桐花スオウを吹き飛ばし、ステージ裏を守っていたヘルメット団、アリウス分校生。その全てを打ち倒して。
とうとうステージ横に足を踏み入れるアケミ達。
「……」
B.o.Bはアケミ達の方を一瞥して尚、ステージを止めない。全て覚悟の上。言葉にすることはなく、態度でそう示していた。
「皆さん、やりますわよ」
彼にも信念があるのかもしれない。何かこのステージにかける思いがあるのかもしれない。
関係ない。理解した上で、全て踏み躙ってみせよう。残酷な行為だと蔑まされたとしても、これで勝利なのだから。
「は、はい、姉様!」
機関銃に込める神秘。まずは機材を壊す。片手で照準を合わせ。
「がっ……!」
「……は?」
後ろから、妹分達の苦悶の声。腹に一撃入れられたような、息を吐く小さな悲鳴。
「っ、まだ生き残っていましたか……!」
闇夜に紛れ素早く動き、姿を捉えることはできない。けれども、姿を捉えることができないという事実そのものが、先ほどまで拳を交えた彼女……白髪のヘルメットだと、そう示していた。
リミッターは完全に外した。左腕は暫く使い物にならない。彼女もまた、それに見合うダメージを受けているはず。いや、間違いなく受けている。
「ここで戦うことはできないでしょう」
何より、ここはステージ。先程までのような爆弾を用いた動きをできるはずがない。あれ以上に秘めた何かがないというのならば、ここで彼女を鎮圧することは容易い。
「私の後ろへ。交戦している間に、B.o.Bを気絶させるか、誘拐してください。やるならば一撃で。ステージ下の人間に悟られないように」
「は、はい!」
アケミ一人であれば。B.o.Bのことは妹分に任せ、自分は彼女を打ち倒す。そう決めて、彼女に向かい合おうとして。
「んー……点数をつけるなら、三十点って感じ?」
「っ……!?」
聞き覚えのある声だった。心の奥底から毒を吐き出すような、悪辣な、愉快気な声色。
「まーそれでいいと思うならやってみれば?妹分が動けるんならさ」
軽薄な言葉。残虐な中身。
「あぅっ……けほっ……!?」
分析している間に、アケミの妹分は何かに。アケミの目では捉えられない何かによって、無力化された。首を締め上げられていた。
「はははっ、弱い弱い……え、これで任せようとしてたの?嘘すぎじゃね?」
あの日、あの時。キヴォトスの全てを、恐怖に陥れた。全世界を敵に回すと、そう宣言してみせた。
「……で。お前はどーかな。少しは歯応えあるといいけど」
「あなた……は……!」
暗闇の中で揺らぐ、色のない影。一歩一歩、姿を見せ。その白がさらに強くなり、ただ一点。特徴的な黒い仮面だけが、彼女の脅威を示すように浮き立つ。
「なあ。栗浜アケミだっけ?」
アリウスの白い悪魔が、そこに立っていた。
「はあっ!!!」
困惑。思考。殴打。彼女が費やした時間はコンマ一秒に遥か遠い、ほんの刹那。対応不可、意識外からの奇襲。この距離で、防ぐ手段はない。
「……えーっ、と」
先程までの、彼女……桐花スオウであれば。
「おしまい?」
「っ……!?」
彼女の身を守ったのはその両腕でも、或いはシールドでもありはしない。
白の中に燃え跡のような焦茶色を残す、まっすぐなロープ。元は髪の毛であったそれが、アケミの拳を横に
「んだよ、意外とショボいなぁ?七囚人の人で伝説のスケバンだって聞いてっからさ、期待してたのによぉ……がっかりさせてくれるぜ。なぁ?」
彼女の妹分の首を絞め、意識を奪ったのも。或いは、先程まで暗闇の中での移動を可能にしたのも。彼女が得意とする、彼女だけのその武器だ。
「まあ、一発は一発っつーことで」
手を腰溜めに。掌には、爆弾を握りしめて。慣れた手付きで、圧倒的な速度で神秘を込めて。
