『シャーレ』による連絡は、瞬時に全キヴォトス中へと広がる。否、アリウス居住区を除いた全キヴォトスに。
例えば、ミレニアムサイエンススクール。
「マユミ!!ちょ、待ちなさい!!」
「……あら、誰かと思えば冷酷な算術使いじゃない。一体全体どうかしたのかしら」
「どうしたもこうしたもないわよ……シャーレからのメッセージ、見てるでしょう?どこに行くつもり?」
いそいそと何かの調整を続けながら、おかしな機械に乗って移動しているのは、生徒生活支援部長、柏有マユミだ。
シャーレからの連絡、さらに言うならばシャーレに来訪するよう召集を受けたユウカの目に、たまたま彼女が映ったのだ。
「どこって……私は、私の目的のために動くわ。いつも通りね」
「答えになってないわね……この緊急事態に、どこに行くつもりだって聞いてるの」
「……教えない」
なぜか少し冷や汗を流しながらそっぽを向くマユミに、ユウカは少し口調を荒くして。
「いい!?ミレニアムだけじゃない!今は全キヴォトスが混乱に陥ってるの!そんな状況で勝手な行動をするのがどれだけ危険か……!」
「わかってるわよ!!わかった上で行くの!!私は誰にも止められないわ!」
「呆れた……少しくらいは頼りにしてたけど、買い被りだったみたいね」
「なにを……!」
マユミもまた、売り言葉に買い言葉。その怒りが頂点に達しかけたところで、一呼吸。
頭に来ているのも事実だが、この件についてはユウカが正しい。この未曾有の事態の中で、何も説明せずにミレニアムを離れようとしているのだから。
「いいから、おとなしくなさい。もしミレニアムに何かあれば、あなたの力も必要になるのよ」
「……」
かと言って、自分の本当の目的を告げるわけにも。ユウカならばそこまで警戒する必要はないだろうけれども、下手を打って恩人を、スオウ達を危険に晒すのはマユミにとって最も避けたい愚行だ。
故にこそ、少しぼかして話をするしかなく。
「友達と連絡がつかないの……」
「え……」
「ミレニアム自治区内にいる友達よ。だから……私が行かなくちゃ……」
「……だったら、余計一人で行かせるわけにはいかないわね。気持ちはわかるけど、危険よ。今、シャーレから召集がかかっている。この事態への対応が済めば、その友達を助けることもできるわ」
という論調になるのは、マユミにとっても想定内。かと言って、それを解決する算段があるわけでもなく。
通常ならばユウカの言っていることは正論、しかしスオウは自分にとってのヒーローだ。
「……」
例え我が身を犠牲にしてでも、そんなことで彼女が喜ばないことはわかっている。わかっているが、マユミはいざとなればその覚悟を持っている。
加えて、彼女の強さを最も知っているのもマユミ……というのは、本人の自認だが。とにかく、彼女だけでなくアリウス全体に連絡がつかないということは、何か異常事態があったことを示している。
「仕方ない、わね」
そんな事情を説明しようとすれば、アリウス分校の成り立ちについて説明しているようなもの。作業を続けていたPCを閉じて、ベルトを取り出す。
「わかってくれた?じゃあ、私と一緒にシャーレに行くわよ。まずは先生に話してみましょ」
仕方がない。
『ACCEPTED!!』
本当に仕方がない。
「……へ?」
最後には自分のためだけに動ける、動けてしまう、自分だけだから。
「……悪いわね、早瀬ユウカ」
