ミレニアム自治区を、マユミから受け取った仮面をつけて移動する。もちろん、メイド服のままで。
衆目を集めてならないかと思ったけど、存外周囲の反応はそこまでオーバーなものではなくて。一瞬だけ奇天烈なものを見たような目をしたあと、どこか納得したようにその視線を逸らすのだ。
「お嬢様、絶対あれ」
「何も言わないでスオウさん。……何も言わないでちょうだい」
「……」
絶対あれ、普段からマユミの奇行を知ってるからこその反応だよな。そう言い切りたかったところだけど、他でもないマユミによってそれは阻止された。
マユミ、一体過去にミレニアムで何を……。
「それで、今からどこに行くんですか?」
「うーん、そうね……まあ、この辺りでいいかしら」
「……?」
そう言ってマユミは、黒々しいアタッシュケースのようなものを地面に置く。それは駆動と変形を繰り返し、ついには大きめの犬程度のサイズになった。
上の部分が開き、そこから羽虫のように小さいドローンがわらわらと……ちょっと気持ち悪いな。
「今、ちょっと気持ち悪いって思ったでしょう」
「そ、そんなことは……?」
「いいのよ。あの時のアシリとおんなじ反応だったもの」
しまった、これではまたアシリに妹だのなんだの言われる羽目に……そうだ、それも聞いておきたいんだった。
「そういえばお嬢様、アシリが私の姉を名乗るのって……」
「わかんないわ……あの子、昔から私の演算の外側にいるから……」
「は、はははっ……」
数年来の付き合いであろうマユミですらわからない、と……アシリ、本当にどうかしちゃったんじゃないだろうな。
「今のドローンは?」
「落とし物の回収用よ。十数分、数十分もすれば帰ってくるわ」
先程の箱をさらに変形させて、机と椅子の形に。さらに下からカップが出てきて、ついでに茶菓子。何これすっごい。
「どうなってるんですか、これ……」
「科学よ」
「質量保存の法則とか」
「科学よ」
科学らしい。なるほど、これが科学か……まあ、神秘や恐怖、崇高なんてものがある世界でその辺りを気にしても仕方がないだろう。
なんなら、俺たちの存在そのものだってオカルトもいいところなんだし。
「また紅茶でいいですか?」
「コーヒーにしてちょうだい。そっちのほうがカフェインの効率がいいわ」
「紅茶にしておきますね」
「あぅ……」
キヴォトス戦隊にはカフェインに変な特性を持つ人間しかいないんだろうか。今の所マユミ、アシリ共に持ってるし、もう一人のサユリもそうなのかもしれない。
「はい、紅茶が入りましたよ」
「ああ、ありがとう」
そう言って優雅に紅茶を受け取るマユミの左手には、エナドリの缶が一本。
「待ってくださいよコラ」
「私は渡り鳥……私の行く末を変えれるのは、この空を吹く風だけよ」
「何カッコつけてんですか!!ほら、はーなーしーてーくーだーさい!!」
「ああ!?」
全く、マユミは……アシリとは違う意味でエナドリを飲ませちゃダメなんだから。
「それで、待ち時間はどうするんですか?」
「特になにも。仕事を持ち出したりしてるけど、今日はそれもないわ」
「仕事……?」
「んー、そうね……例えば、セキュリティ関係……スオウさんなら知ってるかしら。ミレニアムの白兎ちゃん」
「……?」
白兎……ホワイト、バニー……誰だっけ。あんまり覚えてないけど、確かメイド服と関係があったような……もっと言うと、バニー服と。
「誰でしたっけ」
「あら、覚えてない?黒崎コユキ。元セミナーにして、ミレニアム随一の問題児よ」
「こゆ……ああ!コユキ!!」
「思い出したみたいね」
黒崎コユキ。ミレニアム名義で債券発行したミレニアムの誇る超超問題児。って、ノートに書いてあった。
なるほど、そっか……コユキもこの世界にいるもんな。当たり前だけど、久しぶりに不思議な感じだ。