「吹き飛べ」
アケミの腹に、一撃。爆発音と共に、思いっきり振り抜いた。
「なっ……は、がぁっ……!!」
理解の外側、積み重なる混乱により、アケミの脳は一瞬だけ停止し。その後、膨大な思考を繰り返す。
なぜ彼女はここに、そんなことはどうでもいい。最初から
「く、ぅ……!」
ステージの中央。B.o.Bの手前まで。
「……」
その結論に至ると同時に、それは現実となった。口元の血を拭い、横へ目線を向ける。ステージの下で続く戦い。その一部の面々の目線が、自分へと向けられるのを感じる。
これが狙いだろうか。自分が、栗浜アケミという危機が、ステージまで迫ってきている。その事実を、速やかに仲間に伝え……同時に、自身の破壊工作を妨害する。それが目的だろうか。
なんにせよ、桐花スオウが追撃することはない。これだけ視線が注目しているなら。
「なぁに一息吐いてんだ?」
「は……?」
懐に現れた桐花スオウ。やられる。脳ではなく脊髄、或いは鍛え抜かれたアケミ自身の筋肉。それらが瞬時に、彼女の肉体を反撃へと駆り立て。
「うん、悪くない反応じゃん?」
「ぐふっ……!!」
それよりもさらに、爆発が。桐花スオウの攻撃が早い。
腹から空へ向けて、貫き通すように振り抜かれた爆炎。拳。それらはアケミの体を宙に持ち上げ、放っておけばそのまま数メートルは天に昇っていたことだろう。
「まだ、まだッ!!!」
放っておけば。例えばスオウがその不気味なロープで、アケミの体を地に縛り付けていなければ。
「お、らぁああああああああッ!!!」
「う、あぁああああああああっ!!!」
スオウの追撃。落下しながらもその一部を躱し、打ち合い、撃ち合い、防いで。それでもその多くが、吸い込まれるようにアケミの肉体へとめり込んでいく。髪の毛ロープと爆弾を駆使しながら。
明らかに、この戦いに慣れている。
「そんじゃ、これで……ゲーム、セットだッ!!」
状況を飲み込めないアケミの意識を刈り取るべく、神秘を拳に。過剰な神秘で、光り輝く拳。爆弾。
それを流れるように振り抜いて。
「姉様ッ!!」
横から現れたアケミの妹分によって、それは防がれた。
「なっ」
「ぐ、う……!」
アケミを横に殴り飛ばすわけでも、或いはスオウの動きを封じるわけでもない。彼女にできたのは、ただ身を挺して庇うことだけ。その行為の先に、勝利があると信じて。
「……」
吹き飛ばされた妹分に目線を向けて。自分の拳と見比べて。仮面のせいで伺えないが、その表情に浮かぶものは予想がついた。
先程までの戦い、或いはその前の戦い。銃を撃ち合い拳を重ねる中でしてきた対話、そのことから推測される彼女の在り方。性格。こんな戦いの中での偶然でも、スオウは心を痛めるのだろう。
「余計な邪魔が入ったな。白けさせてくれるぜ、雑魚がでしゃばりやがって」
「……」
そんなアケミの期待。アリウスの白い悪魔は、アケミが見てきたヘルメットを被った姉だという期待は、いとも容易く裏切られた。
「あー……っと。随分人が多いな……まあ、もうわかってるとは思うけど……一応、名乗っとくか」
ぽりぽりと頭を掻いて、仮面を外し。ステージの光に照らされながら、アケミに正面から向き合って。
「俺の名前は桐花スオウ。ご存知、アリウスの白い悪魔ってわけだ」
「……!!」
「びっくりした?」
ステージの下にいたものには、その声が聞こえただろう。そうでなくとも、彼女の素顔。背格好。そのどれをとっても、あのエデン条約で世界中に知れ渡ったもの。ほんの僅かでもこのステージに意識を向けた全員が、彼女の存在に気付いたはず。
「……は、何して、ッ!?」
