気持ちを言葉にできる気もしなかったから、軽く笑って誤魔化した。
「そういえば、二人はどこかの部活に入らないのか?」
「ぶ、部活ですか?」
「うん、部活」
一心不乱にパセリのベーコン巻きを食べるヒヨリに笑いかけながら、世間話がてら聞いてみる。
「ヒヨリは本を読むのが好きなら、図書委員とかいいんじゃないか?」
「え、えっと……それは……」
「スオウ、ヒヨリが好きな本っていうのはそういうのじゃなくて……」
「……?」
何か訂正しようとミサキが試みていたけれど、疑問符を浮かべるしかない。しばらくして、呆れたようにため息をつかれてしまった。
はて、ヒヨリ……好きな本……ああ、ファッション誌とかの雑誌が好きなんだっけ。そりゃ図書館には置いてなさそう……むしろ、正義実現委員会の方が手に入りやすいかも。なんちゃって。
「そ、そういう目的で入るなら、正義実現委員会の方が良さそうです……私の友達に、禁書を持っている人がいますし……」
「……」
なんで冗談じみた思考をしていたら、ヒヨリも同じことを考えていたらしい。コハルめ、バレてるぞ。
「アツコは確か、シスターフッドから勧誘が来ていたんじゃなかったか?」
おそらく合宿先にいるであろうピンク少女に想いを馳せていると、思い出したかのようにサオリが呟く。そういえば、トリニティに入ってすぐの頃はそゆなこともあったっけ。
「……あの人たちは、私の血統に興味があるだけだよ」
「……アツコ……きっとサクラコ先輩は、それだけじゃなくって」
アツコを保護する。そんな目的も、サクラコは確かに持ち合わせていたはず。だって、俺の時もそうだったから。
どこから情報を仕入れたのかは知らないけど、彼女は知っていた。俺についても、アツコについても。その血統の、特別さについて。
まあ俺の時は俺自身の強さで納得させたし、アツコの時もシアンの保護下で俺の妹って聞いたらすぐ引いてくれたけど。
「わかってる。シスターフッドの人たち全員が、嫌いなわけじゃない……ううん。むしろマリーさんとかヒナタさんとか、好きな人が多い……けど、一部の人たちが苦手なだけ。それに、もっと入りたい部活があるから」
「……」
……アツコが入学するまでの間に、もっと根回しをしておくべきだった。そんな後悔をしてしまったのは、そう記憶に遠くない。
お姉ちゃんとして。同じ血を引くものとして。もっともっと、できることがあったんじゃないかって。あっただろって。巻き込まないこともできただろって。
「……それに、私には守ってくれる後ろ盾はいらない」
「……?」
「何があっても、スオウ姉さん達が……みんなが、守ってくれるから」
でもアツコは、気にしなくていいって。守ってくれるってわかってたから、それだけで大丈夫だったって。あの時もこんなふうに、笑いかけてくれたっけ。
「もちろん。何があっても、絶対守るよ」
だから、二度とあんな後悔はしない。絶対、見落としたりしてたまるか。
「ところで、アツコが入りたい部活はどこなんだ?私は何も聞いていないんだが……」
「あ、それは俺も気になってた。アツコ、どこ入りたいの?見学着いてこっか?」
「着いてくるというか……姉さん達と、同じ部活なんだけど」
「……」
そんなことを言い出すアツコに、俺もサオリも、ついでにミサキも、苦虫をまとめて数十匹くらい噛み潰した表情になる。俺たちと同じ部活って、うーん……。
「ダメ?」
「ダメじゃないけど、人が少ないしなぁ……」
「それだったらシスターフッドでもいい気がするけど」
「……色々言いたいことはあるが、私はアツコの意思を尊重しよう」
三者三様それぞれのスタンスを示しながらも、『そこまでおすすめするわけではない』という根底の部分は変わらなかった。そりゃそうだ、ただでさえシスターフッドモドキとか暇人とか言われてるのに。
「ヒフミがモモフレ同好会作ろうとしてたけど、そっちはどうよ?」
「何ヶ月後になるの、それ……アズサも相変わらず戻ってこないし」
「あー、はははっ……まああと何回かテスト受ければ、って感じかな」
ミサキの辛辣ながら真っ当な意見に苦笑いしつつ、次のパンは手を伸ばす。これがラスト。楽しい時間は短いものだ。
「わ、私は放課後スイーツ部が気になってます……同級生もいますし、おいしいものをたくさん食べれますし……部費で……」
「最後、最後。本音出てる」
確かに部費でスイーツ食べれるならそれに越したことはないけど、そんなに甘い話でもないような……かと思ったけど、よく考えたら俺たちも部費でこたつとみかん買ったりしてたわ。できなくもない、のか……?
