ts転生者の生徒が、頑張るだけのお話。   作:おにっく

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【後日談】柏有マユミは顧みる:上

 夏もすっかり過ぎ去って、季節は秋。変わり易きは、女心と秋の空。なんて、言葉があるけど。

 

「……あー……何この写真……なんでこんなかっこいいんだろ先生……好きぃ……」

 

 俺の気持ちは、全然変わってくれそうもない。いや、一応変わってはいるのか。どんどん好きになっていってるし。

 

「シアン、アンナぁ……王子様みたいな人、ホントにいたよ……」

 

 怒涛だった夏のひとときも、すっかりと思い出になりつつある。幾らかの写真は焚き上げて、遥か遠くの空まで煙に乗せて。あの子達にも、届いてるといいな。

 

「……んー、んっ……!それにしても今日はいい天気……このまま一眠りくらい……」

 

 屋上。少し冷えてきた外の空気が、夏に慣れていた体に染みて心地いい。ついうとうと、なんて、数ヶ月前の自分が聞いたら驚くだろうな。

 

「……ん?」

 

 チャイムの音。時刻は午後の七時を少し過ぎたあたり。俺たちの部屋の方から聞こえる……来客か?

 

「よい、しょっと」

 

 屋上の角を蹴って、軽くジャンプ。玄関を確認して、そのまま下へと自由落下。あの髪色には、見覚えがある。

 

「マーユミっ」

「っ……!」

 

 後ろから音もなく近寄って、肩にポン、と手を置いて。シアンよりもさらに濃い青に染まった髪を振って、こちら側に振り返るのは……生徒生活支援部部長。自称天才美少女、マユミちゃんだ。

 

「こんばんは。どうしたんですか、こんな夜遅くに」

「……」

 

 マユミは何も語らない。目の下に大きなクマを作って、虚な目でこちらを見つめている。ちょっと怖いな。

 

「あの、マユミ?」

 

 あんまり反応がないので、鼻を突いてみたり、髪を弄ってみたり。手を握ったりしていると、玄関の方からサオリが。

 

「やはり、マユミ……に、す、スオウ?お前、どこからそこに……」

「お姉ちゃんパワー」

「そうか、すごいな」

 

 サオリ、その塩対応は流石にお姉ちゃん辛いかな……と、そんなことはどうでもよくないけど、今はそれよりも優先するべき事項が。

 

「それより、マユミはどうしたんだ?」

「ああ、それなんですけど……さっきからずっと、こんな感じで……」

「……おい、マユミ。聞こえていないのか?」

「ちょ、暴力は……」

 

 いくらなんでも、胸ぐらを掴まなくても……ほら、シャツがどんどん伸びちゃってるし。

 

「マユミ、疲れてるんですか?ちょっと中に入りましょう?」

「……み」

「え?」

 

 ようやくまともな反応。微かに聞こえた彼女の声を次こそは逃さないようにと、マユミの口元に耳を近づけて。

 

「うみっ……うみィ!!!わたしもいきたかったぁあぁああああぁああ!!!」

「がっ……!?」

「スオウ!?」

 

 耳が良すぎるってのも考えものだな。少しばかり体がふらつくのを感じて、そんなことを思った。

 

 

 

 

 ひとまずはマユミを宥めて部屋へ。その間もマユミはうわごとのように「うみ……うみに……わたしだけ……」と呟いていたが、ひとまずは聞かなかったことにした。

 

「サッちゃん、おかえりなさい。スオウも。それと、その人は」

「わたしまゆみちゃん!!じゅうろくさい!!」

「どう、どう。マユミ、一旦落ち着いてくださいね」

「おまえあつこ!!」

「マユミ」

 

 マユミ、どうしちゃったんだろう。天才美少女部長にかけらも該当しなくなってるんだけど、本当にどうしたんだこの子は。

 いや、察しはついている。海に連れていってもらえなかったのが不満なんだろう、それはわかる。しかし、しかしだ。

 

『スオウ、マユミが海行けなかったのって確か……』

『後期予算案の提出と前年度決算報告を怠り……その上、仕事をサボりまくってたからですね……』

 

 アツコと手話で会話をし、改めて事実確認。もちろん俺たちのせいで忙しくなってしまった、というのもあるだろう。だからそれを、マユミの自業自得と言うつもりはない。

 ただ、ただなぁ。

 