青いバックルを差し込んだベルトを、その手で叩こうとして。
「……ん?」
その懐で、スマホの通知音が鳴った。ふと、画面を見て。
『マユミちゃんへ。マユミちゃんはバカだから暴力に走って自治区を抜け出そうとしてるかもしれないけど、やめてくださいマユミちゃんのバカ。この通信に繋げば解決します。アシリより』
「……」
と、まあ色々と指摘したい部分があったものの、ひとまずはアシリによって止めてもらうことができた。
「あー……その、早瀬ユウカ?」
「え、な、なによ?なんか今明らかに」
「いや、その……別の友達から通信があって……繋いでもいいかしら……?」
「……別にいいけど」
先程まで軽くふっ飛ばして逃げ出そうとしていたことは棚に上げ、ユウカからの許可を勝ち取るマユミ。
流石はアシリ、いざという時には頼りになる親友だ。少しは年上らしいところもあるじゃないか。
「よし、つながっ」
『ああ!!マユミちゃぁあああん!!よかった……!よかったよぉ……!!』
「……」
というのは、全部自分の幻想だったのかもしれないと、マユミはため息をついた。
「……どちら様?」
「甘川アシリ。私のトリニティの友達よ」
「へー……あなた、意外と顔が広いのね」
自分よりも先にシャーレの当番に呼ばれたお前に言われたくない。心の中でぼやきながらも、ひとまずはアシリをなだめ、なんとか話ができる状況まで持っていこうとして。
『あ、アシリさん、落ち着いて……』
『そ、そうよ!あいつがそう簡単にやられるわけない!……やられないもん……だ、大丈夫よ……きっと……!』
見事に不安が伝播している様子に頭を抱えた。コハルに至ってはほとんど半泣きだ。大方アシリがいつも通り泣き散らかしたのだろうが、こいつはいつになったら泣き癖が治るのだろうか。
頼りになると思った直後にこれなので若干の苛立ちを見せながらも、深呼吸。
「落ち着きなさいなアシリ。あんたが泣いてちゃどうしようもないわよ」
『そうだよアシリ!キヴォトス戦隊の一員なら、しゃんとしろ!』
「……」
かと思えばサユリもいたので、結局呼吸のペースは乱れた。
「きゔぉとすせんたい……?」
「え、あ、あーっ!!え、えっと……そ、そう特撮!この子が好きな戦隊モノよ!それを自称してるのよこのガキ!」
「あなた達、本当にそういうの好きよね……面白いのかしら……」
───こいつらは、自分の胃に穴をあけるために来たのか?
正直そう言って怒りたいところだったが、そんなことをすればユウカに後ろ暗いことがありますと説明するようなもの。
そんなわけにもいかず、苦虫を噛み潰したような表情をするだけしかできなかった。
「ほらあんたらぎゃあぎゃあうるさいわよ!!こっちはセミナー会計もいるの!用件は手短に!!」
『あら。そちらには早瀬さんもいらっしゃるんですね』
「ん……?この声は……う、浦和ハナコ……?」
『ふふっ、お久しぶりですユウカさん』
そんなマユミ達の様子を呆れた顔で見ているユウカに、かかる声が一つ。トリニティの全痴こと、浦和ハナコだ。あいにくここにはミレニアムの全知がいなかったが、まあ似たようなものである。
「マユミ、この人とも知り合いだったのね……」
「知り合い……まあ、知り合いと言えばそうなんだけど……」
「……なんでホログラムと揉み合いになれるの」
「科学よ。……さて、そろそろ本題に入りましょうか」