下の観客が何かを叫ぼうとした瞬間、ハンドキャノンによる銃撃。しー、と指を口に当てて、何かをぼそっと呟いた。
動かなくなった観客を見て、満足げな表情をするスオウ。対照的に、観客……水着姿の少女の表情は、不明瞭ながら大きな感情を孕んでいると、そのことだけがわかる。
「なぜ……」
「あ?」
「……なぜ!!」
なぜ今になって、正体を明かした。なぜそんな、妹分への侮辱を吐いた。なぜお前が、こんな場所にいる。全ての疑問をひとまとめにして、「なぜ」と。怒りを、困惑を、恐怖を、その全てを剥き出しにして。アケミは問いかける。
「んー……はははっ」
それを聞いて、スオウは心底可笑しいと言わんばかりの表情で。
「なーんでだっ?」
「このっ……!」
これ以上となくアケミを苛つかせてみせた。
「知りたいなら、着いて来いよ。妹分達も一緒に、さ」
「……」
「つか、拒否権なんてねェけどな」
先程アケミについてきていた、スオウを足止めした妹分。その全てが、今の一瞬で無力化された。そのことを飲み込むべく、周囲を見渡して。妹分の足に縄が括られていることに気づく。
「っ、まさか!」
「はいおそーい」
わざとらしく見せびらかしながら、手に持った縄を引くスオウ。それだけでその場にいた五人の妹分が彼女の元に集まり、何かの荷物のようにひとまとめに。片手で持ちあげながら、余ったもう片方の掌を折り曲げて。
「来いよ。大事な妹分なんだろ?まあ、見捨てるならそれもいいけど」
アケミを挑発し、爆弾で跳躍。その勢いのままに、ステージから離れた。
「……あ……アリウスの、白い悪魔……!」
「ほ、本物……?なんで、こんなところに……!」
姿を消したことにより、弛緩。先程まで恐怖により動けなかった、一言も発することができなかった者達が、口々に疑問を言葉にしていく。
そんな声を背に、アケミは走る。どこかへと逃げ出した、アリウスの白い悪魔……桐花スオウを追って。
「……」
わざとらしく残された痕跡を辿って。そして、先ほどの観客を一瞥して。
◇
何やってんだか。
「はぁ……」
怒鳴られちゃったな。妹に。まあ、そりゃそうだろうな。俺だって逆の立場ならそうするよ。
「ごめんな。またお姉ちゃん、同じことやっちゃったよ」
先程まで妹と繋がっていた通信機。場所がわからないように握りつぶして、海に投げ捨てる。不法投棄かな。どうでもいいか。
「……悪かったな。痛かったろ」
この子が割り込んでくるのは、想定外だった。言い訳染みてるけど……ううん、言い訳か。最低限、骨の位置は戻した。サポーターもつけたし、軟膏も塗った。快癒することを祈るばかりだ。
「すごいよ。君も、アケミも」
五人。束ねたスケバンを、洞の方へ。この奥なら、戦いの影響も受けにくい。あとは、アケミが来る前に……ここに、これを。
「……こんな使い方、したくなかったな」
言っててもしょうがないか。もうじき、アケミも来るだろうし。
「んんっ……あ、あー!あーあー!!あー……はははっ!うんうん、こっちもいい感じ」
結構久しぶりにこの演技するから不安だったけど、意外となんとかなるもんだな。悪役染みた喋り方。まあ、元々練習してたしそんなもんか。
「なんて、やってる場合じゃねェな」
風を切る音がする。きっと空から、何かが降ってくる。
「桐花、スオウゥッ!!」
「おーどうした!?そんなに急いで、随分必死そうじゃねェの!!」
闇夜から、瞬間的に姿を表すアケミ。凄まじい勢いで、隕石の如く落下してくる。とうに限界なんて越しているだろうに、まだリミッターを外せるらしい。
正面から受け止めるのは、得策じゃない。そう判断し、跳躍。身を捻り、後頭部から頸のあたりへ蹴りを入れる。
「あの子達をどこへやったのですか!!」