『というか、私たちだけでも行けって言い出したのマユミじゃなかったっけ……』

『その通りです、ミサキ』

 

 そう、マユミから俺たちだけでも、って言い出したんだよなぁ……もちろん、遠慮したところもあるだろうけど。あの時はまだ平常に見えた。

 

「すーぱーきぼとすろぼ、はっしん!!ががががががーっ!!」

「や、やめてください……!なんですかそれ……!?」

 

 少なくともあんな幼女じみた感じにはなってない。何があったんだ、本当。

 

「アシリとサユリを助っ人に呼んだら?」

「あ、確かに。ナイスアイディアですよアズサ!」

 

 あの二人ならマユミのことも詳しいだろうし、一度電話して───

 

「O・D・D、発動!!!」

「───へ……って、んなぁっ!?」

 

 オッドってあれだよな、確か海でシオが使ってた……!マユミと協力してって話だったから、そりゃ同じものを使えるだろうけど……!

 

「ここで使わないでくださいよ!?」

「あ、ま、待ってください……!私確か、スマホで電子書籍のダウンロードを……うぇぇええん……!止まっちゃってますぅ……!」

「ほら!!ここにすでに被害者が一人!!」

 

 スマホ、通信機器類に対する超強力な妨害電波。あの時みたいな緊急事態ならまだしも、なぜアリウス居住区で……!?

 

「おねっ、おねがい……!サユリのアンポンタンならまだしも、アシリには連絡しないでちょうだい……!お願いよスオウさん……!」

「あ、戻った」

「私っ……!私ぃ……!」

「……ひとまず、話を聞きましょうか」

 

 みんなと目を合わせて意思を確認。とりあえず、一旦マユミの話を聞きたい。

 

「何があったんですか?」

「何が……何がって……なに、が……?ががががが……」

「また壊れちゃいました……」

「……機械って確か、叩いたら治ったよね?」

「じょ、冗談よ。やめてちょうだい、私が悪かったから」

 

 心底苛立たしげな態度で指を鳴らしたミサキに、マユミは都合のいい現実逃避をやめにした。継続しても辞めるまで引っ叩かれてたと思うから、懸命な判断だと思う。

 それで、マユミは一体……。

 

「その、ね……私……なんというか……」

「なんというか……?」

「……予算とか、決算とか……部長としての、仕事とか……サボってて……その上、スオウさんにこっそり会いに行ってたのがバレて……」

 

 うん、大体全部知ってる。だって明らかに授業の時間でも俺に会いに来てたもん、マユミ。

 

「そ、それでね……?」

「はい、それで?」

「……めちゃくちゃ怒られたわ……」

「……それは、その」

「果てしなく当たり前だな」

 

 サオリ、歯に絹を着せてあげて欲しい。ぐうの音も出ないほどその通りだけど、正論は人を救うとは限らないから。

 

「で、でもね……その、私も色々大変で、つらくって……いや、まあ余裕はあったんだけれど……でも、余裕を仕事の時間にしてたら人は生きていけないの……」

「それは……まあ、そうですね」

「ぶっちゃけ、怒られたのはどうでもいいんだけど……」

「どうでもよかったんですか……」

 

 どうでもいいならなんで言ったんだろう。絶対どうでもいいとは思ってないな。引き摺ってる。

 

「それで、溜まってた仕事、なんとか終わらせて……でも、でもね?私がいなくても部活が回るようにしてたのよ……だから、果たすべき義務は果たしてたというか……」

「……仕事が溜まってる時点で、義務は果たせてないんじゃない?そう言うのは、ノルマをこなして初めて言うことだ」

「アズサ、ストップアズサ。めっ。正論めっ」

 

 マユミの顔は、一目見てわかるくらいに青い。髪色の影響もありそうだけど、それにしたってだ。よっぽど疲れたんだろう。

 

「みんなが海に行ってる間に……それ、やってて……それで、あのクソ鳥が写真を共有してきやがって……」

「クソ鳥……?」

「ピーちゃんのことじゃない?」

「あ、なるほど」

 

 ピーちゃん、名前の割に性格悪いな。というかマユミは一体ピーちゃんに何をしたんだろう。やけに嫌われてるけど。

 