「まあ、ゆっくり考えてもいいんじゃないの。どうせあと二年くらいはこの学校にいるんだし」
「あなたのように遅刻が多い場合、その限りではありませんよ」
「そうそう、俺みたいに……って、へ?」
突然の歯に衣着せぬ物言い。嫌な予感から、ふと後ろを振り向くと。
「は、ハスミ先輩……おつかれさまです……こ、これいります?」
「いりません。食べかけではないですか」
「は、はははっ……」
まさかこんな時間に中庭までハスミが来るなんて……!
「……説教しにきたわけではありませんよ。私は通報を受けて生徒の護送に来ただけです。購買部でパンの取り合いをしてたらしいので両成敗。ひとまず、正義実現委員会の反省部屋でおとなしくしてもらいます」
「チッ……テメェがさっさと譲らねェからだぞヤコ」
「あァ?サウが遅かったのにゴネるからだろうが」
縄に縛られて連れて行かれる間にも喧嘩をおっ始めるヤコとサウを見て、深くため息を吐くハスミ。この二人の護送とは、中々大変そうな……。
「……本当に、おつかれさまです」
「……いえ……仕事ですので……」
「あの、これ……あとで食べようとしてたやつなんですけど、良かったら……」
様子を見るに、お昼ご飯を食べる時間もなかったはず。なんとなく可哀想になって、おやつに取っておいたチョコドーナッツと牛乳を渡してあげた。ほとんど表情は変わらなかったけど、なんとなく喜んでるのは伝わってきた。
「困ったことがあれば言ってくださいね。俺も協力するので」
「……ありがとうございます。また何かあれば、協力を要請しますね」
たいそう疲れた様子で、ハスミは縄を引っ張って去っていった。相変わらず大変そうだなぁ、正義実現委員会の副委員長……俺も少しは助けになれてればいいんだけど。
「は、ハスミさん、大変そうでしたね……」
「サウとヤコといえば、有名な不良姉妹だしね……大体は身内同士のいざこざらしいけど」
「実は不良ではなく口が悪いだけという噂も聞くしな」
各々が口を揃えてハスミへ同情を送っていると、焦るように走る正義実現委員会の生徒が二人。
「早くーフィリ!!ハスミ先輩ぼっちになっちゃうよー!!」
「うん……わかってる……けど……つかれた……」
「もー!!そんなんじゃ正義実現委員会やってけなくなっちゃうってばー!!」
「……」
フィリとレイ。正義実現委員会の師弟コンビだ。とは言っても、単に教育係ってだけだけど。
「ハスミ先輩なら向こう行ったぞ。騒ぎの元凶は捕まえたってさ」
「あ、スオウさん!捜査のごきょーりょくに感謝します!ほら、フィリも!」
「ご協力……に……感謝……します……」
「そうと決まれば護送だねー!!張り切ってこー!!」
そう言い残して、フィリとレイはハスミがいた方に向けて消えて行った。忙しないなぁ。
「……うん。やっぱり、スオウ姉さん達の部活に興味があるから……できれば今日、見に行きたいんだけど、良い?」
「む……」
俺たちの意見を踏まえた上で考えようとしてくれていたのだろう。改めて意思を固めたように、アツコはこちらを見て話してくる。
うーん……普段だったら良いよ、って言ってたところなんだけど。
「ごめん。今日は俺、ちょっと先に行かなきゃいけない場所があって……」
「行かなきゃいけない場所……?」
「うん。まーそうだな、簡単にいうと……ティーパーティのトップ。お姫様のところかな?」
相変わらず、ちょっと緊張するけどね。
◇
トリニティ・スクエアから少し離れた場所に位置する、厳かに聳え立つ建物。そこはここ、トリニティ総合学園のトップ中のトップ……ティーパーティの代表達が住まう、この学校の心臓部。政治の中核だ。
