ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】白花は無垢に色付き

 一体この気持ちは、いつからのものだったんだろう。

 あの山で、花火を見に行こう、って。そう言われた時?

 どんな髪型がいいか、なんて考える時……無意識に、先生の好みが気になった時?

 それとも、先生と……先生の寝顔を見つめて。無防備で、かわいいなって。そう、思ってしまった時?

 それ以外なら、風邪を引いた時。先生が、来てくれて。思い出してしまうことの辛さも、わかってくれて。それで、子供みたいに泣きじゃくってしまって、先生は……こんな自分も、受け入れてくれるって。そう、思った時?

 

 弁当を渡すだけのことが、やけに緊張したり。可愛らしい服を見られるのが、すごく恥ずかしかったたり。また先生に会える。手伝えるって、それだけのことで嬉しかったり。

 きっと好きになった瞬間なんて、数え切れないくらいあると思う。

 それでも、一番最初の気持ちは。

 

───“私の大切な生徒には、指一本触れさせない!!”

 

 それが、最初のキッカケだった。

 多分俺は、あの時からずっと……先生のことが───

 

 

 

 

 現アリウス分校。アリウス居住区には、貸し出し個室というものがある。

 基本的には、ほとんどの人間が相部屋。ルームシェアの形になる。ベッド付近がカーテンで区切られた空間、それだけではとてもじゃないがプライベートなものとは呼べないだろう。

 だから、一人になりたい時間。一人でやりたいことがある時。人に見られたくないことをする時、集中したい時。そんな時に向けて、レンタルの個室が数部屋確保されている。

 

「ここで、っと……」

 

 俺も、使うのは初めてだけど……バレてないよな。この部屋を取ったって、ミサキとか、あるいはヤコとかシオとかに……まあ、バレてたとしても別にいい。そう、それ自体はいいんだ。別に。

 

「……ふぅー……」

 

 部屋に入って、椅子にかけて。小さくため息をついて、天井を見つめる……あ、あのシミ……ちょっと先生っぽい。

 

「せんせい……」

 

 なんて、口にするだけで。胸いっぱいに、何かが満たされるような気がして。

 

「ふぅ……ふぅっ……!!」

 

 自覚した。

 

「う、うぅぅううぅううう……!!」

 

 自覚した、自覚した、自覚した、自覚したっ……!自覚しちゃった……!

 

「わあああああああああ……!!……あっ、あああああああ………!!」

 

 先生のことが……尊敬とか、先生としてとか、人としてとか、先人としてとか、そういうんじゃなくて……いや、そういうのもあるけど。

 その、恋愛、とか……異性として、好きだって。

 

「うぁ……ぐぅうう……!」

 

 正気か。正気かな、正気かな俺は。男だぞ。相手も、自分も。相手も自分も男だぞ?

 なのに、なにか。俺は先生のことが好きだと。付き合いたいし結婚したいし、挙句の果てにはその……行くところまで行きたいと。

 

「……いや、まあ……」

 

 曖昧になってた、『自分』が。自分の、精神的な性別が。急速に、女の方に引っ張られている感じがする。少し、違うか。ずっと前から、そっちに寄ってはいたんだと思う。

 ただ、今回の件。先生のことがその、そうなんだなって。それで、今までよりもさらに強く認識したってだけで。

 

「……先生に、女の子にされちゃったな……」

 

 なんて、そんなこと言ったら、彼は少しくらい責任というものを感じてくれるのだろうか。

 少し理不尽な気もするけど……こんなに気持ちをかき乱しておいて、こんなに好きにさせておいて。その気持ちのほんの指先くらいも知ってくれない、っていうんだから。

 ちょっとくらい、こんな理不尽を考えてしまったっていい気がするのだ。むしろ今すぐ無理矢理に襲いに行かないだけ褒めてほしい。

 

「まあ、流石に冗談だけどさ……」

 

 それで先生に嫌われたりしたら……いや、先生はその程度で嫌わないだろうけど。やだし。それに、やっちゃいけないことだ。

 でも、自覚してしまえば……とても抱えきれないほど、この気持ちは大きなものだった。

 

「……いつから、だったのかな」

 