「私、あいつに高等AIを仕込んだ覚えないのに……まあ、それはさておいて。私、写真見て……みんな海で遊んでるのに、私何やってんだろうって……」

「……」

「でも、仕事は終わらせないといけないし……そしたら、O・D・Dの使用通知が来て……何かあったのかって、不安で……不安でぇ……!!後で聞いたら、アリウスの白い悪魔を見たーって……!」

「あ……」

 

 ナギサにもメチャクチャに怒られたけど、マユミも……そっか、マユミにも迷惑をかけたなぁ……それも、本人にとってめちゃくちゃつ大変な時期に。

 

「ある程度、SNSの情報を操作したらまた仕事に戻って……エナドリ、飲んで……そこから毎日、デスマーチで……それなのに、ミレニアムで怪しげな発明品を作る団体が……そいつらぶちのめして、やっと全部終わってぇ……!!」

「……なんというか、まあ」

「お、思ったより同情の余地はありそうですね……」

 

 ヒヨリの言う通り、思ったよりも同情の余地はある……というか、そりゃこうもなるか。って感じだ。

 

「だからちょっとくらいわがまま言ったっていいじゃない!!ここで発散させてよぉ!!お願いっ!!私もう限界なの!!」

「マユミが……アシリみたいになっちゃった」

「私をあの頭へにゃへにゃ黄髪女と一緒にしないでちょうだい!!」

 

 とはいえ、発散の仕方に幾分か癖があるというか……普段から弱音を吐くことが珍しいマユミにしては、本当に珍しい感じだな。

 

「わたしだってうみいきたかったんだもん!!しゃしんみてうらやましかったんだから!!!」

「マユミ、ちょっと落ち着い」

「うわああぁぁああああああ!!きこえないきこえないセーロンなんて聞こえない!!!」

「うぅぅうん……」

 

 なんというか、ここまで追い込まれていた。いや、追い込んだしまったのか。って、感じだ。

 実際、ここでの生活はマユミに頼り切り。なんとか生活費くらいは自分たちで支払えるようになったとはいえ、それでも『普通』を知らなかった俺たちにとって、ここでの生活は難しいことだらけ。

 やっぱりそういうところは、どうしても頼るしかないわけで。本来の仕事に加えて、そっちもやらなきゃいけないわけで……甘え過ぎていたのかもしれない。

 

「……よし」

「すおうさぁん……!わたし、わたしね……?ほんとはこんななさけないところみせるつもりなくって、でもげんかいで……!」

「マユミ」

 

 察するに、マユミにとって一番の不満は海に行けなかったこと。それが過剰なストレスとカフェインで噴出した、ってところだと思う。

 今更みんなで海に、ってわけにはいかないけど、だったらそのストレスを解消するか、不満をほんの一部だけでも満たしてあげればいい。だから。

 

「明日は一日、マユミのためになんでもしますよ」

「……え?」

「私の力でなんとかなる範疇で、ですけど……日頃のお礼です!マユミのお願いを、なんでも聞いちゃいます!」

「……え、え……?……え!?」

 

 思うに、今のマユミは思考力と自制心が落ちてる状態。要するにアホになってる。だから、こういう質問の仕方でも今なら何をして欲しいのかとか、答えてくれるはず。

 

「それで、どうしますか?一緒に海に行きますか?それとも、仕事を代わりにやったり」

「いえ、それはいいわ。別にいい……そう、それはいいの……それより」

 

 ゆらりと。マユミは、揺らぐ炎のように立ち上がり。

 

「本当になんでもしてくれるのね……!?私のためなら、なんでも……!!」

「……?は、はい……?」

 

 肩を強く掴みながら、強い眼光で確認をした。

 

 

 

 

「……そーれーで……なんでこうなるんですかね……!」

 

 ミレニアムサイエンススクール。その一角に佇む、そこそこの大きさを保つ事務所。生徒生活支援部の『表』の部分にて。

 

「素晴らしいわ!!最高よ!!やっぱりスオウさんはかわいらしい服がよく似合うわ!!」

「あ、あの……あんまりジロジロ見ないで貰えますか……」

 

 なぜか俺は、メイド服を着せられていた。どうしてこうなった。

 

「どっから持ってきたんですか、こんなの」

「C&Cからレンタルしたわ!悪用したらコロスらしいわよ!」

「脅されてるじゃないですか!!」

 