「桐花さんですね」
「あ、はい。いつもお世話になってます、今日は」
「いえ、わかっています。どうぞこちらへ」
そう言って建物の奥へ案内してくれる彼女は、親衛隊の一人。それも、パテル分派の親衛隊だ。なんだかここには訪れているので、もうすっかり顔馴染み。だからと言って警戒を解いてくれるわけではないけど、少しくらいは仲良くなれたと思う。
「……」
とはいえ、話すことがなければ特に会話は弾まない。ただ案内されて、俺もそれに着いていく。それだけの仲だ。
「ミカ様。ナギサ様。桐花さんをお連れしました」
「あ、うん。入って入って」
扉の奥から聞こえてくるのは、いつも通り気の抜けた甲高い声。いかにも可愛らしいお姫様と言ったイメージの声色。
扉を開くとその先にいたのは、グラデーションがかかった桃髪の少女と、単一色。白金の髪をした少女。どちらも髪を長く伸ばし、だというのに手入れが行き届いている。高貴さと育ちの良さを示すように、その存在を主張していた。
「ナギサ様、ミカ様。本日はお呼びいただき」
「あーやっときたスオウちゃん!!ほらこっち!!座って座って!!」
「……今俺が、挨拶してる途中だったんだけど……?」
そんなこと知ったことかという感じで呼びつけるミカに、ナギサがため息。親衛隊の人たちも顔を逸らしていた。
「あ、あはは……おつかれさまです、スオウさん……」
なんて、そんなことを考えていると、先に俺の横の席に座ってたヒフミが話しかけてくる。もう着いてたのか。
「あ、ヒフミさん。妹がいつもお世話になっております」
「……?」
「失礼します」
なぜだか不思議そうな顔をするヒフミを傍目に、軽く頭を下げて着席。人がせっかく最低限身につけてきたマナーで頑張ってるというのに、ミカときたら……。
「ひさしぶりだね……もー、私すっごく大変だったんだよー!?ホストのセイアちゃんが風邪引いちゃうから色々工夫しなきゃいけないし、ゲヘナの奴らは問題起こすしで!!」
「はいはい、愚痴ならあとで聞くから……それより今は」
「あれナギちゃん、この紅茶少しぬるくない?今日淹れたのナギちゃんだったよね?ちゃんとカップあっためた?」
「ストップミカ。ストップ」
ナギサがあり得ないくらい青筋浮き上がってるから。なんならもう破裂しそうになっちゃってるから。笑顔だけど目が全く笑ってないというか、むしろ殺意さえ感じる。
「……ふぅ……ミカさんにはあとで然るべき
「え、なんで」
「黙っててください。本日お二人を呼んだ理由は、大まかに二つです」
ナギサに軽くあしらわれて「がーん」とか言ってるミカとは対照的に、ナギサの表情は真剣そのもの。ヒフミは少し冷や汗を垂らしながら曖昧に笑っていた。俺も多分似たような顔をしてるんだと思う。
「では、まず一つ目ですが……補習授業部の方はいかがですか?」
「……」
……補習授業部。いかがですかって、そりゃあ。
「順調ですよ。少しずつですがみんなの成績も上がってきていますし、あと少しでみんな合格できると思います」
「は、はい……みなさん本当に熱心に取り組んでいて、おかげさまでなんとかあと数回のテストで補習は終えられそうです……」
「……そうですか」
そう伝えると、ナギサは紅茶を一飲み。目を閉じて、ふうっと深呼吸をして。
「それは良かったです……新学期早々、成績不良者が何名もいると聞いたときは頭を痛めたものですが……」
「ナギちゃんは気にしすぎだって……私でもなんとかなったんだよ?」
「ミカさんはなまじ地頭の出来がいいから一夜漬けでなんとかなっているだけです。本来であれば、一度遅れてしまえば取り戻すのは難しいことなんですが……補習授業部を設立して正解でしたね」