「あの子、デジタルの暗号やキーはすぐ解いちゃうのよねぇ……その辺りの発展も著しいミレニアムとしては頭痛の種よ」
「ああ……そういえば、そんな能力がありましたね」
「能力……ええ、確かにしっくりくる呼び方ね。あれはその手のモノよ」
セイアの未来予知や、あとは……何かいたっけ。あいにく俺の周りにはいなかった気がする。とにかく、肉体の強化とは違った形で現出する神秘の在り方。持っている者は珍しかった気がする。
コユキもその一人で、電子的な暗号やパスワードは直感で解ける……とか、確かそんな感じだ。
「それじゃあ、お嬢様はそのために……」
「そ。定期的なセキュリティチェックとその更新を外注されてるってワケ」
「それは、なんというか……大変ですね」
終わりの見えない仕事って辛いからな……それに、口ぶりからしてその頻度も決して少なくないみたいだし。
「そう?でも、多分その気になればあの子でもどうしようもないシステムは作れるわよ?」
「え?」
「あの子、物理的なロックは解除できないもの。複数人の物理的な認証、或いはボタンを複数箇所に設置したり……方法くらいいくらでもあるわ」
「じゃ、じゃあそれをすれば」
「でもね、スオウさん」
マユミはニタリと、三日月のような形にその口を広げ。
「こんな割の良いバイト、逃すわけないでしょ?」
「……うわぁ」
「な、何よその目は!やめてっ!!そんな目で見ないでちょうだい!!結構辛いわそれ!!」
いや、まあそれで稼いだお金で助けられたんだろうし、あんまり文句は言えないけどさ……前々から思ってたけど、マユミは結構やることがえげつない。
思いついたとして予算や倫理から普通やるか、なんていう壁を平気で超えてくる……あえてセキュリティを甘くしてるのも、もしくは物理的な認証を取り込む、なんてやり方も。
「でも、正直あの子にどこまで通用するかはわからないのよねぇ……この程度のこと、大体の人間は思いつくはずだし……もしかしたら、あの子の能力の前ではそれも無力なのかしら」
「へぇ……と、一匹戻ってきましたね」
軽く雑談に興じていると、まずは一匹。小さなドローンが降りてくる。その中心部には、手のひらサイズの何かが掴まれていて。
「レンチ……?」
「の、ストラップよ。中々かわいいわね、これ……」
「ですね」
せっかくミレニアムの中心にまで来たんだし、みんなにもこういうお土産を買って行ってあげたいな。後でマユミに聞いてみるか。
「っと、ちょっと汚れてるわね……側溝にでも落ちてたのかしら」
「あ、本当だ……」
「……昔はこういうのも、自分で見つけなきゃいけなかったんだけどね。随分、便利になったわ」
「昔……」
それは一体、どのくらい昔なんだろうか。一年前?いや、その段階でマユミは部長になれるだけの実力があったはず。数年前、或いはさらに前……十年前。もしかすると、俺と出会うより前だったりして。
そんな疑問が顔に出ていたのだろうか。マユミは、どこか懐かしげに口を開いた。
「ヒーロー部」
「え?」
「私が十三歳の頃アシリ、それとサユリと一緒に作った部活よ。非公認だし、もう残っていないけれど」
「十三歳、って……」
俺がマユミ達を逃したのが、確か六歳の頃。それで、マユミも同学年だから……大体、七年経った頃。三、四年前の話か。
「ヒーローをいつからやってたか。区切りは色々あったけど……私が『ヒーロー』になったのは、その頃ね」
「それは……随分と前から……」
「あら、スオウさんほどじゃないわよ?なんせスオウさんは、十年前から私のヒーローだもの」
「……そんな、たいそうなものじゃなかったですよ」
本当にヒーローだったのは、俺じゃない。俺がヒーローなんかに見えたのは、それより先に本当のヒーロー達がいたからだ。
……なんて、そんな話を。マユミにも、いつだかしたと思ってたんだけど。