 気づいた時には、好きだった。好きだって気づくのに、時間がかかっただけで。多分彼のことを好きになるのに、そう時間は要らなかったように思う。

 十年。もしくは、十七年。一人、彼のことを想い続けた。彼がこのキヴォトスに来ることを、願い続けた。

 妹達を守ってくれれば、それでいいと思っていた。俺の手が届かない誰かの手を、俺の手が届かない場所だけでもつないでくれれば、それでよかった。

 

「……なのに、あんなこと言うから」

 

 なのに彼は、たくさんの人と手を繋いで……そして、俺のところまでわざわざ訪れて。壁をぶち破って、その手を差し伸べてくれた。出会った時から、ずっと。

 暗闇で生きてきた、なんて、悲劇のヒロインぶるつもりはない。けれど、壊されたから覗く彼の手は、あまりに眩しくって、美しくて。

 

───……たすけて……せんせい……。

 

 だからなのかな。あの日、彼の手を握ってしまったのは。

 

「……こんなの、好きになるに決まってる」

 

 でもそれは、きっと本当にキッカケに過ぎない。それから彼と、沢山の時間を共有して。同じ時間を、同じ喜びを。違う苦しみを、違う気持ちを。それを分かち合って……ああ、好きだなって。そう、思ってしまったから。

 

「先生……」

 

 こんなにも、愛おしい。

 

「はぁ……我ながら、単純かな……」

 

 きっとこの気持ちは、恋愛感情だなんて。そんな、単純な……いや、恋愛感情も全然単純ではないけど。とにかく、一言で言い表せるような気持ちじゃない。

 彼に対する敬愛も、親愛も、恩愛も、盲愛も、聖愛も、性愛も、惜愛も、帰愛も、恋愛も。全部が、俺にとって本当の……心からの、愛なんだ。

 

「って、自分で愛とか言うとちょっと恥ずかしいですね……!?」

 

 妹達には気兼ねなく言えるのに、先生には……先生だけには、どうしても照れ臭く感じてしまう。これはやっぱり、彼に感じている愛の種類が……その中で、妹達には持っていない種類の愛が、あるからなんだと思う。

 

「……これから、どうしよう」

 

 じゃあ、どうする?

 

「……」

 

 好きだ。先生が、好きだ。これはもう、誤魔化しようがないし。気づいてしまって、自覚してしまって、認めてしまって。じゃあ、どうする?俺は、どうしたい?

 先生と一緒になりたいのか。付き合いたいのか。結婚して……ちょっと想像がつかないけど、親になって。きっとそれは、素晴らしいことだと思う。それができれば、だけど。

 

「先生は……」

 

 先生は、『先生(おとな)』で。俺は、『生徒(こども)』だ。きっとこの気持ちが認められることなんて……ん?

 

「ちょっと待てよ……?」

 

 ふと、ノートを見返す。中務キリノのページ。そこには、確かに。

 

『曰く、先生と生徒が恋愛をするというのは、キヴォトスでは犯罪ではありません』

 

 そう、書かれていた。

 

「つまり法的な障害はない、と……」

 

 いや、別にね。どうってわけじゃないけど。一応、確認というか。

 ……って、もう誤魔化す必要もないか。そうだ、多分俺は……できることなら、先生と付き合いたい。きっとお互いにとって、何か特別な存在になりたい。なってみたい。彼にとっての『沢山の生徒の一人』じゃなくて、『ただ一人しか許されない彼女』に、なってみたい。わがままかな。

 ……でも、先生は。

 

「先生はそんなことしない……」

 

 先生は生徒に、子供に手を出したりしない……しない……?

 ……多分、おそらくしないし。少なくとも、世間から後ろ指を指されるような関係性を、生徒がそうなってしまうことを、彼は望まないだろう。

 というより、俺がそんなことする先生を見たくない。先生は絶対そんなことしない。

 

「もし俺が……だ、って……」

 

 もし俺が、好きだって。そう伝えたら、彼は……先生は、どうするんだろうか。

 焦るかな。でも先生はカッコいいし……ちょっとジゴロなところもあるから、意外と慣れてるのかもしれない。冷静かも。それはちょっとやだな。

 別に、自分より前に付き合ってる人がいるのが嫌、とかじゃない。先生もそこそこの年。異性と付き合ったことくらいあるだろう。そうじゃなくて……俺の告白が、彼にとって数多くあった出来事のひとつになってしまうのが嫌だ。