最初ナギサから協力依頼を聞いた時は、まさか。なんて、そう思ってしまった。もうエデン条約を脅かす人間も、セイアを殺そうとする人間もいない。だけど、この世界でも補習授業部は生まれてしまうのか……って。
でもまあ、実際はそんな大した話じゃなかったらしくて。本当にただ、成績不良者に対する救済策として出来上がっただけの部活。
「……合宿形式にしたのは、成功だったようですね」
なんて、あんなふうに笑うナギサを見るに、これは……成績不良者だけに対する救済策じゃ、ないんだろうな。きっと。
「なんにせよ、そちらの方は一安心、と言ったところでしょうか……ヒフミさんについても」
「あ、あはは……」
「全く、モモフレンズのイベントのためにテストを投げ出すとは……本来であれば留年は免れませんからね?」
「は、はい……心に留めておきます……」
心に留めておくとは言ったけど、これからはやめるとは言ってない。つまりそういうことだ。
ナギサもそのことを察してか、呆れたような表情で再び茶を飲んだ。ナギサも大変そうだな。
「……実際の成績については、あとでいただいた資料に目を通すとして。気になるのは、スオウさんの方です」
「……」
「……いかがですか?アリウス分校生……いえ。
……元、アリウス分校生。ナギサがそう語るのは……今は、トリニティ生徒の一員だと。そう認めてくれていると、暗に示しているのだろうか。
それでもこうして聞いてくると言うことは、まだ心から受け入れられてはいないのかもしれない。ナギサの心に、迷いがある。
「……まあ、ちょっと問題を起こす子はいますけど……みんな、うまくやってますよ」
「そう……ですか……」
「あははっ、だから言ったでしょナギちゃん。アリウスの子達はみんな良い子で、もう私たちを憎んだりはしてないんだって」
……ミカがアリウス分校に訪れたのは、今から約二年前。シアンとアンナに色々と教わりながら、いよいよアリウス分校生として入学しようとしていた時のことだ。
その時はミカがアリウス分校を見つけ出したことに、シアンもアンナも驚いてたけど……それ以上に、僥倖だった。欲してやまなかった、トリニティ生徒との繋がり。それもティーパーティの代表とくれば文句のつけようがない。
「……本当に、あの時は……あの時は、よくも好き勝手色々やってくれてましたね……!?」
「そ、それはごめんっていつも言ってるじゃん!!というか結果としては良いように転がったんだしよくない!!?」
「良いわけがないでしょう!!本当に和解を望んでいたからよかったものの、あの腹黒がトリニティを憎んでいたらどうなっていたことか……!!」
ナギサの言うところの腹黒はアンナのことだ。言われてるぞアンナと思わなくはないけど、本当にその通りだから何も擁護できない。ごめんアンナ。
ともあれ、交渉で最前線に立ったのはアンナの方。それからナギサの信頼を勝ち取るのは、大変だったけど……いろんな人の協力があって、ひとまずアリウス分校という名は伏せたまま吸収合併。他に行く宛のないアリウス分校生は、トリニティに通えることになった。
「……まあ、問題行為については目を瞑ります。そちらについては元々のトリニティ生徒でも同じこと。最近でも、七転八倒団というよくわからない団体が捕縛された時聞きますし……それに、覆面水着団なんて怪しげな強盗犯もいるらしいですからね?」
「……あ、あはは」
そう言って笑うナギサの目は、相変わらずどす黒かった。ヒフミ、いつのまにナギサに覆面水着団のことがバレたんだろう。
「……危惧しているのは、元アリウス分校生がトリニティに馴染めているか、ということです」