この状況でよく揉めることができるなという意味ではなく、なぜホログラムにプロレス技をかけることができるのかということを問うている。が、マユミには答えるつもりはなかったようだ。
「アシリ。これはなんの通信?」
『っ、うん……!アズサちゃんが……あ、アズサちゃんと連絡がつかないの!』
『それだけじゃありません!サオリさんとも、ミサキさんとも……!み、みんなとなんです!』
「あー、んなもんこっちはとっくに把握済みよ。……っていうか、そのつもりで連絡してきたんでしょう?」
マユミはそもそも、この異変が発生した時点でシオと通信を繋いでいた。お姉ちゃん大好き電波、通称O・D・Dの最終調整のためだ。それが突然切れたというのだから、何かあったかと疑わない方がどうかしている。
恐らくヒフミ達についても似たようなものだろうと考察し、かつその説明は不要だ。マユミは暗に、そのことを伝えた。
『私も呼ばれただけだからしらないよ。アシリ、それ……絶対大事な用事なんだろ?』
『う、うん……!とにかく、もうすぐきっと』
『“みんな、お待たせ”』
「先生が来るから」と、そう繋げようとしたタイミングで通信に繋ぐ先生。なぜか音声のみによる通信だったが、ベストタイミングもいいところだ。
「せ、先生!?この人たち、先生が集めたんですか!?」
『“あ、ユウカ。久しぶり”』
「あ、はい、ご無沙汰して……って、そうじゃなくて!!」
浦和ハナコに、ゲヘナの厄介者に、トリニティ生に、正義実現委員会に、マユミに。正直見かけただけで離れておこう、となるような面子だが、これを先生が集めたというのだからユウカの驚愕も頷けよう。
裏の事情を知るものとしては、うち三人はただの同窓会。他の面々も、補習で知り合ったという文面だけ見れば大変不名誉な状況でしかないのだが。
『“実はみんなに、お願いがあって”』
『お願い……って、メッセージであった召集とは違うの?』
『“うん。実は……ミレニアム自治区の一部にいる生徒だけ、連絡がつかないんだ”』
「……」
ミレニアムの一部。つまりは、アリウス居住区の話だろう。
流石は先生、もう把握していた。加えて、自分たちに通信まで。と、なぜかマユミが軽くドヤ顔。お前は先生のなんなんだと小一時間は問いただしたいところであるが、今はそれをする時間も惜しい。
「それって……さっき、マユミが言ってた……?」
「そうよ。トリニティから来てた友達だったの」
ユウカには見えない角度で、トリニティのみんなに向けて軽くウィンク。「ひとまずアズサと連絡が取れないで話を合わせろ」という合図である。
アシリとハナコ、ヒフミは理解できたが、コハルは分からなかったらしい。自分以外の中で何かが通じ合っていることを理解した後、何もわからないまましっかりと頷いた。
『“それで、そのことについてなんだけど……もうすぐ制圧が終わるから、それと同時にその子達の元に向かって欲しいんだ”』
「っ……!!」
「せ、先生!?本気ですか!?」
マユミとしては僥倖。願ったりというやつだが、それで話が済むなら最初からそうしている。問題はここにいる、情に厚い『冷酷な算術使い』を説得しなければならないこと。
マユミから見た先生は、わりかしユウカの尻に敷かれているイメージがある故の不安。しかし、今回ばっかりはそうもいかないようで。
『“もちろん、全員じゃないよ。アシリ、サユリ、マユミ。お願いできるかな?”』
「ったりまえよ!!