 

「……む、独占欲」

 

 それでも……もし慣れていたとしても先生は、沢山悩むと思う。きっと俺の気持ちを考えて、それでも生徒を傷つけないように、って。沢山悩んで、悩んで、悩んで。

 ……でもそれで悩むのは、『俺と付き合うかどうか』じゃない。『俺のためにどう答えるか』だ。きっと彼の中で、返事は決まっている。付き合えない、だ。

 

「……」

 

 彼は俺の告白に答えはくれても、応えてはくれない。

 

「だよな……」

 

 指先で、糸のようなものに触れる。彼と、先生と一緒に海でやった線香花火。その残骸。いつのまにか、持ち帰ってきてしまっていた。

 火がついて、跳ねて光って、大きくなって。弾けたら、そこでおしまい。あとはもう、燃え残った塵屑だ。だというのに、こんな気持ちを……まだ、捨てることができずにいる。

 

「のど、かわいたな……」

 

 時計の音が、部屋に響く。一人部屋だから、やけに静かだ。

 

「……」

 

 ポットにお湯と、インスタントコーヒー。マグカップに入れれば、それだけで完成だ。

 

「困っちゃうよな……先生も」

 

 先生の答えは決まってる。彼が大人で、俺が子供である限り。それでもきっと、彼は悩む。考え続ける。その答えが、俺にどんな影響を与えるのかって。

 ……先生は。先生には、返しきれない恩がある。命も、心も、妹も、みんな助けてくれた。俺にとってのヒーローだ。

 

「だから……」

 

 だからこんな気持ちに、気付いちゃいけなかった。彼にとって迷惑になる。この好意も、それを抱く俺自身も……彼にとっては、呪いでしか在り得ない。

 生徒と先生以外のつながりなんて。これ以上の関係なんて、求めちゃいけない。それはきっと、一時の感情に身を任せて……彼を、誰かを傷つける好意だから。

 

「それに……元男、なんか」

 

 元は男だった俺に、異性愛を向けられたって……先生は、気持ち悪がったりしないけど。きっとどこかで、堪えきれない綻びが出る。それはいずれ、先生を蝕む毒になる。

 そんなのは、嫌だ。先生が幸せになれなきゃ、俺は嫌だ。そう考えると。

 

「……付き合えないなぁ」

 

 無理だ。どれだけ考えても、そうとしか思えない。

 

「……うん」

 

 気付きたくなかった。気付くべきじゃなかった。

 

「うん……」

 

 こんな気持ち、伝えずにいることなんて……バレずにいることなんて。絶対、できないのに。

 

「うんっ……」

 

 きっとこの恋は。報われることがないのだろう。

 好きでい続けても、辛いだけ。苦しいだけ。切ないだけだ。

 

「やだなぁ……」

 

 なのに、気づいてしまったから。もう取り返しなんてつかない。戻れない。好きだって事実は、変えることができない。

 

「それなら、いっそ……」

 

 だから、報われないならせめて。忘れてしまおう。

 

「……それがいい」

 

 この恋心に、蓋をしよう。

 

「コーヒー……」

 

 十七年。キヴォトスに来て、女になって。漸くできた、好きな人……初めての恋は。

 

「……にが」

 

 苦い失恋(コーヒー)の味がした。

 

 

 

 

 なんて、そんな決意をしたって。それでも時間は容赦なく過ぎ去って……再び訪れる、シャーレの当番。

 いつもだったら、軽く舞い踊ってしまうくらいに嬉し───

 

「───ふんっ!!」

 

 スマホに顔面を殴打。周りから奇異な目で見られるけど、そんなことは二の次だ。どうでもいい。忘れるって、決めたんだから。

 だからこんなふうにシャーレの前に来たって、なんの気持ちも動かない。

 

「せんせーい。来ましたよー」

 

 動かない。

 

「あれ、せんせー?いないんですかー?」

 

 動かない。

 

「せんせ」

「“スオウ、おはよう。ごめんね、ちょっと重いものを運んでいて”」

「っ……」

 