「……」
「具体的には……いじめや、排斥。常識と学力の不足で、そんな扱いを受けていないか、と」
いじめ。排斥。ふと思い当たったのは、アツコとヒヨリのことだった。アツコは排斥ではないまでも、嫌な思いをした。ヒヨリも……この学校に入ってすぐは、馴染めなかった時もある。
だから、さっきみたいにうまくやってる、だなんて、簡単に言うわけにはいかなかった。
「正直、すぐには答えれません」
「……それも、そうですね。すみません、軽率な」
「でも」
「……?」
でも、見てきた。目の届く範囲で。トリニティも、アリウスも。全部、全部。
騒ぎを起こしてとっ捕まったり、弁当を恵んでもらったり、先輩に追い付こうと頑張ってみたり。
「……きっとみんな、馴染めるように努力してて。全員でなくても、それに応えてくれる人間はいる。私から言えるのは、それだけです」
「……ええ。それなら、きっと……」
その先を、ナギサは言葉にしなかった。無責任で、理想論で、根拠なんて何もない綺麗事。だけど、本当はそうなってほしい。そうなれると思いたい、そんな未来。
トリニティも元アリウスも、きっと関係なくなる。普通に仲良くなれるって。
「んー……みんな難しく考えすぎじゃない?みんな私とスオウちゃんみたいに、すぐに仲良くなれるって!!」
けど、そんな空気を文字通りのパワープレイでぶち壊すお姫様が一人。ミカだ。
「……ミカ、そうは言うけどさ」
「大丈夫大丈夫!きっとなんとかなるって!」
「……いや……あー……うん。そうだな、きっとなんとかなるよ」
でも、こんな風に無邪気に、底抜けに明るく、一片の疑いもなくこう言ってくれる誰かがいると……少し、落ち着くかな。
「それよりスオウちゃん、聞いてよ……今日ね、今日ね」
「はいはい、何があったんだ?またゴリラ呼ばわりされたのか?」
「それするのはスオウちゃんだけでしょー!?あのね……!」
そんなことを考えていると、あっという間にお茶会の時間は過ぎていった。
◇
そうして、一時間ほど経って。ひとまずお茶会はお開き。そうしたら、俺もヒフミも部活の時間だ。
だけど、行き先は二人とも同じ場所。トリニティ校舎から少しだけ離れた、今はもう使われていない別館で。
「あ、すっ、スオウちゃん!」
「おはざっす部長。どうしたんですかそんな半泣きで」
「あっ、あのね!!見てこれ、これ見てっ!!」
そう言って部長……甘川アシリが顔面に叩きつけてくるのは、アズサとコハル、ヨセの解答用紙。アズサから順六十八点、六十九点、六十五点。
「おお!全員六十点超えてるじゃないですか!!しかも後半!!」
「そうなの!!うぅ……!やっと成果が出始めた……!!」
やった、やったとアシリと手を繋いで跳ね上がっていると、その解答用紙を見た生徒が一人、興味深げに顎に手を当てて。
「それにしてもコハルちゃん、六十九点とは……なかなかやりますね」
「あ、あったり前でしょ!!私は本気出してなかっただけ!その気になればこのくらい、最初からできたもん!」
「合格点には届いてないけどね……」
……多分、ハナコの言うところのやりますねってそういう意味じゃなくて……ほら、気づいてもらえなくてハナコも若干寂しそうな顔してるし。
「六十五点……私、初めてこんな点数とったよ……!」
「私もだ。テストがこんなに解けるのは初めて」
「“二人とも、よく頑張ったね”」
ワナワナと喜びに打ち震えるヨセと対照的に、冷静に喜ぶアズサ。そんな二人を見て、穏やかな微笑むのは……シャーレの、先生。
「先生。来てたんですね」
「“うん。少し時間は空いちゃったけど、補習授業部の顧問だからね”」