地面に叩きつけられて尚、アケミは怯まない。恐らく、外部からの痛みや苦しみを感じていない。リミッターの解除は脳を律する技術。その応用、というところだろうか。俺はできないから、ちょっと羨ましいな。
「そんなに大事なら自分で見つけてみろよ!大丈夫大丈夫、絆があればなんとかなるって!」
「このっ!!」
直線的な拳。冷静さを欠いている。というよりも、冷静でいるつもりがない。リミッターの解除、その高揚感。付随する苦痛。それらが、アケミの理性を削り上げている。
さっきまでの俺が相手なら、それも悪い判断ではないだろう。いなされながらも、着実にダメージを与えることができる。でも、今は違う。
「はい右、左、上上下下左右左右びぃえいっ!!」
「ふざけたことを!!」
膨張した筋肉、そこから繰り出される拳。全ては逸らせない。だが、大きな威力を伴った大振りの攻撃であれば話は別。
「はいまた外れたー」
「くっ……!!」
髪の毛ロープで、充分にいなせる。それだけの余裕がある。そのことに気づいてか、アケミも徐々に大振りの攻撃はやめ、むしろ連撃。隙を与えないことに注力している。それでいい。
「ぐ、ふっ……!!」
そして、一撃。ついに胴体へ、めり込む。俺の胴体に。先程アケミの全力の一撃を受けた、あの場所に。
「かっ……調子に、乗ってんじゃねぇぞ!!!この肉ダルマがッ!!!」
「くっ……!」
痛みを堪えながら、追撃に対してショットガンで応対。アケミも限界が近いのか、その拳に無数の穴が開く。それでもなお、怯むことなく壊れた拳で殴り抜け。今度は胴体でなく、顔面。
「っ……!!」
仮面の中に広がる、錆臭い感触。鼻が折れたか。まあ、どうせすぐに治る。
「ふー……」
殴られた勢いを利用して後ろに退避。当然それを許すアケミでもなく、機関銃を撃ち放ちながらも距離を詰めてくる。
弾丸は髪の毛ロープで弾き飛ばし、迫るアケミには爆弾を。無論その程度では止まらず、爆風の中から姿を表すアケミ。その顎に向けて、お返しとばかりに蹴りを入れてみせる。先程は脳震盪で一時的に戦闘不能にできた。
「その程度!」
「なっ……!?」
が、無意味。一度受けたのだから、その程度当然予測済みだろう。そんなことを考えながらも、その大きな両の手に捕まり、そのまま地面に叩きつけられた。
「っ、痛ェなクソ脳筋!!」
地面に埋まった状態から爆弾で鉛直に脱出、同時にハンドキャノンを構える。狙うべきは、限界が近いであろうその両足。
「鉛玉でも食っとけッ!!」
「っ……!」
そんな思考を無視して、頭に向けてハンドキャノンの弾を放つ。額に弾かれ、されども確かにダメージはある。そう判断して、爆弾を使いアケミに向けて再加速。
「なにを」
「肉ダァルマさんがッ……!!こぉろん、だッ!!」
首元に髪の毛ロープをかけて、そのまま一回転。アケミを宙に持ち上げて、地面に叩きつけようとして。
「甘いッ!!」
「はっ……!?」
その途中、首にかけられたロープを掴むアケミ。それを力の限りに引き、俺もその影響を受けて、吸い込まれるようにアケミの元へ。そのまま空中で待ち構える彼女に対応できず、背中に肘打ちを喰らってしまう。
「お、ぇ……!」
口から唾液とも消化液とも、血ともつかない液体を吐き出しつつ、爆弾で衝撃から脱出。アケミと距離を取り、双方睨み合い。隙の探り合いだ。
「テメェボコスカボコスカ殴りやがって……いいぜ、そんなに死にてェなら殺してやる。テメェの死体はバラして海に撒いてやるよ」
「……」
アケミから、反応はない。俺がどんな動きをしようと対応できるように、注意深くこちらを観察している。