 ……動かない。動かない。動かない。

 

「大丈夫です。呼びつけちゃって、ごめんなさい……おはようございます」

「“……?”」

「重いもの、私なら簡単に運べますから。持っていきますね」

「“……ありがとう。前の本棚が壊れちゃったから、新しいものを買って……これなんだけど”」

 

 ダンボールの前に立つ。先生が視線から外れて、少しはマシになった。

 

「よい、しょ……」

 

 先生が重たいと言っていたその荷物は、確かに彼にとっては運びづらいものかもしれない。滑りやすい素材だし、重さもそこそこ。けれど、俺にとってはさして苦労するほどのものではない。

 片手でヒョイと持ち上げて、できるだけ後ろを見ないように。平たい胸が高鳴るのを堪えて。

 

「これ、どこまで?」

「“執務室に。ありがとう、助かったよ……”」

「いえ」

 

 きっと先生は、俺に力で敵わない。だから今、ここで彼が逃げられないように。断れないように、なんて考えたら……俺がその気になったら、すぐにだって。

 

「“スオウ?私の顔に、何かついてる?”」

「……はっ!?い、いえ、なんでも!!さあさあ、さっさと運んじゃいますよ!」

 

 そんなことを考えている間も、気付くと彼の顔を目で追っている。それがどうしようもなく、誤魔化しが効かない気がした。

 

「“……よかった、いつものスオウだ”」

 

 ダンボールを持って、執務室の方へ。そこには、いつもと変わらないシャーレの風景。先生の仕事部屋。

 

「あれ、これ……ああ、あそこの本棚が壊れちゃったんですね」

「“うん、実は……その、他の当番の子が、不注意で……”」

「……ふーん」

 

 別に、知ってるし。わかってるよ。当番に来るのが俺だけじゃないことくらい、わかってる。

 だからって何も思わないけどね。思わない。嫉妬とか全然してない。

 

「組み立ても私がやりましょうか?」

「“大丈夫、そのくらいなら私にもできるから”」

「……そうですか。怪我はしないでくださいね」

「“うん、ありがとう。始業にはまだ少し早いから、少し休んでて”」

 

 頼られなかったのが、少し寂しい。そんな気持ちを抱いて、ソファの方へ。座って少し、手持ち無沙汰だ。

 

「……」

 

 クッションを拾う。愛も変わらず、先生の匂い。混ざって、他の女の子の香水の匂い。考えると、少し嫌だ。

 先生は棚の組み立てに手こずっていた。あのくらいなら、俺ならすぐに組み立てれるけど……ああして頑張っているところを見ると、少し意地悪で眺めていたくなる。よくない気持ちだ。

 

「先生、やっぱり手伝いますよ」

「“……お、お願いしてもいい……?”」

「いいですよ。難しいですよね、こういうの」

「“その割には、手際がいいけど……”」

 

 部品を適当に組み立てて、数分。棚なんてものは、心臓が数百回ほど鳴るだけの時間で出来上がる。けれども、今日だけはその回数が多い気がした。

 なぜってそれは、やっぱり好きな人が近くにいるから───

 

「───どりゃっ!!!」

「“スオウ!?なんでいきなり棚に頭を!?”」

「いえ、なんというか……頭がピンクだったなって」

「“普段は白いし、今は赤いけど……ちょっと待ってね”」

 

 そう言って先生はハンカチを取り出して顔近い顔近い顔近い顔近い。

 

「“すごく血が出てる……そのまま抑えてられる?救急箱を持ってくるから”」

「っ……あ、と。大丈夫ですよ。私、頑丈ですから」

「“万が一もあるから”」

「……あぅ……」

 

 体はよわっちいくせに、こういうところで見せる妙な迫力。叱られたことは……怖い感じで叱られたことはないけど、もしこの感じでやられたら立ち直れる気がしない。

 というか、俺の頭から血が出るってことは棚の方は……。

 

「……わ、わーお」

 

 やはりというべきか、角が少し潰れていた。簡単に直すことができるくらいの傷だったのは幸いだ。神秘を込めておいてよかった。

 

「よいしょっと……棚よぉ、お前はいいよな……これから、先生とずっと一緒にいられるんだから……」

「“スオウ?”」

「うへぁ、はいっ!?」

 