「ダメに決まってるでしょう!?今外はすっごく危ない状況なのよ!?ミレニアムを守る以上に、あなたを危険に晒すわけにはいかないの!!」
『わ、私からお願いしたんだよっ!!』
ユウカから伝えられる、当然の不満。というよりも、心配。不満よりは、不安に近い。それを打ち破るべく、アシリは声を張り上げた。
「何言ってんのよ!!危険なくしてヒトが進化したかしら!?人類最古の科学たる火も、死屍累々の犠牲と隣合わせだったのよ!?」
「今そういう話はしてないでしょ!?進化じゃなくて、避けれる危険は避けておくべきだって言ってるの!!」
『あ、あの……私から、お願い……お願いしたの……したんだよっ……!ね、ねぇっ……!!……う、うわぁあああぁあああん!!ハナコちゃぁん!!』
『よしよし。頑張りましたね』
そう、張り上げた。あくまで本人的には。そう、本人的には頑張った。可哀想なアシリは、ただハナコに泣きつくしかできなかった。
そんな様子を見かねたサユリが、その両の手を広げて、パァン。と。
「っ、うぅ……!な、なんの音?」
『一旦落ち着けよー。今はケンカしてる場合じゃないでしょ?』
「っ……!!相変わらず、馬鹿力……!!」
それだけでアシリの発声よりは大きかったようだ。本人が知れば傷つきそうな事実だが、先の破裂音で心臓が飛び出しかけている。コハルに背中を撫でられるその様子を見れば、傍目にも明らかであった。
『で、先生。私は別にいいけど、なんでその三人なのかな?』
『“三人なら、危なくなってもすぐに逃げれるから。それに……きっと、居ても立っても居られないと思って”』
『……あは。わかってんじゃん』
そう言って口元だけを笑わせるサユリ。彼女はすでに、ミレニアムに向けて発進中である。
サユリにとってその拳さえあれば、自分に対して理論で武装するものは全て打ち破ることができるのだ。
『“ハナコとユウカはシャーレに来てほしくて、ヒフミとコハルには一緒にトリニティの防衛に回って欲しい。だから、っていうのと……移動手段を持ってるのが、その三人だからかな”』
「移動手段……マユミ、あなた……免許持ってたかしら……?」
「見る?数年モノのゴールデンよ」
懐から免許を取り出して見せびらかすマユミを無視して、ユウカは唸る。確かに、マユミの友達を、ある意味では見捨てろというのも酷な話。向かわせてやりたい気持ちはある。
戦力的にも、マユミはミレニアム自治区にとどまるというなら、生徒生活支援部を他の二校……トリニティとゲヘナに向かわせてやれば事足りる。
しかし、しかしだ。
「マユミ……やっぱり、危険よ。あのサンクトゥムタワーからは少し離れてるけど、本当にそれだけ。あなたが弱くはないのも知ってるけど……」
「……はぁ……わかったわよ」
なおも不安が拭えぬユウカに根負け。手首に巻いたブレスレットを押して、数秒後。
「っ……!?」
巨大な青色のロボットが、二人の前に姿を現した。
『す、スーパーキヴォトスロボ!直ってたんですね!』
『ふっふっふ……マユミちゃん、この数ヶ月間ずうっとそれで頑張ってくれてたんだよ!それ以外にも』
『スーパーキヴォトスロボなら、すぐにそちらにも向かえます。何より、頑丈さはお墨付きです。ユウカさん、いかがですか?』
『聞いてよぉ!?』
───スーパーキヴォトスロボってなんなの?
ユウカの頭の中はそれでいっぱいだ。なぜ当たり前のように訳のわからぬ機械を既知のものとして押し付けてくるのか。
「……この子はスーパーキヴォトスロボ。私が作った、最高傑作の一つ」
「い、いつのまにこんなものを……というかこれ、いくらかかってるの?まさか横領とか」
「セミナーと一緒にしないでちょうだい!!」
「セミナーを横領する人扱いしないでくれる!?」
そんな疑問を捨て置いて、唸りながらマユミと睨みあったところで。。
「……早瀬ユウカ。これが、私にできる最大限の説得よ……お願い。私を、友達の元へ向かわせてちょうだい」
「……」