「全部、わかった上でよ。その人達も恩人。ヒーローかもしれない……ううん。間違いなくそうよ。でも……」
マユミは、いつになく真剣な顔だった。軽薄。お調子者。ひょうきん。そんな表現が似合うマユミにしては、どこか不自然に思えてしまうほどに。
そして、その表情のまま強い意志が籠った声で。
「私だけは、スオウさんじゃないとダメだった。スオウさんに救われたから」
「……?」
「……ねぇ、スオウさん。やっぱり、気になるかしら。……話さないと、ダメかしら。私の、十年間」
私の十年間。私たちの、じゃなくて……私の。そこにのしかかった意味が、どうしようもないくらい重たいものに思えて。すぐには答えることができなかった。
きっと俺が軽率に聞いた、いつからヒーローだったのかって聞いたこと、だとか。もしくは、俺が十年前の出来事を語って……それからちょっとだけ、その後のことを話したこと、だとか。そんな話のたびに、マユミはその重さを言葉にせずに抱えていたのかもしれない。
「……まあ、気にならないと言えば嘘になります」
「……そうよね」
俺が歪めてしまった人生だから。俺を助けるために使ってくれた人生だから。だからきっと、知っておかないといけない。そんなことが、この気持ちの軸になっていて。
それでも、マユミとは……友達というか、仲間というか。或いは、妹というか。一言で表せない繋がりがある。だから、マユミについてもっと深く知ってみたかった。
「でも……マユミ。でもね?」
「……」
「話したくなければ、それで大丈夫です。私にとっては、今のマユミが全部ですから」
「……そう。そう、なのね」
マユミがふと、何かのボタンを押した。周りにバリアのようなものが広がって、遠くから聞こえていた駆動音が聞こえなくなった。きっと外に視点を置けば、俺たちの声が聞こえないんだろう。
「……姉を亡くしたくらいで、悲劇の主人公ぶるな。いつまでもメソメソしてて、見てるこっちが腹が立つ。お前みたいなのと一緒にいるのが恥ずかしい」
「……」
「私がアシリを傷つけた言葉よ」
「……そ、っか」
言葉は、慎重に選んだ。じっくりと、時間をかけて。ほんの一筋でも、彼女の心に傷跡を残さないように。
「今スオウさんは、私を傷つけないように言葉を選んでるんでしょう?」
でも、それも見透かされていて。
「だから、代わりに私が言うわ。最低よ」
「そんな……」
「そんなことはない」、だなんて、簡単には言えなかった。最低だ。そう言われてしまえば、否定しきれない気がしたから。もしくは、否定してしまえば……アシリの姉にかける想いを、不要なものだと断じてしまうことになるから。
だからこの言葉には、何も言い返すことができない。
「……今、スオウさんがしてるのは……ええ、やっぱりスオウさんは善い人ね。私の気持ちも、アシリの気持ちも考えて、慎重に言葉を選んでる」
「善い……ってほどでも、ないですよ。きっと」
「そうかしら?悪い人ならそれをあげつらって、私を非難し続けるかも。もしくは、普通の人でもそうするかもしれないわね。アシリの気持ちはどうなるんだ、って」
「……」
むしろ、そこまで怒れるなら。きっとそっちの方が、善い人間と言えるだろう。
今俺がしているのは、今のマユミを知っているからこその肩入れ。身内贔屓にすぎなくって……きっとベアトリーチェなんかが同じことを過去にしてたなら、これでもかと糾弾していたと思う。
それも多分、悪いことじゃない。決めつけた敵味方、好き嫌い。それだけで人を判断するのは危ないけど、でもきっと、それもどうしようもないことだ。先生なら、どうすれば良いのか、なんて知ってるかもしれないけど。
「でも私は、そんな普通さえもできなかった。きっと同じ状況なら、ああそう、それで何か、って。きっと、そんなふうに言っていたわ」
「言っていた……なら……」
絞り出すように、言葉を出した。せめて相槌だけでも、ほんの少し自己肯定に繋がる言葉を投げかけたかった。