 いつのまにやら、救急箱を持った先生が後ろに。今の、聞かれてたかな。聞いてるといいな。

 

「“ちょっと診せてね”」

「はい。ごめんなさい、お手数をおかけして」

「“お手数なんかじゃないよ。どれ……”」

 

 先生の手が俺の髪を掻き分けて、多分傷口を見てるんだと思う。変な匂いとかしてないかな。ミカのアドバイスには従ってるし、大丈夫だと信じたい。

 

「“思ったより傷口は小さそうかな。一応消毒と、ガーゼに包帯だけ巻いておくね”」

「このくらい、すぐに……」

 

 すぐに治るのに。言いかけて、少し役得だってことに気づいて、やめにした。意図的に頭部から神秘を引き離して、治らないように努めた。

 少し傷つくだけで、先生はこんなにも心配してくれるのか。じゃあもっとおっきな傷だったら……この考え方は、よくないか。恋は盲目って言うけど、違う、そうじゃなくて、ああ、もう。

 

「“これでよし、と……キツくない?”」

「……んぇ?あ、あーっ……はい。大丈夫です。ありがとうございます。ハンカチ、洗ってきますね。その、先に応急処置だけ」

「“……うん。行ってらっしゃい”」

 

 ひとまず、離れよう。先生も女子トイレまではついてこれないはず。ついてきたら合意とみなす。冗談だけど。

 とりあえず、水道をお湯……というより、ぬるま湯?とにかく、たんぱく質が凝固してしまわないぐらいの温度に。下にトイレットペーパーを敷いて、ぬるま湯で血を上から下に。じんわりと、血の跡は薄くなっていく。

 

「……」

 

 この恋心は、血液よりも頑固な汚れだ。

 

「だからっ……違うって!!」

 

 堪えきれなくって、抑えきれなくって。一人で叫んでしまう。先生にも聞こえちゃったかな。いっそ届いていれば、それでもいい気がした。

 

「違う、違うだろ……忘れなきゃ……忘れなきゃ、ダメなんだ……!!」

 

 好きで居続けても、辛いだけだから。彼にとってこの気持ちは、迷惑以外の何物でもないはずだから。……あるいは、これから先。彼が好きになる人間を、彼を好きになる人間を。妨げる好意だから。

 だから、この恋心は忘れなきゃダメなんだ。なのに……こうして会って話すだけで、何度だって好きになってしまう。どんどん好きだって気持ちばっかりが増えていく。

 いっそ嫌いになれたらよかっただろうか。でも、先生が先生でいる限り、それも無理な気がした。

 

「もう、わけわかんないよ……!」

 

 なんでこんなに、好きになってしまったんだろう。理由なんて分かりきってる、それでも……こ恋心を抑えることがこんなにもつらいなら、好きになんてなりたくなかった。実らない恋なんて、したくなかった。

 せめて、彼から離れられたなら……あるいはそれも、よかっただろう。気持ちなんて、時間と共に落ち着いていくものだ。いつか彼への恋心も忘れて、新しい場所で新しい恋をして。それできっと、その恋を実らせる。それはどれだけ、素敵なことだろう。

 

「……」

 

 けれど、生徒と先生である限り、そんなことはできない。どうしたって一緒にいることになるし、出会うことになる。

 それに……さっきは素敵だ、なんて思った未来が。先生のことを想うと、ちょっぴりだけ寂しく思えてしまうから。

 

「ゾッコンだなぁ……ゾッコ……だぁかぁらぁああぁああぁああああ……!!」

 

 私の大切な生徒に、話しかけるな。って。生徒が苦しみの中で、その生を終わらせることがないように。って。私の大切な生徒には、指一本触れさせない。って。

 ……面と向かって口にされたわけじゃないけど。あなたも、私の大切な生徒だよ。って。ずっと言葉と行動で、そう示し続けてくれて。

 きっと俺は生まれてからずっと、その言葉を奥底で求めていた。先生に大切な生徒だ、って言ってもらえるのを、待ってた。

 なのに、今は……。

 

「どうすれば、いいんだよ……」

 

 その言葉が、その関係が。狂おしいほどに、口惜しい。

 