 マユミのお願い。一日メイド服で、生徒生活支援部の仕事を手伝って欲しい。

 確かになんでもって言い出したのは俺だ。うん、俺なんだけど……これはいくらなんでも、なんでもありがすぎるというかさ。

 

「というかこのスカート、やけに短くないですか……!?」

 

 古式ゆかしい、いわゆる本来の『メイド服』ではなくって……こうしてスカートの裾を引っ張ってないと、ちょっと油断しただけで中身が、つまりは下着が見えてしまいそうな。もうほとんどコスプレだ。

 

「しょうがないじゃない、美甘ネルくらいしかスオウさんに身長が合うC&Cがいなかったんだもの。それの予備よ……それとスオウさん、そのメイド服は着方が違うわ」

「え、そ、そうなんですか?ごめんなさい、私知らなくって……」

「……その姿で言われると、ドジっ子メイドみたいで可愛いわね……いい?美甘ネルに合わせるならこの辺のボタンを二、三個ほど……ああ、いえ違うわね。こうよ!」

「っ……!?」

 

 そう言ってマユミは、シャツのような部分を思いっきりずり下ろしてスカートに仕舞い込んだ。オーバーサイズなシャツだ、必然的に胸元に襟が来て……その、結構危ういところまで見えている。なんならキャミソールは見えてる。

 

「な、ななななっ、なぁ……!?」

「……うーん……なんか違うわね……やっぱり普通のメイド服でいいわ。戻しておくわね」

「と、とてもたすかります……!」

 

 危なかった……!これでマユミが「これいいわね!」とか言ってたら一日中さっきの姿で仕事することになってた……!

 と言うかマユミ、本当になんでもお願いしてくるなぁ……再三、言い出したの俺だけど。

 

「それで、それでねスオウさん?今から私が扉から入ってくるから、このセリフをね……?」

「え……あー、はいはい……よくあるやつですね……」

 

 実際、自分がやるとなったら恥ずかしいけど……まあ、このくらいのお願いは聞いてあげよう。とにかく、ネルの痴女スタイルだけは絶対に避けなきゃいけない。

 

「……それじゃ……今、戻ったわ」

「おっ……おかえりなさいませ、お嬢様っ!」

「……!!」

「……お嬢様?お、おーい?お嬢様ー?」

 

 マユミの動きが止まってる……なんだ、また頭がショートしちゃったんだろうか。

 ペチペチと頬を叩いていると、急に再起動したかのように動き出して。

 

「最っ高……!最高よ……!」

「そ、そうですか?」

「ええ……!帰ってきたらスオウさんがいるってことだもの……!恩人を召使(メイド)として扱ってる罪悪感と背徳感がすごいけれど、それすらも良いスパイスよ……!」

「よくはないと思います。色々と」

 

 しかし、恩人ねぇ……毎度の如く言われてるけど、いまいち実感が湧かない。

 というか、恩人だと思ってるならこんなことをさせないで欲しい。スパイス扱いしないでくれ。

 

「そろそろ始業時間ね……スオウさんは私の後ろにいてちょうだい。そう、ちょうどエデンゲリオンのゲンソウと夏月のように……」

「マユミ的に、エデンゲリオンはロボアニメなんですか……?」

「どっちでもアリよ。監督はロボアニメって言ってるわ」

 

 ぼやきながらも、マユミの右斜後ろへ。両手を前で揃えて、軽く前方を見る。由緒正しきメイドさんスタイルだ。

 エナジードリンクが切れてるな、紅茶でも淹れてあげるか。

 

「マユミ、給湯室は」

「今はお嬢様よ」

「……お嬢様、給湯室はどこにあるんでしょうか」

「扉出て左、突き当たり右の部屋にあるわ」

「はいはい、少々失礼致します」

 

 俺の監視もアシリの監視もなかったから、エナドリ漬けの生活送ってたみたいだな……マユミ。表でさえあのエナドリの量なんだ、地下は多分もっと……ああ、考えたくない。

 とにかく、一杯紅茶でも淹れてやろう。もちろんカフェインレスの。砂糖はなし、牛乳を入れて。

 

「ん……部長、なんか縮みましたか?」

 

 なんて、そんなことを考えていたら、生徒生活支援部の部員と思しき子が一人。姿がよく見えなかったのか、俺をマユミと勘違いしてるな。

 

「あ、おはよ、じゃなくて。おかえりなさいませ、お嬢様」

「……んん?」

 