目の前の機械を見る。無数の戦いの跡。明らかに通常では動かすことができないそれは、けれども確かに自分の目の前で動いている。これならば、そう簡単にやられることはない。
何より、先生が『向かっても問題ない』と判断しているのだ。手放しで信用はしないが、参考の一つ程度にはなる。
「……ああもう!わかったわよ!その代わり、絶対無事で帰ってくること!良い!?」
「ええ!まっかせてちょうだい!!」
ユウカの返事を待つよりも先に、スーパーキヴォトスロボとやらに乗り込むマユミ。普段と変わらぬその様子に、またしても呆れつつ一安心。
彼女の無事を願いながら、自身もまたシャーレへと向かうのであった。
◇
ミレニアムを発ってから、数分。当然のところ、マユミが最も早くミレニアム七番街へと辿り着く。ここまで来れば、もうあと数分もかからないだろう。
「サユリ、アシリ。私は先に着く。アンタ達は後から追いついてきなさい」
『了解。私もそんなに時間はかからないかな』
『わ、私はまだかかるかもっ……!マユミちゃん、絶対無茶しちゃダメだからね!?危ない人がいたら隠れる!』
「危ない人って、アンタね……」
言わんとすることはわかるが、気の抜けた表現だ。加えて。
「私たちだって充分危ない人じゃないの」
『……はっ!?』
がーん、と音が聞こえてきそうなくらいショックを受けるアシリ。どこかおかしい気持ちになって笑いながら、段々とアリウス居住区は近づいてくる。
「……さて、と。この辺ね」
スーパーキヴォトスロボット・ミレニアムエディションの電源を落とし、ステルスモードを起動。その半身を地面に埋め、機体の一部に迷彩で最小限の保護色を。
電力はできるだけ温存しておきたい。極めて原始的な隠蔽だが、これで案外有効なモノなのだ。
「よし、と」
同時に、自身には光学迷彩を発動。バックルの部分が抜け落ちたベルトを体に巻き付け、腰には変身アイテム……『ハイチェンジガジェッド:タイプミレニアム』を携える。ネーミングセンスはマユミクオリティだ。
「ドローン」
変身はいつでも可能。だが、警戒は最大限に。小型のドローンを展開した後、空間投影のタブレットを起動。空中に電子の画面が浮かび上がり、無数の景色が映し出される。
「……」
その処理を可能とするのは、純粋なマユミ自身の頭脳。目で一つ一つ追い、周辺に異常がないことを確認する。
「なんなの、これ……」
というよりはむしろ、できてしまった。と、言うべきだろうか。
「絶対におかしい」
アリウス生全員と連絡がつかない。それは、自分が直前まで通信していたシオも例外ではない。突然それが途切れた。
シオの性格のこと、向こうからぶつ切りをかましてきやがった可能性もあるが、それは考慮しても仕方ないだろう。
「だってのに……」
だと言うのに、
「……」
むせかえるような不気味な感触。赤い空も相まって、まるで別の世界に引き摺り込まれてしまったような。
何者もいないはずの背中側が、妙にざわめく。肺に潜る空気が、粘度を持ったように重苦しく、胃もたれでもしているような気分だった。
それでも尚、ドローンを先に進めて。
「っ……何よ……これ……」
マユミの目に映ったのは、真っ黒な半球。アリウス居住区全てを覆うそれは、あまりにも巨大で。
「……物質、なの?」
ドローンがぶつかり、特に衝撃もなく墜落。壁にぶつかった時と似たような反応。バリアの類ではないだろう。確かにこの世界に存在する物質だ。
「もう少し近くで」
直後。
「っ……!?」
「なん……なの……」
通信画面はエラーを返すばかり。機材にトラブルは認められない。つまり、何者かによってドローンが破壊されたと言うこと。それも、今の一瞬で、全てを。
「予備は……」
ドローンの予備はそう多くない。何より、非常時と戦闘時、それぞれに向けて節約は必須。これ以上の散策は、危険なことこの上ないだろう。
「……仕方ないわね」
だがそれは同時に、アリウスの皆も同じ危険に晒されているということ。