先生は、トリニティとの対話で協力してくれた人の一人。もう一手何かが欲しいと、そう悩んでいたアンナに提案した結果、シャーレに……先生に協力を要請することになった。
この世界でも、先生は先生で。なんというか、先生だった。自分でも何を言ってるのかはよくわからない。
「あとちょっとで、みんな合格点……そうすれば、無事モモフレ同好会が設立できるよぉ!!」
「その通りです!次のテストまであと二週間!!みなさん、頑張りましょうね!」
「……私、モモフレ同好会には興味ないんだけど」
「まあまあコハルちゃん、そう言わずに」
……ハナコは……ハナコも。自分の居場所を見つけられた。ここに居ていいと思えるようになった。だからきっともう、大丈夫なのだろう。
なんでそんなことを考え始めた折ちょうどピッタリ合格点数の七十点を取ってきたので、やっぱりこの子は天才的だと思う。
「サオリちゃんとミサキちゃんは?」
「今日は寮の手伝いの方」
「あ、お姉ちゃんの……」
サオリとミサキ、それからヒヨリ。三人は使われていないトリニティ別館を復旧して再利用した寮に住んでいる。住む場所を持っていないアリウス生徒のためにと、シアンとアンナが考案したものだ。寮母はアシリの姉が務める。
「ヒヨリちゃんは私たちの部活はいらないのかな……」
「なんとも言えないですね。本人、他に興味がある部活もあるみたいですし……あ、でも、アツコは入りたいって言ってましたよ」
「あ、本当に?よかった、今年は一年生の新入部員が少なくって……」
「……まあ、大体シスターフッドに取られちゃいますからねぇ」
立場的にも権威的にも上位に位置して、かつ活動内容もほとんど変わらないとなれば、わざわざこっちの部活に入ってくる酔狂な連中は少ないだろう。権力争いに巻き込まれないから、俺はこっちの方が動きやすいけど。
「……ん?お客さん?」
なんて、そんなことを考えていると。合宿場所の呼び鈴が鳴らされる。こんな辺鄙なところに用があるとは、一体誰だろうか。生徒か、もしくは教員か。あるいは、高校生でもなかったりして。
「はい、どうしました」
相手が誰かもわからないまま扉を開けて、そこに立つのはウェーブがかかった紫色の髪をだらしなく伸ばした、背の低い少女。とは言っても、俺よりは少し高いけれど。見かけたことがあるから、きっと二年生だろう。
冷や汗をかきながら、彼女は焦った様子で話しかけてくる。
「あっ、あの!!部室の方に行っても人がいなかったので!!そしたら、ここで合宿をやってるって話を聞いて、それで!!」
「はいはい。お客さんですね。まずは落ち着いて、こちらまで」
随分と動揺しているようだ。何か火急の問題ごとだろうか。
「そ、そのっ!!私、二年生の阪抱シオっていいます!!トリニティの外で遊んでたら、不良の人に絡まれちゃってっ……!!と、友達が逃してくれたんですけど、助けなきゃって!!正義実現委員会の人は忙しそうだからっ……!!」
「うん。それならここにきたのは正解ですね」
正義実現委員会では見落としてしまう。すぐには動けない彼女たちに代わって、見落とされてしまうような小さな悩み事を。小さな助けの声を、拾っていく。それが、この部活ができた目的。
「ようこそ、奉仕活動部へ」
今日も忙しくなりそうだ。
◇
学校に行く時はアツコと二人。帰り道は俺一人。一か二だけの違いなのに、その大きな違いに慣れる日は来ない。本当はアツコと一緒に帰りたいけど、流石に女の子を夜遅くまで待たせるのは、な……。
「それじゃあ、また今度来るさね」
「ただいまー……って、カリアさんじゃないですか」