 数秒、気まずい間を置いて。懐から丸メガネを取り出して、すちゃっとかける支援部員。ジロジロと俺を観察して。

 

「ああ、人違いでしたか……ごめんなさい、C&Cの人?にしては、見覚えがないような……」

「まゆ、じゃない、お嬢様のお願いでして。本日一日メイドを務めさせていただきます」

「あー……?あのアホ部長、またわけわかんねぇことを……ごめんなさいね、変なこと突き合わせて。今シメてくるんで、とりあえずそっちに……んん?」

 

 それから誤解は解けたように思えたんだけど、再びの凝視。この服恥ずかしいし、あんまりじっくり見ないで欲しいんだけど。

 

「……なんか、あなた……見覚えが……っ!?」

 

 瞬間、ダッシュ。すぐさまに俺の元から離れて、マユミがいるであろうオフィスの中心へ。一応、俺もついて行くか。

 

「テメー部長このやろー!!なんだ!?あれなんですか!?どういうことだどうなってやがるんですかあれ!!」

 

 しかし、元アリウスにあんな子いたかなぁ……ちょっと見覚えがないんだけど。

 

「いでででで痛い痛い!?何よいきなり何するの!?あ、地下のリニューアルした認証システム!?すごいでしょうあれ、さっすが私超絶天才美少女!!」

「いや、それもそうだけど……クソッ、なんでこんなのが優秀なんだ……!そ、それよりも!!」

 

 と、部屋に入った瞬間指を指されて。

 

「なんで『アリウスの白い悪魔』がここにいるんですか!!しかもメイド服で!!」

「……ん?」

 

 アリウスの白い悪魔呼ばわり……その痛い厨二病ネーム、やめて欲しいんだけどな。

 いやそれよりも、現アリウスや元アリウス生で俺をその名で呼ぶものはいない。大体名前か小隊長、まれにガスマスクの人、なんて呼ばれることもあるけど……つまり、この子は。

 

「落ち着きなさいな副部長。あれはスオウさん、紹介したでしょう?」

「いや、それは聞いてましたけど……!だからってなんでここに!?」

「お願いしたら聞いてくれたのよ」

 

 副部長と呼ばれた彼女はバッと振り返って、こちらに確認。まあ、嘘は言ってないかな。頷いて、肯定を返す。

 

「……このっ……超天才アホ部長が……いいわけないでしょうが、ここお客さんも来るんですよ……?」

「最近はオンライン依頼がほとんどじゃない。それに、大抵の人は気づかないし……ああ、外に出る時は顔は隠してもらうわよ。それでいいでしょう、副部長」

「……いい加減、副部長じゃなくて名前で……」

「あなただって私のこと部長呼びじゃない。だったら私もあなたのことを副部長と呼ぶべきだわ」

「この、減らず口……!」

 

 放置されてる……とりあえず、お茶だけ淹れてきたいな。せっかくメイド服に身を包んでるんだし、メイドさんらしいことがしたい。

 ……こういうことへの抵抗も、少し減ったかな。可愛い服を着たいし、その服に見合った行動をしてみたい、って。

 

「お茶淹れてきますね」

「あ、ええ。行ってらっしゃい、スオウさん。私はその間に副部長説得しとくわ」

 

 持ち場を離れて、改めて給湯室へ。途中、窓に映った自分を見てみる。

 

「うーん……見事に女の子……」

 

 幼女体型は相変わらず。アシリに相談したら「牛乳を飲むんだよ!」って言われたけど、その割にはアシリも胸は……いや、待てよ?

 

「マユミは……」

 

 そうだ、デカいぞ。マユミはデカい、何がとは言わないが。それに、ミカもだ。あの二人の共通項……エナジードリンクに、紅茶。あとロールケーキとか……そう、カフェインと砂糖……カフェインと砂糖に豊胸効果があるんじゃないか?