「……サユリ、アシリ。私は居住区に入る。ドローンが見たものはデータで送るわ。私に何かあったら、その時は……頼むわよ」
『えっ、マユミちゃん!?ちょ、みんなあつまっ』
「……」
ここから先は、何が起こってもおかしくない。動画の送信後、通信の傍受をされてもたまらないと、通信をひとまず停止。
ゆっくり、ゆっくりと。一歩一歩を、踏み締めるように先に向かう。
「っ、ぅ……!」
枝を踏み割って吐き出しそうになる空気を、必死に手で制した。一息つく、そんな余裕さえもない。這いずるようにして、それでも確実にアリウス居住区へと向かう。
「ふぅっ……」
肉眼で見てみれば。まるで出来が違う。
「……」
なぜ先程自分は、これを物質だ、などと断じることができたのか。自らの正気を疑いたい気分だった。
黒い半球。というだけではなく。その表面では、ナニカが流動している。黒い、黒い、光を返さない黒いナニカが。
「エネルギー体……?」
これは、自らが扱う『力』と似ている。聖徒会の方が、より近い。神秘と恐怖、その本質を理解しないまでも、その経験からマユミは感じ取っていた。
「……っきは」
さっきは、触れた直後だった。ドローンがこの半球に触れた直後、それは何者かによって撃ち落とされた。だからこそ触れずに、観察するだけにとどめる。
「……物質でも、エネルギーでもない……その中間……?なんなの、これ……気持ち悪い……」
気持ち悪い。気味が悪い。特段理由があるわけでも、理由付けをできるわけでもない。本能的にその存在を否定したくなるような、吐き気にも近い不快感。
より原始的な、生物的な自らの本能、感情によってこの物質を「気持ち悪い」と、マユミはそう形容した。
「……この、中に?」
この中にスオウが、みんなが?
「……いえ、深追いしすぎね」
得るだけの情報は得た。これ以上の滞在は危険。今すぐに、スーパーキヴォトスロボの元へ戻るべきだ。
「だれだ」
「っ!?」
そんな思考は、行動に移されなかった。
「が、ぁああぁぁあああああっ!!?」
「だれだ、おまえは」
腹部に強い衝撃。ベルトは無事。光学迷彩を容易く見破られた、否、そんなことはどうでもいい。
「どー、でもっ……いいっ!!」
『ACCEPTED!!!』
そんなことを考える余裕はない。ベルトにバックルを挿入し。
「は……?」
マユミの体は、真っ二つに千切れた───
「っぶないわね!!」
「……」
───ように、見えた。
『READY?』
『LAZY?』
『『『SUPER LADY!!!』』』
「変身!!」
バックルが差し込まれたベルトを、掌で殴打。即座に、バックルがひっくり返り。
『CHANGE!!! THE BEGINNING!!!』
『MILLENNIUM-BLUE!!』
「蒼き清流は智慧の証!!ミレニアムブルー、ここに参上!!」
『LET’S RUN FOR THE SEEKING……』
全身を青い装甲に包んだ戦士へと姿を変えた。
「……なんだ、おまえ」
先程真っ二つに千切れ飛んだように見えたのは、バルーンにマユミを投影したもの。一度は破られた光学迷彩が通じるかはマユミとしても怪しかったが、うまく騙しおおせた。
「なんだお前はこっちのセリフよ!!アンタ何者!!?これはアンタがやったの!!?」
もはや見つかってしまっては仕方がない。開き直り、可能な限り情報を得ようと声を荒げて見せる。
怯んだ様子はない。最初から期待はしていなかった。
「この中に、入りたいのか?」
「あったりまえよ!!こん中にはね!!」
「そう、か……そうか、だったら」
銃口のようなナニカが、マユミへと向けられた。
「きえろ」
「っ……!!?」
銃弾でも、光弾でもない。その中間に属するような、独特の銃弾。
「はっ!!」
シールドを前方に展開し、防御を試みる。しかし。
「は、なん───」
それはシールドごと装甲を貫通。マユミの脇腹へと突き刺さるようにダメージを与え。
「遅い」
後方に、黒い影。ひび割れた面を被ったその顔が、マユミの真後ろにあった。