「さあ。今でも言うかもしれないわ。知らない相手の事情なんて、どうでもいいもの」
でもそれは、あまり意味がなかったらしくて。
「違う」
「……」
「マユミは、そんなことしないよ……大丈夫だよ」
「……ええ。そうだと、嬉しいわね」
だから、俺も精一杯に肯定してみせた。マユミが自分を否定するなら、同じだけ俺がマユミを肯定しようと思った。友達で、仲間で、妹だから。
「でも……でもね?スオウさん……私は……」
それは、慰めの言葉でしかあり得ない。少なくとも、マユミにとっては……それ以上の意味を持たない言葉だった。
「……私は……人の気持ちが、わからないのよ」
「……」
「ああ、医者に診断は受けてないわよ?面倒だったから……それに、きっとそういうものとは違うと思うから」
自嘲的な。さっきまで顔を覆っていた、真剣な表情も。或いはそれより以前の、気楽そうな表情も。全て崩してしまうような、嘲った笑顔だった。
「ちょっと、昔話……私は……私とアシリは、六歳の頃からの付き合いなの。ちょうど、スオウさんに逃がされたあたりから」
「そんなに……」
「そう。佐伯ヒロ。スオウさんが教えてくれたあの人の助けで、私たちは同じ孤児院で暮らすことになった。その頃は、アシリもミレニアムにいたのよ」
ヒロさん……やっぱりアシリ達のことを、受け入れてくれたんだな。あの人にとっても、きっと大変なことだったろうに。
この世界で数少ない、信用できる大人だった……いや。その頃は、唯一無二だったか。先生はまだ、キヴォトスにはいなかったから。だから、あの子達にヒロさんを頼れって、そう言った。
「ま、よくある幼馴染ってやつね。長い付き合いよ」
それは、やっぱり正解だったらしくて。その頃を語るマユミの表情は、穏やかだった。
「……暖かいシャワー。少ないながらも、心のこもった食事。院長から受ける、無償の愛。その頃の私には、全部が初めてで」
ふと思い出すのは、出会った頃……顔を見たばかり。初めて目にしたマユミで。
今では光を弾いて艶やかに輝くその青髪も、くすんで傷み切っていて。体のアザと、大きなクマ。手に残る血豆。何があったのかは、想像に難くなかった。
「同時に、不要で理解し難いものだったわ」
それが今日に至るまで、彼女を苦しめてきたであろうことも。
「シャワーなんて、冷水で十分。食事は自分で探せば良い。愛なんて、言うことを聞いていれば勝手にもらえる」
「……」
「……今では全部、違うものだったってわかるわ」
あの日、マユミが聞いてきた。どうすればいいのか、って。あれは未知への恐怖……なんかじゃなくって。自分で考える力を奪われた。そんな人間の言葉だったんだと、たった今初めて思い知らされた。
「ま、スレてたのよ、当時の私は。口調もその頃とは随分変わったし。カッコいいでしょう、この喋り方」
「はは……それ、作ってたんですか」
「というより、周りの人間から学んだわ。マトモな喋り方も知らなかったんだもの」
ケラケラと笑うマユミは、本当に気にしていないようで。口調なんて上辺だ、とでも言いたげだった。
「口を開けば罵倒に否定、貼り付けたような賛美に賞賛。気持ち悪いったらありゃしない。あんなヤツのことも、思い出したくなかったし」
誰かを思い出している。きっと、教員の誰か。当時の生徒の誰か。マユミを育てた……なんて、言っていいのかわからないけど。マユミとそこに居た誰かのことを。
「それでまあ、当時からアシリとは今みたいな感じ……とは、行かなかったわ」
「そうだったんですね」
「ええ。私が今よりさらにちょっと……っていうのもあるんだけど。それ以上に、当時のあの子ときたら……」
そう切り出して語るマユミの表情は、穏やかだった。思い出をしまった箱から一つ一つ、取り出していくように。