 いや待て、先生の好みを把握することが先だ。あの人は割と倒錯的だし、意外と平な胸の方が好きかも……それより、日焼けサロンに行くのが先か?あの人多分褐色好きだし。

 

「……と、もう着きましたね」

 

 ミカに教えてもらった方法。まずはカップをあたためて、それから……まあとにかく、色々面倒な手順を経るわけだ。

 

「認めたら、本当楽になったなぁ……」

 

 好きだって認めて、好きだって気持ちも許して。そしたら、こんなに簡単……と言うには、まだちょっと恥ずかしさが残るけど。好きだって。考えることができる。

 

「よしっ、完成!」

 

 濃いめの紅茶に牛乳を入れて、超簡単ミルクティー。ロイヤルミルクティーはもっと面倒だしやめた。

 

「お嬢様、ただいま戻りまし」

「だから!!私だって執事服とメイド服で迷ったわよ!?かっこいいスオウさんも素敵だもの!!でも今回は可愛さを摂取したかったの!!」

「論点!!そこじゃねぇえええええっ!!」

「……ここ置いときますねー」

 

 ちらほら、他の部員の人たちも姿を見せ始めている。いつもの光景なのか、またやってるよみたいな態度で二人を一瞥、それぞれの持ち場に着き直していた。

 

「……ん?」

 

 というか、むしろ視線を集めているのは俺の方。それもそうか。見覚えのないメイドが部室にいるんだから。

 

「あ、あの……スオウさんですよね……?」

「え?あ、はい。どうされました、お嬢様」

「お、お嬢っ……!?甘美な響きですけど、ひとまず。なんでここに……?」

「……うーん」

 

 どう説明したものか。真実をそのまま話すにしても長い上、マユミのイメージを崩しかねない。あれを見られてる時点で割とイメージは崩れてそうだけど、存外これでマユミの部員からの人気は高いみたいだし。

 だから、ある程度バレちゃいけない情報はボカして……よし。

 

「まゆ、お嬢……あー……えっと、マユミお嬢様のお役に立てないかと……お聞きしたところ、こちらのお仕事を賜りました」

「何やってるんですかマユミさん……!!」

「わ、私から言い出したことですから……」

 

 若干後悔こそし始めてはいるけど、自分から提案したんだししょうがない。

 

「それにしても……ここは奉仕活動部とは、ずいぶん違いますね」

「ああ、アシリさんの……そうですね。マユミさん、ああ見えて本当の天才ですから」

「天才……」

 

 アンナもそんな自称してたな。どっちの方が頭良いんだろう。比べれるもんでもないか。

 

「はい。一年生にして、セミナー、エンジニア部、C&C、ヴェリタス、新素材開発部、ダイエット部……とにかく、ありとあらゆる部活に体験入部を試みたんです」

「最後だけ趣向が違くないです?」

「割と片っ端からだったらしいので……」

 

 試みた、ってことは、断られたところも結構あったんだろうな。体験入部の段階での兼部なんて、認めれない部活も多いだろうし。

 

「そしてそれらの場所で技術と知識を吸収……その際、ハッキング技術や盗聴、盗撮機で機密情報も盗んだなんて黒い噂もありますけど」

「え……」

「それは割とどうでもいいとして」

「よくないですよ!?」

 

 何やってんのマユミ。マユミ何やってんの。トリニティでの盗聴盗撮がやけに手慣れてたのって、ひょっとして前にやったことがあったから……?

 

「や、噂は噂ですし……それでその最中、『全知』の明星ヒマリさんがマユミさんの行動に興味を持ったらしくって。ハッキングされて情報抜き取られました。情報戦でもボコボコにされたらしいです」

「ヒマリ……」

 

 ミレニアムって、暴力沙汰が少ないだけで結構無法な感じなんだな……ゲヘナよりもよっぽどアウトローしてるぞ。

 

「それが悔しくて、復讐を誓って。彼女に対抗して『超絶天才美少女部長マユミちゃん』を名乗るようになりました」

「ああ、あれはそういう事情が」

「まあその前から『神の頭脳』とか『天っ才美少女』とかは名乗ってましたけど」

「……元からだったんですか……」

 

 ヒマリの自称は確か超天才よわよわ美少女ハッカーとか、めっちゃ綺麗な水とか超白い雪とかそんなのだったはず。なるほど、マユミが超絶を名乗るわけだ。

 

「それで、勝てたんですか?」

「まだ一回も。天童アリスの一件で、間接的に彼女を助けることになって悔しがってました」

「……まあ、頑張って欲しいですね」

「はい。これでも私たち、部長のこと大好きですから」

 

 そっか。アシリもそうだったけど、マユミもなんだかんだ部員に慕われて……。

 

「だから!!正体バレたらどうすんだって言ってんの!!」

「バレないわよ!!私よ!?」

「どの口が!!」

「この美しいく、いふぁい!?ゆふぃふぉくふぃにふっほふぁああいへ!!」

 

 慕われ……てるかなぁ?