「が、はっ……!!」
その拳に反応もできず、そのまま吹き飛ばされる。体はくの字に折れ曲がり、半球とは真逆の方向へ。
たったそれだけの間の攻防で、マユミの体は悲鳴をあげていた。
「くっ……ざ、っけんなってのよ……!」
この敵には、躊躇がない。いつだったか、聖徒会と戦う時に語ったように。普通の人間は、相手への攻撃に無意識下のブレーキがかかる。
だが、これにはそのブレーキがない。否、ブレーキが壊れている。
「……しぶといな」
自らの威力で割れた拳が、泥のような神秘、否、恐怖で即座に修復されていく。スオウが言うところの、リミッターを外していると言うヤツだろう。
「負けてたまるかってんですか!!」
『O-O-O-OVER DRIVE!!! ARE YOU READY!!?』
迷いなきオーバードライブ。出し惜しみをして勝てる敵ではない。そう判断しての行動だった。
「覚悟なさい!!」
「……」
足を踏み出し、攻撃を仕掛けようとした直後。
「な……!?」
「これが力の由来か」
ベルトを破壊された。オーバードライブが発動するタイミング、ベルトが脆くなる瞬間を狙って。恐らく、『力』を込めた拳で。遠のく意識の中で、そのことだけがマユミには確かだった。
「……そのままどっか行け。二度と近づくな」
木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされ、身体中に衝撃が迸る。
戦闘を開始して、何秒経ったか。何秒耐えることができたか。恐らく、一分にも満たないのかもしれない。とにかく、それだけの時間で……自分は、大敗を喫した。
「……っざ、けんな……」
肋骨にヒビ。下手をすれば、内臓にそのまま突き刺さってもおかしくはない。
すでに内臓へのダメージは深刻だ。吐血し、体の中身を直接握られているような痛みが続いている。打撲も酷い。
「やっと手に入れた、平和なのよ……」
関係ない。
「やっと手に入れた、未来なのよ……!」
予備のガジェットを取り出す。この程度の事態、想定内だ。
「返しなさいな!!そう簡単に奪わせてたまるもんですか!!」
『ACCEPTED!!!』
バックルにベルトを差し込んで。
「警告はした」
「っ……!が、ぁあっ……!!」
力づくで抜き取られ。頭を掌で握りつぶされる。
「もう一回言うぞ。帰れ」
「あ、ぁああああぁあああああああっ!!!」
頭骨にヒビが入るような感触。
「っ……!ぉ、いっ……!!ぅぱぁ、ぼとすっ……!!ろぼっ……!!」
それでも尚、ブレスレットに手を伸ばして。
『マユミに何してんだ!!この馬鹿っ!!』
突如として飛来した赤い機体に、黒い少女は殴り飛ばされた。
『マユミ!!大丈夫!?』
「っ、ええ……ちょっと意識飛びそうだけど、無事よ……!!」
『それ無事って言わないだろぉ!?ほら、中入れ馬鹿!!』
「助かる……わ……」
息も絶え絶えに、助けに訪れたサユリの元へ避難。骨を元の位置に戻し、呼吸を整える。
ダメージは深刻だが、十数分もあれば完治するだろう。
「マユミ……なんなの?あれは」
『……また、新しいのが来たか』
「……さぁね……でも、敵なのは確かよ。警戒なさい。アンタでも油断して勝てる相手じゃないわよ」
もっともそれは、あれ相手に十数分も持ち堪えることができればと言う話だが。
「……」
多少の余裕も生まれ、改めて相手を観察する余力も出てきた。
くすんだ白色の、腰下まで伸ばされた髪の毛。その手を戒めるような、緑色に光る十字の光輪。首元にも、同じようなものがあった。
「違うよ……そうじゃなくて……」
「え……」
真っ黒なドレスコートと、揺蕩うように不確かな存在を残す
そして、何より。
「なんであの人、ヒーローに……スオウさんに、そっくりなの?」
「……なんなのよ、もうっ……!!」
割れた仮面から覗く目。深緑色の虹彩をした、白と黒のオッドアイの瞳。
彼女達の知る桐花スオウに、瓜二つの顔をしていた。
すみません、急用で更新が遅れました……!