「……あ……連絡……」

 

 モモトーク。ピロンと、一件の通知。アロナが描いた似顔絵のアイコン。先生のものだ。

 気づいたら長いこと、ここにいてしまったみたいだ。心配してくれたのだろう。こんなぐちゃぐちゃな気持ちを抱えて、戻らないといけない。

 

「……」

 

 何度も死にかけたことがある。それに、何度もボロボロになって。でもそのどれよりも、重たい足取りだった。

 恋の気持ちが重しになって、心臓にぶら下がってる気がした。

 

「“おかえり、スオウ。大丈夫だった?”」

「うん、ヘーキ……平気、です」

 

 顔は見なかった。やけに視界が暗くって、足元がフラつく気がした。

 なんで好きになっちゃったんだろう。元通り、男のままの体だったなら。あるいは、最初から女だったなら。こんなふうに悩まなくてよかった。あるいは、前世の記憶なんてなければ。

 

「“……ううん。大丈夫じゃないよ”」

「大丈夫、ですって……」

「“顔が赤いし、熱があるかもしれない。一度そこにかけて、少し休もう”」

「……だから……何もないって、言ってるだろ……」

 

 先生が、先生でなかったなら。

 

「“スオウ、無理は”」

「してないって!!!言っ、て……っ……」

「“……そっか。なら、よかった”」

 

 ああ、違う。こんな、こんなのは。こんなのはきっと、最悪の選択肢だ。

 

「ごめっ……!……ごめん、なさい……」

「“……朝から、元気がなかった。それに、様子も少し変だったし……きっと体調が悪いのかな、って”」

「うん……わかってる……わかって、ます……ごめんなさい……」

「“私も少し、くどかったね”」

 

 だから、なんで、なんでそうやって。

 

「違う、違うよ……違います、今のは、今のは俺が悪い。私がダメです、急に大声なんて出して、先生は心配してくれただけで」

「“でも、さっきのでわかった。やっぱり今日は、少しいつものスオウと違う”」

「それは……」

 

 なんでまた、そうやって。

 

「“……よければ、話を聞かせてくれる?聞くことしかできないかもしれないけど”」

「……」

「“それとも……私じゃ、頼りないかな?”」

「なんで……」

「“え……?”」

 

 なんで。

 

「なんで優しくするんですか……!?」

「“……え?”」

「なんで、そうやってまた……!!」

 

 なんで俺は、こんなにも心をかき乱されるのに。この人はいつも通りの、俺が好きになったままの俺なんだ。

 いっそさっきので嫌われてしまえば。あるいは、どこかで俺の気持ちに気づいてくれていれば。こうはなってない。

 

「これじゃあ、これじゃあおれは……!!」

「“……”」

「わたしっ……!!わすれられないじゃないですか……!!」

 

 フラフラしてたのが、足だけじゃなくて。頭まで昇ってくる。視界が、グラつく。

 

「……は、れ……?」

「“スオウ!?”」

 

 ああ。またそうやって、好きにさせる。

 

 

 

 

 頭がひんやりしてて、気持ちいい。手があったかい。元々体温が低いから、足りない部分を補われてる感じがする。

 

「ん……」

「“起きた?”」

「……あれ……先生……ここ、どこです……?」

 

 見覚えがあるような、ないような……あ、そうだここ。

 

「“シャーレの仮眠室だよ。スオウ、いきなり倒れたから……覚えてる?”」

「……はい、なんとか」

 

 正直忘れたかったけど、最悪なことに全部きっちり覚えてやがる。

 

「って、つめたっ!?」

 

 ふと冷えた手元を見てみると、そこには氷枕。額には、冷却シート。まるで熱でも出したかのような厳重装備。

 

「“やっぱり熱があったみたいで。ここまで運んできたんだ”」

「あ、なるほど……熱が……」

 

 そこでふと体を見てみると、パジャマに身を包んでいて。さっきまでは、アリウスの制服を着てたはず……つまり、これは……。

 

「わっ……!!」

「“わ……?”」

「私のこと、着替えさせたんですか!?」

「“させてないよ!?”」

 

 いや、だってそうじゃなきゃどうやって俺の服は。

 

「“セリナが来てくれたんだ。そしたら、そのままの服もまずいって、着替えさせてくれて”」

「なるほど、セリナさんが……」

「“……セリナのことも、やっぱり知ってるんだね”」

 

 びっくりした、一瞬既成事実を作れたかと思った。少し残念な気もするけど。

 

「……その、ごめんなさい……さっきは、取り乱して……」

「“……さっき、セリナがね。解熱剤を打っていったんだ”」

「え、と……?」

 

 先生は一体、いきなりなんの話を……?