人見知りだったアシリは、盾にしていた姉がいなくなり話しかけるだけで涙目になっていた。当時は今以上にカフェインに弱く、一杯の紅茶でも酔っていた。一番夜泣きが酷かったのは彼女だった。そんな彼女に、マユミは苛立っていた。
俺にとってのシアン、そしてアンナのように。マユミにとってはアシリがいたんだろうと思った。
「そんなあの子を、私は非難してばかりだったわ……ああ、今でもあんまり変わらないかもだけど……なんと言うか、それを面倒見がいいんだと誤解されてしまったこともあったわ」
「……多分、実際に面倒見はいいと思いますけど」
「そうかしら……正直、よくわからないのよ。自分のことは」
それでも、彼女の自己嫌悪は途絶えることがなくて。
「私は……最初から、欠けていた人間だから」
「……」
「まともな生き方を知らずに育った。愛し方じゃなく、憎み方を。助け方ではなく、傷つけ方を。満たされ方ではなく、枯らし方を。私は、教わって育った」
アリウス分校の教員達。その狂気に塗れた教育。それを一身に受け続けたマユミにとっては、あの場で逃げ出せたことは奇跡にも等しいだろう。
逃げる機会を得たことが、ではない。逃げるという選択肢を持つことができた、それ自体がだ。
「だから、知らなかった。愛を受けることも、愛を与えることも。その存在が欠けた時、どれほど心が痛むのかも」
「……うん」
「だから、私は……アシリに……あんな、ことを……」
「……後悔、してるんですか?」
マユミに問いかけてみて。少し考えて、彼女はハッとしたようだった。
後悔なんて、してないわけがない。そう、今のマユミなら。あんな顔をする今のマユミなら、後悔しないわけがない。だからこそ。
「……そうね。過度な自己否定はやめにしておくわ……そう、そうね。今の私なら、きっとあんなことは言わない……だって、後悔してるんだもの」
「はい。それだけは、忘れないであげて」
「でも、それも経験で学んだ、ってだけ」
そう思っての発言だってけど、効果はあまりなかったみたいで。ほんの少し、自己嫌悪の色が薄れただけだった。
「……
「……アリス……」
「あ、あの子は例外よ!?あの子に感情がないって言ったんじゃないわよ!?そもそもアンドロイドとロボットは別物で……!大体なんなの、天童アリスはぁ……!」
語り始めたマユミの言葉を、話半分に流しつつ。ちょびっとだけ、安心する。
この子はちゃんと、人の気持ちを考え
「……ま、まあとにかく……そんなこんなで、私は当時から機械にのめり込んでて……その手伝いを、アシリがしようとして。そのせいで、完成間近だったロボットが壊れたの」
「……」
「口汚く罵ったわ。思ってもないこと……なんかじゃなくって。思ってたことを、一つ残らず。我ながら、どうかしてたと思うわ」
そっか……さっきの言葉は多分、その時の。
「それで、アシリは……アシリが、行方不明になった」
「……え」
「あ、無事に見つかったわよ。ゲヘナ近くまで家出してたけどね」
ゲヘナ。ってことは、ひょっとしなくてもそこで。
「そう。私とアシリは、そこでサユリと出会ったわ」
心を読んだかのように、マユミは俺の考えを肯定する。サユリとの出会いは、そこで。ってことは、三人はほとんど幼馴染、ってことになるんだろうか。
……これが、マユミの自己肯定につながるかはわからないけど。
「マユミは……マユミは、アシリのことを追いかけたんですか?」
「……あー……ええ……そう、ね」
マユミはそこで、アシリを追いかけた。多分誰に命じられたわけでもなく、自分の意思で。それってつまり。
「……確かに、そこが初めてだったかもしれないわね。大切な誰かを失う痛みを知れた。誰かを大切だって思えた……のは、二度目だけど」
「……二度目?」
「あら、一度目はあなたよスオウさん」
「……そうですか……ありがとうございます」