……これ、またバレたりしてないよな……ミカの時みたいに。なんというか、そうなるといよいよ自分の演技力に不安が出てくるんだけど。
「そうそう、ちょうど」
でも、だからってじゃあやめる、ってわけにもいかない。幸いにして、アケミを煽ることはそう難しくない。
「テメェの役に立たない、バカな妹分達みてぇにさあ!!!」
「このッ!!!」
自分が言われて頭に来ることを、そっくりそのまま言ってやれば良いんだから。
「おいおいキレす、いやキレっ……キレすぎだろッ!!なんだァ、そんなに頭来たかァ!?」
「貴女はそれだけのことを言いました!!」
瞬間的な爆発。先程よりもさらに精度が増したアケミの猛攻を避け切れずに、足を掴まれる。
「やばっ」
「貴女にこれを見せるのは二度目です!!」
そのまま足を。手を。頭を。胴体を。その全てを掴まれ、投げられ、何度も岩。地面。そしてアケミ自身の体に叩きつけられ、その度に決して無視できない傷を負い続ける。
以前のように岩を噛みちぎられることを警戒してか、必ず腹、或いは胸を殴り、強く息を吐き出させないように努めていることが窺えた。確かにこのやり方なら、脱出することはできないだろう。
「……ぇと、っじ……た、なっ!!」
前と同じやり方ならな。格好つけてそう宣言したかったけれど、アケミの攻撃で酸素の足りなくなった肺がそれを許さなかった。
仕方なく何も言わないままに、髪の毛ロープを展開。アケミの片腕にかける。これだけでいい。
「チッ……!」
「ゲホっ……エホッ……!」
それだけで体に絡まる。アケミの動きを制御できる。そのことを瞬時に理解したアケミは、最後に全力の拳を打ち放って髪の毛ロープを引き剥がした。
「ってェ……はははっ、良いね良いね!!やっと体があったまってきやがったよ!!」
「タフな方です……」
いよいよ、俺の体も限界。
「いいモン見せてやるよ……!」
リミッターは外さない。きっと今なら。今だけなら、できるのかもしれないけど……そんなことしたら、余計に妹に怒られちゃうし。
だから、手榴弾を手に持って。髪の毛ロープの先端に錘をつけて……投石器の形に、編み込み直す。
「っても、やるは久しぶりですけどね……」
アケミに聞こえない程度の声で呟きながらも、こっそりと髪の毛ロープに爆弾を取り付けて。何事もなかったかのように、爆弾で加速。瞬時にアケミの元へ。
「その動きももう慣れました!」
「そいつァどうかな!?」
迷いなく膝で蹴りを入れようとするアケミに、
「なっ……!」
「ドーン!!」
アケミが反応し切るよりも先に爆弾を射出。充分な神秘を込められたそれは、衝撃で起爆するよりも先にアケミの肉体を抉り取り、直後爆発。骨を穿つ。
「これで両腕使えねェだろ!!」
「ええ。腕はね」
だらんと脱力する両腕。その掌から零れ落ちたのはエリザベス、ではなく。
「……爆弾?」
先程アケミが俺からくすねた、手榴弾だ。
「まだ両足が残っていますわ!!」
空中への、加速。この土壇場で、俺の技を真似した。あまりにリスクが高い、そして何より成功率が低い行為。だが、現実として成功しているのだから受け入れるほかない。
そんなことを考えているうちに、アケミは眼前まで迫り。
「これで、終わりですッ!!!」
その勢いのままに、俺を洞穴の方まで蹴り飛ばした。
「がっ……ごほっ……!」
壁面に叩きつけられて。ちょうど落下地点に設置しておいた、カメラの録画を止める。多少吹き飛ばされる方向を調整したとはいえ、ちゃんと真上に吹き飛ばされてよかった。
「……は、ははっ……ちょっと痛すぎ……」
肋は確実にイってる。肺に刺さって、呼吸が苦しい。左腕と、右腿の骨も折れてるかな。口から血が出てきたってことは、消化器官もやられてる。まあ、そのうち治るから。別にいいんだ。