家に入ろうとすると、玄関がひとりでに開いて。そこには今にも帰ろうとする、大きな女性が一人。ヒロさんと一緒に孤児院を営む、余羽カリアさんだ。
「む?……ああ、スオウかい。なんだ、少し見ない間に随分大きく……大きく……あー、立派になったね?」
「変な気ィ回さなくていいですから……」
カリアさん、たまに一言余計だからな……いい人なのは間違い無いんだけど。
「いや、立派になったのは本当さね。いつまでもツンデレぶってるうちの仔犬にも聞かせてやりたいもんだよ、まったく……」
「はははっ……」
「特にトウとナナは、スオウと同じ学年だからね。たまにでいいから、気にかけてやっておくれ」
「はい。とは言っても、二人とも俺が気にかけるまでも無いですけどね……」
トウもナナも、多少正確に難があれど友達はできてるし。特にナナなんかは天性のコミュニケーション力の高さが如何なく発揮されている。流石にあのツンデレのトウの友達になるだけはあるかな。
「そうかい?あの子たちの親代わりとしては安心さ……と、もうこんな時間。悪いね、もうイツを迎えに行かなきゃ」
「はい、また後日」
帰り際、俺の頭にポン、と手を置いて、カリアさんは孤児院の方へと去っていった。今頃、ヒロさんもそっちにいるのだろう。
孤児院の電気は今日もついていて、明るさは変わりない。きっとあの電気が消えるのは、夜の眠る時間と昼の電気が要らない時だけなんだと思う。
「俺も帰ろ」
人恋しさから急いで扉を開けて、靴を脱いで玄関の奥まで。スライド式の扉を開けると、そこにいるのは当然。
「おかえり、スオウちゃん!」
「おかえりッス」
「……うん、ただいま。シアン、アンナ」
うん。当然。当たり前。これが、いつもの光景だ。いつまでも変わらない、俺の幸せのカタチ。これまでも、そしてこれからも。これが俺の日常だ。
「玄関先でカリアさんに会ったよ」
「そッスか。サリアも来てたんスよ、今日は」
「そーそー。相変わらずサリアちゃん、ズバズバもの言って来るからニガテ……未だに私の性格勘違いしてるし」
「その辺の誤解も解けるかと思ったんだけどな」
うん。変わらない。はずだ。
「ま、ああいう意見も貴重ッスよ。だからシアンちゃんにはこれからもその調子でバシバシ頑張って」
「なあ、シアン。アンナ」
「……?」
なんだけど。
「ありがとな」
「……え?」
なんでだろ。今、言っておかないとって。
「なんスかいきなり、気持ち悪い幼女ッスね。なんか悪いもんでも食ったんスか?」
「お前な……!」
相変わらず口の悪いアンナに苦笑いしつつ、それでも言葉は続ける。ううん。自然に続いていく。
「お前たちがいなきゃ、俺は今も独りで戦ってたかもしれない」
「……」
あの時。シアンと、そしてアンナと出会うまで。本当は、ずっとずっと。
「不安だった。怖かったんだ。先生みたいにやらなきゃって。やれるのかなって」
……自分の弱さも。馬鹿さも。誤魔化してただけで、知っていた。でも、それでもやらなきゃって。やりたいって。ほんのちっぽけな正義感から、行動に移した。
「……だけど、二人と出会って」
最初は色々あったけど、なんだかんだ一緒に過ごして。ゲームをやって。和解に向けて戦って。全部全部、俺一人の力じゃ成し得なかったことだ。二人のおかげで、みんなを救うことができた。
でも、それ以上に救われてたのは。
「……俺なんだよ。きっと。シアンとアンナに、いっちばん救われたのは」
他の誰でも無い、俺なんだ。
「ありがとな、シアン。アンナ。俺の共犯者になってくれて。仲間になってくれて。ライバルになってくれて。友達になってくれて。ありがとう」
「……」