なんだか変に照れてしまうのは、これはもう仕方ない気がする。できるかぎり、好意は真剣に受け止めたいけれど。だからこそ照れてしまうというか。
「ま、そこで私もアシリも不良集団に襲われてね……そこを助けてくれたのが……」
「サユリ……」
「ってわけでもなくて……ううん、なんて言えばいいのかしらね……」
「えっと……?」
マユミは数秒間頭を捻って、より適切な表現を探しているようだった。それも諦めたのか、少し経ってベルトを取り出して。
「サユリはその頃からヒーロー……スオウさん。あなたに憧れていたわ。それで、パワードスーツに仮面をつけて悪い不良を成敗してたの」
「そ、それはなんというか……」
「ゲヘナらしいでしょう?あの子、根っこの部分はヒーローよりチンピラよりなのよ」
チンピラ……アシリ曰く結構性格悪いし、口も悪いし、暴力的だし、やり方も結構強引だし……って、話だったけど。そういうのも加味すると、チンピラと言われても仕方ないかもしれない。
「……で、そのパワードスーツの調整がまぁそれはもうひっどくてね……!?エネルギー炉が泣いてたわよ、あんなの虐待と変わらないわ……!!」
「は、はは……」
「で、そんなもんだから不良を二、三人倒したところでぶっ倒れちゃってね。体への負担が大きすぎたのよ」
体への負担、ねぇ……パワードスーツというにはあまりに危険すぎる代物だけど、サユリはどこでそんなもん手に入れたんだろう。まさかゲマトリア関係じゃないだろうなとか、変な勘ぐりをしてしまう。ベアトリーチェが知らなそうだったし、ないか。
「それの調整を私が改めてして、全部の不良ボコボコにしたわ。だから助けられたかって言うと微妙なとこかしら。互いに助け合った。協力した、っていうのが適切よ」
「ぼ、ボコボコに……マユミってその時何歳だったんですか……?」
「んぇ?えーっと……確か九、いや十……?とにかくその辺り!」
……多分、当時の俺が戦ってたら負けてるかもしれない。パワードスーツ、俺も欲しかったなぁ。
「そのパワードスーツが、この変身ガジェットの原型なんだけど……大事なのはそこじゃなくって。さっき言ったみたいに、サユリってチンピラのカスで性格悪いのよ」
「ちょ、言い方!」
「そんなアイツでも……ヒーローであろうとしてる。目指してる何かになろうとしてる。善人であろうとしてる」
「……」
善人で在ろうとする。一見すると、大したことでないように思える。言葉だけ見れば、それはあまりにも簡単だから。
「……羨ましかった。善人でも、悪人でも、普通の人間ですら在れなかった私にとって。何者でもなかった私にとって、何者かで在れる彼女は」
でも、実際にはそれは違くて。誰かが『簡単』だなんて言ってしまえることをできない誰かが大勢いて、マユミもその中にいた。
「私に心をくれたのはアシリ。でも、目標をくれたのはサユリ。……それが、私がヒーローを志したキッカケよ」
「……素敵な、キッカケですね」
「ええ。生徒生活支援部の理念。困ってる生徒を見捨てない。その由来も、此処に在るわ」
まあ、高くつくこともあるんだけどね。少し悪戯っぽい笑顔で、マユミは付け足すように呟いた。
「まあ、そんなこんなで私たちは知り合って……アシリとはその日から喧嘩ばっかり。サユリによく暴力で仲裁されてたわね」
「仲裁……?」
「とにかく、私たちはたくさんぶつかり合った」
ちょっと何か誤魔化された気がするけど、とにかく。
「これが、私たちヒーロー部。キヴォトス戦隊ができるまでのお話よ」
そう。あくまでこれは、
「マユミは……今、マユミは。自分のこと、どう思ってるんですか?」
「……」
マユミが最後に語ったのは『私たちの十年間』であって、『私の十年間』ではない。
「……そう、ね……」
同情でも。否定でも。肯定でも。好奇心なんかでも、断じてなかった。この質問の意図は、そこになかった。