 

「“それでもなかなか下がらなくて。事情を話したら、心因性発熱かもしれない、って”」

「え……」

「“……きっとそれだけ、辛いことがあったのかなって思って。だから、少しでも助けになりたいな”」

「……」

「“……話して、くれる?”」

 

 心因性の発熱って……失恋で、熱まで出すとか。どれだけ好きなんだって話だよな。

 

「……私の方の質問が先です」

「“……?”」

「なんでそんなに優しくするんですか?私、すごく酷いことしたのに……」

 

 ああ、なんというか。頭冷やして考えて、ちょっとわかった。今日会ってから、この瞬間までで……嫌というほど、思い知らされた気がする。

 

「“……優しい、なんて一言で言えるかわからないけど……そうだね、そう感じたなら……”」

「……」

「“私がスオウの先生で。スオウが私の生徒だから”」

「……まあ、やっぱりそうですよね」

 

 やっぱりこの気持ちは、覆い隠すことなんてできない。

 

「“それに……”」

「……?」

 

 俺は何度忘れたって、この人のことを好きになるだろう。

 

「“そうでなくても、私にとってスオウが大切だから。例えば、スオウが卒業したとしても……私にとってスオウは、ずっと大切な……大切な生徒。大切な存在だよ”」

「……そうですか」

「“うん。絶対に”」

 

 この恋は報われることがない。それでも、いい気がした。

 

「で、それが私の悩みだと思ってたわけですね」

「“うっ……!?ち、違った……?”」

「ハズレですー……大ハズレですよ。てんで的外れです」

 

 だって、この気持ちを忘れようとしたさっきまでと違って……ただ好きだって。告白なんかできなくてもいい。好きなんだって、そう思うだけで……こんなにも胸がいっぱいで。幸せなんだから。

 

「でも、先生のおかげでもう大丈夫。大丈夫、ですから……」

「“……そっか。なら、一安心だね”」

 

 それに、だ。別にこの恋を、諦める必要なんてない。

 

「ねぇ、先生?」

「“……?”」

 

 だって、さっき言ってた。大切な生徒で。大切な存在だ、って。

 

「……私、先生のこと……」

 

 きっといつか……先生にとって、生徒じゃなくて。肩を並べる大人だったり。あるいは、同じ先生だったり。そんな存在になれる日が来るって、そう暗に示してくれている気がした。

 

「先生のこと、好きですよ」

「“……え”」

「それにサオリも、ミサキも、アズサも、アツコも、ヒヨリも……みんなみんな、大好きです!」

「“あ、なるほど……うん、知ってるよ”」

 

 その日が来るまで。俺が大人になって、先生に告白する日まで。先生のこと、誰にも渡してやるもんか。

 俺は俺のわがままで、俺の勝手で、この人のことを好きで居続ける。

 

「だから……」

 

 だから。

 

「先生にも、同じくらい私のこと大好きにさせてみせるんですからね!!」

 

 だから、今はまだ……このまま。生徒と先生のままの関係で、いてもいいかな。

 別にフラれるのが怖いとかビビってるとかそんなんじゃないし。

 

「“……もう、充分大好きだけど……”」

「もっとですよ!そんなんじゃ全然足りません!」

「“これ以上かぁ……想像がつかないなぁ”」

 

 ……せめて告白の時までに、先生が俺のこと……ちょっとくらいは、恋愛的に意識してくれるといいけど。

 

「“でも、よかった。スオウがいつも通りに戻って”」

 

 ああ、それにしても。やっぱり。

 

「“いつも通りなスオウが、一番好きだから”」

「っ……もー!!そういうとこですからね!!」

「“な、なにが?”」

 

 俺はやっぱり、この人のことが……大っ好きだなぁ。

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