 

「……あれでも?」

「あんなんでも大好きですよ。あんなんでも」

 

 わざわざ二回言うあたり、思うところがないわけではなさそうだ。

 

「まあ、とにかく。ヒマリさんとの対決の後、生徒生活支援部に加入。それからわずか半年で部長の座に上り詰めたんです」

「半年……」

「それも、技術や知識だけなら数週間で間に合ってました。半年っていうのは、部員を納得させるための期間だったみたいですよ」

 

 私もその時一年生だったから知ってるんですと、どこか誇らしげに部員の彼女はそう語った。

 

「それからは早かったです。セミナー会計……あ、冷酷な算術使いカッコ笑いじゃないですよ。前会計から盗んだ知識で投資、取引をして……その金を元手にソフトウェア、製品開発。予算が少なかった部に、比較的安定した財源をもたらしました」

「うまくいったんですか?」

「市場の需要を捜査して、それと広告。上場はしてなかったですけど、お金を集めていた頃に得た信頼を切り売りする感じでいずれ株を買う権利を買ってもらったみたいです」

「……な、なるほど?」

 

 よくわかんないけど、とにかく今まで得た繋がりで広告費とかを稼いだってことかな。

 ……あれ、でもよく考えたら。

 

「生徒生活支援部って株式会社なんですか?」

「ああ、なんというか……うーん、その頃個人で起業したというか……部活なら利益を追求したりのしがらみがないので。それと、まだ形のない利益を売り出せるように企業を作ったらしいですよ?」

「……それ、セーフなんですか?部費をその企業に費やすことに……横領になるんじゃ……」

「マユミさんは部長ですけど、彼女自身も生徒の一人。だから生徒の支援にあたる、で通したみたいです」

「わ、わーお……」

 

 マユミ、思った以上に危ない橋を渡って……それ以上に、とんでもないことをやってたんだな。

 ユウカほどではないと自称した投資、取引の実力。だというのに、安定した財源。その由来はここか。

 

「そこで得たお金を部費に回して……いや、正確に言うとこれもちょっと抜け道を探ってるというか……と、とにかくそんな感じで、生徒生活支援部はここまで大きい部活になったんです!」

「すごい、ですね……」

「そう、すごかったんですよ……それをそばで見てた私たちは、その頃の部長のかっこよさを知ってるんです」

 

 なんで過去形なのかは気になるけど、まあとにかく理解はした。マユミ、本当に天才だったんだな……生徒生活支援部の傍で、ヒーロー活動もしてたわけだし。

 なんというか、普段のハイテンションなマユミからは想像もつかない。

 

「ぜぇ……ぜぇ……!と、とにかく!これは私が勝ち取った権利!今日一日スオウさんは私のものよ!誰にも渡さないんだから!!」

「ぐっ……!わ、わかりましたよ!でも絶対にバレないようにしてくださいね!」

「と、向こうも決着がつきましたね」

 

 両手を肩の上まで上げて握り拳を作り、顔を斜めにして近寄ってくるマユミ。どうやら口論に打ち勝ったらしい。

 

「そうそう、紹介するわスオウさん。彼女が生徒生活支援部の副部長。名前は……まあ、覚えなくても良いわ」

「おい!!!」

「冗談よ、それよりスオウさん。お茶ありがとうね。とってもおいしかったわ……本当に、本当においしかったわ……いやマジで、どこで身につけたのその技術」

 

 そ、そんなに感動するほどかな……ミカに結構詳しく教わってたし、その影響だろうか。普段は適当に淹れるだけだから気づかなかった。

 

「どこが冗談だってんですかおいこら!!!私の名前は」

「それとスオウさん、彼女の顔に見覚えがないでしょう?」

「テメェ!!」

「え……?あ、あー……はい、そうですね」

 

 ……名前は後でこっそり聞いておくとしよう。

 とまあ、それはひとまず置いておくとして、彼女の顔には確かに見覚えがない。

 だんだん薄れてきているとはいえ、この世界での出来事はそのほとんどを覚えている。……特に、あの頃のこと……シアンとアンナと出会って、死んでしまった頃の出来事は。忘れたくないし、忘れられない。