最後まで言い切って。深々と、頭を下げる。ありがとうって、それだけでしか言い表せない。そんな言葉を伝えれるのは、今しかない。
前みたいに、ごめんって言葉を並べ立てるんじゃなくて。本当はありがとうって、そう伝えたかったんだ。
「……うん。私たちもだよ」
バカにされるかと思った。いつもみたいに、揶揄われるかもって。それでいいと思ってた。
「私たちもッスよ、スオウ。お前がいたから、今がある」
でも、そんなことはなかったみたいで。
「私たちの力だけじゃできなかったよ。こんなにすっごい
「だから、スオウ……もう、気にするなッス」
気にするな。気にするなって、何を。
「私たち、恨んでなんていないから」
「お前のおかげで、私たちは救われたから」
なんで、ごめんなんだっけ。お姉ちゃんって、なんだ?シアンとアンナは、なんでこんなに悲しそうな顔をしてるんだろう。
「私たちのこと、忘れて欲しいけど……や、やっぱり忘れちゃヤダ!ねぇどう言えばいいかなこれ!?どうすればいい!?私よくわかんない!!」
「クヨクヨすんなってことッスよ、シアンちゃんが言いてぇのは。私も、概ね同じ意見ッス」
クヨクヨするな?二人とも、何言って。
「またね。スオウちゃん」
「またなッス。スオウ」
あ。これ。
◇
じっとりと、汗を吸った布団は。身体中を包み込んで、蒸し焼きにして来るみたいに暑い。
「……あ……やっぱり」
夢。か。
「……良い、夢だったな」
俺はお姉ちゃんじゃなかったけど。それは、俺がお姉ちゃんになる必要がないくらい……みんなが。
シアンとアンナも生きてて。サオリたちも、日の下で何不自由なく生きることができて。普通に学校に通うことができて。
「変な夢」
やけにリアリティがあった。話に整合性があった。それに……シアンとアンナが、まるで俺に話しかけてるみたいで。生き返ったみたいで。もしかしたら、本当はこっちが。
「……あ。最悪だ」
今。今、ほんの一瞬。たった一瞬だけど。
「……くそっ」
こっちが夢だったらよかったのにって。思っちまった。
「う……!うぅ、があああああっ!!あいつら!!人の夢に出るだけ出て好き勝手言いやがって!!!」
実際、それも間違いじゃないのかもしれない。みんなと一緒にいれないのは寂しいけど。あの子達が傷つかないなら、それでいいかもって。
ううん。傷つかないわけじゃない。みんな相応に、悩みがあった。辛さがあった。でも、それでも。
「……」
普通に生きてる。それだけで、よかったんだ。
「……忘れて。でも忘れるな、か」
それでも、あれは夢。俺が望んだ、都合のいい。未練たらしい夢だ。
俺たちには、与えられた今しかない。血反吐を吐くような思いをして勝ち取った、精一杯の現実しかない。
「誰が忘れるかよ」
それでも、俺たちが生きる現実だ。
「お前のこと。お前たちのこと。忘れてなんてやるもんか」
取りこぼしたものばかり数えてしまう時もある。夢に比べて、なんで現実はこんなに、って。
でも、そうじゃない。それだけじゃないんだ。だってこの掌には、まだ残っている大切なものがたくさんある。
「いつかお前たちにも胸張れるくらいに、幸せになってみせるから」
花を買おう。
「いつかお前たちに負けないくらい、立派になってみせるから」
白い花がいい。
「だから、今は少しだけ」
あの子たちの墓に添えるのは。
「……少しだけ。立ち止まることを、許してくれ」
たった今できた、涙の跡みたいに。
「前を向いて、歩き出せるように」
白いたくさんの、花がいい。
このあと本日中に、もう一つのifルートも投稿予定です。
人を選ぶと思いますが、そちらについても楽しめる方は楽しんでいただけると幸いです。