「……勝負あり。ですわね」
「……」
機関銃を構える音。アケミが追いついてきたみたいだ。
「はい、そうですね。これで私の負け。アリウスの白い悪魔は、伝説のスケバンの前に敗れ去りました」
アケミの表情を見て。ああ、もう。全部、わかってるんだなって。だから俺も、いつも通りに喋ってみせる。いつも通りの、『桐花スオウ』の喋り方で。
「あなたの妹分は、この穴の奥です。酷いこと言っちゃって、ごめんなさい」
「なぜ、ですか……?」
機関銃を、下ろす音が聞こえる。問いかけが聞こえる。どうしようもないように、悔しそうな声で。苦しそうな声で。
「なぜ、本気で戦わないんですか……」
口元の血を拭う。血だけじゃないけど、バレてしまわないように。カメラから、メモリーカードを取り出す。ミカが、この旅のために用意してくれたカメラから。新品の、一つの動画しか保存されていないカードを。
「なぜ、私たちのために……!!こんな勝ちを譲るんですか……!?」
「……」
アケミは。アケミ達は。このままじゃ、帰れない。だって、アケミ達は……きっとそんな世界が、アケミ達の居場所だから。
「栗浜アケミ、そしてその一派は。ヘルメット団のイベントを襲撃し、後一歩のところまで追い詰めるも……アリウスの白い悪魔、桐花スオウの出現により、襲撃は失敗」
だけど、これなら。
「しかし栗浜アケミの猛攻により、アリウスの白い悪魔は敗北。双方、撤退を余儀なくされる」
「っ……!」
「……裏社会で舐められないためには、充分過ぎる成果……悪くないシナリオでしょ?」
これなら、きっと……アケミ達も、この祭りも。どっちも、守れるから。
「どうして、そこまで……私たちを……!あなたは、このままでは……!」
「……私のせい、だったから」
アケミが鍛え直したのは。アケミがこの襲撃を決めたのは、妹達を守るため。『アリウスの白い悪魔』から、その影響で不安定になった裏社会の情勢から、妹達を救うため。
「私と、同じだったから」
アケミの妹分を守りたいって。そんな考え方を、在り方を、勝手に理解して、共感して。
「私の、わがままだったから」
それで、ああ。見捨てたくないなって。俺のせいでこうなっちゃったなら、なんとかしてあげたいなって。でも、祭りを見捨てることもできなかった。
アズサもサオリも、ミサキもヒヨリもアツコも。みんな、そうだけど……初めての海だったんだ。初めての祭りだったんだ。初めてのステージだったんだ。初めての花火だったんだ。
それを無くしたくなかった。俺がそこに欠けていたとしても、初めてを楽しんで欲しかった。
「だから私は、私の勝手で……こうします」
アケミにメモリーカードを投げつけて。
「だから、もう撤退してください。これ以上、祭りを壊さないで。私の願いは、それだけです」
「……必ず。約束しますわ」
しっかり受け取ったことを確認して、爆発。
「それじゃ、また今度!」
「っ、お待ちくだ」
「その時は一緒に、いもうトークしましょうね。アケミさん」
軋む体に鞭打って、急いでその場から離れた。
◇
走る。もっと離れないと。もっと、もっと遠くまで。
SNSに情報が上がってるかもしれないし、公安維持局に連絡を入れた子がいたっておかしくない。アリウスの白い悪魔が現れた、って。
だから、出来るだけ人目に痕跡を残して。車の前を通ったり、商店街を通ったり。注意の目をこっちに向けさせて、安全なところまで逃げればいい。
「……ミカには、悪いことしちゃったな」
相談乗ってくれるって。汚れ役でも一緒にやってくれるって。言ってくれてたのにな。
「妹も……ヤコとミサキは特に、怒ってるよな」