 ともあれ、だからというべきか。大体の元アリウス生の顔には、見覚えがあるんだけど……。

 

「お察しの通り、彼女は元アリウス生じゃないわ。まあ、実力で選んだらこうなったってだけね。アシリとサユリの協力もあって、事情を汲んで色々手伝ってくれるようになったの。信じられる仲間の一人よ」

「私はいつでも寝首をかく準備はできてますからね……!」

「信じられる仲間の一人よ」

「今、狙われてましたけど……」

 

 撃ち放たれた銃弾をシールド付きのドローンで防いで、こともなさげにマユミは席に着く。

 時計を見ればすっかり始業時間。それを理解してか、副部長の彼女も何も言わずに自分の持ち場へと戻ったようだった。

 

「まあ、かなり大規模な組織になっててね。元アリウス生以外も入れるようにしたのよ。スオウさんの件は信頼できる人間しか知らないから、安心していいわ」

「は、はぁ……それで、私は何をすれば?」

「……?そこにいてくれれば良いわよ。それだけでモチベ爆上げ必至だもの」

「……そ、そうですか」

 

 うぅん……?なんというか、これ……多分、本当に俺にメイド服着て欲しかっただけだな。その後のこととか一つも考えてない。

 

「さて、と……それじゃあ私は業務に移るわ。スオウさんは適当なところに座ってて。スマホやPCを使っても良いし、騒がしくしなければゲームをやっても良いわ。とにかく私の視界の中にいてちょうだい」

「わ、わかりました……?」

 

 そう言ってマユミはPCを起動し、メールの確認。そこには膨大な未読メッセージがあり、チラッと見えた依頼としては『落とし物の捜索』、『スパイがいないか内部調査』、『人材の発見』、エトセトラ……本当に、何でも屋って感じだ。

 聞いた話によると、マユミはミレニアムでも有数のオールラウンダー。特定の分野でトップ層には追いつけないながらも、その分あらゆる分野で上位に食い込む実力を発揮する、いわゆる器用万能というところ。適材適所だ。

 

「……んー……」

 

 時計の音。PCを叩く音。何かを飲む音、印刷機の音。時折誰かが会話をする以外、特にこれといって雑談はない。

 

「そうだ、この服……」

 

 スマホからあまり音がしないように、動画で自撮り。後で先生に送ってみよう。似合ってるって、褒めてもらえるかもしれないし。

 

「……」

 

 それから、そうだな。メイドなわけだし、軽く掃除でもしてみるか。

 

「んー、んー……」

 

 あとはみんなにお茶でも入れて。

 

「これ、良ければ」

「あ、どうも」

 

 そしたら、元いた席に着く。カチ、カチと時計がなって。あるいは、マウスがなって。三十分ほど経って。

 これは、あれだな。

 

「マユミ、マユミ」

「……ん?どうしたの?スオウさん」

「暇です」

「……」

 

 暇だな。すごく暇だ。特にやることもないし、ゲームはこの雰囲気じゃやる気にもならないし。掃除も自動化が進んでて割と行き届いてる。

 できることもなければ、暇つぶしも難しい。これを退屈と言わずしてなんと言うだろう。

 

「仕事をください」

「あー……そ、その、もうちょっとだけ待ってもらえるかしら?ごめんなさい、落とし物の捜索を終えたら外での依頼に移るつもりで……スオウさんも連れて行くつもりだったのだけど」

「そうだったんですね……一時間も放置されてるからずっとこのままだと思いました……それに、すごく静かですし」

「今日はみんなスオウさんがいるからって、カッコつけてまじめぶってるのよ……」

「そうなんですか?」

 

 部員の方を見て問いかけると、肩をビクッと跳ねさせる面々。どうやら本当らしい。

 

「何せみんなにとってスオウさんは恩人で、ヒーローなんですもの」

「ヒーロー……」

 

 ヒーローと言えば確か、サオリ達が言ってた……キヴォトス戦隊、だったか。そういえば、あれって。

 

「マユミって、いつ頃からヒーローをやってたんですか……?」

「んー……そうねぇ……」

 

 いくつかPCを叩いたあと、マユミはその電源を消して。

 

「よしっと、確認終わり!……それじゃあその辺りも含めて、外でお話しましょうか!」

 

 朗らかな笑顔で、そんなことを言った。

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