この答えに、きっと間違いも正解もない気がしたから。それでも、その結論の出しようで自分を殺してしまわないように……ただ、知っておかなければならないと思った。
「……私、ね。今でも、自分が善人だとは思えないわ」
「……そっか」
「だって、今でも人を利用することがあるし。犯罪だってするし。まだ、人の気持ちがわからないこともある。我儘を言ってしまうこともある……昨日、みんなの前で頭おかしくなったり……今日、スオウさんにメイド服を着せたみたいにね」
「はははっ……可愛くて、結構気に入ってますよ?」
そんなこと、気にしなくていいのに。というか気にするくらいなら最初から着せないでほしい。余計恥ずかしくなる。
「そう、ならよかった……でも、だからこそって言うのかしら。あの頃みたいな、ヒーローになりたいって気持ちは、人一倍強いのよ」
「……うん」
「だから同じ失敗をしないように、過去を顧みて。人の気持ちを顧みて。自分の行動を顧みて」
ああ、そっか。よかった、多分マユミは。
「だから、善人で在りたい人間。それが私よ。柏有マユミなの」
「……うん。すごい人だと思いますよ」
「あら、スオウさんに言われると照れちゃうわね!」
思ったよりも、今の自分を前向きに捉えられてるみたいだ。きっとこれなら、大丈夫じゃないかって思える。
「私もそんなすごい人じゃないですよ。ただ、たまたま識ってたってだけで……それに」
「いいえ。スオウさん、あなたはすごい人なの」
「……?」
なんて、そんなことを考えてたら、話題はいつの間にか俺に移ってたみたいで。
「私が善人で在りたい自分を受け入れれたのは。自分がなりたいカタチを受け入れれたのは、スオウさんがいたから」
「……あ」
───自分の進みたい未来に、あった場所を選んでいいんだ。
いつだったか、あの子達に偉そうに語った言葉。
「あの言葉があったから、私は私の未来を考えることができた。なりたいって私を肯定できた」
「……!」
「誰がなんと言おうと……私にとって私を救ったのは、あの言葉をくれたスオウさんなのよ」
「……そうだったんだ」
ああ、そっか。
「……そっか」
あの時、俺にできたことなんてなかったと思ってた。その時だけで見れば、俺の行動は無意味だったって。セイアに語ったみたいに。その時の俺が救えたのは、誰もいなかったと思ってた。
「そっか……」
あの頃の俺の存在も、あまり意味がなかったように思えてしまって。それはもっとできることがあったって、またそんな考えにつながってしまって。
「……そっかぁ……」
その言葉だけで、報われた。
「ありがとう、マユミ」
「あら、お礼を言うのは私の方よ?おかげさまで、楽しい毎日を過ごしてるもの!たくさんの部員と出会って、たくさんの人間に囲まれて……人並みなんかじゃ足りないくらい、たっくさんの幸せを!」
なのにマユミは、それだけじゃ足りないなんてくらいに、もっともっとたくさんの言葉をくれて。
「……ありがとね、スオウさん。大好きよ……私の……私の、
「……うん。こっちこそ、改めて……ありがとな。マユミ」
「待ってちょうだい今のファンサ!?録音するからもう一回言ってちょうだい!?」
「し、締まらないですね!?」
まあとにかく、そろそろドローンも……って、あれ?
「マユミ、ドローンは?」
「……あら?そろそろ戻ってくる、は……ず……ああーっ!?」
マユミは突然、しまったとばかりに勢いよく立ち上がって。
「きっ……昨日、充電するの忘れてたわ……!!」
「……急ぎますよさっさと!!回収!!回収です!!」
その後、メイド服でマユミとミレニアムを駆け回る羽目になり……新たにC&C、幻のコールサイン05の噂が出た。マユミはC&Cから怒られたらしい。
後日談の投稿はおそらくこれで終わりです!
過去編は次回以降の話と並列で投稿していきます!