もうしないよ、なんて言っておいてさ。でも、なんて言うんだろう。きっと命を天秤に乗せてたら、こんなことはしなかったって言うか。それで許してくれないかな。言い訳か。
「先生には……また叱られちゃうかな」
でも、先生ならわかってくれるよな。ちょっとくらい、俺の気持ちも理解してくれるよ。だって先生だし。
初めてだったんだ。みんな生まれて初めての祭りだったんだ。海だったんだ。余計な邪魔は、入れたくなかった。元通りになって欲しかった。
「ヒフミ達も……ちょっとは、仲良くなれたよな」
これがきっと、一番大きな成果だと思う。トリニティの和解に向けて。この海に来た最初の目的はそれだし。……アリウスの白い悪魔の影響で、また遠のいちゃうかもしれないけど。
大丈夫。最初の目的は果たせた。これでいい。俺はこれで、満足だ。
「……」
随分、遠くまで来た。どこの山だろう。もう、海も見えないや。
今頃、ステージは終わっただろう。元々の開演時間なら、そんなものだ。
「あ……」
なんて、そんな予想を肯定するみたいに……海の方から、爆発の音が聞こえる。ヒュー、ドン。なんて、言葉にするならこんな感じ。
きっと無事に、祭りは再開できたのだろう。この爆発は、前世で聞いたことがある音だ。
「……きっと、綺麗なんだろうな」
記憶には残ってない。山の中だから、木々に阻まれて空は見えない。木の上に登れば見えるんだろうけど、そんな気も起きなかった。音に背を向けて、ただ、ただ歩く。
一歩一歩、足取りが重い。大怪我したのに、無茶したからかな。
「……」
アズサは、ヒフミ達と一緒に見れてるかな。きっと、一生の思い出になる。絶対に忘れちゃいけない、思い出に。俺にとっても、忘れちゃいけないはずの思い出だったから。
サオリ達も、きっとすごくびっくりするだろうな。サオリは意外と天然だから、敵襲か、なんて言っちゃったりして。アツコは花が好きだし、きっとあれを見たらびっくりするぞ。ミサキはどうせ興味ないフリして見てる。ヒヨリは……迫力に圧倒されてそうだな。慣れたら、感動する余裕もあるだろうけど。
「うん……」
そこに俺だけがいなくって。サオリ達も、それは嫌だろうけど。しばらくチャンスは来ない。だから、どうしても見て欲しかった。
だから俺は、これで。
「……見たかったなぁ……」
良いわけ、ないのに。また俺は、同じことを繰り返した。
「……おんなじだ」
同じだ。あの時と。散々なことをして、結局最後には、死にたくない、って。助けて欲しい、って。
「もう……呆れられちゃうよな……」
やるだけやって、後悔して。
「……今度こそ、見限られちゃうかな……信じて、もらえなくなる」
結局俺は、同じ過ちを。
「先生にも……みんなにも……」
「“大丈夫だよ、スオウ”」
「……え?」
なんで、だって……そんなはずが。
「“何回だって信じる。絶対、見限ったりなんてしないから”」
「ああ。その通りだ」
「うん……スオウ姐さんは、いつもこんな感じだから」
「え……」
先生も……サオリ達も。
「まあこの馬鹿またやってるよって、呆れてはいるけど……別にそれで、嫌いになったりしないし」
「私も、少し怒ってる。同じことをした私が言って良いのかはわからないけど」
「は、はい……!私もです……!!」
どうやってここがわかったのか。そもそも、どうしてここにいるのか。そんな疑問の言葉を口にしようとして。
「“まだ見れるよ。だから、行こう”」
「へ、ちょっどこにっ!?」
それよりも先に、手を取られて。
『花火を見に!!』
「ど、どういう!?」
そんなことを言いながら、花火とは真逆。山の頂上に引っ張っていくものだから、いよいよ困惑を極めるしかなかった。